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レビューアーランキング
先月(2017年1月)

稲倉達さんのレビュー一覧

投稿者:稲倉達

11 件中 1 件~ 11 件を表示

マエストロ、時間です

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は92年3月までサントリーホールのステージマネージャーを務めた著者の回顧録。ステージマネージャーとは何する人ぞ? 私は以前、プログラムに合わせてオケの編成が変わるとき、ロマンスグレーの恰幅のいい紳士が譜面台を持って舞台に登場するのを見て、不思議に思った記憶がある———あの人はスタッフの中でもきっと偉い人だろうに、あんなことをするなんて、人手不足なんだろうか? 今にして思えば、その人こそ本書の著者・宮崎隆男氏だった。その重要性が判らない私は「あんなこと」と思ってしまったが、本当は、椅子と譜面台を寸分の狂いもなくセットする、そんな管理のできる彼がいてこそ、演奏者は演奏に集中することができるのだ。

 配置のズレは音にも影響を与える。また、舞台に向かう直前の、精神的に極限状態にある演奏者や指揮者をサポートするのも彼の大事な務め。押しも押されもせぬ大音楽家も、この時ばかりは精神が不安定になったりする。そんな場に立ち会うステージマネージャーだけが体験できたエピソードが本書には幾つか披露されている。ただ、カラヤンを始め世界の名だたる音楽家たちを相手にしてきた著者である。この辺り、クラシック・ファンとしてはもっと暴露して欲しかった(職務上の秘密?)。

 この本にはもう一つの柱がある。サントリーホールがオープンするまでの物語だ。当時、新日フィルのステージマネージャーだった著者に、サントリーからホール作りに協力して欲しいと要請があったのはホールオープンの5年前、1981年のことだった。理想のホール造りに向かって奔走し、最後はカラヤンに「このホールは”音の宝石箱”のようだね」と言わしめるに至る物語は、『プロジェクトX』の恰好のネタにもなりうるサクセスストーリーだ。巻末には、著者を含むサントリーホール3代のステージマネージャーによる長い鼎談が収録されおり、戦後の日本クラシック界の成長を下支えしてきた男たちの苦労がうかがえる。クラシック・コンサートを楽しむ人なら読んでおくべき、と言いたくなってしまう本だ。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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ぼくはエクセントリックじゃないグレン・グールド対話集

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ピアノ演奏から、演奏するという行為や楽器のもつ生理を排除し、音楽そのものを純粋に取り出そうとする特異な演奏家グレン・グールド。それは結局のところ不可能への挑戦であり、矛盾を孕まざるを得ない。

 彼の演奏はロマン主義的なものではなかったが、彼の音楽探究の姿勢は多分にロマンティックだった。そして、ロマンティックな冒険者であるグールドが、饒舌に自己を語ったのはごく自然なことだ。

 実は私は、そんな彼の語りを読みたくないという気持ちがある。彼のみずみずしい音楽を純粋に楽しむなら、騒々しい舞台裏は知らずに済ませた方がいいのだ。CDに耳を傾けていればそれで十分じゃないか!……無論、そんなこと出来るわけない。彼のCDにはグールドという人間の存在が見落としようもなく深く刻印されているからだ。彼の演奏に魅せられた私は、彼自身にも魅せられてしまっているのだ。

 本書は、『ゴルドベルク変奏曲』の演奏などを撮ったモンサンジョンによって編集されたインタビュー集だ。彼の3冊あるグールド本から最初の邦訳がついに出たことになる。巧みで魅力的な構成で編まれており、「語るグールド」に初めて接する読者にとって、様々なインタビューを一挙に読めるお得な一冊になる。「グールドの思想への序論を作りえたかも知れぬ」という編者の期待は、見事に達成されたと言える。

 同時に、すでに色々と読んできたグールド・ファンも、やっぱりやり過ごすことが出来ない本ではないか。まず目次の前に、ジョック・キャロルのフォト・ルポルタージュ。多くの写真が既刊の本で見られるにしても、心憎いばかりのイントロダクションである。中心部は、1980年に10人のジャーナリストによって行われたインタビューから抜粋して、テーマ別に再編集したテキスト。これを編者は「ヴィデオ座談会」と名付け、あたかも欧米各国からテレビ電話でよってたかって質問したかのような想定になっている。いかにもグールド好みの趣向ではないか。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業 2001.10.04)

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音楽のエラボレーション

2001/05/30 02:18

音楽のエラボレーション

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 『オリエンタリズム』などの文明批評で著名な著者が1991年に発表した音楽論。これまでのクラシック音楽研究を、社会的視点に欠き、「音楽を崇拝しているにすぎない」文献が多いと批判し、文学者・社会学者ならではの議論を展開して話題を呼んだ問題の書。

 例えば、かつてオーケストラの演奏会プログラムでは、オーストリア・ドイツ系の限られた曲が非常に優遇されていた。そういう選曲をしないと集客が悪いからだと、私たちは嘆いていた。そして、実際、ベートーヴェンの交響曲はエルガー(別に誰でもよいが一例として)のそれより名曲なのだから仕方がない、とすら思っていた。しかし、著者はもっと踏み込んでこう考える−−クラシック音楽は、常に政治的力学、さまざまな文化的活動の影響下にあり、社会がそのような「正典」とも呼ぶべきレパートリーを練り上げ(エラボレーション)ていったのだ。

 ここには、何が名曲かといったこととは別の次元の問題があるのだと。第1章の演奏会論のように、10年の歳月ゆえ、現況からズレてしまっているテーマもあるが、個別の内容は古びてしまっても、現在を検討するためのパースペクティブを与える本書の価値は古びない。グレン・グールドの試みを「後期資本主義社会の制約に対する挑戦」と評価するなど、クラシック音楽愛好家にとって興味は尽きない。なかには、リヒャルト・シュトラウスの『メタモルフォーゼン』にユートピア的希望を託すといった、「え?」という意見も登場するが、それも含めて、批判的な姿勢で読んでこそ面白い本だ。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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ベートーヴェンの日記

2002/02/19 22:15

ベートーヴェンの日記

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 読み終えて、「やっぱりそうなのか……」という嘆息が漏れた。ベートーヴェン! あなたはやはりどこまでもベートーヴェンなんですね! 正月休みに寝転がって本書を読んでいた私は、居住まいを正さずにはいられなかった。彼の人間性は様々な伝記で広く知られるところ。でも、彼だって一人の人間。内面生活には我々凡人と共通するところがいろいろとあるはずだ———そんな期待もあって本書を開いた。日記というよりは、1812年から18年に掛けて彼が自由に雑多なことを書き付けた手帳のようなものである。

 ある時は備忘録として使われ、ある時は苦々しい自戒の念を刻むために、あるいはまた、その時々の感銘を受けた言葉などが書き付けられている。第三者に読まれることを意識していない全くのプライベートな記録と言える。ここには「素のベートーヴェン」が現れているはずである。「今日からは、決してあの家に行かない。———自分を恥じることなく、あのような[人]から———何かを求めることは———」。例えばこうした記述は、心理的葛藤の挙げ句、やっとの思いで書き込まれた文なのかも知れない。

 ベートーヴェンは売春婦の常連だったという説がある。しかし、煩悩にまみれっぱなしの凡人とは違う。ここには、甥の遺産相続の問題、使用人への疑惑、あるいは煩悩に悩みつつも、それらを克服し、音楽に我が身を捧げようとする高潔な精神の存在が感じられる。編纂者のソロモンは、近年見出された、原本(紛失)に最も近いグレーファー写本に依拠し、素晴らしく詳細な校注を付けている。それ故、本書の価値は「二十世紀ベートーヴェン研究の中でも画期的な業績であり、もはや本書をぬきにしてベートーヴェンを論ずることは出来ない」(訳者あとがき)。とはいえ、素人にはピンとこなかったりすることも多い。だが、それがなんであろう?

 これは日々を生きたベートーヴェンの生々しい痕跡であり、彼に心酔する者は、読めば一層彼のことが好きになるだろう。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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チンドン屋の大将になりたかった男N響事務長有馬大五郎

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 NHK交響楽団初代事務長の半生のノベライゼーション。というよりも、明治の世に生まれ、渡欧して8年以上に渡ってウィーン大学に学び、その学識と経験を活かして、戦前の日本にあってオーケストラ育成に大きな貢献をした男の物語である。

 全体の6割が生い立ちから留学時代までの物語に割かれている。この部分がめっぽう面白い。大きな仕事を成し遂げる男の青春とはかくあるのか、と思わせるだけのスケールがある。ちょっと信じ難いような独特のドイツ語学習方法、呆れるほかない豪遊ぶり(彼は大金持ちの息子だった)、そして志の高さ。書き手の文章も伸び伸びと流れて清々しい。

 かのカラヤンも大学時代の同窓生として登場するが、この時の親交が、後に彼を戦後10年と経たない日本に招く伏線となる。ところで著者は、有馬のもとN響からキャリアをスタートさせ、メルボルン響の首席指揮者になるなど、海外での活躍も長い。この人ならではの思うところが色々とあるはずだ。読者としてはその辺にも期待していたが、黒子に徹して著者らしさは表に出てこない。その点がちょっと物足りなくはある。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業 2001.10.04)

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シェーンベルク

2001/10/03 22:16

大作曲家シェーンベルク

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 シェーンベルク———クラシック音楽の基本原理であった調性を解体させ、挙げ句に、十二音技法というおよそ地球にそれまで存在しなかったような「超」知性的な音楽を考案した男。

 明晰な理論家であると同時に、ウェーベルンやベルクを育てた優れた教育者でもあった。生涯、何度も作曲家として変革を遂げ、初期の弦楽六重奏曲『浄められた夜』から、晩年の『ワルシャワの生き残り』まで、それぞれの創作期において重要な作品を残した。疑いもなく、20世紀の音楽を切り開いた最も重要な立て役者である。

 2001年7月13日は、そのシェーンベルクの50回目の命日にあたる日だった。にも関わらず、一般的にはそれほど話題になることもない。2000年に没後250年を迎えたバッハと比較するのも虚しいほどである。これは、単純に考えても、バッハの曲は今日でもコンサートの重要なレパートリーであり、クラシック音楽の枠を越えてジャズやポップスにまでアレンジされて広く愛されているというのに、シェーンベルクの有名曲は、聴く者に極度の集中力を要求するようなものがほとんどで、敬遠されがちなのだから、まあ当たり前だろう。

 しかし、このことは、前者の音楽が18世紀の産物でありながら、依然として現代性を有しているのに対して、後者の曲の方は、もはや歴史的価値しか持たない過去の遺物であることも意味しているのだろうか?———きっとそうなんだろう。現象的に見れば、一般的にはそう判断されていると言えるだろう。でも、あの強面に「十二音技法」と「表現主義」のレッテルを貼って博物館に押し込んでしまう前に、改めて彼の全体像を冷静に眺めてみる価値はあるだろう。

 本書はシェーンベルク研究者による客観的評価を目指す伝記である。冒頭に述べたような、良く知られた彼の偉大さを物語る本ではない。また、人間像を描き出すのが目的ではなく、私生活のことは背景情報として扱い、各年代の芸術家としての活動の解説に重点を置いている。原書は73年に書かれているが、それでも読めば、この芸術家は一筋縄ではいかない多面的な存在であり、未だ十分に知られていない面のある様子がうかがえる。私たちはまだまだ、これから先、新しい彼に出会うことが出来るかも知れないという期待が高まる。シェーンベルクは気になるけれど、ちょっと…という方、この機会に手に取ってみてはいかが?
(稲倉達/雑誌編集、文筆業 2001.10.04)

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土方巽の方へ

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 土方巽の活動を初期の頃より身近に目撃してきた著者が、60年代に書いたものから、つい最近のものまで、彼に関連する文ばかりを集めて編んだ本である。冒頭に一本、アスベスト館での講演が収録されているのを別とすれば、土方らの公演ポスターや美術を担当した清水晃との対談と、唐十郎との対談を両端に配置し、その中間に、約35年の間に雑誌や公演プログラムなどに書いてきた短い文章を並べた構成になっている。

 だから、本書は本格的な土方巽論ではないのだが、彼の本質に迫った言葉が、そここに散在して光る。例えば、「自分はここに在ることが遠くから一瞬ごとに来ていることになる。そういう人だったんじゃないかな。だから、いわゆるベタベタした土着とかいうのとは違うんだね」といった具合。今の引用もそうだが、対談がとりわけ面白い。清水がイカに託して語るイメージなど、言葉では名指せないような感覚を喚起して、ハッとさせられる。

 ただし、はっきり言って寄せ集めの感は否めない。話題の重複も多い。60年に第一生命ホールへ「DANCE EXPERIENCEの会」初リサイタルを見に行って、ロビーで澁澤龍彦、三島由紀夫、土方巽を間近にした話など、実に4回も出てくる。よほど深く胸に刻まれたのだろう。公演を終えて楽屋から出てきた土方巽を、「小柄な澁澤さ
んに覆い被さるようにして口説いている半裸の後姿に、かぐわしいばかりに匂い立つエロスがみなぎった」と書く。このとき種村は27歳。本書が、土方とそんな出会いをした著者にしか書き得ぬ資料であることは間違いない。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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バッハの音符たち

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 「N響アワー」でお馴染みの著者によるバッハ考。対位法や和声学の理論に触れながら、もっぱら楽譜のみに基づき、バッハの作曲手腕に様々な角度から光を当てている。

 昨年は没250年だったこともあり、あれこれとバッハ本が出版されたが、その中でこの本は、さすが作曲家の書いた本だと思わせる特色がある。それは、バッハの凄さを検証するために、原曲に対して、もしこの部分を定石通りに作曲したらどうなるか、あるいは、ここにこういう工夫がされていなかったらどう響くかなど、いろいろと仮説を立てて、その場合の譜面を実際に書いて(作曲・編曲して)、比較してみせている点だ。

 バッハが並はずれた作曲家であることは誰もが百も承知だろうが、同業者から見て、技術的にどう凄いのかを具体的に垣間見ることが出来て、興味深い。とは言っても、音大の学生が読むような本ではない。気軽に読める、ごくごく軽い文体で書かれている。音楽学の理論的知識はなくても大丈夫(ただ、譜面は読めたほうが良い)。センセーお約束のダジャレもちゃんと盛り込まれており、壇ふみさんの心境で(?)、苦笑いしつつ読める。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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バッハの四季

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 バッハの教会カンタータが大好きだ。うっとりするような美しいアリアがたくさんあるし、心安らかな気持ちにさせてくれる。ただ、200曲近くある作品のそれぞれに『今までは汝らなにをもわが名によりて求めしことなし』『見よ、われ多くの漁る者を遣わし』といったややこしいタイトルが付いているのには閉口する。

 仕方なく、もっぱら番号で識別することにしているが、歌詞の内容や、解説文に必ず登場する教会暦もまた親しみにくい。有り難いことに本書はキリスト教音痴に、別の方面からバッハの宗教曲に親しむルートを示してくれる。例えば、教会暦復活祭後第6日曜日(2001年は5月27日)用に作られた曲に第44番『人々汝らを除名すべし』がある(嗚呼、厳めしい)。

 そこでこの本を開くと、この時期は、白いアスパラガスの初物が八百屋に並ぶのがドイツの風物詩で、塩茹でして熱いうちにバターをのせて食べて、冷えた辛口の葡萄酒を飲む、なんて書いてあり、季節感がイメージできる。そして、晩霜の季節で、農作物が被害にあったりするが、これを過ぎるとドイツに本格的な夏が来るという記述を読むと、第6曲の、嵐の後に「太陽がすがすがしく笑いかける」というアリアの歌詞に、なるほどと思える。また、カンタータと並べてドイツ民謡に触れているところにも、著者のアプローチのユニークさが表れている。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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紙の本ベートーヴェン 増補版

2001/05/30 02:11

ベートーヴェン増補版

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 ずばりなタイトルだが、本書はベートーヴェンに関する24のエッセイ集である。それぞれテーマを設定し、それに沿って掘り下げることで、「人間性とその音楽を多面的・多角的にとらえてみよう」という著者の意図が十分に達成されている。

 実際、楽聖と親交のあった人々にスポットライトを当て、彼らの人間的な魅力を紹介しているところが、この本の読みどころだろう。例えば、ベートーヴェンが発明されたメトロノームを歓迎し、さっそく自作にそれを使ったテンポ指示を行ったことはよく知られているが、この発明者のメルツェルはなかなか食えない人物で、自分の発明品のプロモーションに、何かとベートーヴェン人気を利用しようと企む。一時は訴訟沙汰にまでなるが、作曲家の方にも欲があるため、決裂したりはしなかった。

 どうもいいように利用された恰好である。この辺りのやり取りがなんとも面白い。著者が二人の人物を客観的に眺め、メルツェルを悪者にしていないところがいい。一人が楽聖であることを別にすれば、まったく世の中によくある光景なのだ。また、ベートーヴェン用に補聴器を作ったのは、このメルツェルだとする通説に対して、著者は、彼には弟がいて、メトロノームは兄、補聴器は弟で、別人物と指摘している。気軽に読めるエッセイ形式でありながら、こうした著者の研究成果が織り込まれているところなども、ベートーヴェン好きにはこたえられない本である。

(稲倉 達・雑誌編集、文筆業)

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バレエの魔力

2001/02/09 17:58

おじさんに限らず、バレエに興味を持ちながら躊躇されている方に是非勧めたい。

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 最近バレエダンサーたちがテレビのCMや番組に活躍するようになって、バレエもずいぶん身近になってきた。

 とはいえ、「バレエなんて、大の男が見るものじゃない」という認識はまだまだ根強いようだ。気がつけば、日本は世界でも有数のバレエダンサー産出国になっているというのに・・・。そこへ、頑固な偏見をうち破るべく本書の登場である。コンセプトは「おじさんのためのバレエ入門」。

 バレエ史の著作で愛好家にも定評のある著者が、初心者のために一気に書き下ろした。漫談を聞くような気分であっという間に読めて、必要な知識は十分に得られる。全体の構成、文の平易さ、コンパクトさ、どの点でも入門書として見事なバランス感覚。

 巻末には用語解説、ビデオガイド、ブックガイド、さらにバレエ史年表まであり、劇場に通うようになっても、しばらくはハンドブックとして手放せない。おじさんに限らず、バレエに興味を持ちながら躊躇されている方に是非勧めたい。

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