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  2. レビュー
  3. 山下淳さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

山下淳さんのレビュー一覧

投稿者:山下淳

22 件中 1 件~ 15 件を表示

最も身近な暴力犯罪の危機管理マニュアルとして読む

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「誰も人を殺そうと思って車を運転しているわけではない。偶然が重なったアクシデント。事故に合った方も、起こした方も不幸である」
 一昔前まで、交通事故を見る目にはこんな寛容さがあった。だが凶悪な犯罪が頻発している昨今、交通事故の様相も一変している。東名の追突事故で2名の幼子を焼死させた泥酔状態のトラック運転手、あんな恐怖の「殺人ドライバー」が今や野放し状態で爆走しているのである。

 本書はそんな悪質ドライバーの実態を徹底解明しながら、「横行する事故調査の手抜き」「実態とかけ離れた裁判所の認識」など危険なドライバーを放置する社会システムを鋭く糾弾している。
 特に、遺族の協力で行われたアンケート調査(有効回答143件)の結果は衝撃的である。驚くなかれ、死亡事故を3回も繰り返している、狂気の殺人ドライバーが3名いたのである。もし殺人犯として裁かれるなら間違いなく死刑だろう。だが、交通事故では最高でも5年の刑、その上こんな輩でも、最長5年の失格期間を過ぎれば再び免許を取得できるというから、一体、わが国の法制はどうなっているのか……。

 著者は自動車雑誌を中心に活躍しているモータージャーナリスト。取材で訪れた「全国交通事故遺族の会」で、遺族の話を聞いたことが本書を書く契機となったとある。本書にほとばしる怒りは遺族の怒りと悲しみでもあるのだ。その願いが通じてか、罰則を大幅に厳しくした道交法の試案がこの春提示され、ようやく改正に向けて動き出した。

 交通事故はいつ巻き込まれてもおかしくない身近な暴力犯罪。死亡者も年間1万人に達する。その割には知らないことが多すぎるのでは。本書は日常生活の危機管理マニュアルとして、是非読んでおくべきである。 (bk1ブックナビゲーター:山下淳/フリーライター 2001.09.19)

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汚いマスコミ共にはペンの制裁を——元校長の憤り

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 またもや発生した児童殺傷事件。大阪池田小は鶏舎に狂犬を放ったような惨状となった。2年前の京都小学生殺害事件に続き、奇しくも関西の三都で起きた学校の殺戮——その原点は4年前に起きた神戸の酒鬼薔薇事件に遡る。

さあ、ゲームの始まりです
愚鈍な警察の諸君、ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが楽しくてしょうがない
人の死を見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
SHOOL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇

 わが国の犯罪史に類のない、当時14歳の少年によって引き起こされた衝撃の事件。少年が在籍していた友が丘中の元校長は教育現場の責任者としてこの事件をどう見ていたのだろうか。本書は著者が在職中には言えなかった事件報道の欺瞞を定年退職後、怒りを持って書き上げた労作である。

 著者は真っ先に怒りの矛先を朝日新聞に向ける。朝日は「なぜ殴るのか体罰教師」と言った煽情的な見出しで、執拗に学校側を非難し続けたのである。少年に対する体罰がなかったことは後に判明、だが一度貼られた「暴力行為を隠す問題校長」のレッテルは剥がれない。校長の悔しさと怒りが行間ににじみ出ている。著者は更にマスコミの傍若無人な取材活動に対しても厳しく批判している。

 余計なことかもしれないが本書の題名のつけ方は読者に誤解を与える。内容的には「酒鬼薔薇事件の報道の深層」とすべきでは。もし意図的だとしたら、著者が批判したマスコミと本質は変わらない。まさかそんなことはないと思いたい。

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冤罪を確定したDNA鑑定

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 1990年に起きた足利幼女殺人事件。栃木県警は当時44歳の幼稚園のバス運転手を犯人として逮捕した。決め手となったのは自宅のゴミ箱に捨てられていた精液の付いたティッシュペーパーだった。当時、導入されたばかりのDNA鑑定の威力によって、事件発生から一年半も経過していたにもかかわらず、幼女の下着に付着していた精液が同一人物のものであると鑑定されたのである。

 これが我が国におけるDNA鑑定の名誉ある第1号であると同時に、それはまたDNA鑑定の足枷をはめられた被告の長くて苦しい冤罪の闘いの始まりであった。

 著者は1994年以来、足利幼女殺人事件を雑誌『現代』にレポートして来た。本書における詳細な事件の検証は長年、裁判を追い続けた者だけが書き得るものであろう。読み進む内に読者は法廷ドラマの陪審員になったような気持ちで本件と対峙させられる。

 特に知能上の劣等感を持つ被告についての記述は、冷静であるが故に心を打つ。弱きものはピエロの如く供述したのだろう……著者はそんな誘導と虚言によって作られた犯行のディティールを一つ一つ切り崩していく。
 
 被告は一審段階に於いて肉親への手紙の中でこう書いている。

「俺は、事件など起こしてはいません。DNA鑑定は間違っています。もう一度やってもらいたいものです」

 著者は「有罪の根拠として証拠採用してはならなかった鑑定を盲信し、最初の一個としてはめてしまった」ボタンの掛け違いが正常な裁判を狂わせてしまったと書く。

 被告の願いは2審結審後、弁護団独自の再鑑定という形で実現する。果たして新たなDNA鑑定は別人であるとの結果を出したのであるが、最高裁の5人の裁判官が下した判断は……。

「ギルティオアノットギルティ」
あなたが陪審員だったら、神に代わってどちらに一票を投じる?

 本書を読んだ限りにおいては、まさに不条理の一語に尽きる足利幼女殺人事件。このままでは終わらないことを信じたい。

(山下淳/フリーライター/2001.03.03.)

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紙の本警察はなぜ堕落したのか

2000/09/16 17:03

原点を見失った警察組織

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 昨年九月の神奈川県警から始まった一連の警察不祥事。ここまで連続して起きると、警察内部の腐敗,荒廃がただならぬ所まで進んでいるのではないかと心配になってくる。一体どうなっているんだと手にしたのが昨年警視庁を退職したばかりの元巡査部長が書いたこの本である。

 第一部は栃木リンチ事件、桶川ストーカー事件などすっかり有名になった六つの事件について警察の失態と嘘と隠蔽の法則について解説してくれる。「嘘つきは警官の始まり」とはよく言ったものだ。第二部ではキャリア制度など警察組織の驚くべき実体を暴いてくれる。結局、最後に警察官が守るのは市民ではなくて警察組織なのだ。著者は最後に「警察的洗脳教育の見直し」「監察制度の改革」「警察内規の総点検」この三点を警察構造の患部と認定し、改善しないかぎりはたとえいかなる外科的手術を試みたところで、警察社会は立ち直ることはないだろうと結んでいる。

 色々あるだろうがもっと単純に考えられないか。警察にとって顧客は誰だ。犯罪者でも上司でもなく市民なのである。雪印、三菱自動車も同じ、改革は原点に立ち返ることから始めなくてはならない。

 あれから一年経った。相変わらず今度は、茨城県警で言ったとか言わなかったとかごたごたしている。マスコミが騒ぐか騒がないかだけの問題で改善の兆しは何もない。

 読後感は虚しいの一言。改革の道のりは遠い。

(山下淳/フリーライター)

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「自殺だよ、全員集合!」「自傷だよ、全員集合!」

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 これもまた現代に巣くう不可解な病根の一つなのだろうか。リストカットやオーバードーズなど自傷行為を繰り返す病める若者が増えていると言う。自らも病的なテレクラ依存症だったと告白するまだ30代のフリーライターはこの重たいテーマをまるでラップを語るような独特の言語感覚とノリで書き上げている。
 著者は昨年自傷者たちの集会を主催した。そのタイトルが「自傷だよ、全員集合!」、入口で“自傷痕チェック”を行い、自傷経験者には入場料を1000円安くしたと言う。教育関係者が聞いたら卒倒しそうな仕掛けである。そんなクールなコンタクトが傷だらけの”自傷ラー”たちの重い口を開かせる。
 誕生日には「ハッピーバースディ・カット」、泣いた夜は「おろろんカット」と名付けて手首を切ったと言うユカ。50回以上は切ったと言う専門学校生のヨウコ。腕にX印を何十と切り刻んだ19歳のさらたくクン。切る際に「星に願いを」などの童謡ぽいものを口ずさむと言う主婦のキミコさん。凄まじい自傷行為をアッケンカランと語る彼らの姿はどこまでも悲しい。
 著者は彼らのことを次のように語っている
『「特別生きたい訳でも死にたいわけでもなく、ただ静かに霧のように消えたい」と望みながら叶わず、代わり映えのない毎日にうんざりしながら生き長らえている』『生きてしまって、ここに死なずにいる苦痛の現実を、救われるより、ここにいたい甘美な現実として受け入れてしまいがちの彼らにとって、「不確かな明日」は「確実に昨日と同じ」と認知されているからだ』『体の苦痛は自分の全身から「生きたい!」という叫びを聞く体験だ』
 著者は「救済」という言葉はどこか胡散臭さを感じると書いているが、本書は病める若者へ発信された紛れもない救済のメッセージであり、同時に酒鬼薔薇事件など不気味な事件の病巣を解き明かす秀逸の現代若者論となっている。 (bk1ブックナビゲーター:山下淳/フリーライター 2001.10.11)

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紙の本中坊公平的正義とは

2001/08/11 15:42

対談という反逆と友情の会話劇

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 目つき、顔つきからして既にエスタブリッシュメントの対極にある、キツネ目の宮崎とねずみ顔の佐高。本書はこの反権力の論客のアウンの対談集であるが、宮崎に言わせれば本書は「人権や民主主義を唱えることで反権力の顔をした矮小な権力者達」への「天真爛漫な闘争宣言」なのである。

 対談はまず、明治から営々と築かれてきた官僚というエスタブリッシュメントの支配の系譜について総括することから始まる。こう言えばいかにも理路整然とまとめられているように聞こえるが、話は平沼騏一郎から始まり大杉栄、相田みつを、司馬遼太郎、石原莞爾、田原総一郎などあっちこっちへ飛ぶ。
 だがそれでいて二人の言わんとするところが確実に伝わってくるのは、権力と反権力と言う構図の明快さとアジテーションの巧みさによるものなのだろう。「いま日本は確たる信念もなく、どんどん臨界点に近づきつつある」「東海村の人と同じ。(権力側は)自分ではどれほど危険な作業か分からないまま、バケツでぎゅうぎゅうやっているんだ」。
 こういう言い方で納得させられてしまうから不思議である。

 後半はゲストを交えて「警察権力の強化をもたらす盗聴法案」「石原慎太郎の人間研究」など、個別テーマについてヒートアップした議論を展開する。
 特に「季刊SIGHT」の編集長渋谷陽一の司会で進められた、本書のタイトルにもなっている「中坊公平的正義」についてのやり取りは逸品。まるで一幕劇のようにおもしろい。
 渋谷は一度は中坊を持ち上げた佐高をあたかも変節と言わんばかりに攻め立てる。防戦する佐高。宮崎は論戦に割り込んで佐高を庇おうとする。渋谷の執拗な食い下がりによって、二人の反権力のスタンスの違い、あるいは反権力の純度の違いといったものまで見えてくる。

 それにしても、佐高と宮崎の仲むつまじさはどうなっているのだろうか。二人が昭和20年生まれの同期の桜だと言うだけではあるまい。佐高がまえがきに書いている「宮崎とのアウンの呼吸の秘密の謎解き」——それもまた本書をおもしろく読む、読み方のひとつかもしれない。

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「アメリカ=FBI心理捜査官」的犯罪学とは違う、イギリス犯罪学の伝統と重厚さに圧倒される

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 禿げ鷹に啄ばまれたように散乱する肉片、切り裂かれてめくり上がった胸郭……文中にある性的サイコバスの犯行現場はかくもおぞましい。人は動物と違って性欲を充たすために死体を切り刻む。
 その散乱した肉片を集めて復元するがごとく、凶行の痕跡から犯人像を組み立てていく犯罪心理学者がいる。プロファイラーとも、本書の題名の「ザ・ジグソーマン」とも呼ばれる人たちである。

「羊たちの沈黙」以来、犯罪者プロファイルと言えばFBI心理捜査官というイメージが定着していた。だがあれから10年、英国のプロファイラーの第一人者によって書かれた本書はそのイメージを覆したと言って良い。英国の犯罪学の伝統と威信をかけて上梓された重厚な一冊、本書はエンターテーメントに満ちたアメリカのそれとは一味違う。

 なんと言っても、圧倒されるのは事件の膨大かつ詳細な記述だろう。12人をレイプ、殺害して埋めた「グロスターの恐怖の家」、10歳の二人の少年によって引き起こされた「リバプール幼児殺人事件」、4000人の血液検査を行った「英国初のDNA捜査作戦」など英国犯罪史に残る凶悪事件の数々が、直接捜査に携わったものだけが知りうる圧倒的なリアルさで書かれている。

 本書は回想形式で書かれているが、会話が多用されていて小説風に読めるようになっている。「死体の第一発見者は昆虫であった」などの警句的な表現や、登場する警視、警部の簡潔に特徴を捉えた人物描写など、どこかコナンドイル風であり、表現の巧みさは回想録の粋を越えている。
 特に「ウインブルドン暴行殺人事件」のスリリングな展開はそのまま映画にしても充分におもしろい。凶悪な性的サイコバスと囮の婦人捜査官とのポルノまがいの手紙のやり取りや公園でのデート。サスペンス的おもしろさだけでなく、性欲の妄想の世界に閉じこもる異常性格者の心理、行動が克明に描かれている。

 著者は母子家庭に育ち、中学を卒業後工場労働者や、カジノのディラーなど職を転々として、大学へ入ったのは27歳のときである。結婚して働きながら心理学を学び主席で卒業した。精神病院のカウンセラーをしながら、警察のプロファイリングの仕事もこなした自虐的とも言える努力家である。「ザ・ジグソーマン」とは著者の人生のように「電動糸のこで切ったような曲折の多い人生を歩んできた男」という意味も含まれているという。
 そんな苦労人である著者が時折語る人生観や、犯罪あるいはプロファイリングに対する考え方、それもまた本書の大きな魅力のひとつになっている。

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悲しくも美しき遺影——新大久保駅の事故で命を落とした韓国人留学生の追悼記

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 本書は今年、一月、線路に落ちた人を助けようとして新大久保駅で一命を落とした韓国人留学生、李秀賢君の追悼記である。
 神は時として人間の魂を試される。李君はあたかもそのことの為に選ばれた人のように挑み、そして殉じた。日韓に湧き上がった感動の渦、李君のホームページのアクセスは2日半で14万件に達し、哀悼のメールが殺到したと言う。
 人間の根源的な善意あるいは勇気というものをわれわれに示してくれた李秀賢君、彼は一体どんな青年だったのだろうか?

 本書には彼のことを知る多くの人たちによって、さまざまな李君の思い出が語られている。ある友はスポーツ万能の「タフガイ」と渾名されていた李君と一緒に、マウンテンバイクで富士山に登ったことを話し、またある友は彼がプロ級のギターの名手だったといい、音楽を通じて知り合った女性歌手との熱烈な恋愛のことを明かす。友人たちの語る李君は韓国社会では収まりきれないほどエネルギッシュで、それゆえ自由の国日本を心から愛してたのだろう。

 本書は李君の母の手記に始まり、最後も再び母のインタビューで終わっている。賞賛の嵐の中で、それでもなお息子を思う母の真情が吐露されていて胸を打つ。
「何回うまれても普通の人ではできないことを、あの子はたった一回の短い人生でやり遂げたんです。(中略)でも、でも……本当のことを言えば、たとえ息子が罪人になったとしても、長生きしてくれたほうがどんなによかったか……」

「悲しいほどに美しい遺影が何かを語りかけているような気がした」在日韓国人である著者は、李君の言いたかったその何かを探り、語り継ぐことが使命だと執筆の動機を書いている。
 著者の李君を追い求める取材の旅は、結果として李君を育んだ民族の善なる心と悲しみに行き着く。それは読者も同じで、李君を通して韓国の優しき人たちの心を知ることとなる。正に、それこそが日韓の架け橋になりたいと願っていた李君の本望とすることなのであろう。

(山下淳/フリーライター/2001.05.08.)

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人生に夢があるのではない、夢が人生を作るのだ

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 ハリウッド女優、中村佐恵美。彼女が出演したとある「ヒマラヤスギに雪が降る」、ヒローインを演じた工藤由貴のことは覚えているが、残念ながら彼女の印象はない。でも、表紙の写真でみる彼女は主役の女優よりよほど魅惑的である。
 153センチという小さな体が隠れてしまいそうな長い黒髪、賢そうな額、古来、蛾眉と形容される美しい眉と大きな黒い瞳、口が大きいのは少し気になるが、なるほどハリウッドがイメージする東洋的美しさとはこういうものか。

 本書の前半は“女優になる”という夢へまっしぐらに進んでいく彼女の姿が溌剌と描かれている。4年間のOL生活をやめ、恋人を残し旅立つ勇気。演劇学校へ通いながらチャンスを待つところは映画「フラッシュダンス」そのまま。そしてクライマックスはオリバーストーン監督のオーデションに見事に受かるところ。彼女が最も輝いた一瞬だろう。
 だが、後半は一転して過食症となった情緒不安定な彼女の姿に変わる。日本で失ったものとアメリカで得たもの。何がそこまで彼女を落ち込ませたのか……。

 本書は単なる「ハリウッド体験記」というだけでなく、そのことを通して書かれた彼女自身の生き方や人生に対するメッセージも本書の魅力のひとつになっている。
「人生に夢があるのではない、夢が人生を作るのだ」……夢を語り、夢に向かって進む彼女はいつも生き生きとしている。彼女の場合は夢とは逃避ではなく、過酷な現実に立ち向かうエネルギーなのだろう。いかにもアメリカ的であるが、彼女は今の日本に一番欠落している言葉を改めて思い出させてくれる。

(山下淳/フリーライター/2001.03.14.)

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土に帰る農耕民族の遺伝子たち

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 今、大都会を捨てて田園を目指すIターン現象が起きているという。故郷に帰るUターンではない。定年退職者、あるいは自ら会社を辞めた熟年者たちが新たな生活の場を求めて、農村へ次々と移住しているというのである。

 本書のトップに紹介されている辻本靖さん(57歳)の場合はこうである。日高川のほとり、和歌山県中津村へ辻本さんが移ってきたのは7年前、50歳のときである。27年間勤めた摂津市役所を退職し、その退職金で六反(1800坪)の農地を約2000万円で購入して農業をはじめた。毎年、1500kの梅と10俵(600k)の米と千両を収穫する。だが収入は年間100万円にも満たない。

 それでも辻本さんは「ええやんか。金とは違うものを求めてんやから」と飄々としている。そして「うちの田んぼのミミズをイノシシが食べにくる」といかにも楽しそうに笑う。著者はそんな辻本さんを「人生とは何か、仕事とは何かを自問している、どこかとんでもない求道者のように思えた」と書いている。

 本書に紹介された29人の帰農者たちの列伝。その前歴は元銀行マンあり、商社マン、証券マンなどなど多士済々。かつて猛烈社会の最前線で活躍したエリートサラリーマンたちなのである。

 彼らは、なぜ退職金をはたき、あるいは1000万を超える年収を捨ててまで都会を離れ農村へやってきたのか?その答えは彼ら一人一人の心の中にあるのだろう。「大地は恵みを生む工場」「人生二毛作」「酔生夢死の境地」「裕福な歯車より人間としての豊かさ」などそれこそ29通りの熱っぽい言葉が語られる。

 著者は「農村へ帰ることは心の故郷へ帰ることであり、土に帰らんとする農耕民族の遺伝子的な衝動かもしれない」という。

 人生の箴言に満ちた本書は帰農を志す人はもとより、第二の人生を模索している方に多くの示唆を与えてくれるはずである。100年後にはこういう本が、その時代に生きた群像を活写した歴史書として読まれるのかもしれない。

(山下淳/フリーライター/2001.03.06.)

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紙の本繁栄の選択衰退の行方

2001/02/13 18:15

行政制度の改革が日本を変える!?

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 昨年、相次いで起きた大型倒産。日本経済は膿を出し切ったのか、それともこれから始まるカタストロフィー的崩壊の予兆にしか過ぎないのか。漠然とした不安の中で幕を開けた21世紀。一体、この先どうなるのだろう?

 神の国発言ではないが、政府のいうことは敗戦の間際まで神州不滅と云っているようなもので当てにならない。しからば、賢人はどう見ているのだろうかと手にしたのが、「時代の転換に立つ世界と日本を読み解く予測書の決定版!」と書かれた、かってオイルショックを予見した長谷川慶太郎氏の著書である。

「繁栄か衰亡か」この3年の選択が100年を決めると云う氏は、1月に施行された中央省庁等改革基本法案、これを明治以来の大改革と評価し、この法案に込められた行政制度の改革こそが21世紀の日本を一新させるものだと断言する。これによって行政の主導権は官僚から、政策の立案、法律の制定、予算の編成のすべてが政治家の手に渡り、肥大化した官僚機構そのものの改革が急ピッチに進む。例えば84ある特殊法人は間違いなく5年以内にすべて解体される。600万人といわれる公務員制度の見直しが始まる等々。小さな政府の実現こそが財政赤字を克服し、繁栄を取り戻す絶対的条件であると云う。

 氏の言い方は余程の確証を握っているのか、或いはそれをやらなければ日本の将来は無いという信念から出た言葉なのか、極めて明快かつ断定的である。だが疑問がない訳ではない。本書にも触れられている加藤元幹事長の茶番劇、あるいはKSD問題など絶えることのない汚職。そんな政治家が官僚にとって代わったとしても、いかほどの改革が出来るというのだろか。それも100年の計で考えよということか。

 本書はこの行政改革論を基調に、「日本のIT革命は政治決断しだい」「日本の技術が世界をリードする」「金融の弱さと製造業の圧倒的強さ」「ブッシュで世界はこう変わる」など、時代の変化要因について幅広く触れられている。全編を通して長谷川慶太郎の箴言集といった趣でまとめられている。

(山下淳/フリーライター/2001.02.05.)

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消されかけたファイル

2001/02/13 18:09

再現された疑惑の真相

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「タブーに封印されたファイルが麻生幾の手で息を吹き返した」と書かれた黒い帯カバー。Xファイルではないが本書のこだわりは極秘ファイルにあるようだ。

 古くは「吉展ちゃん事件」から昨年の「小渕首相の急死」まで、7つの事件がいずれもドラマ風に再現されていて、迫真の筆致はひと味違ったノンフィクションの面白さを味わわせてくれる。

 特に第2話に収録された「金大中拉致事件」が興味を引く。その謀略の全容については1998年、韓国の有力紙「東亜日報」紙上で明らかにされたが、当時、「元自衛官の関与か?」と騒がれた日本人協力者の存在については、依然ミステリーとされていた。

 今回、著者は日本側の極秘ファイルの封印を解き、その詳細を明らかにしている。果たして元陸上自衛隊調査隊の情報部員だったと云われる彼は、何処まで深く事件に関与していたのか?、KCIAの秘密工作における彼の役割は?、歴史的な謀略事件を一人の日本人にスポットを当てて、その全容解明を試みている。

 20世紀の総括と云う意味もあるのか、このところ疑惑に包まれた事件の真相ものの出版が相次いでいる。本書もその一つだが、1月に出版された「未解決事件の謎を追う」宝島社と読み比べると、より事件の全体像がつかめるかも知れない。

(山下淳/フリーライター/2001.02.05.)

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迷宮の彼方に潜む巨悪

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 本書は12名の第一線で活躍するジャーナリストによって書かれた迷宮事件の告発書。少なくとも編集者はその意味を持たせて、世に送り出したのだろう。第一、装丁からして意味深である。表紙に使われている地下道の写真は迷宮の闇社会に繋がる道という意味か。中扉を開けると、奇怪な仮名文字が並ぶ。

「けいさつの あほども え よくもまあ これだけ たくさんの はんにん つかまえられなかったもんや おまえらの あたまの ていど さいあくや……」

 本書に暴かれた疑惑の数々……全部で21の事件が収録されているが、その闇の深さに慄然とする。「許永中を作った地下人脈の全貌」「竹下登に仕えた金庫番の死」「沈黙のテロリスト赤報隊の謎を追う」「自民党総裁候補怪死事件」等々。意図的かも知れないが、このうち個人的な犯罪だと思われるものは「ルーシーさん失踪事件」他一件。後は巨大な闇の犯罪組織が絡む疑惑ばかり。「悪い奴ほどよく眠る」とはよく言ったものである。

 脈々と流れる関西暴力団の暗黒の潮流。それに繋がる政界、財界の巨悪。更にはKGBや北朝鮮、韓国情報部、中国人マフィアまで暗躍する。読み物として読むならば並のスパイ小説よりは余程面白いが、実際に起きた凄惨な事件を思うと恐怖さえ感じる。

 例えば本書にある通り、オウム教団と闇社会の関連疑惑についても何ら明らかにされてない。警察庁長官の狙撃犯はどうなった。村井刺殺を指示した黒幕は。軍事訓練までしたロシアとのつながりは解明されたのか。その上、これほどの悪行の限りを尽くした非合法組織さえ、葬ることが出来ないおめでたいほどの悪に対する鈍感さ。それは警察だけの問題ではない。

 水と安全はただだと思っている我が国は裏社会からもきっと世界一安全な国だと見られているのだろう。正に迷宮事件とはその事の証明ではないか。

 読み終えて、「けいさつの あほども」などと揶揄する気には到底なれない。志を持って任に当たっている人たちに、ただ頑張ってもらいたいと願うだけである。

(山下淳/フリーライター)

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たかが痴漢、されど犯罪

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 本書は実際に痴漢に間違えられて、鉄道警察隊に捕まった著者の無実をはらすまでの涙ぐましい闘争の記録であり、それはそのまま世の男性の反面教師的教本となっている。

 人ごとではない。近頃の女性は昔と違って黙ってはいない。もし捕まったとしたら、貴男ならどうする? 知らぬ存ぜぬと言い張るか、土下座して許しを乞うか、はたまた発狂したふりをするか。

 著者の場合、訴えた女性に対して「すいません」とのっけに謝ったのがいけなかった。何故やってもいないのにそう言う言葉が出たのか、その辺りの心理は本書をよく読んでもらいたい。ともかくこの一言で間違いないという心証を持った担当刑事の執拗な取り調べが始まる。著者は必死に無実を訴える。だが、一端動き出したベルトコンベアーは止まらない。警察にとって、被疑者が無実だと言い張るのは珍しいことではないし、そんなことで途中で止めれば誤認というミスとなる。恫喝と懐柔……うぶな子供をあやすように調書を作り上げていく。

 著者もここに至って、漸く腹を決めて、家族にうち明け、知り合いの刑事に相談し、弁護士を立てて真っ向から戦う。果たして半年にわたる屈辱の日々の結末は勝利の美酒か……だが、著者は下された処置の法的な意味を知るに及んで愕然とする。

「君子危うきに近寄らず」というが、満員電車で通う方はそうもいくまい。下心がある方もない方も、万一に備えて本書を一読しておいた方がよい。最低、知っておくべき刑法の要点も付記されていて、特に警察というものを知らない方には大いに参考になる。また、きまじめそうな著者には大変失礼だが「他人の不幸は密の味」そのリアルさはパロディとして読んでも十分に面白い。

(山下淳/フリーライター)

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「562歳の若きヒーロー」

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 NHKの紅白の司会者に抜擢されたとか、大河ドラマ「北条時宗」の主役を務めるとかは彼の持つ可能性の片鱗にしか過ぎないのかもしれない。弱冠24歳にして狂言和泉流二十世、元彌宗家の事である。本書は北条時宗の作者高橋克彦氏との対談をまとめたものであるが、二人のやりとりから彼の端整な顔立ちの内にある知性と情熱がひしひしと伝わってくる。

 対談は作者と役者という立場から、「時宗」の人間像から語ることから始まる。蒙古襲来という国難に立ち向かう若き執権。作者は次第に元彌宗家に時宗の姿をダブらせていく。更に話は壮絶な稽古のこと、狂言の極意、型こそ文化へと進む。「自分の年齢は562歳です」と事も無げにいう元彌宗家……高橋氏は一人の青年の中に間違いなく、日本の伝統と心が継承されていることに驚愕し、安堵する。それはまた読者の驚きでもある。

 21世紀の日本人のアイディンティティとは何か。それは戦後民主主義の延長にあるのではなく、悠久の歴史の中に流れている日本人の心とかたちから生まれるものであろう。それらを内包した新しいヒーローの出現を感じさせる一冊である。

(山下淳/フリーライター)

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