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先月(2017年6月)

遊撃さんのレビュー一覧

投稿者:遊撃

10 件中 1 件~ 10 件を表示

怖くて、良かったと思うこと。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第一部で、著者達のアイヒマン裁判への捉え方、できるかぎり冷静に何が問題なのかを捉えようとする十分に論理的な思考の道行き、を追った後で、第三部の、映画のスクリプトに描き出されるアイヒマンを読むと、ほんとうに、しみじみと、怖いです。
その怖さは、「そんなにヘンなこと言ってないじゃない」っていうことの、怖さです。たぶん、すごくたくさんの日本人が、自分の生き方をふりかえった時に、アイヒマンが自分について語る言葉の一部には、「そんなにヘンなこと言ってない」と、感じてしまう部分を持っているのではないかと、思います。
だけどもちろん、彼のしたことは、とても怖いこと、とても悪いこと、絶対に許されないことだっていうことは、最大限の共感や最大限の同情や最大限の寛容をもってしても、覆しようのない事実だというのも、ほんとうなんですよね。
それが本当に怖いのは、たぶん、この映画を見て、あるいはこの本を読んで、ほんの少しでもアイヒマンに、「そんなにヘンじゃない」感じを覚えてしまった人間全員が、そういう立場におかれたとき、アイヒマンになり得る自分を見つけてしまうからだと思います。

そういう怖さを感じた後で、この一冊全体を振り返って、最も感銘を受けたのは実は、第二部の、著者達が、自分たちの伝えたいこと、伝えなければならないと思うことを伝えるために、ショッキングではあっても映画の本質から逸れる映像を果断にカットして行く過程や、伝えたいことを伝えるために、あえて虚構を恐れないというその、「スペクタクル」としての、映画への姿勢でした。

私に届いたこの「怖さ」は、ある意味では、彼らが意図的に創り出したもので、でも、かつ、たしかに真実でもある「怖さ」なのだと思います。本物をそのまま見せるという「事実」より、順番を入れ替え、カットを継ぎ足したメッセージとしての虚構が、より確実に「真実」を伝えることもある。
そうして多分、実際より拡幅された「怖さ」が発信されているからこそ、私のような、さほど内省的でもなく、哲学的でもなく、洞察的でもない人間にも、その「怖さ」に気づくことができたし、そしてこの次、何か自分の倫理観にそぐわないこと、人間の感情から許せないことに対して、「でもこれが現実なんだから」と、見て見ぬふりをしそうになったとき、あ、今アイヒマンなのかも、と、少しでも「怖い」思いをすることができる。それは怖くないことより、大変なことだけれど、でも、すごく重要なことだという気が、します。
日常の中で、小さい悪に麻痺していることは、たくさんの人を殺すほど麻痺しているということと、ほとんど同じ意味なのです、きっと。

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紙の本闇の淵

2003/06/04 19:20

全日本パスコーに同情する会発足(予定)

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

シリーズ物を読んでいくと、お気に入りのキャラクタへの愛情から、物語の善し悪しを超えたところで面白いと思ったり、逆に物足りなく感じたりしちゃうことってありませんか(笑)?
(と言ってもこの本は本筋もバッチリ面白いですのでご心配なく)
ダルジールシリーズで言うと、私は断然ウィールド派!なわけで、だって、醜男でゲイで刑事とかって状況がもう切ないでしょう。不幸な時も幸せな時も。切ない。
しかもそんな自分の切なさは表に出さずに、周囲への気配りのひとですから。ほんと、いい男だわ。
この本ではウィールド氏はさほど露出しませんが、筋とはそれほど関わりないところで相変わらずイイヤツ度大爆発してます。ウィールド派も必見です。

まあそれはそれとして、今回はパスコーとエリーのご夫妻と、エリーの年下のBF?を中心として物語が展開するわけなんです。
そのゲストスター(?)のコリン君は、ジェームス・ディーンというかリバー・フェニックスというか太ってない頃のデカプリオというか、いやそれは個人的な見解かもしれませんが、要するにハンサムで不思議な可愛げがあって、みんなに好かれてるけど屈折してる。すごい屈折してる。その屈折加減に、炭坑町の閉塞感とか、男女感とか、身分差感とかが絡んで来てその描写のステキさもまさにレジナルド・ヒルなんだけど、それもそれとして、この際、とにかく屈折してるの。そこが大事。
ハンサムで可愛くて人気者で屈折。そりゃもうエリーじゃなくてもほっとけないでしょう。こんな生徒。可愛すぎる。
とは思う、思うんだけど、やっぱ奥さん、ダンナの立場、もちょっと考えてあげましょうよ。と何度思ったことか。たいして厚い本でもないのに。何度。
なんかもう自分の「エリーのこういうトコ好きだ〜! でも今それをやられるとツラいんだな〜!!」感がばっちりパスコー氏のそれとシンクロして、そのジレンマもなんか良かったわ。

それとたぶん半分くらいまで読むとオチ(犯人)が読めるひともいるかも知れませんが、そういうトコロをツッコんではいけません。そういうモンじゃないんですから(笑)。だってウィールド、可愛いんですから(笑)!!

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デレイニィシスターズ。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まず、第一に。
おばあちゃんたちすごい記憶力です。感服いたしました。
だってやたらのおばあちゃんじゃないんです。100年生きてるんですよ。
その100年分の人生を覚えてるだけでもすごいキャパだと思うのに、もっと延々とさかのぼれるんです、「一族の歴史」みたいなね、歩く「一族の歴史」みたいなね。すごいのよ。

そしてその次に、注釈がね。いいんですよ。
たぶんこれ日本語版だけについてるんじゃないかと思うのですが、人名や事件についてはもちろん、当時の風俗的なことに関しても、アメリカ人が読む分にはひょっとして常識なのかなと思うような、でも日本人(ていうか私?)にはピンとこないような語句であったり言い回しであったりに、すごく細か〜い注釈がついてる。注なのでもちろん、本文よりは小さいフォントで印刷されているのですけれど、たぶんこれ字数でならしたら本文より注の方が多いよ。きっと。と思うくらいの勢いの、気合の入った本です。
そんでもってそれがあってこそ、この本は、日本人にとっても、単に「読み物」っていうだけ以上の資料的な価値を与えられているのだと思います。
なんつうか、ベースになる部分の、デレイニィさんたちの回顧録部分はすごく読みやすくて、面白くて、やわらかい、でもって、それをきちんと支える細かくて親切な注釈が、そのやわらかさの中に隠されている、本当のこと、デレイニィさん達が、「される」側だったからこそ今は笑ってなんでもないよ、というように話すその中に含まれる深刻さを、無意識に読み解いて行く手がかりになってくれたような気がするのです。
それにすごい情報量なのでね、読んだ後ちょっと賢くなったような気にもなれますよ。正味のハナシ。

「される」。
「される」っちゃあ、最近、すごく思うのですが、特に高校生くらいの世代で、「〜れる」って、受け身でものごとをとらえた物言いをするのがすごく耳につきませんか。私だけですか。
こないだ地下鉄に乗ったら、満員だったのね、そんで、ああ、満員だな、「座れない」な、とか、あるいは、「椅子が埋まってる」な、とか、「人が座ってる」な、とかって状況判断を、その最初の一瞬でするじゃないですか。
すると、後ろから乗り込んできた女子高生が、言うわけですよ、「うわ、全部座られてる」。「られてる」。尊敬語かい!って、心の中でツッコミを入れておきましたけども。
単にこういう言い回しが流行ってるのでしょうか。それともほんとにそういう世界認識なのでしょうか。私が年をとったのでしょうか。それか。それなのか。
まあそれもそうなんでしょうが(悲)、この本で、リンチを受けて木からつるされてる、何をしたわけでもない黒人青年たちの写真を見たあとは、道端でそういうたわいもない「られた」を聞くたびに、本当に「される」ってのがどういうことだか教えてやろうかい!という思いがかすかに胸をよぎることも事実です。かすかにね。

でも、それについて、されたされた、私たちはされたのよ、なんて言わないデレイニィ姉妹はほんとに素敵なおばあちゃんたちです。
この本に書かれているのは、本当に深刻な、過去の、そしてたぶんいくらかは現在にもつながっている、事実なのだと思います。だけど、それが重くないし、辛くならないのは、ひとえにこのおばあちゃんたちが、強いから、素敵だから、賢いから、綺麗だからです。そうなんです。
かっこいいんですから、デレイニィシスターズ。

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海峡を越えたホームラン

2003/06/16 21:03

書き手としてのフェアプレイ

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野球評論なのかと思って読み始めてしまった、自分をちょっと反省しました。
日韓の野球と野球選手は媒介に過ぎず(それにしてもすごく熱い、胸を打つ媒介であることは疑いないのですが)、これはすごくきちんとした、冷静な、文化論であり、文化の差異に対する、鋭いけれど公平な考察でした。

著者の公平さは、異文化に対して真摯であるとか、主人公(の選手)達に関する記述が無駄に感情的だったり偏ったりしていないとか、そういうところはもちろん、自分自身の、ものごとを判断する、「書く」という行為に対してもあらわれているようで、決して何かを決めつけたり、読者を誘導することなく、わからないことは書かない、見たことと聞いたことだけを書く、そして、自分の感じ方の部分に対しては、一般化することなく、「これは自分の考え、感じ方だ」というスタンスを、たいへんにフェアに一人称であかしているので、構えることなく、こちらも素直に受けとめることのできるように思いました。
それは、当たり前のようでいて、思い入れのある題材についてであればあるほど、書き手として難しい立ち位置だったのではないかと思います。

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紙の本強盗プロフェッショナル 改版

2003/06/07 09:45

ため息の似合うドロボウ?

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ドートマンダーって不幸そうでいいですよね。なんかくたびれてて。
実際のところ、一般的な犯罪者(って何だ)小説の主人公に比べて、それほど不幸ではなさそうなんだけど。それどころか探偵小説とか刑事小説の主人公にももっとハードな状況に置かれているひとびとがいっぱいいそうなんだけど。
でも、そういう確実に過酷な状況に置かれている主人公たちよりもさえ、イメージ的に、なんだか、とっても、幸薄そう。っていうか、「いっぱいため息ついてそう」! ステキ!!
なんでなんでしょうねえ、今のところは出所してるし、恋人もできてるし、友達も多そうだし……って、それがいかんのか。そうねえ。こんなアクの強い仲間ばっかじゃ、ため息も出るわねえ。なんかでもその「耐えてる」感じがドートマンダーの最大の魅力よね!って思う私は偏ってますか! そうですか!

もちろん、そのアク強い仲間の面々(毎回出てくるひとも、ゲスト的なひとも)や、仲間じゃないけど愉快な人々(今回は、警察がわの人達もすげえステキですよ! 「あり得ない!」ほど!)が、シリーズ全体のいかんともしがたいグルーブ感(ほめてんのか微妙)を分泌しまくっているのは間違いないんですが(マーチの「おふくろさん」!大好き!)、
個人的には、事件が始まる前、計画段階で、ドートマンダーと相方のケルプ(ドートマンダーの薄幸風味の源は80%くらいこのひとのせい?)が、チームのメンバーを検討するときの、仲間になれなかった(モロモロの理由で連絡がとれないとか、参加できなかった)ひとたちがもう。気になって気になって。
それぞれの理由はケルプがあっさりと何行かで説明し、ドートマンダーがアタマを痛くして終わり、って感じなんですが、いやあ、バカバカしくて、いいですよね。なんかこの、仲間になれなかったひとたちエピソードでそれぞれ変な(あくまでヘンな)小説が一冊できちゃいそう。もうヘンなやつばっか。
あ、でもその点だけでいうと、前作(ホットロック)が絶対オススメです。ほんと本筋に何の関係もないんだけどね。

ちゅうか、内容は、前作もコレも、転がって転がってそれが面白い、って感じなので、どこが面白かったか説明しようがありません! どこからがネタばれに含まれるのか判断しようがないんだもの! でもとにかくラストの何十ページかは、「いや、あり得ないし!!」って微妙にツッコミもいれつつ、ニヤニヤし続けられることうけあいです。
とりあえず私(達)が楽しいから、ドートマンダーにはずっとずっとため息をつき続けていてもらいたい! ひどい!!

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竹取物語

2003/11/10 18:35

ナニ竹か。

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かぐや姫の入ってた竹はナニ竹か(つまり、モウソウチクとか何だとか、竹の種類のことですが)、とか、考えたことありますか。
私はありませんでした。っていうか普通考えないと思います。
でも世の中には、そういう事を真剣に考証してる人たちがけっこうたくさんいるらしいです。ということが、この本を読んでわかってしまいました。
きっとすごく偉い先生たちなんだと思います。しかし、なんて可愛らしいんでしょう。なんて愛しいんでしょう。万歳、学者万歳。

物語自体も、きちんと読み通したのは初めてだったので、かぐや姫に求愛した男性諸氏の末路とか、初めて知ったことがいっぱいで新鮮でした。
でもそれよりも、用語解説とか、解題部分がたいそうイケてました。
ためになるし、それ以上に、「そうか、こういう事調べちゃったり考えちゃったりしてる人がいるんだ!」ってうれしくなりました。なんとなくいきるゆうきがわいてきました。

ただ何でもかんでも 聖/俗 ってカテゴリで説明されてく傾向があって、素人的には、ちょっとそれだと物語に入り込みにくいのよね、って思うとこもありましたが、いや、やっぱ学術文庫なのだもの、それでいいのよね、と思う部分もありました。万歳、玄人万歳!

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不肖・宮嶋の一見必撮!

2003/10/30 18:42

不肖宮嶋さん(一流)

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適度にお下劣な文体が、やっぱり、イイですね。
こういう風に時代を捉えて、でもって見せて、くれる人がいなければ、
ほんとはたくさんの大変な問題が日本中で世界中で起こってることを知っていても、やっぱり自分の日常の小さい幸福にとりまぎれて、重たいのはイヤだな、悲しい話はイヤだな、って、無意識に避けて通ってしまうことって、けっこうあるような気がする。
不肖宮嶋さん(あっさん付けるとすごいヘンだ。)は、そういう重たいことや大変な事件やまあそうでもないけどすごいトコなどに、ずかずか飛び込んで行って、その重たさや辛さを、「不肖宮嶋」ってフィルターでろ過して、私たちに見せてくれる。ような気がする。
かと言って、その事件なり場所なりの深刻さが薄れて伝わるのかと言えばそうではなくて、そうだ、そうだった、大変なことが起こっていたんだよ、と自然に、自分の気持ちに負荷をかけることなく思い出せる、その入り口になってくれるような、そんな、貴重な存在だと。思うというようなことが言いたかったのだけど意味不明の作文になっていますね。まあなんかでもおおよそそういう感じなのです。

で、それで、そのお下劣な文体と重大な事件に目が行きがちで、見過ごしてしまいそうになるんですが、不肖宮嶋さんの写真は、すごく綺麗だと思うんです。芸術としてっていうか、芸術って言い方はうさんくさいですけど、「見る」写真としても、すごくきれいだと。
それがすごく不思議な気がしました。報道写真だし、事件現場の事実をそのまま映しているんだのに、なんだか生生しさがないのです。ふしぎだけど、うれしいことです。きれいだけど、伝わってくるんです、何か、臨場感みたいなものが。
やっぱり、お下劣な文体がすごく面白くても、不肖宮嶋さんは、カメラマンなのだなあと、カメラマンとして一流だから本が面白いのだなあと、思ったことでしたよ。

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紙の本ZOO

2003/10/16 18:46

平均するのはむつかしい。

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怖かったのです。
(いや、それって長所だよな、この場合。)
だからうっかり読んじゃった自分が悪いんですけどもね、ええ。
乙一の他の作品を「GOTH」しか知らなくって、なんとなく、怖いけれどもミステリーの作家。みたいにいい加減に認識していた自分がいけないんですけれどもね。でも怖いですね。乙一。怖いですね。乙一。知らなかった。
すすめてくれた友人に「怖かったじゃん!」て言ったら「あたりまえじゃん?」みたいに言われましたけども。あたりまえだったんですね。乙一。

いえしかし、別に、怖いほんを読んでしまったからといって「もう! 怖いし!!」ってやつあたり的に★みっつ評価なわけではござんせん。ちょっとまあそれもあるけれどもね。
なにぶんにも短編集なので、いいなと思うのとどうだかなと思うのとその中間くらいのとか、いろいろありまして、平均するとやっぱまんなか評価になるのかなあと。いうくらいの気持ちの★でございます。
それと、すごく個人的な感じ方なのかもわかりませんけれども、アイデアなり、落ちなりがすごくキいていて、すごいな!と思っても、文体というか語り口がなじめなかったりすると、読後感として、面白かったな、というのが残りづらいのですね。体質なんでしょうか。そういうので、よくできたお話なんだけど、好きかときかれるとそれほど好きじゃないな、くらいの印象が残っちゃったりしてるものもありつつです。そういう点「GOTH」はすごく好きだったのですね、で、自分内対乙一評価基準が高めに設定されてしまってたのかもしれません。

以下、作品順ちらっと感想でございます。
※たぶんすんごい偏っていますので、あまりご参考にはならないかと存じます。(←自分冷静。)

「カザリとヨーコ」 ★★★
前半の、えっありえなくない!?なドライブ感が素敵です。ありえるありえる!
「血液を探せ!」 ★★
この語り手のキャラと語り口にどーしてもなじめなかった。
「陽だまりの詩」 ★★
なんかどっかで読んだことあるような気持ちになっちゃったのですが私だけですか。タイトルとかも?
「So−far」 ★★★★
頭文字とったらSFですね。SFだ!って感じはしないけど、センスオブワンダーなきもちがしました。意味不明か。ていうか単にこういう話が好きだったんだ、俺……。
「冷たい森の白い家」 ★★★
すごい。うまい。でも怖い。からイヤ。
「closet」 ★★
ラストびっくりしなかったぞ? みんなしたの??
「神の言葉」 ★★★
だからもう怖いんだってば! 設定とかじゃなくてコイツ(←主人公?)が怖いんだってば! 乙!一!
「ZOO」 ★★★★
怖い。でも切ない。から許しちゃう。(←偉そう。)
「seven rooms」 ★★★★★
怖いけど、スキ。みたいな、これは臆病者の私にしては、すんごい自己矛盾評価だということは、どうでもいいことだけれども、それはわかっているけれども、全国的に発表したいくらいです。ちょっと涙ぐんじゃったもの。(怖涙と感涙半々)
「落ちる飛行機の中で」 ★★

ん、うん、やっぱり平均すると★みっつになるな。なる。
ええ偏った採点法ですけれども。
これも主人公(?)とその語り口になじめなかったのです。どうしてかはよくわからんのですが。

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紙の本シャロウ・グレイブズ

2003/06/11 21:26

おともだちになりたかったの

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星みっつ……は辛すぎるかもしれません。
物語として面白いことは面白かったのです。
何の先入観ももたずに読んでたら四つくらいは軽くつけてたと思うのです。

のでたぶん自分の我が儘なんだろうなーとは思うんだけど(笑)、
「ジェフリーディーヴァー」の初期の作品だ、と思って読んじゃったものだから、
それは、最近の作ほどではないかもしれないとは思っても、
「自分の好きなディーヴァー」を、探しながら読んじゃうじゃないですか、どうしても(笑)!
それが(「自分の好きな」)、私にとっては、

こんなヤツいねえだろ、いくらなんでも!な極端な設定と極端な性格のキャラクターを、でも何だかすごく「いや、いるんだよね実際」みたいにあのあっさりした細面と語り口で(妄想?これ私の妄想?)何でもなーく、リアルにあっさり存在させている感じ。

だったので、
いや何か書いててこりゃ自分が偏ってるかもという気も今してきたんですが、
とにかくそういうに心構えから歪んだ読書体勢だったものですから、
この本については、設定としては、もっとずっと「いそう」な感じの人達なんだけど、でもなんとなく、リアルじゃない感じっていうか、妄想上の友達になれない感じっていうか(←歪んでる)がして、ちょっとさみしい気持だったの。それだけなのよ。

それはそれとして、ホントに何の先入観もなく手にとったら、たぶんこの本、
「シャロウ=グレイブズさん」の書いた「ジェフリー・ディーヴァー」っていう物語だと思ったかもしれないという気が、ちょっとだけしたんですけども、この表紙。の著者名の位置とサイズ。
売り方としてはたいへんにイケてます。なんつっても!ジェフリー・ディーヴァー!だもの!! 読まなきゃ! みたいな勢いを感じます。素敵です。

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紙の本プレイバック

2003/06/05 00:01

あの台詞!

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あの有名な台詞がでてくるお話だ、というので、一度読んでみなければなりますまい、という感じで読みました。でてきました。覚えてたあの台詞とは訳し方が違ったので少し感じが違いましたが、いや、カッコ良かった。

チャンドラーに関しては耳年増、というか、リアルタイムで読んでいるハードボイルド系に対して、「チャンドラーの系譜」や「フィリップ・マーロウの正統なる後継者」とかの賛辞が冠されてるのから逆算して、たぶんこんな感じ?とゆう薄弱な世界観しか持ち合わせていなかったせいか、思ってたより薄いのね、マーロウ。なんか顔とかはっきりしない「かっこいいオトコ」のイデア的なものが拳銃を持って歩いてる感じ? でもそれがまた、こっちの勝手な「かっこいい」イメージをおっかぶせやすくて良かったりもするんですが。

ただ、イキナリこれを読んだせいか、このお話については、予備知識がない分自由に読めたかなあと。というのも、訳者の方が、わからないと言っておられる「プレイバック」というタイトルの意味が、まああくまで自分なりになんでしょうけれど、え、コレじゃなくて? とあっさりストンと納得がいってしまったのです。

それも、たぶん、本筋に関係がないので(たしかに関係ないし)どうして登場してこういう話をするのかわからない、と評されてる(笑)クラレンドンというおじいちゃんの台詞を読んでて、あーそうなのかなと思ったのですが。
たしかにこのおじいちゃんは突然現れて自分の人生観とか宗教観みたいなものを長々と語るので、なんなんじゃい、という感じはたいへんにするんですけれども、その中で、「いつか自分は、人生で繰り返されないただ1つのこと(=死)をする」というような内容のことを言うのですよね、うろおぼえですが。
そのあとですぐ神さまの話だかなんだかになって、世の中がうまくいかないことがあるのは、創った日に神さまが調子が悪かったからだ、とか思いきった仮説を述べるのですが。

このお話には、過去に何やらあって、それを帳消しにしたくて、これからもう一度やり直したい、という状況に立ってる人物が、私の数え方では三人、出てくるように思うのですが、そのやり直そうとする先も、やっぱ人生はいろいろ大変そうでフクザツそうで、その「やり直し」っていうのも、すごく大局的には、神さまが、あー、ここ上手くいかなかったんだよね、つって「再生」ボタンを押して、失敗したその同じ音楽を聞き返してるのと、同じくらいの意味しかないのかもしれない、ということ。
人生では、終えて来たことの繰り返しでないことは、死ぬことくらいしかないんじゃないの、みたいな、感じの、「再生」、プレイバック。

でももちろん、それは神さまがいるとすればそうかもしんないけど、みたいなちょっと斜に構えての立場というかで、人間にとってはそうじゃくて、大局的じゃないその再生ごとのちょっとの差が重要なこともあるかもしれないし、わかんないじゃない、みたいなところを、最終的なメッセージとして自分的には読みました。だから、あえて、あのラストの一文になるんじゃないかと。マーロウ。

それにしても1つ確かなのは、「プレイバック」は、最後だったということです。これから読もうとしている方は気をつけてください。
「プレイバック」は、最後です。あっ「遺作」って裏に書いてあるじゃん。だめじゃん自分。

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