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先月(2017年8月)

瀧山宜志さんのレビュー一覧

投稿者:瀧山宜志

4 件中 1 件~ 4 件を表示

時機に適ってしまった話

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 5月31日にまたしてもアウンサンスーチーがビルマの軍事政権に監禁されてしまった。初めは1989年から6年間、次は2000年から2002年までで、その後1年経過したばかりの3度目の監禁だ。政府が、民主主義実現に向けて活動するノーベル平和賞まで受賞した国際的有名人を強制的に監禁する。政権は国際社会に向けて己の横暴をアピールし続けているわけだが、これは直接に緊密な関係のない者には、どうにも解せない事態に見える。しかし歴史をひも解けば、この地域には軍政が基本的に敷かれ続け、民主主義など実践されたことがないのだから、(歴史の流れという点では)政府の横暴は無理からぬことのようにも思える。
 アウンサンスーチーの監禁(新聞社は拘束と表現している)によって、早速、本書で得た知識を基にニュースを読めるようになった。例えば、報道は軍政側が彼女とNLD(国民民主連盟)の幹部の拘束の際、彼らの支持者を70人余りも殺害した疑いを報じたし、更にヤンゴン大学などいくつかの大学がかつてもあったように閉鎖されたことも報じた。それらの系統だっていない、あまり目立たない控えめな記事を歴史のうちに位置づけられるのも本書の効用ではある。加えて、各社報道記事は本書の知識の範囲を全く超えていない。本書にも書かれているところの、前回の監禁時から軍事政権側も民主主義推進派も更には仲介役のラザリ国連特使まで、関係者の顔ぶれが全く変わっていないのだ。それは裏を返せば事態がなにも進展していないということだろう。他人事ならそれでもいいのかもしれないが、その体制を日本はODAの名の下にどの国よりも支援している、としたらどうだろうか。資金は結局のところ税金から拠出されており、そう安穏としてはいられないと思うのだが。
 本書はビルマについてのまず知っておくべき知識のつまった入門書である。東京外大の根本敬さんが執筆した、ビルマと日本の関係史、現代ビルマの政治・経済状況、そしてアウンサンスーチーに焦点を当てた、多少お堅いものが半分。ビルマ語のラジオ番組の制作を担当した経験もあり、現在フリージャーナリストの田辺寿夫さんが執筆した、日本国内に住むビルマ人の視点を交えたドキュメンタリー風な、それだけに実感の湧きやすいレポートで構成されている。お二人とも親ビルマ派なわけだが、その関わり方は私生活、個人の歴史に根ざしていて、理念だけの国際協調とは一線を画しているように思われる。だから真の魅力は二人のビルマとの関わり、その個人対個人の交流にこそあり、その交流こそ読み取るべきなのかもしれない。しかし個々人の暖かい交わりは、より多くの人をその中に包むことを願っているのだから、より大きな動きとして捉えることも無意味なことではないだろう。巻頭のアジア地域を含んだ地図と巻末のビルマ歴史年表は、あるいはそういうことかもしれない。

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紙の本昭和史七つの謎

2003/05/25 17:40

謎の解き方

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 歴史というのは不思議なもので、壮大ではあるが死んだ冷たい過去のようでもあるし、自分が辿りつつある生々しい現在のようでもある。それはある人にとっては、生まれる以前のことになど興味を持たずに過ごすことを許すが、ある人にとっては、現代の歴史観の偏向を云々せずには置かない。視る人により様々に姿を変える、それが歴史というもののようだ。
 著者は今までの仕事で4000人余りの事件関係者への取材をするなど、一般人には真似できないデータ収集能力を有しており、著者が言うところの昭和前期(戦争終結まで)と中期(昭和20年9月から27年4月)に迫っている。まず本書の特徴として、実証的であることがあげられよう。しかし、単なるデータの集積では解けない謎もある。そこで著者は歴史にifを導入し、起こりえたかも知れない事態を、いわばもう一つの歴史として検証している。特徴的なのは「<東日本社会主義人民共和国>は誕生しえたか?」の章である。ソ連とアメリカの、つまりは戦勝国の政治指導者の胸先で日本の分断統治がありえたことを、ゴルバチョフのグラスノチ(情報公開政策)や、体制崩壊によりもたらされた証言によって実証してゆく。この作業自体が知的好奇心に満ちたものであるが、しかしこの仮説は著者オリジナルのものではなく、時代の空気を呼吸した人々が直観した歴史の流れの一面であった。本書に用いられる検証手段、その仮説をも含めた歴史の検証手段は、磯田光一が『戦後史の空間』のなかで、主に文学作品の表現の検討を通じて行っている手法と共通する。
 昭和史の研究に勤しむノンフィクション作家と、イデオロギー分析にのめり込んだ文芸評論家の符合は面白い。奇しくも文芸評論と歴史研究の方法論の一致がここでは見られるのだが、この共通点は、たまたま同じところがあるというのではなくて、両者の興味を超えて、文学と歴史が同じものに対する別の切り口に他ならないことを表しているようにも思われる。例えば「日本の<文化大革命>は、なぜ起きたか?」の章では、著者が持ち出す歴史的事実はほとんど教科書的なものにも関わらず、当事者の残した言葉を重く受けとめることにより、2・26事件が中国の文化大革命と類似した「人間の感情の爆発、狂熱」だったと観取している。人間存在の内奥に鋭い視線を向けるその手さばきは、本来は文学の領域に属していた仕事を歴史のうちに据えることに成功している。
 人々は過去の歴史が今に対してアクチュアリティを持つことの一例を本書の中に見出すことが出来るだろう。そしてこれは、著者は恐らく意図していないが、あたかも朝鮮有事を望んでいるかのような報道、出版、発言が巷に溢れるという現状——歴史忘却に基づく一方的且つ短絡的な状況——に対しての牽制の役割をも本書は果たすであろう(と、これは私の願望なのだが)。

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紙の本いま、抗暴のときに

2003/05/22 03:13

書く。

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 結局、辺見庸さんには会えないことになってしまった。某書店でのサイン会は「本人の意向により中止になった」と店員さんから電話連絡を受けた私は、あらぬ妄想にふけりだした。
 ——また脅迫でもあったかしらん? 『永遠の不服従のために』の刊行サイン会の時、実際に爆弾をしかけると脅迫電話があった(本書、「わが友」の章より)。私はそれは知らなかったが別に驚きはしない。なんの因果かしらないが、そのサイン会は石井紘基衆院議員が殺害された10/25に行われた(石井議員は「政治と金」の調査に力をいれていたようで、証拠もないのに裏を勘繰ってしまいたくなる)のだし。
 ——それにちょっと歴史を振り返ってみるならば、五・一五や二・二六事件などの言論弾圧テロはたびたびあったし、戦後では風流夢譚事件なんてのもあった。公安警察に守られ、逃亡生活を送った作者、深沢七郎をだれも笑えない。1997年から出た全集にも『風流夢譚』は掲載されていないのだから。
 会って声を掛けてみたい気持ちもあったが、作家はアイドルではないのだから、別に実物なんて有難くもなんともないのだ。それに「語ること」の章では、会話よりも書くことに自身の良心の在り処をみているようだし。つまりは「自家撞着的表現」を駆使してでも書き続けることでしか、作家の生きる道はないということだろう。
 私は作家ではないが、このように文章が残せる。なにも作家やジャーナリスト、大学教授、政治家だけに発言させておくだけが能ではない。それが『いま、抗暴のときに』に対する感想であり、評価だ。

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さて、私達は何がしたいのか?

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 今日5月1日、ブッシュ米大統領がイラクでの主要な軍事作戦を終結する宣言をするという。しかし正式な終戦宣言ではないそうだ。くだらない話だ。だが、誰が「茶番もたいがいにしろ」といったろうか。ニュース番組などは連続ドラマなどではないのだから、毎回初めての視聴者を意識して、くどいほど事実を確認しても、誰にも咎められることはないはずだが。そしてメディアがお茶を濁すことしていないなら、私達がもっと質の良い情報を得たいのなら、TV局や新聞社に注文の一つもつけていいはずだが。
 本書は三つの章からなり、「メディアコントロール」の章では、メディアが歴史上果たした役割と現在も果たしつつある役割が具体例をまじえて語られる。以下「火星から来たジャーナリスト」と辺見庸のインタビュー「根源的な反戦・平和を語る」と続く。要するに著者の他の著作と内容は大差ない。しかし、新書ということもあって値段も手ごろで、分量も多くはないが、他に邦訳されている単行本よりも訳が格段にわかり易い。これだけでも本書を手にする価値はある。
 加えて、メディアを問題にしたことで権力者や知識人以外の市民を議論の場に引き込むことに成功している。視聴者・読者のいない報道はありえない。地理的に遠く離れた日本でも戦争報道があり、攻撃支持表明があった。そして次は復興支援だ。しかし本当は、私達はイラクに住んでいる人々に賠償金を支払う義務が生じたのではないか。攻撃を支持するとはそういうことだし、攻撃された側は請求する権利がある。さて誰がイラクに対して、攻撃支持なら我々には賠償責任が生じると言っただろうか? 実際にはアメリカから復興支援を当てにされるだろうと言っていたのではないだろうか。短期で終われば景気は上向き、長期にわたれば深刻な影響、などという景気動向の分析とともに。本書は、私達は無辜(むこ)ではないということを明かしてしまっている。著者のジレンマとともに。  
 

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