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  3. 春名 徹さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年6月)

春名 徹さんのレビュー一覧

投稿者:春名 徹

4 件中 1 件~ 4 件を表示

壮大な視野と独自の角度から歴史科学,自然科学を総動員して解きあかす人類の不均等な発展の謎

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 人類の文明を総体として論じようという試みは少なくない。代表的な例としては,トインビーの『歴史の研究』がただちに思いうかぶ。しかし『銃・病原菌・鉄』はこの伝統に忠実でありながら,ひと味ちがった角度から人類の歴史に迫ろうとしている。
 中心的なテーマは「人類の歴史はなぜ,不均衡に発展したのか?」である。鳥類学者としても著名な著者・ダイヤモンドはニューギニアで調査中に,現地のすぐれた政治家であるヤリという名の人と出会い「なぜ,あなたたち白人はたくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが,私たちニューギニア人は自分たちのものといえるものが,ほとんどない。それはなぜだろうか?」と質問される。本書はこの疑問に答えようとするものなのである。
 自然科学者らしい厳密さで,著者は特定の人種がすぐれているという人種主義や西欧文化優越主義を注意ぶかく排除していく。そしてなおかつ不均衡な発展が人類の文明に生じたことを認める。
 それらのすべてのことの結果として,たとえば1532年11月16日のカハマルカの惨劇−−すなわちピサロ率いる168人のスペイン兵が8万人の兵士に護衛されたインカ皇帝アタワルパを捕虜とし,インカ軍を壊滅状態に陥れる事件が生じた。なぜアタワルパがマドリットに進撃し,スペイン王カルロス一世を捕虜としたのではなく,その逆が起きたのか?(この設問そのものがこれまでの私たちの感覚にとって,とても新鮮に感じられる)。それはさかのぼれば家畜をともなう農耕生活を採用した人々のもとでうまれた剰余物資が,農業以外の行為を行うゆとりを生みだし,たとえば鉄の生産技術,火砲の発明と発達,文字文化による情報の量の大きさなどなどを生んだことの結果にほかならない。カハマルカの高原でスペイン人に圧倒的な優位をもたらした馬と銃は,このような食料生産様式の結果である。
 また家畜から人間にうつされた病原菌は,ある大陸の人々には免疫を与えたが,別の大陸にもちこまれたとき,免疫をもたぬ人々に大きな打撃を与えた。新大陸においてはスペイン人のもちこんだ天然痘が死滅をもたらした。「銃,病原菌,鉄」はこの意味でキーワードとなる。
 分子生物学,進化生物学,生物地理学,考古学,文化人類学など多くの関連諸科学の最新の成果を取り入れたこと,従来の文明発達論がかならずといってもいいほど,ともなっていた西欧優位ないしは高度文明優位の考えを排除した柔軟な思考方法は,歴史学専攻ではなく,しかも太平洋地域でフィールドワークに従ってきた著者ならではのものといえよう。近代的価値をもういちど再吟味し,グローバルな視野から改めて新しい価値の体系を見いだそうとするポストモダンの時代にふさわしい,知的刺激に満ちた一冊といえよう。
(C) ブッククレビュー社 2000

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紙の本カルチュラル・スタディーズ

2001/05/30 18:18

新しい知の潮流—多彩な大衆的文化を読み直す新手法と,その実践についての第一線研究者たちからの提案

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 新しい総合の学として注目のカルチュラル・スタディーズについて概観を試みた書。この“学”の旗手,吉見俊哉氏が総論を書き,メディア,サブカルチュア,人種・エスニシティ,ジェンダーとセクシュアリティ,歴史の政治学の5っの分野について若手の研究者たちが問題点を指摘,キーワード解説もあって,この問題に関心をもつ人には手頃な入門書。
 カルチュラル・スタディーズとは,教養主義でもなく功利主義でもない方向で,現代の多様な文化を問い直し,文化が持つ制度としての側面を明らかにしようとするもの。
 吉見氏の別の単著『カルチャルホ・スタディーズ』(岩波書店)に比べ,本書の方が,この学の意義を伝えるのに急で,少し力みが。しかし,価値の多様化が生んだ混迷が,反理性的な独善と原理主義や偏狭なナショナリズムに収斂しつつあるかに見える時代だけに,文化を意識的に相対化しようとする,この学の意気込みが,かえって鮮明に伝わって来るとも言える。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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強烈な人格の指導者・毛沢東の下で,柔軟に実務を担当,ひとつの国家の建設を指導した男の壮大な叙事詩

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 かつて中国の指導者は一枚岩で個性はないものとみなされていた時代があった。1970年代になって,日中間の人的交流が行われるようになると,どうもそうではないらしいということが実感されるようになった。つまり中国の中堅どころの幹部,とくに実務感覚のある人々にとっては,毛沢東は畏敬(いけい)する雲の上の存在だが,周恩来は手の届くところにいて,慕われる存在なのである。
 中華人民共和国の成立が宣言された1949年10月に,51歳で首相の地位についた周恩来は,その死にいたる26年間にわたってその重責を担った。巨大な責任であり,信じがたい能力である。しかもこの人には人格的な魅力があった。旧式の長いコートを着た周恩来のジュネーブ会議における一瞬をとらえた写真家集団マグナムのカメラマン(たぶん,カルチエ・ブレッソン)の映像は,彼の魅力がヨーロッパ人にも理解できる普遍的なものであったことを示している。
 本書はその周恩来の後半生に関する中国の公式伝記で,未公開の資料が豊富に盛り込まれている。中国流の政治の言葉で紡ぎ出された物語は生硬さを免れないが,そのような約束事の枠にとらわれずに読むなら,叙事詩的ともいえる世界が開けてくる。「惨勝」と形容される状況−−−−日本および国民党にたいして軍事的には勝利したものの,膨大な軍事費,疲弊した農村,時代遅れの工業施設を抱えた状況のもとでひとつの国家を建設し,しかも建国直後に朝鮮戦争への出兵を強いられ(本書では明言していないが,スターリンに強要された不本意な出兵であったことはいまや周知の事実である),彼は軍事と経済の両面を指導しただけでなく,中国の存在を世界に印象づけたジュネーブ会議で,外交官としても卓抜な能力を示した。
 未成熟な国家で,知識階級や専門家の欠如する状況にあって,彼の言葉はわかりやすく明確である。これほど平易に政治を言語化した政治家はまれである。さらに彼の行為にはつねに人間的な配慮がある。建国直後に多くの兵士を復員させる際に,故郷へ残した妻への土産として花模様の布を持たせる配慮であるとか,ジュネーヴ会議の激務のなかで愛妻への手紙に添えて伝書使に託した花だとか。
 しかし圧巻は何といっても文化大革命中の行動である。毛沢東が発動したこの運動が,じつは毛沢東による劉少奇打倒の運動だということは周恩来にすらはじめは判らなかった。68歳の周恩来ははじめて困惑し,次第に無秩序になっていく紅衛兵運動のなかで,国家の基本的な運営を維持するために細心の努力を払う。ますます恣意的になっていく毛沢東という絶対的な権威の激しさに,失脚の危険におびやかされながらも柔軟に対応しようと苦闘する姿は,真の意味でリーダーシップとはどのようなものであるかを考えさせずにはおかない。
(C) ブッククレビュー社 2000

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強烈な人格の指導者・毛沢東の下で,柔軟に実務を担当,ひとつの国家の建設を指導した男の壮大な叙事詩

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 かつて中国の指導者は一枚岩で個性はないものとみなされていた時代があった。1970年代になって,日中間の人的交流が行われるようになると,どうもそうではないらしいということが実感されるようになった。つまり中国の中堅どころの幹部,とくに実務感覚のある人々にとっては,毛沢東は畏敬(いけい)する雲の上の存在だが,周恩来は手の届くところにいて,慕われる存在なのである。
 中華人民共和国の成立が宣言された1949年10月に,51歳で首相の地位についた周恩来は,その死にいたる26年間にわたってその重責を担った。巨大な責任であり,信じがたい能力である。しかもこの人には人格的な魅力があった。旧式の長いコートを着た周恩来のジュネーブ会議における一瞬をとらえた写真家集団マグナムのカメラマン(たぶん,カルチエ・ブレッソン)の映像は,彼の魅力がヨーロッパ人にも理解できる普遍的なものであったことを示している。
 本書はその周恩来の後半生に関する中国の公式伝記で,未公開の資料が豊富に盛り込まれている。中国流の政治の言葉で紡ぎ出された物語は生硬さを免れないが,そのような約束事の枠にとらわれずに読むなら,叙事詩的ともいえる世界が開けてくる。「惨勝」と形容される状況−−−−日本および国民党にたいして軍事的には勝利したものの,膨大な軍事費,疲弊した農村,時代遅れの工業施設を抱えた状況のもとでひとつの国家を建設し,しかも建国直後に朝鮮戦争への出兵を強いられ(本書では明言していないが,スターリンに強要された不本意な出兵であったことはいまや周知の事実である),彼は軍事と経済の両面を指導しただけでなく,中国の存在を世界に印象づけたジュネーブ会議で,外交官としても卓抜な能力を示した。
 未成熟な国家で,知識階級や専門家の欠如する状況にあって,彼の言葉はわかりやすく明確である。これほど平易に政治を言語化した政治家はまれである。さらに彼の行為にはつねに人間的な配慮がある。建国直後に多くの兵士を復員させる際に,故郷へ残した妻への土産として花模様の布を持たせる配慮であるとか,ジュネーヴ会議の激務のなかで愛妻への手紙に添えて伝書使に託した花だとか。
 しかし圧巻は何といっても文化大革命中の行動である。毛沢東が発動したこの運動が,じつは毛沢東による劉少奇打倒の運動だということは周恩来にすらはじめは判らなかった。68歳の周恩来ははじめて困惑し,次第に無秩序になっていく紅衛兵運動のなかで,国家の基本的な運営を維持するために細心の努力を払う。ますます恣意的になっていく毛沢東という絶対的な権威の激しさに,失脚の危険におびやかされながらも柔軟に対応しようと苦闘する姿は,真の意味でリーダーシップとはどのようなものであるかを考えさせずにはおかない。
(C) ブッククレビュー社 2000

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