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野崎武夫さんのレビュー一覧

投稿者:野崎武夫

5 件中 1 件~ 5 件を表示

市民オンブズマンのみなさまに朗報!!!お役所の仕事ぶりをチェックするヒントが満載です。

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 1972年、イタリアは大規模な地方制度改革を断行。国の権限の多くを、20の各州に移譲、分権した。この制度改革によって、イタリアのお役所の仕事ぶり、行政パフォーマンスはよくなったのか? 著者パトナムはこの問いに答えるため、仲間の研究者たちと、なんと20年以上もの歳月をかけて、政治家や地域リーダー、一般市民との対面調査や標本調査などの大がかりな実態調査を行なった。

 パットナムがこの調査から得られた考察は、次のようなものだった。1970年代の地方制度改革は、イタリアの北部の州と南部の州とに著しい「格差」をもたらした。内閣の安定性、予算審議の迅速さ、統計情報サービスの充実度、官僚の応答性といった点における「質」の差である。例えば、官僚の応答性については、こんな実験が実施された。20州の職業教育局宛に、中学を卒業したばかりの「弟」のために職業訓練施設を紹介してほしいとのフィクションの手紙を発送する。どのくらいの時間で、どのような内容の返答があるのかを、抜き打ちチェックするためである。実験の結果、北部の諸州からは1週間以内に過不足のない回答が戻ってきたのに対し、南部の諸州では書面での照会は無視され、再三、電話で問い合わせたものの、満足のいく回答を得るまでに数週間を要したばかりか、担当の係官まで幾度か足を運ぶ必要まであった、ということがわかった。

 パットナムは、各州に同じような権限が譲渡されたにもかかわらず、なぜこれほどまでに、州によって仕事の遂行にバラツキが生じるのかという問題に取り組み、それは「市民的参加」の積極性の差から生じる格差ではないかと、原因を突きとめる。つまり、市民の成熟度が異なると、お役所の仕事ぶりの「質」にまで、「格差」が生じてくるのだと。ただしこのような回答は、政治学の分野ではよくありがちな、民主派の主張にすぎない。しかしパットナムの推論はここで終わらない。「市民の成熟度」が、実は、「信頼」「評判」「協力」の基礎になる「社会資本」(=下水道や電気ではない)と深く関わっていることを明らかにしていくのだ。

 結論から紹介しよう。パットナムによると、「市民の成熟度」とは「水平的な市民的絆の発達度」である。それは「同業組合、相互扶助協会、労働組合、サッカー・クラブや読書会」、あるいは「合唱団や野鳥の会」などの諸団体(アソシエーション)に代表される。「水平的」な絆によって結ばれた諸団体のネットワークが発達していればいるほど、市民の成熟度が高い社会となる。それとは反対に、マフィアやカトリック教会といった団体に代表される「恩顧=庇護主義」による「垂直的」なネットワークだけが発達していればいるほど、市民の成熟度が低い社会とみなされる。他人を信用できる社会か、それとも家族や身内しか信用できない社会か。その違いが、「水平的」か「垂直的」かの分かれ目となる。そしてイタリアでは11世紀頃から伝統的に、北部においては「水平的」なネットワークが、また南部では「垂直的」なネットワークが発達してきており、その違いが現在の南北のお役所の仕事ぶりの格差として現われているのだ、と結論付ける。

 一見すると、政治とも行政とも何の関係ない「合唱団や野鳥の会」が、なぜか、お役所の仕事ぶりに影響を与えてしまう。こんな突拍子もないテーゼを知るだけでも一読の価値がある。それに、本書の調査方法もかなり使える。

 市民オンブズマンのみなさま。もし、日本でも地方分権がすすむのだとしたら、お役所の仕事ぶりにも、どのような格差が生じてくるのかを見届ける必要があるのではないでしょうか? 政治家や地域リーダーへの対面調査、お役所にフィクションの手紙を送りつける抜き打ちチェック。ひょっとしたらそれは、私たち「市民」のお仕事なのかもしれません。 (bk1ブックナビゲーター:野崎武夫/編集者 2001.05.09)

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読んで、マジ納得!

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 家を持つ。ライフサイクルがめぐってくると、だれもが一度は夢をみる、今でも人生のおおきな目標である。結婚したから、子供が大きくなったから、年をとったから、仕事をやめたから……。家を持つには様々な理由があるだろう。本書は、著者がいかにして「理想の家」を求めて、さまよいつづけたのかを正直に描き出す、ドキュメンタリー・タッチな導入部からスタートする。

 兵庫・芦屋で生まれ育った著者にとって、6年前の阪神大震災は、ふたつのおおきなショックを与える出来事だった。ひとつは故郷を失ったというショック。いつかは故郷に帰ろうと思っていた彼女にとって、東京での暮らしはあくまでも「仮住まい」だった。しかし、崩壊した街並みは、漠然と帰ろうと思っていた彼女の甘い気持ちを、ひっくり返した。もうひとつのショックは、自分の暮らしが、いかにもろい基盤のうえに成り立っているかを痛感させられたこと。水道、ガス、電気。多額のローンを背負いながら、中途半端に豪華な高層マンションに暮らすということの意味。「家」が、命と人生設計とを左右する、大きな障害になると実感したのだという。

 そこで、著者は、理想の家探しを開始した。当時、住んでいたのは、バブル期に買った川崎市内にある駅からバスで20分弱の高級マンション。ただし、ふたりの子供を育てながら都内のアパレル・メーカーに勤務する彼女にとって、そこでの暮らしは、ヘトヘトに疲れるものだった。保育園の送り迎え、片道90分の通勤時間。彼女はそれに耐えかねて、ついに会社を辞め、自宅でライター業をはじめる。けれども不満はおさまらなかった。仕事や家事の息抜きに、昔はひょいと出かけていた映画や芝居に行けない。気軽に立ち寄ることのできる本屋やCDショップもない。友人と会うのもままならない。大人が食事をする店もない。都内の賃貸マンションでの暮らしが身に付いた彼女にとって、郊外の豪華なマンションは、「取るに足らない不満」の巣窟になってしまった。彼女の「理想の家」の実現は困難を極めた。そもそも「理想の家」とはなにか。広さなのか、環境なのか、構造なのか、機能なのか。「理想の家」を持つためには、どうやら自分たち(家族)だけの条件を見極めなければならないらしい。

 本書の後半は、そのような条件の見極めに成功し、見事に自分たちだけの「理想の家」を持った12家族のケーススタディ。土地探しから建築家や工務店との出会いまで、具体的なガイドになっている。なかでも感心したのは、ハウスメーカーで満足度100%の家を建てた浅井さんご夫妻のケース。効率がよくて儲けの大きいプランしか持ってこないメーカーの営業マンをやりこめて、ドアノブから建材にいたるまで、そのメーカーが扱っているもののなかから最善のものを選択し、自分たちで図面を引いたという一家のお話。また、建築家に頼んで120%の満足度を得た奥山さん一家のケーススタディは、日本の土地事情に頭を抱えるご家族にとっては参考になるばかりでなく、勇気すら与えてくれる。巻末には、工務店や建築家、施主のひとたちが本音でかたる座談会の模様がおさめられ、ムックのような充実ぶり。後悔しない家を持ちたいと望むすべての人のための、実用的なガイドブックになってます。 (bk1ブックナビゲーター:野崎武夫/編集者 2001.04.01)

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いまや表現の自由は「公共広告」にだけに許されている?

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 政治犯救済、人種差別、幼児虐待、家庭内暴力、エイズ、麻薬撲滅、嫌煙、飲酒運転……。「公共広告」は国や自治体、各種活動団体などが、社会的正義が発揮されつづければならない領域を維持するために制作される、自由な表現である。そのメッセージは上記のように多岐にたわり、すぐれた表現には共通した要素がある。ストレートで訴求力の強いヴィジュアル、そしてシンプルなメッセージ。

 中年女性のアップ。ほつれた髪。額に深くえぐれらた傷。うつろな視線。腫れあがった唇。そして次のようなコピー。「Because he had a shitty day(なぜなら、夫にはクソみたいな一日だったから)」。これはポーランドの広告会社が制作した、家庭内暴力反対のポスターである。家庭内暴力の相談所が、電話番号を告知し、専門家に相談することの重要性を訴えるために制作した。家庭内暴力の犠牲者は、妻だけでなはい。下着姿の7歳くらいの少女も、痣だらけの顔をカメラに向け、泣き出しそうな思いをこらえている。コピーは「Because he was pissed off(なぜなら、父は怒っていたから)」。やりきれない思いが残る。

 あるいは、15人のスナップ写真が並ぶポスター。金髪の太めの女性がにっこり笑う写真。2歳くらいの女の子が砂場で遊んでいる写真。その隣には、野球帽をかぶってバットをかまえる小学生の男の子。精悍な表情でカメラを見据える黒人の青年。ただしこれらは、ただのスナップ写真ではない。それぞれの写真には、「Killed6/23/93」というように、日付が記されている。飲酒運転による交通事故の犠牲者たちの、生前のスナップ写真である。人にはいろいろな人生があり、いろいろな未来が拓けていたであろうことを、このポスター見ている人は想像しないわけにはいかない。コピーは次のとおり。「Drunk driving doesn’t just kill drunk drivers(飲酒運転は飲酒運転をしている人だけを殺しているわけではない)」。

 この本を読んでいると、不思議と広告表現のもつ力を信じようという気持ちにさせられる。切実なメッセージを、どれだけストレートに伝えられるか。そのような課題に、多くの広告制作者が真剣に取り組んでいることがわかるからだ。著者はヤング&ルビカム社のクリエーティブ・ディレクター、ジャック・ワース氏にインタビューを行なっている。すぐれた公共広告はどのようにしてつくられるのか。ワース氏の返答は、

「公共広告はクリエイターにとって、自己の力を発揮できるチャンスなのだ。普段の仕事のようにクライアントに、ああしろこうしろと言われないないで、自己の創造性を自由に駆使したクリエイティビティが発揮できるからだ」。

 日本の広告業界とは少し事情が異なるのだろう。けれども、たとえそうだとしても、くだらない標語や子供だましのキャンペーンにつき合わされるのは、もう、うんざり。誰に言えばいいのかよくわからないが、国や自治体、各種活動団体、そして企業のみなさん、心にぐっとくるような公共広告を、ぜひつくってください!!! (bk1ブックナビゲーター:野崎武夫/編集者 2000.12.15)

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紙の本二人暮しのお取り寄せ

2000/08/25 18:15

さっそく「お取り寄せ」しておいしく召し上がれ。

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 著者の秋元麻巳子とは、元「おニャン子クラブ」の会員・高井麻巳子にして(そうそう、当時は番組のなかで「会員番号◯◯番」という自己紹介の頭についけるフレーズがなんとも新鮮だったっけ)、秋元康の妻。秋元康といえば、長者番付の常連。長者番付の常連といえば、高額納税者であるばかりでなく、もちろん、お金持ち。

 そのお金持ちのご夫婦が、全国から「お取り寄せ」して食べている品々? と聞けば、もちろん、興味とヨダレが湧きますよね!

 それに帯にはグルメ林真理子の推薦文。
 「秋元家からの到来ものは、どれも抜群においしい。そのすべてを教えてくれたこの本のおいしそうなことときたら、そりゃあもう……。」
 ときた日にはもう……。

 もちろん秋元家からのご「到来もの」などないご家庭でも、この本を見ればすぐにご相伴にあずかれます。

 春はアスパラガス。お金持ちは、北海道からお取り寄せです。5月に1年分のアスパラガスを召し上がるご夫妻は、グリーンもホワイトも取り寄せます。バターは「エシレバター」(厳選された搾りたて牛乳を木製練機で練り上げられたもの)。パンだけではなく、さつまいもやとうもろこしにもこの「エシレバター」はとてもよく合う、そうです。次にマッシュルームは静岡からお取り寄せ。もちろん無農薬、無漂白のものにかぎります。それにわさび。わさびを「お取り寄せ」しなければならない状況って、いったいどんな状況なのか一般人には想像もつきませんが、秋元ご夫妻は、別荘のある伊東の商店街で、わさびの専門店を見付けてしまう。そして干し椎茸にチーズケーキ。お米に栗蒸し羊羹。めんたいこにラ・フランス。ざる豆腐に湘南ビール。ああっ本当においしそうな品々ばかりが、次々と出てきます。

 「食べることが好きな私が、12年間ためておいたお取り寄せの切り抜きの中から、思い入れのある60点を並べた」のだそうです。

 お金持ちご夫妻が、その舌と財力で探し当てた鉱脈を、惜しげもなく披露する、たいへん手間暇のかかった一冊です。著者によって水彩色鉛筆で丁寧に描かれたお取り寄せ商品のイラストレーションも、ぜひごいっしょにご賞味あれ。 (bk1ブックナビゲーター:野崎武夫/編集者 2000.08.25)

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紙の本真珠の耳飾りの少女

2000/08/25 18:15

謎の画家フェルメールに迫る全米ベストセラー待望の邦訳。

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 2000年、日本の美術界は「フェルメール」の話題でもちきりのようだ。4月4日から7月2日まで開催された大阪市立美術館の「フェルメールとその時代」展は、65万人もの入場者でにぎわったという。国立西洋美術館では「レンブラント、フェルメールとその時代」展が開催(7月4日から9月24日まで)されており、上野の森は多くの人でにぎわっている。このふたつの展覧会については雑誌やテレビでも紹介され、書店の平台にも関連書籍がその一角を占めて並べられている。

 そのなかでも、一風変わったフェルメール本に関心があるならば、ぜひ!!! この本こそを選ぶべきだろう。表紙をかざるのは、フェルメールの代表作「青いターバンの少女」。ロンドンに暮らすアメリカ人作家トレーシー・シュヴァリエは、この一枚の絵を手がかりに、思いがけないドラマを描いてみせた。 舞台は17世紀のオランダ。主人公は、画家フェルメールに仕える16歳の女中である
。寡作で知られるフェルメールは、作品の由来や履歴についてほとんど情報がないことでも有名である。たとえば、この「青いターバンの少女」。青と金という斬新な色づかいの布についても、布の先を長く肩にたらして巻く着こなしの由来についても、実はよくわかっていないらしい。美術史では異国風情緒、「シノワズリー」の先駆け、といった説明で片づけられてきたものの、実際にそれがどのていど信憑性のある説明なのかもわからない。それにこの少女はいったい誰なのか? 年端のいかない少女の左耳は、なぜ不釣り合いな大粒の真珠で飾られているのか? と多くの謎が放置されている。

 本書のなかでは、これらの疑問にたいする著者の答えは女中として仕える少女に託された。少女は、タイル職人の父親と内職をする母親の家庭に生まれる。事故で失明した父親に代わり、16歳になった少女は、さっそく女中の仕事に出されることになった。父親ゆずりの美的感性は受け継いでいるものの、少女自身の審美眼を活かせる仕事など、当時のオランダにはありえない。少女は画家フェルメールの家で、10人分の洗濯に明け暮れた。一家の実権を握るフェルメールの義母やフェルメールの妻、女中頭の小言に耐える生活のなかで、少女の唯一の楽しみは、画家の部屋を掃除するときにのぞき見る、新作の進捗具合だった。

 ある日、パトロンの気まぐれで、彼女はフェルメールの絵のモデルになるよう、指名される。部屋の掃除をしながら絵画の構図や制作過程を学んでいた少女は、フェルメールのデッサンに決定的に足りないものを見抜いてしまった。布を巻くこと、真珠のイヤリングを添えること・・・。しかし、女中が旦那様にむかって、アイデアを軽々しく口にすることなどできるわけがない。彼女はあの大きな瞳で、あこがれの画家にむかって、ただただ訴えかけようと、必要以上に眼差しを強めていく。

 著者は膨大なリサーチにもとづき、当時の階級格差を描くことで、17世紀オランダのリアリティを追求しようとしている。フェルメールが、パン屋に払えなかった代金を絵で清算したり、絵の制作に関してはパトロンのファン・ライフェン夫妻の言いなりだったといった、よく知られた逸話も登場する。作品の由来や履歴に自由気ままな想像をめぐらせながら、展覧会に合わせて一読しておきたい。 (bk1ブックナビゲーター:野崎武夫/編集者 2000.08.25)

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