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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

神崎 倫一さんのレビュー一覧

投稿者:神崎 倫一

8 件中 1 件~ 8 件を表示

紙の本メディチ家

2000/10/26 00:17

日経ビジネス1999/6/21

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 メディチの名前が与える印象は明るくない。中世イタリアの都市国家における覇権争いが寝技専門であったように、メディチ家にとっても目的達成のための買収、裏切りは日常茶飯事だった。マキャヴェリズムの語源となった権謀家、マキャヴェリもメディチ家の外交官だ。
 名作「第三の男」の中でオーソン・ウェルズ扮するハリー・ライムが「メディチはルネサンスを残したが、スイス300年の平和は鳩時計だけじゃねえか」とうそぶく。謀略に彩られても文化に足跡を残したというのが西欧人の抱くメディチ観だろう。
 ハッキリわかるメディチ家の歴史は約500年におよぶが、重要なのは15〜16世紀である。この両世紀にフィレンツェ、さらにトスカーナ公国の実権を握り、武力ではなく文化の力で欧州を圧倒した。
 メディチ家の中で出色の人物、コジモ1世がフィレンツェの支配者としてビッティ宮殿に移る時、迎賓用の室内は、それぞれ著名な先輩の名場面の絵画でかざられた。そこに描かれたのは、コジモ・イル・ヴェッキオ、ロレンツォ・イル・マニフィコ、レオ10世、クレメンス7世、黒隊長ジォヴァンニ、そして当主のコジモ1世である。
 メディチ家の歴史の前半は地方銀行が欧州第一の国際銀行へのし上がる過程でもある。金融機関もここまで大きくなると政治がらみとなり同業者の嫉妬も強くなる。メディチ家も再三失脚するがいつの間にか不死鳥のようによみがえるという歴史を繰り返した。
 やがてメディチ銀行に斜陽の影がしのび寄ると政治そのものが目標になった。すでに枢機卿はおろか一族から法王さえ2人出している。法王レオ10世は贅沢の極みをつくし、その穴埋めに悪名高い免罪符を売り出してマルチン・ルターに新教建立のキッカケを与えた。
 小国ではあったが、メディチ家は神聖ローマ帝国、フランスのヴァロア王朝と対等の姻戚関係を結んでいる。アンリ2世の妃カトリーヌ・ド・メディチはフランス王朝に文化を移入し、宗教弾圧「サンバルテルミの虐殺」を起こした。
 このように、メディチ家の印象はかんばしくないものの、それを埋め合わせてあまりあるのが芸術に対するパトロネージュ(庇護)だ。建築、彫刻、絵画、文学、あらゆる分野に惜し気なく大金を散じ天才に腕を振るわせた。
 ドナッテルロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェリ。華ひらくフィレンツェである。産業化時代の20世紀が芸術的に何を生んだかといえば、不毛に近い。デモクラシーと芸術というテーマも考えさせられる。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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税制は消費,投資のみならず産業構造にも影響する。いま求められる税制は?

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 消費税は誤解されている。否,議論,理解以前にアレルギー反応をひきおこす。これまで消費税の創設,増率をとなえた政権はすべて,選挙に大敗し政治生命を失った。大平,中曽根,竹下,細川,村山,橋本。最後の橋本内閣に至ってはすでに決まったことを実行しただけで,「1997年破綻(はたん)の元凶」の汚名をひきずっている。
 だが日本の税制はシャウプ勧告以前,それは戦前からといってもよい。間接税中心であった。1934〜1936年平均で間接税は65%である。そのなかで,酒税,専売益金34.1%,関税12.8%だからそれだけで半分近くを占めた。それがシャウプ税制で直接税中心にシフトし,現在に至っている。そして半世紀つづき,消費税アレルギーとなった。
 著者に申し訳ないが,イキナリ第6章「税と財政再建」からスタートした方がよい。おそろしくコンパクトに要領よく,戦後の財政史が記述されている。まずハイパーインフレーションと財政金融の無力化,ドッジ・デフレの功罪,高度成長下における小さな政府,民間設備投資と均衝するための公共投資,建設国債,オイル・ショックと特例債(赤字国債)の登場,バブルと後遺症を救うための赤字国債。そして気がついてみると660兆円の国債残高となり,ムーディーズ,スタンダード&プアなど格付け機関がそろってマークダウンする始末。
 日本の消費税率5%はEU(欧州連合)の3分の1で,国民負担率も40%未満だが,実は国債で先送りしている。もし国債分を税金に換算すれば,負担率は50%を超している。
 どこかで財政悪化に歯止めをかけなければ,21世紀の日本経済は破綻(はたん)する。それをまぬかれるには,ハイパーインフレしかないが,これは「世界一の金融資産」を紙くず化する超消費税だ。計算上では,歳出を2分の1(!)に切りつめ,間接税を40%(!)に引き上げればなんとかなる。現実には斬新(ざんしん)な手法となるが,それも国民(有権者)がニガい良薬をあえて飲む気持ちにならなければ,である。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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経営の神様GEのジャック・ウェルチが信奉し,ことあるごとに強調したため一躍ブームとなった品質向上手法

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 シックスシグマとは何か。シグマはギリシャ文字(アルファ、ベータと同じ)で1、2、3と上がってゆく。シックスが最高点なのだ。ほぼノーエラーに近いのである。製品100万個中何個エラーがあるかでシグマ換算するのだがここでは略。欠陥品を少なくする、ノーエラーに近づけるというのは地味なようだが販売拡大に匹敵する。否それ以上に重要なことだ。商品PR手法が発達しインターネットで市場は拡大する一方だが,購買を決定するのは消費者である。コスト管理で単価の切り下げは進むが最後は品質である。性能である。まして不良品が致命傷となるのは最近の雪印、三菱自動車の例を見るがよい。信用回復には実損より数十倍の期間、費用がかかる。シックスシグマ・ブレイクスルーは経費削減ではなく利益増加の手段なのである。
 具体的には品質管理の専門スタッフを任命することからはじまる。上位からゆくと,チャンピオン,マスター・ブラックベルト,ブラックベルト,グリーンベルト,である。
 中でも一番重要なのがブラックベルトである。と言っても黒帯をしめているわけではない。著者のマイケル・ハリーが「カラテ」の愛好者で1980年代にユニシス・コーポレーションのコンサルタントをつとめている時に浮かんだアイデアである。カラテで黒帯(有段者)になるためには力、スピード、判断力が要求され,合理化要員にはフォアマン・クラス同様の資質、経験が要求されるというのである。グリーンベルトはその手足、マスターは本部長というところか。チャンピオンは経営陣代表であり,それはシックスシグマ運動が全社的な運動であることの証明だ。結果に対する最後の判定者は顧客だ。顧客は品質に冷静な評価を下す。故に、シックススグマは・・・と言った論法である。チャンピオン以下この担当者は相当キビしい研修を長期間、要求されるのだがその内容は明かさない。当然でそれは著者のメシのタネである。
 だが、このシックスシグマ運動を採用した企業がいかに成功したかは,GE,ポラロイド、アライドシグナルなど、かっかくたる実例があげられている。ハリー先生は成功例しかあげなかったのではないかと意地のわるいことも言いたくなる。中ではGEのCTスキャナー開発の話しは秀逸。ウェルチの後継者はこの医療機器チームのボスだ。
 私的所感。ブラックベルトにはいわば企業エリートが選抜されるが現場から「浮き」上がらないか? かつての生産性向上、デミング運動にも同様のニガい経験がある。そしてバブル以前の日本企業には言われなくても全員ブラックベルトのような「提案制度」があり欧米人の目を見はらせていたものだが。時代の流れか。
(C) ブッククレビュー社 2000

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日経ビジネス2000/2/21

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シリコンバレーが米国のどこにあるのか知らない人でもハイテク、エレクトロニクス、ベンチャーの聖地であることは知っている。ニューヨークのシリコンアレー(小径)、シアトルのシリコンフォレスト(森)、オースチンのシリコンプレーリー(平原)など、あやかり組である。日本でもいくつか案はあったが立ち消え。
 サンフランシスコ市から南へ、湾ぞいに国道101号線が、その西太平洋側ぞいに280号線が走る。2つのハイウェイはサンノゼ市で合流する。この両道にはさまれたタテ長の地帯がシリコンバレーだ。中央にあるのがスタンフォード大学。創立者リーランド・スタンフォードは一代で産を築き州知事まで務めた大立者だったが一人息子が16歳で大学進学を目の前に急逝した。その思い出のために大学を寄贈した。だから正式名はリーランド・スタンフォード・ジュニア大学である。
 1885年、ゴールドラッシュは去っており、東部のインテリは「あんな田舎に大学をつくって誰がいくのか。老人の感傷さ」とあざ笑った。スタンフォードは8200エーカーの土地を大学に寄贈した。ただしどんなに苦しくても売却しないという条件で。第2次大戦後、工業化がすすむにつれ大学は工業団地としてリースすることを考えた。とはいっても魅力ある呼び水がいる。フレデリック・ターマンという若い工学部教授は前から卒業生が東部の既成企業に流れていくのをニガニガしく思っていた。
 ちょうど、門下にデイヴィッド・パッカードとウィリアム・ヒューレットがおり仲がよかった。ターマン教授のすすめで小さな2階屋でオーディオ機器の会社をつくる。教授は538ドル(!)を貸し与えた。コインを投げて社名はヒューレット・パッカード社となる。
 これをスタートとして企業と大学のギブ・アンド・テークがはじまる。スタンフォード大は企業在籍のまま大学院入学をみとめる。
 東部のマサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめAT&Tのベル研究所、IBMなどの既成勢力が威張っていたが、天才、ウィリアム・ショックリーがシリコンバレーに半導体研究所をつくり注目をあびる。
 優秀な頭脳が続々あつまってくる。シリコンチップの発明者ロバート・ノイスがそうだ。ただしショックリーのエキセントリックな性格は“8人の反乱”をおこしフェアチャイルド半導体社独立のもととなる。アップル社の興亡とIBM。更にごぞんじマイクロソフトの登場。ドラマチックな歴史だ。
Copyright (c)1998-2000 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.

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日経ビジネス1999/11/1

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太平洋戦争は80〜90%日米間の海軍間で戦われたが、旧日本海軍は緒戦のハワイ、マレーシア沖海戦を除くとあとはいいところなしで完敗した。海軍は軍艦の排水量、主砲の射程距離でハッキリ強弱が計算できるから無暴な開戦はできない。にもかかわらず「一発必中の砲は百発一中の砲に優る」と精神力を強調した秋山真之の悪しき影響だ。
 敗戦でほめられるプレーヤーはすくない。山本五十六(連合艦隊司令長官)をのぞいて日本提督陣の評価はボロクソだが、米国が例外的にみとめる将帥が1人いる。小澤治三郎である。
 小澤が戦史に姿を現すのは太平洋戦争末期、マッカーサー元帥のレイテ島上陸直後におこった「捷一号作戦」である。太平洋の制空権は圧倒的に米国のものである。空母比で10対1、いやそれ以上であろう。搭乗員の練度も格段におちる。そんな中で日本の誇る武蔵、大和以下の戦艦群は健在だった。
 これをレイテ湾まで殺到させる方策はないか。奇策がある。小澤治三郎ひきいる虎の子、第一機動部隊で敵主力を挑発し北方につり上げる。もし米空母が動けばその留守に、という手品のような作戦である。マサカと思うだろうが猛将ハルゼーはこれにひっかかって主力を北上させる。小澤もかねての秘策アウトレインジ(日本機の航続距離が長いのを利して先制攻撃する)をとって米空母をジラしながら囮おとりの役を十分に演じた。
 西村艦隊、志摩艦隊の奮闘もあって栗田中将ひきいる大和はレイテ湾頭に殺到する。マッカーサー風前のともしびであったがここで太平洋戦史の謎。「栗田艦隊の回頭」がおこる。180度回れ右してしまった。偽電説以下さまざまな説があるが、私は捷一号作戦がレイテ湾入にあったのか、米艦隊決戦にあったのか、軍令部の指示がアイマイ徹底を欠いたのが原因と考える。
 さて、一番の被害は小澤であろう。この作戦で最後の空母も失い、軍令部次長に栄転するが軍艦がなくなった海軍で何の軍令部か。しかし米国のキング作戦部長、ハルゼー提督はこの作戦における小澤治三郎を絶賛する。小澤は最後の連合艦隊司令長官になるがツー・レイトであった。海軍の年功序列、兵学校卒業席次のハンモックナンバーがこの逸材をおくらせた。軍隊は官僚そのものなのだ。
 「ヂサ」の愛称(おそらく治三郎のため)でよばれた兵学校時代から知将とよばれた武人の成長を描いている。特に戦後、敗戦を恥じてひっそりと隠棲しながらの元陸軍大将、今村均との交遊はすがすがしい。
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日経ビジネス1999/8/2

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 ニューヨークのマンハッタンと言えば、まずエンパイアステートビルに代表されるスカイスクレーパー(摩天楼)であり、ビジネスセンターのウォール街だ。五番街、マディソン街のはなやかさ、はては夜のブロードウエイのミュージカルか。
 たしかにそれはニューヨークである。ただし観光客の絵葉書のニューヨークだ。その裏に目立たない普通の生活者のニューヨークがあることを見落としてはいけない。錠前師(英語でなんと言うのかと思ったらLocksmithである。なるほど)はニューヨークでは重要な職業である。最近好況でやや影をひそめたとはいえ犯罪の多発地帯に変わりはない。
 もともと自己責任意識の強い国だ。ドアに2つ以上鍵をつけるのは常識である。それを超える犯罪は保険に頼るしかない。錠前も複雑になると故障を起こしやすいし、鍵をなくすことも多くなる。職業別電話帳で錠前屋さんのご厄介にならざるをえない。忘れてはいけないのが自動車の鍵。よくやることだが、車内に残したままドアを閉めてしまう。車を買ったディーラーに頼めば合い鍵であけてくれるが、錠前屋に頼むと手っとり早い。もちろん規定の料金は払わなければならないが。
 本書は、マンハッタンで錠前屋をやっている男の実生活に基づく短編集である。職業柄、あらゆるタイプの家庭を観察する。客は家の「安全」をまかすのだから信頼するし、なんとなく内情を明かしたくなる。そのあらすじを2つほど紹介しよう。
 「かたい表面」。雨の日、電話で呼び出されたがビルがわからない。それらしいビルはエレベーターが壊れていて老婆を8階までかつぎあげた。そのまま12階まで上ったところで、住民から隣のビルの12階だと教えられる。目当ての部屋に行くと11歳のグロリアという少女が錠の修繕を待っている。この少女の話し方がこまっしゃくれていて微笑ましい。きっと著者もやさしい人好きのする人間なのだ。
 「形見」。ミスター・カンターという老人に頼まれてドアを開けにゆく。ご丁寧に錠が3つかかっていて、しかも鍵はなく荒療治でドアを壊した。入ってみるとドアの脇に古めかしいブロマイドが飾ってある。老人に「あなたですか」と聞くと「いとこだ、エディ・カンターだ」と言う。一世を風靡したボードビリアンである。
 老人はエディの形見だと言ってスーツやベストを出してくる。歌ってみないかとすすめられて「あなたの微笑みのためならぼくは百万マイルだって歩く」と口ずさむ。老人はエディが最高だったとつぶやく。読むうちにセピア色の風景が広がる。
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日経ビジネス1999/5/24

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 アジアを金融・為替の大暴風雨が通り過ぎていった。1997年7月の香港返還を合図にしたように、まずタイの株式相場が下落してバーツ安となり、マレーシア、フィリピン、インドネシアへと伝播した。
 もともと国内の蓄積以上に成長力が高く、必要資金を外資に頼るのが共通パターンだっただけに、一国にイエローカードが出ると資金の逃げ足は速い。返済資金が手詰まると破産しかねないから駆け込み寺の国際通貨基金(IMF)に援助を乞う。カネは貸してもらえるが厳しい条件がつく。財政を均衡化し金融を引き締めてバブルの後始末をする。当然と言えば当然だがアクセルをブレーキに踏みかえるのだから、国内企業は大苦痛だしデフレ気分が蔓延する。
 IMFの評判はひどく悪い。韓国でIMFは「I’m fired(オレ首だ)」の意だと言うし、バンコクでは「I’m fox(私はキツネだ)」のイニシャルだと言う。ズルがしこい動物というわけだ。
 基軸通貨であるドルが基軸通貨にあるまじき乱調で、しかも反省の色がないため国際的なバブルの素地をつくる。日本がまずひっかかり、続いて東アジア各国がスピード違反のツケを支払わされた。資金は米国に還流してニューヨークダウ平均1万ドル台乗せの推進力に変わったが、こんなお手盛りに近い株高にどれだけ持続性、安定性があるのかと著者は批判する。
 もし大反落すれば世界恐慌につながるが、最も大打撃を受けるのは、(米国は当然だが)米国経済とポジとネガの関係にある日本ではないかと憂慮する。輸出の対米依存度が高く、対米最大の債権国であり、外貨準備のほとんどを米国財務省証券(国債)で運用しているためだ。
 著者は常に時代の2、3歩先を歩いている。理屈だけではなく実行しているから感心する。もっとも損することも結構あるのだが(たとえばヤオハンへの肩入れ)、次はそれを経験として役立てるからスゴい。
 日本で次の成長の柱になる産業が育つまでには大分時間がかかる。その間のツナギがなくてはならない。著者が挙げるのはどんなものか。第1が娯楽だ。ジャーナリズムでも個人生活でも娯楽が占める比率はバカにできない。第2は飲食。ただし競争は極めて熾烈。第3は海外旅行だ。貿易収支の黒字を減らす効果もある。
 第4が趣味道楽である。高年齢者の比率が増えるから無視できない。第5が健康と美容。医者が病院を経営する時代は終わり、まず病院経営があって医者は治療に専念する時代がくる。患者の選択が厳しくなるからだ。第6は教養文化。成人教育が産業となる。サービスにカネを払う時代なのだ。
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日経ビジネス1999/3/1

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 近年、日本古代史の分野ほど研究のすすんだジャンルもない。理由はいくつかある。
 第1は「日本だけは特別な国である」とする皇国史観である。これに異を唱えると非国民扱いにされた。敗戦でこのタブーはなくなったが、その反動として唯物史観が登場した。これも一種の神がかりだ。すべての制約がとれてやっとフリーハンドに研究ができるようになった。
 第2が考古学の発達(特に同位元素からの年代推定)により、古墳発掘が古代史の有力な支援となるようになった。宮内庁の皇陵発掘に対するかたくななまでの反対は古代史研究の障害といってよい。
 第3は近隣、東アジア諸国の歴史との関連において地域として日本古代史がとらえられるようになってきた。島国といっても隔離されていたわけではなく想像以上に交流は頻繁であった。
 史家の見るところ、7世紀と8世紀の間に大きな断層がある。政治的にみれば日本(倭、大和)列島の統一政権成立であり、これを権威づけるために日本書紀、古事記が編さんされた。この7世紀以前が古代であるが、記・紀はあまりにも神話的であった。コロモをはがしてみるとおどろくべき多数の異民族との交流であった。本書の中からこれは初耳と言いたくなる指摘を挙げると。
s卑弥呼ひみこは江南の巫術者ふじゅつしゃ・許氏。
s神武天皇は248年9月に安芸あき(広島)で死去。
s応神天皇は五胡十六国の中の秦の一族、苻洛ふらくだった。
s仁徳天皇は高句麗こうくりの英主、広開土王こうかいどおうだった。
s聖徳太子は中央アジアの遊牧民、西突厥とっけつの達頭可汗たるどうかかんであった。
s大化の改新の主役、中大兄なかのおおえは百済くだら王子、翹岐ぎょうき、大海人おおあまとは高句麗将、蓋蘇文がいそぶん、藤原鎌足は百済高官、智積ちしゃくだった。
 挙げてゆけばキリがないが古代アジアにおいては中国を別格として国境、民族はあってなきにひとしく、特に日本列島・朝鮮半島(高句麗・新羅・百済)は一衣帯水ほとんど同族にひとしかったことがわかる。ただ地縁はおそろしい。8世紀以後、韓国は中国の忠実な衛星国になっていったのに対し日本は都合のよい文物のみ中国から吸収するという対照的な態度をとったことが大きく両国の歴史を変えた。
 古代史は面白い。ただし推理小説をよむようにモザイクの破片を組み立てねばならない。たとえば聖徳太子が中央アジアの達頭可汗であったなど度肝を抜かれる。コトバはすぐ通じたのか、ナゾは多いがこれはこれからの研究課題だ。
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