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森まゆみさんのレビュー一覧

投稿者:森まゆみ

9 件中 1 件~ 9 件を表示

英語で人生をひろげる本

2001/02/06 15:47

森まゆみブックガイドコラム〜本のある暮らし

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 二十年近く書評を書いてきた。せっせと読んではせっせと書く。あるとき書評のために本を読んでいる自分に気づき、ガクゼンとした。それから眼が悪くなった。いわゆる老眼。日に一冊、ときに二冊読むような生活をやめ、必要最少限の資料を読み、ほんのぽっちり、楽しみのための読書というスタイルに変えて二年になる。

 高橋芽香子さんの「英語で人生をひろげる本」は前著「英語となかよくなれる本」に増してステキ。英語にまつわる本のほとんどがそうであるような手っとり早い実用書ではなくて、英語とゆったりつきあうための、みごとな文体をもったエッセイである。

 高橋さんが戦後、満州から八歳で引き揚げてきて吉祥寺で出会った夜店の本。茶色の布張りの「日本童謡集」は千代紙も人形もリボンもあちらに残してきた少女の心の飢えを満たしてくれた。「かなりや」や「青い眼の人形」も、もっと知られてない歌も。何度、めくったか分からない。

 その本を中学生のとき、やさしくしてくれたクラスメート大塚さんにあげてしまう。一番大切なものをあげよう、と思ったから。その本が彼女からずっとあとになって帰ってくる。「私のところにあるより、お役に立つのではないか」という手紙を添えて。そして高橋さんは書く。「彼女にあげたからこそ、無事にこの本は残っていたのだと思う」。

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完本文語文

2001/02/06 15:33

森まゆみのブックガイドコラム〜本のある暮らし

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 何年か、文語文にはまっている。『鴎外の坂』(新潮文庫)を書いたのだから、はまらないではやっていられない。鴎外、漱石いずれが好きか、というのはモモとリンゴとどっちが好きというくらい下らない質問だが、高校生の私は鴎外の方が好きだった。内容というより「石炭をば早や積み果てつ」に始まる『舞姫』のキリッとした文体に魅かれたのである。

 とはいえ正直いって戦後生まれ、文語文をラクラクと読みこなすまでに至らない。四年前、一葉没後百年というので『かしこ一葉』(筑摩書房)を書いた。一葉が明治二十九年死ぬ直前に書いた手紙文の実用書「通俗書簡文」の解読を試みたのだが、もちろん一葉のつくった美しい文例をたくさん引用した。が、あまり売れないのみか、何人かの明治にくわしい作家の友さえ、「引用のところは飛ばしてあなたの解読のところだけ拾い読みした」というのでがっかりした。一葉の候文こそ味わってほしかったのに…。

「私は文語文を国語の遺産、柱石だと思っている」と山本夏彦翁はいう。大正四年生まれ、すでに八十半ばを越え時宜を得た発言だろう。この本は縦横に翁の博識傍証が示され、その中に坂本竜馬(は梅毒で額がはげあがっていた)、菊池寛(は芥川が自殺直前に自分を訪ねたのに会えなかったといって足ずりしてくやしがった)、中江兆民(は西洋人はくどい、オレならルソーの民約論は半分で書けるといった)など多くのエピソードがちりばめられている。ひとことで評せる本ではない。

 無理を承知で、なぜ文語文が「国家の柱石」であると考えるかを整理してみたい。

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森まゆみのブックガイド・コラム〜本のある暮らし

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 いかにも草思社らしい長くて刺激的なタイトルだ。この会社の本のタイトルに何度だまされたことだろう。
 一読、案の定、タイトルは体を現わしてはいなかった。これは著者のおばあさんの言葉である。その人は祇園の芸者のころ伊藤博文に見初められ、晩年の愛妾であった。新橋で田中家という料亭を開き、政界の大物が多く来る。しかし、祖母千穂の閲歴が十分語られているとはいいがたい。伊藤博文とのいきさつも、その後の色恋も。同時に、著者自身が祖母のいいつけを守りつまらぬ男と結婚せず、一流の男の妾になったか、というとそのへんの事情もそれほど明らかにされない。岸信介が娘時代の著者に気があって、座敷で突然手を握られ、キャッ、どうしよう、と床柱に登ってしまった。そのくらいである。
 むしろこの本の読みどころは湘南白百合を出たお嬢さんの著者が、当初エリートといわれた、俳優座養成所に入ってからの俳優修行。平幹二郎、仲代達矢、宇津井健、佐藤慶などと同期であった。ところが新劇に入るとアカくなるという祖母の反対で新派に入らされ、花柳章太郎の弟子となる。このへんからがじつに面白い。花柳章太郎はいった。
「いままで俳優座で勉強して来たことは全部捨てなさい。ここは新派なんだ。私が師匠なんだからお前という白いキャンパスに絵を描く」

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紙の本故郷へ帰る道

2001/01/29 18:10

距離。時間の長さ。それゆえに故郷は輝く。

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 私は東京生まれだから、遠くにありて思うふるさとを持たない。それでも思い出す子ども時代、昭和30年代の東京は、いまと全く違う。ビルがなく、空き地があり、薮があり、夕方には赤とんぼが群れ飛んでいた。
 安野光雅さんは、昭和のはじめに島根県の山の町、津和野にうまれたらしい。そして今、東京で画家である。
 その追想の文集。「徳佐駅を出た蒸気機関車が、一つ、二つと数えて、六つ目のトンネルを抜けると、いかにも幕を切って落としたように、懐かしい故郷が現われるのだった」
 距離。時間の長さ。それゆえに故郷は輝く。「みっちゃん、後ろを見てみんさい。あれが虹っちゅうもんよ」と教えてくれたももたのおばさん。通信簿を「お前は乙になおせ。僕は丙になおす」といった保。お母さんが亡くなる日、雪の中に足って泣いたしげちゃん。一五で養子に行った弟。
 
 思うに、くに(故郷)を出てから今日まで 
 ながーい旅に出ていたような気がする。
 しかし、それは修学旅行ほどの長さでしかなかったらしい。
 
 間に戦争が挟まった。いま七十を迎えて、画家は幼い記憶を一つ一つをいとおしむように蘇らせる。万年筆、白熱電球、蠅取り銃、香具師の口上・・・。
 幼い日の思い出ばかりではない。私は「初心の絵」という話が好きだ。三十年ばかり前のこと、日暮里に冠商店という荒物屋があった。店の表はたくさんの看板で埋まっていたが、それはすべて手作りでタダモノではない。「字も絵も巧まずしてたいへん好感のもてる筆使いなのである」。軍手、雨傘、地下足袋、あまり面白いので写真にとりたい。無断では悪かろうと思って許しを願うと、「いいですとも」といってくれた。
 「わたしの仕事を認めてくれたのはあなたが二人目だ」と主人はいう。一人は進駐軍の将校で、店先に飾ってあった手作りのロボットをぜひ譲ってくれといったそうだ。
 トタンに描かれた日暮里あたりの風景を見せてくれた。「明治百年を記念して描いたのです」。明治百年を記念して、緑の田園風景なんか描いた画家があるだろうか、と安野さんは驚く。「手先ではない、誠意である。こどもの絵がそうだが、大人になると大事なそれを忘れる」
 忘れてはいけないものがある。その気持が、本書に通底する。
 「街道をゆく」であちこち一緒に旅した司馬遼太郎。「司馬さんを中にしてしゃべっていると、酒というより、話に酔って、実に不思議な雰囲気の別世界が出現する」。
 まるで千夜一夜のようであった。遅れて入ってくる者がある。そんなとき司馬さんは、
「あのな、木下君な、いま安野さんがヘルペスにかかって困ってるという話になってんのや」と前号までのあらすじを聞かせる。
 弘前で知り合いが会いにくるという。司馬さんはいった。「鈴木さんとこのおじょうさんはな、こどものときから、ずーっとあんのさんの絵本を見て大きくなったんやと。それでね、あんなきれいな花や、小人が遊んでる絵をかく人は、どんな人だろうか、それはもう星の王子様みたいな人に決まってるとね・・・わたしゃもうどうすりゃあいいんだ。あのこたちの夢をこわしたくないんだよ」・・・ほなら「どないせえちゅうねん」。
 司馬さんと安野さんはいくつちがいだろう。大家というべき二人の間に、初々しい、こどもっぽい、好奇心に満ちた交流があった。このほか、堀内誠一、江国滋、佐藤忠良、熊谷守一、杉本秀太郎、美智子皇后、・・・幽冥境を異にしたひと、いまも元気なひと、その出合いをさらっと描く。それは細密画でもなく、油絵でもないが、ひととなりがよくでたデッサンである。対象を見つめる画家の目はおだやかであたたかい。はすに構えた本が多いなかで、すなわちエキセントリック(まんなかをはずれた)本が多いなかで、なんと「大道を行く」本なのだろう。読みながら、麦畑を渡る、爽やかな風のなかに立つ心地がした。

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「地域」づくりを志す人は必読の本

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 地域というと以前のアラブの地域紛争とか国際的な地域研究のときに用いられた。その地域の意味が変わりつつある。
 私自身、すでに一七年前、タウン誌でなく地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を始めた。自分の町に「タウン」という横文字は似合わなかった。タウンの持つノーテンキで消極的な臭いが嫌だった。何より、商店街やのれん会をバックに無料で、上から情報を送りつける「タウン誌」とは違うのだと粋がっていた。
 そして、町の人の語る言葉に耳を傾け、ふつうの人の”生き死に”を記録して十八年がたった。
 盛り場や著名人はいざ知らず、ふつうの町の歴史、人びとの記憶や偉業がいかに記録されていないか、手つかずか、痛感する毎日だった。

 いま、そのような思いがこの国に広がりつつある。赤坂憲雄は東北工科大学のある山形を足場に、熱心に東北の町や村を歩き、記録をつづけている。その彼の責任編集で作品社から季刊「東北学」が三巻まで出た。やや民俗学の専門的論考が多かったが、このたび出た別冊「東北学」、これは読みやすい。そしてそこかしこでうなづき、深く考えさせられることが多い。
 赤坂は「眼前に異形をさらし続ける現実を補足するための、新しい言葉と方法が欲しい」という。それはいままでの、大学という枠の中で、知の密輸入と文献史学だけに甘んじていた歴史学、民俗学からはおそらく出てこない。「汝の立つところを深く掘れ、そこに泉あり」—これを彼は「覚悟の呪文」だと宣告する。

 常民—柳田国男が発見した言葉。それは柳田の時代においてすら、一個の幻影であり、理念の結晶であった。たしかにそうだろう。日本中の高校生がルーズソックスをはき、宇多田ヒカルのCDを買い、日本中の老人が鬼平や黄門をテレビで見ている時代に、その地域に根ざし、手と足と頭をつかって働き生活する「ふつうの人ひと」などいるのだろうか。しかし、赤坂はそこに絶望しない。絶望することに絶望するのだ。
 いまの民俗学はなぜつまらないか。あまりにマニュアルに偏したせいだ、という指摘も腑に落ちる。私も地域誌で都市民俗学を研究する足場にといくつかの書物を読んでみたが、民具の調べ方とか調査の方法とか、じつにこまめに手足をしばってくる本ばかりだ。
 赤坂は、常民の記憶に形を与えるための「聞き書き」の重要性という。聞き取りでも、取材でも、またインタビューでもない。その方法は、学問世界では「アマチュアの好む方法として蔑まれている」。その方法は「つねに構築され、壊され、また構築される。終わりなき運動のなかにある」。聞き書きとは、「他者の歴史をともに生きることでもある」。
 これらの言葉は、私が馬鹿にもされながら、十何年かやってきたことに対する反省の機会になり、同時に励ましを与えてくれる。一方的に、略奪的に話を聞いてこなかったか。それを活字に定着させることを自分の手柄にしなかったか、いろいろと点検が必要だ。

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名ライターと名編集長緊張感溢れる愛の物語

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 はじめてニューヨークへ行くのに、どうせ機中眠れないのなら何を読もう、と選んだ三冊。行きに有吉玉青『ニューヨーク空間』(新潮文庫)、レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(ちくま学芸文庫)。前者はニューヨーク大学で演劇を専攻する著者のグリニッチビレッジの暮らし。後者は気鋭の建築評論家によるマンハッタン島の開発から始まる近代建築批判。どちらも面白い。
 帰りは一世を風靡した雑誌「ニューヨーカー」の女性敏腕ライターが、名編集長ウィリアム・ショーンとの四十年の愛を描いた『「ニューヨーカー」とわたし』。男には妻子がいて、結婚を解消しなかった。男は弱い妻を捨てることができず、二つの家を行き来した、というよくある話ではあるが、アメリカの編集技術、出版文化、そして書くことについての真実が語られているため、その次元を超える本になった。目立ちたがりバブリー夫婦の離婚暴露本「楯」(二谷友里恵 著)なんか読んでいる場合じゃない。
「この愛の物語にはひとりの悪役も登場しない」
この本はそう始まる。ショーンはミシガン大学を出て二一歳で結婚、書くことに才能を持っていたが、編集者としてはその才を殺した。多くの新しい才能を見出すことに喜びを感じた。誠意を持って大勢の作家とつきあい、みんなに「あなたのために書く」といわれた。そのときショーンは「自分のために書くんですよ。あなた以外にそれを書ける人はいない」と励ましたという。自分の信頼した作家を頑固なまでに弁護した。以上三点、編集者のあるべき資質だろう(いまの日本の編集者の多くに欠けていることである)。こうして「ニューヨーカー」は初代編集長ハロルド・ロスにつづき、二代目のショーン編集長のもとで黄金時代を迎える。
 一方のリリアン・ロスは新人ライターとして二十代で三十代後半のショーンに出会い、恋に落ちる。ショーンが妻を傷つけるのを恐れ、子どもたちを愛していたため、ニューヨークの彼の家の近くにアパートを持ち、ショーンは朝・昼・晩の食事はロスととり、夜十一時には妻の家に帰るという生活が四十四年間続いた。二人の女性を傷つけないため、どれほどの苦悩をショーンは背負ったことか。まあよくつづいたものだ。
 二人の交際は公然であり「ニューヨーカー」の人びともそれに立ち入らなかった。二人は仕事の上では公私混同をしなかった。ロスは人生で欠けていたのは結婚証明書だけ、といい切っている。大好きな仕事、夢中にさせてくれる男、そして赤ん坊の養子を貰い育てた。
 「愛人」ではなく「コンパニオン」。共に生きる伴侶と表現している。しかし、別居していたからこそ二人の緊張感あふれる愛は長続きしたのだろうし、ロスは何より大切な、書くために集中する一人の時間も持てた。女が仕事を持つ場合、理想的な関係ではなかろうか。そしてロスはハリウッドの内幕を描いた「ピクチュア」、ヘミングウェイやチャップリンの肖像を描き、人気ライターとなる。「ピクチュア」についてヘミングウェイは「たいていの小説より面白い」としゃれた評価をしたが、これは「事実に基きながら小説の形をとる」新しいスタイルを確立したものだった。
 この本のもう一つの読み所は、ヘミングウェイ、チャップリン、サリンジャー、ノーマン・メイラー、ジョン・ヒューストン、フェデリコ・フェリーニ、マーロン・ブランド、マイク・ニコルズ、ウディ・アレンら多勢のユニークな著名人とその人となりが機知に富む文体で書かれていることだ。ヘミングウェイは「セックスは八十五歳まで現役を通したい」と言った。老女優マリーネ・デートリッヒは、ニューヨークに住む孫の面倒を見に行って、汚れ物をタクシーでプラザ・ホテルに持ち帰り、洗ったという。

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木精の書翰

2001/01/30 10:47

森まゆみのブックガイド・コラム〜本のある暮らし

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 bk1のいい所は、いままでの書評システムより迅速に新刊書評ができるということである。また平積みに並べられた本がまるで生鮮野菜のように一、二週間で平台から消えていっても、再びきちんと本と出会い、購う手段を確保していることである。一方で、出版から多少時はたつが、小部数のためかあまり話題にならずにしまったすてきな本を掘り起こしてもう一度光をあてることもできる。

 この「木精の書翰」はまさにそういう本で、本年二月末日の出版だが、私は最近ひもとき、それから座右においてぼんやりと何度もめくっている。著者が撮った京都のモノクロの写真と散文詩のような文。どちらも非常にうつくしい。

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紙の本気になる部分

2001/01/30 10:40

森まゆみのブックガイド・コラム〜本のある暮らし

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 岸本佐知子の名はベイカーやアーウィングの翻訳家としてはよく知っていたが、こんな随筆の手だれとは知らなんだ。
 この人の想像力は人と別物である、子どものときから。
「ある人がくだもの屋さんで20円のリンゴを7個買おうとしたら10円足りませんでした。この人はいくら持ってたでしょうか」という問題が出るとする。すると岸本さんは“ある人”がひどく気の毒になりはじめる。計算どころか“ある人”のことをいろいろ想像して、それが淡い恋心に変わったりしているころ「はい、鉛筆おいて!」と先生の声。

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シチリアに魅せられ

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 私の中には尊敬する友人だった須賀敦子のイタリアがあるし、森鴎外が訳したアンデルセン『即興詩人』の舞台イタリアがある。
 それでイタリアの本というとなんとなくのぞいてみるのだが、この本はとりわけ面白かった。
 第一の興味は著者とイタリアでの里親、名メゾ・ソプラノ、ジュリエッタ・シミオナートとの独得な関係にある。シミオナートといってもいまの若い人は知らないかしら。昭和三十年代、NHKの招きで毎年、イタリア・オペラなるものが来日した。ピアノを習いはじめた私は、白黒テレビでそれを見て感動してしまった。「トスカ」「蝶々夫人」「リゴレット」「アイーダ」など、けんらんたる舞台とその声量。
 私が十三歳から声楽を習ったのはその影響だが、著者の武谷さんは中学のとき英語の手紙を送り、なんとシオミナートを里親としてローマ大へ留学を果たす。そして「カヴァレリア・ルスティカーナ」の舞台、シチリアに魅せられ、ショーシャやランペドゥーサ、ブランカーティ・ヴィットリーニとシチリアの作家を研究することになる。それはシミオナートがいうように「運命のいたずら」であった。
 シミオナートはスカラ座に十二番の桟敷席を持つ。つまらない演目と顔ぶれだと行かない。空席は意思表示である。その彼女のインタビューが面白い。共演者、ティト・ゴッビ、マリオ・デル・モナコ、ジョゼッペ・ディーステファノ、フランコ・コレルリらの横顔、日本の印象が縦横に語られる。そしてシミオナートの前夫チェーザレ・フルゴーニの思い出。彼はムッソリーニの主治医、しかし決してファシスト賛同にはならなかった。
 シチリアの作家たちに見られる郷土と母への思い。
 「シチリアの男が家族を異常なほどかまうのは、まずは愛情、そして不安でいっぱいだからです」とレオナルド・ショーシャは語る。
 「山猫」の作者トマージ・ディ・ランペドゥーザはミラノの詩人の会議に参加し、「あなたも詩人ですか。」と聞かれて「いいえ、公爵(プリンチペ)です」と答えたという。
「貴様の血をひくということは伝統を、いいかえれば心わき立つような想い出を所有することだ。そして彼は、稀有な想い出を有する最後の男だった」(「山猫」)
 有島武夫にも共通する有産階級亡びの予感が、もっと長い歴史をひきずって深く濃く刻印される。
 私もこの三年、毎年イタリアへおもむき、自分なりにその風土と人気を観察しているが、この本を読むと圧倒される。三週間の旅行ではとうていはかり知れないイタリア人の思考の深み、アイロニーからはにかみといったニュアンスがあるのだ。東京の下町といっても深川と浅草と神田と根津で少しずつ人の性格も待ちの味わいもちがうように、シチリアという一つの島ですら、ひとつひとつの町の個性は異なる、そんな当たり前のことが身にしむ。

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