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  3. 杉田宏樹さんのレビュー一覧

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先月(2017年2月)

杉田宏樹さんのレビュー一覧

投稿者:杉田宏樹

107 件中 1 件~ 15 件を表示

長銀はなぜ敗れたか

2001/07/06 18:15

日本長期信用銀行のOBであり、路地裏のエコノミストとしても著名な著書が、古巣崩壊の舞台裏を語る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今、本書を読み終えて、少し複雑な気分の中にいる。98年秋に破綻し、公的管理下に収められた日本長期信用銀行の、“晩年”の舞台裏を検証する構成が、死者に鞭を打つような印象を抱かせるからだ。長銀といえば、読売新聞社の真向かい、三井物産の隣という大手町の中心地に本店を構え、長信銀3行のNo.2として、戦後日本経済の復興/成長に多大な貢献を果たしてきた名門行であり、男性行員の1/4を東京大学出身者が占めるエリート集団として、学生人気企業ランキングでも上位の常連であった。そんな誇り高き長銀が、政争の道具に使われたあげく、株券が紙屑同然にまで落ち込み、遂には外貨に乗っ取られてしまったとは、悔やんでも悔やみ切れないもどかしさだけが残る。今、日本のあちらこちらで起こっている外国人絡みの事件(中国人によるピッキング等)、という身近な問題から、外交問題に至るまで、それら悪行の縮図をこの長銀問題に見て取れる。お前ら金融のプロが何でガイジンだと騙されちゃうわけ?と、罵声のひとつも浴びせたくなってくる。情けないよ、天下の長銀が。あの栄光の日々はどこへ行ったの?あっ、スイマセン。こんな愚痴っぽい文章になってしまったのも、1986〜1998年までの12年間、長銀本店の福利厚生施設として出店していた三省堂書店の企業売店の店長として、ぼくが勤務していた過去があるから。著者の竹内宏さんは、文筆家方面で著作が人気を得て、長銀のシンクタンクに在籍しながらエコノミストとしても活躍。長銀総研理事長を経て、98年に独立したOB。見方を変えれば、長銀が傾いたと同時に、古巣から足を洗った世渡り上手でもある。かつて当店のお得意様であり、レジで接客した経験もある。98年6月発売の「現代」レポートを皮切りに長銀危機説が始まり、あっという間に長銀の歴史は終止符を打たれた。その間、いやその少し前から起死回生のプランとして、スイス銀行との提携が画策され、正式発表へ漕ぎ着けると株価が持ち直し、行内にも期待感が流れたというが、それもほんの一時的なものだった。長銀の調査畑におけるプロ中のプロと自他共に認める竹内さんは、あの時こうしていれば、長銀は最悪の結末を迎えずに済んだ、というケース・スタディを披露している。結果的に外国人に莫大な利益をもたらす道具になる愚を犯さずに、存続することは可能だった…。しかしどれもこれも、今となっては「〜していれば」の、覆水盆に返らず状態だ。刑事責任まで負わされた当時の大野木頭取に対して同情的なのは、竹内さんの心情の表れとして理解できるが、肝心の杉浦天皇や堀江氏に対してほとんど追求の手が及ばないのはアンバランス。「正直者がバカを見る」がそのまま当てはまってしまうのが、この長銀問題のキモなのだとしたら悲し過ぎる。長銀マンの悲哀を反面教師に、サラリーマンとしての生き方を顧みるのが、本書の効用。勇気と自信を持つこと、そして個人の確固たるバックグラウンドを築くこと─本書が行間から伝えるメッセージは示唆に富む。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2001.07.07)

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辻邦生のために

2002/06/26 18:15

執筆に追われた作家と半世紀を共に過ごした夫人が、輝く言葉、生きる喜びで思い出を綴る

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「6冊もの書物のために、『あとがきにかえて』を主人に代って書くようになるとは、正直なところ、夢にも思っていなかった。まして、没後に乞われるままあれこれと書いてきた文章と、『あとがきにかえて』などを加えて1冊の本になると知ったら、いったい当人は何と思うだろう」。1999年7月に他界した作家・辻邦生と共に半世紀を歩んだ夫人・辻佐保子の回想集である。ツジクニの愛読者なら、エッセイを通じて佐保子さんの存在を折々に意識してきたはずだ。
 本書では「主人」と記し、半年ほど前からようやく「辻邦生」と呼び捨てにできるようになった佐保子さんに対し、ツジクニが著作で書いた彼女の呼称は、「佐保子」でも「妻」「細君」でもなく、「A」なのだった。それは彼の衒いと独特の美学が、彼女を直接的にイメージさせることをためらわせたのではないか。ツジクニを陰で支えた彼女は、一番間近で生活していた人物であるがゆえの、特権的なツジクニ情報の持ち主であり、本書ではそのあたりのプライベートな出来事が紹介されている。ツジクニのファンにはたまらない文章の数々だ。
 その中で最も意外性に満ちたエピソードは、顔の大きさだけでも人間の4倍もあるクマのぬいぐるみを注文し、大・中・小の3匹を“飼っていた”こと。予備のベッドがある小部屋を「クマ部屋」と名付け、仕事に疲れた時などよく昼寝をしていたという。特別動物好きというわけでもなかったツジクニは、夫人も訝しく思ったほどのクマ好きだった。その遠因として挙げられそうなのが、辻少年が一人で遊んでいた時、見知らぬ女に連れ去られたことがあり、それ以後外に出ないようにとクマみたいに柱に紐でつながれていたという、遠い日のワン・シーンだった……。
 ファクスで送るには筆圧が不十分だったり、原稿用紙の枡目や行が見にくくなった晩年のツジクニは、佐保子さんがワープロで清書する方法で執筆活動を続けた。海外生活を含め、多忙な日々を送った作家とその妻。本書は一組の素敵な夫婦を描いた逸話集と呼びたい1冊である。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.06.27)

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老舗からトレンディまで、様々なパリのカフェを紹介した最新の“使える”ガイド・ブック

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 今、東京はカフェ・ブームで盛り上がっているわけだが、やはりカフェといえばフランス、パリが本場。本書は海外旅行のガイドブックとして定評のある『地球の歩き方』の編集を長く手がけ、毎年4回はパリを中心にフランスを訪れる著者による、文字通りのパリ・カフェ・ガイドである。
 日本でブームのカフェなど、たかだかここ10年足らずに生まれた新参者だが、例えば東京・表参道にも支店がある、サン・ジェルマン大通りのカフェ・ド・フロールは創業1887年という歴史を誇る老舗。サン・ジェルマン・デ・プレ教会の正面に位置するレ・ドゥー・マゴは、元々中国の絹製品店だったのが1885年にカフェに転身し、1933年には常連の作家や詩人たちによって文学賞が設立された由緒ある店。文学カフェ、哲学カフェ、ブティック・カフェ、ライブラリー・カフェ、クリエイターズ・カフェ、ミュージアム・カフェ……パリの様々なカフェに関して、本書は地区別/タイプ別にセグメントし、現地取材を踏まえて詳細に紹介している。
 中でもユニークなのが哲学カフェだ。バスティーユ広場のカフェ・デ・ファールでは、毎週日曜日の2時間、ディスカッションが行われていて、いまではパリだけでも20軒ほどの哲学カフェがあるという。さすがサルトルを生み、文化、芸術の豊かなフランスならではの現象と言えるだろう。そしてもう一つ、特筆すべきは豊富な写真が収録されていること。全体の半分近くがカラーを中心としたカフェや街の写真で占められており、本文を読みながらそれらを見るだけで、パリを飲み/食べ歩いた気分にさせてくれるのが嬉しい。また単にカフェを紹介することにとどまらず、フランス人の生き方の本質を浮き彫りにしている点で、優れた文化論になっていることも見逃せない。とにかく今すぐにでもパリに飛んでカフェ巡りをしたい!という気持ちを強く喚起させられる一冊だ。 (bk1ブックナビゲーター:音楽評論家/杉田宏樹 2002.06.19)

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2001年度の連載に書き下ろしを加えたJーPOP評論の決定版

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「週刊文春」連載のJーPOP評論集、2001年度分をまとめた第5弾である。近田春夫ファンや彼の評論文が気になる読者は、ぼくを含めて初出時に何らかの形で目を通していることだろう。ヒットチャートにランク・インしている曲をいち早く採り上げ、しかもそれが鋭く優れた評論であるからだ。それはリアルタイムでの魅力なのだが、このように1冊の書籍にまとめられると、2001年という1年間の日本の音楽シーンをオムニバス的に俯瞰できるプラス面も生じる。
 また毎回楽しみな“ボーナス・トラック”と題した書き下ろし原稿は、今回も大いに“読ませる”。例えば最近は音楽系からバラエティまで、すっかりTVの人気者のポジションを確立した感のあるGacktをめぐる、「河村隆一とは違うやり方でGacktはバラエティ越えをした」と題する一文。キャラクターのイメージと実際の間に微妙なズレがあって、計算しているのかしていないのかわからないが、Gacktはそのあたりの読み方が巧い。「バラエティを越えた」と評するのは、いわゆるボケるのとは別のベクトルのスタイルを表現した点にある。なるほど。DA PUMPについてはデビュー時に、「こいつらジャニーズ系とはちょっと違うな」との印象を抱き、ぼくも注目してきたが、近田は一つの世界を創り上げるプロフェッショナルとしての彼らに対して、最大級の賛辞を贈っている。気になると言えば、日本語ラッパーが脚韻にこだわることに常々疑問を抱いている近田の指摘も、ぼくには共感できた。どうも彼らにとっては、その点が生命線であるらしいが、「脚韻のつじつま合わせのせいで歌詞がぼやけること」は、このジャンルが今後克服するべき重要な課題だと思う。
 巻末には近田が影響を受けた音楽家と公言するムッシュかまやつ、筒美京平との対談を収録。筒美とのセッションはインターネット上のみで発表され、現在は閉じられているものであるだけに、本書への再録は非常に貴重だと言えよう。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.06.04)

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どんな陶磁器でも直せます、との看板を掲げるまでに至る元キャリア・ウーマンの奮闘記

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 テレビのお宝鑑定番組によって、陶磁器の世界が一般人にも関心を呼ぶジャンルとなったが、その実態についてはやはり素人にはまだまだわかりにくいもの、というのが現実だろう。本書はものの弾みから、陶磁器の修理・修復屋を開業した女性の半生と、この世界の舞台裏を紹介した著作だ。したがって話の流れは、キャリア・ウーマンの自伝と、専門分野の入門篇、という2つの大きな柱で構成されていることになる。
 ところでこれまでにぼくが本サイトの書評で採り上げた著作には、本書のような女性スペシャリストの足跡を描いたものが少なくない。何故ならそこには、部外者からは窺い知れない興味深い事柄が詰まっているし、職業の選択を含めた人間としての生き方が生々しく記されているからだ。本書では初めて発見することが多数あるが、著者自身が勉強のためにイギリスに来て初めて知ったという、骨董に対する根本的な考え方の違いは驚きである。修復した食器は食器として復活させる目的が、西洋にはない。飾ることが目的だから、洗えば修復箇所が落ちるのも当然。著者はまずこのカルチャー・ギャップで試練を迎えるが、それくらいでめげない逞しさとこの仕事で一人前になる!という情熱が、彼女を突き動かす。そして東洋独自の直しの技法である「金継ぎ」を身につけるために、たいへんな遠回りをした末、京都の工房へ押しかけ入門し、1年間通って何とか奥義を体得。これだけでも大変な行動力と敬意を抱くが、そんな著者が外資企業及び外国政府機関のエグゼクティブ・セクレタリーやオフィス・マネジャーを勤めた後、外国新聞社東京支局勤務という本業をこなしながら、プライベートな時間を陶磁器の世界に注いでいたと知れば、これはもう脱帽するしかない。
 文化財保存修復学会の会員700人のうち、陶磁器の専門家は著者を含めてたった2人。社会的にもまだまだ確立されていないこのジャンルのパイオニアを目指して、孤軍奮闘する著者にエールを送りたい。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.05.15)

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スウェーデンで生まれ育った著者が、自然を愛し自由を尊重する国と人々の魅力を伝える書下ろしエッセイ集

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 去る10月、音楽、ファッション、建築等スウェーデンの現代文化を多角的に紹介するイベント「スウェーデンスタイル東京」が都内40か所で2週間に渡り開催された。ジャズ・ミュージシャンの取材のため、スウェーデン大使館を訪れたところ、カフェ・スペースでインタビューを受けている川上麻衣子を見かけた。本書は1966年ストックホルムで生まれ、両親の仕事の関係で少女時代から日本との間を行き来し、現在も毎年のように同地で過ごす女優・川上が、実体験に裏打ちされた“白夜の国”の魅力を語り尽くすエッセイ集。日照時間が短く、社会福祉に厚く、性教育が進んでいる──スウェーデンに対する一般的なイメージはこんなところだろう。しかしそれらは同国のほんの一面に過ぎない。個人が自立し、しっかりとした考え方を持って生活している。だから他人に媚びる必要がない。福祉に対する考え方は、身体の不自由な人たちに手を貸してあげるのではなく、人の手を借りずに行動できる社会を作ることにある。北欧の厳しい自然環境の中で自分自身と深く語り合い、自らの人生の原則について熟考する姿勢を身につけている。ほとんどの女性が職業をもっているのが普通なら、背広姿の男性が1人で乳母車を押して歩くのも日常的な光景……旧いものと新しいものとが共存する暮らし方が上手く、街を大切に育てている点もスウェーデンらしい特徴である。ストックホルムにセブン・イレブンがあるとは知らなかったが、外壁がレンガ造りで街並みの風景を損なわないように配慮されていることには感心させられた。川上本人と、彼女の友人でもあるスウェーデン人写真家によって撮影された風景、人物、食物、インテリア等々が本書の半分を占めており、それらを見るだけでも楽しい。年平均気温が6.5℃ということを除けば、何だかとても暮らしやすい土地に思えるのが本書の魅力。実際に住まないまでも、スウェーデンが1度は訪れる価値のある国であることは間違いない。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2001.11.23)

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60〜70年代、大学生が最も大学生らしかった時代を、サブカルチャーにも目配りして紹介する青春グラフティ

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 1960〜70年代の大学生がどんな生活をしていたか、また彼らを取り巻くサブカルチャーには何があったのか、にスポットを当てて編集された1冊である。少子化傾向のおかげで、選り好みさえしなければ誰でも大学生になれる時代に突入しつつある今の世の中と違って、60年代の大学生といったらそれだけで“選ばれた人”的なステイタスがあった。少なくとも今ほど軽んじられた存在ではなかった。その決定的な要因は、学生はおしなべて皆貧乏だったという事情がある。「苦学生」などという言葉は、もはや死語ではないか。四畳半、トイレ共同、フロなしは当たり前。ぼくが本書に興味を持ったのは、1960年に生まれ、1979年に大学に入ったということで、かろうじて実体験と重なる部分があったからなのだが、やはりぼくも大学時代は同じような住環境を経験している。それでもよく友達が遊びに来て、酒を飲みながら人生論や芸術論、あるいは今思えば笑ってしまうような女性論などを朝まで闘わせたりもして、それなりに楽しかった。70年までは大学と学生運動が切っても切り離せない状況であり、本書でもその歴史を検証している。「下宿」「アルバイト」「本棚」「ジャズ喫茶とディスコ」「深夜放送」「映画」など、項目ごとに解説文と、有名人のコメントを掲載。これがまたほろ苦く可笑しい文章が多くて、いい味を出している。当時の様子を振り返った「大学図鑑」は、あの頃の学生には懐かしく、現役の学生には別世界の紹介文と受け取られるだろう。一般的に男子学生は同学の女子学生にはウブだった時代だからこそ、新鮮な感受性が持てたのではないか、とも思う。成人式で花火騒ぎを起こすような今の若者に、“あの時代”を理解することなどたぶんできまい。だからぼくは若者に向かって、本書から学べ!などと言うつもりはない。むしろ、社会的閉塞感に満ちた今、たいへんな苦労を抱えながら生きている40〜60歳の大人に、即席ラーメンをすすり、銭湯に通ったあの頃を思い出して、それをこれからのプラスにしてほしい、と自分自身を含めてエールを送りたいのだ。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2001.10.24)

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紙の本Love story

2001/08/23 22:15

恋愛ドラマ・ウォッチャーにはたまらないセリフの数々がちりばめられている。本年度最高作のノベライズ本]

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 今、本書を読み終えて、11回分のドラマを一気に見たような感覚の中にいる。この4〜6月にTBS系で放送されたドラマのノベライズ本だ。同時期のドラマでは、出来、人気の総合評価で、ベストだったと言っていい。近年のドラマ制作は、まずキャスティングありき、といった話を耳にするが、有名で人気の高い役者や話題のタレントを集めれば、第一条件をクリアしたことに必ずしもならないのは、本ドラマで主演を務めた中山美穂と金城武の共演ドラマの前評判倒れの例を挙げるだけで十分だろう。しかしその点で、これは主演男優と主演女優を豊川悦司と中山美穂に決定した時点で、成功が約束されたドラマだった。なぜならこの2人、あの感動的な恋愛映画『LOVE LETTER』で共演しているゴールデン・コンビなのである。もちろん役柄の設定はまったく異なるが、脚本家が「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」等、数々のヒット・ドラマを手がけ、今や恋愛ドラマの教祖とまで評される北川悦吏子とくれば、成功の確率もぐんと高まろうと言うものだ。それにドラマのタイトルが「LOVE STORY」というのも、あまりにも直接的というかベタで、過去に同名の作品がなかったか? と思ってしまうが、見方を変えればこれぞ恋愛ドラマの決定版!、との作者の自信がうかがえるわけで、このタイトル、悪くない。本作の魅力は数々あるが、何と言っても作家と編集者の関係を軸に物語が展開する設定が、興味を惹く。売れっ子作家・永瀬康は著作のイメージとは異なり、実際は人間関係や恋愛には不器用な30代独身男。そんな永瀬の相手に、美人なんだけどキャラクターが災いして失恋を繰り返す契約編集者の須藤美咲をもってきた配役が絶妙だ。80年代の“トレンディ・ドラマ”以降、いったいどれだけの数のTVドラマが制作されてきたのかわからないが、本作の人物設定はおそらく例がないと思う。そしてもう1つ、このジャンルで最も重要なのが、物語の落着の仕方であり、その点でも本書は間違いなく納得できるものである。無理のない流れを作り出しているのだ。バーベキュー・パーティから帰った後、東京から去ろうとしている美咲のもとへ永瀬が駆けつけずにはいられなくなるあたりの心理描写と展開は、実に説得力がある。ドラマの最終回でガッカリさせられたことが、これまでどれだけあったか。でも「ロングバケーション」だって「素顔のままで」だって、北川はドラマ・ウォッチャーの期待を裏切ることはなかった。最後の最後で、あちら方面にはウブな永瀬が、2つの場面で男らしさを発揮したのも納得できる。本書はシナリオを元に小説化したものなので、文中の会話はほぼ放映されたドラマと同一。共感を呼ぶセリフの数々は、敢えて紹介しないのでぜひ本書を読んで味わっていただきたい。ぼくはドラマを録画して3回見ただけでは飽き足らず、本書を読み、サウンドトラックCDも買って楽しんでいます。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2001.08.24)

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紙の本考えるヒット 4 その意味は

2001/07/16 18:15

J-POP評論の第一人者として音楽好きから信頼の厚い著者の人気連載コラムが、書き下ろしを含めて1冊に

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 「週刊文春」連載中の音楽コラム「考えるヒット」の単行本も、数えて4冊目。今回は趣向を変えて、『その意味は』という書名がつけられた。ところで近田春夫(1951年東京生まれ)といえば、元々は75年に近田春夫とハルオフォンとしてデビューしたシンガーであり、80年代にはビブラストーンズを経て、日本語ラッパーのパイオニア的仕事をし、88年にはビブラストーンを結成、人力ヒップホップ・バンドの先駆的な存在となった、いわば時代の最先端を走ってきたミュージシャン。現在はCM音楽作家、プロデューサー業でも活躍しており、文筆の世界でも活動歴は長い。本書で採り上げているのは、オリコンのチャートにランキングされたJ-POPの新曲を中心に、1回につき2曲、それも注目曲を大きくフィーチャーして、もう一曲には簡単なコメントを付けるというスタイルだ。歌謡曲評論の分野が80年代、「よいこの歌謡曲」によりマニアックなファンのスタンスで開拓され、その流れは現在宝島社の「音楽誌が書かないJポッフ批評」へと続いているのだとしたら、近田のJ-POP評論はそれらとは一線を画すものと言っていい。マニアックなファンだからこそ注目する、音楽とは直接関係ない部分(歌手、アーティストのルックスやキャラクターなど)にも近田は目を向けているが、基本的に真摯な音楽評論という姿勢を貫いている点で、傾聴に値する内容なのである。それは近田がシンガーであり、作詞・作曲家であり、裏方的な仕事にも精通しているからこそ踏み込める、鋭い音楽分析力の持ち主だから、だ。毎週欠かさずではないが、文春で近田のコラムを読むたびに、納得させられることが多かった。音楽の作り手だから音楽がわかる、ということは別にして、近田の優れた文章力が本書の品質保証の役割を果たしていることは疑いない。小柳ゆき『あなたのキスを数えましょう』の章(2000年3月)では、小柳がジャパニーズR&B系女性歌手のMISIAや宇多田ヒカルとは繋がらず、今でいう“クラブ”ではなく、大人の社交場の“クラブ”(イントネーション異なる)で鳴っている曲だと看破する。「私の頭に浮かんだのは欧陽菲菲の『ラヴ・イズ・オーヴァー』だった」にも納得。小柳の第2弾シングル『愛情』(2000年5月)に関しては、和製ドナ・サマー的展開が彼女の資質に見合っているとし、大きな道が開けたと評する。ぼくが小柳のライヴ・アルバムを聴いて感じたのは、彼女の立ち位置がジャパニーズR&Bというよりも、歌謡曲であることだった。「ミュージック・フェア」でボーイズIIメンと共演した時、英語がわからない小柳の姿に「ドンキホーテ」「無教養」の文字がよぎってしまったのも、近田の見方に通じるかも。連載では紹介されなかったシングルを「ボーナス・トラック」として収録。秋元康、横山剣との対談も、近田の音楽観を明らかにしており、本当に音楽を愛する近田のキャラクターが伝わってくる。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2001.07.17)

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紙の本納豆の快楽

2000/09/04 09:15

納豆を侮るなかれ。このネバネバが老若男女の健康に貢献することを、体質的/科学的に実証する納豆礼賛の書

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 このところ連日のように新聞紙上を賑わせているのが、食品工場の異物混入事故の話題だ。雪印乳業の一連の不祥事に端を発したこれらの事件は、我々消費者の信頼を裏切る深刻な事態に発展しており、まだまだ予断を許さない状況である。そこで話のテーマは“納豆”。日本人にとって、朝食の食卓に欠かせない定番食品の地位を確立して久しい、最も厚い信頼を獲得している健康食品の代表格だ。著者の小泉氏は、酒造家に生まれた農学博士で、食や酒にまつわる著作が多いエッセイストでもある。書名の『納豆の快楽』からして、著者の納豆に対する並々ならぬ入れ込みようが伝わってくるわけだが、とにかく全編これ納豆づくしで、読んでいる途中に納豆料理で満腹になった感覚に襲われるほどだから凄まじい。何しろこの著者、中国とアメリカを仕事で訪れた25日間の旅行のために、何と67パックもの納豆を持参したというのだから、生半可な納豆フリークではない。さらに1か月以上の長旅の場合、自家製の乾燥納豆を準備すると聞くに至っては、恐れ入谷の鬼子母神。納豆を語らせたら、小泉氏の右に出る者はいまい。

 いくら納豆が好きだからといって、そんなにたくさん持って行くだけでも大荷物でしょう、と考えるのは常人。ミヤンマー、カンボジア、パプアニューギニアなどを調査した際に、現地のオリジナルな食事を摂取して身体が危険を感知した時、すかさず納豆を食し、一行全員が事なきを得たという複数の事例が報告されると、納豆は薬と同じ効能があるのだなと納得せずにはいられなくなる。本書が優れているのは、著者の感覚と体験に基づいた納豆礼賛に終始するのではなく、食品学的な裏付けを提示した上で、好きで好きでたまらない素朴な納豆シンパという立場を表明していることが、読者の共感を呼ぶ点にある。納豆の美味しさをここで改めて語るのは、日常的に食している皆さんには野暮かもしれないが、本書を読むと納豆調理法の数々が紹介されていて、ひょっとして自分は納豆の本当の美味しさを十分に味わっていなかったのではないかとの気分に襲われる。あの北大路魯山人が、納豆の食べ方について、「納豆の拵え方は、ねり方のことである。(中略)かたく練り上げたら、醤油を数滴落としてまた練る。最初から醤油を入れて練るようなやり方は、下手なやり方である」との記述を残しているとは知らなかった。ぼくも納豆が好きだけど、納豆を器に移したらタレとカラシを入れて一気にかき混ぜるスタイルで何年もきてしまった。入れる順番の加減を変えるだけで風味が違ってしまうとは、本当に納豆とは奥が深いものよ。本書の後半には、納豆スパゲッティや納豆巻きといったお馴染みのメニューに加え、納豆サンドイッチ、納豆雑炊、納豆蕎麦、納豆デザートといったキワモノ(?)まで真顔で記載されているので、料理好きにはチャレンジし甲斐がありそう。納豆が少年の社会問題に対する解決の一助になるのでは、との著者の見解にはぼくも共感を覚えた。このネバネバは日本人の特権である。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2000.09.04)

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元銀行員が、巨人スターバックスに挑戦したベンチャービジネスの新星の痛快サクセス・ストーリー

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「スペシャリティコーヒー」——この言葉は一般的ではないかもしれない。だが、アメリカ生まれのコーヒー・ショップ・チェーン、スターバックスは、今やすっかりお馴染みの街の風景となっている。高品質のコーヒー豆を使用してるため味が良い、店構えがおしゃれでテイクアウトもできる……OLやサラリーマンを中心に瞬く間に日本でも支持を集めたスターバックスは、90年代に創業した飲食業にあって代表的な成功モデルと言えるのだろう。本書はこのジャンルでは後発となる米ブランド“タリーズ”の、日本展開のライセンスを獲得、会社設立後わずか3年2か月でスターバックスに先駆けて株式上場まで成し遂げた、若き起業家の半生を描いた(実際は半生と言うにはまだ若い33歳)サクセス・ストーリーである。
 筑波大学で国際関係学を修め、三和銀行に入行するも6年で退行。その頃アメリカを訪れた筆者は、スペシャリティコーヒーの美味しさを初めて知り、50店を飲み歩いた結果、タリーズが最上の味だと確信する。このコーヒーを日本にも伝えたい!と思い立つや、金もない、コネもない、実績もない、というまさにないないづくしの状況も何のその。現地の責任者に粘り強いアプローチを繰り返し、直接交渉する幸運も得て、銀座に1号店を開業するまでに至る。それからも数々の困難が待ち受けるのだが、筆者は持ち前の情熱をフルに発揮して、それらを克服してゆく。そのバックボーンとしては、彼が父親の仕事の関係で、少年時代をセネガルとアメリカで過ごし、独立心を養ったことが挙げられよう。
「情熱は不思議と“運”をも引き寄せ、不可能だと思っていたことを可能にしてしまう力も持っている」と著者は言う。タリーズコーヒージャパンでは、著者の発案で社長、幹部、社員、アルバイトの区別なく、お互いを「フェロー」と呼ぶ。人を大事にすることが会社の成長の原動力であることを実証したタリーズ。ビジネス書としても、示唆多い1冊である。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.06.18)

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紙の本ほんじょの鉛筆日和。

2002/06/12 18:15

大好きな食べ物、忘れられない本、小さな思い出、家族や友人を素直な感性で綴った人気女優のエッセイ集

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『ほんじょの虫干。』『ほんじょの天日干。』に続く女優・本上まなみのエッセイ集である。本書は出版元が変わったからというわけでもないのだろうが、写真を多数収録した前著に比べると、あくまで著者の文章にウエイトが置かれており、一見して“タレント本色”が薄まっているのが特色だ。
 日常生活や撮影現場などで著者が感じたちょっとしたことを読み進めていくと、ユニチカキャンペンガールからタレントへ転身し、ドラマや映画へと活躍の場を広げる元祖“癒し系”の、素顔と本音が明らかになって面白い。どこから見てもスリムな体型を誇るほんじょ(著者自ら名乗る愛称)が、実は食に対して並々ならぬこだわりを持っているとは意外だ。それもグルメというよりは庶民的な感覚だから、彼女に対して親近感を抱くのはぼくだけではあるまい。
 ちなみに目次から食関係の見出しを拾ってみると、「いとしのポット」「トリガラと戦う」「サバってさ」「どーんとうな重」「茶わん蒸しにトキメク」「エビはギリギリまで!」「もやしはおいしいなあ」「“シューク”ってさ」等々。極め付きは「築地よいとこ」と題した一文だ。コンブとカツオブシがなくて台所(“キッチン”じゃなく)が寂しく感じたほんじょは、フリースに長靴姿で築地市場を訪れる。エビ、マグロ、シラス、ウニ、タコを見て回り、贔屓の乾物店でお目当ての食材を購入。腹ごしらえに鮨(“寿司”ではなく)かカツ丼か牛丼か迷い、デザートは迷わず串だんごをペロリ。本文とは別枠の「へもへもコラム」では、学生時代に好物だった焼きうどんを、上京してひとり暮らし中のほんじょが“元気になるためのレシピ”として紹介している。
 本文中には「へもへも」とか「へもい」という言葉が頻出するが、これはちょっとダサくて頼りない雰囲気だが、愛らしく憎めない様子、を表すほんじょの造語。こういうセンスを持って物事を見つめ、日々を送る著者もまた愛らしく気になるタレント、だと言えよう。 (bk1ブックナビゲーター:音楽評論家/杉田宏樹 2002.06.13)

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旗揚げ13年にして力尽きた老舗インディー・プロレス団体社長が明かすリング内外の真相

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「東京スポーツ」の一面を衝撃的な記事が覆った。プロレス興業会社FMWの元社長・荒井昌一氏が、葛飾区の公園で首吊り自殺を図ったのである。2月中旬に同社が倒産し、巨額の借金を抱えた荒井氏が、覚悟の最期を遂げたもの、というのが専門紙誌の見方だ。本書は団体を運営するために、同氏が高利の街金融から借金を重ねたあげく、軟禁状態から命からがら抜け出す衝撃的な場面で始まる。
 今日、インディーズと呼ばれる中小プロレス団体が林立する現況は、大仁田厚が創設したFMWに端を発すると言っていい。95年5月に大仁田が引退した後、一リング・アナウンサーに過ぎなかった著者が社長に就任。どうにかこうにか経営を軌道に乗せるも、再三にわたって大仁田から無理難題を突きつけられる。正直で誠実な筆者は創業者に対して嫌とは言えず、そのたびに苦しい台所を何とかしのいできた。しかしそんな努力の甲斐も空しく、去る2月に二度目の不渡りが発生。その前から看板レスラーのハヤブサが、重傷のため療養中という事情も、同団体には不運だった。倒産を境に筆者は事態が鎮静化する時を待つために身を隠す。本書はその時期に執筆されたわけだが、不渡りを出したから後は会社を清算すればいいという単純な話ではない。
 そう考えると、本書を執筆していた時の筆者の胸には、ここに書き記されたことでは収まり切らない痛ましい思いがあったはずだ。読者は、もっと早い段階で何らかの有効な対策を講じることが可能だったのではないか?と考えても不思議ではない。それも実直な筆者の性格が災いしたのかもしれないが……。そしてもう一つ指摘しておかなければならないのは、“涙のカリスマ”のキャッチ・フレーズを得て若者から絶大な人気を集めた大仁田の、エグ過ぎるやり口。本書が発刊されてからわずか1か月あまりで著者が自ら生命を断った事実を考えると、本書はすべての関係者に発した「ダイイング・メッセージ」だと思えてならないのである。 (bk1ブックナビゲーター:音楽評論家/杉田宏樹 2002.06.11)

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耳のこり

2002/05/31 18:15

毎回、抱腹絶倒の保証書付きの大人気コラム。またまた絶好調のペンと絵が冴え渡っている

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「週刊朝日」に2000年9月から2002年2月まで連載されたコラムを例によってまとめたナンシー関の新刊である。このサイトの書評を担当してから2年近くになるが、ナンシーの単行本が出るたびに採り上げている気がする。その理由は、圧倒的に巧い文章力と、思わず大笑いしてしまう面白さで、毎回楽しませてくれるからだ。
 ナンシーが好んでターゲットにするタレントや芸能人に関するペンの冴えはいわずもがなだが、今回注目したいのはスポーツ選手(元、も含めて)。まず「ヤワラちゃん」こと田村亮子について、ナンシーは彼女の年齢を考慮した上で「ヤワラさん」と呼ぶ。だが彼女のインタビューの受け答えを通して下した断は、「完全に調子こいているわけである」。自分の締めていた帯を見せて「これがナマ帯なんですけどね」とか、自分で「前人未到の四連覇」と言ってしまうヤワラさんのメンタリティに対して、ナンシーは鋭く疑問を投げかける。付加価値の存在を表す接頭語を付けて自分をプレゼンする。何だかなぁ。「金メダリスト」の肩書きだけで十分過ぎるだろうに。本書でヤワラさんは2度登場するが、谷選手絡みの話題で、マスコミに対するサービス精神を指して「由美かおるの写真集に似てないか」とは絶妙過ぎて可笑しい。
 また突如競技生活引退を表明し、女優転向宣言をしたシドニー五輪競泳銀メダリストの田島寧子は記憶に新しいはずだが、本書を読んで「あの人は今?」のタイトルが脳裏をよぎった。それはともかく、言っているだけで具体的な行動に移すとは誰も思っていなかった女優転向に関して、田島は「性格俳優」志望をぶち上げた。「俳優」という職業ではなく“性格俳優”だと。これって自分で申告して人々に認められる類のことなんだろうか。テニスの松岡修造にも当てはまるが、致命的な勘違いをしているとしか考えられん。芸能界に転身した舞の海が成功した一要因として、元力士の割りに体格が小さいから、というのは、見落としがちな指摘と言えよう。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.06.01)

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ニューヨーカーのイメージはいかにして成立したのか、を丹念に読み解く「スマートさ」の文化史

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 副題に「<スマートさ>の文化史」と記された本書は、寛容で包容力のあるアメリカのビジョンである“トランスナショナル・アメリカ”を追い求めた人たち(ビル・クリントン元大統領に象徴される)の話であり、アメリカ的な美学を求めて、寛容性のある社会を模索した人々の軌跡をたどる文化史である。ここで著者が貫いている視点/姿勢は、「カウンターディスコース」という手法だ。これは、社会や時代を支配しているものの見方(=ディスコース)に対して、同じ方法、同一のコンセプトを用いることで、別のものの見方を提示する活動であり、現在では多くの文化研究で採用されている。アメリカ大衆の質朴な欲望が、スマートで“良い趣味”へと変貌し、都市計画から食事・ファッションまで、アメリカン・ドリームを真に誕生させたプロセスを探っているのだ。採り上げられたテーマは、「ル・コルビュジェ」「マクドナルド」「ダコタ・アパートメント」「ビル・コスビー」「アメリカン・ビューティ」等々。
 まず個人的に興味を喚起させられたのは、「1935年にアメリカを訪れたル・コルビュジェは『マンハッタンの摩天楼は石とスチールで演奏されたホット・ジャズだ』と述べた」の一文で始まる第1章。20世紀を代表するフランスの建築家は、渡米以前からルイ・アームストロングに親しみ、ニューヨークという都市を目の当たりにして、古いもの(=石)と新しいもの(=スチール)との融合が、ダイナミックな魅力を生み出すことを直感した。その後ジャズがスウィング全盛時代となり、ベニー・グッドマンらが活躍する……といったあたりのジャズの流れを絡めた著者の論述は、初めて目にすることもあって、興味深く読み進められる。
 また黒人に対する著述にも多くの紙数が充てられており、シンガー・ソングライターのライ・クーダーによって新たな光りを当てられた古いナンバーを例に挙げて、黒人に対するステレオタイプ的な見方に新説を提示するくだりは説得力大。音楽ファンにも多くの知的刺激を与えてやまない、ユニークな論文集である。 (bk1ブックナビゲーター:杉田宏樹/音楽評論家 2002.05.30)

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