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  3. ひこ・田中さんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

ひこ・田中さんのレビュー一覧

投稿者:ひこ・田中

34 件中 1 件~ 15 件を表示

自分を免責しなかった作家、リヒター。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ぼくとフリードリヒは幼馴染。互いの両親も親しい。ぼくはドイツ人で、フリードリヒはユダヤ人だけど、もちろんそんなことは関係がない。ナチズムが台頭してくるまでは・・・。

 両方の家族で一緒に撮った写真がある。細長い胴の木馬にみんなでまたがって笑っている。でもこのときの写真代、大不況でお父さんが失業中のぼくの家では出すのが難しいくらいだった。

 ナチスのヒットラーユーゲントはカッコよくてぼくたちの憧れの的。少年団に入ることにしたけれど、その場でぼくとフリードリヒは、ユダヤ人の悪口を聞かされる。それでもぼくは少年団に残る。
 お父さんはナチスに入党することで職を手に入れる。生きるために誰もがしていたことだ。けれどそれがフリードリヒたちユダヤ人を追い詰めていく。

 ぼくたちもまた、手を汚しているのだ。

 後にクリスタルナハトと呼ばれる、ユダヤ人商店の焼き討ち事件。ぼくのよく知っている文具店も襲われる。興奮した群集に促され、ぼくもまた、その店に石を投げていた。

 そう、子どもであるぼくもまた手を汚している。

 やがて両親は連行されていき、かろうじて難を逃れたフリードリヒだけど、誰も彼に助けの手を差し伸べない。

 ぼくも、出来ない・・・。

 この本を読んだとき、児童文学者が自身の戦争体験を、どう伝えるかの一つの答えを見せてもらった気がしました。当時子どもであったのだからと免責されるのかもしれない。けれど、リヒターは作家として、そこをあいまいにしておくことは出来なかったのでしょう。自らを免責することなど。
 
 暗い話なんですが、読後に残るのが絶望でなく希望なのは、それ故なんですね。
 傑作です。

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紙の本不思議を売る男

2002/06/07 15:12

物語の面白さを堪能させてくれる一品です。いや、物語る物語の面白さかな?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 図書館をあまり好きではないエイルサなのに、課外レポートの課題が図書館になってしまった。やれやれ。
 しかたなく図書館見学に。
 館内あちこち見たけれど、なかなか時間が過ぎてはくれない。
 あー、たいくつ。
 と、そのとき、エイルサは不思議な男と出会います。なんだかだらしなく、あまりいい服を着ていない男を彼女は無視することに。「リーディングからきた」なんて言っている。
 ヘンなやつ。
 ところがひょんなことから、エイルサは、彼を雇うことになってしまいます。
 彼女の家は、亡くなったお父さんの営業していた中古家具店を経営しているのですが、あまりはやっておらず、この男を雇う余裕などないけれど、寝る場所とほんの少しの食料だけがあればいいという彼の言葉巧みな頼みに断れなくなり、働いてもらうこととなります。
 男の名はMCC。
 彼は、中古家具に興味を示した客がいると、その家具の由来を物語り始めます。知っているはずはないのに。
 で、MCCが語るこの物語の一つ一つがとても面白くて、お客と一緒に、読者である私たちも楽しむことになるわけです。
 いろんな国のいろんな時代の物語。
 話が終わると、お客はその家具が欲しくてたまらなくなる。
 語られるのは12話。特に兵隊の人形の話はいいです。
 でも、このMCCはいったい何者か?
 物語をたっぷりと楽しんだ後のこのラスト!
 やられました。

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紙の本ビート・キッズ

2000/07/28 19:37

一度、英二と会ってやってくださいな。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 新書版のこの本、表紙から帯まで、やる気まんまん。ジャニース・ジュニアで映画化希望だとか、これは全編大阪弁で書かれているので、わからない言葉がでてくるかもしれないとか書かれていて、笑ってしまう。だから読み始める前から、食欲がわきます。
 
 酒と賭け事のせいでしょっちゅう仕事をクビになるお父ちゃんと、体の弱いお母ちゃんだから、いつも貧乏で、バイトをしなければならないし、家の家事だってやっている中学二年生の英二が主人公。彼、同級生の七生にバンドに誘われる。七生は天才的なドラマーですが、ロックバンドではありません。ブラスバンド。そこで英二は自分の中の才能を見出していく。

 この辺り、真っ向勝負の青春学園ドラマ。学園祭に向かって突っ走ります。痛快で心地よい。

 そして、平行して、語られるのが英二の家族。
 生まれてきた妹、美咲が心臓病で生死を彷徨ったり、そのせいで、お母ちゃんの心が閉じたり、それでも酒と賭け事に逃げるお父ちゃんを英二は殺そうと思ってしまったりと、暗い話題が満載。とくにおやじとのバトルは、家族であるからこその怒りが爆発していて、読ませます。

 でも、それほど深刻に見せないのは、自分自身を笑いの対象にしてしまう、大阪人的なノリ。作者はそれを熟知していて、巧みに使っています。
「俺がなによりいやなのは、ふだんの父ちゃんと俺とがそっくりなことだ。朝、洗面所で顔を洗ってるとき、つい鏡の前でニへッと笑ってしまって、あまりに似てるので思わずへたりこんでしまうことがある」といった風に。
 
 もちろんこれは自虐とは正反対の、前へ進むためのエネルギーを与えてくれるノリ。

 英二から元気をもらえます。

(ひこ・田中/児童文学家)

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ハンナのひみつの庭

2002/05/10 16:42

パパが捨てたママの庭で、私は新しい家を作るんだ。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 絵本の見開き、左右の画面は色々な使い方ができます。シンプルには左から右(か、その逆)にとストーリーを進めるもの。左右全画面を使うこともあるし、ポップ絵本もある。
 この絵本の場合は、左に「我が家」を配し、右に「ママの庭」を置き、それは最後まで変更されません。何故そうしてあるかというと、
 ママが死んでからパパは書類に埋もれているばかりで、ちっともハンナをかまってくれません。仕方なく彼女は弟のルッチェ・マッテの世話をしたり料理を作ったりの日々。ママが亡くなってから、さみしさのあまりでしょう、パパはママの部屋への入室を子どもたちに禁じています。そしてママの庭はレンガで封鎖されてしまう。
 そんな風に事実から目をそむけているパパに怒ったハンナは、「わたし、家出するわ! ママの庭に行く!」。
 こうして、見開きの左と右、「我が家」と「ママの庭」で物語が展開していくわけ。
 壁にできた穴から庭に入ったハンナは、ここで快適に過ごそうと雑草を刈り、犬を伝令に立て、弟に頼んでママの部屋から次から次へと家財道具を運んでもらう。といっても家と庭の間には水路があり、危険だからとハンナは弟にその手前まで運ばせ、深夜こっそりそれを庭に運び入れるから、弟は彼女の居場所を知らない。
 荒れ果てたままだった右側のママの庭はだんだん家らしくなり、パパがいる左の家は荒れ果て寒々としていく。
 さて、パパはどうなるのでしょう?
 次のページを繰るのが楽しみな絵本です。

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紙の本あくび

2001/05/25 18:45

あくびの連鎖に、あなたは巻き込まれるか?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まず、表紙のあくびがすごい!
 ここでもう、この絵本が好きか嫌いかを判断できるって意味で、非常に親切な造りです。
 好きにになったあなたは、表紙を繰りましょう。
 ストーリーはとてもシンプルです。
 「はじめに かばが あくびをしたよ」から始まり、次々とあくびの連鎖だけ。
 そのいろんな動物のあくびを強調した絵の迫力といったら、たまりません。
 それが人間に至ると、目尻がウルウルしたあくび!
 うつりそう。
 中川ひろたかさんは、飯野和弘さんの絵に賭けて、または信じて、よけいな言葉はさしはさまない。
 だから、このリズムにはまるともう、なんだかこっちもあくびが出て、うーん。
 リラックスするには最高。
 子どもとは、親子で一緒に見るのが楽しいでしょうね。
 いつのまにか、親の方が眠っていたりね。

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ひねり屋

2001/01/12 11:27

残酷で暗い話のようですが、本当は希望を描いている。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ウェイマーという町で毎年開かれるチャリティ・イベント。それは五千羽のハトを一羽ずつ放し、撃ち落した数が競われるもの。タイトルにあるひねり屋とは、打ち仕損じ傷ついたハトの首をひねる役のことで、十歳になった男の子たちがおおせつかる。だから男の子たちにとって、ひねり屋になることは、一種イニシエーションなのね。この町では「鳩は羽根をもったドブネズミで、撃たれ、ひねられるもの」で、もちろん子どもたちもそう教えられて育つから、それに疑問なんて持っていない。
 物語はパーマー・ラルーの九歳の誕生日から始まる。やっと九歳となれた彼は同い年の悪ガキのメンバーにしてもらえることが嬉しい。リーダーが彼につけたニックネームはスノッツ。鼻くそ野郎。それでも彼は嬉しい。
 こんなとこ読んでると、つくづく子どもを生きるって、シンドイことだと、自分の子ども時代を思い出してしまう。同時に、男の子と男の世界のルールの下らなさもね。
 で、困ったことに、実のところラルーはひねり屋になりたいとは思っていない。でも、この町で友達である限り、それを拒めない。
 にもかかわらず、ある日ラルーは窓辺に毎日やってくるハトを部屋に入れ飼い始めてしまうのです。付けた名前は「ニッパー」。ラルーがスノッツと名付けられることで、メンバーになったように、これでニッパーは、ラルーの仲間となる。
 ニッパーを守るのか、自分がメンバーから外されないことを選ぶのか。両立しない二つの間で揺れながらも、ニッパーを守ろうとするラルーと、何か怪しいなと気づき始めたメンバーの探り。物語は、サスペンスのように、ハラハラドキドキと展開して、クライマックスのチャリティの日が刻々と近づいてくる。
 読むことを中断なんてできない。
 この作家、題材はいつもひねっていますが、書き方はストレート。真っ向勝負。

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紙の本ぼくのいぬがまいごです!

2000/11/24 15:46

ニューヨークはダウンタウンの子どもの姿がたった二色で描かれることの、躍動感!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 キーツといえば『ゆきのひ』(偕成社)がすぐ頭に浮かびますが、この絵本は彼の初期作品。
 でも、「キーツ&シェール=作・絵」とあるように、これは、物語を書きたいキーツと、絵を描きたい脚本家シェールの合作なのが、おもしろい。つまり互いが専門分野をチェンジしているわけですから、プロが素人になって作品を作り上げたわけですね。もちろんキーツはシェールに絵のアドバイスをし、シェールもキーツの文に意見を述べ合作となるわけですが。
 さて、物語。
 二週間前プエリトリコからニューヨークにやってきたホワニートの悩みはスペイン語しかまだ話せないこと。だから、愛犬が迷子になったのに、どうして探せばいいか途方にくれる。とにかくスペイン語の話せる人に英語で、「ぼくのいぬがまいごです!」と書いてもらった大きな紙を持って、ホワニートは見知らぬこの大都市を走り回る。チャイナタウン、リトルイタリー、ハーレム。
 という設定でキーツ&シェールは、主人公の犬捜しを手伝う様々な人種の子どもたちを登場させる。ニューヨークの顔を浮かび上がらせる。
 そして、新しい子どもが参加するごとに、その犬の特徴も次々と判っていく。赤いもじゃもじゃの毛で、がにまたで走って、大きくて、小さな目をしていて、と。
 このリズム感が実に心地いい。
 赤と黒のたった二色しか使われていないのに、画面は躍動感がある。その秘密は、ページを繰るごとに現れる様々な画面構成にあるのですが、それはもう、キーツ&シェールがこの絵本創りにノッていたことを伝えています。
 気持ち良く「おしまいおしまい」とページを閉じることが出来る瞬間の幸せをたっぷりと味わうことができる一品。

(ひこ・田中/児童文学家)

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紙の本ザンジバルの贈り物

2000/11/24 15:38

今世紀初めのちょっと珍しい生活と、主人公の前向きの明るさが楽しめる一品。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 イングランド南西にある小さな島が舞台です。わずかな牧畜や農業と漁で日々をしのぐ生活。時々ある大きな実入りといえば、船が島の近くで座礁したとき、船員を助けたお礼代わりに船荷をいただくこと。
 そんな貧しい島に暮らす十四歳のローラ・ペリマンが主人公です。彼女、船に乗りたくてしょうがないのに、「女はギグには乗れないんだよ。いままでもためしがないからな」。
 双子のビリーは男だから、乗れるっていうのに!
 ローラは腹立たしい。
 でも、メイばあちゃんは、「女にだって、男にはできない仕事がいっぱいあるんだからね」。これは、自分を納得させるための言い訳。だからローラは、「そんなのは私の仕事ではないって気がする。やっぱり、どうしてもギグの漕ぎ手になりたい。いつか、きっとなってみせるわ」。
 こんなローラの元気さが読んでいて心地いいですよ。
 男だからギグに乗れるっていうのに、ビリーは島に嫌気がさし、出て行きます。落ち込むお父さんとお母さん。
 しかも大事な収入源であった、牛が嵐で死んでしまう。
「もう、わたしたちにできることは、せいぜい、難破船がやってきて、その救助活動であるていどの分け前が得られることを期待して、お祈りすることしかない」。
 すごいよね、この生活。
 そして、ローラのお祈りが通じたのか、難破船が!
 ギグを漕いで急いで救いにいかなくては。で、彼女もギグに乗ることを許されます。
「これまでの人生のなかでいちばん望んできたことが、まちがいなくいま実現しているんだわ。ついによ。ついに、ついに!」。

(ひこ・田中/児童文学家)

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紙の本まぼろしの小さい犬

2000/10/27 12:03

現実との接点を見つけていく少年のお話。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 元々、学研から翻訳書が出ていたのが、今は岩波書店に移っています。ピアス1962年の作品ですが、版元が変わっても出版され続けているわけですね。
 
 ベンはおじいちゃんからの誕生日のプレゼントを楽しみにしています。犬を貰えることになっているから。でも、ロンドン市内のアパートに住んでいるベンには元々犬を飼うことなどできません。安請け合いしてしまったおじいちゃんはベンが見たことのない犬を描いた絵を贈ってくれる。がっかりするベン。絵の裏には「チキチト チワワ」と書かれている。こんなものいらない! 不注意で絵を失ってしまった時、ベンはその犬について図書館で調べ始める。とても小さいけど勇敢な犬。チキチトは失われた絵から彼の心に移ってくる。目を閉じれば理想の犬がいつでもやってきてくれる。こうしてベンは誰にも知られない、チキチトを飼い始める。いつもいつも目をつむるベンを気にする母親。ベンは彼女に言う。「ものを見てつかれるんじゃないんだよ。見ることにあきたんだよ。見えるものといったら(略)、たいくつだし、とりえがないし、それがまた、いつもおんなじようにたいくつな、かわりばえしないやりくちをくりかえしてる」。
 
 この物語は、現実との接点を失いかける子どもの話なんです。古くないでしょ。
 目をつぶって歩いていたためとうとう交通事故にあってしまうベン。田舎のおじいちゃんの家で保養します。ちょうど子犬が生まれたばかり。飼えないにしてもその中の一匹はベンの犬としてどこにもやらずに飼ってくれるというおじいちゃん。ベンはチキチトにイメージが一番近い子犬を選ぶ。ロンドンに帰ったベンにはもうまぼろしの犬は見えません。だって、ベンのものである現実のチキチトができたのですから。半年後、郊外に引っ越すこととなり、犬を飼う許しをもらったベン。おじいちゃんの所に行くと、そこにいたのは小さくても勇敢なベンのチキチトではなく、臆病な雑種のブラウン。こんなのぼくの犬じゃない! がっかりしながら、震えているブラウンを連れて帰るベン。
 ラストシーンは素晴らしいの一言につきます。それはベンが現実との接点を見つける瞬間。ロンドンに行った時このシーンの舞台となったハムステッドが私のいちばん訪れたい場所でした。そして、ベンと同じように叫んでみたんですよ。何を? 読んでね。

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ぼくの心の闇の声

2000/09/01 17:13

ホラーではありませんが結構怖いです。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

人の心の中には“悪”が必ず潜んでいる。それを知ったとき、子どもは大人へ扉を開けるのだと思う。その“悪”をうまく制御できるか、できないかがどんな大人になるかの分かれ目。
 これは、十一歳の少年が、生まれて初めてそんな“悪”を持つ大人と遭遇する物語なんです。
 戦後不況のアメリカ。野球好きだった兄が交通事故死して以来、父親は悲しみから立ち直れません。だから家族は、母親のパートでなんとか食いつないでいるのですが、ヘンリーも母親を助けようと食料品店で働き僅かながらも収入を得ています。
 彼はある日、強制収容所を生き延びてきた老人と知り合います。老人はナチスによって滅ぼされた故郷の村を、木彫りで再現することに残りの人生を費やしていて、その作品は市の最優秀芸術賞に選ばれる。市庁舎に展示されることも決定。
 と、ヘンリーが働いている店の主人ヘアストンは命じるのね。木彫りの村を破壊しろ、と。それも、従えば裏から手を回して母親を昇進させてやるが、断ればヘンリーだけではなく母親も職を失うだろうと脅かして。
 いったい何のためにそんなことをさせられるのか判らないヘンリー。だってその老人とヘアストンは何の関係もないのですから。
 ヘアストンの心の中にある“悪”を知ったヘンリーはどうするのか。
 もちろん読者もその謎は最後まで判らないわけですから、ヘンリーにシンクロして物語を読み進めることとなります。
 コーミアの巧さが光っている。

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紙の本空色勾玉

2000/08/01 12:30

物語に酔いたい人は、これ、必読でしょ。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本の神話時代を素材にした物語。

 これ出てきたとき、あ、いよいよ新しい世代が登場してきたなと、嬉しかったのをよく覚えています。

 神話時代は、戦前の教育の影を負っていますから、敗戦後はタブーのようになっていて、せっかくあるおいしい素材を使った物語が出てこなかったのです。

 そこを、この才能溢れる若い作家があっさりと破って、「おもしろい物語」を作り上げたのです。おそらくこれはファンタジーに本格的に日本の神話を使った最初の作品でしょう。

「日本のハイ・ファンタジーが読みたいと、ずっと思っていました。」(あとがき)と書きとめた荻原は自らそれを成し遂げたのです。

 輝の大御神とそれに対する闇の一族。輝にひかれる闇の一族の狭也と、輝の大御神の子どもなのに狭也と行動をともにする稚羽矢。

 様々な謎が渦巻き、物語のパワーたるや、ものすごく、手に取ったとたん、抜け出せなくなってしまいます。読み終えると、ボーッとし、久しぶりに物語酔いになりました。

 これだけの長さの物語が破綻もなく突き進むさまは、見事!

 インターネットで検索してみると、ファンクラブのホームページがたくさんヒットします。ファンが熱く語り合ったり、主人公たちを使って自分で物語を構築している人も。

 それは、なによりこの物語世界が、読者の想像力を刺激して止まない証拠でしょう。

 なお、作者本人もホームページを立ち上げました。時の娘です。こちらにもアクセス!

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紙の本ごきげんなすてご

2002/04/26 16:15

これはもう、古典といってもいい、絵本の傑作。

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 タイトルだけで、絶対おもしろいに違いないと思わせてしまうのがこれ。しかも困ったことに、オチを書きたくてしょうがなくなるんですよ、この絵本は。
 でも、書かない。がまんする。
 おさるみたいな顔で弟が生まれて、かまってもらえなくなった「あたし」は、頭に来たって設定だけど、ここまでは普通。で、この子、家出を敢行する。
 これだってそんなに目新しい発想ではないかもしれない。でもここからが、この絵本作家の腕の見せ所。
 この子、自分に新しい親を募集しようとするんだけど、ごみ箱の側はヤだとか、捨て子には捨て子を入れるダンボール箱が必要だとか、積極的に自分で捨て子になりきっていく。売り込みのために「かわいいすてご」ってキャッチまで作ってしまう。
 つまり、新しい家族の登場への戸惑いや怒りを内に込めるんじゃなくて、それをパワーにして自分をアピールするの。
 やがて、そのダンボール箱には、捨てられたり飼い主がいない動物たちも集まってくる。ノアの箱舟状態ね。
 で、「あたし」以外は、次から次へと飼い主を見つけ・・・、あ、ここからが至福のオチになるけど、書かない。
 もう、古典といってもいい。

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紙の本家出 12歳の夏

2002/04/26 15:26

エマばあちゃんは、生きるってことを教えてくれた。

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 嫌なことでも、受け入れなければならないことがある。それができれば大人への最初の一歩を踏み出したことになる。
 いや、そう言ったら間違ってしまう。そうではなく、
 受け入れても、自分を保てるようになれば、です。

 ステイシーは家出をする。それは、新しい母親バーバラがやってきたから。そして彼女がもうすぐ子どもを産むから。
 六才の時本当の母親が出ていってしまってから五年間、父親と二人でずっとうまくやってきたはずなのに・・・。
 行くあてのないステーシーは母親の故郷に向かおうとする。けれど、ここはオクラホマの荒地。ロッキィ山脈を越えて行くなんて無理。うかつなことに水さえ持ってくるのを忘れてしまった。
 その日の終わりにステーシーはようやく人の住んでいる小屋にたどり着く。そこに住んでいるのはエラという名のおばあさんと、飼い犬のマーリンとニムニだけ。
 エマは、突然あらわれた見知らぬ女の子に驚くわけでもなく、世話になるのならと、家の手伝いをさせる。居てもいいし、いつ出ていってもいい。そんなエマの態度にイライラしてしまうステイシー。
 こんなに何にもない場所に自給自足で暮らすエマ。唯一の現金収入は、ニムニが産む子犬を売ったお金だけ。でも、
「生きていることはすばらしいことじゃないかい?」
 そう問いかけるエマ。ステイシーの出す答えは?

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イスラエルで寄宿舎学校のアラブ少女の日々を描いた本書は、「民族」を考えるに絶好。

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 今世界中で民族紛争が起こっています。
 この物語の主人公は、イスラエルに住む一四歳のアラブ人少女ナディア。
 彼女は医者になって村の医療に尽くしたいという夢があり、そのためにはユダヤ人の寄宿舎学校に入り、大学を受験するのがベスト。家が裕福なこともあり、これは実現します。ですが、そこでまず直面するのは、友人となったイスラエル人に自分がアラブ人であることを告げるべきかどうか。
 ナディアはこんな風に悩みます。
「どうしようと、なんども思った。もしいえば、自分がアラブ人であることに劣等感を持っているように聞こえる。だって、だれもそんなこと聞いてないもの。だったら、なぜいうの? もしいわなければ、やっぱり、アラブ人だってことにコンプレックスを持ってて、かくしてると思われる」。
 これが、複雑な問題であることが、とてもよく伝わる言葉です。
 イスラエル人との文化ギャップに悩むナディアの姿を、物語は丹念に描いて行きます。
 友人だと思っていたコが、ナディアをではなくアラブ人を知ろうとしていただけなんていう民族と個の問題も出てくる。ようやく慣れてくるナディアだけれど、村に帰ったら今度は、村での友人がアラブ化したとナディアをなじる。
 それでもナディアはナディアであろうとするけれど、アラブ人となるときがくる。寄宿舎に居るとき、アラブ人によるテロ事件が起きたのです。学校中にアラブ人への非難が沸き起こる。親友もナディアの敵になる。彼女がアラブ人だから・・・。
 
この物語は、イスラエルとアラブの話だけれど、子ども同士の複雑微妙な関係は日本の子どもたちにも通じる。
 読めばきっと共感するでしょうね。

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紙の本少女ポリアンナ

2002/03/08 16:47

良くも悪くも児童書の典型があり、一度は読んでおいていいものです。

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 1913年のこの作品は『赤毛のアン』と共に、孤児物語としてよく知られています。『少女パレアナ』というタイトルの方がおなじみの人もいるでしょう。1986年にアニメ化されたとき『愛少女・ポリアンナ物語』というタイトルとなり、「ポリアンナ」の方が今は流通しています。どちらにせよ、この名前はポーターの創作。ポリアンナの母親が、自分の姉であるポリー(パレー)とアンナにちなんで付けたことになっています。彼女は姉ポリーの反対を押し切って貧しい牧師と結婚し、ポリアンナを産んだのです。
 孤児となったポリアンナはポリーとアンナ姉妹の家で育てられることとなる。彼女はお父さんが大好きで、彼から教わった「喜びのゲーム」(アニメでは「よかったさがし」。being glad game)をポリーにも教えたいけれど、妹を奪われたと思っているポリーは父親の話をいっさい聞きたくないとポリアンナに告げる。仕方がないので、彼女は町の人たちにそのゲームを広めていく。どんな事態でもそこになにかの喜びを見出していくそのゲームは、やがて多くの人々に共感され、広まっていく。知らぬはポリーばかりなり。
 医者のチルトン先生も、ポリアンナの明るさに魅せられた一人。彼とポリーは何故か犬猿の仲。
 ある日、交通事故に会うポリアンナ。寝たきりになってしまった彼女を救うためにはチルトン先生の診察が必要なのだけど・・・。
 「Pollyannaism」(楽天主義?)という言葉が産まれたほど一世を風靡したポリアンナのまっすぐさは、今読むと、引いてしまうかもしれません。けれど、案外今では新鮮でもあるのです。
 いずれにせよ、ここには良くも悪くも児童書の典型があり、一度は読んでおいていいものです。

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