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先月(2017年8月)

波多野真矢さんのレビュー一覧

投稿者:波多野真矢

1 件中 1 件~ 1 件を表示

上海の風

2000/10/17 01:42

嵐に耐え抜いたしなやかな木の葉

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 映画『さらば我が愛〜覇王別記〜』にも描かれていた、1966年から1977年にかけて中国全土を震撼させた政治・思想・文化闘争の大動乱・文化大革命。もし、この文革時代に自分が生まれていたら、一体どんな風に生きただろう。これは考えるだに恐ろしい想像ではなかろうか。真実に正直に生きようとすれば生きていけない。生きようとすれば汚泥にはまらねばならない。しかし自らの命を絶つことすら許されない。真実とか命といった概念に無感覚にならざるを得ない。この本は、そんな一種極限の状態に放り込まれて、なお自らの強い心を汚泥から立ち上げた、上海のある女性の波乱に満ちた半生記である。

 ゴム靴工場を営む資本家の家の5人兄弟の4番目に生まれ、資本家であったが故に工場は接収され批判され、9歳で父が、13歳で母が他界し、貧困の苦しい幼年時代を送る。14歳の年に文革が始まり、「資本家の血筋」というだけで、学校や近隣で、突然の批判を受け孤立してゆく。紅衛兵に自宅を襲撃され、16歳で”労働改造”に送られることになり、農場で過酷な労働を強いられる。そこで「正月休暇に帰省したい」という要請を受理されず、上部に要請を出したために拷問にあい「反革命陰謀」の容疑を着せられ迫害される。ほとんど絶望の淵に立たされながら、しかし、懸命に考える作者はこれで屈してしまわない。寸暇に勉強を続けてきた英語で、再開された大学入試に応募し、見事難関の北京大学に合格する。大学での成績も優秀で、大学卒業後の分配(上層部による就職先の振り当て)で上海市外事弁公室勤務を勝ち取り、通訳接待要員として外国の要人を接待する華やかな仕事に就き、また労働改造時代に知り合った男性と結婚、一児を設ける。しかし作者の波乱はこれで終わりではなく、職場でセクハラを受け、また家庭でも夫の友人の同性愛者の男性が生活に介入し、上海を離れて北京外交学院に研修することになる。そしてそこでカナダ人の英語教師と、共に家庭を持つ身ながら恋におち、幾多の困難を乗り越えてカナダに留学、そのまま亡命してしまうのだ。

 作者は近年話題になった『ワイルド・スワン』の作者張戎と同年生まれで、文革時代に遭遇する困難などは地域は異なっても同質である。こうした苦難の体験はこれら作者たちだけの特殊なものではなく、むしろ普遍的な、ほとんどすべての中国人が経験した苦難であった。しかし本書では、それを暗く重苦しい筆致ではなく、苦難の中で身につけたユーモアを混じえて、しなやかに綴っている。中国語ではなく英語を用いて外国で発表されたということもあろうが、このしなやかさこそ、作者を泥沼からすくい上げた強靭な精神と思考の裏打ちであり、逆により深く作者の陥った過酷な境遇、経歴を感じさせ、読むものの胸を打つ。

 近年、中国本土でも文革の回想録や指導者の私生活暴露ものなどが多数出版されており、批判と反省が行われているが、本書により、普通の人々の生活の中にいかにして毛沢東はじめ共産党が入り込んでいったのか、毛沢東ら指導者たちが庶民の目にどう映っていたのか、そして製鉄運動、雀撲滅運動、林彪失脚、毛沢東・周恩来死去、とう小平復活、一人っ子政策などの出来事が、一般の人々の視点でどのように動いていたのかなどが克明に見てとれる。また、中国の近代史に詳しくなくても、国家や政治が庶民を翻弄していくという点では全世界共通の痛みとして共感を呼ぶ。

 「疾風に剄草(けいそう)を知る」(疾風が吹いてはじめて強い草が見分けられる。転じて、厳しい試練にあってはじめて意志や節操の強固な人間であることがわかる)という言葉が中国にあるが、まさに激動の嵐に翻弄され、今しも吹き飛ばされそうな一片の木の葉であった作者は、強く耐え抜いて生きた剄草であったと言えるであろう。(波多野真矢 立教大学中国語講師・京劇研究家)

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