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先月(2017年8月)

池田 浩士さんのレビュー一覧

投稿者:池田 浩士

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本ハンナ・アーレント伝

2000/10/21 00:18

日本経済新聞2000/3/5朝刊

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 二十世紀を生きた人間の「伝記」を書くことは、他のどの時代にもまして困難だろう。革命と戦争とファシズムの世紀は、伝記の主人公の私的な生活にまで思想的・政治的な問題を持ち込むばかりではない。伝記作家も、それら諸問題との対決を避けることはできない。政治や思想が主人公となってしまうのではなく、生きた人間が主人公であるような伝記は、二十世紀には至難の業である。
 本書は、この難事をみごとに成しとげた。しかも主人公がハンナ・アーレントであるだけに、これは驚嘆に値する。『全体主義の起原』『暗い時代の人々』『イェルサレムのアイヒマン』などによって、彼女はつねに論戦の焦点であり、日本の読者にも鮮烈な刺激を与えてきた。学生時代にハイデガーの秘められた愛人だった彼女は、また、独自の哲学を形成しはじめた時期のヤスパースの愛弟子であり、相互の敬愛と協力は師の他界まで続いた。だが、アーレントの歴史的位置は、思想の領域に自足してはいない。
 一九〇六年にユダヤ人女性としてドイツに生まれた彼女は、五度の戦争を体験し、ナチズムからの亡命を余儀なくされ、ユダヤ人虐殺と闘いながらシオニズム国家を批判しなければならない。一九五六年のハンガリーに「評議会」という現実変革の理想形態を見て、最晩年の学生叛乱に連帯するまで、この非共産党的革命思想家は、「実践の中に理性を認める」試行をやめなかった。この過程で彼女と共演する伴侶、友人、論敵たちは、彼女とともにそのまま二十世紀の歴史の構成者たちなのだ。
 これらの人物たちが二十世紀の諸時点でそれぞれの役割を演じるさまを、本書はさながら推理小説の謎解きのような魅力をもって描き出す。著者が主人公の学生であるだけに、論点が主人公に好意的なのは少々気になるが、二十世紀の歴史と未解決の諸問題を再考するうえで、避けることのできない一冊である。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000

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