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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

松隈 洋さんのレビュー一覧

投稿者:松隈 洋

4 件中 1 件~ 4 件を表示

集合住宅が都市の風景を形づくるというこの国で極めてまれな成熟の形がある「同潤会アパート」。その写真集

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今や「同潤会アパート」は建築の領域以外でも知られる存在であり,雑誌『東京人』の特集号も早々に品切れとなる時代になった。また,この一連のアパート群を知るための定番ともいえるマルク・ブルディエ氏の著作『同潤会アパート原景』(住まいの図書館出版局)に続き,「江戸川アパート」で戦後自主発行されていた新聞を再録した『同潤会アパート生活史』(同)や,佐藤滋・高見澤邦郎氏らによる『同潤会アパートメントとその時代』(鹿島出版会)といった調査記録に基づく研究書なども刊行されている。
 けれども,そうした高まる人気の一方で,ここ数年来次々とその姿を消しつつあるのも現実だ。たとえば,この本の中にも紹介されている「鴬谷アパート」は,昨年取り壊されてしまった。そして,代表的な「青山アパート」も,建築家・安藤忠雄氏設計の建替計画によって,すでに秒読み段階に入った。現在,その動向が注目されている。
 この写真集は,そうした状況の中,ある危機感から出版されたに違いない。そこからは,何よりも築70年という長い時間を生きてきた同潤会アパートの現在を記録にとどめたいとする思いが伝わってくる。同時に,外壁の一部が崩れ落ちて痛々しい表情をさらしている写真からもわかるように,そこには古き好き時代への郷愁のトーンは少ない。むしろ,都市に集まって住む,という関東大震災の復興事業としてスタートした都市型の集合住宅プロジェクトの行く末を見つめようとする冷静な視点が読み取れる。そして,どの写真からも浮き立ってくる,生活の匂いや時間が刻んだ記憶の痕跡,という質感は,現代への鋭い批評性すら帯びはじめているのではないだろうか。
 この写真集は,集合住宅がそのまま都市の風景を形づくるという,この国において極めてまれな成熟のかたちが同潤会アパートにはあり,現在の私たちのまわりにはない,という事実を突きつける。見る楽しさと問いかけを含んだ重たい本である。  
(C) ブッククレビュー社 2000

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「造園」をキーワードに環境を見直し,人間が共有すべき風景の意味を問う新しい思考方法を提示

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 この本は,まえがきにもあるように,「芸術としての風景デザインを他の分野と共に目指しつつも,造園家として参加するための,心構えをつくる理論を示すこと」に,その狙いかある。造園家を志す学生や造園に関心を持つ人たちに,広く造園とは何かについての基礎知識を提供する教科書的な役割を果たそうとする書物,といえよう。
 第1部の理論編では,造園という言葉の由来や庭園や公園の歴史,造園の種類,造園の計画・設計から管理までのプロセスなどを体系的に紹介,第2部の事例編では,幾つかの庭園を取り上げ,そこに見られる作庭の方法を詳細に追いながら日本の伝統的な庭園の持つ特質を抽出している。けれども,筆者たちの求めたことは,実はその先にあるのだと思う。彼らは,そうした記述を通して,むしろ現代の私たちを取り巻く生活環境が抱える問題を新しい視点から切り取ろうとしているのではいか。そのことは,心地よい先端的な響きを持つ「ランドスケープ・デザイナー」ではなく,植木を扱う等身大の仕事をする「造園家」という言葉を選び取り,その職能から考えようとする姿勢からもうかがえる。
 読み進むと,土木や建築も含めて,21世紀初頭の現在に至った環境デザインが知らず知らずのうちに欠落させてしまったことが見えてくる。それは,人間の五感を働かせ「みずみずしい緑,いきいきとした自然を身の回りに引き入れること」にあったはずの造園の原点を置き去りにして,視覚性の強い芸術的な作品を競い合うデザインの傾向や,計画性や機能性を重視するばかりに,現場での検討や将来への予測が盛り込めず,時間的な流れの中で発想されていない人工的な風景の氾濫,多様に味わうことで美を感じる能力を育んでいた自然の風景が失われつつある都市の現状,などである。
 この本は,「造園」というキーワードを手がかりに環境を見直し,人間にとって共有すべき風景とは何か,を深く思考するための方法を提示している。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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現代建築やデザイン分野を中心に,多くの展覧会を作り上げた仕掛け人が綴る初のエッセイ集

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 1999年2月,フィンランドの建築家アルヴァ・アールトの展覧会をもって,惜しまれつつその幕を閉じたセゾン美術館は,現代の建築やデザインに関心をもつ人々にとってなくてはならない情報拠点の1つだった。そこでは,今でこそ各地で開催されているものの,当時珍しかったモダニズムの時代に属する建築やデザインが次々に紹介されていたからだ。例えば,モダニズムを考える上で重要なバウハウスやデ・ステイルの活動や,20世紀最大の建築家ル・コルビュジエの建築など,それまでモノクロ写真の中でしか見ることのできなかった図面や模型,オリジナル作品からなる膨大な展示品が,どれほどなまなましくモダニズムの息吹と実像を私たちに伝えてくれただろうか。本書は,そうした多くの展覧会の立ち上げに深くかかわった筆者の初めてのエッセイ集である。
 それにしても,この本を読むと,キュレーターとは何とも不思議な存在だと思わされる。展覧会を作り上げるため,1年の大半を旅していたという筆者が描き出すのは,モダン・デザインの先駆者ウィリアム・モリスから始まって,マッキントッシュやアスプルンド,イサム・ノグチや河井寛次郎,モンドリアン,現代の谷口吉生まで多岐にわたっている。そこに伺えるのは,もちろん研究者の冷静な視点ではない。けれども,筆者の自らの感覚だけをたよりに,良いと見定めた素材を採取し展覧会へと仕立てていくさまが,あたかも狩人の猟に同行しているような爽快な速度感を読む者に与える。この本は,展覧会という未知の人々にある時代の精神と意味を伝え,その世界へと誘う実践によってしか見えて来ない,新しい姿を開いて見せてくれる。それは何よりも,対象に注がれる筆者の共感とまなざしの強度によって支えられているのだと思う。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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ひとりの類い希な構造設計家の仕事を通して見えてくる構造デザインのおもしろさ

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 構造デザインという世界の広がりと奥行きを感じさせてくれる本だ。そして,同時に,構造という一見冷たく数学的で,個人の思いなど少しも介在しないと思われがちな仕事の中に,とても人間的な側面があることを認識させられる。
 決して読みやすい本とはいえない。けれども,この本は,戦後40年以上もの長きにわたって,最前線で活躍してきた木村俊彦というひとりの構造設計家の活動を通して,構造デザインとは何を目指し何を求めて来たのか,その全体像を具体的で最も良質な姿として描き出そうとした試み,といえよう。
 また,それを,木村本人ではなく,身近に接してきた弟子筋にあたる人々が共同して果たそうとしたところに大きな特徴がある。というのも,ここに紹介されているのは,30人近くの建築家との共同作業によって生まれた80にものぼる建築作品群であり,担当者レベルでの現場でのやりとりや設計プロセスの記述そのものが,いつしか,木村という存在の大きさを,あたかも彫刻を仕上げるかのように,鮮やかに浮き上がらせる仕掛けになっているからだ。
 さらに,この本は,いわば日本における建築技術の戦後史とでもいえる読み物にもなっている。超高層ビルがあたり前のように日々建ち続ける現代では忘れがちなことだが,そこには,敗戦後の疲弊した時代の下で,厳しい条件や未熟な工業技術を逆手にとって新しい可能性を切り拓いてきた技術者たちの格闘の痕跡を見て取ることができるだろう。
 一つひとつの建物に設計から現場まで執拗にかかわる中で,あくまで実践的に考え抜こうとする木村の姿勢から見えてくるのも,何よりも自由な発想を大切にしようとする在野精神なのだと思う。そして,本文中に引用されている彼の,「技術が高度化した現在,我々がもう一度考えるべきは,何が可能かではなく,何を欲するかではないだろうか」という言葉どおり,私たちは,この本を通して,これからの都市と建築の姿を構想することを求められている。
(C) ブッククレビュー社 2000

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