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先月(2017年8月)

小松 和彦さんのレビュー一覧

投稿者:小松 和彦

1 件中 1 件~ 1 件を表示

日本経済新聞2000/3/12朝刊

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昨今のブームで世間に妖怪がしきりに登場するようになった。その一方では研究も盛んになり妖怪の正体も次々に解明されている。きっとこの本もそうした研究書の一つとして扱われるのだろう。
 素材になっているのは「稲生物怪録絵巻」。化け物が五十種類も登場するという騒動を描いた絵巻で、この分野では有名な作品である。江戸中期、現在の広島県三次市に住む下級武士の遺児平太郎が、百物語をしたことから、三十日間昼夜を分かたず化け物の出没に悩まされるという話で、関係者の間で実際にあった話として記録され、しかもそれを物語る物証も残されている。
 もっとも、ここに登場する妖怪を解明しているかのようなそぶりをしながらも、著者にはじつはその気はないらしい。むしろ妖怪を触媒にして、自由奔放に自身の想像力を羽ばたかせることに快感を見出しているかに見える。妖怪とは大まじめになって解明すべきものではなく、想像力の刺激剤なのであり、その想像の足跡を楽しむべきなのだ、というわけである。
 解釈の枠組み=想像力のバネになっているのは、鉱山や河川などを利用して生活した人びととその妖怪化した表現という図式であるが、この図式にもそれほど固執しているわけではない。それさえも著者の幻想をつむぎ出すバネにすぎない。たとえば、蚊帳のなかで眠る平太郎のもとに現れた大蝦蟇(おおがま)を見て、「蚊帳は隠しつつ露出する装置である」と考えて、姉妹が眠る蚊帳に忍んできた男と姉との房事を描いた春画を想起し、さらには性欲や精液、不老不死へと想像力を飛躍させる。
 奇想天外であるかにみえるが、ハッとする指摘もたくさんちりばめられていて、案外、こうした解釈のやり方によってこそ、妖怪というわけのわからないものの本質が浮かび上がってくるのかもしれない。妖怪とは、まさに人間の想像力の極限ともいえる表現なのだから。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000

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