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伊藤竜太さんのレビュー一覧

投稿者:伊藤竜太

46 件中 1 件~ 15 件を表示

優しい歌Mr.Children詩集

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 流行歌の詞はたいてい、それだけでは活字にして読むと物足りない。歌って、耳に聴こえる音にしてはじめて歌詞としての価値を持つのがふつうだ。ところがこの本を手にしてみて、ミスチルの詞はちょっと違うということが分かった。彼らの詞は生きとし生けるものの「問い」に満ちているように思える。何のために生きていくのか、この愛のゴールはどこにあるのか……というような答えのない問いが根底に流れているように思える。

 心の傷は両手からこぼれて逃げて 癒されない想いをかかえながら それでも、人は過ぎたことのひとつひとつを忘れて明日という繰りかえしを生きるもの。そんな人の心模様を深く感じさせる。

<人は悲しいぐらい忘れてゆく生きもの/愛される喜びも 寂しい過去も>
(「Tomorrow never knows」より)

 こんなフレーズが、美しい地平線の画に重ねられた白抜き文字によって痛々しく目に響く。活字との絶妙なアンサンブルを演じる数々の写真も、懐かしく 切なく 今を精一杯生きる者に心の行き先を問いかけてくる。

<あぁ 何処まで行けば辿り着けるのだろう?/目の前につまれた この絶望と希望>
(「NOT FOUND」より)

 どこへ行けばいいのか、と問い続けることにきっと意味がある。

<嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう/もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅>
(「終わりなき旅」より)

 歌で味わう以上に、詩と写真のハーモニーが与えてくれる深い感動。耳よりも目から得る情報に馴らされてしまった私たちには、視覚にうったえる癒しが新鮮であるらしい。

 ただのファン向けのアーチスト本ではない。一冊の詩集であり、一冊の写真集として、『優しい歌』が語りかけてくるものは大きく、深い。今という時を、自分自身を大切にするためにもぜひ、手にして欲しい一冊である。

(伊藤竜太/フリーライター)

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紙の本馬耳東風

2001/07/23 12:25

馬耳東風

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 稲垣吾郎といえばSMAPの中では決して目立つ存在ではない。だからと言って誰も彼を知らないわけではなく、むしろ独特の存在感を放っていて、気が付くとテレビの番組を見終わってからいちばん長時間、脳裏に印象が残るのが吾郎くんだったりする。なぜ彼の静かさは人の心を動かすのか?

 「馬耳東風」にしたためられた言葉には、吾郎くんのモノを見る目のまっすぐさと、曇りのない純粋さが感じられる。謙虚に、しかししっかりと自分を持ちながら世の中を見て、人を見て、自分の目で見て考えて行動する彼の心の平静こそが、不思議な魅力を醸し出す「マイペース」の秘密なのである。仕事で海外へ行ったときの話、他の芸能人の話、キムタクの結婚の話、食べ物の話など、どれを取ってもまわりに流されることなく、100%吾郎くんの言葉でささやかな想いの数々が綴られている。ささやかな想い、ひとつひとつの物事に対する率直な想いを大切にして生きる誠実さが、彼の魅力。

 この本を読んでひさしぶりに「誠実さ」というものに触れたような気がする。金額、売上、成績など数字ばかりが支配するこの社会の中で、誠実な人の心に触れることほどありがたく、癒されるものはない。贅沢としての癒しではなく、人間として当たり前の癒しを、吾郎くんはさり気なくぼくたちに与えてくれている。彼がいるからこそSMAPは心あたたまるグループであるに違いない。

(伊藤竜太・フリーライター)

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尾崎豊目覚めゆく魂

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 尾崎豊についてはじつに多くの人が本を書いている。それぞれの著者が尾崎への想いを胸に、自分にとっての尾崎豊を語ってきた。さんざん尾崎が語られた後で、本書はもういちど本当の人間・尾崎豊の原点を正確に描こうという意識に立ち戻って執筆されている。著者は尾崎の実の父親だ。

 本書の中では保育園の「連絡帳」の記述を中心に、尾崎の1歳から満6歳を迎える時期までの様子が描かれている。印象的なのは、2歳ぐらいまではトイレがなかなかじょうずにできずに、母親が苦労していること。連絡帳の記述の中でもそのことにかかわる記述が多い。おしっこやうんちに関しては彼は天才ではなかったようだ。というか、本書から「天才」としての尾崎豊を感じることはできない。ここに描かれているのは、1歳半で母親から離れて保育園で幼少期の多くを過ごした、子供らしい子供の姿だけである。そして著者である父親のしたためた短歌や童話からは、ごく当然の親から子への愛情が痛いほどに感じられる。尾崎豊が若者の心を癒す歌を作ることができたのは、両親のヒューマニズムのおかげなのかもしれない。そして母の病が、幼い子に研ぎ澄まされた感受性を呼び起こさせたのかもしれない。「母親」というものの存在の大きさを感じさせる書である。

(伊藤竜太/フリーライター)

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太田裕美白書

2000/12/01 16:19

太田裕美白書

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 30歳代以上の人で『木綿のハンカチーフ』という曲を知らない人は、少ないだろう。歌っていたのは太田裕美。日本の歌謡史を語る上では欠かせない存在だ。あまり自分の素の姿を語ることのなかった彼女が、デビューしてからニューヨークへの逃避行、結婚と出産、そして歌手としての復活という自らの歴史を語った。

 『木綿のハンカチーフ』という1曲にしばられることに重圧を感じていた太田裕美。ひとりの友人の死をきっかけに、「太田裕美がそこに存在していたということを永遠に形として残すことができる」ということの素晴らしさに気付き、今また『木綿のハンカチーフ』を歌う。

「フォーク」と「歌謡」の狭間で独自の世界を切りひらいて来た彼女の足跡の偉大さは、本書の中で松本 隆など業界の重要人物の口からも、語られている。

 子供を産んでより深く「愛」を歌う、彼女はアイドルなんかじゃない。「歌」というメッセージの素晴らしさを私たちに伝えてくれる、ホンモノのアーチストだ。
(伊藤竜太・フリーライター)

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日本盤ROCK&POPSプレミア・レコード図鑑’54〜’79

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 本サイトの読者の中に、中古レコードのコレクターはどのくらいいるのだろうか? 中古レコードを集めるというとどうしても、オタクというイメージがつきまとうが、それは仕方ない。じっさい、プレミアものの中古レコードに高価な金額を投じるのは、オタク以外のなにものでもない。

 本書の著者は米屋を営みながら中古レコードのオークションを行なっている。ページをめくってみるとじつに素晴らしい。なんとも言えない魅力を放つカラフルなジャケット群が、読者の目にすごいアピールで飛び込んでくる。愛されるほどに、中古レコードも輝きを増すのであろうか。

 本書の主旨はプレミア・レコードの存在とその価値を明確にすることである。CDが主流になってから次第に高騰した中古レコード市場だが、不況やインターネットでの売買によって市場は混乱している。そういう状況の中で稀少盤の存在を明確にし、価格を安定させてその存在を守るという強い意志が感じられる本なのだ。

 数々のジャケット写真はこの本の最大の見所であるが、ところどころにしたためられたコラムも面白い。そこには中古レコード業者としての仕入れの苦労だとか、レコード盤の状態よりもジャケット、そして特にジャケットに付された「帯」に対するマニアの異常な執着に関する裏話などが満載されていて、人間の心理の面白さをあらためて感じさせられる。音楽を聴くためにあるはずのレコードが、目を満足させ、所有欲を満足させるための存在に変身していることは奇異であるが、集めているコレクターたちは大真面目で、命を賭けて真剣に探している。明らかに市場は存在するにもかかわらず、欧米のようなプライスガイドがまったくないために、法外な値で買わされてしまったり、異常な安値で運良く手に入れてしまったりというケースも多いらしい。

 そんな中古レコード集めの面白さも、中古レコード業界の矛盾点もすべて、この1冊の本に詰まっている。

(伊藤竜太/フリーライター)

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紙の本パリ左岸のピアノ工房

2002/02/19 22:16

パリ左岸のピアノ工房

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 ピアノと言えば、思い浮かぶのは黒い物体。グランドか家庭用アップライトの2種類。それがふつうだ。メーカーは国産ならヤマハかカワイ、輸入ならスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインなど、数えても両手の指では余る。

 でも、ほんの100年前には状況はまったく違った。スタインウェイよりも軽いタッチで繊細な表現を得意とするプレイエルやエラールといったフランスのメーカーが健在で、コルトーもそういう楽器を弾いていた。フランス・イギリス・アメリカ・ドイツなど各国の様々なメーカーがそれぞれに個性を持って、美しい木目に彩られた魅力的なボディと独特の音世界を人々に与えてくれていたのである。だが時代は画一化の一途をたどり、心のひだを映し出す繊細さが求められなくなった結果、コンサートホールで見かけるピアノの種類は著しくバリエーションに欠くのが現状だ。

 しかし、ヨーロッパには今でも伝統の息吹が残っていて、アンティーク家具のように、19世紀の終わりに作られたスクエアピアノ(テーブル型の小型ピアノ)に出会うことが多い。そしてさらにその世界に踏み込んでみると、ありとあらゆる色のあらゆる形の個性豊かな、日本では名も聞いたことのないようなメーカーのピアノの数々が、街角の小さな店のアトリエで人知れず誰かを待っている。そんな素敵な楽器たちの呟きやら嘆きやら、あるいは叫びや歌声が溢れ出て来るような本書からぜひ、文化の息吹を感じ取ってほしい。
(伊藤竜太/フリーライター)

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J−POPマーケティングIT時代の音楽産業

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 J-POPの音楽的価値はどれほどのものだろうか。こんな言い方をするといかにも「邦楽はくだらない」と言ってのける洋楽信奉者のようであるが、あまりにも巨大化した邦楽マーケットの様子を見ていると、人間を癒し楽しませるための音楽が「経済」という巨大な魔物に踊らされているような気がしてならないのだ。アーチスト個人の生命の息吹であるはずの音楽が、大量消費という大波の中で喘いでいるように思えてならないのだ。

 さて、本書はそうした音楽マーケットの現状を分析し、これからの方向性を考える上で必要な情報を分かりやすく提示している。CDが売れなくなったと言われている昨今だが、1998年のオーディオレコード総生産金額は6000億円を超え、99年には宇多田ヒカルが800万枚という驚異的なセールスを記録している。このような大ヒット曲の数は増える傾向にあり、逆に「中ヒット」はあまり出ず、あとはあまり売上の良くないアーチストが大勢控える。レコード会社は必然的に大ヒットを出すアーチストに頼らざるを得なくなり、宣伝費を多く使い、個性的ではあるがセールスを期待できないアーチストにとってのチャンスは年々少なくなって来る。

 このような現状については若者の心理状態や文化意識など、検証するべきことが多いが、本書ではあくまでレコード会社の立場から見たマーケットの状況変化を整理し、インターネットによる音楽配信という新たな可能性を得た音楽業界の向う方向を、五里霧中にあっても少しだけ明らかにしてくれる。普段ただ受身で音楽を聴いている人も、一読してみるといいかもしれない。

(伊藤竜太/フリーライター)

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紳士が嗜むJポップ

2001/10/03 22:17

紳士が嗜むJポップ

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 この国にはたしてほんとうの紳士がいるのかどうか、はなはだ疑問な点もあるが、それでもとにかく本書は「紳士」がいかにしてJポップを楽しむか、あるいは、いかにして謎めいた「イマドキの音楽」をやりすごすかを解説しているように思われる。つまり、「紳士」とは「おやぢ」のことである。個人差はあるが、30代半ば以上の諸君はこの範疇(はんちゅう)に入ると思ったほうがいいだろう。そうは言っても、『リミックス』を「焼き直し」あるいは「二匹目のどじょう」と翻訳するおやぢ著者ゴメス氏はなかなかに鋭い。

 「どれを聴いてもいっしょ」というボキャブラリーも何回となく登場する。その言葉はJポップを表現するうえで欠かせない、本質をつく言葉である。こう言ってしまうといかにも、Jポップはしょーもないものだと言わんばかりだが、じつは本書が訴えているものはそれとはニュアンスが違う。そのへんの深い部分には一見踏み込んでいないような、軽く冗潔な文面ではあるが、ゴメス氏は日本の文化に潜む何かを鋭く見抜いているに違いない。彼が見ているものは何か? それは「懐かしさ」と「新しさ」の微妙なバランス感覚である。「懐かしさ」なき「新しさ」は決して評価されないのが、日本の音楽土壌である。それゆえ、創造的に新しいものがこの国には生まれにくいという傾向があるのも否めない。

 懐かしさを感じさせるものは往々にして「焼きなおし」の部類であることが多いからだ。業界の裏事情にも詳しいゴメス氏はレコード業界の力関係を熟知し、何が日本の音楽業界で許されて何が疎まれるのかを分析し、メディアに氾濫する宣伝的なだまし台詞をすべて無視した明快なキメ台詞でもって、どんな「紳士」でも素直にうなずいて納得してしまう親切な評論を展開してくれている。これを読まないでJポップを理解したフリをしても、しょせんは資本主義に踊らされている一消費者の悲哀の域を出られないのではないか、と私は思うのだ。

(伊藤竜太・フリーライター 2001.10.04)

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紙の本本音

2001/10/03 22:17

本音

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 『電波少年』をきっかけにブレイクしたサムエル。新曲がオリコン初登場10位以内に入らなければ音楽業界を去る、という過酷な条件でリリースした「ラストチャス」。初登場チャートは見事2位だった。

 サムエル3人の「本音」が綴られた本書には、メンバー同士の出会いからストリートライヴでの成長過程、音楽に対する想いなどが綴られている。が、面白いのはところどころに挿入された「コラム」と「Interlude」。コラムのタイトルを見ると「楽器をはじめるならアコギから」とか「最初の1本を買うための心得」など、ギターを始めようかと考えている人へのアドバイス的なものから、「まずは身近なところから仲間探し」とか「ストリートで目立つ方法を直伝」など、ミュージシャンとして活動して行く上でのアドバイス、そして楽器についてとかライヴ・作曲をするうえでのノウハウなどを教えてくれている。

 テレビの画面から伝わってくる彼らの素直で正直な性格そのままに、何気ないがじつはとても大事なノウハウが親切に語られている。親切さがなんだか嬉しく、お金ばかりがチラつく今の音楽業界にも、心のきれいな人たちは健在なのだと感じさせられる。「Interlude」では各メンバーおすすめのアコギ系CDとか、サムエルをコピーしたい人のためのパターン別自選おすすめ曲を、これまた親切に教えてくれている。自分達の曲を聴いてくれる人のために、そしてこれから音楽を志す人のためになるのなら……という誠意がたっぷりと感じられて、心が温まる。

(伊藤竜太・フリーライター 2001.10.04)

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MALICEMIZER写真集

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 新生マリスミゼルがこの一冊に凝縮されている。前半は封印されていた永遠の美の世界を紐解いたような、時を越えて現代に蘇る4人の聖者たちの姿を青い光りの中に描き、後半は2000年8月31日、9月1日の武道館にて壮大な「薔薇の聖堂」建立をもって行なわれた2年ぶりのライヴの物語を中心に写真とインタビュー・対話で構成されている。

 ステージで使われた12の衣装の図解もあるし、スタッフの人たちへのインタビューも充実している。ライヴに行かなかった人も、この本を見ればとてつもなく巨大な薔薇の聖堂の迫力を味わうことができるだろう。一瞬のまぼろし現実を永遠という頁に封じ込めた夢のバイブル、必見。

(伊藤竜太・フリーライター)

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紙の本風の吹く場所

2001/06/24 01:30

風の吹く場所

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 場所、と書いて「けしき」と読む。なんとも詩的ではないか。

 繊細でかぼそいようでいて、どこか楽観的で楽しそうで、舞うようなしなやかさと気楽さを感じる。SOPHIAは私にとってはそんなバンドだ。自由にやりたいことをやり、時の傾向に流されずに表現したいことを表現する。それでいて一貫したスタイルにこだわらずに、自由奔放。
 SOPHIAのファンが魅了されるのは、“松岡 充”という人間そのものなのだと思う。

 10代をツッパリながら精一杯、自分に誠実に生き抜いた彼の自叙伝的小説が『風の吹く場所』。あまりにも印象的な登場人物たちに囲まれ、自分のいるべき場所をひとつづつステップを刻みながら見出して来た彼は、幸せだったと言える。夢に流されることなく現実を厳しく見つめ、自分の道を何一つ誤ることなく前へと進んできたからこそ、バンドでの成功という<夢みたいなコト>を自分の手で現実にした。人を裏切らないこと=自分を裏切らないことであり、つまり彼の誠実さが彼自身を育て、彼にチャンスを与える人々との出会いを導いたのだ。

 「正しい生き方」というものがあるかどうかは明言できないが、松岡 充の生き方はこれから人生を生きようとする若者にとってひとつの指針になるかもしれない。SOPHIAを聴いたことがない人も、松岡 充というひとりの少年の生き方を、心の場所(けしき)に刻んでほしい。

(伊藤竜太・フリーライター)

松岡充さんのインタビュー記事はこちら→

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紙の本幻の名盤百科全書

2001/06/05 20:11

幻の名盤百科全書

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 「幻の名盤開放同盟」というのがあるらしい。売れないことを理由に差別を受けて廃盤になってしまった幻の名盤を開放せよ!と立ち上がったオタク3人による反社会的性的妄想的コレクションの数々が、この本には収められている。

 私も昔から廃盤に悩まされ続けた人間のひとりだ。アナログレコード時代からマニアックなもの(当時はクラシックばかり、現代音楽などの限定盤が好きだった)を集めていて、お金がなくて買えないでいるうちに廃盤になってしまったぁ! という悔しい思いを何度もしてきた。今は亡き名盤(迷盤)の数々がもう手に入らないのかと思うと、悲しくて仕方がない。

 しかし、「幻の名盤開放同盟」の方々はただ廃盤になったレコードを懐かしんでいるのではない。明らかに世の中を敵にまわしている。少数者の声をクローズアップし、
・特殊であること
・変態であること
・可哀相であること
・浮いていること
・時代遅れでいること
・助平でいること
……などに対する差別をなくして、少数者にも生きる道を与えむと、人生や社会の裏側だけを見つめる鋭くない視線でアンダーグラウンド(←もはや死語か?)な世界を560ページ以上にわたって展開している。560ページも結集されると、むしろこのマイナーな世界こそが本当の世の中の姿なのではないかと思えてしまう……。

 それにしても、ジャケット写真を見せられても、いったいどんな音楽なのか歌なのか判らないのが歯痒い。いや、わからないまま、ほんとうの幻にしておいたほうがいいのかもしれない。

(伊藤竜太・フリーライター)

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紙の本椎名林檎の求め方

2001/06/05 19:51

椎名林檎の求め方

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 表現するアーチスト自身と、商品化されたアーチストを求める大衆との間の需要と供給の関係は、時としてアーチストに多大な負担を強いる。本書の最終章に記されているように椎名林檎も、自らが志す表現とただマスコミに煽られただけの大衆のギャップの中で、形骸化されたオモチャとして消費されて行く危険と隣り合わせで活動を行なっている。

 だが、単に悪いのは大衆ではない。アーチストの音楽性を育てきれないレコード会社や、彼らを取り巻く社会の環境、道徳観の衰退や教育の誤りなど、原因は奥が深い。

 本書ではそうした根深い問題を視野に入れつつ、ライヴ実況中継的描写を通じてわかりやすく、椎名林檎というひとりの女性の立場を通して見た音楽界と日本社会の現状を感じさせ、その中で葛藤しながら変化と成長を続けていくひとりのアーチスト「椎名林檎」の姿を、人間的に描いている。ただの流行ものの「商品」としてではなく、ひとりの人間としてアーチストを見守り、アーチストと聴衆が一緒になって育っていくという関係性を日本の聴衆は持つことを許されないのか。そんな想いに悶々としながら本書のページをめくって行くうちに、椎名林檎という人がいとおしくなってくる。

 いま「腹の子」とともに新たな人生のステージへと踏み出そうとしている林檎が、母として、負けることなく表現者としての成長を続けて行ってくれればいいと想う。椎名林檎の今後を見守ることが、日本の音楽界の将来を占うことになるかもしれない。

(伊藤竜太・フリーライター)

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演歌・艶歌・援歌

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 星野哲郎の人生は出逢いによって作られた人生である。

 演歌の作詞家として名曲の数々を世に残し、押すに押されぬ大御所であるが、若い人は知らないだろう。20世紀の演歌はもう、時代が終わったのかもしれない。それは進歩でもあり退化でもある。最近では音楽のスタイルが多様になり、音楽産業は発展したようにも見えるが、反面では音楽から人の「心」が失われたと感じずにはいられない。日本の音楽界では海外のスタイルな真似ばかりでほんとうの感動が失われていると思うのは、私だけではないだろう。

 心から発し心に伝える音楽……自らの人生をそのことだけに捧げた星野哲郎の人生をたどってみることは、同時に「歌」とは何かということを考えなおす良い機会でもある。決して昔に戻るべきだと言うわけではないが、今のミュージックシーンに失われた「歌」の意味をふたたび問い直すことなしに、日本の歌謡界の未来はないだろうと私は思う。歌と歌手が出会って、歌手が歌に生命を与える。作詞家の人生と歌手の人生のクロスオーバーによって生み出されるドラマが、歌手の声を通じて魔法のように人の心に入り込む。作曲家はそのドラマに色を添える存在。演歌の時代はそんなふうに「歌」が人に感動を与えてきた。貧しさと苦労の中で生きてきた昭和の日本人であったからこそのドラマ性は、平成の日本にはもはや通用しないのかもしれない。それでも、人の心はたしかに存在し、「歌」との出逢いを待っている。

(伊藤竜太/フリーライター)

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紙の本スピード

2001/05/30 02:05

スピード

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 この本の内容は音楽に関するものではないが、まったく無関係な事柄ではない。

 ドラッグで音楽を作っていた時代は確かにあった。現実から離れて妄想の中に創造の源を求め、幻想と思想の狭間で排泄されるイマジネーションの泉によって、枯渇していた戦後の若者たちの魂は癒されるかと思われた。だがその後、現実逃避によって生み出されるものなど何もないと人々が気づき始めた瞬間に共同幻想は崩壊し、本来の創造の基盤を失いつつあった音楽そのものが失速して行ったように思う。

 何のために音楽を創り、演奏し、聴くのか。癒されるためか、逃避するためか、踊るためか、狂うためか、見つめなおすためか。ドラッグに染まって行くミュージシャンは多いと言われる。

 実際に私もそういうミュージシャンを何人かこの目で見て来た。繊細だから、傷つきやすいから仕方がないのか? ドラッグがどれだけ、どのように人を狂わせるのかをこの書物がじゅうぶんに語っている。音楽が魔をおびき寄せるのか? 音楽が人を狂わせるのか?

 そうではない。人が人を、自分が自分を狂わせるのだ。

 あなたが今聴いている音楽は素晴らしいですか? 聴いていて楽しいですか? きっと今は楽しいでしょう。でも、聴いて残るものはありますか? 癒されていますか? もし答えがNOならば、癒されぬ楽しみの末路を本書の中に学ぶべきでしょう。日本社会に蔓延している創造なき消費の罪から、足を洗うために。
                                      
(伊藤竜太・フリーライター)

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