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先月(2017年6月)

和田浦海岸さんのレビュー一覧

投稿者:和田浦海岸

304 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本靖国問題

2005/07/27 01:55

「靖国問題」なら文藝春秋8月号の古森義久を読まなけれりゃいけません。

30人中、26人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

文藝春秋2005年8月号に古森義久さんの文があります。
靖国問題のための必読です。
私は、この文を推薦いたします。
題は「胡錦濤『靖国非難』は世界の非常識」とあり、
この題名からは、ひょっとすると他の特集を優先して
読まずに見過ごしてしまいそうな素っ気ない題名になっております。
けれども、内容はピカイチ。すっと飲み込める内容。
こういう着眼点を持ち得ないのが、日本の議論の悲しいところだという盲点をついて、分かりやすく、ていねいに論を展開されております。
たとえば、高橋哲哉著「靖国問題」(ちくま新書)を読むんだったら、古森義久さんのこの文を読んでいただきたいと私は切に思うのです。
余談になりますが、
同じ雑誌の目次(赤枠つき)の題に
「本屋の娘と息子『至福の読書』」という
林真理子・丹羽宇一郎の対談がありました。
そこで、伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎氏の言葉に、こんな箇所がありました。
「・・心の癒しの読書もあるし、楽しみのための読書も大切です。
ただ、僕には考える行為自体が楽しいし、そこに精神の自由を感じるんです。・・・手にとって読みづらいなと思ったら、すぐに止めてしまいます。読みにくいということは、文章が悪いか、論理的ではないということ。間違っても、自分が悪いとは思わない(笑)」
この丹羽さんの言葉は、読みながらいっしょに笑ってしまいました。なぜかといえば、ちょうど「靖国問題」を語るのに、高橋哲哉の同題の新書を読もうとしたのですが、どうしても読み通せなかった、という私の事情があったからです。
さて文芸春秋8月号には
櫻井よしこ・田久保忠衛 VS 劉江永・歩平
の論争「靖国参拝の何が悪いというのだ」
が掲載されております。
そこでは田久保氏が
「まず私から・・これは日本人の『心』の問題であり、他国の人たちが 口出しすべき問題ではないということを申し上げたい。」
と議論の始まりに、語っておりました。
中国側は清華大学教授と中国社会科学院近代史研究所研究員の
二人でして、よく他国の靖国問題を勉強しております。
こういうところは、中国の押しが強いですね。
議論のための、細部の学習と、はったりが断定口調です。
旗色が悪くなると、
たとえば、櫻井氏の戦争犠牲者の数についての指摘に対して歩氏は「戦争の犠牲者の数字についてですが、歴史の事実というのは孤立して存在するのではなく、それは感情というものに直接関係しているということを申し上げたいと思います」と答えて、少し後に櫻井氏が「その対比はあきれてものが言えません」と答えると、歩氏は話題をすかさず変えていきます。
こうした議論の中国側の雄弁(詭弁)さを読んでいると、日本側の地道な反証をあざ笑うかのように、そそくさと議論の主導権を取ろうとしております。
さてこの議論を読んだ後に、古森義久さんの文を読むと感じるのですが、中国側の身のかわしかたの総体を、世界の視野から俯瞰して、しっかりと位置づけることに見事に成功しております。
それが、すばらしい。
と私は推薦いたします。
来月の8月9日まで、文藝春秋8月号はどの本屋さんの店頭にも
並んでいるはずです。
その154ページ。
古森義久「胡錦濤『靖国非難』は世界の非常識」の
最初の1ページだけでも立読みをする価値があります。
ぜひ、ご覧になる事を、薦める次第であります。
丹羽宇一郎の語る「考える楽しさ」「精神の自由を感じる」を
私は古森義久氏の文に感じるのです。
こうした世界的視野を持ちえる人の見識を自らに取り込もうではありませんか。

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「靖国問題」は、こう語らなくっちゃいけません。そんな、すがすがしい一冊。

23人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

木下順二著「夕鶴」(昔話「鶴の恩返し」をみごとなシナリオにした作品)の中で、「つう」が「与ひょう」にこう語ります。
「分らない。あんたのいうことがなんにも分らない。さっきの人たちとおんなじだわ。口の動くのが見えるだけ。声が聞こえるだけ。だけど何をいってるんだか・・」。
昨年、何やら話題になった
高橋哲哉著「靖国問題」を、私は読めずにおりました。
「はじめに」で自称「哲学者の端くれ」の高橋哲哉さんの言葉に戸惑い躓(つまず)いたからです。「靖国神社」を知るためには「その歴史を知らなければならない」とわざわざ断わりながら、「私は歴史家ではなく・・本書の中心テーマはそこにはない」としております。しかも「靖国神社の歴史を踏まえながら」と念を押しております。わずか4行の文が、ちっとも論理的じゃない。これが近頃流行の有識者の論理なのかとガテンするくらいでした。
それでも「靖国問題」は、現実問題として横たわっております。
ちっとも解明されない、モヤモヤがずっと尾を引いておりました。
そのモヤモヤの間から、曙光がさしこんできたような魅力が
今回紹介する新書にはあるのです。
第一部では、戦時下で新聞がどれほど国策に協力して国民を煽ったか、昭和12年〜19年の朝日新聞を例に引用しております。
第二部では、靖国神社の「遊就館(ゆうしゅうかん)」を取り上げております。ここでは朝日新聞論説主幹・若宮啓文さんの感想を、上坂冬子さんの気持ちと比較して書きすすめており印象的です。
第三部では、2005年11月のNHK日曜討論の言葉を引用しながらはじまります。この三部までが、論を展開する滑走の場面です。ちょうど靖国問題という名の飛行機が空港を離陸する場面をひとつ引用してみます。
それは平成元年の教科書検定の内容を語る箇所でした。
「検定基準の社会科、二項の第四項目に、次のように書いてある。『四 近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること』
真実の探求に必要なのは正確な事実である。教科書の必須条件として正しい事実が書かれているべきなのはいうまでもない。第四項をすなおに読むと、教科書には事実を手加減して書けという事にならないか。【配慮】の名のもとに事実を曲げるもよし、場合によっては時期がくるまで事実は伏せろという事にもなりかねない。これは戦時中の論理だ。日本は大敗していたのに、大本営発表と前置きして『我が方の損害なし』と国民の士気に【配慮】しつつ事実を手加減して発表した、あのインチキ報道と同列である。・・こうまでして、基準値を下げて日本が近隣諸国への配慮をせねばならぬ理由が私には思い当たらない。自慢にもならないが日本は負けた国である。敗戦国としての裁きを受け、先方の言い分通り罪を負い、命を提供して償いを済ませて敗戦の無一物から、自力で難関を切り抜けてこんにちにいたった国である。どこに必要以上の配慮がいるものか。」(p47)
ここから、東京裁判・A級戦犯・パール博士・サンフランシスコ平和条約等へと上坂さんの視点が展開されて全部で第13部。
読後、私は第三部までが鮮やかな印象として再度浮かびました。
もっとも、この三部まで読めばあとはスラスラと空を飛び立ったような軽々と読了感がありました。
空を飛ぶといえば「夕鶴」の「つう」は、夫の「与ひょう」と、最後には、別れて鶴になって飛び立つのでした。
つう「与ひょう・・・からだを大事にしてね・・・いつまでもいつまでも元気でいてね・・・」

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「文学的によく書けた情景」「よくできた話」だけでは終わらせない文学。

22人中、21人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「戦争を知らない人のために靖国問題」(文春新書)で、上坂冬子さんは靖国神社の遊就館を語っています。そこに保存されている人間魚雷回天(かいてん)を見て、頭部に爆薬を詰めて人間が乗り込み操縦し、特攻機のように体当りする魚雷の「思ったより小さい」実物をみながら、上坂さんは乗り込む若者の体型などを実感として想像しているのでした。
今回紹介する本は
昭和19年に教育を受けた「海上挺身隊」が、沖縄へ派遣され、そこで起った終戦前後の情景を戦後書かれた文書を、実地に聞きながら解明したどり直した一冊です。
「暗夜に乗じて、敵がまだ全くその存在に気づいていないうちに先手をうって攻撃に出なければ、白昼堂々と戦えるしろものではない」速力20ノットのベニヤ板ばりの特攻舟艇での、船の特攻隊員たちが、渡嘉敷島へ上陸し、死ぬ気でいた隊が、生き残ったばかりか、島の人たちの集団自決を命令したという汚名を戦後着せられる一部始終を、丁寧に聞き取り調査しながら、資料を腑分けしてゆくものです。
この本は昭和48(1973)年に単行本。そして平成4(1992)年に文庫本として出ますが、いずれも絶版になっておりました。それが今年2006年に新版として改めて出たのです。
昭和25年に出た
沖縄タイムス社の『沖縄戦記・鉄の暴風』という資料に焦点を定め、そこで「悲憤・慟哭・痛嘆」している少尉が、昭和45年まで沖縄の報道関係者から一切のインタビューも受けたことがないことを突き止め。文書が目撃者でなく二人の伝聞から書かれていることを明るみにしてゆきます。『鉄の暴風』に虚構の小説を創作している箇所を「・・場面は実に文学的によく書けた情景といわねばならない。・・しかしそのようなことが許され得るのは、虚構の世界に於いてだけであろう。歴史にそのように簡単に形をつけてしまうことは、誰にも許されていない・・」
そうして、「簡単に形をつけ」ない、厚みと深さの範囲をじわじわとひろげてゆきます。
こうして解明されてゆく展開では、沖縄タイムスの投書までもとりあげます。「ただ太り返って愛人を連れて山を下りた司令官という印象は或る個人の印象を引き下げるためには誠に『よくできた話』なのである。しかし事実はそれほどよくできていることはめったにない。そして、どこにも、ジャーナリズムと人の噂は、しばしばこのような点について、『よくできた話』を作りあげることに手をかすものである」
残念ながら、この本をジャーナリズムは持続して取り上げることに手をかさなかったようで、多くの方に知られることもなく、絶版になっておりました。
小説という狭い枠におさまりきれない、文学の偉大さを味わいなおす一冊として、芯のある推理を堪能していただきたい名著です。

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紙の本アメリカはどれほどひどい国か

2009/05/22 09:23

理屈を言えないバカ日本の、米国歴史解説。

21人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本の、キーワードは歴史解説。高山氏は、メイフラワー号へと切り込んでゆきます。この歴史解説を、まずは、聞いてみましょう。

【高山】この国の正体は・・メイフラワー号でやってきた清教徒から見れば、よく理解できます。彼らピューリタンは、よく知られるように、ワンパノアグ族の酋長マサソイトが恵んだ食糧で冬を越しました。これが感謝祭の謂われですが、一見、心温まる話には、おそろしい続きがあります。七面鳥で元気になった清教徒らは、酋長が死ぬのを待って、彼らの領土を奪い始める。抵抗した息子は殺され、その首は20年間プリマスの港に晒されました。彼の妻子と一族もまとめてカリブの奴隷商人に叩き売られた。こうして土地を手に入れた清教徒は、働き手と妻を、最寄りの奴隷市場に買いに行ったのです。奴隷市場は実は、メイフラワー号が着く一年前に店開きしていて、最初の売り物は140人の英国産の白人女囚でした。・・・(p136~)

この対談では、この説明が繰り返してでてきておりました。
p58では、こうはじまります。

【高山】興味深いのは、アメリカ人は、黒人に対しては奴隷扱いして接する一方、インディアンに対しては即、殺戮を始めたことです。

こうして、ワンパノアグ族のマサソイト酋長のエピソードを語るのでした。
これに続けて日下氏は、語ります。

【日下】アメリカ人は最初、インディアンも奴隷にしようとしていた。ところがインディアンはプライドが高くて白人のためには働かず、むしろ死ぬ。仲間に対しては義理堅く、友人が捕まれば必ず助けに行きました。だから奴隷の身分に閉じ込めることができず、殺すことになった。白人の世界侵略に対抗して、けっして奴隷にならなかったのはアメリカのインディアンと日本人だけだ、という歴史解説があります。(p59~)


奴隷というと、私に思い浮かぶのは、福沢諭吉でした。諭吉は幕末に渡欧したとき、上海や香港で、中国人が英国人に鞭打たれているのを見てショックをうけております。そういえば、司馬遼太郎著「『明治』という国家」に秀吉のエピソードがありました。ちょっと、話がそれますが、よくばって、司馬さんの語りも聞きたくなります。

「キリシタン禁制というのは、豊臣政権のときにはじまりました。なぜ秀吉は禁教方針をとったのか、よくわかりません。ただ、推測するための二つの重要な事実があります。秀吉が九州平定のためにその地にやってきてみると、こんにちの長崎の地がイエズス会の教会領のようになってしまっていることに驚くのです。・・・この時代のイエズス会は、宣教師はみなヨーロッパにいる神父とは別人のようにまじめで戦闘的で、命を惜しまずに活動しました。それだけに、あきらかにやりすぎました。それに、ポルトガル商人が、奴隷として日本人を買うんです。日本人たちを船に押しこめ、ときには鎖でつなぎ、食物も十分にあたえずに労働させ、病死すれば海中にすてるということが、たえずありました。ポルトガル商人とキリシタンとは印象としては一枚の紙の裏と表のようなもので、すくなくとも日本人たちは、宣教師が奴隷売買をしているとは見ていないものの、かれらが、自分の教徒であるポルトガル商人に対してそれを制止しないことは知っていました。かれらからみれば、未開の地――つまり異教の国――にくれば自国の商人たちが異教徒を奴隷として売買している光景に鈍感であったことはたしかでしょう。秀吉は教会側に対して、この奴隷売買についてはげしく詰問し、やがて禁教令を出しました。・・・・」


司馬さんの話へとそれました。この本へ戻ります。

【高山】基本的にアメリカというのは、奴隷の上に成り立った国です。おそらく最後まで奴隷制度を続けた国でしょう。・・・低賃金で酷使されてきた。もちろん、いまや国内では奴隷を使えない。だから中国に奴隷工場を移したわけです。そう考えるとわかりやすい。
【日下】なるほど、わかりやすい(笑)。たしかに、人種差別は強烈ですが、その元にはやはり経済的動機や軍事力の問題がある。その辺の事情を、幕末の日本人はよくわかっていた。白人は、大砲と軍艦のない奴はみんな蹂躙する。理屈を言えない奴はバカだといって支配する。金持ちにはすり寄ってきて貿易する。何もない奴は他に使い道がないから奴隷にする。だからこそ、わが日本国は団結して、働いて金を持ち、その金で軍艦を買い、西欧列強の植民地になることを逃れた。それから幕末の日本人はわかったんです。彼らは愛国心より金が大事らしい。儲けさせれば、軍艦も鉄砲も手に入る、と。(p109~110)



とんとんと、引用ばかりで、つまらなかったでしょう(笑)。
アンケートの箇所も忘れ難い。最後も、その引用です。

【高山】20世紀の最も印象深かった出来事とは何か。実はそれを、アメリカのジャーナリストがアンケートで選んだことがあります。1位に来たのが広島、長崎への原爆投下。2位がアポロの月着陸で、3位がパールハーバー(日本海軍の真珠湾攻撃)でした。アメリカにとっては、少なくともアメリカのジャーナリストにとって、まだ日本に対する恐れが上位に来ている。やはり、これを日本人はアドバンテージとするべきではないでしょうか。・・・・神に擬された白人と違う黄色人種が出てきた。第三世界から飛び出した鬼だ。キリスト教でサタン(悪魔)の別名とされる『ルシファー』みたいなものだ。アメリカは、白人の総チャンピョンとして許すわけにはいかない。だから、広島と長崎に原爆を投下して日本を降伏させた――というのが、どうしても20世紀の第1位のニュースになる。」(p88~89)

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空襲と15歳。

19人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

梯久美子著「散るぞ悲しき」(新潮社)に東京空襲への書き込みがあります。ちょっと以前書いた書評から引用してみます。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

硫黄島は米海兵隊員たちによって「ブラック・デス・アイランド(黒い死の島)」と呼ばれ、米兵の発狂者を続出させたとあります。

そこに上陸するに際して、アメリカは昭和19年12月8日の一日だけで、戦闘機と爆撃機でのべ192機、投下された爆弾は800トン。また艦砲射撃が6800発。そしてその日から上陸までの74日間で、投下された爆弾は6800トンとあります。歩いて半日で回れる島に、上陸前にそれだけの爆撃をしてから、上陸は開始されました。上陸の20年2月19日午前8時の艦砲射撃は第2次世界大戦間で最大だった。とあります。


栗林忠道は、もしここを占拠されれば、次は東京を、この爆撃が襲うのだと確信しておりました。

それでは、昭和20年3月10日の東京大空襲。無差別戦略爆撃とされる絨毯爆撃はどのようなものだったのかというと、

「焼失面積は江東区・墨田区・台東区にまたがる約40平方キロ。まず先発隊が目標区域の輪郭に沿って焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民が逃げられないようにした上で、内側をくまなく爆撃した」(p212)

そこに使われたM69焼夷弾というのは、どのようなものだったかというと「日本の木造家屋を焼き払うために実験を重ねて開発されたもので、屋根を貫通し着弾してから爆発、高温の油脂が飛び散って周囲を火の海にする。これを都市に投下することは一般市民を無差別に殺傷することであり、それまでは人道的見地から米軍も使用をためらってきた」という焼夷弾でした。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 じつは、日下公人・高山正之対談「日本はどれほどいい国か」(PHP)を読んでいたら、最後の方に、日下氏ご自身が、空襲体験を語っている箇所があり、思わず、梯久美子の本を思い浮かべたというわけです。では、日下氏の対談での言葉。


日下】・・・私も15歳のとき、『死んでもいいから、オレにも戦闘機を一機くれ』と思った記憶がある。敗戦間近、その頃は大阪の外れに住んでいましたが、一週間に一度は空襲に遭った。もう逃げるところがありませんから、いつも『今夜は焼け死ぬのかな』と思っていた。母も、妹も同じ思いだった。爆弾を投下しながら街を焼き払って悠々と飛び去るB-29を見上げながら、新聞に出てくる『神風特攻隊』が羨ましくて仕方なかった。この思いはいまの日本人に言ってもわかってもらえないかもしれないが、『戦闘機を一機もらって、敵に一矢報いて死ねる人は幸福だ』と思っていた。犬死するのを待ちながら暮らしていたからです。『一億総特攻』なんていうのは、いまの人にはまったく現実感がないだろうけれど、あの時代を生きた私にはあった。・・・(p190)

いきなり、引用すると誤解を生むかもしれませんが、この日下氏の対談を最初から読んでいると、納得できる展開としてあります。

たとえば、高山氏は、9・11のことをこう解釈しております。

高山】9・11テロでワールド・トレードセンタービルにテロリストに乗っ取られた旅客機が次々突入した光景を、アメリカの議会関係者なども『カミカゼ』と表したのでしょう。これはしかし、われわれ日本人にとっては心外な一面がある。心情的なものはともかく、彼らのテロとわが国の特攻隊員の行為は大きく異なります。日本軍の特攻は一般市民を巻き添えにしたことはない。・・・非対称の21世紀型戦争は、軍人と市民を区別しないと【解説】されても、先の大戦時の特攻と今のテロを単純に同一視するなということだけは言っておきたい。むしろ9・11の惨劇は、広島や長崎への原爆投下、B―29による東京への大空襲などに酷似している。ただ、突入した彼らの心情としては、『カミカゼ』のつもりだったかもしれない。(p144~145)


「そんなことを言ってとんでもない」などという空気が蔓延するご時世。読むのも自由。読まないのも自由でございます。ただ、私が思いますに、この対談には自由な見識が溢れており。たぶんに、言論の自由というのはこういうことなのだと思わしめる力あります。そう。とかくページ数を減らすことに、労力を費やす歴史教科書とは対照的に、この対談では歴史の魅力ある細部を持って来ては語らせる、輝きがあるのです。暗黒史観というものがあるとするならば(ですよ)、そこに松明(たいまつ)を照らして降り立つ気迫がございます。さて、無視するのも自由。非難するのも自由。どうやら、お二人とも、そんなものに囚われない闇夜を照らす自由をお持ちのようです。

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紙の本日本人の歴史教科書

2009/05/30 23:45

縦書きと横書きの視点。

20人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

自由社「日本人の歴史教科書」を開いてみました。
左側から、右へのページに、横書きの歴史教科書ははじまっております。
そうそう。学校の歴史教科書はそうでした。
この自由社の市販本には、もうひとつ
カバー右側から、左のページへと、縦書き文がはじまっております。
そして、両方あわせて、一冊にまとめてありました。
一冊の本に縦書きと横書きの頁がある。その境目から、
なんだか、付録の袋とじをめくるようにして、
歴史の幕を、あなたがあけるのですよ、
と語りかけてくるような。
そんな気分になれる一冊。

ところで、私は、縦書きの文を読んでみました。
「日本を読み解く15の視座」というのが縦書きです。

「15の視座」は15人の文が並んでおります。
それを、最初の1から読むのか。
それとも、15番目の最後から読むのか。
わたしは、最後から読みはじめました。
一人が、2ページの文なのです。

堤堯氏の「『戦力放棄』と戦後日本」が印象深い。
さっそく、古本屋へ
堤堯著「昭和の三傑  憲法九条は「救国のトリック」だった」を注文しました。これって、新刊本屋では手にはいらないようです。

うん。新刊本屋では、読めない歴史があるように、
50~60年たってからでしか、書き始められない現代史がある。
そんなスタンスを、あらためて学ばせていただきました。

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紙の本打ちのめされるようなすごい本

2006/10/15 21:36

最後の井上ひさし解説がつまらなく感じるほどの書評集。

17人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本との出会いがあるのなら、この本は、その出会う交際範囲を一挙に広げてくれる魅力があります。本の最後に井上ひさし氏が4頁ほどの解説を載せているのですが(もちろんよい解説なのですが)、それがありきたりの平板な解説に思えてしまうほど、本文は躍動する内容に富んでおります。帯には「米原万里全書評1995-2005」。
その豊かさの起伏は、たとえば、佐藤優の本の書評がよい例かもしれません。佐藤優著「国家の罠」を傑作獄中記と紹介し。2005年「今年の三冊」では、まず最初に「今年わが国で誕生した作家たちの中で私的には№1のデビュー作」と押すのでした。そして
「『国家の罠』の密度の濃さと面白さに、『外務省は、途轍もなく優秀な情報分析官を失った。おかげで読書界は類い稀なる作家を得た』と某新聞で書評した私は、もちろん佐藤の次作を今か今かと待ちかまえていた。その『国家の自縛』は・・インタビューに答えるという形をとって・・借り物の見識は一切なく、語られる言葉一つ一つに佐藤独特の思考回路を通過した痕跡が濃厚にある。驚くべき博覧強記の一端が垣間見られ、随所で笑わせる余裕とサービス精神を含めて、佐藤の作家としての前途を楽しみにさせてくれると同時に、佐藤の限界というか佐藤自身の『自縛』状態をも顕在化させている」として「権力者におもねったり遠慮したのでは、言葉が力を失う。それとも佐藤は、まだ役人生活への未練があるのか」と啖呵を切ってみせたりしているのでした。
女性の著作者に対する接し方は、ほとんどその文章に恋しているような膚合いがあって、私には教わることばかり。
たとえば斎藤美奈子著「読者は踊る」の書評のなかで、
「本気で惚れた相手を口説くのはとても難しいものだ。どんな言葉をもってしても、この胸の内を伝えきれなくてイライラする。そのくせ、『ちょっといいな』ぐらいの相手だと、舌も滑らかになってやたら格好良く振る舞えたりする。実は、本も同じで、適度にいい本だと、自分でも感心するほど手際よく的確に本の内容とその長所を紹介できるのだけれど、心の底からいい本だ、みんなに読んでもらいたいと思っている本に限って、溢れる情熱が上滑りしてしまって、本の全体像も推薦理由も要領を得ないみっともない文章になってしまうことが多い」
さて。この本全体で、上滑りでみっともないと思える文章を愉しむコツは、どうやらこの言葉に隠されているような気がします。
「溢れる情熱が上滑りする」。その躍動感を読む喜びとでもいうのでしょうか。それが全篇を小気味良く活性化させている感じなのです。また、ジョーク集への言及も興味をひきました。
こういう本は、紹介されている本をどれだけ読みたくなるかがバロメータでしょうから、まずは、紹介されている数冊をすぐに買ってでも読みたくなるかが、この本の値打ちなのでしょうね。
私みたいに買いもしないで、まず書評をかいているのは野暮。
そんな思いを抱くような、ワイワイと身近かで話しかけられ、本をすすめられる。そうした錯覚を覚える、みごとな書評本になっております。

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中国の鼓動を、まるで聴診器で聞くような一冊。

16人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まえがきは
「2004年春、上海の日本総領事館で、一人の館員が、このままでは国を売らない限り出国できなくなるとの遺書を残して死んだ。私は、そのときの総領事であった」とはじまります。
あとがきには
「2004年11月、帰国と同時に入院した際に医師から告げられた最終診断は末期がん。・・抗がん剤の副作用で頭が朦朧とするなか、薬で痛みを抑えながらパソコンに向かい、家族、友人、同僚の激励に後押しされながら何とか書き上げることができた。・・最後に、本書を、上海で自らの命を絶った同僚の冥福を祈るために奉げる。・・」とあります。
第九章「深刻な水不足問題」から第14章「転換期の軍事政策」までがつながりが深く、私には、読み甲斐がありました。
すこし感触を味わいたいという方には、第五章「ココムと対中技術規制」が、6ページほどですから立読みに好都合。
ココム(対共産圏輸出統制委員会)で、アメリカから日本の安全保障の杜撰さの指摘され。ヨーロッパから「日本は平和友好条約まで結んだ中国を信用しないのはおかしい」と皮肉を浴びせられ。その後に、天安門事件が起きて、ヨーロッパも対中姿勢を硬化させて経済制裁に踏み切る。という様子を簡潔に示しております。
チャーチルは
「民主主義というのはろくでもない主義ではあるが、しかし、ほかの主義よりはいいところがある」と言ったそうですが、そんなことを思い浮かべるような言葉が、本文にありました。
「文革時代のひどさを知っている世代は、なにも現在の50代、60代の人たちに限らない。現在の40代でも小学生のときの体験、記憶として強烈に残っている。トイレに入り、床に毛主席の写真が掲載された新聞が落ちていようものなら、用を足すことなど忘れて飛び出したという。万一後から来た人に『あいつは毛主席の写真を踏んでいた』などとあらぬ告げ口をされると、小学生であってもどこかへ連れ去られるといったことが日常的に起こっていたからである。彼らは共産党が何をしてきたかを自分の目で見、体験してきたわけで、意識的に共産党のスローガンに対してものすごく醒めている。だから、政府が躍起になって、戦争で日本がどれだけ悪かったかという教育を一生懸命してみても、その片方で彼らは『だけど、共産党はもっとひどかった』と平気で語る。もちろん、絶対に信用できる人間に対し、隠れてではあるが。
彼らは感覚でわかるのだ。共産党は49年以来の大躍進政策、その後の大飢饉、文化大革命で四千万人もの中国人を殺してきたといわれている。さらに、89年6月4日の天安門での虐殺。共産党の過去の失政を隠蔽したり、現在の目に余る貧富の格差や腐敗・汚職などから国民の目をそらすために反日教育があることを。」(p50)
著者の厚みのある体験・見聞を示しながら、内側からの中国を、本文の中でゆっくり咀嚼するようにたどっておられます。
最後の方には、
「この国が抱えるあらゆる問題がブラックボックス化し、その不透明感が大きな脅威となっている。それは同時に中国自身が自滅する脆弱性にもつながっている」(p315)
「中国の体質を変えることは容易なことではない。
中国の存在がこれほど大きく、世界に影響を及ぼすようになったため、中国の国内問題が、中国の内政問題にとどまらなくなってしまった。中国の問題はもはやすべてが地球的規模の問題だといって過言ではなかろう。・・対岸の火事視することはできない時代になってきた。・・」(p321)
とありました。
テレビの中国解説の喧騒に、痺れを切らしておられる諸兄に、
心して読む一冊が、偶然のようにさりげなく現われました。
かけがえのない一冊として手渡されたような読後感を持ちます。

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紙の本親日派のための弁明

2005/08/29 22:26

教科書問題という歴史。まずはイソップから。

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イソップ物語に「オオカミと羊」という話があります。
「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き渡すよう求めた。彼らの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、彼らのあいだには平和が永遠に続くだろうとオオカミはいった。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。国においても同じである。気骨のある雄弁家をたやすく売り渡す国はやがて敵の支配下に陥ることになるが、彼らは自分ではそれに気づかないのである。」
これは塚崎幹夫訳「新訳イソップ寓話集」(中公文庫)から引用しました。
ちなみに岩波文庫の訳では分かりにくい。
自分では気づかず、
韓国の金完燮(キム・ワンソプ)から教えられたことがありました。
ちょうど、2006年度使用の扶桑社の「新しい歴史教科書」が市販されているこの時期に思い出したのです。
では、キムさんの3年前の本の指摘を引用します。
「韓中日のあいだには1982年にも2001年と似た教科書騒動があった。そのときには『日本を守る国民会議』が編集した教科書『新編日本史』が問題になった。当時この本の内容について韓国政府と中国政府が是正を要求すると、同年7月23日に松野頼三国土庁長官が、7月24日には小川平二文部大臣が、教科書検定は内政問題であり、韓国と中国の是正要求は内政干渉ともいえる不当だという趣旨の発言をした。その後、教科書騒動は長期化し、1986年には文部大臣藤尾正行氏が・・反駁した。藤尾氏は同年9月6日、『文藝春秋』誌とのインタビューで『(日韓合併は)形式的にも事実の上でも、両国の合意の上に成立しているわけです。(中略)韓国側にも幾らかの責任なり、考えるべき点はあると思うんです』(文藝春秋1986年10月号)と発言した。
いわれてみれば当たり前のこの発言にたいして、韓国政府は驚いて糾弾運動をはじめ、日本国内でも批判がでた。日本でこのような直言を批判するのは、敗戦国日本に蔓延している自虐史観のためだ。・・いまだに自国の歴史を正しくみることもできず自負心をもてないでいる。結局、野党は藤尾氏の辞任を要求し、これにたいして藤尾氏は自説を曲げないという意味でみずから罷免(ひめん)を希望し、9月8日、中曽根康弘首相は藤尾氏を罷免した。1980年代後半・・韓国と中国はいまだに重苦しい軍事独裁を抜けでていなかった。その後15年の歳月が流れて、日本は未曾有の長期不況に悩み、かたや中国はアジアの盟主としての地位をかためつつ、アメリカとの覇権争いにそなえるまでになった。韓国も暗い軍事独裁の時代を抜けだし、ある程度開かれた民主主義の体制をととのえている。・・過去の問題をめぐる韓中日の争いは、20年前とひとつも変らず、まったくおなじことをくりかえしている。韓国と中国は、いつまで日本にケチをつけつづけるつもりなのか。・・」
気骨のある日本の政治家を、
韓国のキムさんに指摘してもらうまで
「自分ではそれに気づかないのである」。

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紙の本逝きし世の面影

2009/06/12 23:57

草なぎ剛「全裸で逮捕」の面影。

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草なぎ剛君の「全裸で逮捕」という件。
地デジのコマーシャルで、看板として、
テレビに出していたクサナギ君でした。


養老孟司著「死の壁」(新潮新書)に、こんな箇所がありました。

「同様に戦後消えていったものはたくさんあります。
お母さんが電車の中でお乳を子供に与える姿も見なくなって久しいように思います。肉体労働がフンドシ一丁で働かなくなったのはもっと前からのような気がします。かつては防空壕でも何でも夏の暑い時にはフンドシ一丁で穴を掘っていた。ところが今ではどんなに暑くても皆、ヘルメットと作業服を着ている。・・・
これは都市化とともに起こってきたことです。それも暗黙のうちに起こることです。世界中どこでも都市化すると法律で決めたわけでも何でもありません。それででもほぼ似たような状態になります。これは意識が同じ方向性もしくは傾向をもっているからです。
都市であるにもかかわらず、異質な存在だったのが古代ギリシャです。ギリシャ人はアテネというあれだけの都市社会を作っておきながら、裸の場所を残していたのですから。彼らにとっては裸が非常に身近だった。
誰もが知っているのがオリンピックです。これはもともと全裸で行っていた大会です。マラソンだって何だって全裸です。マンガや絵本のようにイチジクの葉なんか付けていません。スポーツに限らず、教育機関、当時のギムナジウム(青少年のための訓練所)でも皆裸でした。もともとギムナジウムという言葉は『裸』を意味していたのです。・・・」(p36~37)

日本の裸といえば、渡辺京二著「逝きし世の面影」の第八章が裸をテーマに取り上げておりました。

すこしそこからも引用。

「明治14年に小田原付近を旅したクロウが描き出すある漁村の夜景は、ほほえましい自然な印象を私たちに与える。『あちこち、自分の家の前に、熱い湯につかったあとですがすがしくさっぱりした父親が、小さい子供をあやしながら立っていて、幸せと満足を絵にしたようである。多くの男や女や子供たちが木の桶で風呂を浴びている。桶は家の後ろや前、そして村の通りにさえあり、大きな桶の中に、時には一家族が、自分たちが滑稽に見えることなどすっかり忘れて、幸せそうに入っている』。」

「ラファージが日光への旅で、ある茶店に休んだとき、『女の馬子たちは腰まで衣服を脱ぎ、男の眼もはがからずに胸や脇の下を拭いたりこすったり』した。・・・ラファージは馬子たちのはがかりのなさにはおどろいたかも知れないが、もともと画家であるから、裸体を怪しからぬものとは考えていなかった。『日本の道徳は着衣の簡単さによって一向損なわれないし、また芸術家からみるなら当然のことだが、法律にはいたって従順にできている民族に流れこんだ新しい観念が、これらの習慣(裸体をことさらに羞じぬ習慣)を変えて行くのは残念なことだ』と彼は述べている。」

ここも引用しておきましょう。


「徳川期の日本人は、肉体という人間の自然に何ら罪を見出していなかった。それはキリスト教文化との決定的な違いである。もちろん、人間の肉体ことに女性のそれは強力な性的表象でありうる。久米の仙人が川で洗濯している女のふくらはぎを見て天から墜落したという説話をもつ日本人は、もとよりそのことを知っていた。だがそれは一種の笑話であった。そこで強調されているのは罪ではなく、女というものの魅力だった。徳川期の文化は女のからだの魅力を抑圧することはせず、むしろそれを開放した。だからそれは、性的表象としてはかえって威力を失った。混浴と人前での裸体という習俗は、当時の日本人の淫猥さを示す徴しではなく、徳川期の社会がいかに開放的であり親和的であったかということの徴しとして読まれねばならない。アーノルドが『日本人は肉体をいささかも恥じていない』というように、彼らの大らかな身体意識は明治20年代まで、少なくとも庶民の間には保たれていた。・・・」

断片の引用は、もどかしいですね。
やっぱり、読んでもらうにこしたことはありません。
ちなみに、第八章は「裸体と性」となっております。

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戦争と平和が、まるでコインの裏表に思える時。

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この本の89ページに、こんな箇所があります。
「大局ばかりを語り現実を見なかった当時の平和指導者たちの楽観的な目論見はことごとく外れた。現場の状況の細部を無視して決められた方針は平和の将兵たちを苦しめ、ついには敗北を招いたのである。現実が厳しければ厳しいほど、それを直視することが指揮官には必要である。前出のジェイムズ・ブラッドリーは栗林を『あの平和において、冷静に現実を直視し、それゆえ楽観的立場に立たなかった数少ない日本の指揮官』と評した。 先入観も希望的観測もなしに、細部まで自分の目で見て確認する。そこから出発したからこそ、彼の作戦は現実の平和において最大の効果を発揮することができたのである。」
この文章の「戦争・戦場・戦い」という言葉を、
私は「平和」に置き換えて引用しました。
まるで、戦争と平和とが、コインの裏表でもあるかのように
思いながら、私は読みました。
硫黄島は米海兵隊員たちによって「ブラック・デス・アイランド(黒い死の島)」と呼ばれ、米兵の発狂者を続出させたとあります。
そこに上陸するに際して、アメリカは昭和19年12月8日の一日だけで、戦闘機と爆撃機でのべ192機、投下された爆弾は800トン。また艦砲射撃が6800発。そしてその日から上陸までの74日間で、投下された爆弾は6800トンとあります。歩いて半日で回れる島に、上陸前にそれだけの爆撃をしてから、上陸は開始されました。上陸の20年2月19日午前8時の艦砲射撃は第2次世界大戦間で最大だった。とあります。
栗林忠道は、もしここを占拠されれば、
次は東京を、この爆撃が襲うのだと確信しておりました。
それでは、昭和20年3月10日の東京大空襲。
無差別戦略爆撃とされる絨毯爆撃はどのようなものだったのかというと、
「焼失面積は江東区・墨田区・台東区にまたがる約40平方キロ。まず先発隊が目標区域の輪郭に沿って焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民が逃げられないようにした上で、内側をくまなく爆撃した」(p212)
そこに使われたM69焼夷弾というのは、
どのようなものだったかというと
「日本の木造家屋を焼き払うために実験を重ねて開発されたもので、屋根を貫通し着弾してから爆発、高温の油脂が飛び散って周囲を火の海にする。これを都市に投下することは一般市民を無差別に殺傷することであり、それまでは人道的見地から米軍も使用をためらってきた」という焼夷弾でした。
もどって、栗林忠道は2月19日の硫黄島上陸米軍に、米海兵隊員に対して566人の戦死・行方不明者。負傷1755人。戦争神経症99人を出します。
米軍への最大の出血を強要すれば、東京爆撃まで少しでも先延ばしにでき、終戦交渉に有利に働くと計算しての軍事行動でした。
この本のあとがきには「硫黄島からの手紙の一節に心惹かれたというそれだけの理由で・・」とあり、この本が書かれるきっかけを書いております。
硫黄島から
「栗林は留守宅へ便りを出すことと送金することを奨励していた。米軍上陸前、兵士たちは訓練と陣地構築のかたわら、せっせと家郷への手紙を綴った。硫黄島からは遺骨や遺品がほとんど還らなかったため、多くの遺族が戦地からの便りを形代(かたしろ)として大切に保管している」(p165)
そうして硫黄島への爆撃の合間に書かれる栗林から東京へ宛てた、家族への手紙は、家族のことばかりが念頭に置かれて忘れられない読後感を抱きます。
昭和20年3月26日。
「栗林が息絶えたこの朝、硫黄島から西に1380km離れた沖縄・慶良間列島に米陸軍第77師団が奇襲上陸した。住民を巻き込み、10万ともいわれる民間人犠牲者を出すことになる沖縄戦の始まりであった」(p231)

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世界平和にとって最も危険な教科書の在りか。

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金文学さんは現実の中国を
教科書にからめて教えてくれます。
「中国では、『都市戸籍』と『農村戸籍』というものがあり、両者は差別されています。これは今現在もあるものですが、そんな共産主義がどこにあるんですか。こうした戸籍のことは日本人には馴染みのないものだと思いますが、中国では50年代からあります。・・都市戸籍と農村戸籍があり、農村戸籍の人が都会に移住することは基本的に禁止されているのです。国民が国内を自由に移住することができないということです。・・中国では生まれたときから農民の息子は農民と身分が決まってしまい、その身分の壁を壊すことはとても難しいのです」(p26)
中国の教科書が取り上げられているのですが、
私には金さんの現代中国情報が新鮮に感じられました。
ここでは、それにまつわる引用。
「中国には優秀な学生の為の奨学金制度すらありません。・・そもそも中国では、義務教育(中国の義務教育は小学校の6年間)の就学率が九十何㌫に達していると言っていますが、そんなのは真っ赤な嘘です。農村では子供たちが小学校にも行けないほど貧しいところが今もたくさんあります。」(p30)
「中国の愛国主義教育を推進しているのは、日本の文部科学省に相当する中央官庁の教育部ではありません。ではどこがやっているかというと、中国共産党のイデオロギーやプロパガンダを統括する『中央宣伝部』というところなのです」(p201)
金さんの意見も紹介しておきます。
「日本人が知らなければいけないのは、それぞれの国に特性、つまり国民性があり、日本の国内では『和』を通用しても、国際レベルでは『和』は、一切通用しないということです。日本人が国際社会の中で、最も裕福なのに、最も舐(な)められてしまっているのは、このことがわかっていないからです。これは戦後日本の最大の悲劇だと思います」(p224)
井沢元彦さんの意見も紹介するべきですね。
「中国の文化大革命(1966〜76)という共産党が行なった大虐殺における死者は、最低2000万人と言われています。・・朝日新聞社発行の現代用語集『知恵蔵』にすら載せられている数字です。
ところが、中国の教科書には『70万人が迫害を受けた』としか書いてありません。迫害とは言うまでもなく『苦しめること』であって『殺すこと』ではありません。実際には最低でも2000万人殺したのに、教科書では『一人も殺していない』とウソをついているわけです。中国の歴史教科書というのは、一事が万事この調子なのです。・・世界平和にとって最も危険な教科書、それは中国の歴史歪曲教科書です。」(まえがきに代えて)
「ナチスは600万人ものユダヤ人と500万人のポーランド人をホロコーストで大虐殺し、ドイツ国内の反対派も殺していますが、基本的に自国民を虐殺してはいません。ところが中国共産党は、確認できただけでも2000万人の中国人民を殺しています。・・しかも自国民をその国の軍隊が殺すという最悪のやり方で殺しているのです。自分の国の国民を殺すのは、世界的に見ても、中国と旧ソ連とカンボジアぐらいのものです。要するに共産主義国家です。」(p134)
読めば読むほど、中国の歴史教科書が分かる対談です。
へたなレビューをするよりも引用で示す方がふさわしいと思える。
それほどに、ザクザクと中国の教科書を題材に
中国と日本とを浮き彫りにしてゆく手際がみごとです。
あとは、この本をご自身で読み、ご確認していただく、
その手間を省かないように、とお願いしたくなる一冊。

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国家のことが、軍事をふくめてわかる世代は岸信介元首相あたりまでではなかったか。

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以前の号ですが、文藝春秋2005年7月号に「小泉総理『靖国参拝』是か非か」というアンケートがありました。
そこに「取りやめるべき」と書いた川勝平太氏のコメントの最後に
「中国の反日暴動は、政治の一党独裁と経済の市場化との矛盾のはけ口になった。毛沢東の『矛盾論』に従えば、中国の政治体制は確実に崩壊する。崩壊すれば、中国の民も、日本も、みなが困る。体制崩壊が急激にならないよう、厳重警告するにとどめ、過度に神経を尖らせる必要はない。」
この書き方は、体制崩壊の急激さに比べれば、何を靖国参拝などと言っているのだという焦燥感が感じられます。それと知られないように、中国が「確実に崩壊する」と語っているのが気になりました。
さて、今回紹介本は2005年7月に出版。
そこに
「台湾に対しては今年の三月、『台湾が独立に向けて動き出せば、非平和的手段すなわち武力を行使してそれを阻止する』という内容の、とてつもない『反国家分裂法』をつくりました。中国の傲慢はまさにとどまるところを知りません。・・・中国の指導者が冷静であれば、このあたりで軍備拡張はやめたほうがいいと気づくはずです。じっさい、13億の人口のうち10億人は食うや食わずといわれる国を侵略しようなどという間抜けた国など、あろうはずがありません。そんなことをしたら全部自国の負担になりますから、そんなばかなことは絶対にしない。そうだとすれば、武力の拡張など中国にはまったく必要がないのです。それにもかかわらず中国が軍備拡張に血道を上げるのはなぜか・・・」(p19)
軍備拡張といえば、
8月14日毎日新聞に松本健一氏が書いておりました。
「中国の呉儀副首相が小泉首相との会見を直前でキャンセルした事件・・中国ではいまなお、『銃口から権力が生まれる』(毛沢東)という軍事主導の政治制度がつよく残っている。人民解放軍の権力を握っているのは、国家主席の胡錦濤ではなく、中国軍事委である。これが、日中友好の立場に立って反日デモの鎮圧に動いた胡錦濤政権にゆさぶりをかけ、呉儀副首相に小泉首相との会見をキャンセルさせたのである。もし、呉儀副首相が小泉首相と会見したあとに、小泉首相が靖国参拝をおこなえば、かの女はまちがいなく軍の圧力によって失脚していたろう。・・」
ここに云われる「軍事主導の政治制度がつよく残っている」という箇所が、ちょいと普段新聞を覗いているだけでは伝わってこないのは、素人読者の悲しいところです。
最近も中露の軍事演習があったばかり。
8月29日の「産経抄」は、その演習を語って胡錦濤へと筆を運んでおりました。
「奇妙に思われることがある。党中央軍事委員会のトップである胡錦濤主席が、一度も演習地を視察しなかった。・・胡主席が軍を掌握しきれておらず、共産党内にも深い対立を抱えているというのだ。思い当たることは、いろいろある。胡主席の訪米直前に米国を挑発するような軍事演習だけでなく、劉亜州・空軍中将など軍の影が指摘された反日デモもそうだし、米国に対する核使用といった軍幹部の発言もしかり。本心はともかく、表面上は対米、対日関係重視を軸足としていたはずの胡主席には、ことごとく痛手である。次の党大会まで2年。どうやらすでに、きな臭い政治の季節が始まっているようなのだ。中国進出の日本企業も、この国の不安定さ、危うさを十分に心得ておきたい。」
今回紹介本に、こんな箇所もありました。
「私の知っているかぎりでも、外国のまともな大学生はだいたい軍事的常識をもっています。ところが日本人は、政治家も官僚も大学生も軍事のことはほとんど知りません」(p94)
この常識をつけるためのかっこうの入門書になっております。

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これはすばらしい歴史教科書だなあ、という感触があります。ぜひご確認を。

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山本夏彦著「ダメの人」に、「木口小平」と題した文があります。
そこに「私は百科事典をめったに利用しないから、その例をたくさん知らないが、それでも二、三あげることができる。この事典には教育勅語の全文が出てない。軍人勅諭の全文が出てない。その項目はあっても、そこにはこの勅語がいかに教育を毒したか、いかに天皇制国家の精神的支柱であったか、いかに自然法思想、基本的人権思想を欠いたものであったか・・というようなことが書いてあって、ついに勅語そのもののテキストは出てないのである。・・・肝腎なテキストなしで意見を述べられても読者は抵抗できない。それに一夜にして変わる意見は、再び三たび変る恐れがある。後世が必要とするのはテキストである。事典をひらいて、その項目がありながら、原文がなくてその悪口があるなら、その編集方針は疑われても仕方ない。教育勅語の原文は四百字に足りない。全31巻の事典だから、それをのせるスペースはあり余っている。・・」
悪口といえば、卑下を連想します。
道元は「正法眼蔵随聞記」にいわく「自ら卑下(ひげ)して学道をゆるくすることなかれ。古人の云く、光陰空くわたることなかれと。・・すべからくしるべし。時空は空しくわたらず、人は空しくわたることを。」
この2006年度使用開始の「【改訂版】新しい歴史教科書」を買ってパラパラと眺めていたら、最初に司馬遼太郎さんの言葉が浮かんできました。それは中公文庫「風塵抄二」の最後に「司馬さんの手紙」として福島靖夫が書いていた箇所です。
それを引用させていただきます。
「文章についての私の疑問に、司馬さんはこう書いている。
『われわれはニューヨークを歩いていても、パリにいても、日本文化があるからごく自然にふるまうことができます。もし世阿弥ももたず、光悦・光琳をもたず、西鶴をもたず、桂離宮をもたず、姫路城をもたず、法隆寺をもたず、幕藩体制史をもたなかったら、われわれはおちおち世界を歩けないでしょう』
そして、『文章は自分で書いているというより、日本の文化や伝統が書かせていると考えるべきでしょう』と続けるのだ。
この手紙を読んで、私はみるみる元気になった。」
他の歴史教科書を比較できないのが残念です。
おかげで、この新しい歴史教科書の悪口だけが聞こえてくるのは、かいすがえすも 残念でなりません。それを確認しないで悪口を信じるbk1のレビュアーがいるとすると、もったいない限り。
他の歴史教科書も売っていれば買って見比べるのになあ。
しかたなしに、小学館から三浦朱門編著の2006年教科書改善白書と銘打った「全『歴史教科書』を徹底検証する」を買ってみました。
ちょいと、面倒なのですが、その「総論 人物・文化」だけでも読み応え十分(本屋での立読みを推薦いたします)。
この市販本「新しい歴史教科書」を推薦します。
一家に一冊。あってもよいと思いました。
「この教科書を開いて、私はみるみる元気になった。」
そう私は思ったのです。なぜって、
山本夏彦・司馬遼太郎と、楽しいといろいろに連想がひろがるのです。

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読書の楽しみはどこにあるか。

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文藝春秋の名編集長として知られた池島信平氏の言葉に、「読書の楽しみはどこにあるか。・・・要するに、書物の中でいってることが、自分の考えてることと一致したときなんです。・・ああ、おれの考えていたとおりだということを、第三者の中に見るという楽しみが最高の楽しみだと思うわけなんです。つまりわが意を得たという・・」
今回紹介する本は対談です。
中條高徳氏は「孫娘からの質問状 おじいちゃん戦争のことを教えて」という著書があります。
その中條さんがあとがきをこうはじめております。
「渡部先生とのこの対談は、止まるところを知らぬが如くよどみなく続いた。ホテルに一日中立てこもってのこの対談は、筆者の年齢からすると相当きつい作業であるはずだが、常日頃尊敬している渡部先生との対談であり、テーマがテーマだけに最初から心が弾んでいた」
日本の歴史に触れたいと思っている方に、
この夏ぜひともお薦めの一冊です。せっかくですから、
ひとつだけ、この対談箇所を引用しておきたいと思います。
【中條】識者の中の、特に左がかった人は、『憲法があるから平和が保たれてきたし、現在の豊かさを築いてきたんじゃないか』と平気で言っているけど(笑)、この築き上げたものを狙う近隣諸国が攻めてきたら、そういう人に限って声高に『国家は何をしてるんだ』と叫んでくるに違いないんです。
【渡部】日本が平和だったのは、アメリカ軍がいたから。簡単な話です。・・・左翼がごまかしていますが、日本が『平和国家で戦争はしません』と言っているから他の国が遠慮して攻めてこなかったわけではないですよ。攻めてこなかったのはアメリカ軍が駐在しているからであって、日米安保条約があるからです。
【中條】拉致にしたって、デートしていた男女をさらっていくぐらいなんだからね。これ、まだアメリカが強いからコソコソっと連れて行ったけれど、そうでなければ堂々と来てるでしょうよ。
【渡部】・・・それはわかりきったことなのに、絶対わかろうとしないというのは『平和教』というものですよ。本当はわかっているかもしれないけれど、ごまかしている。平和、平和と言っていれば平和が来るなんてことは間違ってもない」
日本の戦中戦後の歴史をあらためて勉強してみたい。
と思っておられる方に目が覚めるような歴史対談です。
この一冊をお薦めいたします。

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