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  3. 佐藤哲朗さんのレビュー一覧

佐藤哲朗さんのレビュー一覧

投稿者:佐藤哲朗

15 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本近代日本の日蓮主義運動

2001/04/18 17:42

乱世を席巻した“太陽のドグマ”

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 近代日本の仏教諸派のなかで、一貫して最も熱い存在でありつづけた日蓮系教団。しかし明治維新後の廃仏毀釈をたくみな政治力で克服し、明治の後期まで日本仏教の地位確立に尽力したのは京都両本願寺を拠点とする浄土真宗であり、日蓮系教団は当初まったく振るわなかった。

 ところが明治後期から大正、昭和初期にかけて沸き起こった"日蓮主義"運動を通じて、日蓮の思想は近代日本の国家政策を規定するまでの強い影響力を発揮するようになる。鎌倉時代からの長い伝統を誇る日蓮系教団の底力は、「立教開宗」600年以上を経て爆発した。

 この運動を指揮し"日蓮主義"のイデオローグとして活躍したのは在家仏教教団・国柱会の創始者である田中智学(1861-1939)と、日蓮系の顕本法華宗管長をつとめた本多日生(1867-1931)である。本書はこの二人が「宗教運動を立ち上げた1880年代(明治中期)から、ピークを迎えた1920年代(昭和初期)までの50年間の日本社会の激動のなかで、ふたりがどのような言説によって人びとをひきつけ、どのような活動を通じて運動を組織していったのか」詳細に検証した労作だ。 

 取り上げられる二人のうち、特に注目すべきは田中智学だろう。彼は1880年代(明治中期)より在家信徒による日蓮主義運動を展開し、「立正安国会」(のちの国柱会)を設立、積極的な教化運動を繰り広げた。智学は日本仏教が在家仏教として進む道を理論的に意義づけ、近代という時代と果敢に格闘しながら"生きた仏教"のあり方を創出・実践した。

 近代日本の"宗教改革者"として、恒に世間を賑わせた智学の生涯を貫く一本の柱は、日蓮遺文を精読した結果到達した「国体思想」である。彼は「日本国体」の発顕を通じて日蓮主義を世界に及ぼすビジョンを説いた。仏教の厭世的なイメージを払拭し、マルクス主義にも対抗し得る世界的視野と実践理論を兼ね備えた智学の"太陽のドグマ"は、当時の憂国青年たちに熱狂的に受け入れられ、後の右翼革命運動にも強い思想的影響を及ぼす。満州事変を引き起こす石原莞爾や血盟団の井上日昭、ユートピア文学者の宮沢賢治も智学の薫陶を受けた人脈に連なっている。

 また、戦前から戦時中にかけて連呼された"八紘一宇"のスローガンも、国体思想の文脈で智学が提唱した成語であった。著者の曰く、「智学にとって、日本とは「建国の主義」をもった「道の国」であった。」(p256)そして智学の思想は決して現在のわれわれ日本人と隔絶しているわけではない。

 長いあいだ日本は「顔のない国」といわれ、理念や理想とは無縁の国として自己規定されてきた。だがかつて日本を「道の国」と位置付け、その国体に体現された理想を全世界へ推し拡げようとした時代があった。その結末を知り恐怖するがゆえに、われわれは、「昔から顔の無かった自分」「理念や理想とは無縁に生きてきた自分」という自画像を捏造したに過ぎないのだ。(佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001/4/17)

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仏教の教育観を分かりやすく説いた法話集

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は仏教の視点から語られる実践的な子育て・教育論である。題名や見出しの言葉もちょっとベタな感じがするけど、ひとまず人文書読みのプライドを脇において、ページをめくってほしい。

 著者のスマナサーラ長老は、スリランカ出身の僧侶だ。『日本テーラワーダ仏教協会』を通じて現在スリランカや東南アジアで信仰されるテーラワーダ仏教(上座部仏教・初期仏教)の教えをわかりやすい言葉で日本人に紹介し、その冥想実践を指導している。

 子供の教育をめぐる議論はいま混乱状態にある。少年犯罪や学級崩壊、児童虐待などのニュースに多くの人が不安を抱く一方で、「少年犯罪は統計的に増えていない」、「学校教育は近代国家の所産であって時代遅れ」、「家庭の教育力が強調されるようになったのは近年のことだ」といったアンチテーゼも出され、正反対の議論が錯綜している。

 しかし親として、教師として子供と向き合う現実は、どのような概念の操作によっても変わらず残る。あやふやな未来の変革を達成するため、いまを論争の明け暮れに費やせるヒマ人は少ないだろう。多くの人にとって、子育て・子供の教育はかけがえのない一期一会であり、所与の条件の中で全力をつくすべき課題なのだから。

 子育てや教育に不安を抱く人々に対して、スマナサーラ長老は「じゃぁ、とりあえず、そこから考えてみましょう」という具合に語りかける。一人ひとりが直面する子育てや教育の現場で、より良く子供を育て、子育てを通じて「心を育てる」ための基本的な考え方と実践法を説いてゆくのだ。

 長老はまず、「最初の教師」である親が子供に道徳を教えないことは「子供の生きる権利」を奪うことに等しいと述べる。道徳とは善悪の判断基準であり、ひとことでいえば「自業自得」の法則を踏まえた子供自身の「責任感」の自覚だ。

 そして釈迦が息子のラーフラに「自分のためになること、まわりのためになること、皆のためになることをせよ、その基準に反する行為は止めよ」と諭したエピソードを通じて、この三つの原則を守れば、「個人個人が道徳という基盤の上で自由な生き方をすることができます。それは仏教的な生き方でもあります」と強調する。

 さらに教育の意義について、こんな凄いことをさらっと言ってのける。

「教育というのは人間が生まれてから死ぬまで、どのようにこの地球のなかで行動するべきか、どのように他の人や他の生命とかかわっていくべきかを教えることが役目なのです。」

 彼の言葉はどこまでも明確だ。仏教に対して浮世離れしたイメージを抱く人は多い。しかし釈迦の説いた仏教とは、あくまで私たちの日々の「生き方」に焦点を合わせ、具体的な実践の道をそなえた教えであった。「具体性のまったくない教え、観念や妄想を回転させるだけの教え」を激しく批判したのは釈迦その人であった。

 本を読むという行為もまた、しばしば「具体性のまったくない教え、観念や妄想を回転させるだけの教え」に私たちを閉じ込めてしまう。私たちが、知識を本当に「役にたつ」ものへ鍛える志を持つならば、ここで紹介したテーラワーダ仏教の智慧は大いに参考となるだろう。釈迦の教えは優れた知識人論でもある。その秀でた実例が、スマナサーラ長老の著作には詰まっている。
(佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001.2.18)

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紙の本道教の経典を読む

2001/06/22 14:48

道教をバランス良く食するために…

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

道教は東アジアの(主に)漢民族のあいだで広く信仰されている宗教だ。本書はその道教の「経典」にスポットを当てた、珍しい「道教経典入門書」である。

支那社会におえる道教の影響力は甚大。なにせ歴代皇朝を滅亡に追い込んだ民衆反乱バックにはことごとく道教系教団の姿があった。唐代には儒教に代わって国家イデオロギーの地位を確立したし、近代における孫文の辛亥革命を裏面で支えたのは道教の系譜に連なる秘密結社だった。思想面でも儒教や大乗仏教との抗争・融合を通じて、ひとくせもふたくせもある膨大な道教経典群を残してきた。

日本人は歴史的に、支那大陸から旺盛に漢籍を導入したが、こと道教に関しては、体系的な輸入をしなかった。「国際的に視野を広げると、道教経典について、英語圏の読者の方が、日本の読者よりも、現代語で訳された豊かな成果をより多く享受できる面がある」(p2)という事態が生じており、「それはあんまりだろう」ということで本書の登場となった。

三国志の世界を現出させた大反乱、黄巾の乱の思想的バックボーンとなった『太平経』、初期道教における老子解釈とその実践思想を記した『老子相爾経』、同じく道教が国家イデオロギーとして確立された唐代の「老子」注釈集大成『道徳真経広聖義』、大乗仏教の般若心経から多大な影響を受けて成立した『清静経』、道教と仏教にそれぞれ同名の経典がある『父母恩重経』などなど、道教主要経典の抄訳と内容解説、道教経典群全体の中での位置付けなどが述べられており、知らないことは多いものだと感心させられる。

しかし時々の社会状況に応じて(場当たり的に)加増された道教経典をいくら並べても、道教そのものへのすっきりした理解には至らない。本書はあくまで『道教経典の入門書』であって、『道教入門』ではない。その向きを求めている方は他の概説書と一緒に購入することをお勧めする。

サテさきほど、日本では道教の「体系的な輸入をしなかった」と書いた。近代に限っても、無為自然を説く「深遠」な老荘思想を愛した日本の知識人にとって、現実に展開する「道教的なるもの」の生臭さ・猥雑さは長らくまじめな興味の範囲外であった。

しかし、その一方で「道教の裾野」に属するアイテムや物語は、日本のサブカルチャーのなかで広範に受容されていった。『少年ジャンプ』連載で人気を集めた『封神縁起』しかり、数限りない物語の水源となっている『西遊記』しかり。道教を背景にしたストーリーも、単純に「話として面白い」ので歓迎されている。当然、「その面白さの源泉にある道教ってのも、実は面白いんじゃないの?」という見方ができるわけで、少しづつ道教そのものへの関心も広がりつつある。

つまり日本人の『道教』理解には、「食わず嫌い」と「つまみ食い」が横行している。まぁ、ちゃんとバランス良く食べたところで、美味しいとは限らない。むしろ不味くなる危険もあるが、望む人向けに正式なメニューというのも一応用意してあったほうが良い。道教の「お品書き」を律儀に紹介した本書は、地味だけど意外に重要な啓蒙書なのである。(佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001.06.22)

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断片化された仏教思想の再構築

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 チベットの精神的指導者であるダライ・ラマ14世が、2000年4月に来日された際の講演録が発売された。中国政府の意を受けた日本の外務省が、ダライ・ラマ法王に対して、宗教以外の発言を事実上禁じるという、恥ずべき処置を取ったことは記憶に新しい。

 しかし法王のメッセージは過去何回かの来日とは比較にならぬほど、日本人の幅広い関心をもって迎えられた。密教やタントラなどといった怪しげ(美味しそう?)な意匠を離れて、ダライ・ラマ法王が説くチベット仏教の教えそのものが、これほどまでに日本人に求められたのは初めてだったと思う。

 本書には、東京で行われた本格的な仏教講演、京都と静岡での講演およびパネルディスカッションの模様が採録されている。内容の中核をなす東京講演は、4月14日と15日の二日に渡り、午前と午後、四つのセッションに分けて開かれた。タイトルは「智慧と慈悲−−仏教の最も大切な二つの教え」である。

 法王はまず、仏教の立場から見た『宗教』の定義を説き起こし、小乗と大乗、顕教と密教といった仏教の違いをチベット大乗仏教の立場から位置付けする。そして人間の心に生起する『苦』を様々な角度から考察し、輪廻からの解脱を果たすための実践理論である『四聖諦』の解説へと聴衆を導く。

 二日目の講演では、般若心経を通じて日本人にもなじみの深い『空』の思想を詳細に論じながら、無上ヨーガタントラにいたるチベット仏教の実践体系のアウトラインをみっちりと語りおろしてゆく。まさにチベット仏教概論の集中講義である。

 智慧と慈悲をもって精進し
 すべての有情を利益(りやく)するために
 今日、仏陀の御前に
 完全なるさとりの心(菩提心)を生起いたします…
 
 二日間の長い講演の終わり、法王が聴衆とともに「菩提心生起の偈」を称えるくだりでは、会場のざわめきと唱和の声が聴こえてくるような錯覚にとらわれてしまった。

 日本は仏教国といわれている。考えてみれば確かに、日本語にはたくさんの仏教用語が取り入れられている。だが、その多くは本来の意味付けを失ったまま中空を彷徨い、現代人の好き勝手な解釈に晒されていると謂っても良いだろう。そのことの是非を今は問わない。

 しかし、ダライ・ラマ法王の二日間の講演録に触れることで、私たちは、私たちの日常生活の中で長い間“断片化”されたままだった仏教由来の日本語の数々が、壮大な『一切衆生の救済を目指す実践体系』として再構築される現場に立ち会うのである。

 そして、再構築された仏教が目指すべき「現場」とは、あなた自身の“心”に他ならないのだ。

(佐藤哲朗/ライター http://homepage1.nifty.com/boddo/)

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箆棒(べらぼう)な人々インド編

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 松山俊太郎氏は『箆棒な人々』(竹熊健太郎)に登場するカリスマ呼び屋の康芳夫や、三島由紀夫、澁澤龍彦などとも交流のあった人物で、戦後日本のアングラ・カルチャーにも足跡を残すインド学者だ。

 『箆棒な人々』の康芳夫インタビューには、松山氏が『家畜人ヤプー』のイベントでBGMプロデュースをしたり、康に頼まれてインドまで魔術師を探しに行くエピソードが載っていて、後者は松山氏の『インドを語る』(白順社)でも触れられている。ちなみに『インドを語る』はかなりぶっ飛んだ本だ。なにせ開口一番、「最初に申し上げたいことは、たとえば「インドとは何か」と言ったところで、インドなんか分からないということです。」という断言からはじまっているのだから。

 そこから「では人間にとって“分かる”というのはどういう事なのか」とインド古代思想における認識論の真髄がハードコアに語られてゆく。難解なテクニカルタームが羅列されるインド思想書に慣れていた私は、松山氏の漫談調に秘められた学識の深さ、解釈の斬新さに舌を巻いた。以来、人にインド思想の本を一冊紹介しろといわれたら、この『インドを語る』を薦めることにしている。

 ところで松山氏の専門はインド文学に現れた「蓮」の研究だ。「ひとりでやれば十万年くらいかかる」テーマだそうだが、人間界では蓮研究の権威といって良いだろう。今回紹介する『蓮と法華経』は、その名に「蓮」を関した大乗仏教の経典、『妙法蓮華経』(法華経)と、松山氏ががっぷり四つに組んだインタビュー集である。

 日蓮宗系教団を背景とした『第三文明』誌の連載をもとにした語りおろし。当然聞き手(同誌の編集者)は日蓮信者であるから、無信仰者を明言する松山氏を相手に「法華経の精神と形成史」を日蓮の法華経解釈へ接続させようとする。ゆえに法華経や日蓮教学に疎い読者には、戸惑いを感じるやり取りもでてくる。

 かといって本書が仏教書読みにしか縁のない本かと言えば大間違いだ。松山氏は、仏滅後500年以上のち、熱狂的な賛仏者が瞑想によるビジョンとして感得し、インド各地での布教・伝道を通じて徐々に壮大な経典郡として構成されていった法華経の精神性を、インドの地に自生する蓮の花(プンダリーカ)の生態描写にまで立ち戻って解き明かそうとする。

 大胆なひらめきによる作業仮説の跳躍はあるにせよ、インタビュアーにしては饒舌な聞き手を、ときに数ページの傾聴へ引き込んでしまう松山氏の語り口は箆棒(べらぼう)にして天下一品。インタビューの端々には、人が「見る」という行為と「思想」の誕生との悩ましい関係がひっそり暗示されていることにも注目して欲しい。(佐藤哲朗/bk1エディター)

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アッパーな「啓蒙への意志」に貫かれたコムロ宗教学を食らえ!

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 観点によっては戦後日本の知の到達点と言っても過称ではない小室直樹氏が、オウム真理教いらい生理的な宗教アレルギーに陥る日本人に喝を入れるべく書き下ろした作品だ。キリスト教・イスラム教・仏教に加えて儒教といったポピュラーな諸宗教を扱っている分、コムロ宗教学のエッセンスが明快に開陳されたお得な一冊。

 論じられる内容はかなり広範囲かつ妥協を欠いた博覧強記の強行軍だが、第一章「宗教は恐ろしいものと知れ」の名調子に親しんで助走をつければ一気に通読できるはずだ。なにより、小室直樹氏自身のアッパーな「啓蒙への意志」が、読者をひきつけて離さないだろう。

 例えば日本人になじみが薄いイスラム教こそ、じつは宗教の戒律・社会の規範・国家の法律が見事に一致した「最も典型的な宗教」だという指摘、三島由紀夫の『豊穰の海』を日本人にとって最も手頃な仏教哲学(唯識思想)解説書として紹介する切り口など、視野の狭い宗教概説書からは到底見出せ得ない新鮮な論考に、随所ではっとさせられた。

 鏖(みなごろし)、蘊奥(うんのう)、盤踞(ばんきょ)など講談調の古風な語彙を用いながら、ルビを多用した読みやすい体裁は、小室節もとい「話芸としての学識」のテイストを存分に引きだしている。文章に勢いとリズムがあるので、一読するとけっこういろんなウンチクが記憶に残るのだ。近年の宗教関連書のなかでは傑出した一級の知的エンターテイメントとして、そして夏の知的スタミナ補給源(笑)として、多くの人にオススメしたい。
(佐藤哲朗/bk1エディター)

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紙の本イスラム潮流

2000/07/24 19:25

イスラム世界の全体像を見渡すうえで最適のガイド

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「アッラーフ アクバル… アシュハド アンラー イラーハ イッラッラー…(アッラーは偉大なり… 我はアッラーのほかに神なしと宣言す…)」
 モスク尖塔(ミナレット)に取り付けられた拡声器から午後のアザーン(礼拝)の呼びかけが響き渡る。白い装束を身にまとい、モスクの外にまで溢れたイスラムの男たちが、一斉にメッカの方角へひれ伏し祈りを捧げる。
 1999年の一月、インドの大都市カルカッタ。詩聖タゴールの旧邸にほど近い、ナコーダ・モスクの門前町で目撃した光景。それが私にとってはじめての「イスラム体験」であった。ヒンドゥー寺院のプージャや仏教聖地の法要とは全く異質のエネルギーを放つイスラムの祈り。そのときカルカッタの街中が、アッラーに跪いているように見えた。
 現在、世界には十三億人ともいわれるイスラム教徒が暮らし、冷戦終結後の混乱のなかでイスラム復興の動きは急速に高まっている。本書『イスラム潮流』は、無知による誤解、偏見にさらされがちな“イスラムの現在”に正面から取り組み、昨年四回シリーズで放映されたNHKスペシャルの活字による取材報告である。
 イスラムの原風景であるメッカ大巡礼、インドネシア民主化にともない国民統合の紐帯として浮上したイスラム勢力、ソ連崩壊後に先鋭化する中央アジア・イスラム復興運動とロシア当局の弾圧、中東イスラム圏に根付いたイスラム法秩序と人々の生活、アメリカ合衆国で急速に擡頭するイスラム、イラン・イスラム革命と政治改革の相剋…
 イスラムの教えが社会の隅々に浸透した、あるいは浸透しつつある現場を駈けぬけた濃密な取材によって、単なる「宗教」「信仰」の枠に留まり得ない、「イスラム」の裾野の広さが徐々に浮かび上がってくる。常識によりかかった説明や落しどころを敢然と拒む、異文化としてのイスラムといかに向き合うのか?来世紀をかけて日本人が取り組むべき問いが、全編を通して繰り返される。
 取材スタッフが直面した戸惑い驚愕を含め、日常イスラムとほとんど縁のない“日本人のみたイスラム”という眼差しが貫かれている点でも、本書は貴重な記録であろう。文中にはイスラムの教義や歴史的変遷、その理念について的確な説明が加えられており、基礎知識を欠いた読者の理解を助けてくれる。イスラム世界の全体像を見渡すうえで最適のガイドになるはずである。 (佐藤哲朗/bk1エディター)

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タイ仏教の挑戦が喚起する、新時代への構想力

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 私たちは「開発」という概念を、自然を切り拓いて資源を獲得すること、未開の土地や社会を切り開いて近代化する意味で用いる。しかしその語源を辿ると「開発(かいほつ)」という仏教用語に達することをご存知だろうか。かつて仏教徒は、苦しみの世界に輪廻する衆生が、悟りへ向けて主体的に智慧を開花させる営みを、開発(かいほつ)と呼んだ。

 上座部仏教を奉じる東南アジアの仏教王国タイは、アセアン地域の優等生と賞される一方、近代的な経済発展にともなう様々な歪みが集約された国でもあった。伝統社会において、国民の文化的・精神的開発(かいほつ)を一手に担ってきたタイの仏教界は、政府により推進される現代の「開発(かいはつ)」への難しい対応を迫られた。

 本書は、経済至上主義に基づく社会開発の思想をラディカルに批判し、精神や文化をも包括した仏教的開発(かいほつ)というオルタナティブな「開発」概念を提示したタイ仏教の新潮流を紹介した画期的な研究レポートだ。プッタタート比丘をはじめとする代表的な開発僧(かいほつそう)の思想と履歴、タイ東北部での共同体再建の動き、NGOの活動など、表面的な「仏教の社会事業」にとどまらぬ普遍的な深みと広がりを持った仏教的開発(かいほつ)の諸相が語られてゆく。

 勿論、「小欲知足」を説く開発僧たちの実践は、タイでもまだ少数派だ。しかしタイ仏教徒の挑戦は、東南アジア全域に広がる上座部仏教圏の今後を左右する重要な試金石である。グローバリズムの暴流にも臆せず、自らの未来を模索する彼等の「構想力」から、極東の「仏教国」民が学ぶべき事柄も多い。仏教は決して死物ではない。それは人類を真の幸福へ導くべく、二千五百年に渡って研ぎ澄まされた偉大な「実践知」なのである。(佐藤哲朗/ライター 2002.03.04)

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紙の本新訳・釈宗演『西遊日記』

2002/01/10 22:15

明治を代表する禅僧が目撃したアジアの姿

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 釈宗演(しゃくそうえん 1859-1919)と聞いてもピンと来る人は少ないかもしれない。彼は明治の日本を代表する禅僧であり、明治の文化人・政財界人からの信望も厚かった。19世紀末、欧米に『Zen』を普及させた功労者として海外にも知られており、鈴木大拙の師匠にもあたる、そんな人物だ。

 明治初頭の廃仏毀釈で荒廃した日本仏教は、近代国家建設のなかで自らのアイデンティティを喪失していた。危機感を抱いた仏教界は相次いでヨーロッパへ青年僧侶を留学させる。意外なことだが、明治の仏教者も海外への関心はつねに西欧の方を向いていた。一方、福沢諭吉の慶応義塾に学び、若くして臨済宗の俊英として期待された宗演が渡航先として選んだのは、イギリスの植民地支配下に呻吟する南アジアの仏教国、スリランカ(当時は英領セイロン)であった…。

 本書は、明治20年から3年間に及ぶ宗演のスリランカ留学中につけられた日記の一部を現代語訳したもの。僧侶という生き方を選んだ明治の一青年が、植民地支配下のアジアで感じた悲憤慷慨、祖国の未来への危機感、冷静な異文化観察は、読み物としても味わい深い。

 宗演のスリランカ留学の背景については、本書でも充分な解明はなされていない。実は、彼がスリランカへ向かった背景には、19世紀末のアジア仏教復興運動と日本仏教との関係があった。アジアの仏教国のなかで、日本仏教は決して孤立した存在ではなかったからだ。

 残念なことだが、一部の優れた研究を例外として、日本の近代仏教史を巡る言説はこれまであまりにも貧困なものに留まっていた。ゆえに本書の魅力も、あくまで素材としてのレベルに留まっている。西欧列強の圧迫と近代化に対して、アジアの世界宗教である仏教はどのようなリアクションを試みたのだろうか。そんな視点から近代仏教史を構想しなおすときに、釈宗演の日記も新たな輝きを放つことだろう。(佐藤哲朗/近代仏教史を考えるサイト@BODDO主催ライター 2002.01.09)

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日本最古の物語を丸ごと味わってみよう

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 『古事記』は文字に定着された日本最古の物語とされる。本居宣長らによる再評価を経て、日本近代化の課程では、ナショナリズムの拠り所とされたこともあった。戦後はその反動で一般国民には疎遠になった嫌いもあるが、イザナギ・イザナミの国産み神話、天照大神とスサノオノミコトの確執、因幡の白兎と大国主の神、いわゆる天孫降臨、海彦・山彦、神武東征、ヤマトタケルの悲劇など、古事記に収められたエピソードは、繰り返しあらゆる文学芸術の源泉として頼られている。

 本書は官能小説家・睦月影郎が、古事記本文の現代語訳に加え、歴史にまったく疎い秘書氏を啓蒙する形で解説を試みた著作だ。『ケンペーくん』と同じ顔をしたヤマトタケルが、草薙の剣を構える表紙にはドキドキしたが、中身はいたって折り目正しい。原文は抄訳だが、比較的読まれている前半だけではなく、一般読者の集中力が途切れがちの後半部分も律儀に現代訳しているので、きちんと達成感を味わえる。

 著者は秘書氏に向かって「この宇宙の中で、最も貴い国が日本であり、我々臣民はこの国と、日の丸と君が代を誇りに思い、大切にしていかなければならないんだ。」とぶち上げるが、本文中では文化人類学的な解釈も随所に紹介していたり、いわゆる「差別用語」を避けた現代訳に細心を払ったりと、憂国の激情と大衆向け官能作家としてのバランス感覚がちぐはぐになっているのも微笑ましい。

 なかでも、イザナミが小便や吐瀉物から神を産むシーンで「最初にこれを読んだ中学生当事はね、ゲロをたぐり(傍点三字)、オシッコを尿(ゆまり)と読むと知って、何て美しい言葉だろうと思ったけどね。確かに、美しい女性の身体から出るものに汚いものなんてないからね」と述べるあたり、さすがフェティシズム作家の面目躍如だと思ったけれど。洋の東西を問わず、古典はいろんな意味で「自由への触媒」なのです。 (bk1ブックナビゲーター:佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001.09.28)

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ZENの神話解体

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様々な宗派・教団が林立する日本仏教にあって、海外でもっとも受けの良いのはZENと総称される禅仏教(臨済宗・曹洞宗)だろう。本書はその禅仏教の意外な「戦争協力」の歴史を考察した著作だ。廃仏毀釈にはじまる日本仏教の近代史を時系列で辿りつつ、日清・日露戦争から日中戦争、大東亜戦争(太平洋戦争)までの禅仏教のリーダーたちによる戦争肯定・侵略賛美の言説を詳細に分析し、禅の教学が戦争遂行に果たした役割までも明らかにする。鈴木大拙をはじめとして、山田無文、大森曹玄、柳田聖山など、著名な仏教者も閻魔帳よろしく俎上に上げられる。著者がアメリカ出身の曹洞宗僧侶という点でもユニークだ。ヴィクトリア氏はもと宣教師であり、1961年にアメリカの良心的徴兵忌避者として来日した。キリスト教の「聖戦」思想に疑問を抱いていた彼は、日本で禅仏教の平和思想に共鳴し、出家してベトナム反戦運動にも参加する。それを宗門から厳しく難詰されたことから、「平和を唱える仏教」という「神話」を疑うに到ったそうだ。本書は欧米のカウンターカルチャー思潮を通じ、過剰な思い入れをもって受容されたZEN仏教を欧米人自らが「神話解体」してみせた研究ともいえよう。しかし日本に限らず、近代アジアの仏教徒たちは、欧米人に向けては普遍的な仏陀の福音を説きつつも内向きにはアジア仏教徒の団結を叫び、また時に偏狭なナショナリズムに棹差す言説を振りまいていた。圧倒的な勢力をもってアジア各国を植民地化していった西欧列強に立ち向かう思想的武装として、仏教はアイデンティティ喪失すれすれのアクロバットを演じつつ、仏教を信仰する諸民族のナショナリズム鼓舞に奉仕したのだ。本書を紐解けば分かるように、その軌跡は確かに惨憺たるモノだったが…。「日本の知識人」による思想戦の苦い記録として、読まれるべき一冊。(佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001.07.23)

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紙の本頭蓋骨のマントラ 上

2001/05/24 16:20

圧政下のチベットを舞台にした長編ミステリー

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「本書に登場する人物も土地も、すべて虚構の産物である。だが、この上ない逆境の中、五十年間にわたって信仰と人間性を維持してきたチベット国民の苦闘は現実のものだ。」(著者あとがき より)

 アメリカ人作家による、現代チベットの、しかも強制労働キャンプを舞台にした長編のミステリー小説だ。

 主人公は単道雲(シャン・タオユン)という中国人。彼は中国経済部(財務省)の主任監察官として活躍した過去を持つが、大規模な汚職を摘発しかけたところで共産党上層部ににらまれ、チベット南部の強制労働キャンプに収監されてしまった。そのキャンプにはチベットの「政治犯」すなわち共産党支配下の宗教弾圧に抗した仏教僧侶たちが収容されており、単は逆境に耐え信仰を守る彼等の姿を通して、チベット仏教に深いシンパシーを抱き始める。そんな折、軍用道路建設の現場で、首なし死体が発見された…

 上下巻あわせて660ページ以上。決して読みやすい作品とはいえない。恐怖政治下にあるチベットの重苦しい雰囲気と、緻密すぎるほどに張り巡らされた伏線に幻惑され、読了には数日を要した。日本人には馴染み薄い、チベット文化のキーワードにも戸惑ってしまう。

 しかし文章は格調高く、しかも映像的だ。特に囚人となった僧侶たちが房の床にチョークで仏壇の結界を引き、沈黙のなか掌で印を結んで法要を行うシーンなど、映像化したら非常に美しく感動的なものになるだろう。ハリウッドで映画化を狙っている御仁もいるのではなかろうか?

 登場人物の設定もひねりが効いている。主人公の単は道教の伝統を伝える家に育ったが、文革の犠牲者となった父親からは、英語教育も受けた。伝統を重んじつつ、西欧的な思考法を身につけている。つまり一般の欧米人にも抵抗なく感情移入できて、かつ尊敬を抱き得る東洋人、というわけだ。

 アメリカの小説ゆえにいささか無茶な成り行きでアメリカ人鉱山技師の男女も登場する。彼らは単のサポーターとして重要な役回りを果たすのだが、それでも無駄な色恋沙汰は一切無し。(『パールハーバー』でさえ、デート映画化されるご時世に!)後半では、チベットの現状を憂うるアメリカ人の性急な善意が、政治力学に利用され、より大きな悲劇を引き起こすという皮肉もきっちり描かれる。

 重層的な魅力を湛えた『頭蓋骨のマントラ』だが、物語に一貫して流れるのは、チベットという土地と仏教信仰への深い畏敬の念だ。著者は単のまなざしを通して、中国政府の植民地支配を静かに告発するが、その一方で逆境にあってチベット仏教徒が実践する「一切衆生への限りない慈悲」の底力を描き出そうと努めている。読者が上下巻660ページを読み終えた時点で、著者の願いのいくばくかは、私たちの内奥に届いているはずだ。

 愛が地球を救うかどうか甚だ疑わしいということになっている。しかしチベットに息づく『慈悲』の精神は、傷つきながらも確かにひとつの世界を支え続けている。「世界を支える思想」と出会い、「内なる仏」を見出した単道雲(シャン・タオユン)の旅路はまだ終わらない。続編がいまから楽しみだ。(佐藤哲朗/@BODDO主催・ライター 2001.05.24)

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よみがえるインド仏教

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 インドは仏教発祥の地として知られる。しかし歴史の転変を経てインド仏教は滅亡し、長らく「過去の存在」でしかなかった。そう、ついこの前までは…。
 人口10億を数えるインドにあって、80年代初頭まで仏教徒は1%に満たなかった。しかし現在では少なくとも5千万人、一説には1億5千万人もの仏教徒がインドにいるとされる。事実ならば、インドの仏教徒は人口の10%を超え、イスラームにも匹敵する大勢力だ。(現在、政治的配慮からインドの宗教人口統計は不明)
 宗教紛争が激化する現代社会では、かえって諸宗教の勢力図は固定している。インドにおける仏教徒の激増は、地球上を見渡しても極めて特異な現象だ。そしてこの歴史的大事件の渦中に、佐々井秀嶺という日本出身の僧侶(現在インド国籍)がいる。
 本書は長年にわたり佐々井師の身近でインド仏教復興運動を取材した著者が、佐々井師の破天荒な半生を描いた伝記だ。昭和10(1935)年、岡山の山村に生まれた佐々井師は16歳で上京し、紆余曲折ののち高尾山薬王院(真言宗)で得度。生来の負けん気で激しい修行に明け暮れる一方、自らの「色情因縁」に煩悶して自殺の誘惑に駆られ、街頭の易者として人気を博し、新進の浪曲師としても名をあげる、とにかく振幅の激しい生を歩んだ。
 昭和40(1965)年、ひょんなことからタイ留学し、二年後インドへ渡った佐々井師は、かの地でインド新仏教徒(ネオブディスト)との運命的な出会いを果たす。彼らは、カースト制の底辺にあって差別と迫害を受けつづけた不可触民(アウト・カースト)であり、同階層出身のカリスマ的政治家アンベードカル(1891-1956 独立インドの初代法務大臣としてインド憲法を起草)の呼びかけで仏教に改宗した人々であった。
 新しいリーダーとの出会いは、停滞していたインド新仏教を俄然活気づかせる。釈迦成道の聖地ブッダガヤの返還運動、政府も手を出せなかった盗賊集団(ダコイット)の仏教改宗などを通じて、佐々井師はカースト・宗教による分断と相互不信に貫かれたインド底辺社会を、大衆演芸じみた義侠心によって突破していった。
 しかしそんな渦中にあっても、佐々井氏自身は相変わらず性欲に悩み、無茶な荒行で自らを傷つけ追い詰める不器用な求道者のままなのだ。真言宗で出家した身でありながら、南無妙法蓮華経の題目を唱え、請われればパーリ語のお経を唱える。必要とあらば、村人に取り憑いた悪霊とも取っ組み合いの喧嘩をする。そんな彼の周囲には、いつしか衆生平等を説く仏教という信仰(もとい生き方)を選び取った膨大なインド民衆が渦巻いていたのである。
 稀代の荒法師がインド亜大陸のダークサイドに足を踏み入れ、そこから民衆の仏性とでも形容すべき「精神の光」をつかみ出す過程は、心の震えなしには読めない。極東の快男子によって、新たに開幕したインド仏教復興活劇が、逆にこの日本を揺るがすに至る日も、そう遠くはないはずだ。
(佐藤哲朗/(@BODDO主催・ライター 2001/3/12)

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いまだ名づけ得ぬ「イスラーム的」なるもの

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 日本人と「イスラーム」との関わりにはどこかぎこちなさが付きまとっている。一般的に使われる「イスラム教」という呼び名のほかに「イスラム」または「イスラーム」という名称も流通している。世界三大宗教の一角を占める、この宗教の呼び名さえ日本では一定していない。これを啓蒙すべき無知や偏見に帰するのは早計すぎる。要するに日本人はイスラームに対する立ち位置を測りかねているのだ。
 一応「近代社会」に暮らし、近代的な言説空間で思考する私たちにとって、「イスラーム」なるこの名づけがたい現象はいったいどのような位置付けをもっているのか。そのような根源的な問いに答える待望の書籍が発売された。大塚和夫『イスラーム的』である。
 本書は、社会(文化)人類学の立場からイスラーム社会へのフィールドワークを続けてきた著者がここ十年ほどの間に発表した論文やエッセイをまとめた作品だ。
 第一部では、著者がフィールドとする中東・アフリカで接した「イスラーム世界」の諸相が紹介される。そこで語られるのは、近代化を受容したイスラーム圏において「イスラーム」の理念があらためて問い直され近代イスラーム主義・イスラーム復興という形で再構築されるに至る苦いドラマである。
 第二部では欧米のアカデミズムやマスメディアの現場でいわゆる「イスラム原理主義」とよばれる概念が生成され、これまたハンチントン『文明の衝突』に至る「気分」の受け皿として流通するプロセスが描かれる。立脚点を異にする二つの物語の生成が、様々な複線を伴って描写されるのだ。イスラーム圏と非イスラーム圏における「イスラーム言説」の生成過程とその背景、近代という時代における彼此のイスラーム観とその来歴が、読者の面前で「対象化(オブジェクト化)」される様は、圧巻としか言いようがない。
 しかしその一方でわだかまりも残った。イスラムをめぐる言説の虚妄を指摘し、相対化しようという試みは、大塚氏以外の識者によってもなされている。しかしそうやって我々の「偏見」を知的に解消し、自らの知の見取り図を書き換えるだけで、果たして本当に我々の「イスラーム」への見方は変わるのだろうか?
 一九九一年七月、この日本でまさに『イスラーム的』なるものをめぐって痛ましい事件が起きたことをご記憶だろうか?イスラム神秘主義などの新進研究者だった五十嵐一氏が筑波大学の構内で何者かによって暗殺された事件のことだ。
 五十嵐氏はサルマン・ラシュディ著『悪魔の詩』の翻訳者であった。周知のようにラシュディ氏は当時のイラン最高指導者ホメイニ師から「イスラームを冒涜した」として死刑の宣告を受けていた。『悪魔の詩』邦訳に携わった五十嵐氏の殺害には「イスラム原理主義者」が関与していたのではないか、という憶測も囁かれた。真相はいまも不明である。そして言い知れぬ恐れだけが残った。
 『イスラーム的』を読み進めるうち、棚の上からゴロリと落ちた昔の日記のように五十嵐氏の死を思い出した。日本の「本を読む人」のイスラーム観を形成しているのはブラウン管の向こうの「中東和平」をめぐる混沌や、テロリズムの報道とは限らない。「イスラム原理主義」という虚構に、私たちがいまだ一定の実感やリアリティを感じているとすれば、そのリアリティを担保する体験を私たちが経てきたということに他ならない。
 九十年代初頭に日本の知識人を襲った「負のイスラーム体験」に、少なくとも私はまだ恐怖を感じている。情けない話だがイスラーム本の書評のなかで五十嵐氏の死について触れることさえかなりの躊躇を感じた。この恐れと戸惑いは果たして私がイスラームをより深く「知ること」で解消され得るのだろうか。
 ともかく私は『イスラーム的』との出会いを足がかりとして意識の底にとぐろを巻く「恐怖としてのイスラーム」を対象化したいと願っているところだ。

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紙の本アナム・カラ ケルトの知恵

2000/09/12 11:30

アイルランドの哲人による「友愛現象学」つれづれ

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「ケルト人の思考はあながち散漫ではないが、だといって、系統立ってもいない。さりながら、ケルト人は特有の情調によってその思索の内に、人生と経験の高度な諧和を表現している。」(プロローグより)

 本書の著者、ジョン・オドノヒュウはアイルランド出身の詩人・哲学者である。ドイツでヘーゲルを研究して博士号を取得、現在はドイツ神秘主義の巨人マイスター・エックハルトをテーマに研究を続けている。ケルトの魂をルーツに、ゲルマンの形而上学に分け入った哲人、といったところか。

 タイトルに冠された「アナム・カラ」とはゲール語(アイルランドで話されるケルト系の言語)で「魂の友」を意味するという。ケルト人にとって「アナム・カラ」の精神こそが、「霊感の源泉たる親愛の極致」であったという。しかし著者は「アナム・カラ」という概念の定義についてことさら厳密な論考を進めようとはしない。働く
こと・歳を重ねること、そして死ぬこと。具体的な人生の旅路に寄り添って、「アナム・カラ」が個々の魂に顕現する場面を、甘美なイメージとともに読者に想起させようとする。

 イエス・キリスト、ウィリアム・ブレイク、ガルシア・マルケス、エマニュエル・レヴィナス、はたまたエディット・ピアフや日本の禅僧、ヴィドゲンシュタインまで、人生の諸相について語られた古今東西の格言やエピソードが気まぐれにサンプリングされているのも本書の特色だ。

 しかし一定のリズムで挿入される著者のアイルランドでの生活体験や、ケルトの古い歴史や習俗の解説、美しい風土の描写、各章の終わりに添えられた自作の祝祷などが、本書を単なる通俗的な格言集・自己啓発モノの類と一線を画する著作に仕上げている。オドノヒュウの穏やかで観想的な語り口を通じて、読者は自我のつっぱり、こ
わばりを解きほぐす単純なヒントを手にするかもしれない。あとは実践あるのみである。一生かけてがんばりましょう。(佐藤哲朗/bk1エディター)

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