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KANAKANAさんのレビュー一覧

投稿者:KANAKANA

12 件中 1 件~ 12 件を表示

紙の本一階でも二階でもない夜

2004/06/22 12:20

迂回路はいつか、目的地にたどり着くのだろうか?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「新作が待たれる」という言葉が、私にとって字義通りの意味をもつ作家の一人として、今回の作品もできるだけゆっくり——眼は早く先へ進みたいのだけれど、ひと息で読み上げてしまうのはあまりにもったいないので——ページをめくる手をところどころ運行調整しながら読んだ。

 表題作「一階でも二階でもない夜」はたぶん芥川賞を受賞した夜の情景、「始末書の書き方」は『いつか王子駅で』がビル・エヴァンスの《Someday My Prince Will Come》の演奏とともに成立するまでの経緯、「長短さまざま54篇 回送電車はなおも行く」と帯にあるとおり、媒体も長さも題材もまちまちの文章のたたずまいからは、折々の著者の息づかいが伝わってくる。

 以前、翻訳をめぐるあるシンポジウムで、
「堀江:…昨夜、たまたまですが、まだ作家としての地歩を完全に固めていない頃の小沼丹が訳した、スティーブンソンの紀行文を読んでいたんです。『旅は驢馬をつれて』(家城書房、1950)という稀覯本で、(中略)そののんびりした道中を言うのに、小沼丹は「膝栗毛」という訳語を当てているんですね。」(「外国文学は「役に立つ」のか?」新潮2004年1月号)
 と語っていたその稀覯本とは、雑誌『東京人』の取材で古本屋を廻ったとき、所持金の持ち合わせがないのに気がつき銀行へ全速力で走ってまで手に入れた本だったのか(「古書店は驢馬に乗って」)とまず、思いもかけないところで知人に出くわしたような嬉しさを味わってしまった。

 さらに読み進めながら思い出したのは、小林秀雄の『モオツァルト』の一節だ。「モオツァルトは、目的地など定めない。歩き方が目的地を作り出した。彼はいつも意外なところに連れて行かれたが、それがまさしく目的を貫いたという事であった。」という評は、そのまま氏の文章に当てはまる。毎回「書いてみないとなにがやりたいのかわからないのです、すべてが終わって時間がたってからでなければ、道が見えて来ないのです、」とおなじ言い訳を口にすることは、ただの悪ふざけか嫌味な自己韜晦と思われてしまうこともあったようだけれど。

 でも、行き先のわかっている目的地なら、たどり着かなくてもよいではないか。まわり道することで初めて見えてくる風景は必ずあるのだから。そして小さな連想が幾重にも連なる言葉の運動に読み手が身をゆだねていくことは、クロード・シモンの『路面電車』の味わいにも似た、紛れもない快楽なのだ。

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美しきもの見し人は

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ゆえあってこの本を手に入れた。いや正確には人からいただいたのだが、突然の贈り物として差し出されたときの驚きや嬉しさは、造本の美しさとも相まって、忘れられない一冊になりつつある。

 ただただ静謐で、一切の解釈を必要としない画集である。目にする者は、黙って静かにページを繰ればよい。薄クリーム色のざらりとした質感の紙の上に、彼の数々の作品に散見されるモチーフ——たとえば、肩のあたりで切りそろえられた髪と、意思的だけれどどこか眠たげな面差しの女性が、一枚の布を両手で広げている姿など——が、エッチング特有の鋭い線で描かれている。単なるスケッチでもなく、本画として色を塗り重ねられた姿でもない、完成と未完成の狭間にたたずむ習作の数々。その潔さに、私は魅かれた。

 有元利夫は変奏曲のように、同じモチーフを日本画、版画、彫刻(トルソ)、陶器へと展開させていった作家だけれど、版画一つをとってもこれほどの数を制作していたことに驚かされる。『花降る日』や『厳格なカノン』、『雲の誕生』などに描き込まれた、あれらの女性たちが画面に収まるまでには、実はこれだけの試行錯誤を必要としていたのだ。時に夭折といわれるほど早くに亡くなった作家なのに。

 この本の潔さは、もう一つある。作家に関する解説がほとんど省かれていること。素っ気ないくらい簡単な略歴が帯に書かれているだけ、しかも収められた作品は本から一枚一枚切り離して飾ることができるから、初めて彼の作品に触れる人にとっては、不親切に感じられるほどかもしれない(彼の人となりを確かめたければ、奥さんの有元容子さんの手による『花降る日』の一読をお勧めします)。

 でも、展覧会のパンフレットなどで繰り返し囁かれる解釈にいささかうんざりした身にとっては、こういう、作品だけを贅沢に愉しめる本を企画してくれた人たちに、最大級の敬意を表したい。
そしてもちろん、この本に出会わせてくれた人には感謝を。

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ヴァギナ・モノローグ

2002/12/24 18:56

化粧をするのと同じくらい、自然に読んでほしい

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「ヴァギナ」に「クリトリス」。そんなの専門用語でしかないと思っていた。盲腸とか、扁桃腺と同じくらい、いやそれ以上に自分のもちものであると意識したことがないもの。たぶん、他人に価値を認められないかぎり、何の役に立っているのかすらわからないもの。
 この本が「フェミニズム意識を底上げしてくれるかもしれない」なんて書いたら、フツーの人は「うぇっ」といって、本を取り上げようとした手を引っ込めてしまうだろう。でもそれは、もったいない。この本には、今まで聞けなかった声がつまっている。

 著者であるイヴ・エンスラーは、人種も国籍もまちまちの200人以上の女性へ「ヴァギナ=女性性器」についてインタビューし、それをいくつものエピソードからなる一人芝居(モノローグ)に再構成した。1996年に彼女自身の手でオフ・ブロードウェイで上演され、翌年に賞を取ったあと、現在は30カ国以上の国で上演されているそうだ。

 あなたは「ヴァギナ」を何て呼んでいる? 着せるとしたら何がいい? の答えが連なるエピソードもあれば、初めてのデートでキスをされてあそこを「洪水」にしてしまってから、一生閉店し続けてしまった(処女の)72才の女性、ワークショップでヴァギナが自分の体の一部であることを初体験した女性など、彼女たちの個人的な声ですべては語られる。さらに、エピソードの合間には「ヴァギナ・データ」として、現在も年間200万人の児童が女性器切除の犠牲になっていることを始めとして、ヴァギナの社会性、つまり社会的な意味での女性の弱さについてもふれられている。
 もちろん、この器官が女性のすべてだというのなら、それはまちがいだ。男だって女だって、頭を使って考え、二本の足で歩き、両手は愛する人のからだをやさしくなぐさめる。だけど恥ずかしながら、女性=子供が産める・抵抗できないことで、積極的に攻撃される事実がこの世にたくさん転がっていることを、初めて知った。

 まずはびっくりしないでこの本を手にとって読んでみてほしい。そして、化粧ポーチに口紅が入っているように、バックの中にこの本がおさまっていることが当たり前になったら…。そんな世の中、ちょっとステキだ。

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目かくし

2003/01/11 11:15

不可解な「いたみ」をともなう小説

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ポール・オースターの妻という宣伝文句は、これがすべてではないけれど、当たっている。美しく冴えた貧乏を描けるアメリカの作家として、彼女とオースターは、双生児のように似ている。

 4つの中・短編からなるこの小説には、いくつもの「いたみ」が登場する。そして作者の分身ともいえるアイリスは、その不可解さに脅えながらも、どうすることもできずにニューヨークの街を彷徨する。
 ただしアイリスが出会う不可解さは、幽霊や超常現象よるものではない。都会に住む人間らしく、すべて他者との関係の齟齬によって引き起こされる。だから読み手は、彼女自身が「いたんで」いるのか、相手のせいなのか、判断できないまま物語は進む。

 コロンビア大学で文学を専攻する貧乏学生アイリスには、お金がない。恋人とも別れたばかりだ。やっと見つけた「ミスター・モーニング」の仕事は、すでに死んだ娘の持ち物を描写して、テープに吹き込むというものだった。その匂いまでも詳細に。娘がミスター・モーニングのアパートで殺されたことを知ったとき、彼が犯人ではないかと疑うが、なにも解決しないまま、アイリスは彼の部屋から走って逃げるしかなかった。
 ほかにも、ひどい偏頭痛のために収容された病院で出会う患者O夫人、アイリスが男装して街をさまようきっかけをつくった男パリス、やがて恋人になるローズ教授、彼女がだれかと関係をもつたび、「解決されない悼み」、「理不尽な痛み」、「肉体の傷み」、ありとあらゆる「いたみ」の感情を経験する。

 シリ・ハストヴェットはいう。
「(作者とアイリスは)一緒になって脅えているのね(笑)。不可解なものに脅え、同時に惹かれてしまうところは、アイリスにも私にも共通しているわね。べつに私自身は彼女みたいに年じゅう不可解なものに出会っているわけじゃないけど(笑)。
いまは故郷のミネソタの町に基づいた場所をめぐる長編を書いていますが、そこでもやっぱり私は、自分の怖がっているものについて書こうとしているみたい。はじめのうちは書いていても怖いから、書きながら隠れようとしている(笑)。だから私にとって書き直しのプロセスというのは、隠れている自分をだんだん引っぱり出していく作業」
(柴田元幸氏のインタビューに答えて、『愛の見切り発車』(新潮社文庫)より)。

 ひさびさに学生時代を思い出した。当時、自宅から通う学生だった私は、一人暮らしを始めた友人達の行動が、不思議でしょうがなかった。なぜ理由をつけて集まっては明け方まで飲んでいられるの? ほんとに楽しいの?
 というのも、たまに仲間に入れてもらった席上で見たオンナノコ達の姿、飲みすぎて充血した眼をぼんやり開き、ぎこちない手つきでタバコを吸う姿には、痛々しさの方が目についた。『目かくし』を読んで初めて、彼女達もアイリスだったのだと思った。今はもうみんな落ち着いてしまっているけど、あの時同じいたみを共有できなくて、ごめん。

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画材を識る眼と手

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ずっと気になっていた謎の女流画家の初の作品集である。
だからこの存在を知ったとき、希少なしあわせを手に入れた思いで買いもとめた。

描かれるのはみな、どちらかというとあまりつきあいやすいタイプの女ではない。
顔も躯も向き合った相手のほうを、つまり真正面を向いているはずなのに、そのまなざしはどこか遠い。
たとえ一緒に遊びにいったとしても、とりとめもない話をするうちふと途切れた会話に顔を上げると、外された視線の先は彼女しか知らないどこかをゆるやかに見定めていて、黙ってしまったことに腹はたたないけれど、この沈黙の時間をどうやって切りくずそうかとこちらがどぎまぎしてしまう、猫のような友人だろう。

国司華子が影響を受けたのは、エドガー・ドガ、アンリ・マチス、パウル・クレー、ジョセフ・コーネル、エゴン・シーレ、マーク・ロスコ、アントニ・タピエス、ロス・ブレックナーといったアーティストだという。そういわれてみれば、男の立ち姿を描いた「く・ろ・す(cloth)」はエゴン・シーレを本歌取りしたような肖像画だし、いくつもの不定形の色面を組み合わせた背景の処理は、色彩のかさねで画面を構成した抽象画家、マーク・ロスコを思いおこさせる。金箔をはりあわせた作品もあるから、クリムトを連想する向きもあるかもしれない。

しかし彼女は「純毛の」日本画家なのである。
日本画の重鎮平山郁夫の下で学び、1992年のセビリア万博の日本政府館で安土城の復元プロジェクトにも携わったという。そしてどんなに重い色を使ったとしても、水を思わせる透明感のある画面は、岩絵具の質感があってこそのものだ。
日本画を初めて識る人も、この色彩の美しさにはきっと抗えない。

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「202冊と一匹のオジサン」の交友録

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 書評本を書評するという行為ほど、いかがわしいことはないだろうと思っているのだけれど、こんなふうに読み手ゴコロがくすぐられる本はめったにないので、反則技と知りつつ(?)ご紹介する次第。

 本書は、日刊ゲンダイで週一回、毎週水曜日に連載されていたコラム「新刊読みどころ」の最新四年分をまとめたもの。取り上げられるのは 『クオ・ヴァディス』(シェンキェヴィッチ著) 『増補 友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』(山田宏一著)、『黄色い本』(高野文子著)、『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ著)、『顔』(柿沼和夫写真/谷川俊太郎構成・文)など、ジャンルも世代も様々な202冊の揃い踏み。

 800字という限られたスペースの中に、本にまつわるありったけ(内容・著者紹介・書き手の思い入れ)がぶち込まれているせいか、読後感には「おもしろい」「好もしい」「何ともうれしい」と、意外なほど直截な言葉も使われているのだけれど、あまり気にならない。それどころか、ここまで端的に言ってくれているのだからきっとそうなのだ、「そうだ 本屋、行こう」と思わせる魔力がある。狐氏の術中にかかったということか。試みにその術をあげてみる。

★著者の文体が憑依する
「こりゃー、どえりゃーエッセイだがや。」(『駅弁の丸かじり』(東海林さだお著)を評して)
「こんなたわいもないところを開けて、ゆるゆると読んでいたくなる」(『センセイの鞄』(川上弘美著)を評して)
 以上はかなり極端な例だけれど、そうでなくとも作品毎に、文体・選ぶ言葉を微妙に変えている。だってナンシー関とナボコフを同じ書きようで扱っては、お互いにとって不幸な紹介のされ方だろうから。

★著者と本の「抱き合わせ広告」である
 端的な評し方はまるで、広告のコピーのようだ。
「よくもあしくも非常にクレバーな高等遊民」(白洲正子を評して)
「ユーモアと英知にあふれた天性の啓蒙者」(小林カツ代を評して)
 そして、彼らの人となりから作品が成立するまでの様子を、ゆるやかに語り起こす。一冊の本は決して、偶然の産物ではないというように。作品そのものの解説は、むしろ少ないと言ってもいい。

 ただし残念ながら現在は、このめっぽうおもしろい書評を新聞紙上で楽しむことはできない。氏の健康上の理由でから、2003年7月をもって降板されたそうだ。でも「いささか野蛮で、大胆不敵で、どこまでも陽性な日刊ゲンダイが私は好きだ。いつかまた巣から出て、この新聞に書かせてもらえたらと願っている」とのこと。お待ちしております。

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紙の本おめでとう

2003/07/10 22:43

たとえアイヨクに溺れたとしても

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 存外な、という言い方をしたくなるほど、川上さんの作品には愛を交わす人々の話が多い。それが男女の恋人であれ、不倫であれ、はたまた同性同士であれ。ただし、たとえくちびるが重ね合わされ、背中に巻きついた腕がきつく相手を抱きしめ、「アイシテイマス」という言葉が吐息のはしからもれて、やがてコトに及ぶような次第になったとしても、互いの結びつきはあくまでも淡く淡く、どこまでいって交じり合わない。

 自分のことしか考えていないからではと問われれば、そういうわけでもない。
 妻子もち十歳としうえの井上と、少し前につきあっていたというだけで、かつて同じく関係のあった幽霊のモモイさんにとり憑かれてしまった、『どうにもこうにも』の私。もう井上に未練はないのに、「あたしは幽霊だからものも持てないし」というモモイさんに代わって、なぜか無言電話をかける仕儀にいたったように、けっこうお人好しだったりする。

定見をもてないことで、いわれのない非難を受けることもある。
 『天上大風』の私は、彼の浮気を疑って相談してきた後輩の女の子に、「その一。本当に浮気しているかどうか確かめること。その二。浮気していたら別れるか別れないかを検討すること。その三。もしも浮気でなかったのならば、疑惑に陥りやすい自分について反省すること。その四。浮気かどうか不明の場合は、観察を継続すること。」と即座に答えて次の日、恐ろしく冷酷で功利的な人間であるという風評を会社中に立てられる羽目になる。

 事実イコール真実ではないとわかっているからこそ、まずは材料をかき集めてから判断してはどうだろうと言っただけなのに、「論理的思考などというものは、実生活にはほとんど役立たないもの」なのである。

 睦言をいくら重ねても他人とは永遠にわかり合えない、人は所詮一人で生きて一人で死ぬものよと力説するほど、ペシミスティックではないつもりだけれど、十二編に映しだされた「私」「わたし」「あたし」の恋の風景には、じんわりとした淋しさがしみこんでいる。

 たとえアイヨクに溺れたとしても、いじらしさとわずかなうとましさを同時に抱え込んでしまうこと。薄ぐもりの夕焼けのような、どっちつかずの微妙な間合いが、川上作品の魅力なのだと思う。

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モダニストのみる月は

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 編集者、イラストレーター、グラフィックデザイナー、フォトグラファー、表現の形式が変わるだけで変化する、さまざまな肩書きの狭間を自由に往き来しながら、モダニスト北園克衛は、終生「詩人」であり続けた。

 「Plastic poem」と題された一連の作品(彼が死ぬまで関わり続けた詩の同人誌『VOU』に発表された)には、角のとれた小さな石ころを仏字新聞でくるみ点々と置いたものや、助けを求めるかのように天上に向けられた手の形の切り抜きが麻縄で囲まれた円の中に一つだけ置かれているもの、網目状に区切られた小さな空間の中に雑誌から切り抜いたのだろう大きな眼がひとつだけ配置されているものとか、「これは何ですか」「わかりません」としか答えられないような、造形の連続だ。

 素材を選び、必要とあらば加工し(切り抜いたりくるんだり)、それらで空間を構成し、カメラで撮影するところまですべて彼の手で行われるから、テキストとグラフィックを別ものとして紙面を構成する習慣(組版ソフトも、ごくごく一般的に使われるワープロソフトだって、操作上はみんなそうだ)が無粋に思えるくらい、形あるものはすべて、一握りの紙屑もボール紙もガラスの切れ端も、彼がのぞくカメラのファインダーの中で等しく意味をもち、詩世界を構成する。

 …などとつらつら書き連ねながらも、「Plastic poem」見ているときの心の動きをうまく言葉にできなくて、イライラしてしまう。
 堀江敏幸さんが冒頭に献じた序文—個人的な経験を扱っているにもかかわらず、彼の作品の美しさをまだ見ぬ人にもそれとわからせる喚起力のある文章—を読むと、なんとか自分でもこの美しさを言葉にしたいと思うのに。

 最後に、北園自身の言葉を。
<かんがえてみると、私の詩人としての一生も同人雑誌の中で終わることになるらしい。つまり風車を廻す人間だったわけである。しかししれならばそれでよい。私は絶えず時代のエスプリに直接に触れることができたのだから>(北園克衛「同人雑誌」『詩文藝』創刊号 1957)

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身銭を切った「私」評論

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 逃れようがないほど紛れも無く、私の記憶の原点は1980年代の中にある。
 健康的な野球少年に混じって、自室がガンプラ部屋と化している小学生はそうめずらしくもなかったし、『風の谷のナウシカ』を映画館で見たか・何回見たかがアニメ好きの踏み絵になるような、そんな子ども時代だった。

 ただし、まだ大人の事情に足を踏み入れるほどの年齢でもなかったから、何の脈絡もなく腋下を曝け出しながら「わたくしは…」と慇懃にコメントを述べる女性を見ては、「この黒木香というオネエサンは、何故テレビにでているのだろう」と思ったし、岡田有希子の自殺にも特別な感慨は持たなかった。周りの男の子は皆、おニャン子クラブに夢中だったから。さらに言うと私は、事故に遭った後の岡崎京子しか知らない。

 だからこの本は、自分の中でまだらに抜け落ちている80年代カルチャーの綻びを、ひとつひとつ繕ってくれるような、そんな役割をもってくれた。
 著者の評論家としての立ち位置が、正道であるか「おたく」であるかはともかく——しかし偏向していない評論なんてものは存在するのだろうか——ノスタルジーに裏打ちされた時代論ではないことは、言うまでもない。ニューアカ、ロリコンまんが、上野千鶴子、宮崎勤、都市伝説、UWF、etc…、過剰なほどの固有名詞を駆使して語られるのは、「私=主体の内面」がどのように変容してきたかという、むしろオーソドックスな問題だ。

 そして、この本が一貫した全体像を結びにくいのも(まとまりがないという意味ではなく)、一個人がどこまで自発的に文化を創り出そうとしていたかという闘いの記録でもあるからで、読み手はこのすべてを「同時代的に」理解しようとするよりはむしろ、共感できるところだけをひろって、自分なりの世界像を再構築すればよいのだと思う。

 大塚英志というキャラの際立つ、「私」評論である。

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庭の小さなばら

2003/05/03 23:00

ゆるやかな蜜月

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庄野潤三を読み始めたのは、小学生のころだ。母から「『家族ロビンソン』みたいな本—たしか、ふた昔ほど前のテレビアニメ「南の島のフローネ」の原作になっていた物語で、ある一家の乗った船が難波して南海の孤島に取り残されるが、パンの木が生えていてとりあえず食いっぱぐれないのはお約束としても、家畜におあつらえむきの動物がうろうろしているわ、密林をずんずん切り拓いて畑をつくるわ、難破一周年記念と称して家族で大運動会を催すわと、それはもう途方もなくのんきで前向きな家族の南洋小説なのだった—だから、読んでみるといい」と『明夫と良二』手渡されてからというもの、「丘の上の家族」とわたしは、ずっと一緒に年を重ねてきた。

正確に言うと、十代の終わりごろからしばらくは、物語のスジを追うことがうっとうしくなって本を読むことをやめてしまったから、たまの付き合いになってしまったけれど。一年に一度、思い出したように新聞に掲載されるエッセイや新刊案内を「いま生きている作家で読んだことがあるのはこの人ぐらいだな」と、なつかしいような、さみしいような思いで眺めていたのを覚えている。

今ではそんな時代が信じられないほど、節操のない読書人生に突入—もっと早くから読むべきだった川上弘美に須賀敦子、ユーモア小説というジャンルが確実に存在する(した)ことを教えてくれた小林信彦、フランス郊外の少し殺風景な生活空間と王子とか早稲田といった都電周辺のよれた風景を違和感なく結びつける堀江敏幸、おまけにポール・オースターに始まる翻訳モノに手を出したら、読む本多すぎて収拾つきません—してしまったけれど、背表紙が日に焼けて黄ばんでしまった『夕べの雲』や『絵合わせ』はあいかわらず本棚の定位置を占め、庄野潤三とのゆるやかな蜜月はさいわい未だ続いている。

ただしある席上で、愛読書はやはり庄野潤三でしょうかと口ごもるわたしに「若い頃はたしかに読んでいたが、今はマッタク興味をひきません。だって同じことの繰り返しでしょう」と言い放った元・文学青年らしきオジサマの言からもわかるように、多摩丘陵に引っ越してきた40年前から今回の『庭の小さなばら』まで、家族の日常を書き続けるスタイルは、まったく変わらない。

とくに、三人の子どもたちがそれぞれ家庭を持つようになってからは、変化するのは孫の年齢だけ? と錯覚するくらい、おだやかな老夫婦(私と妻)の日々が綴られている。
脳内出血で倒れてからはリハビリも兼ねた散歩が日課、毎日の食事は「おいしい」。ときどき長女が足柄山から訪ねてきては宝塚観劇や小旅行にでかけると、そのあとに必ず「長女はいい手紙をくれた。ありがとう」。「おじちゃん八十歳おめでとうの会」には、子ども・孫・友人の総勢十五人で食事会。裕福すぎず、貧しくもない、ごくふつうの家族の記録。

だけれども、と思うのである。この何気なさのために、どれだけの注意がひそかにはらわれていることか。まず、書き手は健康でいなければいけない。まわりを観察する眼と、それを記録し続ける手がとまらないように。そして家族は仲良くあり続けなければいけない。ただの血縁の集まりにならないように。
その按配の難しさなんてものは、そもそも存在しないかのようにここでは描かれているけれど、つかず・はなれず・よりかからず。おだやかな日常を維持しつづけるには、たゆまない努力がいる。
どこにでもあるようでいてどこにもない、この幸せな家族の記憶をもうしばらく味わっていたい。

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キワモノ(たち)でよかった?んだよね。たぶん。

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『文章教室』『タマや』『小春日和(インディアン・サマー)』『道化師の恋』と書かれてきた、いわゆる「目白連作」の最新作…らしい。というのも、私が金井作品を読むのはこれが初めて。あとがきで『小春日和(インディアン・サマー)』の十年後を書いたものだということを知って、あわてて書店に走ったくらいだ。

何の予備知識もなしに飛び込んでしまった「桃子・花子・おばさん」の世界だったけれど、すべての路線からこぼれてしまったキワモノ(たち)がかっとばす悪罵の数々が、そうとう小気味よい。
女三十、もう少しハングリーに育っていれば、とうの昔に結婚に向かって滑りこんだだろうし(できれば玉の輿で。でもそうでない人もあきらめてではなく)、もうわずかでも小金持ちだったら、誕生日に母親から説教—高学歴で定職にもつかないで結婚もしていない三十女は、心構えとして、爪に火を点すようにして少しでも貯金しておかなきゃ、いざっていう時に、自立した女とかなんとかって大言壮語できないよ—を頂戴することもないだろう。

たしかに定職なし、彼氏なしの私・桃子ではあるけれど、新潟で旅館の女将をしている母も、くせものだ。桃子さんは東京でどうしているのかと訊ねられたら、ブラブラしてます、なんて、恥しくって答えられやしないさ—と「地元密着型おふくろ」丸出しで、桃子と小説家のおばさん(桃子のおばさん、なので実の妹)を叱咤激励しては実社会へ立ち返らせようとする任務を全うするかと思いきや、「無職の趣味人、ただし資産家」と結婚して旅館をたたむといきなり宣言する。

また、前作でいみじくも斉藤美奈子さんが「少女小説の仕返し/恩返し」で解説していたように、ヒロインは数奇な運命にもてあそばれる(多くは父母との死別ないし離別)少女小説の型を踏襲している。
桃子・花子の場合、どちらも父の影は薄い。いやもとい、立場がない。桃子のおやじは彼女が子どもの頃離婚して、フラワーアーティストの恋人(男性)と暮らしているし、花子のおやじは自分の娘がウェイトレスのアルバイトをするとは若い娘の「転落」だと説教をたれるわりには、セクハラ疑惑で編集部をとばされたり、ついには家を出奔してしまう。
結局、人生からいつもみごとな肩すかしを喰うのが、彼女(たち)の日常なのだ。

そして私は覚悟した。だれがまともな路線をいっているのかは、どうせだれにもわからない。キワモノでいこう、と。
だってあと何十年もすれば、キワモノだろうが、小市民だろうが、どうせきれいさっぱりこの世からいなくなっちまうんだから。

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たまもの

2003/01/26 00:34

通りすぎたもの、忘れなかったこと

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つくづく、勝手な女(ひと)である。だけどそれが、いとおしくて素敵だ。
坪ちゃんと恋愛して、結婚して、末井さんに恋をして、家をでて、離婚して、結婚して…でもそれからも末井さんのことを坪ちゃんに相談し続けたり、『Uの真相』対策会議と称して三人で顔合わせしたり、一つ前の作品集『たまゆら』の企画でチアガールに女装してもらった二人を撮影したり、一緒になるか・離れるかしか恋愛の選択肢はないはずなのに、「特別な関係」でいるために、神蔵さんは、走る・撮る・話す。

1997年。ひとり寝の坪ちゃんを撮って家に戻ると、台所ではエプロン姿の末井さんが一人、料理をしていた。
2000年12月11日。「この頃は環七をクルマで方南町(坪内祐三さんの家)と三軒茶屋(末井昭さんと暮らす家)をいったり来たりして、夕食を二度食べたことも」あった。

それでも、時間は確実に流れていく。坪ちゃんには新しい恋人ができ気鋭の評論家として活躍を始めるし、「ぼくには家庭というもののはっきりしたかたちがよく解らない」という末井さんとの生活は、ときどきひどく困難になる。
だって愛しちゃったんだもん、と恋愛至上主義でいられるなら、ヒトはどんなに楽に生きられるだろう。でも自分がおかれている世界の中で正直にいたいから、この『たまもの』の中に棲む三人は、うろうろ・オタオタする。その姿は、写真にも文章にも、そのまま写しこまれている。ヘヴィだけど、おかしい。

すべてをプリントして残せる写真家という職業が、うらやましく思えた。
そして、坪内祐三さんの本を読みたくなった。『靖国』や『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲がり』は、こういう生活の中から産まれたのかぁ。

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