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  3. 牛尾篤さんのレビュー一覧

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先月(2017年2月)

牛尾篤さんのレビュー一覧

投稿者:牛尾篤

70 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本たけしの大英博物館見聞録

2002/06/11 22:15

凡百のタレントの旅行記とは、一線を画すビートたけし氏の体当り見聞録

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ビートたけし氏は、生死の境をさまよったバイク事故の後、大英博物館に行きたくなったそうだ。
「生きてた証」の巣窟である大英博物館に行けば、自分の「生きている意味」がわかるかもしれない、本書は、そんなたけし氏の体あたり、大英博物館見聞録である。
 まず、古代エジプトのコーナーに飛び込んだたけし氏は、ラムセスII世像の大きさに驚き、それを丸太の上にのせて船まで運んだイギリス人の執念にあきれかえる。ロゼッタストーンにいたっては、二つに割って一方をエジプトに返してはどうかと、提案する。
 王様のペットだったらしい、ウナギのミイラを作らされたミイラ職人を気の毒がり、自分が王様だったら、たくさんのオネエちゃんのミイラと、デカイ棺桶に入るのだそうだ。やっぱり、ビートたけしはこうでなくては。
 第二章、アッシリア。エジプトの部屋の隣のこのコーナー。ついでに立ち寄るぐらいの、気軽な気持ちだったというたけし氏は、巨大であるにもかかわらず、繊細な彫刻がほどこされた、「人面有翼雄牛像」を見て考えを改める。
 特にたけし氏が、くぎづけになったのが上・中・下の三段に、ライオンをとらえるまでの物語が彫られた「バニパル王のライオン狩り」と題されたレリーフである。このレリーフが作られた時、日本はまだ縄文時代ということにも驚くけれど、矢が体にささり、苦悶の表情をうかべるライオンの姿に、まるで映画の中のワンシーンを見るように、ひき込まれてしまう。
 何でもかんでも、興味あるものを世界中からコレクションしてしまったイギリス人をののしりながら、大英博物館に魅せられて、これからも世界中から人はやってくるだろう、というたけし氏。
 貧乏になっても、人にほこれるものがあるのか日本人、というたけし氏の言葉に、あなたはどう答えるか。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.06.12)

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日本初の絵本の歴史。時代のニーズと供に進化していく絵本の世界が理解できる一冊。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 不思議なことに、絵本関連の本は理論書、研究書をふくめ、おびただしい数が出ているにもかかわらず、なぜか絵本の歴史は一冊も出されなかった。本書は、日本で最初の近代絵本史であると筆者は語っている。
 私も江戸時代の黄表紙や草双紙の伝統が、どのような形で、明治の絵本に引きつがれていったのか関心があったので、興味深く本書を読んだ。
 だれでもが親しんでいる絵本という言葉が定着するのが、大正時代の終り。明治、大正期には、画帖、絵はなしという呼び名が一般的だった。『絵本太閤記』、『絵本曽我兄弟』の絵本という名前は、むしろ大人向けの絵入り本といった意味で使われていた。
 江戸時代、「青本」、「黒本」、「赤本」、「黄表紙」、「合巻」、「豆本」と、様々な形の絵入り本が登場し、それが明治から子供向け、いわゆる絵本として引きつがれていく過程を見ていくと、日本人がいかに、ビジュアルな本を愛していたかがわかる気がする。
 明治初めに出された『桃太郎ばなし』や『花咲かじじい』の絵は、全く浮世絵にしか見えない。顔にしま取り、荒武者風のいでたちの桃太郎ときては、私達が親しんできたりりしい少年の桃太郎のイメージがけしとんでしまう。
 明治十八年ごろから、翻訳絵本の出版が始まっている。カチカチ山や、舌切雀など、日本の代表的な昔話が英訳され、英語を学ぶ日本人や、箱根などの外国人用ホテルで販売されていた。そのクオリティの高さから、英訳から、フランス語、ドイツ語、スペイン語に訳され、輸出品としてロングラン出版物となる。それらから刺激を得た美術家も海外に多くいたにちがいない。
 彼等が描いた絵を見た、竹久夢二や武井武雄が、新しい絵本を作り出す。こんな風に私の頭の中に世界中を飛び回る、日本の絵本を想像してしまった。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.04.10)

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肉体を変化させることによって、精神もきたえる。甘ったれたエクササイズを本書は激しく否定する。

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 SASという名前を聞いてもピンとこない人が多いだろう。戦争映画オタクぐらいしか知らない、このSASはイギリス陸軍特殊空挺部隊の略称で、第二次大戦はもとより、世界各地で、あらゆる作戦に従事するイギリス陸軍きっての猛者の集まる部隊のことである。 この本の著者、ジョン・ワイズマン氏も、元SASの隊員であり、退役後はサバイバルスクールを経営している、こんな戦う男が書くエクササイズの入門書らしく、本文中には甘い言葉はいっさいない。著者は「三週間で筋肉をつける」といったたぐいの広告にだまされてはいけない、こうしたものは人々の無知や幻想を食いものにする、たくみな宣伝文句であると警告する。

 エクササイズは、強い意志でかつ定期的に行なわなければ、成果は期待出来ないということを、これほどはっきりいうインストラクターも珍しいだろう。

 第一章の筋力と持久力は、自分の体重を使う方法と、ジムでのウエイトを使う方法、とこのあたりは普通の入門書と変わらない。おもしろいのはリュックやブーツの選び方、リュックは大きめで、ヒップベルトのあるものにすること。中につめるものは左右均等の重量にする。ぬれた寝袋を使うと、肺炎や低体温症を引きおこすこともあるので、必ず防水の袋に入れること。SASでは、耐久行軍という六十八キロもの荷物を背おって長時間歩く訓練がある。読者は、兵隊になるわけじゃあるまいしと思うかもしれないが、アウトドアでの最近の事故の多さを考えると、こういった備品の選び方をきちんと教えてくれることはありがたいことだ。ちょっとした山歩きにも役に立つことがかいてある。

 第二章の栄養学は、タンパク質やビタミンの取り方から始まり、ぜひとも作ってみたいのが、舟艇(しゅうてい)小隊チャウダーとかジャングル風カレーと名づけられた軍隊料理。とにかく作り方が大ざっぱでカンタンだが、各種栄養素が十分にとれることまちがいなし。
 第三章は精神的敏捷性と少しわかりづらいタイトルがついているが、職場のストレスや仕事のプレッシャーといった、何人ものがれられない問題に、前向きにかつユーモアを持って取り組むことを著者は問く。一見、あたり前のことを著者は言っているようだが、エクササイズにより、体の好不調を知り、体型が変わっていけば、内面も充足する。ストレスに真正面から向きあわず、色々な方向から活動を見つけだす方法は、軍隊経験のあるワイズマン氏ならではの説得力のある言葉である。

 本書を読んで何通りものエクササイズを試み、最終的に自分に合った方法を見つけよう。三日坊主も、一年間くりかえしていくと考えれば、理想の体型はあなたのものだ。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2000.09.01)

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紙の本日本の秘仏

2002/07/05 18:15

49年に一度、33年に一度しか見ることのできない秘仏まである。あなたが拝みたい秘仏はどの仏様だろうか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 秘仏とは、たやすくは拝むことの出来ない仏像のことである。
 毎月一回から一年に一回か数回、中には二十一年に一度、三十三年に一度、四十九年に一度というものまである。三十三年とか四十九年に一度となると、一生に一度か二度仏を拝めるかどうかといったことになり、いやが上にも仏様のありがたさは増していく。
 本書はそんなめったに拝むことがかなわない仏様をオールカラーで拝見できるのである。四十二体の仏様を次々とながめながら、こんなに簡単にながめてもいいんでしょうか、という気持ちがおこってくる。私のような煩悩の強い人間にも、信心したくなってくるような気がする。
 秘仏になっているものは少し変った形をした仏像が多い。頭に仏様がたくさんついた十一面観音、やたらと手が多い千手観音、逆立つ髪や忿怒の形相がすさまじい愛染明王。
 十一面・千手・馬頭観音は変化観音といわれ秘仏化しやすいのだそうである。特に十一面観音が多く、この像は現世利益を得ることを目的としているらしい。現世利益すなわち功徳があることを信じて民衆は秘仏を拝んできたのである。
 功徳のあるなしにかかわらず、その姿に思わず見入ってしまったのが、白州正子氏も絶賛している福井県中山寺の馬頭観音である。顔は凄まじい形相なのだが、手足はうって変わって静けさをたたえている。三十三年間も厨子の中に見られることなくこの馬頭観音が座していることを思うと、不思議な気持ちになってくる。
 実際に千本の手を持つ葛井寺の千手観音坐像も一度は拝みたい。毎月十八日に開帳されるそうだから、比較的見に行きやすい秘仏ということになる。千手の圧倒的な存在感はやはりすごい。さてあなたがぜひとも拝みたくなる秘仏はどの仏様だろうか。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.07.06)

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ほんの二十年前のディープで美しい古本達。豊かで、オシャレな生活の指南書は古書市にあり

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 町の本屋に行く、やたら明るい店内には、おびただしい雑誌と新刊本。その新刊本も一週間とたたないうちに書店から消え、次の本が並べられる。
 なにか本屋に行っても疲れる。癒し本のコーナーで、一冊手に取りパラパラとページをめくってみるが、バカバカしくなってしまった。そんなあなたに、おすすめの一冊がこの『モダン古書案内』である。
 古書と聞いただけで、オジサン臭くモテないインテリの姿を、イメージする人も多いと思う。確かにその通りで、私も神田の古書店で出くわす色白オタクの群れに、おもわずのけぞったことがある。
 しかし最近は、女の子でも入れそうなオシャレな古書店が登場してきた。どうしても古本屋がイヤなら、本書の中で紹介されているオンライン古書店で自分好みの店をさがすのもいい。
 このモダン古書案内で、紹介されている本は、六〇年代から八〇年代にかけての、かわいくオシャレな装幀のものが多い。宇野亜喜良、横尾忠則、和田誠、柳原良平、堀内誠一、金子國義、モダンでポップで、時にサイケでクラシカル、こんな方々がデザインや挿画を描いていた本の数々は、あきのこないものが多い。
 だまされたと思って、澁澤龍彦編集の「血と薔薇」を古書店で買って、部屋にかざってほしい。本や雑誌は、読み捨てられる消費物だと思っていた人も考えを改めるだろう。それにしても六〇年代には、こりまくった装幀の美しい本が多い。
 一冊だけ、古書店でも買うのが恥ずかしい本があった。昭和四十三年刊の『レズビアンテクニック』。内容は尼僧の歴史や耽美小説からの引用などらしいが、今から三十五年前、男性読者が多かったのか、女性読者の方が多かったのか。みなさんオンライン古書店で、ぜひ購入して下さい。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.05.25)

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百年前のセミヌード、ポルノ写真のオンパレード。はたしてあなたはこの写真でエキサイトするだろうか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 江戸時代、浮世絵師は好んで女性の裸を描いた。時代は移り、明治の世になり写真家が登場した。
 彼らは浮世絵師とちがい、女性のヌードに興味がなかったのか? もちろん大アリだった。
 横浜に写真館を開いていた下岡蓮杖が撮影したといわれる、日本初のヌード写真が、本書の中で紹介されている。日本初のヌード写真、どんなんだ、と興味深く見たものの何のことはない、女性ひとりがオケに入り、もうひとりの女性に背中を流してもらっているという、トホホな光景である。もう一枚も横たわって碁を打つセミヌードの男女。
 下岡蓮杖さんは、モデルがポーズをつけていないナチュラルなヌードがお好きだったらしい。
 ページをめくっていくと、セミヌード、それから次第に露出の激しいものになっていく。セミヌードは、どちらかというと日本の風俗を紹介するといった趣きが強く、ついでに上半身も脱いでみましたといった感じである。
 局部もあらわな、ポルノ系ヌード写真となると美人度がぐっと下がる。顔だけコラージュされたものも多い。その上モデルのプロポーションが五等身ぐらいで、やたら胴が長く足が短い。
 長年にわたる畳の上での生活、ビタミン不足の食事、当時の女性の平均身長は一四六センチだったというから、現代の小学六年生ぐらいでしかない。それでも何点かのヌード写真には、そこはかとないエロチシズムを感じる。エロチシズムとエキゾチシズムが入りまじり、非日常的な世界が十数センチの写真の中で展開されているのだ。
 私達のご先祖様も、ひと肌ぬいで当時最高級のエロスを追求していた。このロストワールドをへて、二十世紀、二十一世紀の大量ヘアヌード写真刊行となっていったのである。
 日本男子たるもの、この写真集を拝まなくてはならない。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.04.24)

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日本史モノ事典

2001/11/16 22:16

四千点にもおよぶ図版が語りかけてくる日本の形、大河ドラマや時代劇をより楽しむための、一家に一冊

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 明治は遠くなりにけり、という言葉を少し前まで聞いたような気がするのだが、今では昭和すら遠くなってしまった。平成生まれの子供達にいたっては、日本という単語から何をイメージするのだろうか。
 とはいうものの、大河ドラマは相変らず作られているし、歴史物の小説も書店にあふれている。映画やテレビといったビジュアルの中にも、言葉の世界にも日本史はいたる所に出現している。しかし一つ困ったことがある。小説の中では、一文字笠と出てきてもビジュアルの説明がない、映画のようなビジュアルの世界では言葉の説明がないため、大名から町家のダンナの髪形まで、ちょんまげという呼び方から、一歩ふみ込んだ名前がわからない。

 そんな不満を一気に解決してくれるのが、この日本史モノ事典である。「別に歴史小説家になりたいわけじゃないし」などと言うなかれ。
 たとえば英語がしゃべれたとして、外国人の友人を神社につれていったとしよう。鳥居の起源はインドにあって、ここは住吉鳥居と言うのだ、などとどっこい日本人であるということをアピールできたりもする。自国の文化を理解してこそ国際人である。

 そしてこの事典の、より魅力的なところは多くの人物画が、名所図絵や和漢三方図絵から載せられていて美術的に実にすばらしい。さすがに、一九三一年の大百科事典から一九六四年の世界大百科事典にいたる数々の図版の中から四千点を選んだだけのことはある。 モノの精神は、まず形に宿るのでないだろうか。日本の食卓からすっかり姿を消したお膳やおひつの絵をながめていると、ガラにもなく日本の心なんてことを考えてしまう。
 そこのオトーさん、コギャルと渡りあうためには茶髪じゃなくて、日本史を学べ、ということです。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストテーター 2001.11.17)

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明治から昭和、日常の中で愛された和ガラスや柔らかい手触りにもう一度ふれてみよう。

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 本書の表紙の人物は、アルフィーの坂崎幸之助氏である。アルフィーと和ガラス、イメージがつながらないと思う人も多いかもしれないが、坂崎氏は知る人ぞ知る、和ガラスのマニアックなコレクターなのである。

 本書はまず、坂崎氏の実家、酒屋の坂崎商店から話がはじまる。昭和三十年代の店先の写真には、なつかしのトリスの人形や映画のカンバン、今持っていたらかなりのお宝。
 しかし坂崎氏の父上は、やたらと物ばなれのいい人らしく、ガラス類にいたっては粉々に割ってから捨てるという徹底ぶり。思うにそのトラウマが、坂崎氏をして和ガラスの一流コレクターにしてしまったのではないか。
 坂崎氏のコレクションのはじまりは、ツアーで立ち寄った松山で、丸いプチプチがついたあられガラスを買った時からだそうだ。

 それでは氏のコレクションをのぞいてみよう。香水ビンに負けずともおとらないしょうゆビンからはじまり、リキュールグラス、あられコップ、アイスクリームコップ、文様の多彩さに目を見はる、レース皿、ラムネやジュースのビン、おはじきなどの子供のおもちゃ、ブラックライトをあてると、妖しい緑色が美しいウランガラスなど、ほとんどが明治から昭和のはじめに作られた日常の品ばかりである。
 坂崎氏は江戸切子や、クリスタルグラスやデカンタは、洗練されすぎて興味がわかないという。私も昔から家で作っていたアイスクリームコップやプレスガラスを今も愛用しているひとりだが、気泡が入っていたり安定が悪かったりするところが気に入ってあきがこない。
 坂崎氏のコレクションは、ものを愛でるという日本人が忘れていた感覚を思い出させてくれる。本書をきっかけに、フリーマーケットであられコップをさがすのも楽しいと思う。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2001.09.11)

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東洋と西洋の奇妙な出会いがオールドノリタケの中に発見できる、不思議な美意識の再発見。

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 なにげなく手に取ったコーヒーカップの受け皿をひっくり返して、ノリタケのローマ字を目にしたことのある人は多いと思う。
 この本は、現在のノリタケの前身、森村組が、明治・大正時代に欧米に輸出した、オールドノリタケといわれる陶磁器の名品を集めたものである。

 オールドノリタケの歴史は古く、明治の年に森村兄弟が、ニューヨークにモリムラブラザースという店をかまえた時から始まった。
 最初に森村兄弟は日本の骨董品を扱うが、中でも陶磁器がアメリカで人気があることに気付き陶磁器を主力商品にするようになる。
 そこで面白いのは、ノリタケの創業者の一人である大倉孫兵衛が、日本の陶磁器が生地や絵柄においてヨーロッパ製品に見劣りすると考えていたことである。

 私は日本の陶磁器は世界で最も美しいと思っているぐらいだが、そこは大商人大倉孫兵衛、顧客のすべてはアメリカ人、商品も洋風にする決定をする。
 しかし、当然のごとく江戸時代からの伝統と技をほこる職人達から猛反発をくらう。なんとか職人達を説得し、オールドノリタケの製品が作られていくのだが、ここに登場する数々の陶磁器を見ていると、明治の職人達がいかに洋風絵を自分達なりに理解していたのかがうかがえる。

 ウェッジウッド風のティーセットを見ると緑地に白の盛り上げで描かれた風景は、確かに西洋の景色にもかかわらず、日本の山水画に見えてしまう。
 ドラゴン盛り上げマグになると、ビアマグの横に、白くドラゴンがうかび上がり、西洋の形の中に、中国の生き物、日本の色が、まぜ合わさった状態で共存している。
 西洋と東洋が、これらの花瓶や絵皿の中でまざり合い、奇妙な美しさを発しているのを見ると私は不思議な気持ちになってくる。
 これを描いた明治・大正の画工達は西洋を訪れたことは一度もないはずである。見本を見ながら、洋犬、田園風景、インディアン、ギリシャ風の婦人像を、彼等職人が描いていた時、何を考えていたのだろうか。

 オールドノリタケの数多くの輸出品は、アメリカ人の家にかざられていた。西洋のものが描かれた陶磁器の中にあらわれる日本的なムードを、アメリカ人は好んでいたのだろうか。この作品集をながめていると私は二十世紀はじめのアメリカにいって、オールドノリタケに対する感想を、アメリカ人のコレクターに聞いてみたい気がしてくる。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/イラストレーター・画家 2001.07.27)

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シャガール

2001/07/09 15:15

知っているようで知らない画家シャガール故郷ロシアの思い出が彼の絵を決定づけた。

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 二〇世紀の巨匠の中で、シャガールほど大衆に人気のあった画家は他にいないだろう。

 一般の人々に最も好まれる画家、つまりそれは、美術を志す学生に最も敬遠される対象でもある。私も美術学生だったころ、シャガールには関心がなく、画集さえまともに見たことがなかった。

 八十年代、バブル経済はなやかなりし頃、高そうなインテリアの喫茶店に、シャガールのやたら三原色の目立つ「ダフニスとクロエ」のリトグラフがかかっていて、私の「シャガールは通俗画家」という偏見を助長した。

 しかし私のこの偏見は、ポンピドーセンターにあった1917年制作の大作「ワイングラスを持つ二人の肖像画」を見た時、一掃されてしまった。
 白い花嫁衣装を着た、夫人ベラが夫シャガールを肩車している。タテ2メートルをこえる大作にまず圧倒され、画面の中央をまっすぐにのびる2人の人物像という奇抜な構図に目を見張った。この一見無謀ともいえる構図を成功させてしまった、シャガールという画家にしだいに私はひかれるようになった。

 本書は、今まであまり書かれることのなかったシャガールのロシア時代の活動を、新資料をもとに描きだしている。

 シャガールの絵の中には頻繁に、空を飛ぶ人物や、屋根の上にロバやヴァイオリンひきが登場する。空中を歩く人間はユダヤのイディシュ文学の中に出てくる「空気人間」。自分の力で道を切り開いていくという空気人間はシャガール自身に違いない。
 ヴィテスブルク、ニューヨーク、パリと次々と住む場所を変えなくてはならなかった画家は、ベラルーシやヴィテスブルクのユダヤ人の生活と伝説を描くことによって自分をささえていたのだろうか。
 一九二〇年代、パリのシュルレアリストの仲間になることもこばみ、そのため親分格のアンドレ・ブルトンからも非難される。一定の方針を持つグループからいつも距離を置き、孤独に思えるシャガールだが、彼の絵は晩年になればなるほど、豊かな色彩に満ちあふれ人や動物達はますます楽しげに、赤とブルーの空をただよっていく。

 一九八五年、九十七才まで生きたシャガールのまわりに、いったいいくつものイスム主義が通りすぎていったのだろうか。色あせていった多くの美術の潮流の中で、シャガールの絵画はますます輝きをましているように見える。本書を読むことでシャガールの古くて新しい魅力にふれてほしい。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/イラストレーター・画家 2001.07.10)

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グロテスクなコラージュやオブジェにただよう奇妙な安心感。この画集を見て自分の夢に触ってみよう。

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 『シュヴァンクマイエルの不思議な世界』というビデオを、渋谷の書店で手にとったのが、彼の作品との初めての出会いだった。
 テーブルの上のガラスケースに入った魚の骨格標本、そのまわりをぐるぐる回る魚の標本たち、そのうち、ガラスケースの中の魚の骨が、待ち切れなくなったかのように動き出しガラスをつきやぶって外に飛び出して行く。
 地下室で石灰の毛布にくるまる男と、石灰のパンを焼く女、それを見つめる少女は、こわくなってその場をにげ出してしまう。

 この画集の帯に「自分の夢を触りなさい。」とあるけれど、シュヴァンクマイエルの世界は、まさに触ることのできる夢を具体化した作品である。

 夢を触ってみたい。これは芸術家でなくても、人は子供時代から、一度はそう思っているのではないだろうか。
 夢の中に出てくるのは、となりの席のあこがれの美少女ばかりではない。きのう食べたケーキの味、かわいがっている犬や猫の手ざわり。中には説明しようのないストーリーもある。
 そんな夢を、視覚化して作品にしてしまったのが、ダリやマグリットに代表されるシュルレアリスト達。プラハのルドルフII世につかえた、奇想の画家アルチンボルトがいる。

 シュヴァンクマイエルは、すでに美術史の中で使い古された感のある、シュールレアリスムやマニエリスムをもう一度ほり起こし、自分の制作の方法論としている。
 「魔術的な要素のない創作を想像できない」と彼は言う。民俗学、動物学、昆虫学、植物学と題されたコラージュは、一見マックス・エルンストに想を得たもののように見える。
 しかし、それらのグロテスクな組み合わせは、コラージュという枠をとびこえて、独立した一個の生き物のように見える。
 実際にそれらを動かし、シュヴァンクマイエルはアニメーションを制作する。魔術と美術の融合を目指すシュヴァンクマイエルにとってアニメーションは、彼に与えられた錬金術といえるだろう。

 「博物誌のキャビネット」の中の骨や、鳥達は新しい生物として、ガラスケースの中で生まれ変わり、いまにも動き出しそうだ。私はこれらのオブジェを部屋の中にコレクションしたいとは思わないが、映像や画集は時々見たくなってしまう。
 こわいものみたさと言ってしまえばそれまでだが、シュヴァンクマイエルの作品には、人間が持っている根源的な不安や、幼児期の夢を見させてくれる魅力をを持っている。
 奇妙な安心感と、こわいものみたさ、この画集をそっと開いてのぞき見ることをおすすめします。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2001.06.16)

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パリっ子の台所から

2001/04/30 22:18

フランス人が毎日食べるフランス料理、もちろん気取のない、実質本位のうまいものばかり、写真も美しい。

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 フレンチ・レストランで、フランス料理なるものを食べるたび、(年に数回ほどだけれど)いったい、フランスにお住まいのフランス人は、日常的に何を食べているのであろうか、という疑問がわきおこってくる。

 学生時代、絵の勉強のためウィーンに住み、パリにも一週間ほど滞在した。しかしあまりの貧乏節約旅行のため、食事といえばファーストフードや、サンドイッチでごまかしたため、フランス人の食生活に思いをめぐらす、ゆとりは全くなかった。
 本書を開いてみて、グルメと言われるフランス人といえども日常は、サンマの塩焼きに、おろし大根に近いものを食していたのかと安心した。

 最初のページにドーンと、白とグリーンの色あざやかな、みごとなポロネギ。こいつをブイヨンで煮て、ワインビネガーのソースをかけて食べる。ポロネギは貧乏人のアスパラガスと呼ばれていて、もし私がパリに留学していたら、ビタミン不足をおぎなうため、毎日のように食べていたのではないだろうか。

 フランス風グリーンピース煮も、バターでいため、ブイヨンで煮る。実にシンプルな料理だ。野菜の料理に、私の目がついつい向ってしまうのは、ウィーン滞在中肉ばかり食べてビタミン不足になってしまったトラウマからきているのだろう。
 これからフランスに留学される学生さんも、本書をたずさえていけば、楽しく野菜料理を作れるはずだ。

 大衆魚といえばサバ。サバの白ワインマリネもあっさりしてうまそうである。庶民はどこの国でもあきのこないものを食べている。
 そしてエピソードが一つ。日本人観光客をつれた添乗員が、市場のサバを指さしつつ、「これはサバです、フランスでもサバは大衆魚で…」と説明していたら、魚屋のオッサンが、「魚にサヴァ(元気?)はないだろう。とっくにお陀仏してるさ」と言ったとか。

 本書の中には、時おり、料理の写真にまじって、そうざい屋や、レストランの写真が登場するが、売られているハムやそうざいのうまそうなこと。日本のコンビニやスーパーのあの殺菌光線のようなライティングはなんとかならないものか。ページをめくるごとにワイルドかつ食欲そそえられる料理をながめていると、フランスがうらやましくなる。
 フランス風もつ煮込み、塩焼きバーベキューと日本人の思い描く、フランス料理とは一味ちがう。しかし、うまいものはうまい。本書のページをめくるだけで、それはわかります。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2001.05.01)

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ストレスの溜まった大人も、キレる子供もプラモデルを作ろう。

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 ついに出た、田宮模型全仕事

 1巻目はミリタリーモデル、アーミー。本書に登場するのはタイトルどおり、陸軍の主役、戦車と歩兵達である。

 ページを開くごとに、懐かしのキングタイガーやロンメル戦車が、次々と登場する。それにしてもここに写された戦車や兵士は、たかがプラモデルと思えないリアルさと重厚感を備えている。

 モデラーといわれる、模型作りに関しては、プロ級の人達が作ったこれらの作品はすでに趣味の領域を超えて、工芸品のごとき美しさに達している。2〜30年前、日本全国の模型屋のショウウインドーの中には、町のモデラー達が腕をふるった自信作が飾られ、少年達のプラモデル熱に火をつけたものだった。

 私も小中学生の頃、休日ともなるとプラモデルを作りまくっていた一人である。テレビゲームなどは無かった当時、プラモデル作りは男の子のロマンを掻き立てる、数少ない楽しみの一つだった。

 プラモデル作りにかけて名人級のクラスメートの家に遊びにいくと、ガラス戸棚の中に35分の1スケールの戦車がずらりと並んでいる。密かな嫉妬心と羨望の眼差しでそれらを眺め、自分が作った戦車の着色の、あまりのアバウトさを嘆いたものである。相撲、野球、プラモデル作り。一つ特技があれば、一応仲間から一目置かれた、なんとものんびりした時代だった。模型を組み立てる事によって、カッターやハンダごての使い方も上手くなった。

 ナバロンの要塞という映画を観て、ドイツの戦車を作り、テレビドラマのコンバットの影響で、アメリカ兵のセットを作ったりした。日本の物は残念ながら、戦車の種類も少なく、日本兵セットは手に軍刀といった出で立ちで、これじゃあアメリカに負けるわけだと、子供心に妙に納得した。

 此処で誤解を避ける為に言っておきたいのは、ミリタリーの模型を作ったからといって、決して戦争賛美者などにはならないという事である。

 歴史の教科書で、戦争について紋切り型の勉強をするより、模型の箱に付いている解説書を読む方が、戦争の恐さが解ったりするものなのだ。戦車に対面するのならやはりミニチュアの方がいい。

 校長先生、PTAの皆様、きれる子供に再びプラモデルを与えて下さい。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/イラストレーター・画家 2000.08.30)

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永遠に愛されつづけるだろうルソーの静かな絵画。彼の絵が持つパワーを全身で感じたい

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 絵画というものは本当に不思議な力を持っていると思う。長い間好きでなかった画家の作品が、ある日突然すばらしく思えたり逆に若いころあれほど好きだった画家の作品に、無関心になったりする。
 アンリ・ルソーの絵は初めて見た時から、そして今にいたるまで好きである。この好きという感情もほれまくってますというパッションとは違う。いつどんな気分の時にルソーの絵を見ても、同じ空気感と少しばかりのよそよそしい距離が私と絵の間に生じているのだ。
 ルソーの絵は孤独を感じさせるものが多い。それはプリミティブな対象の描き方が、個々のモチーフを固く独立させて見えるということでもあるし、プリミティブの画家達は孤独な人生を送っている人が多く彼等の絵もそれを反映しているのだろう。
 正式な美術教育を受けていないルソーは素朴に対象を描き、学歴がないがために友人も少なく孤独な人生を送った。それは一つの事実である。しかし彼は絵によって立身出世を夢みる野心家であり、プロフェッショナルな素朴画家であった。大作「戦争」や「アンデパンダン展の自由の女神」などの作品に彼の自己顕示欲がよくあらわされている。自由の女神に祝福されて絵を運ぶ芸術家は、ルソーのプライドそのものだろうし、「戦争」の血なまぐさい画面は明らかに人に見られることを意識して描かれている。
 それにくらべると「眠るジプシー女」はなんと静かな作品かと思う。ジャングルをモチーフにした「蛇使いの女」や「夢」も、熱帯のむせかえるような湿度は全く感じられない。博物館の中の熱帯で、南の国に思いをはせたであろうルソー。
 まだまだヨーロッパの人々にとって珍しく、エキゾチシズムをかきたてる熱帯のジャングルを描くことによって注目を集め、サロンの画家のような生活を望んだルソーは、大作「夢」を描いた年になくなってしまう。ルソーの夢は彼の死後にかなえられ、永遠に愛される画家となった。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.07.11)

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見る者を立ちどまらせずにはおかない舟越桂氏の木彫作品。新鮮な気持ちで彫刻を再発見できる

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 人の姿、肖像彫刻、人類の歴史が始まって以来、それらはおびただしい数が作られてきた。人々は具象的な人物彫刻を見あきているにもかかわらず、多くの人は舟越氏の彫刻の前に立ちどまる。まるで人物彫刻を見るのは初めてだ、と言わんばかりの面持ちで。
 私は今まで、立体作品を四つのジャンルに分けて見てきた。ギリシャ、鎌倉彫刻などの古典作品。現代の具象彫刻。現代の抽象彫刻、そして人形である。阿修羅像などは大好きな木彫の一つではあるが、見るたび彼らの時代と現在の私のいる時代の隔たりの大きさを感じずにはいられない。抽象彫刻は直観的にすぐれていると思える作品に出会っても、観念と言語で武装されているのを見るにつけ、反発を感じてどうしても好きになれなかった。現代の具象彫刻は、マイヨールとボテロが好きだという以外、日本中にある政治家や公募展の裸婦像の退屈さにうんざりし、ついでにブロンズという素材まで嫌いになって私の彫刻離れの一因となった。私の興味の対象はジュサブロー作品や、ヨーロッパの美術館で見たベルメールに移っていった。
 からくり人形がよほど面白いと思ってた十数年前、突然私の意識を彫刻にひき戻す作品が目の前に現れたのである。ある美術雑誌が舟越氏の作品を特集していた。その半身像の木彫は、目に大理石がはめられ全体にあわい彩色がほどこされ、モデルになった人物の性格までこちらに伝わってくる不思議なリアリティを持った肖像だった。それらは鎌倉期の木彫や、ギリシャ彫刻の静けさと緊張感を感じさせもしていた。
 最も私がうれしく思ったのは、あきらかにそれらの作品は私と同じ時代を共有する人間が作った、まぎれもない現代彫刻であることだった。そして氏の手によって今も彫刻は作られている。これからも新刊の小説を待望するような気持ちで、多くの人は氏の彫刻を待ちつづけるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:牛尾篤/画家・イラストレーター 2002.07.09)

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