サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 宮島理さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年1月)

宮島理さんのレビュー一覧

投稿者:宮島理

32 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本日本国憲法の問題点

2002/06/24 22:15

デモクラシーの神髄に迫る憲法論

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 低迷する平成ニッポンの原因は機能不全の「憲法」にあった! こう喝破する本書は『痛快!憲法学』(講談社インターナショナル)の姉妹版である。日本国憲法と日本民主主義の問題点がラディカルに描かれている。
 従来の憲法論議は、条文をいじくったり、憲法前文を「作文」してみたり、夢想的に平和国家を語ってみせたりするだけだった。
 まず筆者は「デモクラシーは過程(プロセス)であって、完成された状態を言うのではない」という大原則を明示し、「護憲」の愚かさ、つまりは、憲法で民主主義が保障されているのだから日本は民主主義国家だ(だから憲法を変えると日本は民主主義国家ではなくなってしまう)という理屈を粉々にする。
 そのうえで、日本国憲法で最も重要な条文は何かと読者に問いかける。一般には「9条」の存在感が大きい。しかし、筆者は「13条」こそが「急所」であると指摘する。同時に、自衛隊は「第13条の軍隊」になるべきだという骨太の提案がなされている。
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」──この日本国憲法第13条を取っ掛かりにして、アメリカ独立宣言を触媒に、デモクラシーの神髄が明らかにされていく。
 デモクラシーの要諦は政治主導である。イギリスはサッチャーによって「英国病」を克服することができた。しかし、「国家としての土台が腐り始めている」日本では、サッチャーが仮に日本国総理大臣になったとしても「民主主義不在ではリーダーシップの振るいようもない」と筆者は嘆く。これは、日本国民全体が重く受け止めるべき言葉だろう。
 日本国憲法という腐りかけの「教典」に逃げることなく、政治がダメなのは国そのものがダメなのだという現実を直視する。本書は読者に深い洞察力を与えてくれるはずだ。 (宮島理/フリーライター 2002.06.07)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

神道〈いのち〉を伝える

2000/11/29 17:32

春日大社宮司が伝える神道の「ことば」

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 快挙である。神道関係の本が売れている。春日大社宮司の葉室頼昭さんによる語り下ろし<神道>シリーズ(春秋社)が好調だ。
 1997年10月に第1作『<神道>のこころ』が出て以来、『神道と日本人』(99年2月)、『神道 見えないものの力』(99年11月)と、続編も含めてこの種の本にしては確実に部数を伸ばしている。今年8月にはエッセイ集『神道 感謝のこころ』も上梓された。
 これら<神道>シリーズに一貫して流れているメッセージは「感謝」ということだ。と言うと、卒業式で決まって「先生やご両親に感謝しましょう」と説教をたれる訓辞オヤジの顔が思い浮かぶかもしれないが、葉室氏が言うのは信仰の素朴なあらわれとしての「神様への感謝」である。
 最新刊『神道<いのち>を伝える』にもそのメッセージは絶えず流れている。本書では、宮司になる以前に医者をしていたという葉室氏が、特に<いのち>について語っている。また、随所に散りばめられている、春日大社の美しい風景写真も、素直にわれわれの心を洗う。
 簡単な科学用語を交えながら神様について語る場面には少々面食らうが、神道の「ことば」を聞きたいと潜在的に願っている者にとって、本書はこのうえない価値を持つ。日常、知らず知らず接しているわが国の神様について、あらためて考え直し、心の糧とするには絶好の一冊である。

 以下、余談になるがさらに少し。
 私の家は神道で、昭和の初期までは岡山の田舎で神職に就いていたということもあり、現代における神道について密かに関心を抱いていた。
 キリスト教には説教が、仏教には法話があるけれども、神道には信者が良い意味で反芻する「ことば」が存在しないといわれる。教義や教祖を持たず、「言挙げ」しないことを旨とするのが神道であるから、当然と言えば当然だ。
 しかし、戦前のような国家の庇護もなければ、神道の拠り所である稲作共同体もますます解体されつつある。そんななか、いわば「義兄弟」の関係にある仏教とは別に、神道独自の「ことば」を紡ぎ出していくことは、潜在的に神道を信仰する者が望んでいることでもある。実際、戦後になってから、神道界はさまざまな試行錯誤を繰り返してきた。
 まだまだ神道の「ことば」は難しい。葉室氏の<神道>シリーズは、その難しさを噛み砕き、われわれに直接響く「ことば」を与えてくれる。これだけでも快挙だが、その本がめでたく売れているというのだから、二重に快挙である。
 森首相が「日本は神の国である」と発言した。この発言自体は間違ってないと思うが、聞き手のなかにはかつての軍国主義を嗅ぎ取る人がいるのも事実だ。ただし、信仰まで歴史の闇に葬り去るという愚挙だけは防がなければならない。神道界の地道な試行錯誤をこれからも注視していきたいと思う。

(宮島理/フリーライター)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

革命

2001/03/15 13:43

破防法適用第1号、昭和37年の幻の「革命」

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和37年に実行に移されるはずだった幻の革命「三無事件」。この破防法適用第1号事件を題材にしたノンフィクション・ノベルが本書である。あくまでノベルなんだが読み応えは十分。戦前、造船会社を興して成功しながらも、戦後は公職追放などによってジリ貧になっていった企業家・川南豊作を中心に、陸士出身者、五・一五事件、二・二六事件に関与した元将校などが、右翼による「予防革命」を起こそうとする。この「予防革命」って発想、時代がかっていてピンとこないが、当時は安保闘争などで左翼勢力がギンギンに元気な頃。韓国でもまさに左翼勢力に対抗すべく、昭和36年に朴正熙によるクーデターが起きたりなんかして、「共産化」に対する危機感はかなり大きかった。ただ、川南らが抱いた危機感が、はたして国民に受け入れられたかどうか。「共産化」にもっとも敏感であるべき現職自衛官ですら、彼らの計画には冷淡だった。理想を掲げる「三無事件」の当事者たちは、自分たちの現実の「力」が衰退していることから、ずっと目を背けようとしていたのではないか。後の「三島事件」にも通じるような、理想と現実のギャップ。そして情念とも虚無ともつかないエンジンによって高速回転される「行動」という車輪がひたすら空回りする。「三無事件」の結末もまた、ひどくもの悲しい。大なり小なりそのような空回り感を一度でも味わったことのある人間なら、部分的に共感こそすれ、これを愚行だと笑うことはできないはずだ。「行動」について考えたい人にオススメの一冊。

(宮島理/フリーライター・bk1「ノンフィクションの杜」担当エディター/2001.03.14.)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

新聞王ハーストの晩年は明るかった?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ニューヨーク・ワールド紙のジョセフ・ピュリツァー(1847〜1911)とならんで、いわゆる「イエロー・ジャーナリズム」の嚆矢とされるウィリアム・ランドルフ・ハースト(1863〜1951)。本書はハーストの決定版とも言える自伝である。
 ハーストはハーヴァード大学在籍中に父親が所有するサンフランシスコのイヴニング・エグザミナー紙のコンサルタント兼次期編集責任者となる。やがてハーヴァード大学を放校となり、本格的にエグザミナー紙に取り組む。その際に参考にしたのが民主党寄りでブルーカラーにもホワイトカラーにも読ませる紙面作りをするというピュリツァーの手法だ。
 エグザミナー紙を大きくしたハーストは、ニューヨーク進出を目論んでモーニング・ジャーナル紙を買収する。ここでもピュリツァーの手法──今度は低価格戦略で莫大な読者を囲い込んでしまうという手法──を実践することで、大きな成功を収めた。その後も新聞だけでなく、通信社、雑誌、ニュース映画製作、劇映画製作、ラジオと手を広げ、ハーストによるメディア帝国を築き上げた。
 政界にも進出していった。フランクリン・ローズヴェルトやヒューイ・ロングのような政治家が活躍する時代だ。メディアの力を最大限利用しながら、ハーストもまた大衆を支持基盤とする政治家になっていった。
 ハーストと言えばオーソン・ウェルズの名作映画『市民ケーン』のモデルになった話が有名だろう。ハーストの圧力によって興行が打ち切られたとの説もあるが、『市民ケーン』が少々高尚過ぎたために、興行成績が悪かったというのが実態らしい。
 また、『市民ケーン』の影響か、その主人公と同様、ハーストの晩年も暗く、さびしいもののように思われがちだが、実際はそうではない。ハースト・ファミリー(ハースト・コーポレーション)の現在とその莫大な資産も含めて、ハーストの真実とそのすべてが本書には描かれている。 (宮島理/フリーライター 2002.10.25)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本親日派のための弁明

2002/08/07 15:15

歴史を捏造しているのは日本ではない、韓国だ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「A国は過去から目を背け、何の反省もなく自国を美化し、歴史を捏造している!」
 このA国に当てはまるのはどの国だろうか。日本人なら誰もが「どうせ日本のことだろ」と半ば投げやりに考えるはずだ。それ以上に韓国の人々は満場一致でこう叫ぶに違いない。「それはまさに日本のことだ!」。
 日本は明治以来、アジア太平洋戦争敗戦まで「アジア」で暴虐の限りを尽くしてきた。戦後になっても過去の過ちを認めようとしない——韓国ではこう教えられているし、日本人の多くもそう信じ込まされている。一部の政治家や「右翼」が戦前を肯定すれば、それはたちまち「失言」となり、政治生命を絶たれることもある。それが戦後ニッポンだ。
 ところが、日本を執拗に攻め続けている韓国人のなかから「A国は日本ではない、韓国こそがA国である」と断じる人物が現れた。韓国では少しでも日本寄りの発言をすると「親日派」のレッテルを貼られ、下手をすると社会的に弾圧されるという。そのような状況下であえて戦前日本を再評価するというのが本書『親日派のための弁明』である。
 戦後、歴史を捏造し続けていたのは韓国の方であり、日本は不当な扱いを受けていると筆者は主張する。さまざまな史料を丁寧に取り出し、客観的に日本の功績を論じていく。同時に、韓国の近現代史におけるさまざまなエピソードも披露されている。
 現代韓国では売国奴と認定されている朝鮮末期の政治家・李完用(日韓併合推進派)が、独立運動を続ける民衆に向けて行った演説が本書に収録されている。その内容が実に感動的だ。「いま私たちに迫られているのは独立ではなく実力を養うことだ」。本当の民族のプライドとは何であるかを堂々と民衆に説ける政治家が朝鮮に存在したことは、日韓両国にとって幸いであった。浅薄な愛国心が充満した日韓ワールドカップを思う時、戦前の朝鮮の政治家がいかに偉大であったかがますます鮮明になるのではないだろうか。
 過去の問題だけではなく、筆者は未来志向の提言も積極的に行っている。本書で提唱されている「新しい大東亜共栄圏」とも言えるアジア太平洋経済圏構想は大変興味深いものだ。「アジア」がまとまるためには歴史認識問題が壁となる。つまり、韓国による歴史捏造を改めさせることが必要だ。筆者が投げかけた問題意識は、蟻穴のようにアジア太平洋の未来を切り開くかもしれない。 (宮島理/フリーライター 2002.08.06)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

日本赤軍リーダー・重信房子の娘による手記

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 犯罪者の子は犯罪者か?
 英雄の子は英雄か?
 筆者は、日本赤軍リーダー・重信房子の娘として、犯罪者の子と英雄の子という2つの顔を背負わされながら生きてきた。
 日本での日本赤軍のイメージはテロリスト・人殺しが一般的だろう。テルアビブ空港乱射事件の印象が色濃く残っているからである。
 1972年5月30日、日本赤軍はイスラエル・テルアビブにあるベングリオン空港(当時はロッド空港、あるいはリッダ空港)にて、自動小銃や手榴弾で襲撃を始めた。26人が死亡し、73人が重軽傷を負った。
 私はテルアビブ空港乱射事件に憤る一人なので、重信房子が70年代の活動を反省している、との筆者の説明には、つい疑ってしまう。
 イスラエルを敵とするアラブでは、日本赤軍は英雄だ。しかし、同時に日本赤軍はイスラエルや日本政府の追跡から逃げる日々を余儀なくされた。筆者も偽名を使い、重信房子の娘であることを隠して生活していたという。
 筆者は生まれた時から日本赤軍メンバーに囲まれて育った。それは大きな家族であった。重信房子のまっとうな教育方針や、高度成長・バブルをろくに知らないままに遠いアラブの地にやってきた日本赤軍メンバーの質素な暮らしぶり。本書からは映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を思わせる古き良き日本の風景が広がってくる。そう言えば『オトナ帝国の逆襲』に登場するのも「革命家」だったっけ。
 重信房子は2000年11月8日に日本国内で逮捕された。筆者は日本に「帰る」ことを決断し、2001年4月3日に成田に降り立った。親戚とも「再会」し、日本での生活を続けている。
 本書には象徴的なエピソードが描かれている。筆者が外資系銀行に口座を開こうとしたところ「テロリストのお金を扱うことはできません」と拒否されたという。筆者が犯罪者でも英雄でもなくなる日は来るのだろうか。 (宮島理/フリーライター 2002.06.17)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

常識人のための戦争入門書であり非常に有用なガイドブック

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本人は近現代史を知らない。戦史を知らない。だから「新しい歴史教科書」を作ろう——ここまでが「つくる会」の主張だとすると、本書はそこからもう一歩、日本人は戦争そのものを知らない、というところを突いてくる。確かにそうだ。歴史を知ろうにも、そこに出てくる戦争にまつわる言葉すら日本人の多くは知らないままだ。というわけで、つい気合いが入りすぎて「戦争を勉強しよう、そうだクラウゼヴィッツだ!」てなところに猛進していくと大方の人は撃沈してしまうのだが、親切でありながら切れ味の良い文体を持つ本書であれば、初学者でも十分に楽しむことができる。右でも左でもない、かといって軍事マニアでもない著者が(そういう人がどうしてこんな本が書けるほどの知識を得たのか。「はじめに」に書かれた著者のかなり微妙な読書歴を見て納得)、戦争とはどういうものかを初心者にもわかりやすく解説するとともに、非常に有用なブックガイドにもなっている。本書を貫く素材は太平洋戦争である。基礎知識から始まって、なぜ戦う必要があったのか、どうして勝てなかったのか、軍国主義とは何か、戦争責任とは何だったのか。戦争アレルギーを捨て去った常識人が持つべき価値判断、みたいなものを感じさせる分析が続く。この常識感覚ってどこかで見た覚えが……と思っていると、本書の帯に「猪瀬直樹氏推薦」の文字が。過去を裁いたり、意味付けたりするのではなく、ひたすら過去から学ぼうとする姿勢がこの種の常識感覚を生むのだなとこれまた納得したのであった。「買ってはいけない」という章で、不勉強な2冊の本(小室直樹・日下公人『大東亜戦争、こうすれば勝てた』と小林よしのり『新戦争論』)を思いっきりけなしている文章からも、浪漫よりも実利を重んじる常識人の心がけが伝わってくる。 (bk1ブックナビゲーター:宮島理/フリーライター・bk1「ノンフィクションの杜」担当エディター 2001.09.29)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

ビンボーひまあり

2001/01/30 11:39

明るくビンボーするしかない?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 元豆腐屋であり歌人でありノンフィクション作家であり市民運動のリーダーである、といった松下氏の経歴はこの際抜きにして読んでもらいたい。たとえて言うなら本書は松下夫妻の生涯一「四畳半一間」の物語。せいぜい三カ月先の食い扶持が見えてやっと、というのがフリーの物書きの常だが、松下氏のビンボー生活ぶりを見ていると、物書きが夢想する「打ち上げ花火」ってのは、いつまで経っても湿気た導火線、諦めつつ明るくビンボーするしかないのかと、空虚な笑みが浮かんでしまう。

 年間1冊強の本を執筆している計算なのに、平均年収は200万円というからすごい。そんな台所事情に一切不満を漏らさない奥さんもすごいし、60過ぎてなお仲睦まじく夫婦そろって毎日散歩にいくご両人にも驚く。夫婦愛とかいうレベルを超えている。

 悲しいかな、『底ぬけビンボー暮らし』『本日もビンボーなり』と本書をあわせた「ビンボー」シリーズのヒットで年収が400万円(!)を超えた松下氏は、晴れて「十数年ぶり納税」となり、新聞記事にまでなった。こっちも給与生活者なら無邪気に拍手喝采となるのだろうが、薄気味悪い未来を見ているようでつい目頭を押さえてしまう。

 人生何とかなるさ、という勇気(?)と、人は人、われはわれなり、という達観が複雑に交叉する一冊である。

(宮島理/フリーライター・bk1「ノンフィクションの杜」担当エディター/2001.01.30.)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

『神の国』は日本人が使いたかった言葉?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 森喜朗首相の「神の国」発言。沖縄サミットも終わり、世間からはすっかり忘れ去られた感もあるが、あの発言の背後にある流れと裏目読みも含めた思想的課題というのは決して消えることはない。
 本書は、「神の国」発言を日本人論にまで昇華させた12人の識者による評論集である。正直、日本論や日本人論には私自身うんざりしている。相変わらずの朝日・毎日系を標的としたサヨク叩き論考もあったりで、政治的な論争ゲームが嫌いな人には退屈なところもある。「神の国」という言葉の解釈論もあり、読んでて「お勉強」にはなるのだが、正直ちょっとだるい。
 そんななか、山口昌男さんの「『神の国』という言葉は、日本人が潜在的に使いたいと思っていた言葉である」という視点は鋭かった。
「神の国」発言に関するマスコミとそれ以外の温度差というのは、条件反射をただ繰り返すマスコミに対して、その他大勢の人間の方が感覚的にもずっと冷静であるということだろう。「使いたい」と「糾弾したい」の間にはとてつもない距離がある。日本人の「使いたい」という気持ちに対して「糾弾したい」でしか応えられないマスコミというのは、これまたかなり大きな問題なんである。
 日本人の「使いたい」に対してどう応えていくか。この前提なしに右だ左だと言っても始まらない。「神の国」発言を取り巻く状況を概観するのには、本書は最適の一冊である。もちろん、山口氏の論考を第一にオススメしたい。 (宮島理/フリーライター)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

『室内』40年

2000/07/24 16:33

山本夏彦さんは同じことばかり繰り返し書いている。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 山本夏彦さんは同じことばかり繰り返し書いている。氏のファンは少なくない。いつもの決めぜりふを何度も咀嚼する楽しみ。不思議と飽きが来ない。先日、40代半ばの頃の氏の本をふと手にした。やはり同じことが書いてある。マンネリズムの偉大さをここに知る。著述活動とともに氏は「室内」(工作社)というインテリア雑誌を発行している。もう40年を越える老舗雑誌だ。本書はその「室内」40年間の歴史を振り返ったもの。対談形式になっている。氏と「室内」編集嬢との掛け合いが微笑ましい。「室内」の40年が戦後の時間と折り重なる。話は戦国時代の大工にまで及ぶ。氏の博識には毎度ながら平伏してしまう。ひとつの雑誌が40年も続いたのは「全盛時代がなかった」からだというのは、いかにも氏らしい言葉だ。ところで、工作社が出している図集は刑務所内で教科書のような存在になっているという。「あそこは時間が止まった世界。あそこには時間が無限にある」。氏の文章にも無限の時間、常なる存在を感じるのは私だけではあるまい。 (宮島理/フリーライター)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

筑豊炭坑絵物語

2000/07/24 16:25

ひさびさに好奇心をくすぐられた。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ひさびさに好奇心をくすぐられた。絵の脇にビッシリと添えられた手書きの文章、ユーモラスな画風と文体はまさに「紙芝居の台本」の面白みである。本書には明治大正昭和と九州・筑豊炭坑で生きる山本作兵衛が描き残した、200点を超える絵が収められている。ページをめくる度に山本翁の語りが聞こえてきそうだ。「おじいちゃん、もっとお話聞かせて」と思わず童心に返る。月並みな言い方だが本書の前では幼い頃のそういう素朴な好奇心がムクムクと起き上がってくるのである。安易な「抑圧される労働者」像を遙かに超え、ここに描かれているのは産業革命の英雄であり、普通の家族であり、過酷な生活と闘う信心深い人々だ。性根の悪いお役人、ヤマを賑わす行商人、明治天皇崩御に慟哭するヤマ人たち、ヤマもまた時代とともに生きている。本書は産業史上の偉大な記録である。と同時に、より多くの人に最良の物語としてオススメしたい一冊だ。

【目次】
第一章 ヤマの仕事(坑内労働一)
    明治の入坑、狸掘り、先山、採炭、発破、枠入れ
第二章 ヤマの女
    セナ、スラ、バッテラ、テボからい
第三章 ヤマの仕事(坑内労働二)
    棹取り、マキバ、坑内馬
第四章 ヤマの仕事(坑外労働)
    配函、運搬、排気、排水、鍛冶屋
第五章 災害
    落盤、瓦斯爆発、鉱車事故、出水
第六章 ヤマの暮らし(一)
    燃料、大納屋、バクチ、頼母子、骨噛み、子どもたち
第七章 ヤマの暮らし(二)
    守護神、ブゼン坊、迷信、忌みもの
第八章 ヤマの訪問者
    物売り、薬売り、手品師、連歌師、のぞき、ラッパ節
第九章 ヤマとキツネ
    シバハグリ、キツネ、河童
第十章 米騒動
    米騒動、喧嘩、リンチ
第十一章 世相あれこれ
     明治天皇崩御、奉公炭、災害と喧嘩
山本作兵衛自筆年譜
[解説]山本作兵衛の炭坑画と文(森本弘行)

(宮島理/フリーライター)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本アホでマヌケなアメリカ白人

2002/10/21 22:15

二大政党への失望とアメリカ白人の不幸

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この世でもっとも生きていくことが困難な人間は誰か。それは「スポーツ好きで世界一勤勉なアメリカ白人男性」である。たまたまアメリカで、白人の男として生まれたばっかりに、その不幸な人物は、世界中の貧しい人々を蹂躙する搾取者、女性を差別し、黒人や黄色人種を奴隷のように扱う暴君として人々から恨まれるようになる。生まれてから死ぬまで、休む間もなく抑圧に対する謝罪と差別についての賠償を求められる。弱者の怒りは恐ろしい。テロリストは爆弾を使う。黒人は暴動を起こす。黄色人種は団結して報復戦争の機会をうかがう。アメフトをやっているという理由だけで嫉妬深いサイコ野郎が銃乱射をしかけてくる。アメリカ白人たちは、細心の注意を払いながら、世界中のご機嫌を取っていかなくてはならない。
 アメリカ白人はいかに世界と折り合いをつけていくか。これが「9.11」以後の課題である。本書によれば、クリントン民主党は巧妙な手口で世界を騙すことに成功した。民主党も共和党もやっていることは同じだが、「クリントンは見事に臭いものにフタをしてくれた」という。ブッシュ共和党はその「もっと不細工で惨めなヴァージョンに過ぎない」のである。共和党が「床の上の目に見える場所を走っているゴキブリ」なら、民主党は「目には見えないが壁の中にびっしり巣食っているシロアリ」だ。筆者はブッシュ叩きをする民主党を笑い、それ以上に愚かな政策を続ける共和党を叩きのめす。開き直った傲慢な「保守」も嫌いだが、言葉巧みに世界中の嫉妬から逃げようとする「リベラル」も許せない。ラルフ・ネーダーの選挙活動を支援した筆者ならではのラジカルな主張が目を引く。
 10年前、アメリカの大衆は「リベラル」の偽善を笑うラッシュ・リンボウに拍手した。今、二大政党への失望感を顕わにする本書がベストセラーになっているという。「無党派」全盛のわが国との奇妙な符合を感じる。 (宮島理/フリーライター 2002.10.19)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

Sendmail、Netscape、Apache、Perl、GNU/Linux…オープンソース通史

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 情報産業では「巨人」に対する挑戦が繰り返されてきた。かつてはIBMに対抗するMicrosoft。そして現在は「巨人」と化したMicrosoftにGNU/Linuxが対抗している。
 MicrosoftがMS-DOSを発売したのは1981年。その1年前にはPC版のUnixを発売していた。それが8086版のUnix「Xenix」である。Xenixはたいして売れなかったため、MicrosoftはMS-DOS、Windowsへと展開していった。「このXenixの存在は、Linuxを核としたOSによるMicrosoftへの現在の挑戦を興味深いものにしている」と筆者は言う。
 オープンソース陣営の標的となっているMicrosoftもまた、胚胎期には同じ道を歩む可能性がないわけではなかった。しかし、歴史の歯車は回り、Microsoftはオープンソース陣営からの激しい攻撃を受ける立場にある。
 本書は、今や花形のオープンソースについて、その黎明期からの歴史を詳細におさえた力作である。
 GNU/Linuxの歴史を概観するならLinus Torvaldsの『それがぼくには楽しかったから』(小学館プロダクション)があるし、オープンソースの哲学については有名なEric Raymond著『伽藍とバザール』(光芒社)がある。
 本書が優れている点は、Sendmail、Netscape、Apache、Perlなどについても細かく論究されているところだ。「オープンソース」という呼称の成立時期および提案者についても記されている。
 数々のオープンソースの成功例とトラブルや人間関係が語られる一方で、mozilla.orgの失敗についても触れられている。Mozillaコミュニティの一人がこう語る。
「死にかかってるプロジェクトを選んで、『オープンソース』の魔法の妖精の粉をふりまいても、すべてが魔法のようにうまくいくことはないということである」
 オープンソースにまつわる「真実の言葉」が溢れている一冊だと言えよう。 (bk1ブックナビゲーター:宮島理/フリーライター 2002.06.05)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

アメリカの知日派が語る「ちょっとした奇跡」のような日米同盟50年

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今年2001年はサンフランシスコ講和会議50周年である。同時に日米安保50周年でもある。本書は日本のA50実行委員会による記念出版。アメリカの知日派による論文が14本掲載されている。
 マイク・モチズキは「政治関係」をテーマにした論文「アジア太平洋地域における日米関係」で日米中関係について次のように述べている。日本は日米同盟を堅持する一方でアジアの多国間組織構築への動きを進めてきた。その進展によって「米中関係を安定させ、新たな冷戦を回避させることができるのであろうか」それとも冷戦時の対ソ政策のように「日本は再び米国の封じ込め政策の消極的なパートナーとなることを強いられるのであろうか」。単純な正三角形外交が通用しない日米中関係の難しさをあらためて感じさせる文章である。
 トマス・W・ザイラーは「経済関係」をテーマにした論文「ビジネスは戦争——1977年から2001年までの日米経済関係」で日米貿易戦争をひとつの長い戦争として描く。1991年の真珠湾攻撃50周年記念式においてアメリカでは極めて皮肉なアナウンスが流されたという。「臨時ニュースを申し上げます……たったいま日本が真珠湾を買い取りました……繰り返します、日本が真珠湾を買い取りました」。ブッシュ・ジュニア政権下では緊密な同盟が押し進められつつある日米関係であるが、こと貿易戦争については90年代の日本の不況によって一時的に「休戦」しているに過ぎない。「この戦争は何年か先にまた始まるかもしれないのである」というザイラーの指摘を胸に日本はアメリカとつき合っていく必要がある。
「ジャーナリズムの50年」をテーマに書かれたジョン・W・ダワーの論文「風刺画のなかの日本人、アメリカ人——日米関係における暗号化されたイメージ」も興味深い。第二次大戦以来の日米双方における風刺画が多数掲載されている。日米は互いに固定観念を抱き続けている。それは50年間の同盟を経た現在においても基本的に変わらない。そのような両国民が同盟を維持しているということは「言ってみればちょっとした奇跡のように思われる」とダワーは言う。そこが日米同盟の永遠の課題であると同時に大きな可能性でもあるのだろう。 (bk1ブックナビゲーター:宮島理/フリーライター 2001.10.17)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本軟弱者の言い分

2001/03/27 16:03

「軟派者」にはなれないが、かと言って単なる「弱者」でもない困ったあなたへ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ファン待望の最新雑文集。タイトルからも推察される通り『もてない男』を思わせる恨み節がてんこ盛り。「軟弱者」である著者は丈夫な人間、インテリ、おしゃれをすること、いじめっ子、球技というスポーツ、などをジメーッと恨み続ける。つまり虚弱体質で知的ポーズを取ることができず、ファッションには無頓着、からかわれやすいキャラで運動神経が鈍い、てなところが本書から総合される「軟弱者」像か。ただ、これだけじゃ下手をすれば「犯罪」に走りかねないわけで、うまく踏み止まって恨み節を歌い上げるにはそれなりの「芸」が要る。著者の場合、それは文学と歴史に関する知識と表現力、それからぶっちゃけて言えば「東大卒」ってことになる。「軟派者」にはなれないが、かと言って単なる「弱者」でもない(この辺がいやらしくも面倒くさいところ)、厄介な屈折を抱えた日本全国の男子=「軟弱者」はこの本を読むべし!

(宮島理/フリーライター・bk1「ノンフィクションの杜」担当エディター/2001.03.26.)

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

32 件中 1 件~ 15 件を表示