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赤塚若樹さんのレビュー一覧

投稿者:赤塚若樹

74 件中 1 件~ 15 件を表示

ジャック・タチはどれほど「伯父さん」とはちがった人物だったのか

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 だいぶ昔のこと、『ぼくの伯父さん』、『ぼくの伯父さんの休暇』とつづけて観たとき、その主人公の一風かわったあり方が気になって、何かもっとほかの面もみせてくれるのではないか、とだいぶ見当違いな期待を抱きながら『プレイタイム』も観てみた。そのときはさほど引き込まれはしなかったものの、どういうわけか、いくつかの場面はいまでもはっきり覚えている。こういうのを本当に印象に残る映画というのだろうか、と思わなくもないが、それはともかく、主人公の印象については結局何もかわらずじまい。あの風貌とともに、どこかかわった振舞いをする不思議なキャラクター、として記憶にとどめられることになった。

 本書は、この「伯父さん」を演じ、これらの作品を監督したジャック・タチの生涯を、数多くの図版をみながらたどっていく、たいへん質の良い伝記文学だ。
 そこでみつかる「伯父さん」のプロフィールによれば、「特徴」は「言葉を発しないこと、歩き方、場違いさ」だという。たしかにそうだ、といまさらながらに思いつつ、同時に、この人物にある種の共有されたイメージがあることも再確認させてもらった——「これほど実在感のないヒーローも珍しい」。
 その身元はといえば、「姓、ユロ。名、不明。家族、たぶん有り。職業、謎。住所、不定」とのこと。ほかはともかく、その姓、ユロをみて一瞬立ち止まってしまう。たしかにユロで、その役名はあまりにも有名だ。けれども、個人的にはユロよりも、タチという名前のほうがこの人物に結びついていた。つまり、ご多分に漏れず、タチ=「伯父さん」という見方をしてしまっていたわけだ。

 これは、いうまでもなく素朴な印象と、そこから生まれる上っ面のイメージにすぎないけれど、タチがそれだけ印象深いキャラクターをつくりあげたのもまたまちがいのない事実だろう。そのタチが実際にはどれほど「伯父さん」とはちがった人物だったのか、その創意、その完全主義者ぶり、あるいは無理解のなかで味わうその孤独はどのようなものだったのか。本書が描いてみせるタチの肖像はこのうえなく興味深く、それを目の当たりにすれば、作品にたいしてもこれまでとはちがった関心の持ち方ができるようになるはずだ。
 短いセンテンスを淡々と積み重ねながら、変に神格化することも、また奇妙な熱を帯びることもなく、いわば事実にそくして、タチの姿をくっきりと浮かび上がらせようとするその筆致もすばらしく、読んでいてなんとも心地よい。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.06.19)

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いくつもの楽しみ方がある実践的な「物語」の本

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 あるとき、ガルシア=マルケスがロバート・レッドフォードの運転する車でドライブをしていたそうな。コロンビアのノーベル賞作家はそのときふと買い物がしたくなった。アメリカの二枚目大物俳優は親切だった。そういわれると、「だったら、ぼくもいっしょに行くよ」といい、いっしょに店に入っていった。だが、そのとたんにものすごい騒ぎが起こって、「内気な性格のレッドフォードはかわいそうにもう少しで窒息するところだった」という。——ガルシア=マルケスの回想だ。

 それにしても、このふたりでドライブとは、ミーハーなわたしでなくとも、これはすごいと思えるものがあるだろう。このエピソードが持ち出されているのは、物語に登場する俳優が有名であることをしめすには、どのような状況を描けばよいかを想像しているときのこと。天下のロバート・レッドフォードのご登場となれば、「店は大騒ぎになり、若い女の子がサインをねだりに寄ってくる」のは当然。もう説得力があるとかないとかの次元ではないが、では、ガルシア=マルケスのほうは? なんて問うてはいけない。レッドフォードは物語に登場するひと、ガルシア=マルケスは物語をつくるひと、なのだから。

 そのガルシア=マルケスが「物語の作り方」のヒントを教えてくれるのが本書。もともとは、映画やテレビの分野での人材育成を目指して、ハバナに創設された学校のシナリオ教室の討論の記録ともいうべきもので、そこから生まれた3冊のうち、2冊がまとめてここに翻訳されている。

 このワークショップで課題とされているのは、30分(後半では90分?)のテレビドラマの原案となる物語——シナリオそれ自体ではなく、そのもととなる物語——をつくること。そのやり方はこうだ。
 参加者のひとりが、物語の概略、物語のアイデア(「まだしっかり固まっていない単純明快なストーリー」)をもってくる。それを「どういう構成にすればいいかみんなで考えてみよう」ということになり、参加者全員でさまざまな意見をもちだし、ああだこうだいいながら物語の全体像をつくりあげていく。もっとも、物語はかならずしも完成するわけではない。ガルシア=マルケスいわく、なによりも大切なのは「創作のプロセス」、「みんなで力を合わせて物語を創り出す作業」であり、物語の輪郭がある程度明確になってきた段階でつぎに進んでいく。「ここに来れば、ストーリーがどのように成長し、余計なものが削り取られ、袋小路に入り込んだとしか思えない状況の中で突然道が開けていく様子が手に取るようにわかる」。なるほど、そのプロセスは読んでいてたいへんおもしろい。

 たとえば、ふたりの舞台俳優の「あいまいな恋」の物語。一方は大物俳優で、他方はかけだしの女優だが、オーディションで顔を合わせると、おたがいに惹かれあう。ところが、男はホモだったため……。これを出発点に、ふたりの人物造形、ふたりの関係、ふたりを取り巻く環境や状況などについて、侃々諤々の議論がくりひろげられていくが、やがて提案者が口にした、挫折する愛の物語ではなくコメディにしたいという意外なひとことから、最後には「男女が入れ替わった完璧なカップルがダンスをするところ」へと行き着くことになる、といった具合だ。

 こうした議論と同様に(ある意味ではそれ以上に)興味深いのが、ガルシア=マルケスによる逸脱や脱線、ならびに「物語」観の表明かもしれない。たとえば『族長の秋』のテロのシーンはこうだとか、カンヌ映画祭で審査員長を引き受けた理由はこうだとか……もちろんレッドフォードのエピソードもそのひとつ。というふうに、いくつもの楽しみ方があるこの実践的な「物語」の本、ガルシア=マルケスのファンならずとも読んでおいて損はない。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.05.08)

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紙の本現代チェコ語日本語辞典

2001/02/08 18:15

やはり辞書は日本語で読めたほうがいい

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 世の中には語学の達人がいて、誰それが何十カ国語を理解しただの、誰それが何カ国語をネイティヴと同じように話しただのといった伝説もある。ため息をつくしかないような話だが、そこはそこ自分可愛さから、伝説は所詮伝説、本当のところはわからない、とつぶやいて、自分の能力の無さをほんのすこしのあいだだけでも忘れるようにつとめることもできなくはない。だが、困るのは、本当にそういった語学の達人が目の前にあらわれてしまったときだ。

 外国語を学ぶ者にとって、千野栄一『外国語上達法』(岩波書店)ほど元気の出る本もないと思うが、そのむかし、同じ著者の『チェコ語の入門』(白水社)と格闘しながら、この本をくり返し読み、なんとかこの言語を「ものにする」ことができないものかと考えていたときのこと、めったに行かない大学で「語学の達人」と呼ばれる先生の授業を取った。この先生、記憶にまちがいがなければ、英語・仏語・独語はもちろん、ロシア語とポーランド語、ギリシア語とラテン語(もともとこのあたりからスタートしたらしい)もマスターしており、それにくわえてスペイン語で論文を著わし、取った授業ではイタリア語のテクストを読むというのだからおどろきだ。当然のことながら、理解できる言語はほかにもまだまだたくさんある……

 あるとき雑談のなかでその先生が、語彙数が2万語強の『ポーランド語辞典』(木村彰一ほか編、白水社)をさして、ポーランド語はあの辞書があるからとても助かりますが、チェコ語はないからたいへんですね、といわれた。わたしが、辞書なら外国語のものがありますが、と何気なく答えたとき、その先生の口から意外な言葉を聞くことになった。いわく、2万語くらいのものでも「日本語の」辞書があるのとないのでは大ちがいですよ。よく考えれば意外でも何でもないことだが、なにしろ相手は「外国語の」達人だ、ある種の衝撃をもってその言葉を聞いたのを覚えている。やっぱりそうだったのか、と。

 『チェコ語=日本語辞典』(京都産業大学出版会)が刊行されたのは、それから数年してからだった(すでに岡野裕『チェコ語常用6000語』[大学書林]という語彙集はあったが)。ちょうど件の『ポーランド語辞典』と同じくらいのサイズだが、そのわりには例文も多くふくまれていて、とても使い勝手のよい辞書に仕上がっていた。前述の『チェコ語の入門』のほかに、千野栄一『エクスプレス・チェコ語』(旧版、白水社)、石川達夫『チェコ語初級』(大学書林)、そして保川亜矢子『標準チェコ会話』(白水社)が出版されていたこともあり、この辞書のおかげでチェコ語を学ぶ環境がかなり整ったように思えたものだ。実際に、「日本語の」辞書はとてもつかいやすい。

 ところが、あろうことか、この辞書がしばらくまえに絶版にされてしまっていたのだ。石川達夫『チェコ語中級』(大学書林)、保川亜矢子『エクスプレス・チェコ語(新稿版)』(白水社)、金指久美子編『チェコ語基礎1500語』および『チェコ語会話練習帳』(いずれも大学書林)も出版され、ますますチェコ語が近づきやすい言語になっていたにもかかわらず、辞書がなくなっていたとは!

 この不幸な状況を打破するかのようにして刊行されたのが、今回の『現代チェコ語日本語辞典』(大学書林)。といっても、じつはこれ、前述の辞書が出版社をかえて復活したものであり、ざっとみたところでは、表紙の色のほかはそれほど大きな変化もないようだ。もっと大きなチェコ‐日辞典が準備されているという話も聞くが、まだしばらくはこの辞書にがんばってもらわないわけにはいかないだろう。それにしても、じつに見事でよろこばしい復活劇ではないか。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.02.09)

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20世紀イランを代表する作家の短編小説集

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 サーデグ・ヘダーヤト? 表紙のカバーによれば、「20世紀イランの巨匠」であり、本書『生埋め』はその「厭世観と狂気に満ちた短編小説7編の選集」で、「本邦初訳」なのだという。ひとまず文学辞典のたぐいをしらべてみると、なるほど、前世紀(!)の前半(1903〜1951)を生きたイランの大物作家らしい。いったいどのような作品を書いているのだろうか。

 人名や地名の響きがあまり聞き慣れないものだという点についてはひとまずおいておくことにしよう。そのうえで、本書を読みながら気づいたことを書き留めてみると、まず最初に、留学中に出逢ったマネキン人形に思いを寄せるイラン人青年の悲劇を描く「幕屋の人形」については、マネキンが登場することからふとシュルツの『大鰐通り』が思い出されるが、作風という点では『砂男』あたりのホフマンといった感じだろうか。ともかく、そこには内向的な精神の暗い歪みとでも呼びうるものが描かれており、幻想的な色彩もみえかくれしている。

 つづく「タフテ・アブーナスル」になると、その幻想性がいちだんと際立ってくる。なにしろ、考古学者が出土したミイラをよみがえらせてしまうのだから。しかもそのミイラは、なんと、不貞をはたらかれた妻が、魔法使いの助けを借りて夫を仮死状態にしたものだというのだ。そこには、エリアーデの作品などにもつうじる、理知的なものと不可思議なものの絶妙な融合のかたちがみいだされるし、さらには、イランの作家ということで無意識のうちにこちらがそれをもとめているからなのだろうか、独特な地域性のあらわれも認めることができる。

 そうした地域性(異国情緒?)が色濃くあらわれた「捨てられた妻」、妻と親友の姦通を疑ったがために最愛の娘を失う男の物語「深淵」、タール(楽器)の音に妻の霊の訪れを思う懐疑主義者を描いた「ヴァラーミーンの夜」、死への憧れがつづられた「ある狂人の手記」からなる「生埋め」(もっとも、その語りが信頼できるものかどうかは定かではない)がそのあとにつづき、最後に「S.G.L.L.」という奇妙なタイトルの作品がおかれている。

 舞台となるのは、二、三千年先の世界。そこでは、科学の力によってほとんどすべての人間的な必要が満たされており、唯一の苦しみは、目的も意味もない人生への疲労と倦怠だった。この苦悩を回避するために開発された血清が「S.G.L.L.」で、性の欲求を取り去ってしまうのだという。前6編とは趣がことなるアンチユートピアの作品で、たとえば、チャペックの『山椒魚戦争』や『絶対子工場』、あるいは、とくに舞台設定や物語の進行といった点からブロツキイの戯曲『大理石』などを思い浮かべることができるだろう。

 さて、以上のような短編小説を読んでいると、全体にわたって、すぐれて西洋的な文学的教養が反映されていることがわかる。実際、訳者による「解題」によると、サーデグ・ヘダーヤトはフランスで学んでいるときに創作活動を正式にスタートさせ、サルトルやカフカなどヨーロッパ文学の翻訳も手がけたらしい。だが、その一方で、『ルバーイヤート』の編集も行なっており、岩波文庫版はこれにもとづいているという。たぶん『生埋め』にはサーデグ・ヘダーヤトの文学のごく一部しか映し出されていないのだろう。しかし、それでも、この作家が相当の力量の持ち主であることをたしかめるには充分なはずだ。 

[追記:この書評がアップされてから、サーデグ・ヘダーヤトが「本邦初訳」ではなく、1983年に白水社から代表作の『盲目の梟』(中村公則訳)が刊行されていることがわかりました(ただし、そちらでは作家名が「サーデク・ヘダーヤト」と表記されています)。この事実をご教示くださった服部滋氏に感謝いたします。(2001.01.15)]
(bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.01.12)

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紙の本世界樹木神話 新装版

2000/09/14 00:15

永遠のあこがれの禁断の「木」の実──樹木が教えてくれる世界の神話のおもしろさ

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 タイトルにひかれて思わず本を手に取ってしまうことがある。わたしにとっては本書がまさにそういう類の本だった。『世界樹木神話』という表題が連想から連想へと誘ってくれることはもちろんだが、今回それにもまして気になったのは、自分の名前を構成する文字のひとつ「樹」が登場してくる点だった。植物の樹木にそれほど強い関心があるわけでもないのに、「樹」という「文字」だけにはどういうわけかいつもきまって眼が向いてしまう。もしかしたらナルシシズムのひとつの変奏なのかもしれないけれど、こればかりはどうしようもない・・・

 さて、そのような理由から手にした『世界樹木神話』だったこともあって、読み終えたいま、思わぬ拾いものでもしたような気持ちがしている。というのも、これをとおして神話、伝説、伝承のおもしろさが、はじめてある種の手ごたえをもってつかめたような気がしたからだ。
 これまで、たとえばギリシア神話などの本を繙いてみても、登場してくる神々の多さや、その錯綜した関係に追いついていけず、全体としてある種のとりとめのなさというか、何か混沌とした印象しか残らないということがしばしばあった。ところが本書の場合、「樹木」という明確なテーマがあるために、そこから逸脱するような神話のエピソードさえも流れのなかで安心して読むことができるのだ。

 「遠い昔、人間が地球上に姿を現わすはるか以前に、一本の巨大な樹木が天までそびえていた」。

 このような宇宙の軸となる樹木、すなわち「宇宙樹」が世界各地の神話にみいだされ、その神話がほかの無数の神話や伝承を統一する基本原理をなしている、という指摘から本書ははじまる。
 そして、たとえば、その「宇宙樹」の神話にあっては7と9が神聖な数として機能している事実をあきらかにしたり、ブドウ酒の神とみなされるディオニュソスが本質的には樹液の神であり、それが「縊死」と「豊饒」につながっていく点をしめしたりしながら、著者ブロスは世界の神話を「樹木」のもとで読み解いていく。その結果、神話という、人間が考えうることのすべてをふくみ、それを昇華することから生まれる「物語」には独自の(もしかしたら本来の?)意味があたえられ、「おはなし」としてのおもしろさが浮かび上がってくることになる。その過程ではまた、ふだんみかける何気ないことがらについて思いがけない説明や解釈がなされることもある。たとえば花粉症の者なら、花粉の拡散が人間や動物の「さかり」にあたるという指摘などは、そのはた迷惑さを思い出して妙に納得できるのではないだろうか。

 「樹木」というパースペクティヴのもとで神話や伝説をとらえなおす斬新な試み、それがこの『世界樹木神話』であり、そこにみいだされる記述はこのうえなく興味深い。なお、巻末に「神名・人名」と「事項」というふたつのセクションからなる詳細な索引がもうけられているために、本書には事典としての利用価値があることもいい添えておいてよいだろう。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/現代小説・詩学・表象文化論 2000.09.14)

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紙の本概説イギリス文化史

2002/05/17 22:16

イギリス文化にふれたい者はまず最初にこれを読めばいい

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 イギリスがかつて何世紀にもわたって世界を支配するヨーロッパの列強のひとつで、「7つの海を支配」し、「日の没することなき帝国」などと呼ばれていたことはよく知られている。ところが、こうした一般論から一歩踏み込んでみると、じつはあまりよくわかっていないのではないかと思えるのが、またこのイギリスという国でもある。とくにこの本であつかわれているような「文化」についてはどうだろう。せいぜい断片的な知識のいくつかをもちあわせているにすぎないのではないか。

 こうしたことを自分の問題として思い知らされたのは、しばらくまえに、イギリス紳士のトレードマークともいえる「山高帽」について書かれた本を翻訳しているときだった。当然のことながら、いろいろな本を読んでしらべたり、裏づけを取ったりしなければならなかったが、そのとき気づいたのは、イギリスについて書かれた本は数多くあっても、その文化全般についてわかりやすく説明してくれるような本は意外にもあまり見当たらないということだった。

 そんな経験があったので、『概説イギリス文化史』という、じつに素朴で、少々お堅いようにもみえるタイトルにも、かえって興味をそそられてしまった。そのときもし刊行されていたなら、真っ先に手に取ってみたことだろう。そんなことを思いながら、大学の教科書っぽいこのソフトカバーの本を開いてみると、たとえば19世紀の鉄道と大衆化される旅行の関係だとか、当時の中産階級を理解するためのキーワード「リスペクタビリティ」だとかいう、わかるようでいていまひとつピンとこないようなことがらについて、要領よく解説してくれていて、これがあったらもうすこし仕事が楽だったのに、と思うことがすくなくなかった。

「文化(culture)とは人間の生き方(way of life)であり、生活感覚のあらわれ方である」という一節がみつかる本書は、その伝統あるイギリス文化なるものをおもに歴史的・社会史的な側面からあつかっていく文章を中心に構成されている。好みといってしまえばそれまでだが、もうすこし芸術関連の記述があってもよかったのではと思わなくもない。とはいえ、そうした方面についても、たとえば『羊たちの沈黙』でオスカーを取ったアンソニー・ホプキンズの経歴をたどりながらイギリスの演劇を取り上げるといったおもしろい試みがなされており、それが本書の特徴のひとつとなっていることもまた事実なのだ。

 簡単なコメントのついた「参考文献」リストもふくめて、この本は、それ自体がいろいろしらべるための参考図書として役立つだろうし、なによりも、これからイギリス文化にふれてみたいと思う向きには、とてもよいきっかけを授けてくれることだろう。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.05.17)

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紙の本亡命文学論 徹夜の塊

2002/04/18 22:15

「亡命文学」という、なおざりにされてきた領域を踏査するようにという誘い

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 やっと出たんだ、というのがいつわらざるところ。いうまでもなく、沼野充義による「亡命文学」の本。このテーマについてまとめるつもりがあるらしいことをはじめて耳にしてから、かれこれ……(やめておこう)。ともかく、ようやくいま、なかなか濃いめのタイトルのもとに「亡命文学」にかんする沼野氏の文章がまとめられ、一冊の書物として刊行されたわけだ。
 かりに画期的な出来事と呼ぶのが大げさだとしても、これからこのテーマについて考えるさい、まずはじめに参照すべき基本文献の誕生であることはまぎれもない事実だし、その意味においてきわめて貴重な、そしてまた積極的に(いや、おそらく全面的に)評価すべき仕事であることもまちがいないだろう。それにしても「徹夜の塊」とは、あまりに……(これもやめておこう)。

 さて、その「亡命文学」だが、これについて本書が教えてくれるもっとも重要なポイントはといえば、芸術家——とりわけ、言葉を表現手段とする詩人や作家——がおかれる状況としての亡命がどれほど特殊で、どれほど危機的なものであっても、「亡命文学」と呼びうるテーマないし研究領域は、けっして特別視する必要のないものであるということではないだろうか。
 すくなくとも現代文学にかんするかぎり、その本質的は部分は、亡命者による作品、およびその創作という営為を無視しては考えられないはずであり(これについては、具体的な固有名詞をここであげる必要はないだろう)、とすれば、むしろ文学における「亡命」が——言語などさまざまな理由があるにせよ——ほかのテーマと同じようにあつかわれてこなかったことのほうがいささか奇妙だというべきかもしれない。

 それだからこそ、本書の登場にはよりいっそう大きな意味があるのだが、しかし、今回これを読んでつくづく思ったのは、沼野氏はこれまでずっと、いわばそうした隙間を埋めるような作業をしつづけてきたのであって、なにも本書だけが特別に「亡命文学」をあつかっているわけではないということだ。この点については、実際にほかの著作、とりわけ『永遠の一駅手前』や『スラヴの真空』あたりを読んでみればよくわかるだろう。

 だから、一連の著作のなかで、このテーマについて本書が際立っているのは、ストレートな表題と、収められた文章がその問題に寄せる関心の度合いくらいしかないともいえるが、しかし、今回あえて「亡命文学」を前面に打ち出している、その身ぶりには注目しないといけない。そこに見て取れるのは、このなおざりにされてきた領域を踏査するようにという誘いであり、現代の文学にたいして多少なりとも意識的な者なら、すすんでそれを受け入れるのが急務なのではないかと思う。そのさい忘れてはならないのは、このことだ——

「これだけはぜひ強調しておきたいのだが、亡命が〈文化的な越境と異文化接触によって、より豊かな可能性を獲得する〉といった、最近よく聞く、口当たりのいいファッショナブルな公式によって捉えきれるものではない、もっと重く、もっと扱いにくく、もっと絶望的であると同時にもっと輝かしい面も備えた体験だというこだ」。

 わたしたちにとって、この本がひとつのきっかけになることは疑いを容れない。
 なお、著者はうえの言葉につづけて、こういっている——「そういった亡命の詩学については、機会を改めてもっときちんと展開すべきだろう」。『亡命の詩学』とは、十年来の課題だった研究書のタイトルでもあるらしい。いまのところ実現していない理由として、この主題が「首尾一貫した体系的な記述に馴染まな」いなどと書いているが、それはたんなる……(やめておこう)。いずれにしても、『亡命の詩学』は書かれなければならない。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.04.19)

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「日本語文学」とは、あるいは「世界文学」とは、本来どのようにとらえるべきものなのか

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 ロシア・東欧文学研究の第一人者でありながら、文芸評論家としても大活躍の沼野充義が、日本文学ならぬ「日本語文学」について書いてきた文章をはじめて1冊の本として(というよりも、1冊の本のなかに)まとめたのが、この『W文学の世紀へ』と題された評論・エッセイ集。その意味で、これが著者のビブリオグラフィにおいて特別な1冊になることはまちがいなく、10年以上にわたってこの書き手の文章を読みつづけてきた者としては、そのような著作の刊行については、まず最初に、じつによろこばしい出来事だといっておきたいと思う。
 さて、今回、読みながらあらためて思ったのは、この書き手(といまは呼んでおきたい)がおそらくそう期待されているであろう役回りをなんと律儀にこなしつつ、またそれをしたたかに利用してきたかということだ。

 「外国文学」にあって、やはりどこか「周辺的」な印象の否めない「ロシア・東欧」文学という、そのようなあり方自体がすでに特徴的ともいえる領域を専門とする立場から、幅広い視野のもとで対象をとらえ、ほどよい軽さを備えた文章によって何かを紹介したり論じたりすること——ごく大ざっぱにいえば、これが文芸ジャーナリズムにおいて沼野充義がもとめられてきた役回りのようなものではないかと思う。
 このような見方自体、ひとつの紋切り型の思考以外のなにものでもないが、この書き手の文章を読んでいると、あえてこの種の思考を二重の意味で引き受けようとしていることがすくなくないように思えてくる。ひとつはいうまでもなくジャーナリスティックな役回り。そしてもうひとつは、(そのような役回りにも関連しているが)いわばひとつのレトリックとして、そして読者への配慮として、「わかりやすさ」を優先した表現とか、目を引きやすい言い回しを巧みにもちいている点だ。

 本書は、すでに表題からしてそのような戦略がもちいられているようにみえる。まずメインタイトルにある「W文学」。もちろんこれは「J文学」(という「井の中の蛙」的意識)にたいして持ち出された「ワールド・リテラチュア」、つまりは「世界文学」のことで、どこかしらマニフェスト的な響きも感じられる。つづいて副題では、「越境」というテーマの提示と、それから<日本「語」文学>なる言い回し。これまた、じつにイメージが抱きやすく、また聞いたときの印象もよい表現ではないか。
 しかしながら、たとえば「越境」など、いかにもというか、ありがちというか、一時期もてはやされたがゆえに、すでにどこか時代がかっているふうにもみえる言葉であり主題だし、<日本「語」文学>にも、どこかそれに似た色彩のあることは否定できないだろう。「W文学」にしても、ねらいがわかりやすすぎるという感じがしなくもない。

 だが、沼野充義ほどの書き手がこうしたことすべてに気づいていないわけがない。たとえば「世界文学」が「ユートピア」だとはっきりと指摘されている点からもそれはあきらかだろう。たぶん、その書き方についてはこんなふうにいえるのではないだろうか——「わかりやすい」表現や、目を引きやすい言い回しをもちいながらも、そうした背後に紋切り型や単純化がひそむ考え方の愚かさや危うさをあばきだし、そのプロセスのなかでこそふれうる文学作品や芸術作品の「真実」をわたしたち読者のまえにしめそうとしている、と。このプロセスをつかさどる一貫した思考と鋭い洞察にあっては、「日本語文学」と「外国語文学」のあいだに「境界」など存在しておらず、だからこそ、問題の「日本語文学」もまた「世界文学」に通じていくのだと思う。外国文学研究者兼文芸評論家は数多くいるが、こうした捉え方ができるのは本書の著者をおいてほかにはいない。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.02.27)

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ブラックユーモアに与太話、おおいに笑わせてくれる愉快な短編集

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 だれだれは1日に何枚書いたとか、だれだれはあの分厚い本を何日で書き上げたとか……作家のなかにはこのような執筆にまつわる「神話」をもつ者もいて、わたしたちはそんなエピソードをなかば疑わしくも思いながら、いっぽうでは楽しんでいる。『兵士シュヴェイクの冒険』で知られるチェコの小説家ヤロスラフ・ハシェクもそんな作家のひとりで、友人宅を転々としながら、プラハの酒場でビール片手に膨大な量の原稿を書き散らしていた。訳者の飯島周氏が紹介しているところによれば、

「ハシェクは生活のために書きに書き、売りに売った。(……)競合関係にある各紙誌に買ってもらうために、筆名・偽名をやたらに用いた。その数は百を越えており、「子犬」「子猫」「ガシェク」「ベンジャミン・フランクリン」等々、思いつくままで、妻ヤルミラの名まで借用している」。

「ある時期は特定の店を根城にして、正午過ぎになるとそこへ出かけ、しばらく遊んだ後、4時頃になるとそこで原稿を書きはじめた。(……)毎回2時間ほどで一定の枚数を書きあげると、新聞や雑誌の締切時間の6時に間に合うように出かけ、原稿と引換えに現金を受取った。(……)文章を書く能力は抜群で、まさに語ると同じ速さで原稿を仕上げ、書き直すことはほとんどなかった。ある記述によれば、『ファンタジー、機知、ユーモアの点でハシェクの右に出る者はなく、神業のような即興能力があった』」。

 正直なところ、本当に毎日こんなふうに作品を書いていたのだろうか、と思わないわけではないが、「神話」がある以上、誇張はあっても、多かれ少なかれこういった状況があったのは事実なのだろう。とするなら、どんな作品がそこで生まれたのか、それはどの程度のものなのか、「神業のような即興能力」とはいかなるものなのか、と思わずにはいられない。『シュヴェイク』の個々のエピソードを読めば、短編もきっとおもしろいのだろう、くらいは予想できるとはいえ、やはりなんといってもあれは大長編なのだし……。

 ところがそんな心配は無用だった、なんてここで書いたら興ざめだ。だって、そんなのあたりまえでしょ? 本が売れないとかいわれているこの時代にわざわざ翻訳・刊行されるくらいの本なのだから。斜に構えて物事をとらえている、とはいっても、必ずしも冷笑的ではなく、ユーモアをもって語るハシェク。『シュヴェイク』同様、本書所収の25の短編もとても楽しく読み進めることができるし、書き散らされたにしては、というか、かりにそうであってもまったくそんなことを感じさせない、よくできた作品ばかり。

 流行しているアニメの影響もあってか、最近チェコについてしばしば話題にされるブラックユーモアという点から、たとえば物語をみてみると——
 スラヴ正教の宣教師がいちばん美味しかったため、串焼きにするまえに、ほかの宗派の宣教師に改宗をうながすようになった人食い人種の話、
 ソファーに棲み付いたハムスターを追い出すためにケナガイタチにモルモット、さらにはハリネズミを利用するも意味がなく、家の管理人の斧でようやく問題が解決する、だけかと思ったら、この動物たちを娘の結婚披露宴の食事のメニューにしてしまうホンザートコ家の人びとの話、
 快からぬ事件を中心に自分の死亡記事を書いた人物を墓地に連れ出し、ねちねちといたぶる「わたし」の話
——と、なかなかいい味を出してくれている。そのほか、たくさんの与太話でもおおいに笑わせてくれる、そんな愉快な短編集がこれだ。というわけで、むずかしいことは抜きに、ともかく楽しんでいただきたい。つけくわえておけば、『シュヴェイク』のイラストを描いたあのラダとの「最強のコンビ」は、もちろんここでも健在。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.02.23)

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紙の本ファルサロスの戦い 新装

2001/11/05 22:16

どれほど大きな文学の可能性がシモンによって切り開かれていることか

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 ちょうどこの本を読んでいるときに2001年のノーベル文学賞がV・S・ナイポール(1932−)に授与されることが発表された。ノーベル賞受賞者の作品だから文学的価値が高い、という見方はやや短絡的で権威主義的なものかもしれないが、そうはいっても全世界から注目されている賞だけに、世界的レヴェルの文学的才能のなかでも何かしらぬきんでたところのある者でなければ受賞はないと考えても決してまちがいではないだろう。もっとも読者の側からすれば、賞によって保証される芸術性よりもむしろ、授賞という出来事によって読書の「きっかけ」が生まれることのほうがありがたく、たとえば今年ならナイポールの作品を読もうとし、そのさらなる翻訳を期待するのだと思う。

 クロード・シモンもノーベル文学賞受賞者。その受賞は1985年のことだから、すでに16年もの時間が流れているが、一般的にはあまり読まれてきたとはいいがたい。一部ではそれこそ絶大な評価を得ているにもかかわらず、いくつかある翻訳書もほとんどが絶版状態にあり、手に取ることすらむずかしい。やはり少々近づきにくいテクストを書く作家だから、というのがそのもっとも大きな理由だろう。あらかじめはっきりさせておいたほうがいいと思うので書いておくが、このたび復刊された『ファルサロスの戦い』も、ふつうの感覚からすればかなり読みにくいものだ。一節だけ引いておくことにしよう——

《ときおり灰色の小さな鳥が石のあいだからふいに現われ短いあいだ宙を飛んではまるで石のように一本の直線を描き出していたがそれと同時にその鳥たちのこれまた直線状の鳴声が立ちのぼり長く伸び甲高くきしみ油をよく塗っていない非常に早く回る滑車の音に似た音になりそれから鳥たちは姿を消した〈またしても〉不揃いな細々とした喊声がコノヨウニシテ敵ヲ脅ヤカシ部下ノ兵士タチヲ奮起サセタノダトイウ想念ヲコメテとどいてきてレフェリーは万人ニ降リカカル罰懲デアルトコロノ死デハナクシテ汝ノ不可避ノ宿命ノアトニクル汝自ラノ死ノ意識を告げるホイッスルを鳴らし彼ハ口ノ中ニマコトニ強烈ナ剣の一撃ヲ受ケタノデ〈丘〉の高みからいまや戦いのひろがりを全部すっかり見渡すことができた》(〈…〉は本来は傍線)

 ノーベル財団のホームページでナイポール受賞を確認したついでに、シモンについてもしらべてみると、当時のプレスリリースにこんな件りがあった——[シモンの小説にあっては]「言葉がそれ自体の生を生きはじめる。ひとつひとつの単語や描写がつぎの単語や描写へとつながっていく。説明、敷衍、思考と記憶とイメージの展開、微妙な差異、代案や可能性の挿入をともなう修正などによってテクストが成長するさまは、まるで言葉が、蕾を付け、蔓を出し、自分自身で種をまく独立した生物となり、作者はその創造力のための道具ないし手段となっているかのようだ」。シモンのテクストについて時折つかわれるこのような「樹木」の比喩が本書にも当てはまっていることは、引用した一節からもわかるだろう。

 話者をふくむ三角関係、ラテン語のテクストを読んだ幼少期の思い出、第二次世界大戦での敗走の記憶、そしてプルーストからの引用など、そこに描かれている物語や題材ももちろんなおざりにすることはできないが、いまはそれを取り込むこうした言葉のあり方、言葉自体が生きる「生」に注目して、シモンのテクストをゆっくりと読もうではないか(それは同時に翻訳の可能性の探究に立ち会うことにもなるはずだ)。そうすれば、だれもがそこで切り開かれる文学の可能性の大きさを思い知るにちがいない。とくにこれまでその機会がもてなかった読者には、今回の復刊を「きっかけ」に是非ともシモンの文学にふれていただきたいと思う。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.11.06)

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紙の本生は彼方に

2001/08/29 15:16

クンデラの小説家としての特質を映し出す、詩人が主人公の反‐教養小説

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 ミラン・クンデラは矛盾と偏見の作家である、ということから話をはじめることにしよう。もしこの見方が正しいなら、『生は彼方に』はもっともクンデラらしい作品であり、その特徴がこのうえなく顕著にあらわれた小説であるといえるだろう。もっとも、50年以上にわたる文学者としての生活にあって発表した単独著書の数が、ジャンルを問わずすべてかぞえてみても20にも満たない、おそらく寡作といってよいだろうこの作家について、そのような表現をもちいることができるとすればの話だが。

 この作品にかんしてクンデラの矛盾と偏見を話題にするには、やはりチェコの状況とそこから生まれる文学についてふれないわけにはいかない。話をわかりやすくするために、かなり単純化していえば、チェコ文学には20世紀後半になるまで、散文フィクションの占める場所がほとんどなく、そこで書かれるべきものは、なによりもまず詩だった。クンデラに多大な影響をあたえたモダニズム芸術にもこれはあてはまっており、その観点からすると、彼が詩人として文学活動をスタートさせたのは至極当然のことだったといえるだろう。モダニズム芸術といえば、いわゆるアヴァンギャルドだが、そこでは当時の政治的理想を反映するように「革命」が謳われ、それによって実現される「未来」が信じられていた。

 クンデラがそろそろ20歳を迎えようとするころ、この理想を実現すべく共産主義政権が樹立され、多くの国民から熱狂と興奮をもって受け入れられたが、その「陶酔」のなかで訪れるのは「政治裁判、迫害、禁書、裁判による暗殺の年月」だった。この時代を「盲目的に賞揚した抒情詩人たち」の姿をみて、「革命」がもたらす「陶酔」と「詩」がもたらす「高揚」とが同質のものであることを知ったクンデラは、その時代を「抒情の時代」と呼び、さらには、「詩人たちはその時代、死刑執行人たちと一緒に君臨していた」という考え方をするようにもなる。クンデラ自身が認めるように、これは「偏見」にすぎないが、いろいろなところで話題にされているように、このときのショックは相当なものだったらしく、それが詩から離れていくきっかけになったのは確からしい。

 ところがその経歴をみると、興味深いことに、詩にたずさわる仕事から完全に手を引くのは、その後15年以上も経ってからのことなのだ。つまり、「抒情の時代」の「陶酔」と「高揚」の恐ろしさにショックを受けながらも、クンデラは本当は15年以上も詩と訣別することができなかったということだ。ここに一種の「矛盾」をみても決して不当ではないだろう。

 断わっておかなければならないのは、ここでいわれる「偏見」や「矛盾」が、かならずしも批判のみを意図してもちいている言葉ではないという点だ。それはまた作品の出発点としてきわめて重要な役割を果たす要素をも言い表わしていると考えてよい。つまるところ、芸術家とはみずからの「偏見」や「矛盾」を作品に昇華させていく者たちのことだからであり、とすれば、詩を信じ、革命を信じたために、結局は自己欺瞞のなかで夭折する詩人ヤロミルを主人公とする、この『生は彼方に』と題された反‐教養小説は、上記のような「偏見」と「矛盾」から生まれてきた小説以外のなにものでもないといえるだろう。あるいはむしろ、クンデラがその「偏見」や「矛盾」と対峙することから生まれてきた小説というべきか。「抒情の時代」にこのうえなく冷徹で批判的なまなざしを注ぎ、その「現実」を浮き彫りにするこの作品には、それゆえに、クンデラの小説家としての特質もまたこれ以上ないくらい明確なかたちを取ってあらわれているのではないだろうか。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.08.30)

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私の一世紀

2001/06/27 22:19

20世紀の歴史を1年ごとにたどっていく100の「私」の物語

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 この作品のことをはじめて知ったのは、自作の翻訳にうるさいとある作家について、アメリカの研究者とメールでやりとりをしているときだった。送ってもらった(べつの書き手による)雑誌記事に、この研究者のコメントが引用されており、そこに通りすがりながら「ギュンター・グラスの Mein Jahrhundert を翻訳中」と書いてあったのだ。この程度のことならふつう忘れてしまうものだが、このときはちょっとした出来事が重なったためにいまでもよく覚えている。じつは、その記事を読み終えたちょうどその日に、グラスのノーベル文学賞受賞のニュースが報じられたのだ。

 この偶然の一致をおもしろがってわたしが連絡すると、返事がすぐにかえってきて、作品にまつわるなかなか興味深いエピソードを教えてもらった。なんでも、グラスは自分の出版社に、1作品につき3日間、翻訳者と討論できる場をもうけてもらっているらしい。アメリカの研究者(すなわち英訳者)が参加したこの作品をめぐる会議には、グラス夫妻と編集者とともに15ヵ国語ほどの翻訳者が集まり、翻訳にさいして生じうる問題について話し合いがもたれたそうだ。英訳者によれば、その席でグラスは、ドイツで出版されるまえに、翻訳者という明敏な読者の意見を聞き、それをテクストに活かしたいと述べ、実際にその期間中に、『私の一世紀』についてもそのアプローチがなされたというのだ。翻訳に関連する問題を事前に解決しながら、作品を完成させるという方法は、まちがいなく「世界的」な作家ならではのものだろう。

 さて、そのメールには、残念ながら日本の翻訳者は会議に出席していなかったと書かれていたので、当分のあいだこれは読めないものと思っていた。だから、こちらの不意をつくようになされた今回の刊行は、本当にうれしいおどろき以外のなにものでもなかった(「訳者あとがき」によれば、日本には会議への招待状が来なかったのだという)。
 そして、もうひとつ意外だったのはこの作品の構成だ。アメリカの研究者は、内容についてはまったく言及していなかったが、この作品のことを「長編小説(novel)」と呼んでいたので、実際に手に取るまでは、ふつうそう考えられるような長編小説か、それに類するものを想像していた。なにしろヨーロッパの言葉では「長編小説」と「短編小説」がきちんと区別されるのだから。ところが、この作品においては、「私の一世紀」つまりは20世紀にまつわる物語が、1900年から1999年まで1年につき1つずつ、それぞれべつの語り手によって語られており、その面持ちはどれも「短編小説」と呼びうるものなのだ。

 「私、私の分身といえるような私は、来る年も来る年も事件の現場にかかわりあうことになった」。——「1900年」の(つまりは最初の)物語の冒頭におかれたこの一文ほど、本書の内容をうまく表現している言葉はないだろう。志願兵、サッカーチームのトレーナー、坑夫、レコード会社販売員、鉄道員の息子、皇帝、主婦、靴屋の女店員、レマルクとユンガーの対話を実現した研究者……そして「グラス」自身がかわるがわる語り手となって、独白、手紙、演説などさまざまな形式で語っていく「私」の物語。その100の物語によって描かれる20世紀の歴史が、この『私の一世紀』という作品なのだ(ここで「20世紀」とは1901年から2000年までのことだ、などと野暮なことをいってはいけない)。

 「1999年」の(つまりは最後の)物語の語り手はすでに亡くなっているグラスの母親。その「語り」のなかに「やんちゃ坊主も今じゃもう70を越したけど」というフレーズが出てくるので考えてみたら、グラスは1927年生まれだからもう70代半ばではないか。またしてもうれしいおどろきだが、その筆力と想像力はまったく衰えを知らないようだ。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.06.28)

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右は天国、左は地獄——イメージの読み解き方、教えます

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 東大出版会の「リベラル・アーツ」というシリーズの一冊。書いているのは東大の先生か、そこで教えた先生のいずれからしい。なかには、つい説教臭いコメントをしてしまう書き手もいるようだが、全体としてみれば、それぞれの著者が思い思いのテーマを、自由に、好きなようにあつかっているように感じられる、とてもおもしろいシリーズだと思う。
 今回、そこに「西洋伝統絵画」の見方を教えてくれる「講義」がくわわった。つまらなければ無視すればいいだけのこと、とりあえず受講してみよう。

 すると、この先生、まず最初につぎのようなことを主張している。
 絵の見方に「規則」はないが、しかし、そうはいっていも、絵というものは、ある特定の歴史的・社会的・文化的状況から生まれてくるのだから、それなりに知識をもっていれば、見え方もちがってくる。しかもそれが、私たちとは異なる背景をもった西洋絵画であればなおのこと、それ相応の「こつ」や「技術」を心得ていれば、より深く理解することはもちろん、ずっと楽しく、そしておもしろくみることができる。

 このような考え方にもとづいて、適切な「型」や「モデル」を学び、そうすることによって、(14世紀から19世紀はじめまでの)「西洋の伝統的な絵画」の「イメージの読み解き方」を——たとえごく一部であっても——マスターしようというのが、この講義の目的だという。

 出発点となるのは、近代以前の西洋絵画史において「高貴なジャンル」とみなされていたという「歴史画」。これは、神話、宗教、歴史、寓話などを主題とした「物語」の場面を描く絵画の総称であって、そのなかでもっとも有名で、重要な典拠がギリシア神話(「神話画」)と聖書(「宗教画」)であるのはいうまでもない。では、そこで何が問われるというのか。

 たとえば、ルーベンスの「パリスの審判」。まず、ギリシア神話のこの主題を知らないことにははじまらないが、そうした「物語」の知識があっても、画面の左側に立っている3人の女神——アテナ、ヴィーナス、ヘラ——がすぐに見分けられるわけでもない。なにしろ、3人とも裸体だし、見た目もあまりちがわないのだから。だが、そんなときは、近くに描かれているモチーフに着目するといいらしい。それが人物を特定する目印ないし指標となり、その知識さえあれば、右から順に、「孔雀」をしたがえているからヘラ、「キューピッド」が後ろにいるからヴィーナス、「武具」と「梟」がかたわらにみえるからアテナということがわかるのだという。

 それから、たとえばイエス・キリストの十字架磔刑の図。聖書の場面を描いた絵なら、その主題が何か知っていたほうがいいに決まっているが、十字架に磔にされたイエスとともに登場する善人と悪人はどうやって見分ければいいのだろうか。両者の区別が必要なときは、キリストからみて右が良い側、左が悪い側という伝統が定着していたという。その後の運命が天国と地獄に分かれるのだから、この区分はまさに決定的だというべきだろう。

 こういった約束事、あるいはイメージ読解のためのコードやポイントは、「歴史画(物語画)」だけでなく、そこから派生し、「付随的なジャンル」とみなされていたという「肖像画」、「風景画」、「風俗画」、「静物画」にも当然のことながらみいだされる。それらを順を追って紹介し解説していくのがこの「実践的美術書」であり、そこでは、個々のジャンルの成立事情や歴史的背景など絵画を理解するうえで役立つさまざまな情報もまた提示されていく。なるほど、こうした予備知識があるのとないのでは、同じ絵がこうもちがってみえるとは! そのことに気づくだけでも、本書を読む価値はあるだろう。19、20世紀の作品をあつかうという続編も楽しみだ。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.06.01)

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紙の本ロシア文化ノート

2001/05/29 22:18

「ロシア文化」にたいする視野をぐっと広げてくれる豊富な引き出し

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 いまの時代、「文学」なんて、もう特別な場所以外ではなかなか口にするのもはばかられるようなおカタい言葉になりはてているし、「芸術」というのも事情は同じで、これについては、たとえば軽薄に「アート」などといいかえておくのがいいらしい。たしかに、文学にしても芸術にしても、真顔でいわれたらちょっと近寄りがたく、そればかりか、なにをいまさら、と思わせるものになっていることは事実だ。こちらとしても「いまさら」それを持ち上げるつもりはないし、それどころか、そういう見方や考え方をどこかで共有していることも率直に認めてよいと思う。

 しかし、もちろんそれには留保も必要だ。これについては、とても単純な問いのかたちで表現できるだろう。つまり、わたしたちはすべてを知っているのだろうか、ということだ。たとえば、ここで「ロシア文化」と呼ばれているものについて、いったいどれだけのことを知っているのだろうか。

 だいぶまえ、よせばいいのに、文学や芸術について、途方もない時間をかけて、びっくりするくらいまじめに考えようとしていたころのこと、とくに20世紀のヨーロッパ文化のいわば先端的な部分(こんな表現もどうかと思うが)にかんするかぎり、理論的な側面にせよ、実際的な創作行為の側面にせよ、まさにその「ロシア文化」にかかわることがらを無視しては到底あつかうことができないことがわかり、あわてて関連書籍に眼をとおしていったことがある。具体的にいうと、たとえばロシア・フォルマリズムやロシア・アヴァンギャルドにかかわるものだ。

 当然のことながら、まず最初にあたったのは邦訳書。そのとき、いくつもの関連書籍の執筆や翻訳が、同じ研究者によって手がけられているのを知って、とてもおどろいたのを憶えている。これは、いいかえれば、ロシア文化のある重要な部分の紹介において、その人物が先駆者的な役割を果たしていたということだ。何を隠そう、それが本書の著者だったのだ。今回もまたちがったかたちで、とても多くのことを教えてもらったような気がしている。

 ここでいわれる「ロシア文化」には、文学や芸術はもとより、映画、音楽、演劇、建築とじつに幅広い領域がふくまれていて、ひととおり読むだけでも、こちらの視野がかなり広がったように思えてくる(タルコフスキイ、ブルガーコフ、ムソルグスキイ、パステルナーク、マンデリシュターム、シクロフスキイ、メイエルホリド、バフチン……と固有名詞をあげていってもいいのだが、それだけでまちがいなく書評のスペースがいっぱいになってしまうだろう)。収められているのは、著者が1980年代の終わりから十数年にわたってさまざまな媒体に発表してきた文章。おそらくそのために表題には「ノート」という言葉が選ばれているのだろうが、けっして、たんなる「覚え書」や、とおりいっぺんの情報提示ばかりが並んでいるわけではない。

 たとえばショスタコーヴィチについて語りがなら、その歴史的・社会的背景や伝記的エピソードにふれるのはもちろんのこと、コンサートやレコードやCDの内容を紹介したり、指揮者、演奏家、オペラの演出家の解釈を取り上げたり、さらにはロシアでの受容のされ方を検討したりと、豊富な引き出しから興味深い話題を取り出して、自由に話を展開していくが、その文章は、いつでもちゃんとした批判的な意識によって裏打ちされており、それがもたらす緊張感は読んでいてじつに心地よい。

 もちろん、これは本書全体にあてはまることだ。批判的な意識とそれがもたらす心地よい緊張感。これがあるからこそ、あつかわれている作家や芸術家、そしてその作品の魅力がよりいっそう引き立ってくるのだと思う。この本をきっかけにして、今度は自分なりに「ノート」をつくってみてはどうだろう。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.05.30)

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紙の本無限の言語 初期評論集

2001/05/04 18:16

ときには、あのボルヘスが、と思わせることすらある「初期」評論集

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 この本については、なによりもまず、「初期評論集」というサブタイトルに注意を払うことにしよう。もちろん、ボルヘスほどの作家なら、その活動に「初期」があって当然だし、その時期に評論を書いていてもおどろくにはあたらない。それなのに、どうしてそこに注目しなければならないのか。

 ボルヘスの〈初期評論〉は、じつは、ボルヘス自身によって「封印されたテクスト」だったのだ。

 では、すこしばかり事実確認。1899年生まれのこの作家の経歴をしらべてみると、最「初期」の段階では、まず詩人としておもに活動し、それと並行してエッセイや評論を書いていたことがわかる。これは、ほぼ1920年代のことであって、最初の短編集『汚辱の世界史』(1935年)に収められる散文フィクションの作品を発表しはじめるのは、このあと、ようやく30年代に入ってからのことだ。

 1920年代といえば、ボルヘスがまだ20代のころだが、はやくもその時期に3冊の評論・エッセイ集——1925年に『審問』、26年に『わが待望の規模』、そして1928年に『アルゼンチン人の言語』——を発表している。ところが、ボルヘスはその後この3冊を自分の意志によって絶版とし、生前に刊行された全集にも収録させなかったという。

(その本当の理由は、いまひとつはっきりしていないようで、いわゆる若書きだったからだとか、あつかわれているテーマや主張に同意できなくなったからだとかいろいろな解釈があるらしい。このあたりの事情については、訳者あとがき=エッセイ「ボルヘスにおけるクリオージョ意識」のなかで旦敬介氏がくわしく説明してくれている。)

 『無限の言語』と題された本書を構成するのは、まさにその3冊から選ばれた19の文章なのだ。〈初期評論〉については、これまでにも、たとえば現代文学に対応できる新しい文体やレトリックをつくりだそうとする意思や、アルゼンチンに固有のことがらにたいする問題意識が色濃くあらわれている、という点が情報としては伝えられていた。では、実際はどうなのだろうか。

 本書所収の19編は全体のおよそ3分の1にあたるという。当然のことながら、これによって3冊の評論集のすべてを判断することはできないが、すくなくとも、この19編を読むかぎり——いいかえれば、今回の編集を受け入れて読むかぎり——では、「初期」ボルヘスは、とても「まじめな」文章を書いていたといえそうだ。

 そこに、のちの「ボルヘス」につながる要素が数多くみいだされることはいうまでもない。しかし、本書を読んでいると、例のどことなく人を食ったような調子よりも、作家の真摯さ、きまじめさのほうが前面に出てきていて、ときには、あのボルヘスが、と戸惑いを覚えることすらある。とくに、ことば、表現、レトリックなど、「書く」という行為の実際的な問題に若き日のボルヘスがこれほどのこだわりをみせていたとは! 

 ボルヘスの問題意識の変化、その作家としての形成を考えるうえで、この「初期評論集」が必読の文献となったことはもはやまちがいないだろう。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・著述業 2001.05.04)

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