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  3. 長崎夏海さんのレビュー一覧

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先月(2017年5月)

長崎夏海さんのレビュー一覧

投稿者:長崎夏海

25 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本きいろいばけつ

2000/11/24 15:34

ばけつによせる、きつねのこの純粋なきもち。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 きつねのこが、丸木橋のたもとで、きいろいばけつをみつけました。きつねのこは、前からこんなばけつがほしかったのです。だれのものかわからない、きいろいばけつ。見れば見るほど、きつねのこにぴったりに思えてくる、ばけつ・・・。
 きつねのこは、くまのことうさぎのこに、どうしたらいいかを相談します。
一週間、だれもとりにこなかったら、きつねくんのにしたらいいと、みんなはいいました。 きつねのこは、毎日なんべんも、ばけつを見にいきます。うっとりながめたり、横で眠ったり、さかなつりのふりをして遊んだり、りんごをいれて運ぶようすを想像したり・・・。たまった雨水をすてたりと、世話もわすれません。
 さて、いよいよ、あしたで一週間。寝る前にばけつを見にいくと、夜風にふかれて、かたかた音をたてていました。ふきとばされないように水をくんで、おやすみのあいさつ。夜ふけにまた見にいくと、ばけつは、月の光をうけて金色に輝いていました。
 そして、とうとう、一週間目の月曜日。朝早くいってみると……。ばけつは、なくなっていたのでした。
 ばけつがだいすきでたまらない一途さが、胸をうつ。ばけつのそこに名前を書く場面では、じーんときて、ばけつがきつねのこのものになりますように……と、願わずにいられなくなる。だから、ばけつがなくなってしまったときは、くまとうさぎといっしょにがっかりしてしまうけれど、そのときのきつねのこの思いが感動的。「いっしゅうかんはぼくのものだった。だからいいんだ」自分の気持ちにきっぱりと決着をつけるいさぎよさ。すきだという思いに立ち止まれる純粋さ。それは、大切なのは所有ではなくて愛なのだと、教えてくれる。なにかをすきになることって、こんなにもけなげで、こんなにもせつなくて、こんなにもすてきなことなんだ!!
 あたたかいつちだよしはる氏の絵は、このおはなしにぴったり。

(長崎夏海/児童文学作家)

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紙の本はだか 谷川俊太郎詩集

2000/08/16 16:53

子どもの心の宇宙

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

子どもは、大人が感じるすべてのことを、心の中で体験している。私はそう思う。でなければ、夕陽をみてなぜあんなに哀しくなって同時に愛しい気持ちになったのか、太陽の匂いでなぜあんなに幸せになれたのか、説明ができない。
 言葉にするということは、ある意味で、感じたものを限定してしまうことだ。幼い頃、胸いっぱいに感じていた気持ちは、言葉にはならなかったぶん、人生や人類、世界、宇宙といった大きな流れに直接つながっていたように思う。抽象的だけれど、確かにそう思う。
 
 この詩集は、そんな、幼い頃に感じた気持ちを、心の階段をゆっくりおりて、そっとすくい上げてくれる。
 ずんずん歩いていきたくなる気持ち。理由はわからないけど、別れは何かをしっている、そんな思い。
 うそといっしょに生きていくという思い。 風にそよいで立つ木になりたい思い。
 裸になって自分の存在を感じたときの、地面にかじりつきたくて、空にとけていってしまいたい思い。

 むかし自分がどこかにいたという、説明できないけれどほんとの感覚。
 ピアノをひくさとるくんをくすり指からこりこりかじって食べてしまいたい思い。
 しらない子みた時のどきどき。
 ぼわっとわいてくるわからない気持ち。
 ひとりにしてほしい気持ち。
 海よりももっと遠い「遠く」の感覚。

ここにある言葉は、限定ではなく、大きな流れにすっととけこんだ感覚に形をあたえてくれる言葉たちだ。

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青い馬の少年

2002/03/29 15:30

少年の歩む美しい世界

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 少年の心の目に映る世界と、少年をとりまく世界が、詩のような言葉でイメージ豊かに語られ、風を感じる作品。おじいちゃんとの情愛もあたたかくしみわたる。
 少年が、おじいちゃんに物語をせがむ。もう何度もきいている物語を。
 吹きすさぶ風がつげる。今夜男の子がうまれると。少年が生まれてうぶ声をあげた瞬間風がやんだ。弱々しく死にそうな赤ん坊の少年に夜明けをみせようと外にでると、二頭の青い馬がかけてきて、少年の前でとまった。
 おじいちゃんは名付ける「青い馬の力をさずかった少年」と。
 少年はじょうぶになり暗い山々をつきすすんでいくことを覚えた。どこから始まるともなくどこで終わるともない暗い山を。
 少年の目は、見えない。でも、手で馬を見ることができる。夜明けは全身で感じる。空は顔をつつんでくれる。「青ってなに?」と尋ねる少年に、おじいちゃんは答える。「そうしたもの全部。春の日が始まるときの感じ」少年は、全身で青を見る。「青って、きもちいい色だ」
 少年の馬が生まれた朝は、虹の中に青がひとすじくっきりと、うかびあがっていた。少年は、馬を虹と名付け走り回り、道を頭に刻みつける。祭りの日の競争では、一心同体となり闇を信じ、風のようにかけていく。一等にはなれなかったけれど、おじいちゃんは言う。「闇と競って勝った。……おまえの勇気がゆくてをてらすだろう」と。
 語りを終えると、おじいちゃんはひもに結び目をつくる。むすび目でいっぱいになったころには、わしがきかせてやらなくてもよくなるだろうと。
 「青い馬の力がおまえとともにあるようにわしの心は、いつまでもおまえといっしょだ」というくだりには、人生を感じる。

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紙の本マルコヴァルドさんの四季

2001/02/16 14:19

貧しいイタリア庶民の豊かな毎日。鋭い風刺と夢とユーモア。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 マルコヴァルドさんは、やんちゃな子ども三人とおくさんとイタリアの都会で暮らしています。日あたりの悪い、がたがたの家にすんでいて、家賃はたまっているし、毎日の夕食はとても貧しいものです。
 でも、マルコヴァルドさんの毎日といったら、なんて豊かなのでしょう。
 道にはえたキノコを食べたり、鳥の声で目覚めることを夢みて公園のベンチで眠ったり、雪だるまになってしまったり、ハチの毒でリューマチをなおそうとしたり、お金持ちの子とお弁当を交換したり、植木には雨が栄養になることを発見して雨をさがしに行ったり。まきのかわりに高速道路の看板を持って帰ったり、猫についていって調理場のさかなをつったりなんてこともあります。
 描かれている毎日は、現実と空想がまざりあった世界です。どこまでが本当で、どこから空想なのかもはっきりしません。
 植木は、モーターバイクのうしろにのったまま育ち、やがて葉を金色にしてしまったり、
バスの停留所をさがして霧の中をさまよっているうちに飛行機に乗ってしまったり、スーパーをぐるぐるまわって工事の足場の板の上に行ってしまったり。
 でも「嘘」という感じがしないところがなんとも思議です。
 それは、四季おりおりの町の風景が、目にみえるように描かれていて、においを運んできてくれるせいかもしれません。八月のお休みで人がいなくなった町や、雪がふった町も、いつもと違う町のように見えますし、いつもの風景の中にも新鮮な発見があるのです。それは、『工具をつんだ作業車と、その作業車の上の架線までとどく高い作業台のまわりの、月のかさのようなうすあかり。』というふうなのです。なんでもない、どちらかといえばあまり美しいとはいえないものも、なんだかすてきに思えてくるのです。
 
 なにもいいことなんてないように思える時に、ぜひ読んで欲しい一冊です。

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シロクマたちのダンス

2001/02/09 13:27

ユーモアとおしゃれな文体。そして人生。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 スウェーデンの男の子ラッセの物語。
 ラッセのとうさんは、無口で不器用。皮をはがされて、くすんだむらさき色になった豚たちが天井から一列にぶらさがっている中で、白衣をきて働くとうさんは、まるでしろくまのようだ。クリスマスにほしいのは、ささやかな平和。前歯の黒い准看護婦のかあさんを天使とよんで愛している。
 ラッセは、しょっちゅう面倒をおこしてるやんちゃな少年。親子面談で、ラッセは問題ばかりおこす生徒と言われ、とうさんは、激昂。どなったあげく先生の頭にチューインガムをこすりつけてしまう。
 とうさんとラッセは似た者どうし。
 ネクタイを海賊のように頭にまきつけたとうさんとぴったりと体をくっつけあって、夜の景色を眺めるラッセは、思う。ぼくたちは、おろかだけれど、心の清らかな二人組の海賊なのだ、と。
 さて、ごきげんなはずのクリスマスイヴ。なんと、かあさんの裏切りがわかってしまう。おなかのなかには、恋人とのあいだにできたあかちゃん。とうさんは、プレゼントに買ったテレビを窓からなげすて、ラッセはかあさんの恋人の家へ連れて行かれてしまう。
 かあさんの歯は白くなり、暮らしはハイグレードに。そしてラッセは、授業がちんぷんかんぷんだったのは、目が悪かったせいだと発覚。めがねをかけ、優等生に変身。
 その気になって優等生をやってみたラッセが選んだのは……やっぱりもとどおりの自分! エルビスのシャツをきて、いまにも一発ぶちかましそうな、そしてとうさん似の自分だった。
 
 悲惨な現実なのに、ちっともめいった気分にならないのは、常にユーモアを忘れない精神があるからだ。それは、人間のたくましさに通じる。
エルビスプレスリーの音楽にのせて語られる物語作りはしゃれていて、言葉にしない親子の情愛がするりと胸にしみいってくる。
 
 そして、読後。教育とはなにか、親子とはなにか、人間に必要なのは何か、自分とは何かを考えさせられる。

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宝物は、愛と勇気と夢!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 はじまりは、一千年前の伝説——。
『 遠い昔、ひとりの魔法つかいが、さばくの砂の海の中に、魔法の杖をかくしました。その杖を手にするものは、世界の王となれるといわれるほどの、魔力をもった杖を。
 杖の眠りをまもるのは、七つの宝石の封印。魔法つかいは魔法の宝石の力で、空間を閉じてかぎをしました。七つの宝石がそろわなければ、杖が地上にあらわれないように。』
主人公は、怪力でかわいいシェーラ姫。すべて石に変えられてしまった王国の呪いをとくために、旅をしています。旅のおともは、おさななじみで魔法つかいの少年ファリード。シェーラの虹色月長石の指輪の魔人ライら。もとどろぼうのハイル。(その他、各巻いろんなキャラが登場します。)
 魔法に魔神に宝石に冒険! わくわくするものがたくさんつまっていて、おもちゃ箱をあけたときのような気持ちになれます。おもちゃ箱の底には、宝の箱。宝物は、愛と勇気と夢!!! 涙の色もしみこませて、きらきらと輝いています。
 さて、この巻は、シリーズの最新作、7巻目。悪い魔法つかいサウードの秘密があかされます。サウードは、シェーラ姫の故郷の王国を滅ぼそうとした憎き敵。けれど、シェーラは気づいていたのです。冷たいだけに見えるサウードの瞳に、悲しみや苦しみの色が混ざっていることに。そう、それは、深く傷ついた過去を持つ人の目・・・。その内容は、読んでからのお楽しみ。
 悪者にもちゃんと人生があって、やさしい心もあることを信じて、だれにでもまっすぐな目をむけるシェーラが魅力的。
 いきなりこの巻を読んでも楽しめるけれど、1巻から読むと楽しさ倍増。「未来は自分でつくるのよ!」という、いつだって前向きに自分で道をきりひらいていくシェーラに出会えます。
1魔神の指輪・2うしなわれた秘宝・3ダイアモンドの都・4海賊船シンドバッド・5空とぶ城・6海の王冠。

(長崎夏海/児童文学作家)

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紙の本ガドルフの百合

2000/07/28 19:14

心がざわざわする絵本

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青白く稲光の中で浮き上がる百合。ガドルフは思う。「おれの恋は、いまあの百合の花なのだ。砕けるなよ。」そして、次に見たものは、もみあう二人の男。一人は豹の毛皮の着物、一人は鳥の王のような真っ黒くなめらかな装い。小さくなって見上げている自分・・・。

この場面が、とにかく心に焼き付いて、忘れられない。言葉も内容も難しいから、高学年から大人向け・・・なのかもしれないけれど、場面に心揺さぶられるのは、小さな子どもも同じ。いやいや子どものほうが、深く理解できるかもしれない。言葉の意味よりも言葉の音感、魂のふるえを感知するのは、子どものほうが優れてるのだから。


 さて、これは、まったく不思議な話だ。冒頭の「ハックニー馬のしっぽのような、巫山戯た楊の並木と陶製の白い空との下を、みじめな旅のガドルフは、力いっぱい朝からつづけて歩いて居るりました。」というとこからしてびっくりだ。おいおいどんな道だ?と思いながら、なんとなくイメージできてしまうとこがすごい。ぶりぶり怒って歩くガドルフ(しかもその怒り方が、にわかに雲が重くなった空をみて「卑しいニッケルの粉だ。みだらな光だ。」ときてる。)の絵は、ちっとも嫌そうじゃなくてむしろうれしそうな顔をしているのだけど、「こんな感じ」と、なぜか思ってしまう。稲妻の閃光に浮かび上がる百合をいきなり「おれの恋」と言っちゃうとこも変なんだけど、変と思う前に説得力もっちゃうとこが、これまたすごい。百合はなにか、二人の男はなにか。鮮烈な恋、嫉妬、別れ、いろんな言葉があてはめられるけれど、肝心なのは言葉にならない魂のどこかが揺すぶられてざわざわする『感じ』だ。ささめやゆきの、あったかくてべたついてなくて土の匂いがしてモダンで・・・という絵が、この『感じ』を確かなものにさせている。
 

 解読せずに、この『感じ』を味わうべき本。だから何度読んでも、新鮮! 何を発見するかは、自分だけの秘密ってやつだ。

(長崎夏海/児童文学作家)

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紙の本スウィート・メモリーズ

2002/08/30 12:32

あたたかい気持ちになれる本。

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 主人公は、バーモンド州の農場で暮らす、ひっこみ思案の女の子シェルビー。自分の意見はちゃんと持っているけれど、イラストコンテストに応募すれば? なんていわれると、ぞっとしてしまう。注目されるなんてとんでもないことなのだ。
 もうすぐシェルビーの誕生日。友だちを招待して、朝までおしゃべりするパジャマパーティをひらくのを楽しみにしている。プレゼントはきっと前からほしかった自転車で、パーティの翌日には、みんなでサイクリング!……のはずが、おばあちゃんの急病で中止になってしまう。
 シェルビーは、ふてくされながら、おばあちゃんのところに行く。おばあちゃんがくれた誕生日のプレゼントは、オンボロのカメラ。おばあちゃんは、古いアルバムを開いて、思い出話をはじめる。死んじゃった人の話しなんて聞いたってつまんない・・・と思いながら、シェルビーは、おばあちゃんの話にひきこまれていく。それはまるで今生きている人の話のようなのだ。そして、おばあちゃんは、シェルビーが今まで知らなかった姿も見せてくれる。教会ですばらしい歌を歌う姿を。おばあちゃんは「わたしなりに光をともそうとしているだけ」という。光ってどういうことだろう……。
 おばあちゃんは、大学で勉強したかった夢を語る。でも、いざとなったらこわくなっちゃったと。シェルビーは、臆病なおばあちゃんを知ってびっくり。シェルビーとおばあちゃんは、だんだんと近づき絆を深めていく。
 自分の中の感情に嘘をつかず、自分の足で立ってたっているおばあちゃんがさわやか。
 そして、シェルビーが、自分なりに光をともす意味を理解していくさまがとても自然。
 思い出は、たからもの。決してうしろをふりかえることではなく、前にすすむためにある。いくつもの美しい場面を胸にかかえて人は生きていくのだと、さらりと教えてくれる。

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紙の本ぼくの村にサーカスがきた

2002/06/07 12:26

美しい絵で語られるパグマンの村のくらしと、戦争への静かな怒り

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 アフガニスタンの小さな村、パグマンのものがたり。(絵本)
 少年ヤモの国では、長い間戦争が続いています。ヤモのにいさんも、友だちのミラドーのおとうさんも、戦争に行ったまま帰りません。
 秋。パグマンの村にサーカスがやってきました。ヤモもミラドーもおおはしゃぎ。でも、まずは、畑の仕事。二人は、みんなにまじって、ムギやイモをとりいれます。一仕事終えての帰り道、ミラドーの笛の音が響きます。このふえは、ミラドーのとうさんがおいていったものなのです。
 さて、大きなテントがはられました。風をきってまわる回転ブランコ、世界が見える観覧車。おこめのプリンに、むぎこがしのクッキー、かざぐるま、ヨーヨー。
 そして、サーカス。火ふき男に大笑いしたあとは、歌姫の登場。
『……あなたはどこにいってしまったの
 とおいくにのたたかいへ……』
 歌姫の歌にあわせ、ミラドーが笛をふきはじめました。歌姫に舞台に上げられたミラドーは、今度は楽団の人たちと演奏。笛の音は村の人たちの胸に響きます。
 ぼくたちの村は世界だ!
 毎日がこんなだったらなんていいんだろうと、ヤモは思います。
人々の生活の様子が、美しい絵で語られています。特に仕事が終わって家に帰る夕暮れ時の風景は圧巻。ミラドーの笛の音が、聞こえてくるようです。
 戦争があっても、人々の暮らしは、続いています。毎日働いて、こんなふうにサーカスがきて楽しんで……。そんな毎日を慈しむ思いがあふれていて、描かれていないけれど、食事の風景や、学校の風景、子どもたちの声まで、浮かんできます。だからこそ、そんな毎日を壊そうとする戦争への怒りが、静かにひしひしと伝わってきます。
 この年の冬。この村は戦争で破壊されました。村にはいま、だれもいません。作者は語ります。『つらいふゆのあと、かならずはるがくるように、パグマンの村はみんなのかえりをじっとまっています』と。

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紙の本ジオジオのかんむり

2002/03/22 15:33

ちょっぴり涙の味がするあたたかさ

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 ジオジオは、だれよりも強いライオン。ジオジオのかんむりが、遠くでチカッと光るだけで、だれでもこそこそかくれてしまうほど、恐れられています。でもジオジオは、本当は、だれかとゆっくりはなしたくてたまりませんでした。しまうまをおいかけるのもいやになっています。年をとって、目もよくみえなくなっています。
 そんなジオジオに、ある日、一羽の鳥が話しかけてきます。
「ジオジオのおうさま、つまらなさそうですね。わたしもつまんないんです」
 鳥は、たまごを全部なくしてしまったのです。ジオジオは、鳥にたまごの良い産み場所を提案します。それは、なんとジオジオのかんむりの中!
 ひなは、みんな元気に育ちます。
『ななつのことりは、ジオジオのたてがみやしっぽにとまってなきました。ジオジオは、よくめがみえません。でもジオジオはあきいていたのです。ことりのこえを、うれしそうにじっときいていたのです。』
目をとじたジオジオの絵でお話は終わる。
 みんなに恐れられてるジオジオなのに、素直に近寄っていく鳥が良い。孤独をひきうけながらも、自分の心を素直に見つめ、長いスパンで人生をみている表情のジオジオがすてきた。
 シンプルな中に、人とかかわるとは、孤独とは、幸せとはというテーマがぎゅっと凝縮され、何度もくりかえし読みたくなる絵本。

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蝶々、とんだ

2002/03/22 15:25

答えはないけれど、蝶々は飛ぶ

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人生って、そう簡単に割り切れるものじゃない。いろんな気持ちがいっしょくたになって自分をつくっている。とりまくものすべてに答えがない。そんなやりきれない思いを、ふわっと軽くさせてくれる物語。
 物語は、いつもとちがう道をいくだけで、風景が変わり、いつもとちがう午後になる。ちょっとした日常の不思議さの中で、語られていく。
 小学校六年のユキのあだ名は、「ヤセマジメ」。まじめのどこが悪いの?と思いながらも言い返せない。そんなユキが、うそをついて学校を早引けする。帰り道で見つけたのは、ちょっと変わった貸本屋。店主のおばあさんは、題名もわからない表紙のちぎれたまんが本をユキにわたす。男の子がある朝目をさますと、へんな虫になっている話だ。
 ユキの家には、ねたきりのおじいちゃんがいる。おかあさんは、世話に疲れて、「わたしは、あんなふうになってまで、生きてとない。死んだほうがましや。」とつぶやく。ユキは、おじいちゃんのおしめを変えられない。そんな自分が嫌いだ。はよ死んだらええのんやと思ったこともある。それでもやっぱりおじいちゃんのことは好きなのだ。
 まんがのラストは、すっかりひからびてしまったイモムシが、川をぷかぷか流れていく絵で終わっている。死んでるのか生きてるのかも、わからない。
 おじいちゃんは言う。さなぎになったのだと。そして蝶々になるのだと。「そやけど、蝶々かて、いつまでもとんでられんわなあ」
ユキは、その言葉で、蝶々はおじいちゃんだと思う。おじいちゃんは、まわりに気遣いながら、それでも生きていたいと思う自分を見つめている。
 好きだと思ったり、嫌いになったり。関係はいつでも動いていて、だからこそ嫌いな人の中にも良さを見つけられるし、認めあえる。
 おじいちゃんといた時間、おじいちゃんを好きな思いは、本当だ。それでいいよね。ラストシーンの蝶々は、そんな思いだ。  
第40回日本児童文学者協会新人賞受賞作品。

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物語る瞳——子どもに出会える写真集

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 エルサルバドルなどの紛争地での子どもを撮った写真集。
 たくさんの子どもたちがいる。刑務所での暴動で亡くなってしまったという少年、粋なカルロス。テナンシンゴの少年ゲリラ兵。メヒカーナのかごを売る少女。タップを踏むトランスカイのロアンディーレ。大きな瞳のフンディ−レ。幼少期、少女期、母へと成長していくヘスース……。
 泣いている姿、にらんだ顔、鼻水だらけの顔、悲しみにくれる顔、そして笑顔。
 激戦地に生きているのに、子どもたちは、「自分であること」「生きていること」の誇りで輝いている。
 写真に撮られた瞬間は、切り取られたものではなく、これまで生きこれからも生き続けていく命が凝縮された瞬間だ。写真の向こうに暮らしが見える。
 長倉氏は、著書「鳥のように、川のように」(徳間書店)で『価値なんかなくてもいいじゃないか。人は生きているだけですばらしいのだから」と書いている。
 そう思いたくても思えない現実がある。自分の存在が不安で、価値や意味を求める。けれど、この写真の子どもたちを見ていると、存在そのものが美しいのだと気がつく。
 意味はいらない。カルロスがカルロスだから、ヘスースがヘスースだから美しいのだ。
 生きていることはすばらしい!
 
 写真集を閉じたあとにわきあがってくる満ち足りた気持ちにひたりながら思う。写真を見たのではない。写真の子どもたちに出会ったのだと。

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紙の本夢の守り人

2001/09/21 14:40

人を想う心が織りなす世界

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 この世と別の世界とを行き来する「守り人」シリーズ第三弾。
 主人公はバルサ。30歳すぎの女用心棒。(これがまた、めちゃめちゃ強くてかっこいい!) さて、今回は人の世とは違う、花の世界の物語。花の糧は、人の夢。芽吹きの夜から52年の歳月をへて、「花」が満開の時をむかえた……。
 花の世界は、「生と死が、水面に浮かんだ泡の膜のようにうすい膜でへだてられて、となりあっているよう」だと、女呪術師のトロガイは言う。トロガイは、花の世界で花番との幸せな時をすごし、子をなし、この世に戻り呪術師となったのだ。
 花の受粉後は、夢たちが帰りたいと望むなら、風にのって帰ることができる。しかし、人は、時にたまらなく死にさそわれてしまうことがある。この世に絶望し、居心地の良い夢にいられるなら、このまま目覚めずに死んでもいいと願う心がある。
 眠り続ける魂を、救えるのか。
 それは、生きたい思い、嘘でもいいから居心地のよいところにいたいという誘惑との闘いだ。魂呼ばいをしたタンダは、夢にとらわれてしまい……。
 歌語りの旅芸人にかなわぬ想いを馳せるカヤ。帝の長男、最愛の息子を亡くした哀しみにうちひしがれる一ノ妃。長男の死で帝になる運命を背負い、その運命をうけいれられずにいるチャグム。バルサは親を殺され追っ手に追われ、一寸さきに死が待ってるかもしれぬ暗闇の中で生きてきた。肌にしみこむ血のにおいと、心にひそむ闘いへの激しく醜い欲求を抱えている。
 誰もがみな、願ってもどうしようもない夢の、せつなさとむなしさを知っている。
 そして、人の夢をかきたてる歌を歌うユグノ。その歌は、永遠にうしなってしまったもの、望んでも得られない物を、たまらなく恋しく想わせる。彼は、リー・トゥ・ルエン(木霊の想い人)。人の魂も生命もともにふるわせる歌をうたい、長い命を与えられている。が、それとひきかえに、普通の未来を生活を奪われた哀しみを背負っている。
 一人一人がかかえもつ想いが、花の世界を、この物語を形づくる。一見一つにしかみえない人の世界は、実は幾つもの層からなりたっていて、大きな世界をつくっているのだと気づかされる。それは、異なるものと生きることの意味を考えさせてくれる。
 そして、誰の心にもある弱さを、弱さとは呼ばず、生そのものとして愛おしくみつめるまなざしがうれしい。それでも「生きよ」。そんなメッセージが力強く魂に響いてくる。

 第一弾は「精霊の守り人」野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞。第二弾は「闇の守り人」第40回日本児童文学者協会賞。どの本から読んでも楽しめるつくりになっている。

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紙の本クジラの海

2001/09/07 17:42

青い惑星

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 海の賢者クジラが伝える、地球と命のメッセージ絵本。
 とにかく絵がすばらしい。宇宙、海、クジラ。どのページをひらいても、ひきこまれる。海の沈黙。泡の音、生き物の息づかい。それは、まるで海の青に溶け込んでいくような心地よさだ。
 青が自分の中の何かとふれあい、透き通った歌をかなではじめる。魂が解き放たれていく。
 クジラは、命とは、地球とは、生きるとは何かと、問いかけてくる。「君たち人間は……、この地球での本当の役割もまだわかっていないようだね」と。
 クジラは、語る。「宇宙の真理はひとつ。それは愛。愛とは、存在そのもの。生きているということだ」と。
 ラストの絵は、夜の海と星空とそしてクジラ。
 解き放たれた魂が、また再び着地する。いまここに在ることが宇宙なのだと。

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紙の本地下迷宮の冒険

2001/08/24 17:19

やわらかい心と強い意志。どきどきわくわくの冒険!

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 「魔法少女マリリン」シリーズの第3弾。 魔法、お姫様、半魚人、剣、謎の事件、洞窟の金銀財宝宝石の山、地底湖、お城、そして冒険!おもちゃ箱をあけた時みたいなわくわくが、たくさんつまっている。
 舞台は王都アルシャン。マリリンは、ばりばり魔法を使って悪い奴らをやっつけたり、魔物退治なんかしちゃう偉大な魔法使いになって、伝説として歴史に残る大冒険をするのが夢。学校では劣等生だったけど、この頃ほんの少し自信をもててきていた。それなのに、洞窟の財宝をとりにいく仕事で大失敗。氷の壁をとかすために出した火の玉が、巨大すぎて大爆発しちゃったのだ。
 でも、落ち込んでばかりはいられない。謎の行方不明事件、奇病「眠り病」の流行。アルシャンには最大の危機が!
 さっそく身をのりだすマリリンだけど、危険な事件なために、子どもだからと今回は参加させてもらえない。マリリンのお仕事は、冒険家志望のお姫様アリナの遊び相手。
 ところがマリリンとアリナは、事件のど真ん中へ!30匹もいる怪物を相手に、勇敢に戦うマリリンだが、絶対絶命。アリナはマリリンをかばって、背中を剣でえぐられ倒れる。
 ひとかけらしかない才能(と、自分で思ってしまっている…)に、マリリンは願いを託す。「死んでしまってもいいから。わたしの腕に眠る友達、わたしのそばにいるこの人たちを守れるだけの力をください。」
 マリリンとアリナの友情、自分に対する不安と夢を通して、偉大な魔法使いの意味をつかんで、またマリリンは強くなっていく。
 登場人物はみな魅力的。一筋縄ではいかないしたたかな商売人で、強い母親。顔色ひとつ変えずに人を殺せる悪の王なのにマリリンたちを助けちゃうドルテスもいい味をだしている。
 ラストは、出生の秘密のおまけつき。このあとの冒険も楽しみだ。なんてったって、「人生が丸ごと冒険——こういうのも悪くない」って言っちゃうマリリンだ。明るく強く心の羅針盤にしたがって、どんな冒険をやってのけてくれるかが楽しみだ。
 第1弾は「青い石の伝説」。第2弾は「時計塔の魔女」。

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