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  3. 野口 均さんのレビュー一覧

野口 均さんのレビュー一覧

投稿者:野口 均

19 件中 1 件~ 15 件を表示

ニュー・エコノミーとグローバリゼーションは,アメリカと超国家的巨大企業の利益を擁護するイデオロギー

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ニュー・エコノミーとグローバリゼーションと市場万能主義を結びつけて解釈したところが本書の新しい着想と言える。著者のウォルフレンは,経済学を物理学や生物学などと同じように検証された確固たる知識の上に築かれたものとは考えていない。経済や政治の分野では,真の科学は存在しない。従って一部の勢力に都合の良いイデオロギーが,新しい学問の理論としてもてはやされ,信じられやすい,という認識の持ち主である。
 著者はまずグローバリゼーションという概念が,2つの意味で使われてきたと分析する。1つは,コンピューター,通信技術,交通機関の発達などテクノロジーの進歩による変化。もう1つは,規制緩和,市場開放,金融の自由化,民営化など,いわゆるグローバル・スタンダードと言われる制度改革の進展である。これはアメリカの利益集団の意図に従って一群の国家政府や国際機関がすすめている政治的プログラムであるが,テクノロジーの進歩によるグローバリゼーションと混同されているために,政治的なプログラムとしてすすめられているグローバリゼーションの狙いが見えなくなっていると言う。
 ついで展開しているニュー・エコノミーについての分析は特に目新しくはないが,アメリカ社会に根ざしている市場崇拝についての分析は面白い。そして著者は,市場万能主義に基づくシステムが,グローバルスタンダードとかニュー・エコノミーなどともてはやされて世界に広まり,超国家的巨大企業が世界の富を支配する仕組みが作られてしまうと警告する。
 本書の全体の構成は独立した短いコラムが並んでいるようなものなので,前後のつながりはあまり気にせず読みすすむとよい。完成度は今ひとつだが未整理なだけに逆に生の着想が数多くつまっていて,かえって面白く感じる人もいるだろう。
(C) ブッククレビュー社 2000

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紙の本小説中江藤樹 上巻

2000/10/26 00:18

日経ビジネス1999/7/5

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 終身雇用制が崩壊して、会社に全人格をゆだねることが難しい時代になった。と言って、簡単に地域社会に入れるものでもない。「家」制度の虚構がはぎ取られて、細分化された核家族には互いに支え合う余裕はない。
 そうなると、自分で自分を律するものがなければ容易に自己を見失い、不安にのみ込まれる。近年、哲学書や宗教書が読まれるゆえんだ。
 本書の中江藤樹も、久しく忘れられていた思想家だが、復活の兆しがある。
 藤樹が生きた時代は、徳川幕府が体制を固め、各藩も軍人主導から官僚主導に急変化した。本書にもリストラされたり、変化に対応するために自己啓発にいそしむ武士たちが出てくる。
 主人公の藤樹はもともと文の人で、朱子学者として若くして大洲藩内で頭角を現す。ところが、学殖を深めるにしたがって、幕府が朱子学による武士の馴化を推し進めていることに疑問を持つ。だが藩は、幕府を恐れて林羅山の弟子を登用する。その結果、藤樹の教える朱子学と、羅山の弟子の朱子学は鋭く対立することになる。結局、藤樹は藩の厄介者的な立場になり、支藩に追いやられる。そこで、藤樹は脱藩して郷里の近江に帰る。
 帰郷した藤樹は、まず最初に刀を売ってしまう。あっさり武士を捨てるのだが、この場面がいい。左遷が契機になったとはいえ、内面の欲求にしたがって、もっと積極的に新しい人生を生きるために、藤樹は脱藩した。それが刀を売る、という行為になるのだ。
 著者の描き出した「聖人」中江藤樹像は、非常にわかりやすい。藤樹書院での庶民を相手にした講義は、まるでソクラテスのように対話で行う。そして弟子たちに「人間は誰でも“明徳”を持っている。ただ、それに気がつかない。気がついても磨かないと曇ってしまう。だから、自分で毎日磨こう。そうすれば、誰でも聖人になれる」と説く。
 「人間は誰でも心に明徳を持っている」というのは、一種の平等主義であり、人間主義であり、ひいては自己責任原則にも通じる。
 中江藤樹は、日本の陽明学の祖といわれる。陽明学といえば「知行合一」。良いと知ったら行わねばならない。少し怖い思想だと思っていた。
 だが、著者の描く藤樹は「時・処・位」といってそれぞれの人が、それぞれの立場でできることを行えばよいと説いている。それなら、我々平凡な人間にも受け入れられる。
 ところで、著者は中年男の涙腺をゆるませるツボを心得ている。電車の中で読む時は、不意を食らわぬよう心されたい。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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紙の本東京アンダーワールド

2001/01/10 21:16

日経ビジネス2000/9/11

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 書きたいけれど書けない、そういうことが随分あるに違いないと思わせる本だ。ただし主人公である“東京のマフィア・ボス”ことニコラ・ザペッティについては、副主人公の力道山とともに十分描かれている。
 ザペッティは、占領下の日本で甘い汁を吸おうとやってきた貧しいイタリア移民の倅だ。いかがわしい仕事でぼろ儲けもするが、結局食い詰めて場末だった東京・六本木に「ニコラス」というピザ屋を開く。これが大成功。そのままいけば立派な実業家だったのだが、欲望のままにカネと女と暴力に突き進む。力道山と一緒に赤坂、六本木を飲み歩き、暴力団の東声会や住吉連合とも絡み合う。
 著者はこのザペッティを案内役にして、高級ナイトクラブに、政商、政治家、マフィア、暴力団、娼婦、東西の諜報部員などが蝟集する戦後の東京アンダーワールドを描く。右翼の大物、児玉誉士夫も東声会の会長、町井久之も、力道山を刺した暴力団住吉連合の村田勝志も出てくる。雰囲気はよく伝わってくる。
 ところが面白く読み進むうちに、著者は一体何が書きたいんだろう、という思いが浮かんでしまった。ザペッティの生涯がメーンテーマなら、別の書き方があるはずだ。
 もちろんテーマを言うならば、政界と財界と暴力団がカネとセックスで結び付いている日本の腐敗した権力構造、そしてそれを利用している米国の様々な勢力との絡み合いを描くこと、といったことになるのだろう。だがそれなら、ザペッティの女性関係よりもその背後関係にもっと触れてほしい。マフィアとつながりがあったという人物が、なぜ長期間にわたって米軍からピザの材料を横流ししてもらえたのか。米国人は日本の腐敗構造にどう関係しているのか。「ウォール街の陰謀集団」とは何か。
 本書は、昨年春米国で出版されるとたちまち評判となり、映画化もすぐ決まったという。米国人にしてみれば日本の政財界の驚くべき腐敗の実態が初めて本格的にリポートされたわけだ。しかし、日本人読者にしてみれば、ザペッティは知らなかったが、児玉も力道山も住吉連合も、ロッキード事件も竹下(登・元首相)褒め殺しと石井進・元稲川会会長のことも、おおよそ知っている。逆に、「ウォール街の陰謀集団」やマフィアなどの日本での活動については、我々はあまり知らない。巻末に61ページにも及ぶ執筆ノートが付いていて、それを読むとある程度不満は解消されるが、道案内役のザペッティと力道山のキャラが立ちすぎてしまった感が否めない。
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紙の本やりなおし基礎英語

2000/10/26 00:23

日経ビジネス2000/7/10

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 英文法は苦手だ。大事だからと言われ、SVC、SVOといった5文型は覚えたが意味が分からず、英語が嫌いになった。学校を出てからも、いろいろな教材に手を出したが、洞窟の中を懐中電灯も持たずに進むようなもので、三日坊主に終わった。
 にもかかわらずインターネット時代の到来で、英語をやらなくちゃあという昔年の焦りがぶり返し、書店でふと本書を手に取ってしまった。
 第1章、単語の意味。「時計を見たら3時になっていた」というのを英語に訳すのが難しい、とある。日本語では時計で済むが、英語ではclockかwatchか、決めないといけない…。
 著者は、非常に簡単な例を出して、英語の単語が内包する意味の範囲と、日本語の単語の内包する意味の範囲が、必ずしも合致しないということを説明している。英語の教材でそういうところから始めていることと、説明の仕方に柔軟かつ緻密な論理性が感じられて、ひょっとしたらこれまでのものと違うかもと、思った。
 勘は当たった。面白い。comeの本当の意味するところが、指定された場所もしくは話し手に向かって近づくこと、というのも初めて分かる。これで、「I’m coming.」への違和感が消えた。
 第2章は代名詞。代表者としてのyouの話が面白い。目の前にいる特定のyouではなく、人一般を含んだyouで、取扱説明書などに出てくるyouがその典型だという。英語では主語がないと文章にならないので、youやtheyなどの代名詞が様々に使われる。
 だが我々は、英語で使われているような主語を使っていないので、英語で何か言おうとすると、とっさに主語でつまずいてしまう。著者もそのことに触れ、日本語には動詞の形を支配する主語は存在せず、「何々ハ」で示される「何々」は主語ではなく「題」である、という言語学者の三上章氏の説を紹介している。
 第3章は、センテンスの構造。ここが一番面白い。いきなり例のSVやSVOCではなく、一般動詞文とbe動詞文の説明から入っているのが新鮮だ。このあと第4章は動詞と助動詞だが、ともかく、面白くて最後まで一気に読めてしまった。
 もちろん、これですぐ英語が上達するなどとは思わないが、明かりも持たずに洞窟に入るようだった英文法の勉強が、面白いに変わったのだから、大変な違いである。
 これはひとえに、著者山崎紀美子氏のツボを押さえた説明が、英文法の暗闇を照らしてくれるからだ。たとえ対象がどんなものでも、的確に記述された文章は、面白く心地よい。
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日経ベンチャー2000/6/1

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 『無駄な社員は一人もいない』は松下幸之助を論じた本である。
 著者は松下電器産業の広報担当者として長年、松下幸之助に接し、人柄や部下への思いやり、謙虚さなどに深く感銘したという。松下電器が大きく発展したのは、ひとえに幸之助の人格と人間の大きさが部下を感激させ、奮い立たせたからだと主張している。
 著者は、幸之助というお手本がいるにもかかわらず、学歴や地位を鼻にかけ、社長になった途端に妻にまで威張りだす経営者が何と多いことかと慨嘆もする。幸之助以外の経営者に対して厳しいのは、著者が広報担当者として、ビジネスの裏側を見てきたからかもしれない。
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マネー敗戦

2000/10/26 00:16

日経ビジネス1999/2/8

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 1980年代の「日米貿易戦争」の裏面では、並行して「日米マネー戦争」が進行していた。メディアはこの戦争に気づかなかった。政策当局には、そもそもマネー戦略という発想がなかった。そして日本は、敗れた…。
 以上が本書の主張である。そして、この主張を裏付ける例として、日本が買い込んだ巨額の米国国債が、米政府のドル安誘導によって、95年の円高ピーク時には、約7割も価値を失ったことを挙げる。著者は、「極論すれば、アメリカが債務を負う相手国の国力を殺そごうと思えば、為替相場をドル安に誘導するだけでこと足りる」と言う。
 本書を読んで、「悪いのは米国だ、米国がドルの罠わなを仕掛けて、日本を破滅させた」と短絡的に思いこむ人が増えるのではないかと、いささか心配になる。
 確かに「マネー戦争で、日本は負けた」ように見える。敗戦とは、恐らくバブルの発生と崩壊、それに続く不況、日本の金融機関のテイタラクを、ひっくるめて言っているのだろう。
 しかし、それをすべて米国のマネー戦略のせいにするのは、わかりやすすぎるのではないか。
 ドル基軸通貨戦略が米国にあることは、著者の指摘の通りである。だが、そのためには、米国は自由貿易を維持し、国内市場を開放し続けねばならなかった。
 一方日本の戦略は、一貫して輸出立国である。それは米国が国内市場を開放し続けることが条件だ。つまり米国がドル基軸通貨戦略をとって米国市場を開放し続けることが、日本の輸出立国戦略にとって、必要条件であった。
 そして日本の輸出戦略は、あまりにもうまくいった。増え続ける対日貿易赤字によって米国はドル切り下げか、輸入規制か、二者択一に追い込まれた。日本は米国を保護貿易に走らせないために、ドル切り下げに協力し、稼いだ貿易黒字を米国債購入で還流させ、米国の経常赤字を補填した。つまり日本は輸出立国戦略を貫くため、ドル基軸通貨戦略を支えた。その結果、「貿易戦争」では今も勝ち続けている。
 著者はそんなことは百も承知で、あえてこの不幸な構造と、基軸通貨国米国の堕落に気づかせるために、「極論」しているのだろう。本書がベストセラーになり、その目論見もくろみは見事に成功した。が、ドル下落による保有米国債の差損を例に出すなら、逆にドル換算したときの日本の国内総生産(GDP)や国民所得が3倍近くに膨れ上がった差益についても触れないとフェアではない。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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「官吏は人間の屑である」と言い放って,民間による九電力会社体制を築いた男の信念の強さがまぶしい

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 電力の鬼と言われた松永安左エ門の伝記である。明治,大正,昭和にかけてぼっ興する日本経済のど真ん中を自由奔放に押し歩いた生涯なので,面白くないはずがない。福沢諭吉,福沢桃介,武藤山治,小林一三,山下亀三郎,池田成彬,近衛文麿,吉田茂,池田勇人など同時代の政財界の大物たちも,松永の強烈な光りを浴びて躍動している。そして,これらの人物の活躍を通じて,日本経済の鼓動も生き生きと伝わってくる。
 事実に基づいたノンフィクションで,人物を活写するのは難しいものだ。だが作者は松永だけでなく福沢桃介,小林一三,山下亀三郎,近衛文麿など多くの個性的な人物を,下手な小説では及びもつかないくらいに見事にそ生させた。
 作者が,松永のような強い信念を持つ骨太な人物を歴史からよみがえらせた意図は明らかだ。プロローグで,あえて松永の発言が問題を引き起こした「長崎事件」を紹介している。松永は,軍部と官僚が結託して統制経済を押し進めた昭和12年,内務省の超エリート官僚でもある九州各県の知事がヒナ壇に居並ぶ前で,聴衆の中小企業経営者たちに向かって次のように言い放ったという。
「産業の振興はみなさんの発奮と努力が第一です。官庁の力に頼るなどは,もってのほかです。官吏は人間の屑だ。官庁に頼る考えを改めない限り,日本の発展は望めません」
 松永のこの発言が,今日ほど身にしみる時代はないのではなかろうか。この発言のあと,松永は大蔵大臣就任を近衛文麿から要請されたにもかかわらず,統制経済が押し進められるのに反対して,引退してしまう。自説を曲げぬ勇気と鮮やかな出所進退,まさにタイトル通り「爽やかなる熱情」である。しかし,「官吏は人間の屑だ」をタイトルのどこかに入れた方が,多くの人に読んでもらえるだろう。それが,ちょっと残念だ。
(C) ブッククレビュー社 2000

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日経ビジネス2000/11/13

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  刺激的なタイトルだ。ナショナリストを広辞苑で引くと、民族主義者、国家主義者、国粋主義者と出ている。しかし、福田和也氏の言うナショナリストとは、そのいずれでもないようだ。簡単に言うと、異なるイデオロギーや価値観にかかわらず、根底に愛国心があればみなナショナリストだ、ということのようだ。
 それは分かる。しかし、そうなるとナショナリズムは愛国主義でいいのか。この疑問に、ナショナリズムは思想ではなくて、「自意識であり、美学である」と、福田氏は第1章で答えている。ナショナリズムが自意識だというのは、こういうことらしい。個人の意識あるいは精神は、既にこれまで先人が蓄積した思索や表現、そして歴史を土台としている。精神は、歴史の網の一部分だ。だから、それを意識することが、「自意識としてのナショナリズムだ」というのである。
 さて、問題は「美学としてのナショナリズム」だ。この場合の「美学」は、身の処し方、つまり国に対してどうかかわるか、その行動の美学と勝手に解釈すると何となく分かる。
 次いで福田氏は、自分の信奉するナショナリズムは、「治者の論理としてのナショナリズム」であり、「ナショナリズムは強者の徳だ」と言っている。それが一般的なナショナリズムと言えるかどうかはともかく、行動の美学ということであれば、“福田ナショナリズム”としては、了解可能だ。
 福田氏の主張は結局、正しいナショナリストは国のために美しく生き、美しく死ね、となるわけだが、問題はその“国”とは何なのか、ということである。福田氏は、「国」という言葉に、ステーツ(制度的な国家機構)、ネイション(民族・文化の層まで包含した国民国家)、カントリー(田舎、故郷)の3つの概念を含めてさらに文化・歴史まで含めている。様々な立場の愛国者がいるのはいいが、国のために生きる(死ぬ)基軸がある、それは「異世代間倫理」だと福田氏は主張する。簡単に言えば先祖から受け継いだものを守り、子孫に引き継ぐ。自分の世代だけで消費してしまったり、ツケを後世に残したりしないということだ。
 福田氏のナショナリズム論は、論としておおむね納得できる。ただし、まだ1つ確認したいことがある。福田氏は「天皇陛下の大御心」や「国民は天皇の赤子論」を持ち出し、「開かれた皇室を即刻閉じよ」と主張しているが、天皇制も日本の歴史の一部に過ぎないという考えの持ち主については、愛国者として認めるのだろうか。
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日経ベンチャー2000/6/1

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 『「落とし処」の研究—実践・交渉学入門—』の著者が、本書で様々な例を引いて繰り返し説いているのは、ビジネスに置ける交渉の場では、お互いが得をする合意点を見つけよ、ということである。著者はそれを「Both=Win」と言っている。
 著者の主張自体は新しい理論ではないが、本書の魅力はそういうことよりも、歴史上の偉人や名経営者のエピソードや、さらに囲碁の戦術まで持ち出して説明する著者の熱意にあるといえよう。
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宙返り 上

2000/10/26 00:20

日経ビジネス2000/1/17

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どういう気の迷いか、大江健三郎の『宙返り』を読んでしまった。以前の印象に比べると、随分読みやすくなっていて、思いがけず上下巻を一昼夜楽しんだ。
 まず、狂言回しのガンで死にかけた大学教授が、若い男に恋をし、ホモにめざめるというサブ・ストーリーがおもしろい。相手の若い男は「宙返り」した教祖に近づいていき、一緒に老教授も恋の道行きで危険な教団にかかわっていく。老教授は“恋”以外は常識的な都会のインテリで、作者は彼によって作品内部に冷静な視野を導入する。こう書くといかにも図式的だが、作者の性的な言語感覚は、相変わらず生々しさを保っていて、図式的どころか、本当のテーマはこっちにあるのかと思うくらいである。
 しかし、この作品の本当のテーマは、やはり「宙返り・その後」である。教祖は既に「宙返り」してしまっているのであって、残された信者も生き延びている教祖も、それぞれが自分で落とし前をつけねばならない。これは、無条件降伏で国ぐるみ「宙返り」した戦後の日本人が、懐に抱え込みながらなおざりにしてきたテーマでもある。
 2発の原爆。空襲による無差別焼き討ち。進駐軍のガムやチョコレートのバラマキに象徴される豊かさの、見せびらかし。こうしたことへの怨念が、「貿易立国」「技術立国」といった挙国一致的目標にリアリティーを付与し、経済成長を達成させた、その怨念も高度経済成長と、その後の円高とバブル経済で雲散霧消した。
 「宙返り・その後」の日本は、今エネルギーの収斂するポイントを失って立ち往生し、解体しつつある状況と言える。「第2の敗戦」などと言って、再び怨念のエンジンを起動しようとしても、それは無理である。
 そういうベクトルではなく、言い換えれば今は衣食足りて礼節を知ろうとしている段階だと思う。それが見つからないために、麻原的なものに流れる人々が出ているのではなかろうか。
 ガンで死にかけている老教授の恋の相手は、結局、宙返りした教祖と残された信者たちに落とし前をつけさせる役を演じるのだが、新しく生まれた教会がどのようなものとなるのか定かならぬまま物語は終わる。老教授は、教会の主催者となった恋人の直立したものを眺めてから、「ヤハリ、神ノ声ガ聞コエナクテハイケナイノカネ」と問いかけて死ぬ。
 神の声は聞こえなくてもいいが、勃起さえすればいいというものでもない。「宙返り・その後」の日本は、いよいよ正念場だ。
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日経ビジネス1999/8/23

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 アメリカの株高はバブルだ、と言う人が多い。しかも、もうじき破裂するという。素人が仕事もしないで毎日インターネットで売買を繰り返し、それを「デイ・トレーダー」などと呼んで持ち上げてきたが、ついに損をしたデイ・トレーダーが銃を乱射する事件を起こした。この事件はバブル末期を連想させるというのである。
 何となく納得してしまいそうだが、よく考えると、アメリカの企業がどう変わったのか、どこから資金が流れ込むのか、といったことを何も知らない。知っているのは、ダウ平均が10年で約5倍近くになったことくらいだ。それだけで感覚的に判断するのはいかがなものか、というわけでアメリカ株式投資の実践書である本書を覗いてみた。
 著者は「アメリカ株式は、割高ではあっても、決してバブルではない」と言う。バブルは、(1)上がるから買う、買うから上がるというスパイラル的上昇過程(2)その結果引き起こされる実体価値もしくは使用価値からの乖離──この2つが大きな特徴だが、「アメリカの株にはまだスパイラル的上昇過程は起きていない」のだそうだ。公定歩合を上げればダウ平均は下がるし、企業の業績もキャッシュフローで判断されているし、所有不動産の価値も収益還元法で評価されているという。
 一方、アメリカ株バブル説の人々は、インターネット関連企業の株の高騰をバブルの証拠として挙げる。赤字だらけの企業の株価が瞬く間に上昇している。それこそユーフォリアではないかというわけだ。この点は、本書の第8章「実態空間から仮想空間へ」、第9章「インターネット・ストック」で詳しく論じている。結論は成長への期待が高く、それが株価となって表れているので、バブルではないとのこと。実際にヤフーは期待通り飛躍的なキャッシュフローの増大が始まったとしている。
 著者は、ニューヨークに在住し「Benkei USA」というアメリカ株式投資についてのニュースレターを会員に発行し、ファンドも運営している。それだけに企業分析の手法など、非常に面白い。ただし本書は個別株投資の実践編なので、分析や投資手法の説明は、昨年出版された入門編『1,000ドルから本気でやるアメリカ株式投資』の方が分かりやすい。
 ところで著者は、日本企業の株は怖くて買えないと言う。アメリカの企業は分析に必要な企業情報がオープンになっているが、日本企業については信頼できる正確な情報が得られないからだそうだ。だとすると、今年になって急に上がり始めた日本株の方がミニバブルの危険があるのかも知れない。
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日経ビジネス1999/4/5

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 「情報の共有」とはどういうことか。正直言って、「データを共有して、メンバーが好きなときに情報を引き出せる」といった程度にしか理解していなかった。
 ところが、本書によると「情報」とは、「データ」「ナレッジ」「ノウハウ」という3つのレベルに区別されるという。そしてパソコンを使って「データ」を共有する程度ではダメで、「ナレッジ」や「ノウハウ」まで共有することが、これからの企業に必要だという。
 ところで筆者のような、英語の発音に少なからぬ心的外傷を負っている人間は、「ナレッジ」をしばらく考えて「なんだノーレッジのことか」と気づいた段階で、「ケッ」と思ってしまう。ところが、こういうひねくれた態度が「情報の共有」にはよくないらしい。
 また、「ノウハウ」の共有についても「苦労して身につけたノウハウを、簡単に教えてたまるか」と考えてしまうが、これはもっとよくないようだ。しかもなお悪いことに、筆者のようなオヤジは新しいシステムや考えをことあるごとに敵視する。
 確かに、こんな人間がごろごろしていては、「情報の共有化」は難しい。また都合の悪いことに、こういうオヤジが往々にして「ナレッジ」や「ノウハウ」を持っている。
 というわけで本書は、パソコン恐怖症および「パソコン=情報」という誤解を取り除くことと、電子メール時代のコミュニケーションのあり方にページの大半を費やしている。
 結局は人間関係論や日本企業文化論になってしまうのだが、著者はさすがに経営コンサルタントだ。ここで人生訓めいた世界には流れていかない。電子メールは文書と会話の中間のメディアになりうると位置づけてさまざまな利用法を示すとともに、情報の共有を可能にする環境のつくりかたを提案している。
 ところで、「ナレッジ」の意味だが、簡単には言葉で言い表せない「経験知」「暗黙知」「知恵」のことらしい。著者はうますぎるくらい上手な語り口で論を進めるのでスラスラと読んでしまう。本書は人間の心や文化、集団意識を経営にどう生かすかという、野心的なマネジメント論になっている。
 ただ日本人の多くは、「本音を言うときは敵か味方かをはっきりさせるとき」と思っているので、いかに会話と文書の中間の電子メールであっても、後に残るものではめったなことは言わないだろう。軽々しくそんなことをする人間は危険人物と見られてしまう。
 というわけで、本書を読んで、「情報の共有」がいかに難しいか、改めて考えさせられた。
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日経ベンチャー1999/5/1

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 『マネー革命』も刺激的な本である。NHKで放映された「マネー革命」を下敷きにまとめたものだ。金融資本市場のビッグプレーヤーたちがどんな変化を巻き起こしてきたかを追っている。放映されなかった部分の情景や取材の裏話などが盛り込まれていて、テレビ番組とは違った面白さがある。
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日経ベンチャー1999/5/1

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 『粉飾決算・取締役スケープゴート氏の悲しい体験』を読むと、つくづく会社というのは経営者しだいだと思わざるを得ない。
 ここに描かれた中堅専門商社の二代目オーナー社長は、まるで江戸時代の暴君である。主人公のスケープゴート氏は、都銀の支店長から、いずれ財務担当取締役にするという含みで商社に移籍した。しかし、権力者に対するチェック機構がない組織の中で、凄まじいイジメを受ける。そして入社八年目にしてようやく財務担当になった時、決算の粉飾に気づいたが、時すでに遅く、会社は破綻への道を進んだ。
 著者は、スケープゴート氏は自らの体験から描いた人物であると、潔く認めている。実際、体験がなければ書けないと思わせるリアリティーがあり、その迫力に引きつけられて、一気に読み終えてしまうだろう。
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日経ベンチャー1999/5/1

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 インパクトの強い三冊の後で、『新モノづくり企業が日本を変える』を読むと、何となくホッとする。日本人ほどモノづくりに向いた民族はないのではないかと、にわかに自信が回復する思いがする。モノづくりなら、投機や金融の世界のように人を出し抜く駆け引きもいらない。一つの目標に向かって、会社全体が一丸となって努力し、一体感を共有することができる。
 著者は中小企業論が専門の学者で、二五年間にわたって、製造業の現場を見てきた。その著者が、二一世紀型企業として例に挙げた六社は、日本の生き残りの方向を示していると思う。
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