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吉村和明さんのレビュー一覧

投稿者:吉村和明

9 件中 1 件~ 9 件を表示

著者の強い思いのこもった力作評伝

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 本書の著者マリー・ルイーゼ・カシュニッツはドイツの作家で、「訳者あとがき」によると、第二次大戦前夜、パリで見たクールベ回顧展に強い印象を受け、大戦下の困難な状況のなか、フランクフルトでこの本を書きあげたのだという。著者の強い思いのこもった力作評伝、まずそのような読後感を持った。
 クールベというと、《オルナンの埋葬》やとりわけ《画家のアトリエ》といった問題作にもっぱら焦点が当てられ、ある種ケレン味のある挑発的な姿勢が強調される。じっさいいまでも、オルセー美術館の一角に向きあって展示されているこれら二つの大画面の迫力にはやはり圧倒されるし、同時にそこに何気なく添えられている珍品《世界の起源》(女性性器のリアルな描写)に、なんとも居心地の悪い思いを覚えたりもする。こうした側面はもちろん画家の重要な一面であり、それを抜きにしてクールベの絵について考えることはできない。
 しかしカシュニッツがこの評伝で強調するのは、幼時から故郷フランシュ=コンテ地方の自然に慣れ親しみ、それと一体になって「大自然のデモーニッシュな根源の力」を汲み取ろうとする、画家のたぐいまれな「目」の力だ。1855年、パリで最初の万国博覧会が開かれたとき、美術部門に代表作の出品を拒否されたクールベは、博覧会の展示会場の目と鼻の先で個展を開く。カシュニッツによれば、このとき彼の個展を訪れた来訪者たちの心を揺さぶったのは、テーマの選択にまつわるセンセーションというよりは、「神秘的な強い生の感情」であった。そして1860年代以降、あいかわらずスキャンダルをまき散らしつつ、しかしよく絵の売れる人気作家となってからも、彼が求めてやまなかったのは「息づき燃えるような生命の力」であり、みずから自然と一体となってつかみ取る「大自然の力」であった。
 このようなカシュニッツの見方はたしかに一面的なところはあるし、いわば「ゲルマン的に」偏っているというきらいはある。しかし、「絵画に対する無私で絶対的な愛」を回復させてくれるとボードレールがいうクールベ的絵画の重要な特質を、生き生きとした筆遣いで感じとらせてくれることも事実なのだ。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者、上智大学教授 2002.04.09)

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いまこそフーリエだ!

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 シャルル・フーリエは19世紀フランスのユートピア的な社会思想家の一人だが、そんな通り一遍の言い方では彼の思想の度外れた独創性はとうてい言いあらわすことができない。本書の副題にあるように独特の世界をもった「幻視者」というほかなく、またそれゆえにこそブルトン、バルト、ベンヤミンを初め、さまざまな作家、思想家の関心を惹いてきたのだった。本書は、そんなフーリエの生涯と思想を、綿密な資料の調査と、バランスのよい著作の読みこみにもとづいて詳説した、フーリエの伝記研究の決定版である。

フーリエは1772年、フランシュ・コンテ地方の中心都市ブザンソンの、裕福な商人の家に生まれる。商人、仲買人として働き、それを通してつぶさに社会の実態を経験し、同時に独自の思索の練りあげを経て、1808年『四運動および一般運動の理論』を世に問う。だがこの著作はほとんどなんの反響も呼ばなかった。奔放な想像力を駆使し、宇宙論的なスケールで、しかもまったく無秩序に論述が展開されるこの本を、人々はどう受けとったらいいかわからなかったのである。しかし、それでもなかには彼の思想に熱狂的な共感を示す人間も出てきたし、主著『家庭と農業のアソシアシオン概説』(『大論』と略称される)(1822)が上梓され、彼がパリに移り住むにいたると、次第に「弟子」も増えてくる。機関誌が発行され、彼の思想は「フーリエリズム」として世に流通するようになる。1830年代、フーリエリズムは社会に対して看過しがたい影響を及ぼしうる力となり、フーリエが「調和社会」と呼ぶユートピックな夢を先取り的に実現するべく、理想共同体「ファランジュ」の建設が試みられもした。だがそのいっぽうで、狷介固陋な「変人」フーリエを、弟子たちはもてあましつづけた。1837年、結局孤独のなかで彼は死ぬ。愛用の古ぼけたフロックコートを着て、アパートのベッドの脇で事切れているのを、掃除婦に発見されたのだった。

このフーリエの伝記は三つの部分からなっている。第一部では、1822年の『大論』執筆までが綿密に跡付けられ、第二部ではその『大論』あるいはもう一つの代表作『愛の新世界』が手際よく、わかりやすく紹介される。そして第三部では、『大論』刊行後、パリで客死するまでが記述される。本文だけで400ページを超える大著だが、ともかくこうしてフーリエの全貌を手っ取り早く概観することができるのだから、この異貌の思想家に近づくための有効な手立てであることはまちがいない。

フーリエを他のユートピア思想家と区別する点は、全面的な欲望の肯定にある。「情念に盲目的に身を委ねれば、個人は善へ向かって進んでゆくはずだ」というのが彼の思想の根本原則であり、「ファランジュ」を組織化する基本原理であった。彼の言説が奇矯であればあるほど、いっそう強烈な魅力で輝くのも、根底にこんな見果てぬ夢があるからかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者、上智大学教授 2001.08.23)

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あなどれない、ロシアの底力

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 この6月、渋谷のユーロスペースで公開された『フルスタリョフ、車を!』(アレクセイ・ゲルマン監督、1998年)には、まったく度肝を抜かれた。映画のタイトル、「フルスタリョフ、車を!」は、スターリンが今際のきわに口にした言葉で、ストーリーはまさに独裁者の死と、それにまつわる不可思議な陰謀事件をめぐって展開される。しかしそうした説明は、じつは映画を見終わったあとでパンフレットの解説を読んで、初めてわかった。見ているあいだは、破天荒なまでに強烈なエネルギーでスクリーンが激しく沸きたち騒ぐのに、ただただ圧倒されるばかりだった。なんだかわけがわからないが、でも、ものすごく充実したフィルム体験であることにいささかの疑いもない。

 『フルスタリョフ、車を!』は、現代ロシアを代表する映画監督アレクセイ・ゲルマンが、10年の歳月をかけ、幾多の困難にもめげず、粘り腰で完成にまでこぎつけた、恐るべき問題作である。これが日本で公開されたのはともあれ喜ばしいことで、こうしてわれわれは、「現代ロシア映画」の最良の部分を知る機会を得たわけだが、『ロシアでいま、映画はどうなっているのか?』は、まずこのゲルマン監督へのインタヴューを巻頭に掲げ、監督とその作品に敬意を払いつつ、彼の映画作りについての貴重な情報を提供する。そしてこれを皮切りに、現地で精力的に行われた興味深いインタヴューが次々に紹介されてゆく。登場するのは、『フルスタリョフ』で主人公の将軍(軍医)を怪演した俳優ユーリー・ツリロ、レン・フィルム所長ヴィクトル・セルゲーエフ、ゲルマンと並んでロシア映画の現在を代表するアレクサンドル・ソクーロフ(あの「芸術的」作風の彼が、きちんと契約を守って、決められた撮影日数や予算をけっしてオーバーすることがないという話は、なかなか味わい深い)、さらには映画批評誌の編集発行人リュボーフィ・アルクスや映画批評家オルガ・ライゼンといった人々。彼らがそれぞれの立場から一様に口にするのは、いまロシアで映画がおかれている、たいへん厳しい状況だ。それは一言でいえば、ソビエト時代の国家的統制(それはまた保護ということでもある)がなくなったために生じた、極度の混沌と無秩序ということである。

 しかし、ロシアをあなどってはいけない。そもそもシネフィルにとって、「ロシア」は特権的な名前だ。その「ロシア」の力を、レン・フィルム映画祭のような大きな催しのさいに、さらにボリス・バルネット、セルゲイ・パラジャーノフ、アレクサンドル・ドヴジェンコといった人々の作品が公開されるたびに、われわれはくりかえし感じとってきたのではなかったか。『ロシアでいま、映画はどうなっているのか?』に示されているのもまた、再生を模索するロシア映画の現在に底流するその「底力」にほかならない。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/上智大学教授 2000.08.26)

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30年以上にわたるベンヤミン研究の集大成

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 好村富士彦氏は、まだほとんど日本語訳の出ていなかった時代から、ずっとベンヤミンに取り組んできた。『遊歩者の視線』は、30年以上にわたって、氏がさまざまな場所に発表してきたテクストを集大成したものである。
そのことにまず敬意を表したい。

 実際好村氏の仕事は、先駆的であるとともに、ベンヤミンのどんな仕事に重点を置いて読むかという点で、いまなお示唆に富んでいる。

 たとえば、『遊歩者の視線』の冒頭を飾る「複製技術時代の収集家」は、著者がもっとも早くおおやけにしたテクストの一つだが(初出1968年)、好村氏はここで、もっぱらその「秘教的な」側面を強調する形でベンヤミン像を提示してきたアドルノたちが等閑視する、「エードゥアルト・フックス——収集家と歴史家」に焦点を当てている。

 たしかに主著『風俗の歴史』に代表される、フックスのある種あけすけな好奇心は、ベンヤミンに関して当時流布されていた、「秘教的な」思想家像とまったく相容れない。しかし現在ならば、この二人の結びつきをいぶかしく思う人間は逆に少ないかもしれない。「収集」という一点で彼らの関心がクロスすることは、いまではよく知られているからだ。
 
 しかしわれわれのそのようなベンヤミン理解は、まさに、ベンヤミンの「秘教的なものを公教的なものにしてゆく努力」を強調する、好村氏のような仕事におおいに助けられているのである。

 「への注視が彼の本来の強みをなしている。またそれらのものに至る道は、マルクス主義もそのとば口以上は彼に示してくれなかったので、収集家としての彼が自力できり開いた。そのためにはが必要だった。」(強調は引用者)氏はこのようなベンヤミンの言葉を引いているが、フックスについて述べられたこの「軽蔑された、非正統的なものへの注視」はまた、ベンヤミンを通して、引用者自身にとっても、ある切実な意味をもつテーマだったのだろう。

 というのも、この論文から二十数年を経て発表された「救出される廃物——収集とアレゴリー」で、今度は『パサージュ論』に関して、この同じ「注視」が、「廃物」の「救出」の意思として浮き彫りにされるのに、読者は遭遇するからである。注目すべきこのテクストの中で、著者は、『パサージュ論』が、「現存在がもっとも目立たずに定着されているものの中に、いわば現存在の廃物の中に、歴史のイメージを捉えようとする試みでもある」ことを、みごとに描きだしている。

 もっともこうした側面は、好村氏のベンヤミンへのアプローチの、重要であるとはいえ、一面をなすにすぎない。「「歴史の概念について」のテーゼ考究」など、触れるべき点はまだたくさんある。けれども最後に、一つだけ残念に思うのは、90年代に入って急速に進められた日本におけるベンヤミン受容の実態が、本書からはあまり伝わってこないことだ。邦訳『パサージュ論』全5巻への言及もほとんどなく、『ベンヤミン・コレクション』全3巻にまったく触れられていないのは、「NHKブックス」という叢書の性質上、『遊歩者の視線』を手がかりにベンヤミンに親しもうとする読者には、少々不親切な気がする。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/上智大學教授 2000.7.11)

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西洋、日本における「幻燈」の、興味津々の文化史

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本書のタイトルになっている「幻燈」(「マジック・ランタン」)は、17世紀にヨーロッパで発明された光学装置で、ガラス板に描かれた絵に集光レンズを通した光を当て、壁や白布に映しだすものである。いまのスライド・プロジェクターの前身と思えばいい。この光学装置は西欧で人々のあいだに浸透し、技術的にも改良を重ね、これを応用した「ファンタスマゴリア」という、18世紀末から19世紀初めにかけての一時期パリで一世を風靡した見世物も考案された。
ところで幻燈は、どういう経緯でか明らかではないが、江戸時代の日本にも伝えられた。岩本憲児氏の『幻燈の世紀』は、西洋から日本へ渡り、独特の受容のされ方で根づいたこの幻燈の歴史をたどった労作である。
オランダ渡来と思われる和製幻燈は、関西では「錦影絵」、江戸では「写し絵」と呼ばれた。歌川国芳の『当盛水滸伝』のなかに「写し絵」の興行を描いたものがある。そこに描かれているのは二体の骸骨が闘っている絵である。ほぼ同時代の「ファンタスマゴリア」にも通じる絵柄で、光と影の戯れのなかで人々の想像力がどのような刺激を受けたのかが見てとれる。もっとも「写し絵」の演目は、岩本氏の分類によると、「自然、名所、舞踊、怪談、軍記、伝承、滑稽、艶笑譚」などなどであり、主演目は歌舞伎、浄瑠璃、説教節、講談などからとられたものが多かったという。
いずれにせよ、娯楽的な見世物だったわけだが、明治初期、アメリカ帰りの留学生、手島精一によって、西洋幻燈の再輸入がおこなわれる。手島は文部省の官吏であり、彼の持ち帰ったものは、「写し絵」とはおのずと性格の異なる教化的、啓蒙的色彩の強いものだった。これはあらためて「幻燈」と名づけられ、以後、映画にその役割をとって代わられるまで、「『文明開化』のための新知識を啓蒙する役割」を担ったのだった。
学術的研究書として内容充実し、読み応えがある本だ。しかし読者の勝手なわがままをいわせていただければ、快楽的な見世物にもかかわるテーマだけに、記述に読み物的な配慮がもうすこしあればと思われた。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者、上智大学教授 2002.03.21)

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東京迷宮考

2001/12/20 22:16

奥深い、魅力いっぱいの対談集

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 『東京迷宮考』は、種村季弘氏のここ30年ぐらいの対談・鼎談が、三巻にまとめて青土社から出版される、その第一巻目で、「東京論を主にした近代の都市とその変貌を話題にしたもの」が収められている。


 じつに奥深く、また特異な魅力にみちあふれた対談集だ。ページを繰るのがもどかしく、またそれが惜しくもある。「路地」、「都市とスペクタクル」、「あやしげな家」、「くぼみ町」、「(ラビリンスとしての)古本屋」、「キッチュな建物」といった話題に導かれてさまざまな想念が沸いては消えてゆくなか、都市を生きる/読むことの尽きない快楽と、徐々に増しつつあるその困難が、あらためて強く印象づけられる。

 東京という都市の迷宮の案内人として、たぶん現在、種村氏の右に出る者はいない。対談者の一人、松山巌氏の「都市の体性感覚」ということばを使って、「目や耳と日の判断力」ではない「体性感覚による都市との接触」が話題にされるところがある。「表側の文節構造からポコンと落ちて体性感覚でつきあえるところに入ったときに安心が、安心ていうより楽園復帰的な快楽がある」と種村氏はいうのだが、これこそまさに、種村流の都市とのつきあいを特徴づける感性のありようなのだろう。そして『東京迷宮考』の対話から得られる読書の喜びじたいが、このような「楽園復帰的な快楽」にほかならならない。もっとも、語られているのはかならずしも快楽的なことだけではない。ときとして彼のまなざしは無機化の進む近代都市を異化するアイロニーにみちてもいて、その意味で、寺山修司についていわれる「東京のストレンジャー」は、種村氏にもまたふさわしい呼び名であろう。

 じっさい、本書で縦横無尽に語りだされる多方面にわたる豊富な話題の数々(みずからの体験にもとづいたさまざまな都市の記憶)は、あやしげな、また密やかな影の部分をも含んだ、種村氏ならではの都市の細密図をかたちづくっている。そしてその細部の集積は、整然と秩序づけられ、管理の行きとどいた衛生的な都市の理想に抗うように、ある雑然とした魅力で輝きを放っている。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者、上智大学教授 2001.12.21)

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紙の本レトリック

2001/04/24 15:16

格好の「レトリック」入門

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 『レトリック』はひとことでいえば、レトリックに関する、簡にして要を得た入門書である。この種の概説書のコレクションとしては定評のある「文庫クセジュ」の一冊で、地味ではあるけれど、しっかりした内容の良書だ。

 レトリックは、西欧文明の根幹をなすほどに重要な弁論技術の理論体系だったが(フランスのリセの最終学年は、19世紀末まで「レトリック(修辞学級)」と呼ばれていた)、現代用語では、この言葉にはとかく悪いイメージがまとわりつき、ときとしてそれは「言葉によって人をだます技術」というひどく偏った印象をわれわれに与えもする。

しかし著者のオリヴィエ・ルブールにいわせれば、レトリックは「人間に不可欠のもの」であって、弁論の技術を考えるときに、このバイアスを通らずにすますことはできない。言葉を介した表現全般について考えるうえでレトリックはけっして避けて通ることのできぬ根本的な問題であり、そうである以上、少なくともそれについてきちんとした認識をもつことが要請されるというわけである。「真の誠実と、見てくれだけの誠実がある。ただ、この両者を区別するものは、言説の内部には存在しない。真の誠実さも〔それが正しく伝達されるためには〕、やはりレトリックを必要とする。これは確かだ。」本書の通奏低音をなしているのは、このようなレトリックの「必要性」の意識にほかならない。

1960年代、フランスには一種のレトリック・ルネサンスともいうべき現象が生起したが、そこには二つの大きな潮流があった。一つは、ベルギーの哲学者、法律学者カイム・ペレルマンに代表される、アリストテレス以来の論証理論としての「大レトリック論」、もう一つは、ジェラール・ジュネットその他の「文芸的レトリック論」で、後者は、前者を構成する「発想」、「配置」、「修辞」、「表出」の四部門のうち、三番目の「修辞」だけを扱い、それを一種の文体研究として展開させたものである。

こうしたことをふまえ、これら二つの傾向がちょうど交わる領域にレトリックの本質を求めて「第三の道」を模索しようとするのがルブールの基本的な姿勢である。「レトリックは単に美しさをねらうものでもなければ、単に論証的なものでもない。この二つの側面が交わるところにいつも位置しているものなのだ。」このように彼は述べている(もっとも入門書という限界もあって、この「第三の道」の独自な展開は、本書ではあまりはっきりとは現れていない)。

 著者の論述は整理が行き届き、よどみがない。そして明解で読みやすい翻訳、周到な訳注が、その理解をおおいに助けている。たくさんの術語が出てくるので、欲をいえば事項索引があればもっとよかったが、すでに大きな努力の傾注が窺われる訳者の仕事にそこまで要求するのは、あまりに虫が良すぎるかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学者、上智大学教授 2001.04.25)

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紙の本飯島耕一・詩と散文 1

2001/01/10 18:15

現代日本を代表する詩人の詩と散文の選集の、記念すべき第1巻

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 『飯島耕一・詩と散文1』には、詩集「他人の空」、「わが母音」(抄録、四編のみ)、および「評伝アポリネール」(今回の採録に当たり、著者が手を入れた決定版)、「ダダ・シュルレアリスム・映画」についてのいくつかの論考が収録されている。全五巻にわたって飯島耕一の代表的「詩と散文」が集成された、その第一巻である。

 「他人の空」は著者23歳の時に出版された処女詩集で、ページ数にすれば、たった30ページほどにすぎない。しかしそのわずかなページの密度の濃さといったら! 「他人の空」と題された次のような詩がある。「鳥たちが帰ってきた。/地の黒い割れ目をついばんだ。/見慣れない屋根の上を/上ったり下りたりした。/それは途方に暮れているように見えた。//空は石を食ったように頭を抱えている。/物思いにふけっている。/もう流れ出すこともなかったので、/血は空に/他人のようにめぐっている。」このたった10行のなかに、若々しい言葉のエネルギーがはち切れんばかりにみなぎっていて、読まれるとおり鬱屈した暗い内容だが、すこしも衰弱や甘えを感じさせない。これはまちがいなく戦後詩の最良の部分を代表する詩集のひとつである、というか、1953年の初版からほぼ50年を経て世紀も変わり、「戦後詩」などという言い方はもう意味をなさないので、むしろ、「20世紀の詩」を代表するというべきかもしれない。

どの作品にも読む者を何かいとおしい気持ちにさせる親密な調子があり、それがこの著者の特質だと思われるが、たとえば「切り抜かれた空」という次の作品に、そうしたことはとりわけ強く感じられる。「彼女は僕の見たことのない空を/蔵い込んでいる。/記憶の中の/幾枚かの切り抜かれた空。//ときどき階段を上ってきて/大事そうに/一枚一枚を手渡してくれる。//空にはひとつの沼があって/そこには/いろいろなものが棲んでいると云う。//そこに一度きりしか通過したことのない/小さな木造の駅があって、/草履袋を持った/小学生が/しやがんでいたりする。//ついで彼女は/失くしてしまった空のほうに/もっと澄んだのがあったとも云った。」

ほんとうの意味で「詩」を読む喜びを与えてくれる詩集だと思う。
ところでこの飯島耕一がシュペルヴィエルやシュルレアリストたちと並んでもっとも親しんだ詩人が、ギヨーム・アポリネールだった。『評伝アポリネール』(初版1966年刊)は、いまだにこの詩人について日本語で読むことのできる、すぐれた基本文献であり続けている。「ギヨーム=アルベール=ウラジミール=アレクサンドル=アポリネール=コストロヴィッツキ、あなたのことは賛美しても賛美し切れるものではない。あなたのことを考えている時間が、どうやら僕にとってもここ数年来、もっともよい時間だったように思われる。」このように端的に記されているところからもうかがえるように、詩人への深い共感に裏打ちされた、感動的な労作である。 (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者・上智大学教授 2001.01.11)

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バルザック的世界への格好の指南の書

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 20世紀最大の小説家マルセル・プルーストは、『サント=ブーヴに反論する』のなかで、バルザックを念頭に置いて、「わたしたち」はいまや、フロベール、マラルメといった作家たちには少々食傷気味で、たしかに効き目はあったにせよ、無塩療法を続けた末に、塩が欲しくてたまらなくなる人のようなものだといった。この話を紹介しながら飯島耕一氏がいうように、ほかならぬバルザックこそまさに「塩」だというわけである。

 このたび上梓された『飯島耕一・詩と散文3』には、1974年刊の詩集「ゴヤのファースト・ネームは」とともに、「バルザックを読む」の総題のもと、著者がこの十数年打ちこんできたバルザック研究の成果を示すテクストの数々が収められている。
 無塩療法に慣れた「わたしたち」は、どこかで「塩」を渇望しながら、しかしいざ実際口にしてみると、すぐにその強い刺激を受けいれることはたぶん容易ではないかもしれない。そんなとき、「バルザックを読む」のテクスト群は、「塩」の味に馴染み、それをわがものとするための、格好の助けとなるだろう。

 1983年、大学の授業で『ゴリオ爺さん』を読んだのがきっかけで、飯島氏は「バルザック党に変身した」のだという。バルザックが「人物再登場」の手法を初めて意識的に適用したこの小説は、いわば「人間喜劇」の要ともいうべき作品であり、いろいろな読み方が可能だが、ひとつのありうべき読みの道筋は、これを「人間喜劇」きっての「悪の詩人」、ヴォートランの初登場作品と見ることである。これ以降ヴォートランはそのまがまがしい強烈な個性で、『幻滅』、『娼婦の栄光と悲惨』という二つの大作を染めあげ、こうして「人間喜劇」の骨格をなす「ヴォートラン三部作」というべき作品群がかたちづくられる。『娼婦の栄光と悲惨』は、つい先頃飯島氏自身の訳で藤原書店から刊行されたし、さらに飯島氏は、「人間喜劇」の小説をあれこれと読んできて、「『幻滅』からこの『娼婦の栄光と悲惨』全体が、面白さから言うなら一番」ともいっている。ほかにも「塩」の効いた作品はむろん多々あるが、飯島氏の指南にしたがい、このあたりから広大で奥深いバルザックの世界に入ってゆくのもいいかもしれない。

「バルザックを読む」は、たんなる狭隘な「専門」研究ではない。とりわけその第二部「思想の見晴台に立って」にはより突っ込んだ論究が集められていて、バルザックをネットワークの中心として、19世紀初めの矯激なカトリックの思想家、ジョゼフ・ド・メーストルに始まり、「アナロジー」の重視という点でバルザックとの類縁が感じられる「空想的社会主義者」フーリエ、さらにこのフーリエを介して、アンドレ・ブルトンとシュルレアリスムといった具合に、世界はどんどん広がってゆく。

いずれもたしかな手応えのあるテクスト群であって、そのうえ、飯島氏の詩人としての代表作のひとつ、「ゴヤのファースト・ネームは」まで一緒に読むことができるのだから、「贅沢」とはまさにこのようなことをいうのではないのだろうか? (bk1ブックナビゲーター:吉村和明/フランス文学研究者・上智大学教授 2001.0105)

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