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  3. 田口善弘さんのレビュー一覧

田口善弘さんのレビュー一覧

投稿者:田口善弘

27 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本困ります、ファインマンさん

2001/02/24 01:23

勇気が持てて自信がつく本

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 僕がまだ院生だったか、助手になりたてだったかの頃に僕はこの本を読んだはずだ。内容は勿論、覚えているが、いつ読んだかは記憶に無い。文庫に降りてもう一度読んでみると、ずいぶんと感想が違う。もはや、駆け出しの研究者とは言えず、中堅の年代になり、ファインマンと自分自身を等身大に比べられるようになったからだろう。そうなってみるとかなわんなあ、というのが正直な感想だ。理論物理学でノーベル賞をとるだけでもすごいのに、「それ以外」のことしか書かれていないこの本でもとにかく、足元にも及ばないことばかりだ。
 たとえば、本書の真骨頂ともいうべきスペースシャトルチャレンジャーの爆発事故の原因を究明する委員会での八面六臂の活躍。とにかく、徹底している。何事もおろそかにせず、きっちりやるという点で他に抜きんでているのだ。目的は「事故原因究明」なのだからそれ以外のことはわき目もふらず徹底的に現場主義に徹して自分の目で確認して考える。おそらくは彼自身の物理学への態度そのものだったと思われる態度で原因を究明し、ついにはNASA自体の運営体制の問題にまで至ってしまう。まさに、すごい、というしかない。比べるのもおこがましいが、自分を振り返ると忙しい(ということをいいわけにして)が故にこれほどまでに何かを徹底してやったことは一度もないだろう。でも、一方で、結構、なんとか学会とか何とか協会の委員のたぐいをいっぱいやったりもしている自分を省みると本当に情けなくなってしまう。ファインマンだったら僕がやっているような委員ひとつひとつにきっと本当に貢献するような活躍が出来るんだろうな。単に優秀さが違うだけだといえばそれっきりかもしれないが、彼と自分の違いはなんだろう、とふと考え込ませられる。
 このファインマンの性格を作り上げたのは父親と最愛の最初の妻(若くして死別)だったという。「名前なんかどうでもいいんだ、大切なのは中身だ」と語り、またそのためには科学的に考えなくてはならないことをしっかりと教えたのが父。最初の妻は死に際してもそれを怖れること無く、正面から気丈にユーモアを失わずに耐えてみせた。この様な環境すべてがファインマンの人の意見に左右されず、自分で考えるという性格を作り上げたのだ。
 この何もかも不確かで生きていくのがつらい時代に、こんな本を読むと勇気が持てて自信がつくかもしれない。

(田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

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紙の本不思議宇宙のトムキンス

2001/06/03 07:00

装いも新たに、帰ってきた名著

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 おそらく私(≒40歳)くらいの年齢で、ここ(=サイエンス・テクノロジー棚)にアクセスするような奇特な人の中で「トムキンス」の名を聴いたことも見たこともないという人は皆無ではなかろうか? そう、あのトムキンス氏が装いも新たに帰って来たのだ。僕等が子供だった頃、未来は科学の光でピカピカ輝いていて(そろそろ「公害」なんてものがその輝きをくすませ始めていたりしたものの)、そしてその中心には物理学がでんと構えていた。本書はそんな時代に子供達に科学についての夢を与えてくれた名著の一つだ。

 トムキンス氏のシリーズはどれくらいあったのか僕は良く知らないが、本書の冒頭に収録されているガモフ自身の前書きからするとどうもこれは最初の2冊である「不思議の国のトムキンス」と「原子の国のトムキンス」の2冊を合本にした版の新装版のようだ。

 しかし、原著者のガモフがいかに一流の科学者であったとしても、原著が半世紀以上前に書かれたというのでは、その後の科学の発展の波に洗われるのは避けがたい。で、この新装版は大幅な改訂がなされた。勿論、ガモフが生きているわけは無いから「第3者の」手による大改訂である。これほどの著名な書物の内容をいじるとなると、相当の決意がいるだろう。僕が読んでいるのは校正刷りで、改訂者の氏名は記されていない(改訂者による前書きはあるのに!)が、想像するに現職の科学者か一流のサイエンスライターなのだろう、改訂は一応、大成功と言って良いだろう。僕にはここまで無難に改訂することはできない。

 例えば、インフレーション宇宙論と定常宇宙論の「論争」を型どったすばらしいオペラの場面。インフレーション宇宙論がほぼ正しいと信じられている今の時代にこれをこのまま収録するのは無理がある、が、捨てるにはあまりにも惜しい。改訂者はどうしたか?このオペラを物語中で昔のオペラのリバイバル上演として行うのである(そして、例の「教授」が今頃こんなもの上演するなんてけしからん、とプリプリ怒ると言うひねりもきかせて)。そして、なぜ、この上演が時代遅れのリバイバルに過ぎないかをトムキンス氏と教授の娘(なんと、彼女は原著にあったステレオタイプ的なファッションにしか興味無い頭空っぽのきれいな若い娘から、物理学者としての将来を嘱望されながら、現代芸術の旗手として大成したバリバリのキャリアウーマンへと変貌を遂げている!)のかけあいでしっかり説明するというおまけつきだ。なかなか洒落た「改訂版」ではなかろうか?

 ま、実のところ、正直って子供の頃トムキンスを読んで物理学に目覚めた、というわけでは僕は無い。むしろ、難しくて解らなくて、速度が上がると平たくなる自転車乗りとか、壁から浸み出すビリアードの玉などの挿話を記憶したに過ぎない。後に相対論や量子力学を学んだときも「ああそうか」と納得できた、というこもない。というよりその頃には忘れていたと言った方が正しい。物理学を解りやすく解説する本がこれほど溢れている以上、もはや、トムキンス氏の物語はお勧めの啓蒙書とはいえないだろう。むしろ、物理が科学の真中できらきら輝いていた時代を懐古するという意味で読むべき本だろう。実際、トムキンス氏はコンピュータを使うわけでも、インターネットにアクセスするわけでも、携帯電話を使うわけでもない。そういう意味じゃああの「サザエさん」の世界なのだ(あれをみると明らかに現代じゃないんだけど、でも30年前という確信も持てない、と奇妙に感じるがそれと良く似ている)。

 止まった時間の中で科学だけは進歩した世界。それは、情報や生物じゃなくて相変わらず物理が科学の中心に座り続けた(現実には起きなかった)いわば平行世界の物語。それがこの改訂版のトムキンス氏の住む世界である。その不思議な感覚に浸るのが本書のもっとも正しい読み方だろう。是非、この世界を楽しんで欲しい。

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あくまでも自然を愛する一サイエンスライター、レイチェルの生涯

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 レイチェル・カーソンといえば『沈黙の春』、とすぐに出てくる人は多いだろう。じゃあ「カーソンってどんな人?」と聞かれたら、どれくらいの人がどれくらいのことを答えられるだろうか。僕自身、「女性で生態学に素養がある、筆の立つ人物?」くらいのイメージしかなかった。あとはまあ、反体制派のジャーナリストか、どこかの大学の助教授、そんなあたりかな、と漠然と思っていた。
 本書はそのカーソンについての、本文のみで700ページにもなる詳細な伝記である。著者は環境史を専門にする女性大学教授。読み通してみると、カーソンの人生はそれほど劇的なものではない。科学をテーマにした啓蒙書を書き、ベストセラーにするという稀有な才能を持っていたものの、あくまで自然を愛する一サイエンスライターに過ぎなかった。
 その彼女がさしたる自覚もなく、書きはじめた「次の本」が知らず知らずのうちに文字どおり世界を変える1冊となっていく。書き進むにつれて、次第に自分の使命に目覚めていく彼女は、最後にはまさに生命をかけて、環境破壊の恐怖を大衆に知らせるメッセンジャーとなった。
 が、本書を読んで心に残るのはどちらかというと彼女自身の人生そのものだ。独身を貫いたにも関わらず、老いた母の世話や親類の遺児の育児など、女性が直面するであろうありとあらゆる困難を味わい、著書が認められて今度はありとあらゆる栄誉が降り注ぐ最中に、ガンでその人生を閉じる。
 もし、彼女が男だったら? こんな苦労を背負わずに、長生きし、功成り名遂げて幸福な晩年を送ったのだろうか。それとも、男性だったらこんな本をそもそも書かなかったのだろうか? 環境問題にまつわる女性的なイメージの原点もここにあるのかもしれない。
 厖大な脚注と参考文献(これだけで100ページある)を割愛しなかった出版社の英断にも敬意を表したい。高額だがそれだけの価値はある1冊だと思う。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

【目次】
日本語版のへの序文
謝辞
プロローグ
1. Wild creatures Are My Friends 自然は友だち
2. The Vision Splendid ひろがる夢
3. The Decision for Science 科学者への決意
4. Something to Write About 海を書こう
5. Just to Line by Writing 作家への一歩
6. Return to the Sea 海への回帰
7. Such a Cimfirt to Me 支えられ励まされて
8. A Subject Very Close to My Heart 見過ごせない問題
9. Kin This Be Me? ひとり歩きした私
10. An Akice in Wonderland Charactor 不思議の国のアリスのように
11. Nothing Lives to Itself すべてのものはかかわりあっている
12. Between the Tide Lines 潮の満ち引きのあいだに
13. One Must Dream Greatly 人はみな大きな夢を
14. I Shall Rant a Little,Too 私にも少し言わせて
15. The Red Queen レッドクイーン
16. If I Live to Be 90 もし九十歳まで生きられるとしたら
17. A Solemn Obiligation 厳粛な責務
18. Rumblings of an Avalanche 雪崩の轟き
19. I Shall Remember the Monarchs モナーク蝶を忘れない
後記 / 訳者あとがき / Notes / 参考文献 / 索引


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資源の観点から見た21世紀の地球の運命

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 タイトルは「地球の資源」となっているが実際は「資源の観点から見た21世紀の地球の運命」という方が適当であろう。要するに、環境破壊の観点からみた地球の未来予測、というスタンスである。このため、「資源」と言ってもすぐ人が思い付くような「エネルギー」とか「鉱物」のみに留まらず、自然エネルギーの利用について論じたり、淡水の利用を資源として捉えたりなどしている。まあ、平たく言えば「資源版:宇宙船地球号」というところだろう。後半では、食糧、森林、水産なども「資源」という観点から論じられている。で、つまるところ、どうなんだろうか?
 この本の著者は専門家ではなく、長い間このテーマを追いかけて来た記者である。そのせいか、事実の描写についてはなかなか真に迫ったものがあり、説得力がある。原典に当たってないので解らないが、データの類もしっかりしており豊富である。新書版としてはなかなかの出来だとは思う。ただ、じゃあどうするんだ、という部分がこの本には弱い。実際、個々に論じられた「資源」の問題は地球と言う生態系を通じて相互に絡んでいるはずである。ある資源を保護すると他の資源が危機に瀕するなどの効果もあるはずだけど、なかなかそこまでは踏み込めていない。その意味では、資源と言う観点から環境問題を考えたいという人のための出発点となる本としてお勧めできるが、実際はごく短い最後の章「人はどこまでいったら満足できるのか」の内容こそ考えなくてはならないことだろう。それを考えるのは読者にこそ任されている。

(田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

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最新恐竜学レポート

2002/06/06 15:15

虚々実々の恐竜学で、常に最先端の常識を追う

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 待望の金子隆一による恐竜学の解説書が出版された。金子は定期的に、学術的になるべく正しい恐竜本を執筆してきており、かねてから、恐竜学ほど嘘だったり時代遅れだったりする本が堂々と書店で売られている分野はない、と警鐘を発してきた。定期的な恐竜本執筆もその愁いによるものだろう。
 今回の本もその御多分に洩れず、恐竜にまつわる事実で一般に誤解されていることをただすことに多くのページが割かれている。いわく、最大の恐竜はなにかということをめぐる誤解、「ジュラシックパークIII」に登場した巨大肉食恐竜が実はちっとも強くないこと、ジュラ紀末の竜脚類絶滅をめぐる誤解などなど、さすがよく勉強していると感心させられる。金子の十八番、Nスペ「花に追われた恐竜」の大嘘曝露も健在だ。著名な恐竜研究者たちの写真も豊富だが、引用がないところをみると著者自ら撮影したものなのだろう。まさに金子じゃなければ書けない一冊となっている。
 思えば、僕が学術っぽい恐竜解説本を読んだのは異端の恐竜学者R・T・バッカーによる『恐竜異説』(平凡社)だった。うすのろで劣った生き物だから絶滅したというイメージを払拭し、温血で活発な生き物として恐竜を描いてみせた、ほとんど最初の恐竜本である。二本足で立ち上がって梢の葉を食いちぎる“プロントサウルス”という「ジュラシックパーク」にも採用された大間違いの説まで普及させてしまった罪はぬぐえないものの、概ねは「異説」ではなく主流の説となってきた。そんな恐竜学分野で、常に最先端の常識を追うためにも本書は「買い」だと思う。
 なお、最後の章である第6章は、「化石業界のダークサイド」と銘打って不法化石販売、贋作、さらには恐竜と人類は共存していたとマジメに信じている人びとの話など、けっこう笑える(笑えない?)ネタを扱っている。これまた金子本ならではの醍醐味だろう。ここを読むためだけでも十分、お金を払う価値はありそう。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

【関連書籍】
『恐竜の世界をもとめて』
『恐竜学がわかる。(アエラムック 66)』

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ハンガリーが知の巨星たちを輩出した理由はどこにあったのか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 20世紀初頭のハンガリー。社会主義の暗黒に沈む日々はまだ遠く、二重帝国の一翼を担う国家として欧州列強の一角を占めた時代。ある意味「大国」の一つとして繁栄していたといえる時代。そして、その時代に科学技術分野でもキラ星の如く輝く巨星たちを輩出していた。
 有名なところではノイマン、シラード、テラーといった数学、物理学者がいるが、それだけに留まらない。その多くがユダヤ系であり、欧州におけるナチの台頭とともに他のヨーロッパ諸国やアメリカに脱出する。あまりにも優秀なハンガリー人が殺到したために「やつらは異星人だ!(だからかなわなくても仕方ない)」というような半ば冗談がかった風説が生まれることになった。これが「異星人伝説」という題名の由来である。
 本書は大きく3部構成になっており、第1部で異星人伝説の誕生の舞台裏を概観し、第2部で個々の異星人たちの伝記を列挙して、最後の第3部でなぜ、こんな伝説が生まれるほど、優秀なハンガリー人が集中して誕生したのかという部分の解明を試みる。
 もちろんそんなことが解るわけはないのだが(解ったらそれをまねれば天才を量産できる!)、それでも、本書のクライマックスは第3部にある。本書ではこの天才たちの輩出の理由を教育に求めている。当時、ハンガリーにはギムナジウムと呼ばれる中等教育機関があり、そこで優秀な学生をより優秀に教育するような教育がなされていたらしいのだ。なぜ、そんな結論になるかというとおそらく、原著者であるマルクス教授が物理教育における国際的な重要人物だったからだと思われる。当然、彼はハンガリー人である。
 大学生の学力崩壊が問題になるような現代の日本で、ノーベル賞級の科学者を教育システムで生みだし得た(と主張できる)国の物語を読むとちょっとまぶしい。原著者の見方を是とするか非とするかは読者のみなさんの判断におまかせしよう。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授)

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相対論の正しい間違え方

2001/07/06 15:53

いわば「相対論FAQ集」

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 物理学が科学の王座を滑べり落ちてから久しい。そんな昨今に「物理の雑誌」を堂々と名のってしまう「パリティ」にはいつも感心してしまうのだが、さすがに物理が斜陽産業であることは正しく認識しているようで、パリティの連載から誕生する「パリティ ブックス」のタイトルの付け方もなかなか斜に構えたものが少なくない。「いまさら○○○?」と銘打って○○○に物理のある学問分野を入れて刊行される「いまさら」シリーズ、あきらかに「いまさら」シリーズのもじりである「いまこそ相対性理論」などなど、書名だけでも楽しめる(勿論、内容もなかなかすばらしいできばえの物が多いのはいうまでもない)。

 さて、本書の題名もなかなか洒落ていて「正しい間違え方」と来た。勿論、間違え方に正しいものだとあるわけもなく、意図するところは「由緒正しい間違え方」と言うような意味である。著者の一人である松田卓也はメディア露出度も高く、きっと「相対論の間違いを見付けたので話を聞いてください」とかいう問い合わせも多かったのだろう。きっとそんな経験からこのいわば「相対論FAQ集」としてのこの本が編まれたであろうことは想像に難くない(実際、あとがきではとあるパソコン通信フォーラムでのこの手のやりとりの体験がちょっと触れられている)。

 本書で扱われているのは主に特殊相対論である。特殊相対論は一般相対論に比べると数学的には平易な学問だが、これを完全に理解するのは難しく、教科書にさえ往々にして間違いがあるような分野だ。また、EPRパラドックスの例からも解るように量子力学とあわせて考えた場合にはいろいろ自明でないことが起きて来る。そういう意味からすると特殊相対論といってもなかなかあなどれない。

 さすがに本書ではこれだけの命名をするだけのことはあり、有名な双子のパラドックスだけでも5通りもの解題を収録している。すくなくともこれだけは説明の仕方があるということだ。僕自身、大学に入ってすぐの特殊相対論の講義の後で教授に双子のパラドックスについて質問にいって「一般相対論を使わないと説明できない」とけんもほろほろに追い返された経験があるが、勿論、そんなのは嘘っ八である。くだんの教授は物理学会長を務めていたような御仁だから彼が本当の答えを知らなかったわけはないから、きっとていよく追い返されたのだろう。この本が当時あればそんな思いもしなかったのにと口惜しい。

 本書を読むには、高校程度の数学をきちんと理解していることが必須だろう。簡単な本でいいから、まず、特殊相対論のちゃんとした教科書で勉強してから本書を読むと完璧だろう。あとがきに書かれているが、特殊相対論は間違っているという説はプロの物理学者の一部にもあり、決して荒唐無稽な話ではない。が、ほとんどの「間違っている」説はこの本で書かれている程度のことを理解していないために起きているのである。ぜひ、興味ある方々に読んで欲しい。

(田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

<目次>
1 歴史編/2 同時の相対性編−ニュートンの時間とアインシュタインの時間−/3 光速度不変編/4 速度の合成編/5 エーテル編/6 加速度運動編/7 ローレンツ収縮編/8 一般相対論編/9 質量増加編/10 幾何光学編/11 双子のパラドックス編/12 科学的方法論編

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高校物理で日常の物理を解明

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 高校で物理を履修する人はごく少ししかいないと思うが、その人達も結局、なんだかよく分からない、というのが現状ではないだろうか。この本はそういう人達にお勧めだ。
 本書では高校の物理で習う範囲の知識を総動員して日常的な不思議な現象を物理的に解明していく。例えば、「夜汽車の汽笛はなぜ遠く響く?」と題する第1章では、波の一般論から始まって、楽器や音速の話へと進んで最後になぞ解きをして終わる。教科書で習った無味乾燥な物理学が現実に応用されてちょっと興味がもてるようになるだろう。
 一方、「物にも光にも色はない!」と題する第3章では色と光というありふれた現象に物理学から迫りながら、最後に本書の副題でもある「交通信号の『止まれ』はなぜどこの国でも赤なのか」を物理的に説明する試みを紹介する(この説が本当かどうかはよく分からない)。その他、第4章では「瓦割り 極意の秘密」と題して高校でならった力学を使って空手など日常的な現象を解題し、第5章では物質の構造を議論する。
 受験勉強の物理学に疲れた人はこんな本でも読んで頭をリフレッシュしてみてはいかがだろうか?

(田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

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乱雑さとはなにか?

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 これは洋書の翻訳であり、原著名はRandomness。こっちの方が内容をよく表しているだろう。 
 Randomnessはランダムという言葉で日本語にもなっているので想像がつくと思うが、乱雑さ、あるいは無秩序を表す。この本はこのランダムを扱う数学について述べた啓蒙書である。数学の啓蒙書の良書によく見られるように、ランダムを扱う数学の歴史を振り返ったり、解りやすい例をおり混ぜたりしながら、本書の記述は進んで行く。ちょっと理屈っぽくものを考えるのが好きな人なら飽きずに最後まで読み通せるだろう。買うべきかどうか躊躇してしまう場合には本書198ページの最後から始まる「ある家族に二人の子供がいて、少なくとも一人は女の子である。子供が二人とも女の子である確率は?」という部分を読んでみよう。具体的な状況設定によってその答えが1/2だったり2/3だったりするのだから驚く。
 本書の基調となるテーマは真のランダムとは何か?ということだ。驚くべき事にまだ数学的にきちっとした答えは無いと言う。実際、古代ギリシャの時代から研究されて来た幾何学や代数学、ニュートンの時代から始まった微積分学に比べて、ランダムを扱う統計や確率の数学の分野は始まりが非常に遅く、19世紀か20世紀になってやっと学問の呈を整えたと言う。それは何よりも確率やランダムという考えが非常になじみ憎かったからだと言う。例えば、1円玉を10回投げて全部表が出たら、「偶然とは思えない」と言いたいところだが、実は同じことを1024回繰り返すと1回はそういうことが起きてもおかしくない、という程度のさほど珍しくもない現象なのである。つまり、真のランダムとはたまたま起きてしまうみかけ上秩序があるような現象も含めた全てのことを言うのであるが、そういう認識がある人はきっと少ないだろう。偶然とは何か?について考えてみたいと思う人にはお勧めの本だ。この本との出会いもまた、偶然の一つに過ぎないのだから。

(田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

<目次>

1 偶然との出会い
2 なぜ偶然に頼るのか?
3 神がサイコロを振るとき
4 勝ち目を計算する
5 賭博師の心理ゲーム
6 偶然か必然か
7 カオスのなかにある秩序
8 乱数を探せ
9 不確定性としてのランダムネス
10 確率のパラドックス

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分子生物学の成果から無脊椎動物の関係を論じる

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は一連の「バイオダイバーシティ・シリーズ」の一巻である。このシリーズでは変転激しい分類学の分野を専門外の人も含めて平易に解説しようという野心的な取り組みをしている。その中でも本書はもっともなじみが薄い節足動物以外の無脊椎動物が扱われている。無脊椎動物とはその語の通り、脊椎の無い生物であり、要するに我々人間からもっとも遠い分類群であり、また、その体制上の制約から大型の生物はいない。しかも、節足動物(ムカデや昆虫)も除いてしまったから、それこそなじみの生物というと貝などの軟体動物くらいになってしまって、分類群のほとんどをしめるのはいわゆる「微生物」という極端な布陣となった。
 しかし、読んでみると実にこれがどうしておもしろい。節足動物と脊椎動物というのは動物全体のボディプランからするとごく少数でその他大勢の方が大勢である。この大勢同士の関係が最近の分子生物学の成果を加えて論じてあり、楽しめる。
 特に、第1部「無脊椎動物の多様性と系統」は有名なバージェス頁岩やエディアカラ生物群が出てくる「古生物学的観点から見た多細胞動物への進化」という章が含まれていたりして、専門家でなくても楽しめるだろう。第2部の動物群ごとの特徴、という部分も図表付きで、学名からどんな生物かを見るのに適している。この値段でこの内容なら買うしかないだろう。

田口善弘/中央大学 理工学部 物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

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紙の本生き物をめぐる4つの「なぜ」

2002/11/29 22:15

「4つのなぜ」から見えてくる進化的な生物理解を楽しむ

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 高校時代に生物学を学び、その羅列的な記述にうんざりした向きはかなり多いのではなかろうか。本書はそんな人にもお勧めの1冊である。著者の長谷川眞理子は気鋭の動物行動学者で、一般向けの著書・訳書が多いことでも知られている。本書もまた、進化という観点から生物学を切り取った著者の十八番的な書物で充分に楽しめる。
 タイトルにある「4つの『なぜ』」とは、至近要因、究極要因、発達要因、系統進化要因のことであり、各々、直接の原因、進化的な意味、成長の過程でどう発達するか、また、系統進化的にどのような起源を持つか、を扱っている。このような「4つのなぜ」という観点からアプローチすることで、生物学にありがちな羅列的な記述を排して議論を進めようというのが本書の基本的なスタンスである。
 実際に扱われているテーマを列挙すると、雄と雌、鳥のさえずり、鳥の渡り、光る動物、親による子の世話、角と牙、人間の道徳性。身近で興味が持てて、ある程度説明可能なテーマをうまく選んでおり、楽しめる1冊となっているといえる。
 が、一方で、一般向けを意識しすぎたのか、やや当たり障りのない記述に終始している感がある。たとえば、著者の専門は進化心理学であり、当然、人間の道徳性の起源には一言あってしかるべきなのに、なんだか奥歯にものがはさまったような物言いなのはまどろっこしいし、著者がこよなく愛する(?)はずの性淘汰についてもほとんど触れられていなくて不満が残る。ここはグールドのむこうをはって、一般向の書物でももっと誤解を畏れず大胆な物言いに徹してほしかったというのは、望みが高すぎるだろうか?
 いずれにせよ、近年進歩が著しい進化的な観点からの生物理解の入門書としてお勧めできる。興味が持てたら、もっと詳しい本に進めばいいだろう。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

【長谷川真理子氏の著作より】
『進化とはなんだろうか』岩波ジュニア新書
『進化と人間行動』東京大学出版会
『雄と雌の数をめぐる不思議』中公文庫


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最先端の宇宙論と分かち難く結びつく100年前の業績

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 アインシュタインの伝記は『神は老獪にして…』(アブラハム・パイス著、産業図書)をはじめとしていくらも出ている。だから「なんで今また」という疑問を持たれる方も多いかも知れない。しかし、そこで始まり、そこで終っている不可思議な現象「宇宙の膨脹は加速している?」の発見に、事の発端はある。宇宙の膨脹が加速していることがなぜ不可思議なのかを説明するために、この本はアインシュタインが一般相対性理論を作りだした時代へと遡る科学史の旅を始めるのだ。
 その理由は読めば解るようにていねいに書いてあるので本書をじっくり読んでいただくことにして、他の読みどころをいくつかあげよう。
 例えば、アインシュタインは実はかなりの野望家で、自分の役に立つと思えば、年下の無名の人物を利用して捨てたりしていたこととかなんか、僕にとっては「新しい事実」だった。また、単なる重力の方程式に過ぎない一般相対論を用いて、なぜかアインシュタインは宇宙の状態が説明できると信じ(重力以外の原因が宇宙の時間発展に大きく効いていればそんなことはできるわけがないのだが)ていた。そして、自分の理論には定常な宇宙の解がないと認識するや、これまたなぜか、重力以外の原因が大切なのだ、と思う代わりに有名な「宇宙項」をつけてみせたのだ。このことは一般に言われているよりずっと精妙であり、単なる付け足しじゃなくて「加速する膨脹」を説明するように一般相対論を拡張するにはアインシュタイン並みの才能が必要かも知れないというところも、僕には新しい発見だった。
 本書は、アインシュタインや一般相対論についての科学史的な読み物をある程度読んだことがあり、もっと知りたいと思っているような読者にお勧めだ。100年前の天才の業績が今なお最先端の宇宙論と分かち難く結びついているのを知るのは興味深い体験だろう。

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複雑系スター研究者がとらえなおした生命の起源と進化の仕組み

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 著者のカウフマンは知る人ぞ知る複雑系の研究者である。本書は複雑系入門書というより、そのカウフマン自身が行ってきた、そして現在行っている複雑系の研究の紹介が主だ。
 彼がまず、考察の対象とするのは生命の起源だ。カウフマンによれば、生命とは仕事をすることができる代謝系(平たくいえば、もっとも原始的なエンジンということなのだが)にすぎない。このような生命は、十分にたくさんの種類のたんぱく質が存在すれば必然的に発生するものだということになる。なぜなら、すべての代謝系はたんぱく質の化学反応ネットワークにすぎず、十分に多種類のたんぱく質が存在すればそれらの間に必ず化学反応のループが生じて、エンジンとして仕事をすることができるようになるはずだからという。
 生命の起源についてこのように看破したカウフマンは、今度は生命の進化にその探究の鉾先を向ける。彼には既存の「適者生存」という言葉で表現されるような進化の原理は、はなはだしく物足りない。現実の生命の多様性を見ると、多くの突然変異の中から環境に適応したものだけが生き残っていくというまどろっこしいやり方で実現できるようなものに、カウフマンは思えないらしい。代わりに彼は「共構築」という概念を導入する。
 通常の進化では与えられた環境の中で受動的に最適化されていくのが生命だが、彼が導入した共構築では異なる。生命体は自ら進化しやすい環境を作りだして、自分の作りだした環境に自分で適応することで、急速な進化をとげられるという。これらの思想は複雑系的な思想をつきつめて生み出されたものであり、それらが本当に正しいものであるかどうかはこれからの研究を待たなくてはならないだろう。
 著名な研究者は時に破天荒な主張を込めた奇書を刊行して世間の意を問うことがあるが、本書はそのような一冊であるといえよう。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

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紙の本死体につく虫が犯人を告げる

2002/08/12 18:15

コロンボ刑事も愛読するであろう、「虫」からわかる死体の謎解き

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 昔、「刑事コロンボ」というTV番組があった。殺人事件を扱う刑事物なのだが、番組は最初に犯人を明かしてしまい、コロンボがいかにして犯人を追いつめるかをひたすら描く、というミステリの常道を完全にはずした路線で大人気を博した。人気の秘密は普通の人は気にも止めない「些細な証拠」にひたすらコロンボがこだわることで、真相に迫って行くという筋立にあったと思う。
 本書はまさに題名どおり、“死体にたかる虫たち”という「些細な証拠」から、死亡時刻を主とする死亡時の状況をあきらかにする科学についての非常におもしろい啓蒙書だ。
 こういうと異端な感じがするが、どうして、要求される生物学的な知識は相当に本格的だ。まず、たかっている虫が同定できないと始まらないから分類学の知見が必要(ちなみに分類学者は激減していて、これが研究のさまたげになっていることがさりげなく触れられている)。次に、当然だが生態学の知識が必要。たかる虫たちにとっては死体は餌であり、すみかでもあるのだからこれは当然だ(本書では海に突然出現した火山島にいかにして生命が宿っていくかという比喩でこのあたりを説明している)。
 こういう、いわば地味で今どきの学生には人気なさそうな分野の知見が、「現実に役立つ」ということがまず驚きだ。同時に、科学者としての真摯な態度がそのまま、よりよい証拠の提供という形で現実の役に立っているのもうらやましい。基礎科学を冷遇する風潮の中では貴重な実践例だろう。本書は基礎科学が意外なところで役立つ事例としても、死体にたかる虫からどうやって死亡時刻を推定するかという科学的な興味に答える意味からも、大変におもしろい本だと思う。
 かのコロンボならきっと愛読書にしたに違いない。ミステリや科学書の愛読者に一読をお勧めする。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

【目次】
プロローグ——一九八四年,ホノルル
第1章:昆虫学者,死体と出会う
第2章:虫の証拠を読み解く方法
第3章:腐乱死体を研究する
第4章:ハエはすばやく事件を嗅ぎつける
第5章:乾いた死体を好む虫たち
第6章:死体が覆い隠された場合
第7章:ハチ,アリのたぐい
第8章:海上の死体,吊り下げられた死体
第9章:殺虫剤と麻薬の影響
第10章:つらすぎる仕事
第11章:証言台の昆虫学者
第12章:法医昆虫学を認めさせる
エピローグ——新しい挑戦
訳者あとがき

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餌という「エネルギー」から「動力」を取り出す「代謝エンジン」として生き物を眺める

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 昔、物理学者寺田寅彦は「キリンのまだらはメロンのひび割れ」と断じて、生物学者の猛反発を喰らった。この例からも解るように生物みたいなごちゃごちゃとしたテーマをすっきり説明したい、というのは物理学者の夢である。本書はそんな系譜に属する「物理学的な制約が生物の形や行動を決めている」というテーマの書物だ。

 キーワードは「代謝エンジン」、つまり、餌という「エネルギー」から生物がいかに「動力」を取り出して利用するか、という観点から生物を理解しようという試みなのだ。例えば、「なぜアフリカには猛獣ばかりで猛爬虫類が全然いないのか?」という普段あまり気にはしないが、いざ訊かれると答えるのが難しいような問題が議論される。「冷血動物でにぶいから」という通り一遍の回答は、「恐竜」という爬虫類がかつて存在していたことから簡単に却下される。もっと本質的な理由があるはずだと著者は思うのだ。
 著者の結論を簡単に述べると、温血動物という「エネルギー浪費型」の生物が有利なのは現代のようにやや寒冷で湿潤な気候のおかげであり(気温が低ければ温血動物は有利である)、温暖で乾燥した気候になればエネルギー節約型の冷血動物が有利になるはずだ、ということになる。

 この論理は他にもいろいろ使えて、例えば、孤島にはなぜ哺乳類がいないか(答え:飲まず食わずで流れ着くには温血動物はエネルギーの浪費が過ぎる)とか、なぜ淡水がワニの世界で海水がイルカ・オットセイ・クジラの世界なのか(答え:ワニは絶滅しなかったから?)などという話題も議論できる。

 寅彦と違ってばりばりの生物学者である著書のこの「珍説」は生物学者の間ではどういう評判をとっているのか知らないが、物理学者には「耳にやさしい」珍説だという感想は述べておこう。

(田口善弘/中央大学理工学部物理学科 助教授 http://www.granular.com/tag/index-j.html)

【目次】
謝辞
まえがき
ゾウの耳はなぜ大きい
生命の道
ぬくもりを求めて
恐竜は冷血か温血か
世界の果てで生きる
ドラゴンの楽園
大地の動脈
翼を手にして
歴史が鳴らすふたつの警鐘
訳者あとがき
参考文献

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