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大久保君さんのレビュー一覧

投稿者:大久保君

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本孤独か、それに等しいもの

2004/12/23 09:44

同姓か、それに等しいもの

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

初めてではないが、今日は珍しいことがあった。読んでいる小説の登場人物が自分と同じ姓だったのだ。大崎善生の短編集『孤独か、それに等しいもの』の冒頭の作品「八月の傾斜」の主人公石田祐子の中学・高校時代の恋人の名前が「大久保君」であった。ちょい役ではない。45頁の作品の中に83回も「大久保君」という言葉が出てくるのだ。「大久保君」の洪水。こういうのはちょっと困る。なんて言うのだろうか、照れくさいような気分になるんですよね。


 「キスしてください」と私は卒業がいよいよ近づいた日に、家の近くの公園で大久保君にせがんだ。

 大久保君は私の手を優しく握りながら私にこう言った。

 「石田」

 「はい」

 「キスはね・・・・。高校生がやるものだと思う」

 「はい」

 「だから高校に進学してからにしよう」

 次の日にそのことを百合子に話すと、彼女は声を上げてケラケラと笑い転げた。

 「ハハハ。キスは高校生かあ。大久保君ってやっぱり可愛いなあ」

 そう、大久保君は可愛いと私も思った。可愛いだけじゃなくて格好もいいし、それにものすごく男らしいーー。



 どうです。恥ずかしいでしょ(各自、上記の引用文中の「大久保君」を自分の名前に置き換えて読んでみて下さい)。もっと恥ずかしい場面もあるのだが、とても引用することができない。耐えられない。

 ところで、この「大久保君」は高校三年の九月に自転車に乗っているところをダンプカーに轢かれて死んでしまうんですね。先日読んだ瀬尾まいこ『幸福な食卓』の主人公の女子高生の恋人も自転車に乗って新聞配達をしているときに車に轢かれて死んでしまうのだが、いい奴があっけなく死んでしまうのは本当に悲しいものだ。あまりに悲しくて悲しみを悲しみとしてきちんと経験することができない。「大久保君」が死んでから石田祐子は毎年九月になるとひどい鬱に襲われる。そしてその予兆は八月から始まる。「八月の傾斜」というタイトルはそこから来ている。そして27歳になった彼女は八月に恋人からのプロボーズを受ける。



 大久保君が死んでから十年近くがたって、あの九月のどん底が決して彼のせいだけではないことも私は感じはじめていた。私はきっと時間とともに失われていくすべてのことに怯えているのである。すべてを自分から奪い去ってゆく、時間という有無を言わせない力に。

 大久保君が恋しいわけではない。

 大久保君と過ごした自分自身が恋しいのだ。それはなす術もなく、日々、移り変わっていってしまう。二度と取り戻すことのできない記憶の堆積物に、私は勝手に大久保君という名前をつけて呼んでいるだけなのかもしれないのだ。



 女性を主人公にした小説を書ける男性作家は少ない(男性を主人公にした小説が書ける女性作家も少ない)。大崎善生は女性を主人公にした小説を書ける数少ない男性作家の一人である、と大久保君は思う。

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