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  3. 松田尚之さんのレビュー一覧

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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

松田尚之さんのレビュー一覧

投稿者:松田尚之

16 件中 1 件~ 15 件を表示

ひきこもりカレンダー

2001/03/02 19:54

ひきこもり生活者がやっと自らを支えるプライドのありかとは?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幼児期からの母親による虐待→期待に応えるべく優等生として高偏差値高校へ入学→不登校、という経緯をたどり、現在もひきこもり生活を続ける29歳の一青年が、その半生を振り返るとともに現在の心の中の不安、苦しみ、葛藤、怒りなどの感情を率直に吐露した1冊。巻末には多くのひきこもり青年と相対してきた精神科医の斎藤環氏との対談も収録されている。冒頭の第一声から「全部、親が悪い。」「親が憎い。」といった刺激的ながらあまりに無防備とも思える発言からはじまることに象徴されるように、著者が得られるカタルシスほどに読者にその内容がうまく伝わっていかない独りよがりのうらみが残り、また「誰かに理解されたい、友達がほしい」という渇望に近い内心の欲求と「一人になりたい、放っておいてくれ」というメッセージが本人の中で大きな矛盾も感じられずに同居している点、ひきこもり生活を支える経済構造について見て見ぬふりをしている点など、論理としては破綻している部分もそこここに見られる(そういった意味では自己相対化原理が働かない、ひきこもり者が集まるネット上の匿名掲示板的な文体そのままの印象も強い)。ただし一方で、「答えのない時代に答えのない人生を求めてハードに世の中と戦っている」著者の辛い気分はヒリヒリと十分に伝わってくる。たとえばアダルトチルドレンという概念の広まりが多くのアダルトチルドレンの自己認識のための武器になっていったように、「ひきこもり宣言」とも言うべき本書の価値は、まもなく30歳の著者が今後どうその戦いを継続させていくかにかかっている。

(松田尚之/フリーライター/2001.02.26.)

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紙の本東電OL症候群

2002/02/15 22:15

エリート女性の「堕落」物語に、オヤジはなぜハマるのか?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 前作『東電OL殺人事件』同様、足で稼いだ労作であることは間違いない。特にネパール人被告・ゴビンダに一審無罪判決が出た後、不可解な再拘留命令に続き高裁で逆転有罪判決に至る過程を追うくだりは、それに深く関わった東京高裁判事・村木保裕が少女売春で有罪判決を受けるという思いもよらぬ展開もあり、まるで「小説を読むかのように」スリリングと評価してもいい。
 しかし一方で、これはいわゆる正統的なノンフィクションではない。著者はさまざまな現場を歩き回りながら、何度も繰り返し、被害者女性・渡辺泰子が天空からこの時代の「闇」のすべてを見通しているイメージを語る。これまでの事実をしらみつぶしに明らかにしていく作風に比べると、想像力を自由に働かせることへの抑制を解いた、奇妙に「文学的」な記述が目立つのだ。ありていに言えば、著者は明らかに記述の対象である泰子と共振する自分を隠そうとしていない。
 では果してその試みは成功したのか。本書には、たしかにあるまとまった「物語」としてのおもしろさはある。しかしそのおもしろさは、あくまで著者の想像力の枠内に閉じ込められてしまっている感が否めない。ここで描かれているのは、最初から著者の頭の中にある価値観、人間観に適合する事実解釈の集積でしかないのだ。ノンフィクションの価値が、人間の想像力をはるかに超えてしまう現実、人間のありようの複雑さ、不思議さ、不可解さを明らかにすることだとすれば、本書はあまりに底が浅い。いわく、「エリート女性の堕落」「外国人差別」「司法権力の問題点」、そして「現代社会の病巣」。こうしたわかりやすい言葉による分析が、予定調和的に並べられていく。先述したように、まるで「小説を読むかのように」……。このわかりやすさの先に何が見えるのか、そこを描くのがノンフィクションの本領なのではないだろうか。だいたい今どき、売春を「奈落に落ちる」というイメージ一色で読みとくことに無理がありすぎる。
 前作の刊行後、著者のもとには読者からの手紙が殺到し、その多くは泰子に共感する女性からのものだったことが紹介されている。そのうち一通には、「著者を含めた男性が、なぜこの事件に『発情』したのか、ご自身の問題として書かれた部分がもっとあればと思いました」とつづられていたという。残念ながら本書はこの問いに対する回答にはなっていない。公判が最高裁に持ち込まれ、事件が最終的解決に至っていない以上、おそらく著者はまだこの事件を追い続けるだろう。第三作では、ぜひとも「症候群」のもうひとつの主役であるメディアの報道姿勢を含め、この時代のモノ書きとしての自己分析にまで踏み込んで語ってほしい。(松田尚之/フリーライター)

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紙の本東京の窓から日本を

2001/11/09 18:16

良くも悪くも「戦後の申し子」、石原知事の素顔が垣間見える。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 東京都も出資している東京MXテレビの石原慎太郎知事対談番組、「東京の窓から」の単行本化。いかにもお手盛り企画という印象もあるが、押しの強さでは誰にも引けをとらない石原氏が、あえて聞き役を買って出ているところがミソ。さすがに幅広い交遊関係から招かれたゲストは佐々淳行、孫正義、はかま満緒、竹村健一、徳間康快、中曾根康弘など多士済々で、いわゆる石原ファン以外にも楽しめる内容になっている。しかし一方で、全編を通読すると、人間石原慎太郎のウラオモテが透けて見えてくるところが本書のおもしろさだとも思われる。
 たとえば特に興味深かったのが、松下電器出身の技術者唐津一氏の章。ここでは戦後の技術立国路線を支えた「ものつくり系中小零細企業都市」としての東京に対する、石原氏の意外なまでの思い入れが垣間見える。素朴な科学技術信仰、進歩成長主義的歴史観と、高度成長達成以後の消費社会化した日本への違和感の矛盾なき同居が、石原氏とその支持者(「プロジェクトX」世代?)の共有する気分であることがわかりやすく理解できる。加えて指摘するなら、「日本の技術を使ってアメリカが儲けている」といった、「どこかで誰かがいい目を見ている」式のロジックを各分野で頻発することが、ポピュリスト政治家としての氏の最大の武器であることも。そういった意味で、将棋棋士の米長邦雄氏と語り合う教育論などは、オヤジ慰撫的価値しかないまったくの空論と言わざるをえない。
 もっとも金美齢氏やペマ・ギャルポ氏を招いての台湾、チベット論(裏返しの中国論)などは、とかく表層的なイメージでしか伝えられないナショナリスト石原の骨太な人間観を伝えてくれ、読みごたえも十分。各章でしばしば引用されるマレーシア首相マハティールの言葉とともに、アメリカ流グローバリズムに対するゆるやかなアジア主義についての議論も、「同時多発テロ事件以後」の世界を考える上で有益だ。
 おそらく優秀な編集者の手によるものだろう、随所に脚注、資料などが丁寧に盛り込まれ、理解を助けてくれたことも追記しておきたい。 (bk1ブックナビゲーター:松田尚之/フリーライター)

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官僚たちの聖域に挑む地方議員のノンフィクション・ノベル

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 小泉首相の「聖域なき構造改革」でも最大の標的となっているのが特殊法人、公益法人といった各官庁の外郭団体。放漫な経営で赤字を生み出し、財政の足を引っ張る。民間でできる仕事を独占的に取り上げ、天下りの役人が甘い汁をすする。などなどその弊害は次々明るみになりつつあるが、総論賛成各論反対で改革が進まないのは、実態のディテールがまだまだ十分情報公開されていないせいもあると思われる。
 本書では、東京大田区の区議会議員が、国土交通省管轄、東京都の外郭団体である公益法人東京港埠頭公社の汚染構造を実名をまじえつつノンフィクション・ノベルの形で暴露する。そもそもディーゼルトラックが多数行き来する地元地域の大気汚染調査がきっかけとなり、建設残土処理の問題から官僚天国の存在にブチ当たるというドブ板的リアリティーはなまじのミステリーに負けない迫力。政治家の著作にありがちな自己ヒーロー化、属する政党に対する賛美文体、自伝的な余談などが緊迫したテンションを落としてしまっているのは残念だが、それでも事実関係と背景の構造に対する視点にブレがないため、読みやすくまとまっており、読みごたえがある。
 特に興味深かったのは、建設残土の海上輸送を丸投げされているセンドラックなる会社の分析。株式会社形態をとってカムフラージュがされているものの、設立事情と経営実態からすれば官と大銀行、大手企業が一体になってつくったトンネル会社に近いと言わざるをえない。ここが独占禁止法ギリギリの商売で濡れ手にアワの儲けを得ていくカラクリには呆然とさせられる。
 議員ならではの調査追求のノウハウも満載されているので、政治家、ジャーナリスト、市民団体などにとっても参考になる1冊と言えるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:松田尚之/フリーライター 2001.10.03)

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紙の本日本経済「出口」あり

2001/09/03 13:53

停滞の主因であるリアルな経済問題から出発し、社会と個人の未来構想に至る希望の書

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「構造改革」の文字が連日マスコミに踊り、いわゆる小泉改革への期待が幅広い国民各層に高まっている今日。しかしいったい現在の日本社会のどこに根本的問題があり、小泉内閣=経済財政諮問会議による「骨太」方針はそれへの有効な処方箋たりえているのか、専門家間でも議論が百出する状況ではなかなか的確な判断をすることは難しい。本書は、それぞれ立場を異にする3人の有識者が、それ自体が社会の停滞感の大きな一因となっている現状認識にまつわるもやもやした不透明さを吹き払った上で、具体的な未来イメージに至る手順まで踏み込んで論じ合った鼎談の記録である。直接、小泉改革への異論として意図された企画ではないようだが、結果的に批判的視座からそれをとらえかえす恰好の参考書となっており、こんがらがった問題の総見取り図を手に入れたい、ニュースと自分の生活のかかわりをもっとわかりたいという一般読者に、特におすすめしたい。
 内容的には、グローバル資本主義、デフレ不況、不良債権問題、財政危機、地域経済、社会保障問題などの経済問題的切り口を出発点にしながら、それが凡百の学者、エコノミストのような机上のモデルをいじくりまわす議論に陥らず、現実に人間が生きて働く社会の問題として地に足のついた論争になっている点が最大の特徴といえる。中でも、市場原理主義に対し基本的にそれを批判し、全国各地の地域社会の現実に立脚しつつ社会政策的な観点から論を組み立てる金子氏と、市場メカニズムの合理性を擁護しつつもそれを正しく運用するためのルールの確立を強調し、自らも一経営者として日々マネー経済社会の荒波をサバイバルしているプラグマティズムに貫かれた木村氏が、時に対立しあいながらも論をかみ合わせていく過程は、なかなかにスリリングである(間に入った宮崎氏の優秀な交通整理ぶりも光る)。
 ひとつひとつがそれぞれ興味深く、短い文言では紹介しにくい細かい政策論については直接本書にあたっていただきたいが、金子氏が熱く語り、木村氏もやや理想論との留保つきながらも共鳴した「自立とサステナビリティ(持続可能性)」というキーワードについてひとこと述べておきたい。社会の枠組みをどうつくるかという議論は、そもそも個人個人がどう将来の人生を設計するかというテーマと切っても切れないウラオモテの関係にあるはずだ。しかし残念ながら現在の論壇ではこの2つの論点が分離され、お互いにさらに閉塞感を強めあうスパイラル状態が感じられる。ところが本書全体の論の流れは、こうした弊をうまく逃れている。宮崎氏はこう語る。「今の社会で何が悪くて、どうすれば自分たちの人生は良くなるのか、それが見えてくれば、若い子だって、希望が持てるようになるし、行動を起こすことができる」。
「自立とサステナビリティ」は、言うまでもなくまず個人や企業、地域等ミクロな共同体の自己変革の問題であり、それをいかにサポートしていくかが日本社会の側の課題になる。そうした有機的なつながりをいかに保障していくか。本書でも再三語られる「世代革命待望論」とも絡んで、今後このあたりが大きな課題になるのではないか。そうした問題意識を喚起されたという意味でも刺激的な1冊だった。

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ジャーナリズムと文芸の中間領域に広がる、意外にも豊かな活字世界

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 経済小説というジャンルは、その発行点数、部数の多さに比して、いわゆる“読書人”たちからどこか一段低いものとして不当に差別されている感がある。また一方で専門用語が頻出する業界内輪話的なイメージのせいか、読者層がいわゆるホワイトカラー、ビジネスマンに偏ってしまっているもの現実だろう。
 しかしいみじくも本書巻頭対談で末永徹氏(『メイク・マネー』著者)が語るように、シェイクスピアも、スタンダールも、ドストエフスキーも、ときどきの経済社会構造をたくみに物語世界に取り込み、そこから人間存在の本質を照射したからこそ、今日に至るまで読み継がれる古典文学たりえている側面は否定できない。今日の日本のようにミニマルな世界を描く小説が流行するのにはそれなりの理由も価値もあるが、一方でかつて確かに存在した全体小説的なスケール感のある世界が、経済小説というくくりの中に生き延びていることはもっと幅広い読者層に知られていいことのように思われる。
 本書の著者は、『カルト資本主義』『プライバシー・クライシス』『機会不平等』などの問題作を連発し、瀕死の社会派ジャーナリズムを支える期待の若手。はしがきによると業界紙記者時代に経済小説を濫読し、それが幅広い現代社会各層の基礎知識を手っ取り早く仕入れる上で大きく役立ったとのことで、経済小説ガイドはかねてより念願していた仕事だったという。真の社会的公正、そして自由を求める視点は健在で、確かにいま経済小説の世界を外部に向けて紹介する人材としては、これ以上の適任者はいない。
 紹介されている経済小説は30冊に及ぶが、個人的に特に興味をそそられたのは金融業界編の7作。これらの小説の著者は当の業界関係者上がりだったり、ジャーナリストであったりするのだが、いずれもレポートやノンフィクションでは書けない“ことの本質、構造”を、フィクションの形で世間に知らしめたかったという執筆動機を著者=斎藤氏に語る点では奇妙に一致している。新聞などの客観報道ではいま一つわかりにくい問題の全体像が、特定の主人公の視線で世界を整理していくことによって絡まった糸がほどけるように理解されていくところに経済小説の面白さがあるということが、自然に納得させられる。また常々“鉄屑屋の息子”という自らの出自にこだわる著者の、現代の労働小説(とその不在)に対する思いにも感動させられた。
 いずれにせよ、本書をステップに、たとえば学生、主婦といった、これまで経済小説に縁遠かった人びとがそれを手に取るきっかけをつくっていきたいという著者の目論見は、見事に成功していると言えよう

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紙の本日本の病 正常な国への処方箋

2001/07/03 16:29

まずは直視すべき現実を明らかに……ジャーナリズムの本義

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 言うまでもなくジャーナリズムの役割は、余人には知りえない事実・現実を独自の視点から情報として提供し、問題提起し、議論に供することにある。本書では、医療、教育などの問題をとっかかりに政治、経済、社会システム全般まで非常に幅広い論点が語り合われているが、この手の本にありがちな単なるイデオロギッシュな放談にはなっていない。これは対論者がともに徹底したフィールドワーク主義、データ主義という強い足腰を持っている強みと言うべきだろう。はっきりとした役割分担はないものの、博識な精神科医和田の持論を、整理能力にも長けた職業ジャーナリスト櫻井が受け止め、枝葉を広げていくあうんの呼吸も効いている。情緒に訴える印象批評的議論が横行する中、蒙を啓かれる点は多い。
 とりわけ迫力があるのは、やはり「医療の腐敗」問題の分析。薬害エイズ事件追及の急先鋒だった櫻井に対し、医師業界のドンキホーテ(?)和田がさらにその背後にある構造的な問題(徹底したタテ社会となっている大学医学部、医師と製薬会社の癒着、ふくれあがる国民医療費と大局的厚生行政の不在等)を解説していく部分は、医療現場からの微に入り細をうがつ生の声として興味深いものがある。一方で長野などを例にとった地域医療の成功例も紹介されており、今後の具体的な展望(まさに「処方箋」)が示されているのも議論に深みを与えている。ちなみに和田は、「改革派」小泉首相も、自らがよって立つ厚生族としての利権に関しては構造改革に消極的と批判している点に注目したい。
 さて、細部ではニュアンスの異なる2人の議論も、大まかな方向性としては「明示的なルールに基づく社会」の実現と「自己責任で生きていく(とりわけ職業的なプロフェッショナリズムを重視する)個人」の育成で一致している。ゆとり教育批判、インセンティブが働く市場原理の活用など、合理的な論がふつうに語られるようになった点は評価すべきだろうが、一方でこれはあまりにもスッパリとグレーゾーンを切り捨てた清潔主義に陥りがちな危険性も秘めている。書名にある「正常な国」を過剰に求める正論は正論であるがゆえに読者の思考停止を招くことがあり、また、現代社会を根底で規定している高度資本制と大衆社会への切り込みがいかにも浅いことも本書の弱点と言えよう。巻末でつけたし的に触れられた敗者復活型の社会への道筋を、人間論としてもう少し明示的に語るのもエリートの責任であるように思われた。

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紙の本日本の宿題

2001/05/07 17:59

モデルなき時代の「民意」を練り上げるための好資料

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 「失われた10年」と呼ばれるわが国90年代の停滞と混乱を振り返る出版物が次々と登場しているが、本書もまたそのうちの1冊。もともとNHK教育テレビ「ETV2001」が現在に至るまで断続的に続けている同名シリーズの単行本化だけに、いかにもニュースショー的な突っ込みの浅さはあるものの、その反面で初歩的な知識を一から手に入れ、問題の全体像を鳥瞰的に把握するためには要領よくまとまった好企画である。
 不良債権、公共事業、食中毒事件、学校、フリーター、中高年の自殺という6章立ての切り口からスタートする構成は一見ゴッタ煮雑誌風だが、通読するとその印象は変わる。すなわち、これら経済、政治、教育、暮らし、いのち、等々の問題をそれぞれ別個のものとしてとらえていては一歩も前に進めない時代が到来していることが強く実感されるのである。戦後50年、近代100 年を支えてきた基本的価値観は、バブル期をひとつの転換点として大きく揺らぎ、可視的不可視的な諸システムは制度疲労の段階を越え崩壊への道を予想以上の速度でたどっている。そんな今求められているのは、社会横断的なグランドデザインをどう描き、どうコンセンサスを形成し、それを個々の生活の現場にどう着地させていくかという問題意識であり、歴史をふまえて現状をとらえようとする本書ははからずも(?)そうした議論の叩き台となる内容を備えていると言える。
 データと調査報道をもとに識者が語り合うという方法も王道を踏んでいるが、あえて弱みを言えば、過去と現在の分析の歯切れよさに比べ、未来への具体的なパースペクティヴを示す部分がやや観念的な点。ここでは否応なく21世紀の社会を担っていかざるをえない若い世代の声をもっともっと取り上げてほしかった(沖縄でフリースクールを実践する白井智子氏=教育改革の章、30代自由業の苦楽を実感的に語る大槻ケンヂ氏=フリーターの章の発言がともに興味深いものであっただけに)。誰かにゲタを預け「お上」がリードしてくれるのを待つ時代が終焉を迎えたという認識が本書全体で明らかにされている以上、自分の頭で考え自分の道を歩きだした「個人」の試行錯誤をレポートしていくのも報道機関の使命だろう。この点と関連してマスコミのありようの自己検証的視点が盛り込まれていないのもやや物足りない。
 また、自殺した中高年男性、及び残された家族の声を遺書と手記中心に丹念に追った最終章は本書の紙幅で取り上げるにはあまりに重い内容だった。こちらについては今後さらなる掘り下げに期待したい。
(松田尚之/フリーライター/2001.04.23.)

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任俠事始め

2001/03/28 19:45

警察も政治家も任侠道を学べ!吠えまくるアウトローの放談集

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 九州最大のヤクザ組織4代目工藤會総裁溝下と、グリコ森永事件では「キツネ目の男」と疑われた突破者作家宮崎が、アウトローとしての行動原理や組織論から、腐敗した国家批判までを独自の視点で縦横に語り合った対談集。暴対法反対闘争当時からすでに10年来の親交がある2人を意気投合させたものが、本書のタイトルであり内容の中核でもある「任侠」の精神であり、それは宮崎の言を借りれば仁義礼智、独立自尊、誇り高くあえて損をすることをやりとげる魂の道ということになる。両者が徹底して行う「権力を使ってタダ飯を食う」警察権力の利権あさりの構図暴露は迫力十分だが、ひるがえってみれば現代は多くのヤクザが組織を巨大化させ、カネの匂いのする方向へなだれをうって靡いていく時代でもある。そうした意味でも筑豊出身で日本ヤクザの源流中の源流直系ともいえる溝下の「川筋モノの論理」の持つ意味は大きいと言える。ストイックでなおかつシャレのわかる親分の半生については『極道一番絞り』(文庫版はこちら)『愛嬌一本締め』(文庫版はこちら)に詳しい。併読をおすすめする。

(松田尚之/フリーライター/2001.03.26.)

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紙の本北朝鮮飢餓ルポ

2001/03/09 15:35

一難民青年が命を賭して伝えるあからさまな「北」の惨状

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 金日成、金正日父子による長年の暗愚の独裁圧政のツケがまわり、特に90年代中頃から北朝鮮国内では飢饉が深刻化している。絶対的な物資不足から闇市すら機能しなくなった状況下で両親を餓死で失った青年・安哲は中国に脱出し難民となったが、命をかけて再び北朝鮮に潜入し、生き地獄と化した祖国の真の姿を隠しカメラで撮影することに成功。98年冬に全世界のマスコミを通じて公開された「安哲ビデオ」は、ドブの泥水をすくって飲もうとする少女、裸足にボロ布をまとっただけのいでたちで拾い食いをするやせこけた少年、餓死寸前で道端に横たわる人の姿などがはっきりと映しだされている衝撃的なものだった。本書はその決死の撮影がいかに行われたか、また対国際社会向けのショーウインドー都市と化している平壌だけを見ていては決してわからない北朝鮮内部の貧窮と混乱の状況を安哲本人ならびにその義兄が赤裸々に語ったもので、相互監視に基づく恐怖政治の模様、飢えた兵士が自国民を襲撃するような社会秩序の全壊状況も詳しく明らかにされている。南北首脳会談から広まる融和ムードが、結果として金政権の延命と基盤強化につながっていること、一方で安哲のような真の憂国青年がいまだに命の危険にさらされ孤立した状態におかれていることを、隣国人であるわれわれはよく注意して直視する必要がある。

(松田尚之/フリーライター/2001.03.05.)

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リアル・ポリティックスの観点から半島情勢を読む

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 2000年6月、平壌で韓国の金大中大統領と北朝鮮の指導者金正日の南北首脳会談が実現したことは、「歴史的和解」へ向けた第一歩として日本国内でも明るい希望に満ちたトーンで大きく伝えられた。しかし北の独裁政治体制、権力構造自体に何ら変化がなく、同時に経済的な困窮、社会の疲弊状況がますます進行している点から目をそらすことは、リアルな現実認識の目を曇らせるおそれがある。NK会(ノースコリアの会の略)は、かつて我が国の大マスコミが北朝鮮礼賛一辺倒の報道を繰り返していた当時から、事実をもとにその実情を詳しく検証し冷静な分析を加えてきた専門家集団。本書では昨今の南北雪解けムードに対し、歴史的、民族学的な深く多様な視点から、米中を両極にした国際関係の中で半島情勢をどう見るべきかを懇切丁寧に説いていく。ノーベル平和賞を受賞した金大中大統領は、「世界的な民主主義と人権の活動家」であるにもかかわらず、北朝鮮の体制、つまり民主主義と人権にはいっさい触れずにきた。いわゆる「太陽政策」の努力の結果、体温を上げて外套を脱いでしまったのは、旅人(北朝鮮)ではなく太陽(韓国)の方ではなかったか、とのねじれ現象の指摘には重いものがある。

(松田尚之/フリーライター/2001.02.05.)

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笑いを忘れたたけし……追い詰められた暴論芸?

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『新潮45』誌の人気連載単行本化第2弾。前作『偽善の爆発』が時事問題についての放談だったのに対し、今回は「憲法」「民主主義」「歴史」「人間」「教育」「家族」といった大文字のテーマについて著者の持論が展開される。ただし、かつてはうさんくさい正義に対するカウンターパンチとしての機能を果たしていたアウトロー芸人の暴論が、いつの間にか大衆のセンターラインの意見と大して変わりないありきたりの予定調和に聞こえてくるようになってしまったことは否めない。本書に「ヤクザが親孝行を説教する矛盾」について語られるくだりがあるが、そのたとえは礼儀作法や節操の大切さについて語りはじめる地点にまで来てしまったたけし自身のもの言いが抱える矛盾とパラレルのように感じられる。むしろハリウッド作品のつまらなさに噛みついた「映画」の章、若手芸人評から笑いの暴力性、観客論などについてさすがの貫祿で語る「お笑い」の2章にこそ注目。こと本業のフィールド内では、かつての切れ味ある批評芸を楽しむことができる。
(松田尚之/フリーライター)

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「ちょっとした知恵と勇気で女性は生まれ変われる!」

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 書名だけを見れば単にあまた出版されている「ポジティブシンキング推奨本」の一つとしか思えないが、本書の最大の特色は読者を女性、それもどちらかと言えばまだ若い、働く女性層とかなり限定して想定している点。著者はドイツの心理学者、経済心理学協会を設立したセラピストで、前著『誰からも好かれようとする女たち』(講談社)は世界で200万部を超えるベストセラーになったという。合言葉は「もっと生意気な娘になろう!」「セルフブロック(気持ちの上で自分にブレーキをかけること)を取り払おう!」といったきわめてシンプルなものだが、さすがそのあたりは多くのクライアントと接してきた実践家、無責任な言いっぱなしではなく、経済社会の現実に則した細かい生きた知恵が満載されている。たとえば男性上司に対して自分の意見を述べるときなど、相手の対応によってどういう方法を用いればいいかなどを懇切丁寧に解説。自分の考えや能力に自信を持てずにいる女性が、一歩一歩自立していくためのプラグマティックな入門書となっている。

(松田尚之/フリーライター)

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「「正しい人生」よりも「楽しい人生」を送るために」

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 毎日のように直接患者と接する精神科医でありつつ、サブカルチャーやさまざまな事件、流行現象などを通じた社会分析も行う「ココロの専門家」系文化人として積極的な発言を続けてきた著者。本書も時代批評風味を多分に加えた迷える読者向けのライトな人生相談エッセイという得意の芸風に変化はなく、短い一話完結的な雑誌連載のまとめ(初出は98年から2000年)という形をとっていることもありスラスラと読み進めることができる。ただし、たとえば副題の「ありのままの私で生きていけばいい」というキャッチフレーズにあらわれたような、やや安易な姿勢には食い足りなさが残らなくもない。著者は価値相対主義的なニューアカ、ポストモダン思潮の洗礼を受け、そうした流れの中でメディアに登場してきた、いわば80年代文化の落とし子的な存在だったはず。しかしあれから10年以上が経過し、バブル崩壊以降経済が低迷を続ける中で、オウム事件に象徴されるような現代日本人のあやうく脆弱な精神が可視的なものとなり、いわゆる「自分探し」ブームがすっかり市民権を得てしまったかのように見える社会に対し、単に違和を表明する以上の臨床家ならではの建設的な言論活動を求めるのはないものねだりというものか。むろん臨床家であるがゆえに鮮やかに割り切った一般論を語れない誠実さをこそ評価すべきなのかもしれないが……。若い若いと思われてきた著者も今年で40歳。そんな彼女の、もう少し体系的本格的な到達点を読みたい読者には『<じぶん>を愛するということ』(講談社現代新書)をおすすめしておく。

(松田尚之/フリーライター)

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紙の本ゼロ発信

2000/10/17 01:14

小説か、エッセイか?そんな形式論を超越したオモシロ本

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読売新聞2000年1月11日号〜6月4日号に連載された新聞小説の単行本化。とはいえこれを果して新聞「小説」と呼ぶのが適当なのかどうかよくわからない。基本的に「一月A日 ○○○…」といったスタイルで書かれる日録形式で、一日一日の話に相互連関性はまったくと言っていいほどない。また、内容的にも小説というよりはエッセイ、いやもっと極端に言えばその前段階である身辺雑記メモのようなものでしかないのだ。ところがこれが実に読ませる文章なのである。たとえばある日の項は「今日はトイレで水滴が落ちるところを目撃した」というバカバカしい一文からはじまりながら、「人の人生も…ほんのわずかに水がしみ出てきながら、ほんのわずかずつ蒸発している。その結果、垂れそうで垂れない水滴の形が、とりあえず維持されている」などといった、とんでもなく哲学的な考察に至る。醒めた笑いの視線を持つ著者らしさを、あえて新聞小説という古臭い舞台設定の上で十二分に発揮した、人を食った新しい試みは見事に成功している。
(松田尚之/フリーライター)

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