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  3. 小林浩さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

小林浩さんのレビュー一覧

投稿者:小林浩

159 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本精神現象学

2001/10/15 17:22

中断を乗り越え約四半世紀をかけた地道な訳業がついに完成

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私塾・鶏鳴学園および鶏鳴出版を主宰する在野の哲学者が、1977年以来、24年を費やして彫琢した訳業がついに完成した。もっとも、完成というよりは、訳者の心意気からするとおそらく生涯をかけて更なる進展を期するといったところか。先行する全訳はこれまでに三点。金子武蔵(岩波書店版、上下巻、現在品切)、樫山欽四郎(平凡社ライブラリー版、上下巻)、長谷川宏(作品社版)の訳がある。今回の新訳で特徴的なのは、訳注がいわば翻訳のための覚書として読めることで、既訳とどう解釈が違うのかが随所に明示され、あるいは解釈に迷う箇所は率直にその旨を述べている。本書は戦後の西洋においてコジェーヴ、ジャン・イポリット、フランシス・フクヤマなどによる自由な解釈によって、近代社会と人類の未来を考察する上で依然として欠かせない思想的源泉とみなされており、人間精神の進化論としてこんにちもなお読み継がれる古典中の古典だ。それだけに、こうした訳注は勉強になる。ズシリと重い質感にふさわしい、華美なところのないシンプルな装丁もいい。

※「精神現象学」を読み解くために→こちら

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(10/15分)より

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1986年のカリフォルニア大学での講義録がついに翻訳された

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 カネがものを言う経済至上主義は、人間の顔ではなくむしろもっと野蛮な顔を持っている。「経済」はそれ自体を目的として肥大化する野獣の如くであって、それは人間を食い尽くす凶暴な自動機械と化す。インドに生まれ、イギリスの名門ケンブリッジ大学で活躍する経済学者のセン(1998年度ノーベル経済学賞受賞)が、1986年4月にカリフォルニア大学バークレー校で行った連続講義の記録である本書は、《経済学に倫理学の視点を導入》し、《「道徳哲学としての経済学の樹立を目指す古典的名著》(オビ文より)である。現代経済学には「いかに生きるべきか」という倫理学的問いが欠けている、とセンは指摘する。人間行動を実証可能な単純な動機に還元しようとする経済学の「工学的アプローチ」に対し、単純化し得ない「善」の問題を導入する「倫理的アプローチ」を提唱したのが、本書の重要な戦略だ。経済学は倫理学から離れることによって貧困化し、この貧困化は多くの実証主義経済学の基礎をも危うくする。そう著者は警告しつつ、倫理学が経済学になし得ることとは何かを懇切に説いていく。パレートやアローら経済学者の名前だけでなく、パーフィットやノージック、ヌスバウムやデイヴィドソンといった哲学者が登場するのは、そうした「倫理的アプローチ」の参照項であるからだ。講演がもとになっているためか、語り口は難解ではなく、内容もコンパクトにまとまっている。センの主張する厚生経済学への絶好の入門書としても最適だろう。

※参考書はこちら→桂木隆夫『市場経済の哲学』、川本隆史『現代倫理学の冒険』、鈴村興太郎+後藤玲子『アマルティア・セン:経済学と倫理学』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月20日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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紙の本世界名言集

2002/06/18 18:11

探していたあのことばにきっと会える。座右の銘1340編

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1984年から1989年にかけて岩波文庫の別冊シリーズとして刊行された『ことばの花束』『ことばの贈物』『ことばの饗宴』『愛のことば』を再編して、一冊にまとめたのが本書である。タイトルに金文字をあしらった丁寧な造本のハードカバー(函入)で、本文はスミとアカの二色刷り。岩波文庫として発行された古今東西の古典から、えりすぐりの名文と智慧を集約。全部で1340もの断片が収められており、巻末には著作社名索引、書名索引、文頭索引の三種を配して、読者の便宜を図っている。座右に置きたい、保存版にふさわしい一冊だ。ちなみに引用率ベスト3は、1位が夏目漱石(40回)、2位がシェイクスピア(37回)、3位はともに26回で、ゲーテとモンテーニュだ。なるほど。3位のゲーテからひとこと。「世界は粥(かゆ)で造られてはゐない。君等は懶(なま)けてぐづぐづするな、堅いものは噛まねばならない。喉がつまるか消化するか、二つに一つだ」(『ゲーテ詩集(3)』より)。

※こちらもオススメ、『日本の名随筆』全200巻からエッセンスを凝縮→『随筆名言集』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー6月17日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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こころの働きを包括的に捉える古典的名著を豊かに読み解く

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「万学の祖」アリストテレスの著書の中でも、『デ・アニマ』は中世のアラビア思想やスコラ哲学における重用以来、多くの注釈を生んできた。ここ日本では近年で実に三度も新訳されており、他の著作と比べても異例である。さらに言うなら、主題とされているギリシア語の「プシュケー」をどう訳すかがいまだに確定的でなく、したがって書名が新訳ごとに異なるというあたりも異例である。1999年の桑子敏雄訳(講談社学術文庫)では『心とは何か』、2001年の中畑正志訳(京都大学学術出版会)では『魂について』、そして今回の水地宗明による新訳と注解ではラテン語訳の表題としてよく知られている『デ・アニマ』が採用されている。岩波版の全集では『霊魂論』とされ、これがもっとも人口に膾炙しているが、いわゆる東洋的な「霊魂」とは意味が異なる。五感や意識や知性の働きを包括する、広義における「こころ」についての記述、というのが差し当たりの理解の前提になろうか。なお本書ではプシュケーの訳に「魂」が採用されている。

 本書は1907年のヒックス校訂版を底本にし、訳者による丁寧な補足を付与した新訳と、その訳文の分量を上回る詳細な注解を一冊にまとめた労作である。注解において参照されるのは、四世紀のテミスティオス、六世紀のフィロポノスとシンプリキオスなどによる古い注釈をはじめ、トマス・アクィナス、トレンデレンブルク、ブレンターノ、カッシーラ、ホルンなど、中世から1990年代の最新成果までの数多くの文献であり、そのうちの代表的文献だけでも15点を下らない。まさに欠くべからざる模範的研究書である。注解のあとには二つの解説「アリストテレスの心理学説」「能動的知性のいろいろな解釈」が続く。前者は『デ・アニマ』の簡潔な鳥瞰図であり(いわゆる近代的な「心理学」のことではない)、後者は後世に様々な解釈を呼び起こした概念「能動知性」をめぐる議論の整理である。「思考させる知性」である「能動知性」は果たして人間のものなのか神のものなのか。アリストテレスを読むことがどれほど広大な視野を読者に与えるか、本書はその冒険の手引きとして最良の成果である。

※アリストテレス関連書→こちら

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー4月1日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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紙の本『論考』『青色本』読解

2001/08/27 12:49

独力で考えて考え抜く孤高の哲学者の足跡が甦る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「世界は、成立している事柄の総体である」で始まり、「人は、語りえぬものについては、沈黙しなくてはならない」に終わるそれぞれが短い命題群である『論理的-哲学的論考』、そして「語の意味とは何か」という問いから始まる口述記であり、『論考』以後の言語論的転回のプロローグとなった『青色本』、これらふたつの新訳と解説を一冊にまとめたもの。先に『「哲学的探究」読解』を刊行した訳者にとって、これで哲学者の変遷をリンクしたかたちになる。
『論考』は中央公論新社版、大修館書店の全集版、法政大学出版局版に続いて四番目の新訳となり、『青色本』は大修館書店全集版に続いて二度目。

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(8/27分)より

『論考』はその内容の深さにもかかわらず、哲学的な予備知識がなくても十分味わうことができる稀有の書物であり、当時「完成作」とされた『論考』から後にさらに深く「ことばの生態」の暗闇に入りこんでいったのが『青色本』だ。これらをこの一冊で読むことができるのは嬉しい。難しいところは多少読み飛ばしても、この哲学者がいったいどんな問題の前に立っているのかを感覚として受け取るだけで意味がある。哲学の出発点はここにある。

※波乱の人生を生きたウィトゲンシュタインの評伝→こちら

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NATO軍のコソボ空爆の背景とアメリカ的人道主義の本質は

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 わが国ではまず何より卓抜な言語学者として知られているチョムスキーだが、2001年9月の米国同時多発テロ事件以後は特にその政治的発言が再注目されている。『9.11』『「ならず者国家」と新たな戦争』『アメリカが本当に望んでいること』はその中でも良く読まれている書目であり、アメリカニズムの暴虐を徹底的に批判する姿勢が鮮烈だ。本書は1999年にアメリカで発刊された書物で、原題にある「ニュー・ミリタリー・ヒューマニズム」とは、ほかならぬアメリカの人道主義を指している。この人道主義は軍事主義の双子の兄弟なのだ。人道と軍事が一体化しているとはなんという卑劣な矛盾だろうか。アメリカの人道主義がいかんなく発揮された1999年のコソボ紛争の実態と背景の詳細な分析を通じ、著者は畳み掛けるようにこの国の外交政策の思い上がりを論破していく。その筆致はまことに怜悧かつ周到であり、アメリカの政治態度——特に各国への軍事介入のおせっかいぶり——に疑問を感じている者にとっては、読み進めるごとに痛快な気分を味わえるだろう。

 彼はこう述べる、《レーガン/クリントン時代最大の革新は、国際法や正式の条約や義務をまったくあからさまに拒否するようになったことであり、こうした拒否が、西洋で、歴史上前例のない素晴らしい新時代の「新しい国際主義」と賞賛すらされるようになったことである》と。その通りである。「世界新秩序」においてもっとも耐えがたいことのひとつは、正義や人道の名のもとに行われる「戦争の正当化」だろう。本書の読者は何度もデジャヴュに襲われるに違いない、「これは読んだことがある」と。その感触は正しい。なぜなら、アメリカはコソボ紛争後もくだんの「人道主義」を反省せず、今なお戦争を繰り返しているからであり、チョムスキーは長い間、変幻自在のアメリカニズムへ言論をもって対抗してきたからだ。その意味で、本書は《9.11》の予言でもあったと言える。もう二度と繰り返させないために日本人ができることは何か。「有事法制」が先走るこんにちの政治の窮状を抱える私たちに色々な示唆を与えてくれる本である。なお、この日本語版には、原著にない補論「エピローグ:1999年を振り返って」が収録されている。

※併読をお奨めします→ヴィリリオ『幻滅の戦略』、千田善『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか』、山崎佳代子『解体ユーゴスラビア』、『現代思想・臨時増刊号:総特集=ユーゴスラヴィア解体』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月20日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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古代メキシコのシャーマンから継承された「別の知の体系」の真髄

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最晩年に著者が自らまとめた、メキシコのヤキ族の呪術師ドン・ファン・マトゥスの語録である。彼が世に問うた8冊の著書(『呪術師と私』から『沈黙の力』まで)のエッセンスだ。まずなにより、組版を含めて造本が素晴らしく美しい。装丁を担当した竹智淳氏は本書のエッジを際立たせることに成功している。その特異性とは何か。それは、本書がドン・ファンについて書かれたことを再録したものなのではなく、ドン・ファン自身の言葉のみを抜き出したという点であり、「売られている本」というよりは、まるで読者一人一人への「贈り物」のようなたたずまいである。一頁ずつに象嵌された短いセンテンスと空白が、読む者の胸の内で不思議な空間をつくり始める。ドン・ファンは語る。世の中のしくみについて人々が自身に言い聞かせているあれこれの思い込みが、彼ら自身を日々の暮らしに縛りつけている。大切なのはそうした思い込みを棄てることだ、と。人間はその思い込みの通りに生きてしまうものだが、それは生のひとつの形象に過ぎない。シャーマンはそうしたひとつひとつにはこだわらず、生の全体像を見て、そこからあらゆる可能性を引き出すのだ。その全体像が「時の輪」と呼ばれるものである。8冊の著書が8つの章になり、それぞれに注解が付される。心の片隅に、「常識」に縛られない空間をつくるために、手元に置きたい一冊だ。

※カスタネダの最後の本と最近の研究書→『無限の本質』、島田裕巳『カルロス・カスタネダ』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー4月22日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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小村での生活から目の当たりにした最貧国の一現実

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 フィールドワークで得た「実感」には、実地見聞のデータを整理するための「論文」では掬いきれない何かがある。本書はそんな「実感」から生まれた。文化人類学を学ぶ当時27歳の大学院生が実地調査のため、首都ダッカから車で五時間走った先にあるジンタ村で、1988年から一年半過ごした。彼女はとある家族の仮の「娘」として共同体に受け入れられ、自分の身の回りに起きた様々な出来事や村落社会の様子をつぶさに記述し、帰国後にいくつかの学術論文を書く。やがて彼女は日本の大学で教鞭を執ることになるのだが、十年の歳月を経て、ようやく「実感」に立ち返ることになったのだ。それは文化人類学的記述のスタイルを問い直す作業でもあった。

 著者はデータの類型化や分類によって枠組みを決めてしまうのではなく、流動する生活の場を日誌のように綴り、微妙な人間関係をありのままに見せる。グラミン銀行の功罪を淡々と事実に即して書くくだりは、多くの読者の目に留まるだろうが、それにも増して、著者自身がムスリムのデモに出くわして小突かれるさまや、ある日手持ちの金銭を盗まれてそれが村の一大事へと発展していくさまは、一ビデシ(外人)として暮らした「実感」が滲んでいて、読む者を惹きつける。その後、村はヒンドゥー系住民の離村が相次ぎ、大きく移り変わっていくが、統計やメディアのニュースからは得ることのできない視点で体験的に生を語る本書は、リアリティとは何かを捉えなおすしなやかさをもった魅力的な脱=研究書となっている。

※バングラデシュのことをもっと知るために→こちら。

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー1月7日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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紙の本新明解故事ことわざ辞典

2001/11/26 15:32

「知らない」と、恥をかくよりこの一冊

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 故事やことわざは意味や使い方を知らないと思いがけない場面で恥をかくことが多いわりには、国語辞典などで調べるのが面倒だ。しかし意味を理解できないのは、なにやら気分がすっきりしないし、年長者との会話でことわざを引かれて、はてさて何と返答したらいいものか焦る時もある。そんなわずらわしさを解消してくれる本書は、類書中最多の7300項目を収録した本格派ながら、コンパクトな造本がいい。「新解さん」シリーズの新しい仲間である。

 巻頭にはまずキーワード索引があり、うろおぼえのフレーズでも引きやすくなっている。それぞれの見出し語は活字が大きめで、類義語や対義語、必要に応じて英訳を対応させる。中国古典に起源のあるものは、出典や故事の原文を明記。文学作品などを引用した「用例」や、読み方や使い方の「注意事項」がありがたい。巻末には「東西いろはがるた」「出典解説」「人名解説」「英語のことわざ」を収録。世代から世代へと引き継がれる「生きる知恵」の宝庫であり、楽しい「雑学事典」ともなっている。必携。

※「新明解」シリーズ既刊→「国語辞典・第五版」「漢和辞典・第四版」「古語辞典・第三版」「四字熟語辞典」「日本語アクセント辞典」

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(11/26分)より

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紙の本ナショナリズム

2001/11/20 12:39

こんにちなぜ国家主義はふたたび活発化したのか

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 好評の「思考のフロンティア」シリーズは別冊を除き、全16巻が本書で完結した。掉尾を飾るにふさわしい一冊は、近代日本のナショナリズムを分析する任においてはこれ以上の論客は望めない、在日の知識人を代表する一人による渾身の書下ろしである。氏の著書の中でも恐らく随一の、もっともまとまった長編論考と言えるだろう。本書は、日本がかつて経験した苛酷な軍国主義の中枢的信条であった「国体」観が、18世紀後半以後の萌芽的段階から、大日本帝国憲法と「教育勅語」を経て、大戦期の精神的かなめとなり、戦後も亡霊のようにかたちを変えて生き残っているさまを、思想史的に明らかにしようとしたものだ。ナショナリズムの定義をめぐる第1部と、国体ナショナリズムの変遷を追う第2部に分かれ、巻末には本シリーズの恒例で、著者自身による基本文献案内が付されている。巧妙な社会的強者の論理であるこんにちのネオリベラリズムとともに膨れ上がる歴史修正主義の跋扈の実相を知るうえで、欠かせない本だ。ほぼ同時に発売された著者編の入門書『ポストコロニアリズム』(作品社)とともに、ぜひ併読をお奨めしたい。

※同シリーズの緊密な関連書を挙げると→「ポストコロニアル」「歴史/修正主義」

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(11/19分)より

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トラウマ理論のすべてがこの一冊に。記念碑的集大成の刊行

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

名著『心的外傷と回復』の著者ジュディス・ハーマンから「トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に関する現在の知識の集大成として、また次世代の臨床家と研究者のガイドブックとして、本書は長年にわたって黄金のスタンダードであり続けるだろう」と絶賛された、精神医学・臨床心理学における記念碑的集大成の邦訳がついに成った(原著は1996年に出版)。こんにち「心の傷」は日常生活や社会のいたるところで見出され、問題化されている。戦争体験やレイプによるもののほかにも家庭内暴力、幼児虐待による「心の傷」へのケアはいっそうの注意を喚起するものとなってきた。総合的なキーワードとしてのPTSDが定義された1980年以来、急速に進展してきた研究分野の変遷と内実、課題と展望が、本書の全五部十九章の構成のなかにぎっしりと詰まっている。「心の闇」の時代を読み解く、まさに必読必携の基本書である。著者たちは「自らの過去に直面せざる者はそれを繰り返す運命にある」と「日本語版への序文」に書いた。過去の戦争への日本人の認識について率直に切り込んだ発言の含蓄は、本書をひもとくことによってより深刻で複雑な問題として胸に迫ってくることだろう。

→人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー(10/1分)より

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紙の本奇跡の少女ジャンヌ・ダルク

2002/07/02 20:26

何という生き様か。心動かされる聖闘士ジャンヌの青春譚

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 中世史研究における、フランス屈指の重鎮ペルヌーの著書はすでに数多く翻訳されているが、中でも彼女の専門であるジャンヌ・ダルク研究の本は、『オルレアンの解放』(1986年、白水社、品切)、『ジャンヌ・ダルク』(M-V・クランとの共著)、『ジャンヌ・ダルクの実像』に続いて、本書が四番目の邦訳となる。なにせ、1973年、オルレアン市にジャンヌ・ダルク研究所を設立し、初代所長をつとめたほどである、何冊書いても書き足りないほどの造詣の深さと愛着とがあるわけだろう。本書は、「絵で読む世界文化史」というキャッチフレーズのもと、フランスのガリマール社との提携で、日本を含む世界21カ国で出版されている一大シリーズ、「知の再発見」双書からの一冊だ。カラー図版満載で飽きさせない。フランスの国民的英雄ジャンヌは1412年、13歳の頃より、大天使ミカエルから「お告げ」を授かる。17歳になった「乙女ジャンヌ」は、お告げのままに、イギリス軍の侵略を撃破し、王太子シャルルをフランス国王として戴冠させるべく、出陣する。連戦連勝。白馬にまたがり、彼女のためにあつらえられた甲冑に身をかため、白百合と天使が描かれた旗を掲げた勇姿の前に、敵は次々と敗走していった。彼女の活躍により、フランスは大司教から戴冠された正規の王のもと、対外的な復権を果たした。わずか2年後に、味方の裏切りで敵対勢力の手に堕ち、宗教裁判で火刑されるまでの短くもまばゆい青春を、過不足なくコンパクトに描いており、驚きと興奮のうちに一気に読める。なるほどその生涯が幾度も映画化されただけはある。時代が離れていても、彼女に一目会ってみたい気持ちにさせる、魅力にあふれた本だ。

※関連書→ミシュレ『ジャンヌ・ダルク』、竹下節子『ジャンヌ・ダルク 超異端の聖女』、マーク・トウェイン『マーク・トウェインのジャンヌ・ダルク』、トゥルニエ『聖女ジャンヌと悪魔ジル』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー6月3日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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芸術作品の根源

2002/06/25 19:00

芸術の本質とは、真理を作品の内へと据えること。待望の新訳

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 ハイデッガーは言葉にこだわる哲学者だ。言葉に隠された意味とその由来にとことん遡って、出発点で見えていた風景とはまるで違う「原風景」へと読者を誘う。本書もまたそうである。「芸術作品の根源」と題された、けっして長くはないこのテクストは、芸術とは何か、作品あるいは作家とは何か、そしてそもそも根源とは何か、といった諸々の問いへ読む者を引きずり込む。ハイデッガーに案内されていくその先には見たこともない「真理」の風景が待ち受けている。「芸術は真理を発源させる。芸術は樹立しつつ見守ることとして作品のなかで存在者の真理を跳び出させる。何かを跳び出させること、本質の由来から樹立しつつ跳躍することによって存在へともたらすこと、このことこそが根源という語の意味するところである」。ここには巧みなレトリックが組み込まれているが、ハイデッガーの手にかかるとそれはレトリック的虚構ではなく、連環的事実となる。すなわち跳躍と根源との関係である(英語でもspringといえば、バネであるとともに、泉を意味することは周知の通りだ)。本書はこのほかにも数多くの連環や対比、そして特有の造語で満たされている。「真理が空け開けと伏蔵との原闘争として生起するかぎりでのみ、大地は世界中いたるところに突出するし、世界は大地の上に基づく」。極度に抽象的な議論のように見えるが、ハイデッガーは変奏を加えながら幾度も繰り返して芸術における真理について語っていることがわかる。レクラム文庫版に掲載されているハンス=ゲオルグ・ガダマーによるイントロダクションもあわせて訳出されている。

※関連書→イェーニッヒ『芸術の空間』、デリダ『絵画における真理(上下)』

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月27日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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『論考』の真新しさを躍動的かつ明晰に証明した好著

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 ウィトゲンシュタインという哲学者はこれまで多くの学者たちを魅了してきた。特に彼の出世作『論理哲学論考』は邦訳が複数刊行されており、この、短い諸命題の集合体は、ひとつの宝石箱のようにみなされてきた。本書の著者は、『『論理哲学論考』を読む』を読んでも『論理哲学論考』そのものを読んだことにはならないが、それでも本書は『論理哲学論考』を理解するための最短の道だ、と宣言している。すごい自信である。しかし実際この本はグイグイ読ませる、たしかにすごい本である。煩瑣で専門的な解説はなく、思い切って著者なりの切り口から『論考』の体系を組み直し、整理して、パラフレーズしている。そのためか、実に流れがつかみやすい。『論考』の草稿や、『論考』以後の著書からもふんだんに引用し、見取り図の見せ方もうまい。『私の論理哲学論考』を出したいぐらいなのだ、と漏らしているだけはある。『論考』は後半部に論理学から倫理学へと展開する劇的な構造をもっているが、著者はきっぱりとこう結論づけている、「『論考』全体を貫くウィトゲンシュタインのメッセージは、次の一言に集約される。《幸福に生きよ!》(『草稿』1916年7月8日)」と。目の醒めるような爽快な明晰さである。ウィトゲンシュタインは『論考』の最後を「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という命題で結んだが、それを受けて著者は「語りきれぬものは、語り続けねばならない」と書いて筆を擱く。語りの時間性を確信犯的に無視したウィトゲンシュタインを「正確」に読み解いた上での名句であると思う。

※『論理哲学論考』→中公クラシックス版、大修館書店全集版、法政大学出版局版、産業図書版

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー5月27日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

■関連書
論考の前期ウィトゲンシュタイン哲学が後期の言語ゲーム論へと展開する思索の過程が読める講義録。
 『ウィトゲンシュタインの講義I』
 『ウィトゲンシュタインの講義II』
同時期に刊行された碩学による1冊
 『ウィトゲンシュタインと「独我論」』
ウィトゲンシュタインを遺稿から文献学的に読み解く異色の入門書(余談も楽しい)
 『ウィトゲンシュタインと奥雅博の三十五年』

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欧米でベストセラー、哲学の名手がまたヒット作を生んだ

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『哲学のなぐさめ』といえば、中世を代表するラテン詩人にして哲学者であるボエティウスの名著が有名だが、売れっ子若手作家ド・ボトンが書いているのは彼についてではない。副題にあるように、本書に登場するのは以下の6名であり、それぞれが独立した章としてメッセージ性を付与されている。ソクラテス(「皆と群れることができない人へ」)、エピクロス(「充分なお金を持っていない人へ」)、セネカ(「思うように事が運ばない人へ」)、モンテーニュ(「自分自身を好きになれない人へ」)、ショーペンハウアー(「恋にやぶれてしまった人へ」)、ニーチェ(「困難にぶつかっている人へ」)。哲学者たちのことばや彼らの生き様を通じ、人としていかに生きるべきかがウィットに富んだ筆致で語られる。彼の素晴らしいデビュー作『恋愛をめぐる24の省察』や、軽妙な第2作『プルーストによる人生改善法』と同様、まるで小説を読ませるような鮮やかな出来栄えである。

 オビ文によれば、梅原猛氏は「人生いかに生きるべきか——哲学者も大胆にみずからの言葉で語る時が来た」と述べ、池田香代子氏は「生々しく、面白い。まったくあたらしい哲学入門書」と賞讃している。図版が多用されているとはいえ、本文が373頁(A5判)もある。一般読者向けの入門書としては厚手だが、たんなる入門書ではない「幸福論」として、読んでいてじっくり考えたりひらめいたりする楽しさを存分に味わえる本だ。じっさい、読者の日常の悩みにここまで率直に答えようとする哲学書もめずらしいのではないか。たとえば、「肉体と精神を共に持つとは、何と厄介なことだろう」という一文から始まる、モンテーニュの章の第2節「セックスの違和感について」は、モンテーニュの語り口の几帳面さと話題にされていることの素朴さとのギャップがたまらない。ド・ボトン自身も楽しみながら書いたに違いない。哲学はほんらい身近なものなのだと気づかせてくれる好著だ。

※かたや、90分でわかる思想家シリーズといえば→こちら
※著者の公式サイト:http://www.alaindebotton.com

人文・社会・ノンフィクションレジ前コーナー6月17日分より

(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)

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