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先月(2017年1月)

lielielieさんのレビュー一覧

投稿者:lielielie

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戦後の思想.…

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は、第二次大戦の終結から「七〇年安保闘争」までの時期を対象に、「戦後民主主義」とも呼ばれる戦後思想の変遷を、主として批評家・学者といった知識人の言説を踏まえながら検証している。また、戦後日本人が「民主主義」、「平和」、「民族」、「国家」などの概念をめぐってどのように思想し行動してきたか、そのねじれと変動の過程が鮮やかに描かれている。

 ある「言葉」がもつ響きは、その時代によってことなる。1950年代、当時は農村人口が多く、「市民」とは都市ブルジョア層の代名詞を指していた。「民衆」や「大衆」は、知識人や年中産層を含まない言葉であった。そして、「民衆」、「国民」という言葉は年中産層と農民の両方を含む集団を意味した。「市民」の定義一つにしても、かつて使われた意味と現在イメージするものとは大きく異なる。また、1950年代の左派知識人たちは、「単一不可分の日本民族」や、「単一の民族国家」という言葉をよく使用している。これと逆の意味を指す言葉が「世界帝国」や「植民地領有国家」、といった言葉であった。戦前の日本はこの「植民地領有国家」と呼ばれている。「民族」も左翼運動のなかで違和感なく「平和」や「自由」と共存し、保守が憲法擁護を掲げた時代があった。
 そして西洋文化を受け入れることが都市中産層の特権と考えられていた当時は、知識人たちは「世界市民」を批判し、「民族」を賞賛する傾向があった。例として、マルクス主義中世史家の石母田正はコスモポリタンを強く批判し、日本の政治に関心を持たず大正教養主義を好んだ人物である。西洋文化に逃避する「小市民」の代名詞であった。また、1952年の彼の戦後の評論集、『歴史と民族の発見』の中で、自己の「小市民」的を脱却して、「民族」として自分自身を置きたいと言っている。

 本書から伺えるように、丸山眞男、吉本隆明、江藤淳、竹内好、鶴見俊輔などが創った戦後思想の結論は、合成された後、佐伯や加藤の言葉を形成していた。しかし彼らは丸山や竹内を批判し、自らの主張は「戦後」において全くの新しい思想だと唱えたりしているのだ。それはなぜだろう。なぜならば、彼らは「戦後」で育ち、「戦前」を知らない知識人だからだ。「戦後」の言語体系の内部で、自己の言葉を形成したからなのだ。
 こうした戦後思想が、多くの人々の受け入れられていったのも、それが既存の言葉も読み替えであったからだ。全く新しい言語体系を欧米などから「輸入」しても我々はそれを共有しにくい。今後もこれらの数々の言葉が、その時の時代背景によって意味を変えるであろうし、「名前のないもの」に仮称がついたりもするであろう。
 時代の背景によりどのように言葉の変遷が起きていたのか、戦後の知識人達の思想の図がきれいに頭の中で整理できる一冊である。

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