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  3. 尾崎 護さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

尾崎 護さんのレビュー一覧

投稿者:尾崎 護

11 件中 1 件~ 11 件を表示

日経ビジネス2001/04/02

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

NHKの大河ドラマで北条時宗が取り上げられているが、時宗といえば何といっても元寇である。
 わが国本土が他国の攻撃を受けたのは、元寇と太平洋戦争だけであるが、ユーラシア大陸を席巻した蒙古軍がなぜ日本侵略を2度の攻撃だけであきらめてしまったのか、考えてみると不思議である。
 本書は、「東アジアの国際関係再構築に向けて」と副題にある通り、現役の外交官(駐仏大使)である著者が、東アジアにおける中国の覇権(册封と朝貢)を巡る日本、朝鮮、ベトナムの対応ぶりを卑弥呼の時代から比較概観し、主として外交的視点に立って整理したものである。その意図するところは、再びアジアを覆い始めた中国の「巨大な力と影」に21世紀の日本がいかに対処すべきかを考えるに当たって、歴史から教訓を読み取ろうとする試みである。駐ベトナム大使、駐韓国大使を歴任した著者は、まさにその試みにうってつけの人物であると言えよう。
 本来、いささか外交的センスに欠けるところがあるからだろうか、わが国では周辺諸国との交流を文化面・経済面から分析した業績は少なくないが、外交という視点で、しかも古代から現代にわたって論じた著作はあまり存在しないように思う。その意味で意義ある労作である。
 それこそ大河の流れを凝縮したような内容になっているから、正直言って読者にある程度の歴史的な知識が必要である。ベトナムの歴史に疎い筆者には特にその感があった。
 ただし、著者もそのことは当然意識してこの本を書いたらしく、詳細な引用図書・論文の注が付されていて、どこで詳しい知識が得られるかを明らかにしている。欲を言えば、歴史地図を掲げておいてくれたら内容の把握に便利であろうと思った。
 ところで冒頭に挙げた疑問であるが、著者によれば、蒙古の日本侵略は元の威信とクビライの意地以上の動機を持っておらず、高麗や南宋の軍勢を含む臣下の側は日本侵略にそれほどの熱意を持っていなかったとされている。また、クビライの真の目的は、日本が南宋に通じないよう脅しをかけ、かつ高麗軍を部下として使うことによって高麗を完全に服従させるところにあったのではないかと見ている。
 この点、大河ドラマではどのような見方が取られるのであろうか。
 読み進むと、何となく今後の対米外交の方向までぼんやり示されているように思えてくる。ぜひ、若い政治家たちに一読してほしいものである。
Copyright (c)1998-2001 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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とっつきにくい税制問題について,時の話題であるポイントを要領よく解説

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 税金のことなど考えずに暮らすことができたら,こんなにいいことはないと思うけれども,現実はそうはいかない。それは個人的な問題としてだけではなく,世の中の動きに追いついていくためにもある程度の税の知識が必要である。なぜブッシュ大統領は大減税をするのか,しかも相続税をなくすなどといっているが,それはどういうことなのか,株価対策としての税制改正が話題になっているが,なぜ非課税にできないのか,等々,一人前の社会人としてはある程度の税の知識なしには時局も語れない。
 では,と志を立てて財政学の本をひもとけば,難しい課税原則の話や,微分方程式やら見慣れぬグラフやらが並んでいて,いま議論されている問題とは迂遠(うえん)なこととしか思えない理屈が書き連ねてある……。こんなもどかしい思いをしたことがある方に,この本は絶対お薦めである。
 筆者の森信茂樹氏は大阪大学の教授であるが,以前,大蔵省で税制の実務を担当していた。従って,税を理論的に論ずるだけでなく,人間の生活に欠かせない社会的存在物としてみている。社会の進歩により人間の生活の仕方が変化していくのにつれて,税制も変化していく。しかし,その変化にかかわらず,いつの世にも貫かれている税の原則もある。原則と変化のバランスの取り方に実務家は苦しむ。株価対策が重点政策だからといって,ただちに株の取引・配当・譲渡益を非課税にできない事情があるのである。
 それはなにか。答えをこの書から知ることができる。新書版200ページで,年金課税,金融課税,株の譲渡益課税,ベンチャー課税,外形標準課税,福祉目的税(消費税),相続税,IT申告,電子商取引課税,環境税と,時の問題にまんべんなく触れ,問題点の大筋を解説している。一読後いっぱしの税制通になれること請け合いである。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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日経ビジネス2000/3/6

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第2次大戦後の欧州でマーシャル・プランによる米国の援助の受け皿として設立された欧州経済協力機構(OEEC)が、経済協力開発機構(OECD)に改組されて新たなスタートを切ったのは、1961年のことである。既に40年を経た。
 当初は欧州18カ国に準加盟国として米国とカナダが加わった20カ国が構成メンバーであったが、64年に日本が加盟したことによって、OECDは欧州諸国のクラブとしての性格を超えて、世界的な広がりを持つようになってきた。現在は29カ国からなるが、29番目の加盟国は96年に加盟した韓国で、日本に次いで2番目にアジアから先進国クラブに仲間入りを果たした。
 OECDは先進国のクラブとしてわが国でも広くその名を知られる。クラブという言葉にはどこか秘密の香りがあるが、OECDの場合も実態は必ずしも一般に知られていない。ハイクラスのクラブに入れてもらったことで満足感は味わっているが、クラブの利用法が十分にわからずにいる新参者といった感じがいまだに拭い切れないでいるように思う。
 著者の村田良平氏は外交官としての長いキャリアにおいて、また大学における研究者として、OECDにかかわりを持ち続けた精通者で、一般に知られているようで知られていないOECDという国際機関の内容と役割を平易に解説している。副題に「世界最大のシンクタンク」とあるように、OECDをわが国にとっての貴重な情報源として捉える見方、また、コンセンサスを基本とするピア・プレッシャーの世界としてわが国の情報発信に好適な場として捉える見方は、まさにこのクラブの利用法についての優れたガイダンスである。
 ピア(peer)とはもともと英国の貴族の5つの階級を指す言葉のようであるが、転じて能力、資格、年齢、社会的地位などにおいて同等である人を意味している。だからピア・プレッシャーというのは、同等者の間の紳士的なプレッシャーで傲然たる押し付けとは性格を異にする。
 確かに、米国との交渉で有無を言わさぬ強引さに閉口し続けてきたわが国にとって、ピア・プレッシャーの世界であるOECDは魅力ある発言の場である。OECDの場を借りて、同等者である他の加盟国を交えながら、わが国の考えを発信していくことの意義は大きい。これまでとかく弁明の場になりがちであった国際的な場を積極的な主張の場に変えていくうえでも、OECDが貴重な存在であることをこの書は淡々と伝えている。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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日経ビジネス2000/3/27

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 後代によい環境を引き継いでいきたい、と通常人なら誰でも考えるであろう。与えられた地球環境は、言うなれば神の恵みであるから、それを汚して世を去ることはとんでもない冒涜であるとも思うであろう。
 しかし、そんな気持ちはあっても、何をしたら環境保全に貢献できるのかわからないのが凡人の悲しさである。せいぜい燃えるごみと燃えないごみの仕分けなどして、環境保全に一役果たせたようなささやかな満足感を味わっているくらいのところだ。
 そこに『「リサイクル」してはいけない』という本が出た。しかもご丁寧なことに、肩書に「環境にやさしい生活をするために」とある。われわれ凡人のささやかな満足感は粉々に砕け散る一撃である。
 しかし、一読してみると、週刊誌の記事に取り上げられたくらいだから読み物としてなかなか面白い。その面白さは何となく思い込んでいたことが突き崩されるところ、つまり意表を突かれるところにある。
 例えばペットボトル。分離工学という学問の手法で分析すると、ペットボトルの回収再生は、品位の低い鉱石から鉱物を精製しているようなものなのだそうである。そのため、再生すると石油から新品を製造する場合より3倍から7倍の資源を費消する結果となるようだ。分別収集で環境に貢献していたつもりが逆に環境に負担をかけていたと知って愕然とする。
 再生紙だって同じことで、収集し、インクやよごれを取り、再生する過程で多大のエネルギーを費消する。それなら森林を再生する太陽の力による自然のリサイクルにまかせ、人間は植林などでお手伝いする方がよい。
 ごみの処理はどうするのか。著者は、燃やして熱エネルギーを利用するかたわら、灰を集めて人工鉱山にしたらよいと言う。後世そこから資源を取り出そうという構想である。
 その他諸々、著者の発想は実に興味深いものがある。しかも、紙のリサイクルをする前に、昔のように裏表を使うことが大切などという無駄遣いの戒めがあったりして、現代の大量生産・大量廃棄に警告を発しているところがわが世代にはわかりやすい。
 著者の言うとおり、最近のリサイクルブームは多分に情緒的なものなのかもしれない。そこは説得されてしまうのだが、そうかと言って環境問題に個々人が直接取り組めることとしては節約以外にはリサイクルしかないのも現実である。リサイクルが環境問題に取り組む貴重なきっかけであるとすれば、その芽を摘むのは惜しいという気もする。
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紙の本楽毅 第1巻

2000/10/26 00:20

日経ビジネス1999/12/6

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大作である。5年を費やして最近第4巻が発行され、完結した。
 時は中国の戦国時代、つまり紀元前3〜4世紀の頃の話である。
 華北に中山国という小国があった。その国の宰相の嫡子である楽毅が、斉の首都臨〓に留学するところから物語が始まる。楽毅はそこで孫子の門をくぐる。兵略をもってなる孫子は、実は2人いて、1人は春秋時代の孫武、もう1人は戦国時代の孫〓である。孫〓は、まさに楽毅の留学先である斉の軍師で赫赫たる戦果を誇ったが、楽毅が臨〓に行った時は既に鬼籍に入っていた。しかし、その直後の弟子に入門したというのだから、孫〓の存在を身近に感じることができたことだろう。
 当時の斉の実力者は宰相の田文、即ち孟嘗君であった。孟嘗君は諸子百家と言われたこの時代、食客・侠客を多数抱え民心の収攬にもたけていた。中山国が趙の武霊王に狙われていることを知った楽毅は、書生の身で単身孟嘗君を訪ね、助力の可能性を探る。
 孫子と孟嘗君は楽毅の生涯に強烈な影響を与えた。両者を楽毅という名将の戦略と生きざまを織り成す縦糸として、著者は物語り、読者を楽しませる。しかし、それだけではない。読者は楽しみつつところどころに現代の政治や企業経営に通ずるものを見いだして、啓発されることだろう。
 例えば、楽毅は歴史を重視する。歴史を知ることで、現実の人と世界がくっきり見え始める、というのである。
 戦略を多く知るが、それに固執して理論倒れにならない。あくまで眼前の状況に応じた臨機応変の作戦をとる。
 「大功を成す者は、衆に謀らず」という言葉が出てくる。とかくポピュリズムが支配しがちな現代にあって、稀な一句と言えよう。リーダーシップが政治に求められるのは戦国時代も現代も変わらない。
 楽毅は将軍でありながら戦争に勝つことだけでなく外交を重視する。孫子の兵法に五事ということがあって、それは道・天・地・将・法である。法とは戦法である。それは五事の最後にすぎない。最も重要なのは道であるが、では道とは何か。「道とは民をして上と意を同じくせしむるなり」と呟いた楽毅の口中に空しさが広がった、と著者は書いている。
 考えてみれば、議会制民主主義というものも、民と上との意を同じくするための人間の知恵なのであろう。しかし、それが本当に口中に空しさを感じさせないものであると自信をもって言い切れるかと問われれば、少し躊躇の念なしとしないように思う。
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日経ビジネス1999/9/27

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 年に一度人間ドックに入ることにしているが、必ず体重を少し減らしなさいと注意される。
 よし、ダイエットをしてやろう、と毎年決意するのだが、結局何の成果もないままで1年が過ぎてしまう。その繰り返しで、ただ己の意志薄弱を歎くのみである。
 今年も夏の初めにドック入りして、また同じ注意を受けた。確かに数字を見れば、私のBMI(体重〈kg〉を身長〈m〉の2乗で割った値)は27.4で立派な肥満である(日本ではBMI26.4以上を肥満と呼ぶ)。ちなみに、米国での肥満の定義は男性でBMI27.8以上であるようだから、私もアメリカン・スタンダードなら肥満ではないわけだ。
 今年こそ減量に成功するぞと例年通りの固い決心をしてみたが、中国に出張して夏風邪をこじらせたのを言い訳に、ぐずぐず日を送ってしまった。そんな時、この本を見つけた。
 どちらかというと意志は強固なはずの私が、ダイエットに限って失敗を繰り返すのは遺伝子のせいであったかと、読む前から妙に納得してしまったタイトルである。
 マウスを用いた実験によって、肥満遺伝子が発見されたのは1994年のこと。人間をはじめほとんどの脊椎動物に肥満遺伝子があるらしい。
 肥満遺伝子はレプチンというたんぱく質をつくる。ギリシャ語で「痩せ」のことをレプトスというそうであるが、レプチンの名はそれに由来する。痩せるたんぱく質とは、素晴らしいではないか。そのレプチンは脂肪細胞でつくられ、血液中に分泌されるというのだから、脂肪細胞だって邪魔にばかりできない。
 そもそも我々の体は、サーモスタットが温度を調節するように、体重が一定のセットポイントの値になるようコントロールされているのだそうで、全く神のなすわざとしか言いようがない。
 それがどこか少し故障すると肥満になる。ただ、肥満の9割は高レプチン血症なのだそうで、つまりレプチンは正常に分泌されているのに、それを受けて食欲をコントロールする機能に異常があるようである。
 環境の影響も大きい、と著者は書いている。ふとった人ばかりが住んでいる南の島があるとは聞いていたが、肥満はアメリカ的食習慣が持ち込まれてから始まったそうだ。
 その米国では、喫煙率を下げることには成功したが、肥満対策の方はさっぱりだそうである。
 確かに「大食」は7つの大罪のひとつなのだ。罪を逃れるのは容易ではなさそうだ。などと考えながら、今年も食欲の秋を迎えようとしている。
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日経ビジネス1999/5/10

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 日本が影響を受けた外国と言えばまずは米国を思い浮かべるが、それでも中国から受けたものに比べれば影響の度合いはまだ小さいと言えよう。なにしろ、少なくとも歴史が文字で記され始めた時から、既に日本は中国の影響下に置かれているのである。
 しかし、その割には我々は中国について知るところが少ない。中国との間でとかくいろいろな食い違いが生じがちである。その理由の1つとして、日本側の勝手な思い込みが、中国を正しく知る妨げになってきたと本書は指摘する。
 稲垣・加地両氏の対談の形式をとった本書は、まず日中の言語感覚の相違を挙げる。中国語の概念は一語一語非常にしっかりしていて、ゆえに「てにをは」のようなもので膠にかわづけする必要がないというのである。言語の相違が思考の相違になり、中国人は実(内容)中心となるのに、日本人は名(形式)にとらわれがちになると説く。
 よく言われることだが、もともと「異文異種」である中国と日本を「同文同種」であると思い込んでしまったことが誤解のもとなのである。本書には「異母文化の衝突」という副題がつけられているが、確かにまず、似て非なることを認識するところから、正しい日中関係が生まれてくるのかもしれない。
 中国人と日本人の違いはいろいろ例示されているが、それぞれが面白い。
 例えば贈答の仕方である。日本人は贈り物を紫の袱紗にくるんだりして目立たないようにするが、中国では目立つようにして贈る。包みから半分はみ出すようにして持っていくというのである。このような即物的な感覚のもとでは、言葉だけの謝罪などは通じない。悪いと思っているのなら、言葉だけでなく即物的に示さないと、中国側の理解はなかなか得られない。
 食事に対する感覚も違う。中国人は食事に招いても、それほどありがたがらないそうである。日本ではご馳走することが最高の接待だが、中国人はこれも即物的というか、生理的に生きていくために食べるだけという感覚のようである。だから器などには興味がないし、懐石料理のように冷えた料理がちまちまと供されるものは評価しない。温かい汁をたっぷりかけた天丼の方がよほど喜ばれるというのである。
 この卑近な例だけでも、確かに日本人と中国人はまったく違う思考の持ち主であることを思い知らされる。改めて中国人を理解し直さないと、いつまでも付き合い方を間違えたままで過ごしてしまうということを認識させてもらった。
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日経ビジネス1999/6/14

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 表紙の帯にある「『政府頼み』から『民力』へ!」というアピールに惹かれて読んだ。
 規制緩和だ、小さな政府だと叫びながら、民間の有識者が打ち出す経済対策が結局「政府頼み」になっているのは皮肉であり、不思議に思っていたからである。
 住専問題のときは7000億円足らずの財政支出に日本中が怒り狂った。それが金融システム対策に60兆円の公的資金を投入するまでに意識が変わった。もちろん、金融ビッグバンと呼ばれたような急激な改革を行った上のことにしても、わずか数年の間にこの変わりようである。
 景気対策としての公共事業支出や中小企業の窮状を救う貸し渋り対策もまた、公的資金の投入を手段とするものである。さらに、忘れてならないのは減税だってそうだということだ。
 なかでも、特定の政策目的を持って行う租税特別措置は、補助金と全く同じ性質といえる。それなのに、補助金となるとさすがに遠慮を見せても、租税特別措置なら気軽に要求する風潮があるような気がしてならない。
 そんななかにあって、本書では、各方面で幅広い活躍ぶりを見せる筆者が、あらためて「民」の奮起を求めている。
 著者は、政府が大型の景気対策を何度も講じているのに、民間経済に一向に火がつかないのは、莫大な過剰設備があるからだと言う。
 経営の効率を悪化させているという点では、企業の過剰設備と銀行の不良債権は似たようなものである。過剰設備についても不良債権に対するものと同じような対策を政府に求めたくなるのは、自然な成り行きかもしれない。しかし、それなら誰も銀行の失態を笑えなくなるし、政府の過剰関与を非難できない。
 著者は、現況をブレークスルーするには、需要構造と供給構造のミスマッチを是正するため、民間の供給サイドがしっかりと市場を見つめ、顧客のニーズに的確にこたえていくことが大切であると力説する。民間は政府の経済対策に期待するという図式を抜け出し、政府は民間の努力を実らせるための条件整備に徹せよとも言う。
 特にメガトレンドに沿って進路を開く必要性を強調していることにも賛意を覚える。例えば、メガトレンドの代表ともいえる「高齢者」にマッチした供給構造を作り上げることは、やがて20年後にやってくる米国や中国の高齢化市場に進出する手段を持つことになるからだ。
 著者の主張は明快で分かりやすい。論旨にやや重複が見られるが、豊富な実例で読者を飽きさせることがない。
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紙の本風評私評

2000/10/26 00:16

日経ビジネス1999/2/15

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 藤原作弥氏の書評集である。
 帯に「日銀副総裁の選んだ76冊」とあるが、実際は日銀副総裁就任前に書かれたもので、最近は守秘義務にはばまれ、執筆を自粛しているようである。宮仕えの不自由さを実感していることと同情する。
 書評集を書評にとりあげるというのは妙な感じだが、この本は単なる書評集ではなく、近過去におけるそのときどきの時評集でもある。著者本人も「一冊の本を肴さかなにして、連想を世相や森羅万象にまで広げた偶感的エッセーである」と述べている。
 特定の本を媒介にしているだけに、その本が店頭をにぎわせたころの記憶が呼び戻され、その時点に記憶の焦点が合ってきて、うん、あのころはこんな議論がされていたな、などと思わず独語させられてしまう趣向になっている。そこが一段と楽しい。
 「初出誌『諸君!』(1986年7月〜98年5月)」とあるから、足掛け13年にわたる書評を集めたものであるが、個々の書評に何年何月のものかが記載されていない。それがあればさらに臨場感を増したように思われ、ちょっと残念である。
 しかし、それは些細ささいな話。本好きの読者には文句なく楽しめるし、著者の評言には現在なお啓発されるところが多々ある。読み落としていた本をいまから読んでみようという気持ちにもなる。驚くのは著者の広角的な読書範囲である。お堅い経済学の本から漫画、はてはおならの話にいたるまで、奔放に読み尽くしている。いろいろの本を読んでいるつもりでも、読んでみようという食指が動く本の範囲は案外せまいものであるが、この書評集では、どのような読書傾向を持つ人でもお好みの分野の本の書評を見いだせるのではないかと思う。
 随所に著者が時事通信社のワシントン支局に勤務した時代の思い出話が出てくる。私自身もワシントン勤務の経験があることもあって、これがなかなか面白かった。往年ワシントン勤務の特派員の間ではやった「ワシントン貧乏物語」(私は「アメリカ貧乏物語」であったと記憶しているが)という歌の話などが出てきて思わず頬が緩む。米国のマスコミの話にことよせて、ちらちら出てくる日本のマスコミのあり方に対する批判(反省?)もなかなか手厳しいものがある。この時代の経験がジャーナリスト藤原作弥の血となり肉となっているようである。
 「中国。満州の本を読む」というタイトルのもとに取りまとめられた13冊の書評に特に惹ひかれたが、白状すると自分では1冊も読んでいない。それでも面白いというのが、藤原流書評の神髄であろうか。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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紙の本学校崩壊

2000/10/26 00:16

日経ビジネス1999/3/29

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 わが国における学校制度の最初の総合的基本法令といえば、1872年8月の「学制」である。その前年に設置された文部省が満を持して放った近代的教育制度の一の矢である。
 「必ず邑むらに不学の戸なく、家に不学の人なからしめん」という学制の宣言は、今でも人の心を揺するものがあるように思う。わが国の近代初等教育システムはこの言葉からスタートした。そして高い識字率を実現し、国の発展の基礎となった。
 しかし教育の現状はと言えば、そんな昔話にひたってなどいられない状況になっているようだ。著者は現役の公立中学校教諭であると同時に、積極的にメディアでの発言も行っているようで、ジャーナリスティックに学校の現状を語ってくれる。
 例の神戸での事件や栃木県黒磯市での女性教師刺殺事件で、学校がなんだか不気味なものになってきているという印象を多くの人が持ったと思う。しかし、学齢期の子供がいない人や、仕事に追われて子供のことは妻任せにしている父親などは、学校の実態がよくつかめないままでいるものと思う。
 初等教育は国づくり・人づくりの基本に関することであり、これまでは日本が誇りとする分野であった。それが「崩れていく」と現場の教師が悲鳴をあげているとあれば、当然国民全体が教師の悩みを分け合って考えてみなければならない。
 まずはマスコミのキャンペーンに多くを期待すべきことのように思われる。実際に、教育問題はメディアでしじゅう取り上げられているのだが、著者のマスコミ報道に対する採点はかなり厳しい。マスコミだけでなく、最近の文部省の指導方針に対しても厳しい。
 一方で、著者は教師ができることの限界を正直に認め、過大な期待はやんわりと拒絶する。西洋では教会の役割であることまで、日本では学校が受け持たされていると嘆く。
 教育には管理や強制を必要とするという主張は、まさに現場の教師の声で、観念的教育論には見られない実感として読んだ。著者は学校の「教育力」の衰えを嘆き、自由放任への流れを憂える。自由にしておけば自主が芽生えるというものではないと言う。いじめや、「キレる」現象から考えても、理解できる指摘である。
 心配なのは、この本を読んだ父母たちが、崩壊に瀕した公立学校を見放して、レベルの高い私立校にわが子を隔離することにますます血道を上げるのではないかということである。そうなれば、せっかくの問題提起も空しくなりそうだ。今の母親たちの行動パターンから見ると、その可能性は高いような気がしてならない。
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紙の本堀田力の生きがい大国

2000/07/28 17:47

心やさしき元検事が語る助け合い福祉国家論。「夢とエネルギーを取り戻す決め手は,経済ではない」

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 著書の堀田力は,堺屋太一と並んで現在60歳代半ばの世代を代表するイデオローグではないかと思う。堺屋は「団塊の世代」という言葉を流布させた小説の著者であり,堀田は検事総長コースを途中でなげうって,高齢者問題など社会保障の実践分野に身を投じている。二人ともに,現下最大の問題である高齢化・少子化を語るに欠かせない存在である。
 その二人も齢(よわい)65歳に達し,年金受給者グループに仲間入りした。もちろん,二人はまだ壮年の雰囲気をただよわせていて,老け込むにはほど遠いが,このあたりで一度,それぞれの思想の総括をしておくことも悪くない年齢である。『堀田力の生きがい大国』は,堀田にとってそんな感じの一作であろう。だから,所論の土台が,日本の抱える年齢別人口構成問題にいかに取り組むかということであることに,素直にうなずける。
 法律家の書くものはとかくしち面倒くさくなるものだが,この著者は違う。この本でも非常に深刻な問題を幅広く取り上げながら,あくまで平易に書いている。しかも,検事出身というイメージと違って,少し楽天的にすぎないかと思われるほどの性善説に立ち,思いやりに満ちあふれている。
 例えば,個の確立を説いても,堀田流では「自己を肯定して社会性にめざめると,その人は自立してきます。自立すると,自分のことは可能な限り自分でする。そして自分の能力を生かして人の役に立つ。それによって社会がよくなるという循環を生みます」となる。経済学者たちの唱える乾いた自己責任論とは,だいぶ感じが違う。
 年来の主張であるボランティア振興論も,急増する高齢者を支える若い世代に対する思いやりから出ている。だから「小さな政府で大きな福祉」を説き,社会の助け合いの仕組みを考える。高齢者には,自分の資産を使って,できるだけ自分の力で生きようと呼びかけ,リバースモーゲージの活用を模索する。相続税はしっかり課税しようと言いにくいことを言う。そのうえで,NPOには財政援助して,助け合い体制を作るべきだと主張するのである。
 論点が非常に広いので,個別の議論には読者側にいろいろ異論が出そうである。戦後というものの認識が,著者の議論の展開に都合よくなりすぎていないかとか,憲法改正問題の扱いが安易にすぎないかとか,地方こそが主役と言い,市町村の統合の重要性を説きながら,それらの妨げとなっている地方交付税問題に触れていないとか,評者にも疑問が残った。教育論,外交論にも異論・反論が多く出そうだ。
 しかし,そのような疑問が論議を呼び,新たな日本論として日本人に夢を与えるように育つことを,著者は期待しているのだと思う。そして,著者の所論の最大のポイント,日本が,夢とエネルギーを取り戻す「決め手は経済ではない」という考えは,間違いなく多くの人の共感を呼ぶであろうと思う。
(c)Bookreview,Inc.2000

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