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  3. 橋根未彩さんのレビュー一覧

橋根未彩さんのレビュー一覧

投稿者:橋根未彩

22 件中 1 件~ 15 件を表示

名探偵で行こう

2001/11/20 22:16

あの主人公たちの活躍が楽しめる豪華アンソロジー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 シリーズキャラクターものの短編を集めたアンソロジー。ラインナップは以下の通り。本短篇集の性格上、登場するシリーズキャラクターについて付記してみた。

「三毛猫ホームズと永遠の恋人」(赤川次郎):三毛猫ホームズ
「ママは空に消える」(我孫子武丸):腹話術人形・鞠小路鞠夫
「金魚狂言」(泡坂妻夫):八丁堀同心・夢裡庵を背景に置いた捕物帳
「エキサイタブルボーイ」(石田衣良):『池袋ウエストゲートパーク』の主人公
「あちこちら」(大沢在昌):らんぽう
「花を見る日」(香納諒一):エディターズ・シリーズ
「『神田川』見立て殺人」(鯨統一郎):マグレ警部
「ダイエット狂想曲」(近藤史恵):オフィス清掃員キリコ
「最前線」(今野敏)安積警部補
「2031探偵物語 秘密」(柴田よしき):私立探偵サラ
「招かれざる死者」(西澤保彦)タック・タカチ・ボアン先輩
「シュート・ミー」(野沢尚):殺し屋シュウ
「魔女狩り」(横山秀夫)県警を舞台としたシリーズ

 顔ぶれを眺めるだけでも分かるとおり、新人もベテランも、本格ミステリもハードボイルドも……と非常に幅広い作品が収録されている。「ミステリー」にもいろいろあるが、本短編集は、斬新なトリックや意外な結末というよりは、探偵たちの活躍を味わう作品が目立ち、どちらかというと「探偵小説短篇集」という方がぴったりくるのではないだろうか。

 この短篇集ではシリーズキャラクターものがずらりと並んでいるが、改めて驚かされるのは、シリーズ第1作ではないものでも、キャラクターたちがスムーズに作品の流れの中で紹介されていることだ。短篇は長篇と異なり、雑誌掲載という形式で発表されることが多い。たとえ毎号連載している作品だとしても、初めてその雑誌を買った人にもキャラクターたちの設定を把握してもらわなくてはならない。逆に連載を毎回読んでいる読者にも、既に知っているキャラクターの説明を飽きずに読ませなければならないのだ。そういった力量に関心しながら読むのも面白い。

 全作品について触れるにはスペースが足りないので、印象に残った作品を挙げておこう。
 「エキサイタブルボーイ」はドラマにもなった『池袋ウエストゲートパーク』の主人公が探偵役を務めるが、彼を含めた登場人物たちの雰囲気はドラマ以上に現代的でリアルだ。ハードボイルドが好きな方には是非このクールな筆致を味わってみてほしい。
「ダイエット狂想曲」のオフィス清掃員の女の子キリコは、設定・キャラクターともに面白く、軽快さが重たいテーマとのバランスを取っている。
「魔女狩り」は警察小説ではあまり出てこない部署が舞台で、彼らの地道な活動を描いているのが興味深い。
 これだけ幅広いと、初めて出会うシリーズや今まで読まなかったジャンルの作品もあるだろう。新たなるお気に入りシリーズを見つけるのに格好の短篇集ではないだろうか。

 なお「旅と街をめぐる傑作編」として『M列車(ミステリー・トレイン)で行こう』も発売中である。(bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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紙の本泥棒はライ麦畑で追いかける

2001/10/31 22:16

『ライ麦畑』作者へのオマージュも込められた粋なミステリ

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 「ウィットに富んだ会話が魅力的な作品」は多々ある。しかしここまで徹底的なものが、しかもミステリと絶妙な融合を遂げたものがあったのか——これが、本シリーズを初めて読んだ私の感想だ。

 まず泥棒バーニイから紹介するべきだろう。彼は泥棒は泥棒でも、実にエレガントで気のきいた紳士(?)である。今回の仕事場であるパディントン・ホテルにも正々堂々とチェックイン。フロント係と小粋な会話を楽しむ余裕っぷり。サービスで貸し出しているクマのぬいぐるみを律儀に借り、部屋に置いて出るときにはちゃんとさよならを言う。(ちなみにクマは、彼の猫が示すのと同じ反応をする。)盗みだけをがつがつやっているのではなく、古書店オーナーという優雅な表向きの顔も持っている。この辺本好きだと、ちょっと羨ましくなってしまう方も多いかもしれない?

 さて、そんなバーニイに今回盗みを依頼したのは、タイトなジーンズと男ものの白いドレス・シャツに身を包み、茶色の髪を後ろにまとめた魅力的な女性。彼女はある著名作家の知人だという。彼女曰く、その作家はプライベートに干渉されることを厭いひっそり暮らしていたが、個人的な手紙が競売にかけられようとしているという。それを阻止するため、手紙を盗んでほしいというわけだ。引き受けたバーニイは前述のパディントン・ホテルに侵入するが、見つかったのは、手紙ではなく他殺死体だった……。その著名作家はバーニイにとって非常に大切な作品の作者。彼は自分にかかる容疑を晴らすと同時に作家の意思を守るために、何者かに奪われたと思われる手紙を探す。

 この『著名作家』にはモデルがいる。手紙がオークションにかけられたという実在の事件を知らなくても、『ライ麦畑』といえば多くの人がぴんとくるのではないだろうか。詳しくは訳者あとがきを参照してほしい。興味がある人はもちろん、あの有名な作品を読んだことがない人でもきっと興味が湧くだろう。著者の「とある著名作家」への気持ちが作品にしっかり込められている。そして物語への生かし方が実に見事だ。

 事件を織りなす登場人物達は、シリーズのレギュラーキャラ・事件の関係者たちともども、実に鮮やかに描かれている。飲み友達のキャロリンをはじめ、弁護士、刑事といったバーニイの知人たち、手紙をほしがるコレクターや研究家、ホテルに居合わせた女優……よくよく考えると、甚だしく奇抜な設定ではない。それなのに、バーニイとの珍妙な会話によって鮮烈な印象を残すのだ。

 事件を彩るキャラクターたちの鮮やかさや小気味よい会話の連続を強調していると、探偵ものに欠かせない謎解きはどうなのか気になる人もいるだろう。心配無用、これがまた実に洗練された構成! 読者は事件の成り行きにハラハラし描写を楽しみながらも、張り巡らされた伏線にも気を配らなくては勿体ないことになる。しかし、その幸せな忙しさを最後に受け止めてくれるのは、過不足一切ないパーフェクトな結末だ。全てが納まるべきところに納まる様を是非、ご堪能いただきたい。

 訳者あとがきによれば第一作『泥棒は選べない』がジョージ・クルーニー主演で映画化の話があるとか。こちらも非常に楽しみだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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パズルレディの名推理

2001/10/03 22:16

クロスワードづくりの名手「パズルレディー」が挑む殺人事件の謎。

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 スタンリー・ヘイスティングス・シリーズでおなじみのパーネル・ホールの新シリーズ。前シリーズとは大きく変わってコネチカットの小さな田舎町を舞台としている。

 ”パズルレディ”として新聞にクロスワードの連載を持つコーラ・フェルトンは、暴力亭主と別れたばかりの姪シェリー・カーターとともに平穏な暮らしをするべく、コネチカット州ベイカーズヘイブンへ引っ越してきた。”パズルレディ”は、TVCMにも出ている「穏やかで明るく、知的な老婦人」のイメージで世間に捉えられている。しかし日常の姿は大きく異なる。朝は爽やかでヘルシーなトマトジュース……ではなく、カクテルブラッディマリー。それも起きるのは日も高くなった頃。夜はもちろん酒を片手にブリッジやポーカー。姪のシェリーはその世話に大変、という有様だ。

 彼女らが住む平和な町で、殺人事件が起こる。その死体からクロスワードに関連するらしいメモが発見され、有名な”パズルレディ”に警察が意見を求めにくる。元来刺激的なことが大好きなコーラは二日酔いもふっとばす勢いで事件にのめり込んでいく。続く事件と残される手がかり。”パズルレディ”は事件を解くことができるのか?

 事件の捜査経過が進むのと同時に、コーラとシェリーが抱える秘密や彼女らの背景が語られる。このバランスが上手く、飽きさせない。警察署長デイル・ハーパーや新聞記者アーロン・グラントといった周辺の人物たちも含め、キャラクターがいきいきと鮮明に描かれているため、登場人物がどんどん出てきてもスムーズに読み進められる。

 またこの本のもう一つのお楽しみは本当のクロスワードパズルだ。ただあちこちで明記されているように、このパズルは物語を楽しんでから解いてほしい。もっとも読まないと解けないキーもあるのだが。クロスワードに普段あまりなじみのない人でも、本作品を読むうちにきっと興味が湧くのではないだろうか。

 今回は事件にクロスワードパズルが絡んでいたが、次作以降はどのように事件と関わっていくのか、またコーラやシェリーと他の登場人物たちとの関係もどうなるのか、次作にも注目すべきシリーズだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター 2001.10.04)

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ゼルプの裁き

2002/06/14 18:15

『朗読者』のシュリンクが書いた、老探偵が活躍するハードボイルドタッチのミステリ

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『朗読者』が大ベストセラーとなったドイツの作家、ベルンハルト・シュリンクがヴァルター・ポップと共同執筆した推理小説である。ドイツの推理小説というだけで日本ではちょっと珍しい、と思ったら、解説によれば、ドイツ産の推理小説(あちらではクリミ──直訳だと犯罪小説──と呼ばれるらしい)からして、もともとあまり盛んな市場ではなかったようだ。その発展に大きく貢献したのがシュリンクだというから、読む側としても期待が高まる。

 主人公ゼルプは、ナチ時代に検事を務めた過去を持ち、現在は私立探偵として生計をたてている。68歳。妻は既にない。彼は義兄にあたる旧来の友人コルテンに捜査を依頼され、コルテンが社長を務める大企業「ライン化学工業」のハッカー事件を追うことになる。コンピュータ犯罪だけで終わりになるとは思えない不審な事件。ゼルプは執拗に調査を続ける。しかし真相を追求するうちに、ゼルプ自身がナチ時代に検事として関わった事件が見え隠れし始める─—。

 大企業を舞台にした犯罪、そしてナチ時代の事件が絡むともなれば、さぞや派手で重苦しい展開なのではと思いきや、意外にも物語は概ね軽快なタッチで進む。ストーリー自体はもちろんスリル溢れる場面もあるのだが、ゼルプがこつこつと積み重ねる調査が淡々と描かれている印象の方が強い。また興味深いのは、「現代のドイツに生きる68歳」の生活ぶりだ。他国の影響を受けて変わりゆく国と人々。それらに対する、戦禍を経験してきたゼルプの視点が面白い。

 さてあらすじではコンピュータ犯罪が出てくるが、なんせ挑む探偵がど素人の60代なので、専門用語や特殊な知識などいらないので安心してほしい。むしろ、ある程度の知識が要求されてしまうことが多い現代のコンピュータ犯罪ものとの対比が楽しめるかもしれない。それから、物語にはロマンスが必須という人も心配不要。68歳というのは若輩者からすると年寄りのイメージがあることは否めないが、ゼルプの活躍を見ているとまだまだ元気なもんだなと認識を改めたくなる。

 意外性のある謎解きミステリというよりは、探偵の活躍がメインのハードボイルドといったほうが妥当だろう。終盤は、ナチ時代の自分の行いをうまく消化しきれないゼルプの苦悩が全面に出てくる。この点では「朗読者」で納得がいかなかった人にも読んでいただきたい。

 このゼルプが主人公のシリーズは、他の作品も本作同様小学館から刊行される模様だ。また、ドイツでは最近クリミが盛り上がりつつあるようなので、他の作品も日本に紹介されるのではないだろうか。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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蚊トンボ白鬚の冒険

2002/05/23 18:15

超人的な運動能力を使った活劇と、経済戦争というスケールの大きな物語の融合

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 長距離ランナーとしてインターハイにも出場したが、病いのために道を閉ざされた過去を持つ達夫。20歳の現在、水道職人としてひとり生計を立てている。そんな彼にある日突然、蚊トンボ白鬚が「住みついた」。白鬚は不思議なことに達夫の筋肉を制御できるらしい。驚異的な運動能力を持った彼は、隣人黒木が関わる裏社会の経済戦争に巻き込まれていく。そのバックには暴力団、そしてコンピュータに精通した赤い目の男の存在が……。
 著者はこの作品で大胆なチャレンジをしている。超人的な運動能力を使った活劇と、経済戦争というスケールの大きな物語の融合だ。
 カギとなっているのは蚊トンボ「白鬚」である。達夫の肉体を制御してアクロバティックな戦闘を切り抜けるだけではない。普通の20歳には理解しがたい経済界の話から、何が起こっているかを理解し、達夫自身に伝えるのも白鬚である。経済犯罪やかけ引きの面白さを読ませつつ、主人公を若い青年にするという困難な設定が巧妙にクリアされているのだ。
 何より、生真面目で芯の強い青年達夫と、とぼけた味わいの白鬚のやりとりが面白い。この物語は20歳の若者の成長、そしてさまざまな大人達が自らの歴史を振り返る青春小説的側面も見所だ。白鬚はそれを暖かく見守る者としての役割も果たしている。
 多岐に渡る要素が盛りだくさんの作品だが、もう少し煮詰めてほしかったという不満が残る。経済界を舞台にした小説を読み慣れない人間としては(この本を手に取る読者にはそういう人も多いだろう)あまりに説明が多いのが気になる。経済を理解してもらわなくては面白さが伝わらないのは確かだが、それを考慮しても冗長に感じられる部分が多い。特に物理的な戦闘シーンにスピード感がある分、説明的な部分が一層単調に感じられてしまうのだ。そして全体の展開にもう一ひねりあってもよいのではないだろうか。
 また、登場人物たちの印象が似通いすぎている感がある。生きる世界が違っても、傷を負った経験から一本芯が通っている……そういう共通項があるのはわかる。しかしひとつの作品に同じカッコよさを持つ人間が多すぎると、それぞれの個性が薄れて勿体ない。それから、女性キャラクターが強気で奔放な性格(という時点でありふれている、というのはこの作品・著者に限った話ではないが)の事件記者という設定だが、ストーリーを転がす役という印象ばかりであまり魅力的には感じられなかった。記者という職業からくる聡明なイメージと奔放さをうまく融合するエピソードがもう少し必要なのかもしれない。
 力のある著者だと思うが故に苦言も述べたが、大胆なチャレンジ精神は大いに評価したい。説明が冗長なのは読者に理解してほしいという熱意の現れなのだろうし、実際経済の素人にもわかりやすい。一度に2冊読んでいるかのような充実感がありながら、どんどん読み進められる魅力がある。ぎっしり詰った引き出しをたくさん持っている(または増やしていける)書き手なので今後にも期待したい。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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紙の本世界の終わり、あるいは始まり

2002/04/08 22:15

誘拐事件の犯人がもしも自分の息子だったら?本格ミステリの問題作!

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 「顔見知りのあの子が誘拐されたと知った時、驚いたり悲しんだり哀れんだりする一方で、わが子が狙われなくてよかったと胸をなでおろしたのは私だけではあるまい。」こんな挑発的な文句で始まる本作は、ずばり、本格ミステリへの挑発ともいえる問題作である。

 自分の身内が無事ならそれでいい。とりわけ自分がかわいい。そう思ってしまう人間の冷酷さ。それは、度合いの問題と自覚の有無が違うだけで、ほとんどの人間に当てはまる。直視したくない要素だが自分の中に確実に存在するから、つい、ぎくりとして、主人公に感情移入してしまう。

 連続誘拐事件を傍観していた主人公は、息子の部屋で4枚の名刺を発見する。息子はまだ小学六年生、そんなものには縁がないはずだ。不審に思ってよく見てみると、どこかで見た名前があった——その名刺は、連続誘拐事件の被害者に関係のある人物のものだった。

 事態は子供が被害者である場合より複雑で深刻だ。もちろん父親という立場上、息子を問い質さなければならない。しかし、本当に息子が犯人だったらどうなるのか? また、息子を疑うなんて、父親として正しい姿なのか?……主人公の葛藤が始まる。

 このあたりの描写は、著者の着眼点と人間観察力にゾクゾクする。主人公以外の登場人物も、我々の周囲にいそうな人たち。著者はそうやって読者を物語に引き込んでおいて、ひそかに仕掛けへと導く。そしてジェットコースターが登りきったところで突然レールがなくなったかのようなサプライズ。

 本格ミステリで「問題作」とくれば予想がつくだろうが、これ以上内容に触れることは興をそぐ。ただ、普通の物語だと思って読んでいると、読んでいる途中で怒るはめになるかもしれないことだけは注意しておこう。

 さて、この「仕掛け」はただ読者を驚かせるだけのものではない、と思う。

(以降、ネタばらしにならないよう気をつけながら「仕掛け」について触れるが、ちょっとしたヒントでもネタばらしになりかねない、と思う方はこの先を読まずに「買い物カゴへ」ボタンを押してほしい)

 この「仕掛け」は本格ミステリに対して非常に興味深いアプローチを取る。しかしあまりにも大胆で、読者が主人公へ感情移入するのを妨げてしまう性質をも持っている。本来、作品世界に没頭して感情の起伏を登場人物と味わうのが通常の小説だが、それがうまくいかない——こんな経験は初めてではない人もいるだろう。「構成はトリッキーだが無茶な設定が現実とはかけ離れていて、まるで自分が体験しているかのように作品世界に浸って読むのは難しくなる」これはつまり、本格ミステリが陥りやすい特徴だ。そして、本格ミステリが小説であるための問題点でもある。
 本作は、この問題点を浮き彫りにしつつ、それに対して挑発するような「仕掛け」を用意しようとした作品なのではないだろうか。すなわち、多重の意味で「問題作」というわけだ。

 この作品、賛否はあるだろうが、冒頭の引用にある文章にぎくりとした人には興味深い作品だ。そして今後本格ミステリを語る上では是非読んでおくべき作品と言えるのではないだろうか。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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散文売りの少女

2002/04/08 22:15

「本」「活字」をめぐって軽快なタッチで描かれるユーモア・ミステリー。

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 好評ユーモアミステリの第3弾。単独で読んでも十分楽しめるよう配慮されているのでご安心を。

 愛する妹が、あろうことか刑務所の看守と結婚することになってしまったマロセーヌ。しかし、刑務所の教会で行われる結婚式に向かった彼らが見たのは、その結婚相手の無残な他殺死体だった。

 妹にかける言葉もうまく見つからず苦しむマロセーヌに、仕事の上でも災難がふりかかる。彼が勤める出版社は、ある大ベストセラー作家の売り上げが全体の多くを占めている。しかしその売れ行きも最近下降気味。そこで女王(=と呼ばれる社長)は、覆面作家である彼の姿を大々的に公表し、この状況を打開しようと言い出した。その作家はいったいどこの誰なのかと問うマロセーヌに、女王は答える。「あなたよ」と──。

 そこかしこにあふれるいかにもフランスらしい(?)笑いの連続はかなりアクが強いが、読んでいくうちに、ないと物足りなくなってくるから不思議だ。笑いとともに軽快なテンポでストーリーは進んでいき、殺人があったというのに随分楽しい小説だと安心しているところに、突然「銃弾」が打ち込まれる。

 ここで(読者も作中の一同も)呆然としてしまうわけだが、ここから、事件を追う流れと併走して……と紹介するにはあまりにも深いテーマが姿を現す。端的に言うなら、「本」「活字」もしくは「文章」について、だろうか。

 マロセーヌが身代わりを務めることになる覆面作家の書いた本は「初めて商人がヒーローとして描かれている本」である。実際に作品の一部が出てくるのだが、この本が実際にあるかのようにリアルなのだ。本当にあったとしたら確かに売れそうな気がする。1年に1冊本を買うかどうかという人が買う、そんな一冊として。そしてこういった本に対しての(いや、本に対してだけではないのだが)、文章に携わる人たちの気持ちが、いろいろな角度から示されていく。

 ユーモアミステリという呼び方は間違ってはいない。だが、着目するべきはユーモアだけではない。ストーリーの構成力、テーマの絡め具合——固い言葉で語れば難解なテーマが、ダイナミックなエピソードに滑らかに組み込まれている。そして「はい、これがトリックです」という押しつけがましさがない、サプライズの埋め方のセンスが光る。加えて、文章の魅力にとりつかれた人たちの丹念な描き方は、本好きな人の心に、きっと何かを残すことだろう。

 アクの強いユーモアは、もしかしたら肌に合わない人もいるかもしれない。しかしそれでも読む価値があるスノッヴな作品だ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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牛乳アンタッチャブル

2002/03/28 22:15

不祥事企業が再建をかけてリストラを断行!不良社員のでたらめな反攻がはじまる

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 はじめに書いておくが、この作品はミステリーというよりホラーに近いといえる。なぜならいろいろと怖いからだ。

 今、安いダメ人間を身も蓋もなく描かせたら右に出るものはいない──ある意味時代の寵児ともいえる戸梶圭太の最新作は(と書いてる間にまた出てそうだが)、とある企業の腐りきった人間どもを成敗するという痛快コメディーである。

 シェアナンバーワンの雲印乳業。その大阪工場が出荷した牛乳により食中毒事件が発生した。原因は杜撰な衛生管理、その根本は自分の利益しか考えない役員の怠慢。憤慨する被害者、そしてマスコミに対し役員たちは、事件に反省するどころか、詰問してくる記者に「私は寝てないんですよ!」と怒鳴る始末──。

 あれ、ドキュメンタリー? と疑問に思った方よく見てほしい。「雲」印乳業である。あくまでフィクションである、多分。読んでいくうちに「雪」と置き換えてしまうとしてもそれは読者が勝手に読み間違えているだけである。

 さて、現実に事件を引き起こした某乳業はどうだかしらないが、雲印乳業には会社の堕落に危機感を覚えていた人間、人事担当役員の柴田がいた。会社存続のためにはバカ役員や深く考えもせず従う社員たちを徹底的に叩き出すしかないと決意した柴田は、クビキリ特別調査チームを結成する。

 そのリーダーに選ばれたのは宮部という男だった。彼は一見、戸梶作品には稀有なほど普通の人間だが、のちほどとんでもない目にあう羽目になる。他の構成メンバーは、ストーカーの部下をクビにしたら自殺してしまい、その責任をとらされるというとばっちりをくらった加山、美人で素直なようで、どこか腹の据わった新人社員高見、何故か四文字熟語でしか会話ができない男など、粛清の任を背負った正義の味方たちもただじゃすまないといった趣である。

 彼らは問題のある部署の人間たちを、指示した人間から従った人間まで根こそぎ首を切るわけだが、もちろん切られる側は必死の抵抗をする。この切られる側は道徳観念が麻痺しているだけあってぶちキレ具合が一層常識を越えている。そんなキチガイたちのさまざまな妨害工作を乗り越えて、クビキリチームは無事に雲印乳業を救えるのか? というよりまともな人間のまま生き残れるのか?

 人間の「ひどい」部分は、我々の日常でも垣間見られるものだし、あまり直視したいものではない。しかしここまで徹底的に描かれるとむしろ爽快である。悪辣な部分だけではなく全編ネタに溢れ、まあ合わない人は合わないのだろうが合う人は笑いっぱなしなのだ。これは戸梶圭太のいつもの持ち味だが、本作は無茶苦茶なことが多々(いつもの戸梶作品らしく)起こっているわりには、ラストはすぱっと収まりがついていて鮮やかである。

 幕間には食中毒報道の新聞報道が雲印の大広告とともに挟まっていたりとおまけも充実した本作は、戸梶作品のスピード感と炸裂ぶりを既に知る人はもちろん、初めて戸梶作品を読む人にもお勧めの傑作だ。戸梶作品では堤幸彦監督により『溺れる魚』が映画化されているが、『牛乳アンタチャブル』も是非映像で見てみたい……けど、無理だろうかやっぱり。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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紙の本今日を忘れた明日の僕へ

2002/03/27 22:15

事故がきっかけで、記憶を蓄積することが出来なくなった主人公が巻き込まれる謎また謎

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 本格ミステリにこだわった作風で注目を浴びている黒田研二が新たな展開を見せてくれた。井上夢人推薦も頷ける、ドラマティックで凝りに凝った作品である。

 ある日目が覚めた主人公は、自分が昨日だと思っている日から半年ほど経っていることを妻から知らされる。事故がきっかけで、記憶を蓄積することが出来なくなってしまったというのだ。少しでも眠れば記憶は消えてしまうため、彼は毎日のことをずっと日記に残していたらしかった。
 主人公は、自分の知らない日々にあったことを、妻と日記から知ろうとする。しかしそれは衝撃の連続だった。こんな障害があってはもちろん仕事など出来ない。妻にかけている苦労を知るにつれ胸が痛む。親友が失踪している。妻の友人が彼の事故と同日に亡くなっている。いきつけの喫茶店では自分を取材しているという女性に出くわし、以前忘れた原稿を返してほしいと家までついてきた彼女は、なぜか6月分の日記をこっそり持ち出した——いったい彼女は何者なのか?
 たまたま見たニュースで親友の遺体が発見されたことを知る。その瞬間、血まみれの親友の姿がフラッシュバックした。探っていくうちに少しずつ何かが明らかになり、同時にさまざまな謎が彼を襲う。一番怖いのは忘却だ。──自分が何をしたかすらわからないのだから。

 一日のことを忘れてしまう主人公は日記でしか過去を知ることができない。これは読者の視点とぴったり重なり、主人公と同調して物語にひきずりこまれる。そして随所にほどこされる複線は必然的にフェアになる。この複線が非常に思わせぶりな書き方だ。物語の描写から少し浮き出ていて、いかにも「これは何かの複線だな」とわかるものが多い。この辺は好みが別れるだろうが、謎解きを重視する読者にとってはちりばめられた挑戦状のようなもので、チャレンジのしがいがあるのではないだろうか。
 設定が非常に面白く、物語の展開と効果的に絡み合っている。ただ、後半になり読者が状況をわかるようになると、主人公が重ねる憶測が誤解だとわかってしまう。その点は少しまどろっこしいし、登場人物の考え方や行動に無理を感じてしまったりもする。しかしそれらの欠点に目をつぶってもいいと思える勢いがこの物語にはある。

 そして最後に明かされる「動機」は非常に興味深い。もう少し繊細な描写による複線があればもっと説得力を増したかもしれないが、非常に印象に残る、考えさせられる「動機」である。

 本格ミステリとしての趣向は既に定評のある作者だが、物語の面白さがそれに加わってきた感がある。今後の作品もどういう発展を見せるか楽しみだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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紙の本霧の中の虎

2002/02/27 18:16

三大女流作家の一人の手になる古典的名作

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 クリスティー、セイヤーズと並んで英国三大女性推理作家に数えられ、キーティング、シモンズらも絶賛した、マージェリー・アリンガム。その著作の中でも極めて重要な作品のひとつが本作である。

 「黄金時代の巨星登場」なんてあおり文句に、「そんな作家がなぜ今まで知られていなかったのか?」と疑問に思う方も多いだろう。それについての詳しい経緯は新保博久氏の丁寧な解説を読んでもらえばわかるが、率直に言えば、二人の女王に比べるとバランスが良すぎたあまり突出した特徴に欠け、評価されにくかった、というところだろうか。

 第二次大戦後間もないロンドン。再婚を間近にしていた未亡人メグのもとへ、戦争で死んだはずの夫の写真が送りつけられる。彼は本当に生きているのか? それとも何者かの細工なのか? 英国機密科学研究員アルバート・キャンピオンとルーク主任警部は、メグに同行して、写真の送り主が指定してきた駅へ向かう。そして、ある男を見た瞬間メグは亡き夫の名前を叫んだ——。

 ある男、そして秘密に対する追跡をメインストリームに、様々な人間たちの織りなす流れが複雑に絡み合う。登場人物たちの描き方が実に緻密だ。といってもあれこれと並べ立てるのではなく、ちょっとした言動だけでどんな生き方をしてきたのかわかるのだ。主要な登場人物だけでなく、ほんの少ししか出てこないような者まできちんと描けていることが、物語世界の大きさにつながっている。なかでも、究極ともいえる善人アブリルと追われる男の対比は心を打つ。

 その背景には、戦争直後、傷跡生々しくまだ鬱屈とした人々の生活がある。小さな習慣の一つひとつ、そしてじめじめとした霧が当時の雰囲気を色濃く醸し出している。物語自体はスリルに溢れていながら、不思議とどこかねっとりとした優美さがある。

 特別奇抜なストーリーというわけではない。だが、ラストに向かっていくシーンの数々は強く印象に残る。最後にあの場所であの宝が取り出された瞬間——鮮やかな映像が目に浮かぶ、映画化したら絶対見てみたい作品だ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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錯覚都市

2002/02/27 18:16

先物買いが好きなあなたにおすすめ。新進作家の短篇集

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 第19回小説推理大賞受賞作品を含む短編集。作品のテイストとしてはオムニバスドラマの『世にも奇妙な物語』に近い、というとイメージしやすいのではないだろうか。不可思議な出来事に遭遇する人たちの行く末を追う形式だ。

 買ったばかりの携帯電話に知らない女から電話がかかってきて、謎の言葉を控えろという——「退屈解消アイテム」
 握手しようとするときだけ右手がいうことを聞かなくなってしまう——「右手の反乱」
 会社の危機に頭を抱える男のもとに「不祥事発覚防止事業団」の調査員が訪れる——「隠蔽屋」
 ダメ社員と蔑まれていた男が、上司の弱みを握ったことが『転機』となり——「転機」
 とある筋からの調査依頼で調べた人物たちはその後、生存の確認がとれない。それを知った主人公は——「始末屋」
 頭の中に直接届く謎の命令によって級友を刺せと言われた、と話す子供。そして同じナイフでまた事件が——「凶器の沙汰」
 電車の中、隣の女性がなにやらノートに書き込んでいる。覗き込むと、殺人の計画を練っている?——「溶ける女」

 着想が面白い。サラリーマンなどのごく普通の人たちの視点で描かれた導入部で親近感がわいたところへ、興味深い不思議な出来事が提示される。物語の展開と結末は、現代的な事象を色濃く反映していることが多く、ぞくりとする暗い余韻が印象に残る。

 正直を言えば、描写はやや冗長なところが目立つし、設定のユニークさと比べると文章は特別上手いとはいえない。また、似た雰囲気の作品があり、読み進めるうちにオチのパターンが見えそうだ、と思う方もいるだろう。

 しかし、前半の作品で拙さが多少気になったとしても、是非最後まで読んでみてほしい。発表順に収録された短編群を順に追うと、作者香住泰の成長がはっきりとわかるのだ。興味を惹く着想の才能に加え、物語の読ませ方がどんどん上手くなっていく。このペースで磨きがかかれば、面白いことになりそうだ。今後要注目の作家である。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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2つのシリーズが交錯する超豪華な1冊

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 講談社ノベルス20周年記念企画の本作は本文が袋とじになっている。思わせぶりな装丁の中身は、森博嗣の2シリーズ「犀川&萌絵シリーズ」と「Vシリーズ」が交錯するというファン垂涎の豪華企画だ。

 「メビウスの帯」をそのまま建物にしてしまったという「捩れ屋敷」。保呂草潤平(Vシリーズに登場)と西乃園萌絵(犀川&萌絵シリーズに登場)は、その所有者に招待を受けた。二人を歓迎するかのように(?)殺人事件が起こる。捩れ屋敷には死体が転がり、中に飾られていた秘宝エンジェル・マヌーヴァは消失してしまった。そしてもうひとつの完全な密室にも死体が……。

 「捩れ屋敷」は森博嗣らしい魅惑的な建造物で、訪問者二人の視点を通して中の様子やしくみを追っていくのが楽しい。内部は小部屋の連続になっていて、それぞれをつなぐドアは基本的にロックされている……といった特殊な設定を念頭におくところから謎解きはもう始まっている。一方、もうひとつのログハウスは「捩れ屋敷」に比べると随分素朴な存在だが、こちらの大胆でシンプルな密室の方が個人的には面白かった。ひとことで語れない森作品の特徴を象徴するような建物2つである。

 謎解きの楽しみもさることながら、2シリーズの共通点・相違点を味わうのも面白い。語り手はあくまで保呂草でありながら、萌絵や犀川が出てくるとやっぱりいつもの2人だったりと双方の特色が逆に良くわかる。どちらかというと、もう連載が終わってしまっている「犀川&萌絵シリーズ」の読者へのサービスが目立つようだ。国枝桃子の描写がこんなに多いのは、シリーズ中でもなかったのではないだろうか?

 さて、物語の中でメインとなる謎の他に、とある秘密が示唆される。やっぱり、と推測が浮かぶ人もいれば、何の話?と首を捻る人もいるだろう。これは、本作を単独で読んだのでは恐らくわからないのではないだろうか。といっても、シリーズを追ってきていたら絶対にわかる、とも言い切れない。シリーズ未読の方も既読の方も、それを気に留めながら読む(または読み直す)楽しみが増えるというわけだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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猫と人間、両方の視点から描かれるミステリ短篇集

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 昨年秋から『Close to you』『Vヴィレッジの殺人』『残響』と立て続けに新刊を出して、活躍を続ける柴田よしきの最新作である。ファンは嬉しい悲鳴をあげているのではないだろうか。

 さてタイトルでもわかるように、本作品は猫の正太郎が登場する作品を集めた短篇集である。正太郎は長篇『ゆきの山荘の惨劇』『消える密室の殺人』に登場する猫探偵。今回の収録作品はいくつかの雑誌に掲載されたのでそこで知った読者も多いだろう。注目してほしいのは、この短篇集が同じタイプの作品だけを集めたものではないことだ。正太郎が探偵として活躍する作品と、人間の視点から見たふつうの猫としての正太郎が登場するサスペンス・タッチの作品の二種類が楽しめる。

 猫が好きな方なら、正太郎たちの仕草や人間とのコミュニケーションの描写に共感するのではないだろうか。そして猫たちが人間たちをどう観ているのかも面白い。彼らの価値観からすれば人間たちの行動はは奇妙で不条理なもので、人間が猫を「飼っている」つもりでも、手がかかるのはむしろ人間の方なのかもしれない。正太郎の語り口はライトだが、ふと考えさせられてしまう。

 もちろん推理小説としての楽しみも重視されている。作者自身があとがきで『この作品集にはあらゆる形での「ミステリの楽しさ」を詰め込んだつもりです』と語っているほどだ。
 正太郎が重要な手がかりをつかんでも、猫ゆえに人間になかなか伝えられないもどかしさがある。しかし、最終的には人間がうまくフォローする。物語を自然に展開する作者の手腕に感心する。とりわけ本格推理色が強いのは密室殺人事件に挑む「正太郎と田舎の事件」。現地で出会った地元猫との捜査活動に励む(?)正太郎の活躍を楽しんでほしい。

 本書を読んで、猫が探偵として活躍するものがもっと読みたくなったら、『三毛猫ホームズ』シリーズ(赤川次郎)といった超有名どころを追うのも一興。
 海外作品では、『猫は殺しをかぎつける』(リリアン・J・ブラウン)から始まるシャム猫ココのシリーズが『猫はブラームスを演奏する』で20作目を迎えている。しかしブラームスを演奏するのは推理するよりすごいような気がする。
 一方『町でいちばん賢い猫』を第一作とするのはトラ猫ミセス・マーフィのシリーズで、著者はリタ・メイ・ブラウン&スニーキー・パイ・ブラウン。最新刊は『森で昼寝する猫』だ。ちなみにスニーキー・パイ・ブラウンは猫である。ブラウン続きで紛らわしいが、二シリーズの違いを楽しむのも面白いだろう。もちろん、和猫と洋猫の違いは一層興味深い。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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クリスマスの4人

2001/12/27 22:16

本格ミステリファンには賛否両論間違いなしの衝撃作!

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 井上夢人の待望の新作は、既に確固たるものになったリーダビリティに溢れた力強い文章、巧みな構成力で読者を翻弄する傑作。そしてなかなかの問題作である。

 物語はビートルズが死んだ1970年の聖夜に始まる。この年20歳になる4人は、暗い道をドライブしていた。不意のドン、という何かの衝撃、激しい急ブレーキ。おそるおそる確かめると、男の死体。彼らはそれを必死で隠蔽した。しかし10年後再会した彼らの前に、死んだはずの男が現れる。30年後、彼らを迎える結末は果たして…。

 1970年、1980年、1990年、2000年と10年ごとのクリスマスが描かれる。これらは断続的に、最初の3編が『EQ』に、最後が『GIALLO』に掲載されたが、3編目まで読んで『EQ』自体が休刊するのを知った読者はさぞイライラしたに違いない。

 さて、この作品の結末は、本格ミステリファンには賛否両論間違いなしの衝撃的なものだ。しかし、こうした結末を好まない人でも、「井上夢人が書いてくれたから面白く読めてしまった」と言ってしまうのではないだろうか? そしてこの結末は、本格ミステリにおける問題提起と将来に向けての提案ともとれる。
 もう少し細かく書きたいところだが、ちょっと書くだけで結末を予想させてしまう危険が非常に高いので、涙をのんで黙っておこう。もしこの本の話題に出くわしたら、未読のうちはすばやく耳をふさぐことをお薦めしたい。面白さは保証付きだし、早めに読むのが得策というものだ。

 ミステリとしての面白さもさることながら、10年ごとに年をとる4人とその背景の描写の巧さに舌を巻く。謎の真相を追うと同時に、4人がどんな大人になっていくのかを見守るのもこの作品の楽しさの一つだ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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依頼者

2001/12/13 22:17

探偵=調査員のリアルな現実も興味深い人情味あふれる小説

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 元調査員—つまり探偵—である著者が描く、探偵小説。この本の特徴は全てここに繋がる。

 まず印象的なのは、実際に調査員だったことを存分に生かした、非常にリアルな調査員達の仕事ぶりだ。こんなに手の内を書いてしまっていいのかと思うほど、詳細に描かれている。

 普通、ここまで細かく書くなら、それだけを売りにしてノンフィクションとして出すことも可能なはずだ。そこをあえて小説という形にした理由については、あとがきで書かれている。ひとつは、ノンフィクションだと事実に基づかなければならないため、プライバシーへの抵触を気にして書かなければならないこと。だから、詳細まで書いてもよいオリジナルのストーリーが必要だったというわけだ。もうひとつは、調査員の仕事のディテールだけではなく、調査員達の弱さ、そして強さを思う存分描きたかったからだという。

 そうした著者の調査員=探偵への思い入れは、随所から伝わってくる。世間から、個人のプライバシーを侵害するような職業だと思われることに覚悟はしながらも、依頼者のために真相を追いかける同僚たちの真摯な姿も知ってもらいたい、そういう熱意でこの本は書かれているのだ。調査員たちの人間的な弱さが、良くも悪くも赤裸々に描かれていることで、彼らも生身の人間だという立体感を生んでいる。

 小説としての描写力は、お世辞にも達者とは言えない。構成も、複数の案件を短編集的に盛り込んでいるようでいて前の事件が出てきたりと、少し煩雑だ。もちろん新人だから、というのもあるのだが、調査員たちのエピソードが充実しているだけに少々勿体ない(これは編集サイドのバックアップに不足があったとも言える)。ただ、ラストで主人公自身のエピソードがクローズアップされ、意外な真相で閉じるあたりは、健闘を評価したい。

 ベテラン作家が描くような派手で華麗な活躍は味わえないが、時折弱さを見せながらも懸命に地道な調査を続ける彼らの足跡は、決して楽しいことばかりではない不況下に、こつこつと働いている人々の心に残るのではないだろうか。ノンフィクション並の探偵業界ドキュメントと、人情味溢れる探偵小説をまとめて読むおトクさが味わえる一冊だ。 (bk1ブックナビゲーター:橋根未彩/ライター)

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