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  3. 守屋淳さんのレビュー一覧

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先月(2017年2月)

守屋淳さんのレビュー一覧

投稿者:守屋淳

19 件中 1 件~ 15 件を表示

昭和天皇 上

2002/08/01 18:15

人の責任神の責任

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 近年、『敗北を抱きしめて』(岩波書店 ジョン・ダワー)を筆頭に、日本近現代史の好著が気鋭の外国人研究者によって発表されている。そして、ついに昭和天皇の伝記がそのターゲットとなった。
 現人神、日本の象徴、戦争責任——愛憎の入り混じった日本人の眼ではなく、より客観的な視線が保てる、外国人という立場で昭和天皇という一個人を見た時に、どのような像が浮かび上がってくるのか……
 この上巻では、昭和天皇の生い立ちと、成長過程、そして日中戦争、日米開戦前夜までの過程が、莫大な資料を背景にした迫真の筆致で記されている。
 昭和天皇の特に戦争責任の問題に関しては、今まで、日本人研究者の手によっていくつかの研究や指摘がなされている。様々な説があるが、その中で有力なものの一つに、天皇は中国やアメリカとの戦争を望まず止めようと努力したが、軍部の暴走によってその意志が踏みにじられたという主張がある。しかも、天皇には実際の権限もほとんどなく、軍部や内閣がすべての責任を負っていた、という。
 しかし、本書は常に問い続ける。本当に天皇は、何もしなかったのか、暴走する軍部だけに開戦の責任があったのか、と。そして著者が描き出すのは、激動の時代のなかで、抜け目なく立ち回って影響力を行使し、自分の意志を押し付けていく天皇の姿だ。そのなかで、天皇は確実に軍部の暴走を追認、支持している……
 歴史の解釈は難しい。膨大な歴史的発言や言動のうち、すべてが記録として残されているわけではないし、例え記録として残ったものでも、歴史を解釈する側が何を取り上げ、何を取り上げないかで、歴史の様相は大きく色を変えてしまう。
 つまり、もし昭和天皇には責任がなかったという立場で、そちらに都合のよい資料を摘み上げていけば、当然、免責されるべき天皇像が浮かび上がってくる。逆もまたしかりだ。どんなにバランスよく資料を取り上げようとしても、人間は神のように公正にはなりきれない。
 その意味で、本書は重要な起爆剤の役割を果たす名著だ。ぜひ本書を踏み台として、百八十度逆の立場も含めたさまざまな昭和天皇論が出て欲しいと思う。多くの研究や論舌の向こうにこそ、わずかに真実らしきものが垣間見えるのだろう。
 まず手始めの一歩として、多くの人に読んでほしい一冊だ。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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一次資料の迫力

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日中戦争において、大虐殺があった、いや幻だったといった論争が続いている南京戦。本書は、南京に実際に従軍した元兵士たちの声を丹念に拾い集めた証言集だ。戦後生まれの人間にとっては、経験しようのない戦争の狂気が、圧倒的迫力で語られている。南京戦の一次資料として、何より戦争への参加が他人事ではなくなりつつある今の国際情勢において、幅広く読まれて欲しい好著だ。
 本書では、特に「戦争」がごく一般の人間をどう追いつめ、どう変えていくかという過程——いくつもの証言から垣間見えてくるのだが——が白眉のひとつになっている。まず、当時の日本兵たちは、戦争や捕虜の扱いについて何も教育をうけていなかった。実際、《〔ハーグ条約について質問すると〕そんな教育は、日本の軍隊はやらん。「捕虜になったら死ね」というだけや。捕虜をつかまえたら、殺そうと何しようと仕方ないな》といった証言が複数ある。当然、現地で足手まといの捕虜や、怪しい一般民は処刑の対象となっていく。
 しかも南京戦では、本土からの食糧の補給など一切ない状態だったらしい。兵士たちは、空腹を満たすために略奪をせざるを得ない。まさに、近所にごく普通にいそうなおじさんたちが、《一線に出ているもんは人間が鬼になってしまうことがありますなあ》という状態に変貌をとげていく。日本の戦前の教育や為政者、軍指導者たちの罪深さが、ひしひしと感じられる部分だ。
 さらに、本書では戦場でのディテールが、とても生々しく、リアルだ。
《弾は音している間は大丈夫や。そやけどわしの隊長は、「チュン、チュン言うたら気を付けよ。前撃っとんやで。“ヒュン、ヒュン言うやつは上越しとんやで”と言うとった》
《その場で強姦する人もいるけれど、強姦する時は一人では絶対にやらない。逆にやられることがあるので、二人以上の時にやるんですよ》
《多数の死体が漂うクリークの水でご飯を炊いた。その水は死体の血などで腐った水でね。炊いたご飯がそのために変色していましたが、それでもやむなく食べるしかなかった》
 些細な記憶の断片が、戦争のリアリティを実感させる。
 また、肝心の南京大虐殺の有無や規模に関しては、本書では《南京大虐殺はあった。自分がこの眼で見てきたことや》という肯定派から、《南京行った連中から聞いてもらえれば、おそらくみんな「あんなに殺してへん」と言うと思うわ。自分の部隊だけでそんな何万もころされへんもんや》という否定派まで(ただし、肯定派の方がかなり多い)、幅広く収録されている。
 願わくは、南京大虐殺の有った/なかった、といった立場を問わず、このような証言が今後とも調査・発表されることを望みたい。真実を眼にしているのは、当時、その場に立ち合った人々だけなのだから。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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紙の本チョムスキー、世界を語る

2002/09/30 18:15

反体制だけに見える真実

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いま、反体制的なスタンスってあまり人気がない。
 国家の横暴さや、権力の酷さ、今ならグローバルスタンダード反対などと語っても、「あんたの言っていることには代案がないんだよ、代案が!」(田原総一郎調)とかいじめられ、能なし評論家とか罵られつつシュワシュワと小さくなるのが関の山だったりする。
 しかし、そんな没落しつつある反体制に、いまだ輝き続けるスターがいる。
 ノーム・チョムスキー——「生成文法」によって、言語学に革命を起こしたといわれる知識人だが、世界や社会問題を語らせると、その舌鋒の鋭く強いこと。もちろん、アメリカ同時多発テロ後に出版されベストセラーになった『9・11 アメリカに報復する資格はない』(文藝春秋)などを読んだ方なら、書かずもがなのことだろう。
 本書は1999年の暮れにチョムスキーに対して行なわれたインタビューの翻訳であり、同時多発テロが起こる以前の状況を元に、世界を語っている。しかし、これがまさに今の世界状況を予見したような言葉だらけなのだ。
《米国・英国はかんたんに実力行使に出る国だと思われたいと望んでいるのです》
《今後の米国の立場は次のようなものになります。われわれの外交政策の要(ルビ:かなめ)は、核兵器である。われわれは核拡散防止条約(NPT)を破棄する。われわれは、たとえこの条約に加盟した国を相手にする場合でも、先手を打ってこちらから叩く権利を放棄するような約束をするつもりはない。われわれは、どの国に対しても、こちらから攻撃をしかけられる体制になければならない。つまり、受けた攻撃に対する報復としてだけでなく、予防的な意味合いでの先制攻撃である》
 イラクを攻撃しようとするアメリカの姿を、三年以上前にずばり指摘しているのだ。
 他にも、アメリカや西欧諸国のエゴの犠牲となり続けている世界の紛争地での悲劇や、国のプロパガンダに積極的に協力するマスコミの姿、大企業のやりたい放題の姿勢などを抉り、読んでいて鳥肌がたつような迫力、反体制だからこそ見える真実を提示する。
 印象的なのは、エチル社が開発・販売した有鉛ガソリンという商品の話。これは車のアンチノック剤として盛んに使われ、アメリカ経営学のカリスマであるドラッカーも『マネジメント』(ダイヤモンド社)の中でこの商品の成功プロセスを絶賛していたのだが……
《一九七二年、政府はついにこのガソリンを禁止しました。ちなみにこれが、環境保護への配慮から厳しくなった新法への第一号です。その結果、すぐに子供たちの体内の鉛の蓄積量の低下が認められました。このときエチル社は有鉛ガソリンをヨーロッパにもっていって売り、ヨーロッパでも禁止されると、こんどは第三世界諸国で売っているのです》
 輸入血液製剤による薬害事件などと同じ構図は、どこでも繰り返されているらしい。
 TVや新聞などの報道とは違う視点で、世界を眺めたい方に、ぜひ。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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紙の本退屈論

2002/07/19 22:15

幸せになった、もてない男は自慢げに呟く、『退屈だ』

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『もてない男』(ちくま新書)で一世を風靡した小谷野センセイの、華麗なる変身を告げる本だ。なぜなら、もし筆者が「もてない男」のままなら、退屈など知らないはずだからだ。あの娘は自分に気があるのだろうか、映画に誘っても嫌われないだろうかと気もそぞろ。ところが、一端異性が手に入って幸せになってしまうと、ああ、なんか退屈、セックスも飽きちゃったし、もてない諸君はまだウロウロ活動してんのか、ご苦労なこったねと、勝ち誇った顔つきで一人ごち。勝手な類推だが、本書って、筆者が幸せになってしまったからこそ生まれた産物なのかもしれない。
 内容としては、近代文学や、ニューアカデミズム、ホイジンガや人類学に霊長類学、さらに森田療法まで、非常に振幅が大きく多彩な話題を行き来しながら、人間につきものの「退屈」と、「退屈しのぎ」のために生まれた恋愛や性、文化などの姿を明かにしていく。読んでいる最中は、なんでこんなに話題があっちこっち飛ぶのだろうと不思議な気分に捕らわれるが、最後になって理由がわかる。著者は《退屈に関する普遍理論を構築しようとしてきたが、ここでは、具体的に、どのような社会を作り替えていけばよいかを提案したい》という。つまり、「退屈の普遍理論」と「社会改革」を目指していたのだ。なんという壮大な構想。現代の前へ前へと駆りたてられる生活を止めて、退屈に耐えるスローな社会を目指そうという著者の提唱自体は、割りとありがちなものだが、その心意気にはちょっと驚嘆の一言だ。
 ただし、ちょっと全体に力技を使い過ぎていて、所々ほつれが見える部分もある。まず、本書で使っている「退屈」の意味。「ヒマ」や「時間を持て余す」という意味ではなく、「満足を知らない」「わくわくしない」という意味にかなり偏って使われている。そこを留意しないと、文意がとれない所がある。
 また、《太陽系はもちろん銀河系内にも、知的生命はおろか生命の痕跡もないという退屈な事実だった》との一文がある。しかし、火星から飛来したとみられる隕石「ALH84001」から生命の痕跡と思われる証拠が発見されたと、1996年にNASA(アメリカ航空宇宙局)が発表したのは有名な話だ。調べればわかる事実なのに、ちょっといい加減な記述。
 まあ、そんな傷があるにせよ、著者の壮大な「退屈」理論の構築という野望には、一見の価値があると言っていいだろう。
 考えてみれば、多くの知識人にはその看板となるような言葉がある——蓮実重彦大センセの「凡庸」、浅田彰センセの「スキゾ」、岸田秀センセの「唯幻論」、宮台シンちゃんの「まったり」などなど——小谷野センセの場合、今後は「退屈」がその代名詞になるかもしれない。(守屋淳/著述・翻訳業)

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紙の本戦争プロパガンダ10の法則

2002/06/11 22:15

僕だけが正しくて立派で正直なんだ——このセリフ、なぜか国家がいうともっともらしく聞える不思議

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ブームの移り変わりの激しい日本では、今更ながら口に出すのが恥ずかしい質問というのがあります。
「そういえばビン・ラディンの捜索ってどうなったの?」「アメリカ同時多発テロは、本当にビン・ラディンの仕業だったの? それってきちんと証明されたんだっけ?」
 なんていうのは、「おお、今更!」という今更度が結構高いかもしれません。
 現在では、アメリカ政府は事前にテロを知っていたはずなのに、なぜ防がなかったのかなんていうスルドイ突込みがなされていますが、しかし一時期は、人類の敵といえばビン・ラディン、対テロの戦いを援助しなければ世界の敵という言い方さえされていました。
 この、テロ直後に始まったアメリカの大宣伝攻勢——つまり、マスコミを使ったプロパガンダ戦略は、実は同じパターンで歴史上に度々あらわれてきたものです。
 そして、そのパターンを緻密に分析してみせた本書は、我々一般人に貴重な教訓を与えてくれまず。なぜなら、我々は結局、世界情勢を知るために限られたマスコミ——TV、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット——しか持たないので、そこで垂れ流される偏った報道に安易に乗せられてしまえば、支持率90%超えたブッシュ大統領がアフガニスタンに軍事行動を起こしたように、この日本も戦争にイケイケになることがないとは言いきれない事柄だからです(ここいらへんの日本人の乗せられやすさを描いたものでは、『日本の戦争』田原総一郎 小学館 がお薦めです)。本書の指摘するプロパガンダの手法は、
《敵側が一方的に戦争を望んだ》
《敵の指導者は悪魔のような人間だ》
《われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる》
 など十項目にまとめられていますが、これらのスローガンを浸透させ、戦争を正当化するために、国家はありとあらゆる手段を駆使するわけです。
 本書で挙げている事例でいえば、湾岸戦争のときの《保育器を盗もうとしたイラク兵が、なかにいた未熟児を放り出した》というエピソード。これはイラク=悪を象徴する話としてマスコミに流され、ブッシュ(父)大統領も演説で何回も引用して、戦争を支持する世論の形成に大きな役割を果たしました。ところが、《のちに、この話は、クウェート人有力者の出資を受け、広告会社がつくったでたらめだということが判明した》そうです。
 結局、戦争に、「きれいな戦争」「人道的な戦争」などありえず、当事者になったが最後、嘘や残虐行為、卑劣な手段を使いまくって勝とうとするのが、悲しいかなその真の姿なのでしょう。しかし、自分たちの行為は隠して、敵の方だけが残虐かつ悪だと喧伝する——本書は煽られやすい日本人こそ読むべき、未来の戦争という病への免疫療法たる一冊です。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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レッテルを貼っただけでは若者は理解できない

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いつの時代でも、「若者たち」のやることは、上の世代にとって謎だらけだ。だからこそ、色々なレッテルを貼って安心したがるのかもしれない。
 思い起こせば、二十年前にさかんに使われたレッテルが「新人類」。その後に「異星人」が来て、「ブルセラ世代」に「援交世代」「酒鬼薔薇世代」……こんなレッテルがオジサン向け週刊誌の見出しをにぎわし、その度ごとに、ちょっと上の世代の論者たちが彼らの思考様式を論評し続けてきた。
 そして現在、若者へのレッテルといえば、本書のタイトルを借りれば「ケータイ世代」になるのだろう。その象徴ともなった携帯電話を中心とした若者の行動様式、さらに個性的なようでいて実は没個性の典型な茶髪、世界を席捲したポケモンに宇多田ヒカル、フリーマーケットなどといった文化事象に、本書はメスを入れていく。さまざまな雑誌に載った文章を集めているため、全体はやや雑然としているが、その分話題の多彩さを生んでいて読み手を飽きさせることがない好著だ。
 この本の美点は、おじさん論客が若者を論じるさいに有りがちな、「今どきの若者はダメ」とか「見所が有る」といった独善的な決め付けを一切せず、根底にある動機や文脈を丹念に探っていく点だろう。携帯電話一つを論じるにせよ、ひきこもり問題に詳しい精神科医の斎藤環氏、同じく精神科医の大平健氏、社会学者の宮台真司氏、思想家・浅羽道明氏などの論考を引用しつつ、若者の行動や思考に多面的な光を当てていく。斉藤氏や宮台氏のように、著者自信が実際の若者と徹底的に交じり合った(斎藤氏はひきこもり患者、宮台氏はブルセラや援交の少女)経験から育まれた論考でないところに物足りなさも残るが、幅広い視点への目配りは、様々な現代の論客への格好の道案内の役割もしてくれる。
 さらに、本書の著者は、音楽への批評で抜群の適性をみせる。
 例えば、宇多田ヒカルへの分析。彼女が若干十代にして、爆発的にヒットを生んだ要因の一つを、日本語が本来持っているリズムから離れたり、近寄っていることにだと指摘した一文などは、思わずその歌詞を自分でも口ずさんで確認してしまうような面白さ、鋭さに満ちている。他にも、コンパニオンになれない女性としての「ジュディマリ」論、教養小説としての「GLAY」論など、斬新な視点からの音楽評は、とても新鮮で活きがいい。
 著者の武田氏は四十半ば、その昔に「新人類」だの「異星人」と揶揄されてつつ、「ポストモダン」だの「脱構築」などと知的な用語を口走っていた世代に当る。もはや不惑の年を越え始めたかつてのスキゾキッズからの、優しさに溢れた若者への分析、そんな一冊だ。(守屋淳/著述・翻訳業)

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【著者インタビュー】120万部も売れてる理由は?

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 みなさんの使ってる英単語集、実はどーしようもないものじゃありませんか??と言いたくなる恐怖の調査結果があるのです。
 下記の驚くべき表をまず見て下さい。ちょっと前の資料ですが、各英単語集の重要語と、実際の入試問題を検索にかけ、実際どれだけカバーしているかを大学の先生が調査した表です(注:表は下のリンクからインタビュー本文をご覧ください)。

 これはちょっと驚愕の数字です。<試験に出る>だとか<過去の試験データ云々>と言っておきながら、入試問題の50%以下しかカバーできていない体たらく。まさに過大広告!金返せ! とでも言ってやりたい結果です。
 ところが、、この中でダントツの成績を誇るのが『DUO』。内容の余りの素晴らしさから、まったく宣伝なしに口コミだけで累計140万部(カセット、CDなど含む)という出版界の奇跡を成し遂げた書籍としても有名ですが、この調査でもその抜群の内容が実証されているわけです。そして今回、そのセレクト版『DUO セレクト』が新たに出版されるということで、著者・鈴木陽一さんにその秘密を伺ってきました。

▼インタビュー本文はこちらへ→

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超「戦争論」 上

2002/11/12 22:15

日本の特攻なら、乗客は降ろしていた

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まず最初にお断り。本書において、吉本隆明氏が「戦争」に的を絞った思想を語っている部分は恐らく全体の四分の一以下しかありません。題名につられて、精緻な戦争論なんかを期待しながら読むと、唖然とする程の肩透かしをくらってビックリします。
 では何が書いてあるのか。まず吉本隆明氏による、テロ事件以降の政治や国際情勢を中心とした時評。そして自分の過去の思想語り。さらに9・11やその後のアメリカの動きに触発されて発言した論客——小林よしのり、石原慎太郎、日高義樹、枡添要一、福田和也などを斬りまくる得意のケンカ節などなど、なのです。
 その意味で本書は、吉本版戦争がらみの時事漫談や、インタビュー形式の故にわかりやすい吉本思想&思考法入門本、さらに時事批評のそこかしこから漏れる戦争体験を元にした鋭い片言隻句を楽しむ本としてなら推奨できる一冊となっています。
 例えば、アメリカ同時多発テロに触発されて、戦争や世界の動きを語った部分。吉本氏は、非常に面白い視点でこのテロを評価します。
《今回のテロ事件で、誰が考えても「悪」である、どこから見ても「悪」だといえる点は、先にも述べましたが、テロリストたちが旅客機の乗客たちを降ろさずに、そのまま乗客たちを道連れにしたってことだけです》
 そして、吉本氏はこう指摘するのです。《日本の特攻隊だったら、旅客機の乗客たちを降ろして、それから突っ込むだろうと思うんです》
 テロ後、特に欧米のマスコミでは安易にテロリストと特攻隊との親近性が語られましたが、吉本氏は戦争を経験した世代ならではの視点でそれを否定してみせます。この、「戦争を経験した世代」の強みをフルに活用して、吉本氏は他の論客にも刃を振るいます。
《僕なんかの戦中派からいわせれば、福田和也(ルビ:ふくだかずや)が「生命よりも大事なことがある。それを見据えて生きるのが大人だ」というふうなことをハッキリといい切るというのは、経験が未熟だからだと思います。
 自分の生命がもうなくなるかもしれないという状態にまで追い詰められたとか、あるいは、それに近い状態にまで追い詰められたとか、そういう経験が一度でもあると、そういうふうにいい切ることは大変むずかしくなります》
 戦争を頭で弄ぶことしか知らない世代にとってはかなり耳の痛い言葉です。他にも、
《今だって、いかにもマスコミ受けするような、明るくて建設的なことをいっている政治家とか知識人とかが、一杯います。でも、そんなやつらは、一番ダメで、そんなやつらこそ、一番危ないんです。いざとなったら、真っ先に、「戦争をやれっ、やれっ」っていうのは、そんなやつらに決まっています》
 など、まさに吉本節のオンパレード。氏はまだまだ健在のようです。

*ただし、残念ながら中で触れられる中国古典の知識はかなりいい加減です。例えば、(中国では)《聖人とか、「偉い人」というのは、修行したからそうなったのではなく、「偉い人は、おのずと偉い人なんだ」っていうふうに考えるんです》(P184)とありますが、『論語』や朱子学、陽明学の本を読めばいかに正反対のことが書かれていることか……。また《行くものはかくの如きか》という『論語』の引用(P185)は「逝くもの」の間違い。さらに、これを《単なる自然描写じゃないか》と反語的に記していますが、《如きか》つまり「〜のようだ」と比喩に使っているのは元々明白です。編集者の問題もあるのでしょうが……。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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鏡の国の孫悟空 西遊補

2002/05/29 18:15

孫悟空は鏡の国で何を見たか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書の著者は、筒井康隆氏の250年前の前世だったのではないか——
 思わずそんなことを夢想してしまうような、東洋風ファンタジーの傑作だ。
 主人公は、言わずと知れた孫悟空。『西遊記』をダイジェスト版などで読まれた方なら記憶にあるかもしれないが、三蔵法師一行が苦心惨憺して火焔山を通り過ぎた所から話は始まる。万里の長城や焚書坑儒で名高い秦の始皇帝が持っていた「駆山鐸」という鳴らすと山が崩れてしまう大きい鈴を、孫悟空が手に入れようと動き回るのが本書の骨子だが、話は一筋縄では進まない。フィリップ・K・ディックや筒井康隆氏のSFを思わせる仕掛けによって、孫悟空は過去や未来といった時空間を自在に飛びまわり、虞美人や西施、項羽、秦檜といった中国の歴史上の有名人たちと機知にあふれた会話をかわしたり、ドタバタ喜劇を繰り広げて行く。ただしこれらの人名は、日本人にとっては中国史の知識がないとチンプンカンプンの恐れが大きい。そこで、ここでは本書が無理なく読めるように、ポイントとなる歴史上の人名マメ知識を、以下箇条書きでご説明しておきたい。これさえ押さえておけば、このチャイニーズ・ファンタジー、なかなか楽しめます。

太上老君——老荘思想で有名な老子の別称。老子の思想の一部は、時代を経て民間思想と混じりあい、道教という宗教になった。そこで、老子は神様扱いされ、太上老君と呼ばれた。孫悟空が活躍する世界でも、神様の一人として登場。

虞美人——学生時代、漢文の授業で「四面楚歌」を習った方は多いかもしれないが、そこに出て来る項羽の愛姫。中国の代表的美人の一人。虞美人草の名前の由来でもある。

西施——やはり中国の代表的美人の一人。今から約二千五百年前の春秋時代、「臥薪嘗胆」の故事で有名な呉と越というライバル国同士の戦いがあった。そのとき、越が呉の王を骨抜きにするために送った美女。呉が滅んだ後、范蠡という人物に嫁いだという伝説もある。

項羽——始皇帝で有名な秦王朝が崩壊した後、劉邦と天下を争った武将。一時期、ライバルの劉邦を田舎に押し込めて天下を握り、「西楚の覇王」と名乗った。

秦檜——中国では、現在でも売国奴の代名詞となっている人物。中国の宋王朝は、異民族の金によって、長江以南まで押し込められた。これを南宋という。南宋では、金を武力で追い払い国土を取り戻そうとする者と、金と和解してひとまず平和を得ようという者に別れた。秦檜は後者の代表で講話を結ぼうとする。ところが、岳飛という将軍(中国では今でも国民的英雄)が思わぬ活躍を見せ、金軍を破竹の勢いで破って行く。岳飛の存在が金との講話には邪魔と見た秦檜は、無実の罪をでっちあげて岳飛を殺してしまった。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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お笑いジェンダー論

2002/03/13 18:15

結婚しない三十代ゾロゾロ、離婚率も三割超という時代に

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 女性は二十五歳まで、男は三十過ぎまでに結婚して、可愛いお子さんが走りまわる庭付き(この広さって建蔽率じゃないか、という突っ込みつき)一戸建てがあって、旦那はサラリーマン、奥さんは専業主婦で——ほんの数十年前まで当然のように見聞きしていた光景なんですが、二十一世紀に入るとともに、実はこれらの仕組みがすべてガタガタと大崩落を始めています。
 いったい男女の関係や、家庭という枠組に何が起きているのか? この現在進行形の大変革をジェンダー(社会的な性差)という視点から読み解いた本書、『お笑い』などという必死の営業努力的タイトルとはうらはらに、結婚していない人間は芯から身につまされ、すでに結婚している人なら自分の生涯設計を考え直す切っ掛けにもなりそうな充実した読み物になっています。文章もこなれていて読みやすく、特に結婚を考えている20〜30代の方に、これは三重赤丸付きのお薦め本です。
 まず驚かされるのは、2000年の離婚率が33.1%になっていること。本書を引用すれば、《いまどき、結婚するというのは、三割三分の強打者を相手にマウンドに上がるピッチャーのようなもの》で、今や離婚は当たり前の事象なのです。そしてこの冷徹な現実を前提に生涯設計を組みたてなければ、人生の後半生が真っ暗になりかねないのです。
 さらに、専業主婦という問題。「寿退社」という言葉に典型的ですが、結婚が決まれば女性は家庭に入って家事一切というのは普遍的な人生コースかと思いきや、《(団塊)の世代は、戦後史の中でもっとも典型的な生き方をしていたかもしれないけど、もっとも特殊な行き方をした世代でもある。あなたたちのお母さんが専業主婦になれた確率と、みなさんもしくはみなさんの結婚相手がそうなれる確率というのは、天と地ほど違う》と著者は指摘します。専業主婦とは団塊世代の、特に都会の居住者に特有な現象らしいのです。
 さらに、国の制度という観点からみれば専業主婦はその財政を破綻させる一因にもなっていると著者は分析します。あ、断っておきますが、別に著者は専業主婦の人たちを否定したり、批判したりしているわけではありません。あくまで国の制度的な問題であり、読めば納得という制度的な改善案も提案しています。ここいらへんは、本書で論じている売買春の問題とも共通する部分──そこに関わっている人的な面と、制度的な面、二つの位相の絡み合いが見られます。これらの問題はいずれも単純には賛否を言えない微妙なニュアンスがつきまとってしまうわけです。本書の一部に見られるちょっと歯切れが悪く、まどろっこしい記述こそ「専業主婦はダメだ」「売買春は女性蔑視だ」とか単純に言ってしまう論客と一線を画す、精緻に考え抜いた論考という証しなのかもしれません。フェミニズム系なんて自分とは無関係、と敬遠しがちな人にこそ、ぜひお薦めです。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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コラム「知的ミーハーになりませう」コメント

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 『なぜ悪いことをしてはいけないのか』——うーん、心強そうだな。ほら、こう書いてあるし・・

 ≪倫理や道徳は、社会の規範であるから、基本的には社会の立場から作られる。理想的に考えても、社会は個人の立場ではなく、所属する成員の総和の立場から、人の行為の規範を作り出している≫

 そうだよ、そう。君も刃物なんか振り回さず、もっと社会というものを考えて行動しなくっちゃ。ええ、「僕はもう社会から落ちこぼれちゃってるから関係ない」? 「人を殺して自分も死ぬっていうのに、何が社会だ」だって? ちょっと待ってーな。ほら、こうも書いてるよ。

 ≪合理性に代えて大庭が道徳の理由とするのは何か。それは、自我および社会が危き存在であるというノッピキならぬ事実である≫

 そうだよ、自我も社会も危いんだからさあ。「そんなの、関係ねーよ」だって? むむむむ、ちょっとタンマ、ほらほらこうあるし——

≪自我はそれ自身ひとりだけで在立しうるような存在ではなく、「他者によって呼びかけられ・応じられるという<呼応>の可能性」(=責任)としての道徳によってのみ自我として可能になるのだという「人—間」理解である。≫

 ねー、つまり人間は一人で生きてるんじゃないから、「関係ない」なんて言っちゃいけないってことなんだよ。あー、わかった、君さあ、今流行りの『バトルロワイヤル』とかいうのにはまっちゃって、洗脳されちゃったんじゃないの? え、知らない? ほら、ベストセラーになった小説だよ。中学生が殺しあう・・、映画化もされたじゃん。え、「ファミコンの攻略本しか読まない」? 「映画はアニメしか見ない」? そ、そう・・。こりゃ出版不況は相当深刻だねー。ああ、いやいやこっちの話。ほらほら、こうも書いてあるし。

 ≪この苦悩がさらに——貧困というかたちで——物の欠乏に原因しているとするなら、我々は、イエスよりは(これは或るテレビ・ドラマでのセリフであるが)「同情するなら金をくれ」と言う安達祐実の方に真理があるとしたい≫

 そう、そうなんだよ・・もし君がお金とかで悩んでいるんだったら、ちょっとくらいカンパしてあげてもいいよ。愛情不足なら、いくらでも話聞いてあげるしさあ。え、なに? 「同情するなら命をくれ」? まいったねどうも。引用が悪かったな、別の本探そう・・

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実戦サブカルチャー講義

2002/04/23 22:15

驚異の合法ドラッグか、ヘンな独り言おじさんか

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 これは、読者を徹底的に選ぶ本だ。
 植田まさしから泉鏡花、戸川純から椎名林檎、草森紳一から佐内正史まで、著者は驚くべき知識量を駆使し、しかもジェットコースターにでも乗っているのではないかと錯覚させるようなスピード感で走りつづける。ツボに入った人は大絶賛、驚異の合法ドラッグだろうし、ツボを外している人には、街角で独り言をわめいている春先に出没するおじさんとあまり変わらないかもしれない。大学での講義をそのまま本にした、よくいえばライブ感、悪く言えば読みにくさがその感じを助長する。
 本書を読んでツボに入るか否かの条件はいくつかあって、まず今回は取り上げる主要対象を何人かに絞っているので、その人たちに興味があるか否か。具体的には次のような対象になる。
・古屋兎丸(漫画家)
・千原靖史・浩史(コメディアン)
・高橋洋(脚本家、映画評論家)
・椎名林檎(ミュージシャン)
・佐内正史(写真家)
 このうち、複数についてファン、もしくは詳しく知っていないと、正直読んでもチンプンカンプンな部分が多いかもしれない。
 また、読者はできれば四十前後の年齢、または趣味嗜好や、TVや雑誌、音楽体験がその年代と近い人が望ましい。著者の該博な知識は、よく読んでいくと、この年代の人が青少年期にはまった文化と密接に関連することが見て取れるからだ。
 これらの条件がクリアされなければお薦め度は、星なしか0.5。しかし、クリアした人なら星三つ、三時間は続く快楽のジェットコースターにもなり得るだろう。
 本書のジェットコースターぶりは、おそらく全体を通しての意図と関連がある。一章に詳しく触れられているが、よくよく見ればいろんな個性がひしめいているのに、ひと括りにされて語られてしまう「抽象化」や「全体化」——典型的なのは、今どきの若者は、今の親父たちは……といった、もの言い——を取り払い、よくよく目をこらして個々の輝きを見つめようという姿勢を貫いているのだ。さらに、現代と過去の似たもの同士を縦横無尽につなぎあわせ、意外な関係の網を張り巡らされていく。
 乱舞する固有名詞同士の意外な結び付きと輝き、これが本書の魅力だ。なお、これにはまった方なら、前著の『精解サブカルチャー講義』も強くお薦めする。(守屋淳/著述・翻訳業)

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他人事にはなり得ない朝鮮半島の戦火

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 日本の隣国・韓国は、今も休戦中——戦争の中休みの状態でしかない。
 そのきっかけとなった朝鮮戦争の経緯を、近年公開された旧ソビエト連邦の最高機密文章をもとにロシアの研究者が丹念に解き明かしていった本書は、9月11日のテロ事件以後、アメリカへの軍事援助にどう対処するかで喧喧諤諤を繰り返す現在の日本でこそ、まさに読まれるべきものだ。韓国と北朝鮮は休戦中である以上、日本が他人事とはとても言えない場所で戦争が蒸し返される危険性は皆無ではない。そして、ことの起こりを知らずして、対策も立てようがないからだ。
 スターリン、金日成、毛沢東、周恩来……当時の指導者たちの駆け引きを含んだ生々しい文章で綴られた本書でまず驚かされるのは、日本という影の存在の大きさだ。1950年前後といえば、日本はまだ敗戦の傷跡も大きく、本格的な再軍備も他国への戦争もまったく考えられないような状況だったはずだ。しかし、ソ連にしろ中国にしろ、日本が再び朝鮮半島に手を伸ばしてくる危険性を憂慮して止まなかったことが資料から明らかにされている。
 これは、自己イメージと他者から見たイメージとの間には想像以上に大きな溝があり、それは中々自分では気付きにくいし、埋め難いという象徴的な出来事かもしれない。昨今の日本とアジアの関係を見ても、これはいまだに続く難題なのだろう。
 さらに本書の白眉とも言えるのが、停戦に到るまでの虚々実々の駆け引だ。
 戦争を始めとする争いごとは、一人で始めることはできるが、一人で終らせることはできない。どちらかに「負けている分を取り返さないと、手をひけない」という気持ちが残る限り、争いごとはウンザリするほどいつまでも続いていく。
 朝鮮戦争も、終結までには大国の思惑と、当事国の感情が複雑に絡み合い、ある意味でとてもスリリングな展開を見せる。面白いのは、休戦を強く望むのは実際に血を流して戦っている中国とアメリカの指導者であり、戦争の継続を望んでいたのは手を汚している度合いの少なかったスターリンだったということだ。実戦で血まみれになっていないものほどタカ派になりがちになる——これも、現代に通じる心性なのかもしれない。その意味で、スターリンの次のような発言は、独裁的指導者の戦慄すべき思考をのぞかせている。
 《北朝鮮は、この戦争で失う人的犠牲以外にはなにも敗北していない》
 誰しも、戦争など経験したくないことだ。特に、政争の手駒として犠牲にされる側としては尚更だ。そして、そのためにこそ過去の戦争とは、前人のこけてしまった跡として学ばれるべきものとしてある。 (守屋淳/著述・翻訳業)

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時間に追いまくられてひぃひぃ言っている人には、その根本を見直すために格好の一冊

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 ある超大手出版社の話。そこはとても古いタイムレコーダーを使っていて、定時は9時半出社なのに、なんと9時39分までは「9時30分」の刻印が押されるのだそうです(実話)。羨ましくもノンビリしてる話ですが、これは遅刻の本質を考えさせてくれる逸話でもあります。
 つまり、時計の長針が分単位でなく、10分単位にカクッカクッと動くように出来ていれば、9分遅れまでは遅刻ではない……。逆に言えば、秒単位の管理になれば、0.3秒の遅刻でも叱責される社会が来るわけです。
 では、今のような分単位の管理はどこから始まったのか——こんな疑問を、鉄道ダイヤ、会社の出勤管理、学校の時間教育、主婦の時間管理などいろいろな切り口から解き明かす本書、今では当たり前と思っていることが物凄い苦労のうえに構築されたことを教えてくれて滅法面白い人文書となっています。
 まず興味深いのは、江戸時代までは時間はきっちり決まった定時法ではなく、その時々の昼と夜を当分に分けていく不定時法(当然、季節によって時間が変動する)だったということ。でも、それじゃあ会社は出社管理もできないし、鉄道も発車がまちまちになって、それこそ大事故の元凶になってしまう。そこで明治から定時法を取り入れていくんだけど、今まで三十分とか一時間の単位で動いていた人にとってみれば、そう簡単に馴染めるものでもない。いってみれば、現代で突然、二十一世紀にもなったし今後の企業管理はすべて秒単位にするぞとか言うようなものでしょうか。そりゃ、そう簡単には馴染めませんよね。そこで学校で時間の大切さを教育したりとか、てんやわんやが始まり——
 時間に追いまくられてひぃひぃ言っている人には、その根本を見直すために格好の一冊。遅刻魔で迷惑かけまくっている人も、反省してまずは近代人になるために必読でしょうか。 (bk1ブックナビゲーター:守屋淳/著述・翻訳業 2001.09.26)

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紙の本自由な新世紀・不自由なあなた

2000/12/01 15:43

コラム「知的ミーハーになりませう」コメント

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 この本は、宮台先生が自分の私的な経験をさらけだしつつ、社会が成熟したあと、
自己責任で何を択びとっていくかという真に困難な問題——その文脈のなかで、宮台
先生の愛読者が自殺した、という経緯も踏まえつつ——を見据えようとした名著で
す。もちろんパブリックな部分——リベラリズムや歴史解釈などの問題にも、相変わ
らずの最強論客ぶりを発揮していて、読み終わったあと、自分がミニ宮台化してしま
うのを実感してしまいます。

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