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  3. 直塚和紀さんのレビュー一覧

直塚和紀さんのレビュー一覧

投稿者:直塚和紀

32 件中 1 件~ 15 件を表示

魚の声

2002/01/30 22:15

その声は何を伝えようとしているのか?奇妙な味わいのホラー短篇集

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 声。声とは何だろう。辞書で調べてみると、人類又は動物の発声器から出る音、物の振動から発する音、とある。ようは音なのだな、音。この世界は音にあふれている。山に行けば山の音、海に行けば海の音。街の中にはそれこそ何の音だか判らないような音があふれている。完全な無音状態は自然にはあり得ない。人はこれらの音の奔流の中で生きている。
 だとしたら音と声を分ける境界線は何だろうか。何かを伝えようとする意志のある音、それが声ではないだろうか。もし声というものが思いを伝える音ならば、全てのものに声があってもおかしくはない。それが生き物でなくとも。この『魚の声』はそういう本である。ちなみに“さかな”ではなく“うお”の声だ

 10の短編からなるこの本はそれぞれの短編に「〜の声」とつけられている。それぞれの声の持ち主は何を伝えようとしているのか。

「鳥の声」言葉を持たない山暮らしの男が予言する戦慄の日。
「祈る声」大事故の中、たった一人生き残った男はかつての同級生だった。
「風の声」風の強い谷間の村で風が読めるという男の語ったことは。
「夢の声」別れた妻を訪れた時に出会った男の意外な正体。
「樹の声」密林から生還した男が友人である医者に語った、信じられない出来事。
「波の声」友人二人が相次いで変死した船長の過去、そして友人達が死の直前に聞いたという女の声。
「山の声」密猟をしに山に入った男達が見た謎の老人、彼の目的は何か。
「呼ぶ声」命の危険がある直前必ず現れる子供時代の友人。今また彼が現れたのは何故か。
「闇の声」ペンションに泊まった老夫婦に聞こえる地響きと地鳴り。
「魚の声」ピッキング強盗が危険を冒して一度侵入した家に再度侵入したのは何故か。

 受け取る側にその声を聞こうという姿勢がなければ声はただの音でしかない。多くの意思伝達手段がそうだが、特に人ならざるものの声は聞くものの姿勢が問われるのだろう。世の中にあふれる種々の音に耳を傾けるべきなのかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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作家小説

2001/10/31 22:16

まさしく作家だらけの連作小説

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 有栖川有栖で「作家小説」といえばファンは火村英生すぐに連想するのだろう。一般に作家アリスシリーズといわれているやつである。だが、この「作家小説」には火村英生も有栖川有栖も登場しない。シリーズのファンには少し残念かもしれないが、このことはこの本のマイナス点ではない。むしろキャラクターものに嫌悪感のある人や有栖川未体験の方でも手が出しやすくなっているのではないだろうか。

 週刊小説や幻冬舎のPR誌「ポンツーン」に掲載されたものに書き下ろしの「奇骨先生」を含む8つの短編。そのどれもが「作家」と「小説」をキーワードにしている。その中でも作家をモチーフとした作品は、どれもミステリのトリックやプロットを創る辛さや大変さが描かれている。それはもうこれでもかと言うほどに。もしかしたら有栖川有栖はミステリ創作に飽きている? 疲れている? または次々と新しいものを貪欲に要求する読者に辟易している? そんなことを深読みしてしまう。

 今ひとつぱっとしない作家がベストセラー作家への野望をたきつけられ、連れて行かれた地下室で驚くべきものを目にする「書く機械(ライティング・マシン)」。締切二日前になっても構想すら浮かばないミステリ作家に刻一刻と締切が迫る「締切二日前」。生まれ故郷での初めてのサイン会を嫌々ながらすることになった新人作家の回想「サイン会の憂鬱」。漫才形式でミステリ小説界の内情を鋭くえぐる? 「作家漫才」。地元在住の作家に作家志望の高校生がインタビューする「奇骨先生」等、とにかく作家、作家、作家。まさしく作家だらけの連作小説。看板、いや帯に偽り無しだ。

 どの短編にも共通の登場人物などはない。いわゆる本格度は低く、どちらかというと筒井康隆や星新一を思わせる。しかし有栖川有栖独特の文章の匂いみたいなものが全編にあふれている。内容も装幀もとてもきれいな仕上がりだ。ミステリ作家の内面に迫った(ように錯覚できる)イカした本である。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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Wドライヴ 院

2001/10/03 22:16

『19ボックス新みすてり創世記』を全面改稿した、いかにも鬼才らしい一作

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 『コズミック 世紀末探偵神話』で第2回メフィスト賞を受賞しデビューした清涼院流水。自らの作品を「流水大説」という1ジャンルだと言い切り、その破天荒な世界観、キャラクター、原稿枚数で賛否両論を巻き起こしてきた。その彼の21世紀初の、そして22冊目の本がこの『Wドライブ 院』である。

 『Wドライブ 院』は講談社ノベルスの『19ボックス 新みすてり創世記』の文庫化だが、文庫化に際して4編の連作であったものを2編に削っている。しかも1編は全面改稿、残る1編は設定のみを生かした全面書き下ろしでほぼ新作である。

 アナグラム(文字の並べ替え)や語呂合わせなどはミステリにおいてはダイイングメッセージなどに数多く使用されてきた。清涼院作品においてはトリックや見立てだけでなく文中にも頻繁にそういった言葉遊びが用いられる。頻繁どころの騒ぎではなく、それなしではページが構成できないほどである。「4649」を「ヨロシク」といった感じのものが機銃掃射のように入れ込まれている。こういった言葉遊びにトラウマでもあるのかと思ってしまう。今回もその傾向は強くなっている。文庫化に際して4編から2編にしたのも22冊目の本、「22」、「二重・二重(ダブル・ダブル)」、「二重性」、「二重の意味(ダブルミーニング)」という流れを意味したものだと自らまえがきで書いているほどなのだから。

 そういったこだわりが物語全体をも支配している。平凡な中学校で人から人へと渡っていく「幸福のMEMO」。「50分以内にこのメモを回せ。さもないとおまえは幸福になれない」といったよくあるものだ。他愛のない悪戯と思われたそのメモ。しかしそのメモのタイムリミットは49、48……とだんだん減っていく。数字の減少を描く「DRIVE 1」。ある日目覚めると自分が二人になっていた。平凡な大学生木村彰一を襲った信じられない出来事。数字の増加を描く「DRIVE 2」。

 減少と増加、アナグラム、語呂合わせといった言葉遊び。さらに全編読了して初めて判る仕掛けや過去の作品ともリンクしている部分など清涼院ファンならば外せない作品だろう。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター 2001.10.04)

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アンダーワールド 上

2002/07/12 22:15

アメリカとは何か?冷戦時代に遡ってその真の姿に迫る大作!

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 著者のドン・デリーロは、日本での知名度こそ今ひとつだが、ポストモダン文学の一翼を担う存在として、アメリカで高い評価を受けている作家である。現代アメリカを描かせれば間違いなく一、二を争う作家だろう。
 彼の作品の特徴はアメリカに対する鋭い観察だ。1985年に発表され、全米図書賞を受賞した『ホワイト・ノイズ』ではマスメディアに依存し、踊らされる家族を描いた。偏った情報に一喜一憂する家族の有様は、その後に起こった湾岸戦争の情報に騒ぐ国民の姿を見通していたかのようである。今作『アンダーワールド』はアメリカに対する鋭い観察眼はさらに大きな視点に変わっている。

 1951年10月3日。ニューヨークのポログラウンド球場。ブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ドジャースの優勝決定戦である。世紀の一戦を見るために改札ゲートを突破する子供たち。それを追いかける警備員。まるでノーマン・ロックウェルの描く古き良きアメリカのような情景である。劇的なホームランで優勝を決めるジャイアンツ。この試合をフランク・シナトラたちとともに観戦していたのが、FBI長官フーヴァーである。そのフーヴァーの元にソ連の核実験成功の報せが届く。

 このようにして始まる物語は、歴史上の事実をなぞりながらどんどん現代に近づいていく。その中には歴史や記憶に残る有名人たちが顔を出し、それと同時に歴史に名を残すことのない人々の生活がリアルに細かく描かれていく。むしろそうした無名の普通に暮らしている人々の何気ない生活こそがアメリカなのだと言わんばかりに。そして、その背後には常に米ソ冷戦の影が見え隠れする。
 デリーロは、冷戦がもたらしたマスメディアとテクノロジーの進歩が、アメリカという国家とそこに生きた人々に何を与えたのかを壮大な物語として描いている。「世界の警察」と揶揄をこめて語られるまでになったアメリカの近過去を振り返り、未来への警鐘とするつもりだったのか。劇中で象徴的に登場し、上巻の表紙にも使われている「あのタワー」がそう物語っているようだ。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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バカラ

2002/06/10 22:15

ギャンブルに魅入られた人間たちのあがきを描くノンストップサスペンス

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 直木賞候補に挙がったデビュー作『龍の契り』では香港返還を、吉川英治文学新人賞を受賞した第二作『鷲の驕り』では米国特許を、『ディール・メイカー』では米国の巨大企業買収をテーマにして国際社会を描いてきた、服部真澄。彼女が選んだ次の舞台は日本、そしてギャンブルである。あまり知られてはいないが日本人が一年間にギャンブルに使う金は優に七兆円を超える。小国の国家予算を遙かに上回る数字だ。最近話題になっている公営カジノが現実のものとなれば、その額は更に膨れあがるだろう。

 インターネットビジネスで巨万の富を得た日継育は、日本のビジネス界で成功を収めながらも何か虚無感のようなものを感じている。
 大手出版社に勤める志貴大希は、高収入の仕事、美しい妻を持ち、理想の夫婦と周囲からは見られているが、かつては情熱を注いだ仕事に興味を失ってしまっていた。流されるように生きていくうちに、アンダーグラウンド(非合法)のカジノにどっぷりとはまりこんでしまい、借金の総額も何百万単位になっていた。しかし、現実感を持てないまま、カジノ通いがやめられないでいる。
 フリーライター・明野えみるも理想と現実のギャップにとまどい、道を見失っていた。綺麗な服もオシャレな暮らしも満足を与えてはくれない。
 欠落感を抱えたまま人生を送る人間たちの前に「ギャンブル」を巡る得体の知れない何かがうごめいていた……。

 本書のタイトルである「バカラ」とは元々ヨーロッパ貴族の遊びだったカードゲームだ。ルールが単純なため、ゲームのテンポが速く、大金が動く。ブラックジャックによく似ているが決定的に違うところがある。簡単に言えばバカラは、架空の2人の勝負のどちらが勝つかを賭けるゲームである。カードを引くか引かないかすら自分で決めることができない。プレイヤーは全くカードに触ることなくゲームは進んでいく。自分でゲームをコントロールできない歯がゆさ。それでもどうにかしようとあがく人間。巨大なゲームを前にカードに触れることすらできない、そんな人間たちの姿がこの物語には描かれている。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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紙の本

2002/05/27 22:15

乱歩賞作家が挑む、「過去」と「罪」を背負った男が巻き込まれた犯罪

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 貴方には愛する人がいるだろうか。何物にも代え難い、絶対に失いたくない、愛する人が。もしその人が誰かに奪われてしまったら貴方はどうするだろうか。その奪った相手を憎むだろうか。この世から消してしまいたいと思うほどに。だがその奪った相手が自分の親だった時──その時、人はどうするのだろう。

 脇坂修は成田空港利用者向けの駐車場で働いている。毎日の仕事に面白みはなく、単純な作業の繰り返しだ。自分の仕事に意義を感じているわけでもなく、給料も大して良くはない。友人も作らず、恋人もいない。単調で無味乾燥な日々を送っている。外界にいながらもまるで囚人のような日々。だが彼にはそういった日々にこそ意味があった。彼はかつて罪を犯し刑務所に服役していたのだ。

 彼が密かに思いを寄せる女性がいた。その女性、川野朝子は彼にとっては従妹にあたる。幼い頃から兄弟のように育ち、成長してからもずっと一緒だった。修はいつしか、妹のように思っていた朝子を異性として見ている自分に気がつく。だが自分の倫理観から一線を踏み越えられないでいた。
 ある日久しぶりに実家に帰った修が目にしたものは父親と朝子との情事の痕跡。気がつくと修は父親を殴り殺していた。愛してはいけない女性を愛し、そのために実の父親を殴り殺した罪。その罪を償う為に、彼は朝子のそばで自分を押し殺して生きていこうと決めていた。
 日々は淡々と続いていた。修の上司が彼に非合法のバイトを持ちかけるまでは。それは海外逃亡する人間を一週間匿うことだった。罪を償うためにすべてを押し殺してきた男は、自らの意志に反して犯罪に巻き込まれていく。

 犯した罪は消えることはない。法で裁かれ、牢獄に繋がれようとも、消えはしない。加害者でもあり、遺族でもある脇坂修。出所した後もなお、後悔の鎖に繋がれたままである。人は自ら犯した罪を贖うことが出来るのか。そのために下される「罰」はどのようなものなのか。この物語で彼に下される「最後の罰」は彼の罪を贖うに足るものか。自らの目で確かめて欲しい。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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幻想小説大全 鳥獣虫魚

2002/05/07 22:15

3冊分が1冊にまとまったボリュームたっぷりの名作選

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 大全の名にふさわしいボリュームと内容を持った本である。1994年に刊行された『幻獣の遺産』『夢見る妖虫たち』『釣魚の迷宮』の3冊を1冊にまとめたのだから当然といえば当然なのだが。
 古今東西の幻想短編を集めたこの本は、収録されている作家陣も豪華だ。一般的に知名度の高い作家で言えば、H.G.ウェルズ、レイ・ブラッドベリ、小松左京、筒井康隆、谷崎潤一郎、太宰治などの名前が挙がる。この他にもクトゥルー神話で有名なオーガスト・ダーレスや、映画『怪獣ゴジラ』の香山滋、『紅テント』の唐十郎などが続く。どのような作家の、どのような短編が収録されているかを書いていくだけで書評の規定文字数が埋まってしまう。これだけ詰め込まれると紹介しようにもどこから手を付けていいか、正直迷う。本書のさわりしか伝えられないのが非常にもどかしく残念である。

 サブタイトルに鳥獣虫魚とあるように本書には鳥や、虫などをモチーフとした短編が集められている。幻想小説と言うと幻獣どもが闊歩していそうだが、本書に登場する動物たちは至って普通の(中には例外もあるが)図鑑に載っている動物たちである。ドラゴンやユニコーンなどの幻獣の手を借りるまでもなく普段身の回りにいる虫や鳥等でも十分に我々を異界に連れて行ってくれるのだ。
 しかし鳥獣虫魚とはいうものの、モチーフとして登場する割合は圧倒的に虫と魚が多い。カフカの『変身』やラヴクラフトの『インスマスを覆う影』を引き合いに出すまでもなく、怪奇、幻想小説の中では多く用いられているからだ。ビジュアル面の気持ち悪さと、表情や感情の無さがポイントだろう。やはり、少しでも心通いそうな気のするほ乳類はこの世界では分が悪そうだ。

 持ち歩いて、電車の中などで読むにはちょっと辛いボリュームだが、3冊分がまとめて読めるのだからその点は我慢すべきだろう。恐怖と怪奇ファンは必読である。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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紙の本黄昏という名の劇場

2002/04/26 22:15

黄昏の魔に魅入られた者たちの8つの奇譚

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 黄昏時。黄昏は「誰そ彼(たそかれ)」である。太陽が沈み始め、夜の闇が世界を覆い始める。近づいてくるものの顔すらわからず、誰だろうと推測しなくてはならない時間、それが黄昏時である。別名を「逢魔が時」。魔物たちが跳梁跋扈する闇の時間帯である。
 この現代においても黄昏時、逢魔が時は生きている。交通事故の多い時間帯であり、行方不明者が出やすいのもこの時間帯だ。薄明かりで見えにくくなってるだけではない。黄昏時には何か得体の知れないものが跋扈しているのだ。

 この『黄昏という名の劇場』は黄昏時に囚われた男が出会う不思議な話を集めたものだ。8つの短編は時代も場所もテーマも異なり、バラエティに富んでいて飽きさせない。

 大航海時代の海軍士官が乗り合わせた船での惨劇を描く「人形たちの航海」。たった一つの懐中時計を手に探偵の元を訪れた「猫」と名乗る少女が父親の捜索を依頼する「時計譚」。色とりどりの美しい花に彩られた庭園を持つ屋敷。その館に派遣された家庭教師は確かな違和感を覚えるが……「鎌の館」。盗賊・赤帽子が目をつけた獲物は羽振りのいい旅の男。その男を襲おうとする赤帽子に起きる不思議な現象を綴る「雄牛の角亭の客」。広大な図書館の中でそれぞれ自分にとってのたった一冊の本を探し求める者たちを描く「赤い革装の本」。有名な探偵が乗り合わせた列車の中で起こる密室殺人を描く「憂い顔の探偵」。未亡人の前に、冒険家だった亡き夫の愛犬が現れる「魔犬」。そして全ての黄昏を紡ぐ「黄昏、または物語のはじまり」である。

 どの物語にも共通しているのは、黄昏時に始まっているということだけ。物語ごとに様々な黄昏時が描かれていく。これらの物語は様々な黄昏を描きたいだけがために紡ぎ出された物語ではないのかと思えるほど、その黄昏は蠱惑的だ。物語に登場するのは逢魔が時に取り込まれ、異界の扉を開いてしまった者たち。作者自身もその一人なのかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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自由恋愛

2002/04/26 22:15

「いい人」「優しい人」こそが本当は恐ろしい

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 岩井志麻子といえば、岡山・明治・貧乏である。何かの本で自らそう書いていたので間違いないだろう。いわゆる十八番というヤツだ。だから本作もその路線だとばかり思っていた。それにしてはタイトルが『自由戀愛』と、岩井志麻子らしくないタイトルなのだが。

 舞台は大正時代の東京。大した苦労もなく幸せに育ってきた明子は、女学生だった頃を過ぎても未だに若く美しい。愛する夫・優一郎と裕福で幸せな結婚生活を送っている。子供ができないことを姑に責められるのが悩みといえば悩みだろうか。
 そんな明子がいつものように銀座に買い物に出かけた時、学生時代の友人に会う。そこで共通の友人だった清子の話題になった。嫁いだ先で夫が妾を囲い、挙げ句の果てには離縁されて実家に戻っているというのだ。
 華やかな明子とは全てが対照的だった清子。幸せな自分をかえりみて、清子を何とかしてやりたいと思った明子は清子のもとを訪れた。自分の夫の会社で働いてみないかと持ちかけるためだ。清子はその申し出を受けることにする。全く別々に流れていた二人の人生がこの日を境に奇妙に、そして強く交わり始める。

 今回は明治でも岡山でも貧乏でもない上にホラーでもない。幽霊も出てこなければ連続殺人も起きない。それでいてとても岩井志麻子らしい作品だ。
 二人の女の恋愛小説、といえば恋愛小説なのだが、根底に流れるのはやはり恐怖である。生き霊などというあやふやなものでなく、生の人間の恐ろしさである。
 この物語には自分が良いことをしていると信じる人が多く登場する。自分のしていることは正しい、これは優しさなのだと。それ自体は悪いことではない。ただ、自らが正しいと信じる人の言動は時に独善にすぎる。善意の言動が、悪意のあるそれよりもひどく相手を傷つけることがある。同様に、悪意がないことが最悪の結果を招くこともある。この小説の中で繰り返し描かれる「いい人」「優しい人」が恐ろしい。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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紙の本幽幻街

2002/04/26 22:15

自作解説もついた作者お気に入りのホラー短篇集

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 11の短篇からなるこの短篇集は、いくつかの雑誌に発表されていた短篇をまとめたものである。そのうち5編は「異形コレクション」に収録されていたものだ。すでに刊行されている『死愁記』と『妖愁』、この『幽幻街』でかつて「異形コレクション」に収録された短篇は全て再録されたことになる。一読者としてみれば、もう一度短篇がまとめて読めるのはありがたい。

 南の島でバカンスを過ごす夫婦が受けた意外な歓待を描く「黒丸」。
 サラ金の取り立て人が取り立てに向かった新興宗教本部で出くわす不可思議な事件「サラ金から来ました」。
 売れない役者のもとに舞い込んだ信じられないような仕事の依頼「化粧」。
 サーカスとともに現れた転校生。彼のバイク芸に隠された秘密を描く「オータム・ラン」。
 ある女からの求婚に対する返事の手紙、その内容が信じられない方向に変化していく「安住氏への手紙」。
 互いに求め合っても体を交えることができない男と女の謎「漬け物ならぬ」。
 切れ者の女課長が恐れる曲がり角の秘密「曲がり角」。
 求婚者が引きも切らなかったという絶世の美女がいた。そんな伝説が残るホテルに現れた謎の美女の目的を探る「求婚者たち」。
 理由のわからない孤独感に悩まされ、突き動かされる男の恐怖「大海」。
 二十数年前、空中に現れた男の「風の十字架」。
 平和だった家庭で娘が突然変わっていく恐怖「娘の正体」。

 これらの短篇の登場人物たちは皆、怪異・超常現象に独特のスタンスを持っている。恐れるでもなく否定するでもなく、ごく自然に受け入れるのだ。実際に怪現象に出くわすと、人はこうなるのかもしれないと妙なリアルさを感じる。どの短篇も、作者のお気に入りというのもうなずける。あとがきでは作者自ら「蛇足かもしれぬが」、と断りを入れつつ収録作品の解説をしている。おまけとしても十分楽しめる。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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死ねばいなくなる

2002/04/26 22:15

作者の実体験がふんだんに盛り込まれた初期短篇集

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 『残光』で第54回日本推理作家協会賞長編部門を受賞した東直己の短編集である。書き下ろし1編を含めて6編からなる本書は、92年の作家デビュー前後の作品を集めたものである。そのためか、本書はいわゆるミステリーの短編集ではない。殺人事件も起きないし、探偵も登場しない。トリックやハードボイルドとも縁遠い。日本推理作家協会賞を2度も取っている作家の作品としては意外な感じだ。

 東直己は数々の職歴を経て作家になっている。この本に収められている作品のほとんどはプロデビュー前のものなので、その様々な職業の経験が生々しくふんだんに盛り込まれている。「作家以外の仕事は、その経験を作品に反映しなければ損だ」といわんばかりだ。舞台はほとんど北海道で、その職業は著者が経験した職業なのではないか、と思わせるものばかりなのだ。

 「梅雨時雨」の主人公はススキノにある中華料理屋に勤めているし、「死ねばいなくなる」は作者の職歴にもある、タウン雑誌の編集者が主人公だ。「逢いに来た男」はススキノの風俗街に来た学生の話である。「ビデオ・ギャル」はタイトルから、また風俗ものかと思うかもしれないがさにあらず。北海道の大物デザイナーの話である。だがここでもやはりタウン誌の編集者が登場する。

 ストーリー自体が幻想的なものなので、登場人物にはリアル感を持たせたかったのだろうか。自分が経験したことだから一番よく知っているし、リアルに書くことも出来る。だから自分の経験した職業を使ったのではないか。
 こう書いてみれば当たり前のことなのだが、それだけではないようにも思える。作家として全国デビューする前の「今やっている職業はいずれ作家として大成するための経験値稼ぎなんだ」という執念が見え隠れするような気がするのだ。その証拠に、作家デビューを果たしてからの作品である「困っている女」では舞台も北海道と特定されず、作者とダブる存在もいない。過去の強い思いが残された作品集、というのは考えすぎだろうか。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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メロス・レヴェル

2002/04/25 22:15

愛情と信頼の絆を試す究極のゲーム、それが「メロス・ステージ」。出場者は何を手に入れ、また失うのか?

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 携帯電話で話す者がいないどころか、会話1つなく静かな電車内。ゴミ一つ落ちていない駅の構内、酔っぱらいがつぶれていることもない。全員が一目散に家路を急ぎ、目指すのは家族の待つ食卓。食卓に並ぶのは白いご飯に味噌汁、野菜の煮物に刺身、卵焼き。ある意味、美しい家族の姿だ。ただしそれが国家に強制されているものでなければ。

 『メロス・レヴェル』で描かれているのはこういう日本だ。国民1人1人にID番号が与えられ、個人情報は全て国家に掌握されている。月に1回は必ず家族が午後7時までに帰宅し、食卓に揃わなくてならない。その時のメニューは必ず和食。これが国家が強制する「ファミリー法」だ。
 その法律が行き着いた先が「メロス・ステージ」である。全国家レヴェルで開催されるこのイベントは愛情と信頼の絆を競う舞台である。レヴェル1から5までの5段階に分けられ、政府によって選抜された10組の出場者が2人1組でこのステージに挑む。
 「メロス・ステージ」のメロスとは言うまでもなく太宰治の『走れメロス』から取られている。人の絆を信じない王に、友情と信頼を見せるために命をかけるメロスとセリヌンティウスのように、日本国民に「人の絆とは何か」を強く知らしめるイベントだという。
 各組はメロス役とセリヌンティウス役に分かれ、各レヴェル毎に、二人の絆の強さを試すゲームに参加する。最終レヴェルに勝利すれば数十億円が手に入る。だが各レヴェルで負けた組は身体的なペナルティを受け、最終レヴェルでは生命を失う。しかもゲームをするのはメロス役、ペナルティを受けるのはセリヌンティウス役である。文字通りメロスに全てを預けるわけで、これ以上の信頼や絆もないだろう、というのだ。様々な理由から出場を決意する者たち。自らのもしくはパートナーの命をかけたこのゲームで出場者は何を手に入れ、また失うのか。
 家族という構成が意味をなくしつつある現在、この作品は絵空事ではなくなるのかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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オタク記号満載で描かれる「鏡家サーガ」第二作。キャラ立ち抜群の女子高生たちと密室殺人事件!

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 『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞し、華々しくデビューした佐藤友哉の2作目である。前作も賛否両論、真っ二つの評価だったが、今作『エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子ときせかえ密室』はどうか。
 今回も舞台は北海道。主人公は鏡稜子という女子高生だ。この物語は前作『フリッカー式』の前日譚である。前日といっても、2007年という設定だった『フリッカー式』の11年前、1996年が舞台だ。主人公が属する鏡家にはまだまだ兄弟がいるらしいのでこのシリーズはこの先も続きそうだ。鏡家サーガとでもいうべきか。
 前作を強く印象づけたオタク記号の氾濫ぶりは今回も健在だ。知らない人間にはナニのことやら判らないし、会話にすら思えないかもしれない。今回はこれが炸裂──というか乱射というか、前作に比べて3割ほど増えたページ数は全てこのせいではないかと思えるほどだ。「デビルマン」、「機動戦士ガンダム」、「ジョジョの奇妙な冒険」、挙げていけばきりがない。このオタク記号の嵐に加えて、キャラクターの設定がまたとんでもない。
 鏡稜子は同人誌を作っている。同じクラスにいる山本砂絵は人肉しか食べることが出来ない。しかも食べることによってその人間の記憶を見ることが出来る。同じくクラスメイトの香取羽美はコスプレにハマっており、社会との接点が上手く持てないでいる。2002年の現在でこそそれなりに認知されているコスプレであるが、1996年の北海道では周囲の理解を得ることは難しかっただろう。この3人のクラスに、ある日、美少女・須川綾香が転校してきた。
 これらの強烈なメンツが揃ったところで不可解な密室殺人事件が起きる。事件に巻き込まれた4人それぞれの運命やいかに!
 コスプレ、同人誌制作・販売、コミケ会場など興味のない人には全く判らない会話や情景描写が続く中、異様な事件が展開されていく。オタクには当然の描写もアニメに詳しくない人はさっぱりだろう。そういう人もこの本を読めば彼らなりの心境や苦労がわかるかもしれない(知りたいかどうかは別にして)。でも、もっと嫌いになるかもしれないという諸刃の剣でもある。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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紙の本呪禁官

2002/03/29 22:15

科学よりも魔法が進んでいる世界を舞台にした呪禁官養成校の生徒たちの闘い

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 現在、世界は科学によって成り立っている。世界の謎を解き明かしているのは科学で、人間の体内から宇宙まで科学が及ばないところはない。普段何気なく使っている携帯電話や今これを読んでいるパソコンのモニタも科学の産物である。魔法や呪術は前世紀の間に駆逐され、世界の片隅へと追いやられた。科学で解明されていない、“非”科学的なものは存在しなくなった。だからファンタジーや伝奇は「そんな非科学的な」と一笑に付されることがままあるのだ。

 だが、魔法が科学同様、一つの技術として認められ、効力を発揮している世界があったとしたらどうだろう。それがこの『呪禁官』の世界だ。
 この世界観がいわゆるファンタジーと一線を画しているのは科学と魔法の共存である。火を付ける呪法があっても煙草に火を付けるのにわざわざ長い呪文を唱える人間はいない。ライターを使う方が早いということだ。ただ、新しい技術が尊重されるのはいつの世も変わらない。その結果、『呪禁官』の世界では、科学はその地位を呪術に譲ることになる。また新しい技術が生まれればそれを悪用する人間も出てくるのも世の習い。それを取り締まるために生まれたのが「呪禁官」である。

 葉車創作、通称ギアは呪禁官養成校の生徒。ギアの父も呪禁官で、ある捜査中に命を落とした。その意志を継ぐべくギアは仲間と共に訓練に励んでいた。ある日、彼らが訪れた国立呪禁センターを科学者のテロ集団「ガリレオ」が襲撃した。その頃、世界征服をたくらむ不死者・蓮見もある呪具を狙ってセンターにいた。ギアたちに危機が迫る。

 呪禁官はあらゆる呪術のエキスパートである。中国古代の呪法、禁呪法を使い、カバラの護法で身を守り、五芒星を刻んだ硬貨形の護符を使う。敵対する者も式神を飛ばし、ゴーレムを使い、天使を召還する。まさに古今東西の魔術呪術が乱れ打ちである。
 そして魔術カルトではなく科学カルトが魔術に対してテロ行為を行うのも痛快だ。これを読むと魔法は科学で“まだ”解明できていないだけかもしれない、とも思える。魔法好きも科学好きも一度読んでみる事を薦める。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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ガンマンの伝説

2002/03/29 22:15

主人公はワイアット・アープ。ハードボイルドの巨匠が西部劇に挑んだ意欲作

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 もう30年近くも続いている「私立探偵スペンサーシリーズ」。ハードボイルドといえば必ず名前が挙がる探偵シリーズだ。その作者のロバート・B・パーカーが西部劇を書いた。たしかに西部劇は「男が男臭い男でいられた」時代の話である。小難しいことを考えずとも全てがハードボイルドなのだ。
 しかも主人公はワイアット・アープ。西部劇史上最も有名な激闘「OK牧場の決闘」で一躍有名になった男である。当然、西部劇全盛時には「OK牧場の決闘」をはじめとして、何度も映画化されている。近年でもカート・ラッセル主演の「トゥームストーン」、ケビン・コスナー主演の「ワイアット・アープ」がほぼ同時期に公開されて話題を呼んだ。
 すでにワイアット・アープに関しては様々な角度から語り尽くされているのではないかとも思える。わざわざハードボイルドの巨匠が題材にするまでもないのではないだろうか、と。しかしそんな心配はいらなかった。今までの映画のように派手なガンアクションを描くのではなく、静かに西部の町と人々を緻密に描いている。
 乾いた空気、当時の粗悪なウィスキー、砂埃、火薬の匂い、拳銃の感触。どれも皆リアルに描かれている。ワイアットを「正義の保安官」という形に押し込めるのではなく、西部時代に生きた一人の男として描いていくのだ。兄弟たちと深い絆で結ばれている様子や、親友であるドク・ホリディとの交流、心奪われた女性との再会などを織り交ぜながら、物語は進んでいく。あの有名な激闘に向かって。
 舞台が西部というだけで、これは完全にハードボイルドである。西部劇、ハードボイルド双方のファンにお薦めする。ただ、唯一にして最大の難点は「セリフ」である。あまりにもストレートなセリフ回しで逆に読みづらくなっている。逆に言えばこれは映画の脚本のようなものだ。頭の中でキャスティングをして口調などを脳内補完する読み方がこの本には適しているかもしれない。 (bk1ブックナビゲーター:直塚和紀/ライター)

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