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今村楯夫さんのレビュー一覧

投稿者:今村楯夫

30 件中 1 件~ 15 件を表示

前編:近代日本と日本文化を5人のフランス人の視点を通して再確認した好著。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

19世紀末から20世紀末のほぼ1世紀、フランスから日本に来た文人、思想家が描いた日本体験の系譜を丹念にたどり、フランスあるいは他者の眼差しを通して浮かびあがる日本を明らかにしようというのが、本著の目的である。

まずは1885年に来日したピエール・ロチに始まり、1898年来日のポール・クローデル、1931年に始まり4度にわたる来日を果たしたアンドレ・マルロー(最後は1970年)、1967年から68年にかけて3度来日したロラン・バルト、1977年来日に始まり1992年(4回目)までの長きにわたり日本に多大な関心を寄せたレヴィ=ストロースの5人である。
以下、著者が展開する5人の日本論を簡潔に要約してみよう

18世紀から19世紀にかけてヨーロッパを席巻した東方趣味と異国趣味がインド、中国を経て日本趣味へと変転してきた延長線上にまずはロチが位置する。ロチは結果的に日本と西欧は絶対的に異質であり、遠い存在であるという結論に到達する。その「異郷の発見」に対して、大久保は「すくなからぬ文明史的意義をもつ事件」だったと受けとめ、評価を与える。

続くクローデルはロチが立脚する近代的、西欧的な見方、すなわち物質的、合理的現実世界などは皮相的なものであるとし、日本における神話世界、自然物が神として具現崇拝されている有様にこそ、再生さるべき本来の世界があると見なす。車窓から見た旧東海道の松並木の松に端を発し、日光を経て、日本各地への旅を体験したクローデルはロチが発見した「異郷」を、自己にはない、自己とは対極的なものとして受容する姿勢を示す。
アンドレ・マルローと日本美術のかかわりは長い。そのマルローが西欧近代絵画との対比において、日本絵画の中に、「技法の不在」「影の不在」「対立葛藤の不在」を見出し、その根源に「内的実在」の概念を提示する。「平重盛像」に魅了され、日本に滞在中には根津美術館で「那智滝図」に接し、熊野から伊勢への道中、那智滝を自らの目で確認し、この一条の滝を描いた風景画が絵画芸術を越えて、崇拝、信仰の対象、神の顕現であることを確認する。マルローはそこに日本文明のありかた、西洋的な二項対立、二者択一の発想からの超脱を知る。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2001.10.04)

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ニューヨークで10余年を過ごした著者の演劇という舞台空間を通じたアメリカが息づく

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 これまでもアメリカを論じ、アメリカを描いてきた本は多い。しかし、このたびの小池美佐子の『NY発演劇リポート』はこれまでの「アメリカもの」とはひと味もふた味も違う。もちろん、これまでもニューヨークに住み、その体験を通じて書かれた著書は数限りなくある。しかし、小池のNYから発信された情報は、こと「演劇」という舞台空間に展開する<アメリカ>にしっかりと焦点が絞られ、そこにうごめく人間とその背後に潜む社会が凝縮されてアメリカを明確に浮き彫りにしているところに特徴があり、これは一朝一夕にして真似のできる技ではない。
 日本の演劇事情と異なり、ニューヨークのブロードウェイから路地にひっそりとたたずむオフ・オフ・オフのアングラ劇場に至るまで、アメリカの演劇はそれぞれ活況を呈し、そこに展開する知的で実験的で、貪欲なほどに芸術の在り方を徹底的に希求する演劇人の活動と、それを楽しみ、支える観客の質の高さには圧倒される思いがある。日本の貧困な演劇事情を考えると、絶望的になると同時にアメリカのたくましさをうらやましくも思う。いや、日本の実状を悲しむのは別の機会に譲ろう。
 本書は大きく4部から成る。第1部・超大国の<弱者>たち、第2部・女性演劇の40年、第3部・暴力、麻薬、犯罪、第4部・多文化社会のアメリカ。その中には家庭崩壊、性同一性障害者、エイズの悲劇、セクシャル・ハラスメントと、まさに現代社会が抱える複雑にして深刻な問題をテーマにした演劇を取りあげていく。一方で多民族・多文化社会のアメリカにあって、人種と民族、マイノリティの問題が大きく取りあげられる。そうしたアメリカが演劇でどのように表現されているかが明らかにされる一方で、小池は実際の舞台で観客を前に演じられる演劇そのものの質を問う。
『屋根の上のバイオリン弾き』や『将軍』は日本でもよく知られた演劇だが、有名作品が日本から再上陸して、アメリカに渡ったところで、安易な演出と時代の変容に順応できない上演の失敗した姿などが手厳しく糾弾される。莫大な制作費をつぎ込みながら、観客の心に訴えることができないその欠陥が明らかにされるとき、そこから自ずと作品の普遍性の内側にある本質的なテーマとアメリカの高度に洗練された演劇芸術における<質>が浮かび上がる。
 小池は観客のひとりとして、ときに喜び、賞賛し、苛立ち、腹を立て、なげく。しかし、それ以上に演劇人、演劇研究者として、安易に妥協することなく、真の演劇の在り方を説いていく。これはニューヨークから発信された生々しい演劇事情を通して描かれたアメリカ論であると同時に日本論でもあり、また長年のアメリカ研究に対する著者の集大成でもある。どこを開いて読み出してもよい。歯切れよく、簡潔に、かつ的確に小池の鋭利にして繊細な眼差しと語りに引き込まれ、ひとつひとつの章で、新たな発見を楽しむことができよう。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.07.06)

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紙の本アルコールと作家たち

2001/03/06 18:17

なぜ、アメリカ作家にはアルコール中毒や依存症の人たちが多いのだろう。

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 「20世紀のアメリカでアルコール中毒でない作家を探すこと」は難しい、と著者、グッドウィン医師は言う。『アルコールと作家たち』はアメリカ作家にはアルコール中毒者が極めて多いことに着眼した、ひとりの文学好きの医者によって書かれ、若いときからロスト・ジェネレーションの作家に傾倒し、一方、アルコール中毒症の治癒に長く関わってきたひとりの日本人医師によって翻訳された著書である。

 中心は20世紀のアメリカの代表的な作家、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、フォークナー、スタインベック、劇作家オニール、ラウリー。加えてフランスのジョルジュ・シムノン。唯一、19世紀の作家にポーが登場する。
 著者はひとつの仮説から本書を書きすすめる。それは20世紀前半に「アルコール中毒」と呼ばれる病気に異常なほどに「感染しやすかった」著名作家たちが多くいた、というものである。「アルコール中毒は伝染病か」というテーマが主題となって、それぞれの作家と酒の関係を解き明かしながら、その原因を探るという、なんとも挑戦的な本である。

 「伝染病」という言葉に恐ろしさが潜むが、原語はメepidemicモという言葉であることは訳者によって後に明らかにされるが、もともとの意味は「(伝染病などの)流行」を意味する言葉である。したがって、原義を忠実にとらえれば、「アルコール中毒や依存症は時代の中で流行性をもっているか」というような意味あいである。

 「ホメロス時代には盲目、バイロンの時代には近親相姦、世紀末には同性愛、そして20世紀のアメリカでは酩酊」がそれぞれの時代に作り上げられた作家のカリスマ性を秘めた人間的な「欠陥」だ、と著者はレスリー・フィードラーの言葉を引用する。酩酊している作家に「大作家」のイメージがあった、ということである。「酒」は作家が単に「悲劇的で孤独で破滅の運命」に囚われ、自らを癒すために耽溺する「ドラッグ」に過ぎないのではなく、それが超世俗的に映っていたのだろう。

 20年代に活躍し、まさに禁酒法のまっただ中にありながら、その法律がなんの規制にもならずにアルコール文化を楽しんだフィッツジェラルド、ヘミングウェイ、フォークナーたち、続く大恐慌の後の不況の30年代を生きたスタインベック、ひとりひとりの作家と酒との関わりを伝記的に鳥瞰するダイナミックな視点も面白い。しかしこの書がとりわけユニークで説得力があるのは第9章「ある伝染病に関する覚書き」に展開する医学的な分析と解釈であろう。20世紀のアメリカ社会が都市化と近代化に向かう中で大きく変容し、そこから生じた緊張感、孤独感、疎外感と「酒」の関係が解かれるとき、それは単に作家に限らず、もっと普遍的な人びとの問題であることが明らかになる。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2001.03.07)

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前編:ダイナミックな展開を綿密な資料調査に基づき、大恐慌時代を座軸に、新たなアメリカ史観を展開

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<書評前編>
 まずは見開き、「マンハッタン、1933年」と題した序章の冒頭は次のように描かれている。
「黒い巨獣が白い塔を上り詰めていく。
 それとともに画面に広がるメトロポリスのパノラマは、ほとんど不可解なまでに透徹している。『キング・コング』(1933年)のクライマックスとなるこのシーンは、ポピュラー・カルチャーがその絶頂期において、ほかの何をも連想させないほどのカリスマ性を獲得する瞬間と言えるだろう。そしてこの幻想的光景は、ニューヨークという都市の記憶に不可分に結びつく。ニューヨークについて想うとき、エンパイア・ステート・ビルとその頂上で咆哮する黒い巨獣を連想せずにはいられない」。
 宮本陽一郎はこの文に呼応するように、キング・コングがエンパイア・ステート・ビルの頂上で向かって来る飛行機に拳を振りあげ、歯をむき出して、威嚇し、怒りを露わにする姿を映像としてとらえて見せる。
 暗黒世界から強制的に連れて来られた「黒い」野獣が、「白い女」を襲い、「白い」塔に登り、あげくの果てに撃墜される。宮本はそれを植民地征服の物語としてとらえると同時に、非西欧世界と帝国主義的メトロポリスを直結させる「美学的コード」をここに読み解く。それを従来の、いわゆるハイカルチャー、「高級」文化あるいは進歩的知識階級層の視点から見るのでなく、大衆文化的視点と植民地的視点という逆のヴェクトルから見ようとする。
 序章に続き、第1部「黒い巨獣」はキング・コングとニューヨーク、フィツジェラルドのジャズ・エイジ、ヘミングウェイの白いアフリカが並ぶ。第2部「忘れられた男」は、チャップリンからハリウッド映画、バズビー・バークレーという映画の世界から、写真の世界へ発展。第7章「民衆の顔」はドロシア・ラングを中心に展開。第3部「あちら側にいること」では、フォークナーからふたたびヘミングウェイの「老人とカリブの海」へ。最終章は「マンハッタン」に回帰する。しかし、帰るところはキング・コングのニューヨーク、マンハッタンではなく、原爆開発「マンハッタン・プロジェクト」だ。キング・コングの30年代から、時代は40年代へ。ニューデール政策時代に生まれたエスニスティという多民族性の問題を含む「多元化」への反動として、それは50年代の「レッドパージ」いわゆる「赤狩り」というマッカーシズムの吹き荒れた時代に進む。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.06.18)

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ヴェトナム歴史の旅

2002/05/22 22:15

後編:知られざるヴェトナムの歴史と変遷が明快に語られる

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<書評後編>
 たとえば第10章、「最後の王朝の残影—孤城フエ」。1802年から1945年までヴェトナムの首都はフエにあった。グエン氏の支配による。1968年の旧正月、いわゆる「テト攻勢」を著者は次のように語る。「北ヴェトナム軍と南ヴェトナム民族解放戦線武装勢力の一斉攻勢で、王宮は占拠された。すさまじい攻防で、わたしも南側セクターの一角で、破壊されたある住居の部屋で、手投げ弾24個入りの箱を枕に寝たこともある。攻撃してきたらこれを投げてくれといわれたが、投げることもなく朝が来た」と。すらすらと何の誇張も力みもなく、著者自身の体験がここには塗り込められているが、投げることがあったら、そのときには著者はすでにこの世にいなかったであろう。小倉貞男氏はかつて、戦時中、読売新聞社のサイゴン特派員だったのだ。
 フエ王宮跡は世界文化遺産に指定され、少しずつ修復されつつあるが、テト攻勢で北ヴェトナム正規軍が王城に立てこもった際に、米軍の砲弾は王宮の大半を壊滅的に破壊したのだ。フエの町を訪れたことのある人は、おそらく町の中央を流れるフェン河(香河)の南側から王宮を眺め、そこに聳え立つ正面の太和殿を見て、その偉容に圧倒されるだろう。しかし、近づき、さらに門をくぐり抜けると、目前には破壊し尽くされた王宮の残骸を目にすることになる。その王宮を小倉氏は「王宮はいまはかなり修復された」と語っている。破壊される前とその直後を知る者として、彼の目には破壊跡よりも修復の痕跡に目がいくのであろう。
 北から南への旅でもあるこの書の最後は、メコンデルタに向かう長距離バスの旅となる。戦時中はたえず地雷に脅えて移動したというこの旅にはそうした恐怖はない。メコンデルタの網の目のように張り巡らされた運河を早朝には移動する小舟の市場が点在し、豊かな自然の恵みである種々様々な果物が満載されている。
 ヴェトナムをすでに旅したことのある人にとっては、旅先で体験し、見聞したことの意味を再確認できよう。これから旅をする人にとっては実に格好な案内書であり、これだけの知識を前もってもっていたら、ずいぶん、ヴェトナムの本当の姿が見えてくるだろう。もう一度、改めてヴェトナムを旅してみたくなった。あのメコンの夕陽も。
 なお、書評には直接関係ないが、ヴェトナムの旅を考えている人は http://www.sinhcafevn.com をご利用あれ。いわゆるシンカフェという若者たちのヴェンチャー企業のような活気のある、格安料金で旅を楽しませてくれる旅行代理店。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.05.23)

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紙の本文学を旅する

2002/05/20 22:15

前編:ヨーロッパとアメリカと日本を三人三様の楽しみ方による軽妙洒脱な文学案内の書

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<書評前編>
 英文学者の小池滋氏がまずはイギリスのロンドンから出発。もちろん、という感じでロンドンはベイカー・ストリート221番Bが出発点だ。いわずと知れたシャーロック・ホームズがワトソン医師と下宿していた家のあった所。虚構の世界がいつしか実在となった不思議な番地、その謎が明らかにされ、小池探偵の旅が始まる。鉄道にかけては、並ぶ人はいないと思われている小池氏の軽妙な語りに乗せられ、われわれはいつしか車中の人となり、車窓からの風景はもとより、ロンドンを離れてイギリスの中部、ハワースに向かうSLに揺られてブロンテの嵐が丘にたどり着いている。
 ひとたびイギリスを後にすると、次はアイルランドのダブリン、ジョイスの世界へ。旅はさらに遠くに向かい、パリ、シャモニー、マドリード、ローマ、フィレンツェ、レマン湖、ベルリン……縦横にヨーロッパの各地に点在する文豪を訪ね、文学に描かれた風景と人々との再会を楽しむ。そこにはブレヒト、マン、ハイネ、アンゼルセン、イプセンなどがひょっこりと顔を覗かせる。もちろん、プラハのカフカも例外ではない。ユダヤ人街であるゲットーとその外の世界の狭間で生きたカフカだ。最後はロシアの大作家たちの故郷と文学世界、サンクト・ペテルブルクやモスクワ。プーシキン、ゴーゴリ、ドストエフスキー、チェホフが並ぶ。かつての文学青年たちが誰もが一度は読んだことのある「名作」が、実に軽快なリズムの中で、心地よい「揺れ」を覚えながら再確認されるであろう。あるいは初めて作家や作品に触れる人には、ぜひ、読んでみたい、そこを訪ねてみたいという高揚した心を呼ぶだろう。
 次はいかにも「カバンひとつでアメリカン」という気軽な感じで、読者を誘う亀井俊介氏のアメリカの旅が続く。さて、アメリカの文学散歩はどこから始まるか。やはりボストンだ。亀井氏はアメリカ文学史が脳裏に刻まれていると同時に、アメリカのWASPの出発点が同時に地理的にもアメリカの核になっているという意識をもっているのだろう。アメリカの知性、ヘンリー・アダムズが登場し、同時に「アメリカの夢」を描いたハウェルズが並ぶ。かくして東部の作家、ホーソーン、エマソン、オルコット、ソローと並び、南に下るとコネティカット州、ハートフォードへ。トウェインの華美な豪邸のある町。ニューヨーク、著名な作家ひしめくこの大都市。亀井氏が選んだのは、詩人のホイットマン、劇作家のアーサー・ミラー、小説家はヘンリー・ジェイムズと女性作家のイーデス・ウォートンが続く。「20世紀アメリカ文学者青春史」と題する章ではドライサーをはじめ、オニール、オールビーなどがぞろぞろと顔を揃えており、まさにダウンタウンのグリニッチ・ヴィレッジでは作家のオンパレードだ。
 南部を経て、西に向かうと最後はカリフォルニア。スタインベックの故郷、モンテレーの古い町と人間模様と詩人のアレン・ギンズバーグの詩「吠える」が朗読されたサンフランシスコ、アメリカで最も由緒ある書店、「シティ・ライツ書店」。筆者は「小さな木造二階建て、プラス地下一階。階段はせまく、床はがたぴしする」とさりげなく、体験談を挿入する。アメリカをいとも軽やかに、そして貪欲なほどの知的好奇心に駆られて旅を続ける亀井氏の語りに耳を傾けながら、読者は楽しく旅を共にすることができる。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.05.21)

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紙の本フェルメール デルフトの眺望

2002/05/17 22:15

フェルメールの生涯と17世紀のデルフトの街並とオランダを背景に、天才画家と絵の魅力が浮かびあがる

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 著者ベイリーは「ニューヨーカー」の専属作家であり、いわゆる美術史の研究者ではない。それがむしろ、この天才画家フェルメールの絵画を理解し、時代を知る上でこれまでのフェルメールを論じた書と趣を異にしているようであり、魅力となっているようだ。
 たとえばフェルメールの絵を見て、室内の人物の足下に広がる美しい幾何学的な模様を実にみごとな遠近法によって描いたタイルに不思議な魅力を感じる人は多いだろう。「ヴァージナルの前に立つ女」の足下のタイルと壁面の床に沿ってはめ込まれた人物画のタイル、「絵画美術」の画家の足下に十字を刻むタイル、「手紙を書く女と召使い」の市松模様のようなタイル。ベイリーはタイルの絵画的な手法の分析に向かうのではなく、タイルの製造そのものに着目し、デルフトの町の歴史の中にタイルの存在を確認する。中でも白地に青の装飾を添えたデルフト産の方形小型のタイル、先の「ヴァージナルの前に立つ女」の絵の壁面に一列に並んでいるタイルはまさにデルフト産の特産品なのだ。
 タイル産業がデルフトの繁栄と町の誇りと関わる。陶器製造業は1640年には10軒、150人の職人。それが1670年には500人に増大する。一方、遠く中国ではこの時期(明の時代)に内戦が勃発し、オランダ東インド会社の船便がとだえ、デルフト焼きの陶器はその供給不足を補うために急激な増産を行うこととなる。当時のデルフトの男の内、4人にひとりは何らかの形でタイル製造業に関わっていたという。デルフト・タイルはオランダ人の芸術的な手腕を示す見本として広く、知られるようになっていったのだ。
 フェルメールの絵に描かれているテーブル、絨毯、カーテン、タペストリー、テーブルクロス、地図、椅子、箒、バケツとさまざまな日常品がさりげなく登場し、その時代の生活の雰囲気を克明に物語っている中にあって、タイルの存在もまたオランダ、デルフトを刻んでいるのだ。青一色のデルフト・タイルは「デルフトの青」として人びとを魅了したのだが、このタイルもまたオランダの風俗画のひとつとして日々の暮らしを細部にわたって今日まで伝えている。凧揚げ、輪回し、独楽回し、馬飛びなどの子供の遊びも見られるという。まさにブリューゲルの世界に通じる世界がある。
 フェルメールが描いた人びとの表情の内に潜む心の微妙な揺れや、複雑な人間関係がそれぞれのドラマを展開させると同時に、少女の耳に光る真珠や、マルタの被る頭巾、テーブルクロスの襞の陰影と布地の触感にいたるまでデルフトの文化が浮かび上がってくるが、その背景と歴史をベイリーは実に的確に、かつ繊細に明らかにしてくれる。これまでさまざまなフェルメールに関する本が出されてきたが、この本は作品の外から、フェルメールに対する視点をさらに大きくした上で、魅力を与えている。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.05.18)

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日本の原風景が文学、絵画、建築、都市空間とさまざまな領域と時間を超えて広がるドキュメント風味の好著。

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 ♪緑の丘の赤い屋根/とんがり帽子の時計台/鐘が鳴ります。キンコンカン♪
 『風景ゆめうつつ』は、なつかしい歌が第1章を飾る。いや、なつかしさを覚えるのは昭和20年代初頭の戦後を体験した者たちのみかもしれない。ともあれ、著者、木村勲は冒頭から人びとの心をとらえ、深くゆさぶり、一気に作詞家、菊田一夫の世界に読者を誘う。さらに「ガメツイ」という造語を生み出した小説『がめつい奴』、自伝小説『がしんたれ』の作者でもある菊田の描く世界は六甲山の丘から神戸、大阪の町の風景に連なっていく。
 この本に描かれる人びとと風景は種々様々だ。その一部を紹介しよう。和辻哲郎のイタリアとの出会いと故郷、姫路を核としたふたつの風景とふたつの精神風土。谷崎潤一郎作「春琴抄」の背景となる江戸初期の道修町は明治時代の地図をもとに想像図を添えて春琴の足取りを追う。
 椎名麟三、田宮虎彦、手塚治虫、石川啄木、福沢諭吉と次々と息をつく暇も与えず、それぞれの人びとの人生の一齣、芸術、思想、人生観の断面が鋭利に切り開かれて、読者の前に事実とフィクション、写真、地図、絵図を視覚的に提示しながら躍動していく。最後にアメリカの鉄道全盛時代の寝台車メーカー、ジョージ・プルマンの「赤い屋根」の世界と出会う住友財閥の住友友純を飾ることにより、冒頭に置かれた『鐘が鳴る丘』の主題歌「とんがり帽子」の情景が収斂していくのは、まさに著者の「ゆめうつつ」の風景を結ぶにふさわしい「物語」の完結と言えよう。
 この書はもともと朝日新聞大阪版に40回にわたって連載された同名のエッセイをもとに一冊の本にまとめ上げたものだという。限られた時間内での取材、調査、執筆を考えると、そこには超人的な技と、加えて熱い情熱のような思いがあって進められていったことが肌で感じられる。その勢いがそのまま本書全体を貫き、一編一編が独立したエッセイでありながら、大きな潮流となって、それが日本の原風景というタペストリーとして雄大な情景を生んでいる。なお、「序」として巻頭に添えられた長谷川龍生の「人間が生きる風景」は、木村勲の世界を実に的確かつ簡潔に集約させた一編の詩となって輝きを添えている。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.05.09)

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劇場で暗殺されたリンカーン大統領。その瞬間を核にアメリカの歴史、文学、思想を大胆に分析した書。

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 「その日、一八六五年四月一四日は、エイブラハム・リンカーン大統領にとっては生涯最良の日として始まった」と、「ただ一発の弾丸が」と題された第七章は始まる。周知のごとく、南北戦争の終結に心から至福のときを味わった、まさにこの日の夜、リンカーンはフォード劇場で俳優のジョン・ブースに暗殺された。しかもこの暗殺者ブースはボックス席のリンカーンを背後から撃った後に、舞台に飛び降り、観客に向かって「暴君死すべし」と叫び、舞台を横切り、舞台裏から逃亡していったというのだから、大統領暗殺が劇場という舞台空間で多数の観客を前にして、いかに「劇的」であったかは想像に難くない。
 巽氏はフォード劇場で上演中のイギリス劇『われらがアメリカのいとこ』の全容をたどり、なお暗殺の瞬間に途絶した舞台上の台詞にこめられた諧謔的でユーモア溢れる「アメリカ俗語を操る粗野なフロンティアズマン」にリンカーンの似姿を見る。暗殺の瞬間はさらに暗殺者ブースの演劇一家の親兄弟、さらには当時の演劇受容史からブースの最期に至る状況を綿密にたどる一方、南北のイデオロギーの対立に端を発した南北戦争の終結が奴隷問題に対するひとつの終止符を打ちながら、実はそれが現在にまで至る新たなる人種差別問題の出発点であるという大きなアメリカ史の流れを見る。
 『リンカーンの世紀』と題した本書はリンカーンを機軸に、さらに言えば、このリンカーン暗殺の瞬間を核に、放射線状に拡散していく街路に点在する出来事を、ときには先の台詞のごとき微細な事実にこだわり、一方、時代そのものを大局的にとらえながら、最終的には現在の「アメリカの世紀」を照射しようとするものである。
 結果としてリンカーン大統領暗殺は南北の対立と分裂という崩壊には向かわず、国家統一の夢の実現に荷担することとなる。第八章「鐘の音を聴け」は統一の夢をつなぐ架け橋を明らかにしていく。ウォルト・ホイットマンの追悼詩「おお船長!わが船長よ!」に始まり、リンカーンの遺骸を運ぶ霊柩車の旅を経て、南北対立の間隙に微妙に位置した西部の存在、西部と東部(あるいは北部)を結ぶ大陸横断鉄道の建設、南部の拡大路線上に浮かぶキューバを初めとする中南米併合の野望、と文学、文化史、鉄道史など多岐にわたって時代の特性を巻き込みながら展開していく。細部にわたる緻密な照査と同時に大胆な視座の広がりをもって、アメリカ史としての「文学思想史」であり、また独立革命以前にアメリカ史の源流に見た前書『ニュー・アメリカニズム 米文学思想史の物語学』(青土社)の続編として位置づけられる書である。
 軽妙でリズミカルなリズムと語りによって、ときに複雑で錯綜した史実と思想が交錯するが、一気に最後まで読者を引き込んでしまうところが妙味だろう。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.04.24)

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紙の本アメリカ人の歴史 2

2002/04/22 22:15

1815年から1912年の間に生じた経済危機、南北戦争を経て20世紀に至る壮大なドラマを展開。

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 第一巻の紹介でも強調したが、著者のポール・ジョンソンはアメリカ人ではない。イギリスの歴史学者である。かつてイギリスの植民地的状況に置かれていたことのあるアメリカを、イギリス人がヨーロッパの動向を踏まえて書いたところが実に痛快な面白さをもっている。著者は語る。「1890年代まで、アメリカの歴史は本質的には東部諸州の発展で、イギリス史の海外への延長、あるいはヨーロッパの海外発展におけるエピソードとみなされていた」。少なくとも我々は外からアメリカを眺めてはきたが、ジョンソンが明確に言い切るほど、アメリカの存在をそのような視点で見ては来なかったように思う。それでもなお、著者の外からの視線には偏見はほとんど感じられず、公平で客観的であり、説得力をもつ。またアメリカの歴史書でありながら、あくまで"A History of American People"として、「アメリカ人」に焦点を置いたところに本書の特徴があり、それが政治的な流れにそった従来の歴史書と際だって異なる特性を生んでいる。
 たとえば「グールドや、ハリマンのような人物は、当時の大半の大統領より、よかれ悪しかれ世間に重要な影響を及ぼした。実際、リンカーンとセオドア・ローズヴェルトの間に、ホワイトハウスを占有した人物はすべて二流である」と断言し、第16代大統領のリンカーンから26代のローズヴェルトの間を占めた大統領はほとんど黙殺されるか無能ぶりが指摘されるだけで、むしろ実質的にアメリカ経済と社会に影響を与えた人びとに焦点が当てられる。ジェイ・グールドは「追剥成金」とも称される悪徳な相場師であり、エドワード・ヘンリー・ハリマンは誠実な実業家でありながら、ときの大統領ローズヴェルトから忌避された人物、共に鉄道会社に関与し、莫大な資財を築いた人物である。このアメリカ鉄道史の中で著名な人物にはコーネリアス・ヴァンダービルトはわれわれにも馴染み深く、南部のかの名門私立大学ヴァンダービルト大学の創始者であるが、著者の人物評は手厳しい。「ヴァンダービルトは大柄で粗野で、周りを圧倒し、「東海岸一の大声」の持ち主だった」と評し、同時に涙もろさをも明らかにしている。日本にも居そうな人物であり、その人物像はときに戯画的な感がしないでもないが、迫真性を帯びつつ、背景となっている時代の流れを描き出す。
 歴史は人物に限らない。ホームステッド法に基づきアメリカの西部に広がる公有地であった広大な大地は農業、牧畜業、鉱業と多岐にわたって効率的に開発されていった。そんな中で、一八七〇年代、南北戦争後まもない時期に、農業経営の一端としての技術革新に「有刺鉄線」がイリノイ州のふたりの農民によって発明され、農業と牧畜業に劇的な影響を与えた。土地を放牧された牛から守る一方で、牧畜業から見れば、放牧の範囲を容易に広げることを可能にした有刺鉄線は、後に「第一次世界大戦では何百万人もの命を奪うこととなる」。(ここでは言及はないが、第二次大戦中にはナチによるユダヤ人収容所における大量殺戮があり、アメリカ本国では日本人の強制収容所も同様、有刺鉄線で囲まれることになる。)
 第二巻に展開する100年はまさにアメリカ人がアメリカを世界で最も富める国に築き上げていく時代であり、その急激な経済的成長がアメリカ史であり、人々の歴史であることが浮き彫りになる。鉄道は太平洋岸と大西洋岸を結び、農業国として確立しつつ、鉄工業を含めて工業全領域を発展させ、広大な土地の開発という水平移動から、さらには摩天楼となって垂直に空に向かうダイナミックな時代がここにはうごめいている。歯切れのよいリズムは翻訳の旨さによって実に心地よい。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.04.23)

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紙の本スクリーンを横切った猫たち

2002/04/19 22:15

猫が登場する映画がこれほど多くあったとは驚きだ。ときには主役然と、ときにはさりげなく猫が出現。

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 猫が登場する映画をいくつ思い出せますか?
 この質問にまずは答えてみてから、思い出す映画のシーンで、猫がどんな役割をしていたか考えてみよう。私はまず『老人と海』。原作、ヘミングウェイ。ジョン・スタージェス監督。主人公サンチャゴの役をちょっと太めのスペンサー・トレイシーが演じた。猫は、漁を終えて疲労困憊の果てに家路をたどる丘の上に倒れるように座っている老人の前を、「さも用事ありげに通り過ぎて」行った。小説は10回以上も読んだことがあったが、猫の存在に気付いたのは、10回を過ぎてからのことだった。映画もすでに以前に見たことがあったが、猫が出てきたことは記憶になかった。
 原作グレアム・グリーンの『第三の男』の猫は誰でも気付く。この猫が、例の第三の男が生きていたことを知らしめるし、結果として、男が追いつめられて射殺されることになるからだ。あるいは原作トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』でホーリー・ゴライトリーを演じるオードリー・ヘップバーンと同居する名前を付けてもらえない猫。猫が主人公の分身であることは、都会の片隅で生きる孤独な若い女性の姿と重なることで明らかだ。
 と、まあ、常識的なことを確認してみても、この本のスクリーンに登場する猫の多さと、その役割の多様性には到底、足下にも及ばない。
 紹介された作品集は105本。それに文中でさらに指摘された別の映画も合わせると、さらに数十本が加わる。それでも厳選しているとなると、猫が登場する映画の多さに圧倒される思いがあろう。猫が登場し、しっかりと役を果たしていることを明らかにされなければ、タイトルを見ただけでは意外な感じがする映画もあるかもしれない。たとえば『駅馬車』(1939年作)。最後のクライマックスの決闘シーン。リンゴとの決闘に向かうプラマー兄弟のひとりが前を横切る黒猫を撃ち、弾は外れ、あげくの果てにリンゴに彼らの位置を読み取られてしまう場面だ。黒猫が不吉な予兆を暗示する。となると、映画化されていないもののエドガー・アラン・ポーの短編「黒猫」こそ、まさにその代表ということになるが、黒猫が登場するのはそれだけではない。フランス映画にも黒猫は登場する。ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』。「ヌーベル・ヴァーグの先駆をなすスリラー仕立ての佳作」。社長を殺した直後に、こともあろうことか、その社長室で黒猫が目の前を横切って行く。自殺と見せかけた殺人はやがて暴かれることとなる。著者は、黒猫を登場させる技巧には不自然さを感じ、批判的ではある。
 猫の登場場面を明らかにしながら、実はこの書は、作品論と映画論にもなっているのだ。確かにそれぞれに猫の映画における役割の濃度(「猫度」)が7段階に分類されて、それぞれの猫の役回りを明らかにしており、「猫」映画を網羅的に紹介しているが、それ以上に映画のもつ妙味に対する言及が、この本の魅力となっている。
 猫の存在が気になる映画のタイトルだけ、いくつか挙げておこう。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、『羊たちの沈黙』、『ミツバチのささやき』そしてテキサスを舞台にした『ラスト・ショー』。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.04.20)

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紀元前から現在にいたる5000年の歴史を建築史でたどりつつ、そこに人間の息吹を伝える。

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 この書は5000年の長い建築の歴史を古今東西、網羅的に一冊の本にまとめ上げようとする建築の歴史書として手頃な本である。
 遊牧の生活から農耕に代わるや都市が生まれ、それと共に神殿が作られ、宮殿が作られた。この古代都市からコンピュータ・グラフィックを駆使したあたかもアニメの「未来都市」に描かれるような空想的な都市が現実化しつつある21世紀に向かって、この長い歴史を建築の視点から眺めるというのは実に興味深いものがある。
 この建築史の主流はメソポタミア、エジプト、ギリシャを経て古代ローマに至り、5世紀末の西ローマ帝国の滅亡から長くヨーロッパは暗黒の時代を通過する。その一方で東ローマ帝国の繁栄により、その首都コンスタンティノポリスの繁栄の中でビザンチン建築の粋を集めて大聖堂が建立され、そのドームは後にイタリア、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂に影響を与えることになる。と、数千年の歴史を簡潔に集約させても、建築物が目の前に示されば、視覚的にその意味するところは理解ができる。
 確かにこの膨大な歴史を1冊の本で網羅的に、しかもそれがヨーロッパのみならず、アフリカ大陸、中国や日本やインド、東南アジアの建築にも言及するというのであるから、途方もなく欲深い本だと言えよう。にもかかわらず、そうしたダイナミズムが読み物としても楽しく読めるのはおそらく、この本の構成力と数多くの実物を映した写真によるのであろう。
 ビザンチンを経て、厳格で屈強な印象を与えるロマネスク建築、尖塔を抱き、天高く聳え立つゴシック建築、イタリア・ルネッサンスの合理的かつ人間的な都市空間とそれを形作る理想的な建造物への希求。やがてイタリアにはバロック建築が始まる。こうした大きな流れを的確かつ簡潔に描写しながら、著者は極めて平明な文で読者に語りかけるように説明する。例えば、バロック建築を次のように語る。

 「17世紀初頭、イタリアの芸術・建築を支えていたもの、それは、限界を恐れない豊かな才能の力でした。1630年代、イタリア芸術と建築は、一つの様式に集約され、みるみるうちに大きく花開きました。この様式は、19世紀に批判的な人々によって、バロックと名づけられることになります。彼らはバロックという言葉を、『歪んだ』という意味に使ったのです。
 確かに、ローマのサン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネ聖堂(1634-82)は、一見したところ奇抜で、すこし混乱しているような印象さえ与えます。狭苦しい街中に押し込まれるように建つ、この宝石のような建物を手がけたのは、フランチェスコ・ボッロミーニ(1599-1667)です。ローマでは財をなすことはできませんでしたが、名声だけは手にした、この臨時雇いの石工だった建築家は変人と言われ、最後は自らの手で人生に終止符を打ちました」。

 著者グランシーが、ただ単に建築の世界史を書こうとしたのではないことは上記の引用でも明らかである。的確にバロックの特性をとらえる一方で、聖堂を取り巻く状況、聖堂を建てた建築家の人物像(その自殺)まで、さらりと描いている。読み物としての魅力に溢れているのだ。日本人建築家では唯一、黒川紀章が登場する。
 惜しむらくは、翻訳にむらがあり、もう少し日本語表現に注意が求められよう。意味が通じればいいのではない。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.03.20)

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紙の本バロックの光と闇

2002/01/31 18:17

バロック絵画の神髄と魅力が実に明快かつ簡潔に、古典主義との対比を通じて描かれた好著。

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 折しも、昨年9月から12月にかけて、「カラヴァッジョ/光と影の巨匠——バロック絵画の先駆者たち」と題されたカラヴァッジョの作品を中心としたバロック絵画が東京都庭園美術館にて公開された。点数はそれほど多くはなかったものの、カラヴァッジョのダイナミックにして、光と闇の強烈なコントラストに浮き彫りにされるさまざまな劇的な瞬間は、観る者の心に迫る衝撃を与えたように思う。庭園美術館では開館以来、最高の入場者を記録したと言う。

 このたびの高階秀爾の『バロックの光と闇』は、あたかもカラヴァッジョ展の終了に合わせたかのように出版され、バロックの魅力を言葉によって懇切丁寧にかつ明快に解き明かしてくれている。バロック芸術が古典主義の芸術との比較において、その特徴が説かれるとき、実に明瞭な対比の中で説得力をもつ。
 たとえば、「古典主義絵画における光は、いわば間接照明のように画面全体を静かに照らし出すものである。それに対して、バロックの光は、強烈なスポット・ライトのように画面の闇を切り裂く」。あるいは「ヴェルサイユ宮殿の造営に見られるような巨大趣味や華麗な装飾性は<バロック的>と呼ぶべきであるが、庭園を含めたその全体計画に見られるシンメトリーを強調した幾何学的な構成は、優れて古典主義的である。そこには安定して秩序への志向が強く見られるからである」。

 全体は序章および15章からなり、冒頭の「バロックと現代」において、バロック芸術の影響、あるいは「バロック的」なるものが今日、どのような形で残っているか、という現在との関わりから始まり、最終章は「永遠のバロック——新古典派とロマン派」で閉じている。高階は序章で、パリのポンピドー・センターのことを次のように書いている。「1977年初春、パリ市民たちは突如出現した鉄とガラスの巨大な建造物に度肝を抜かれて騒然となった」。ポンピドー・センターのあのグロテスクとも言える剥き出しの配管が工場のように建物の側面を覆っているさまに驚愕したのは、私ひとりではなかったのだ。あれがバロックなのだ、と言えば、まさにバロックなのだろう。しかし、このセンターが「バロック的」であるのは、美術館、図書館、音楽研究所、子供のアトリエ等々、さまざまな施設を備えた文化複合施設であり、そこにバロックの理念があるのだ、と高階はそこに現代のバロックを見た。

 歴史的な事実として、ルターの告発に端を発して宗教改革の嵐が吹き荒れた中で、カソリック陣営の対抗措置として、字の読めない一般大衆にも感動を与える美術を利用せんと、バロック芸術が重宝されたこと、また派手で、分かり易い表現法が教会の天井や祭壇に取り入れられていったという事実は「大衆教化のイメージ戦略」と題した章でも明らかにされているが、このバロックの源泉を確認した上で、言葉を拾い集めて、それを紡ぎ、同時にふんだんに取り込まれたゴシック絵画を自らの新たな視点で、視覚的に確認していくことによって、壮大なバロック芸術の姿が見えて来るように思う。それもこの書の読書の大いなる楽しみ方のひとつとなるであろう。ジャンルの境界を越えた表現、国境を越えた広がり、表現の総合化、スペクタクル、歪み、規則からの逸脱、不安定、動的、飛翔、視点の拡散、不自然さ、非合理的、異様さ、これらもまたバロックの特徴を端的に表現する言葉である。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2002.02.01)

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1912年、突然、絵画を放棄し、オブジェに向かったマルセル・デュシャンの思想を解読

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本書はマルセル・デュシャンの人生のある1時期を中心にその芸術的な変化を明らかにしようという書である。ミュンヘンでデュシャンにとっては最後のキュビズム的な絵画を画いてから、絵を画くことをやめ、オブジェに向かった時期を軸にデュシャンの芸術的思想を精神分析的な解釈を用いることによって、解明しようという野心作である。
1912年のアンデパンダン展で<階段を降りる裸体>が拒否されたときに、デュシャンは「マルセルよ、もはや絵画はない、仕事を探せ」というモットーを自らに掲げて、絵画から離れていった。絵画を画かなくなったデュシャンはその後、自転車の車輪を初めとして、さまざまな奇妙なオブジェを作り出していく。その後、ニューヨークでのいわゆる新しい芸術作品<レディメード>が誕生することとなる。そして、<泉>と題した、男性用の便器の登場となる。

 デューヴは主張する。「レディメードは機能主義的視野では考えられなかった生活環境の平凡な製品に芸術の名を与え、それを実用性から切り離し、唐突に「純粋」芸術の無用性と純粋性を与える。機能主義は、材料の尊重、生産過程の明示、さらには用途に内在する美的価値としての実用性の顕揚を主張し、芸術という名の既成価値を無視した。レディメードも同じく材料、製造、実用性を明示するが、それは芸術の名において成立する価値だけを引きだすためであり、いかなる美的価値も、いかなる実用価値もひとしく破棄される」。

美学を専門とせず、文学的な関心の延長線上で芸術を考え、デュシャンの魅力を知り、かの有名な<泉>なる便器の意味を理解したくて、この書を手にして読んだのだが、ここに至り、どこかあの<泉>の意味は分かって来たように思う。先の引用を自分なりに言い換えてみよう。レディメードであり、生活の中で極めて平凡な製品である便器を芸術と名付け、(比喩的な言い方をすれば、工場ならぬ、トイレから)外へ持ち出し、美術館に置いたとする。当然、便器はその実用性を剥奪され、使用は不能となり、無用性を与えられるが、同時にそれは芸術作品として純粋性を与えられることとなる。またそれは同時に従来あった芸術そのものに与えられてきた価値そのものは無視され、そこに美的価値も実用価値も剥ぎ取られてしまうことをも意味する。

後にデュシャンは1960年代になって、この<レディメード>に関して幾度かインタビューに答えている。そのひとつを挙げよう。「定義を単純化できるとすれば、レディメードは、作者のいない芸術作品です。絵の具チューブは、芸術家に利用されるが、それを作ったのは芸術家ではない。それは絵の具製造者によってつくられる。だから画家が絵の具と呼ばれる手工業品を使って絵を描くとき、実際にはかれはレディメードをつくっているのです」。作者としての芸術家の不在。

「階段を降りる裸体」に対する侮蔑に痛く傷ついたデュシャンは自らの屈辱的な思いを払拭すべく、非絵画に向かった。その軌跡の原点を探る書だ。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2001.12.15)

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紙の本アメリカ人の歴史 1

2001/11/28 22:16

後編:アメリカ人の築いてきた歴史を分かりやすく、痛快にして、壮大な視野から見たアメリカ史

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  書評前編より  

ジョンソンもこのセーレムの魔女裁判の延長線上に、1919年-20年の「アカの恐怖」、先のマッカーシー旋風、さらに1973年から74年のウーター・ゲート騒ぎ、1980年代のイラン・ゲート狩りまでを鳥瞰して眺め、そこに類似性を見ている。氏曰く「セーレムの裁判は、現実非現実を問わず自分たちの社会や生き方の的に対して、ひとりよがりの怒りを発作的に爆発させ、それに振り回されるというアメリカ人気質の現れだったとも考えられよう」。

もし著者が現在を眺めていたら、2001年9月11日のワールド・トレード・センターのテロからアフガニスタンへの空爆に至るテロへの報復を、セーレムの延長線上に置くに違いない。ブッシュ大統領のみならず、多くのアメリカ人の反応にはまさにこの「気質」が露呈しているからだ。

アメリカ史がこんな風に展開し、そこから客観的にあぶり出されているさまざまな事象と出来事を明らかにしたこのような歴史書は、おそらく初めてであろう。これから第2巻、第3巻と続々と出版されるだろうが、まずは第1巻を楽しんで読み、続く1815年から1997年までの歴史の展開をさらに楽しみに待ちたいものだ。 (bk1ブックナビゲーター:今村楯夫/東京女子大学教授 2001.11.29)

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