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  3. 佐山一郎さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

佐山一郎さんのレビュー一覧

投稿者:佐山一郎

9 件中 1 件~ 9 件を表示

ヴィジュアル開拓者・前田ジョンのとてもクールな半自叙伝

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 コンピュータとデザイン(或いは芸術表現)を共存調和的に考えられる人が意外に少ない。だからデジタルグラフィックスなるものは誤解のされ通しである。

 ちょっと前までの出版界なら、綜合雑誌なり書籍なりが、こうしたテーマに素早く納得のいく情報を出してくれたものだ。にもかかわらず、新時代のメディア素材に対して閉じこもりを決め込む中年編集者が後を絶たない。アレルギー組と、小賢しい知り得情報提供組との両極化にうんざりさせられる。道具なのか手段なのか、芸術表現の限界は現状、どこにあるのかといった本質的な問いかけや仮説を技術的分野の外部に求める人は、この本の著者のように少なからず存在するというのに…。

 著者の前田ジョンは、1966年シアトル生まれ。MIT(マサチューセッツ工科大)及び大学院で、計算機の並列処理とサイエンティフィック・ビジュライゼーション(可視化)の研究に従事した人だ。美学的にもコミュニケーションの観点からも納得のいく情報表現が得られないということから国際メディア研究財団の援助により90年に来日し、つくば大学大学院芸術学研究科に学んだ。
 …と書く際に、普通は奥付のプロフィールに頼るわけだが、ビジュアル開拓者によるこの本にそうした偏狭な約束事は存在しない。と言うよりは、5cm近い厚さの本書自体が、著者のヴィジュアル履歴書=半自叙伝になっていて、ある種の全体性獲得に成功している。
 「(妻の)クリスへ この世のあらゆる0と1よりも愛す」の献辞で始まり、お次は幼少時の原風景ーーシアトルの豆腐屋の暖簾を受け継いだ父親の完成度高き職人芸ーーの紹介というふうに心憎い。
 「技術の進歩がどれほど我々の身体や知能を補完するものを提供しても、思考の出発点として、一枚の白い紙以上のものは想像できない。その誠実さと信頼性が、また次の出会いを楽しみにさせてくれる(第5章 紙 )」に見られるような、グッと来るアフォリズムも随所にちりばめられている。10年に及ぶ経験と実験で得られた着想の2枚目ぶりが楽しめれば、コンピュータ・アレルギーも随分と緩和されるはずだ。

 この本との出会いによって、『横尾忠則全集 全一巻』(講談社・71年)を思い出したと言う人も多い。いや、何を隠そう、このぼくからしてそうだった。たしかにあの本も随分と分厚く、横尾氏は当時30歳代前半。いまの前田ジョン氏と同年齢時点での本だったが、現在では古書店で2万円以上もの値がついている。同時代ならではの記念碑的なヴィジュアル・ブックという不純な(?)動機で入手するのも悪くない。USA『Esquire』誌も「21世紀に最も重要な21人の一人」に前田ジョンを挙げていた。

 前田ジョンの修行僧を彷彿させるひたむきで清潔な感性は、良いデザイン特有の簡素さと直結している。「情念の始末」という古くて新しいテーマを、洗練されたこの本の著者はいったいどう…、と考えてしまいがちなのは60年代を追憶する日本のオジサンたちだが、今やそんな愚直な問いを発する人さえ見あたらず、なんだかつまらない。
 版元のデジタローグからは、同じ著者による遊びと刺激に満ちたCD-ROM+小冊子のリアクティブブック・シーリーズ4巻(各3千円)も発売されている。マイ・ブーム=「前・ジョン」コレクションの人がもっといてもいい。 (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2001.02.03)

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プラトニック・セックス

2000/12/27 21:15

こんなセクシャルな流離譚もあるのか、と考えらさせられるだけでも1300円分の価値がある。

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 大ベストセラー本を「俗」と決めつけたくなるのは致し方ないこと。でもそれをやるべきはむしろ若い人たちで、オジサン、オバサンは逆に、老け込み防止のために積極的に付き合ったほうがいい。あからさまな違和感が溶解するかどうかは、運次第。″超本命買い″プロセスを楽しむ姿が、これからは案外「粋」だったりして。

 「プラトニック・セックス」は謎の本だ。なんでこんなに売れちゃうんだろう。出版社のヴェテラン営業マンの知友によると、初めて単行本を買う人がほとんどだからだと、ミもフタもない。装丁は、予想に反して写真ゼロで、本人プロフィールもなし。<私の舌を入れさせて。神さまおねがい。>と大書された帯コピーさえ外せば、お洒落な舶来チョコレートの包装風だ。

 開いてびっくりなのは、文字がやたらに大きいこと。そこでいきなり「なんだ、これ〜!」じゃいけません。老眼の人にはありがたいし、国語の教科書を何10年ぶりかに読む気分にも襲われて、不思議な感じがする。

 さてテクストのほうだが、意外とこれ、(マルグリット・)デュラス『愛人(ラマン)』風味じゃん、といきなり感心してしまった。小学生時代の著者が、厳格な家庭に窒息していく過程の描き方がまずいい。

 そこから先はもう、「愛ちゃん、やさぐれる」で、転調に次ぐ転調の連続。でも、契約金1000万円のAV地獄からの「回心」プロセスがじつにもう旧学参ものの小学館していてほっとさせられる。ルイス・ブニュエルの映画『昼顔』の安らぎに満ちたラストシーンさえ思い起こす。超荒れまくりの青春もいつかは沈静化に向かう。これなら授業中の回し読みにも教師、PTAは耐えられるーーと言っては、うがちすぎか…。

 気になるのは、何度か出てくる交換日記(むろんカレシとの)と本文との文章技術上の落差。しかしそんなことを気にする必要など何もない。愛ちゃん自ら演じる映画化の話はないのだろうか。早くしないと、10代の自分を演じることがむずかしくなる。いや、もうすでに無理か…。1990年、冬、18歳当時のたった7日間のニューヨークの旅もうらやましいほどに自由だ。こんなセクシャルな流離譚もあるのか、と考えされられるだけでも1300円の価値がある。 (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.12.28)

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クリスマスや誕生日に贈られて嬉しい究極のプレゼント本。ただし、それは女性から男性へ??

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 なかなかこういうタイプの本が少ない。栄養を深く考察した実践書は、なんと言っても丸元淑生さんの一連の著作にとどめをさすけれど、いわゆるコーヒーテーブルブック的なお洒落本とは別文脈。基礎を丸元ワールドでしっかり固めて、パトリス・ジュリアンさんからは、スタイル上のエスプリを吸収する。ーー何を隠しましょう、じつはこれがぼくの理想とするところなのであります。

 この本は、「料理で彼女を夢中にさせる」といきなり宣言することで始まっている。好色な下心と考えては暗くなる。寝室の、否、失礼、厨房の魔人・パトリスさんは、「料理は、ひとつの愛の物語」とまで言い切っておられるのだ。たしかにラテンのノリで21世紀を生き直すきっかけになるだけの怪しい魅力が感じられるし、著者も「読んでくれた人の“内面の革命”みたいなものにつながればいい」とエピローグで記している。

 東京在住が12年になる48歳のパトリスさんは、元フランス政府の外交官。日仏学院副学院長の座を捨てて、好きな料理の世界に入った人だ。白金台と恵比寿に自らプロデュースしたレストラン、横浜みなとみらいクイーンズイースト4階にもカフェを持つ。そればかりか、エッセイ、絵本などの著作を自分でアートディレクションしてしまう才人だ。この本でも コンセプト、料理、スタイリング、イラスト、描き文字のすべてを一人でやってのけている。撮影はアフリカ関連の写真集を現在制作中と聞く小西康夫さんである。

 汚しやすい料理本には透明なビニールカバーがかかっていてほしい。そう以前から思っていたから、じつに助かる。コンパクトなB6版サイズとのハーモニーも絶妙だ。揃えるべき道具の提案にも説得力がある。

 「なすとカッテージチーズのグリルサンドイッチ」で始まり、「レッドフルーツのシャンパンデザートで」終わる全36品のすべてに、準備時間と料理時間が添えられていて、ほとんどが30分以内でできあがるルセット(=レシピ)ばかり。

 ワールドワイドなメニューの中には傑作な「ロマンチック・ラーメン」なんてのもある。「『ラーメンは好きだけど、ラーメン屋さんは嫌い』という女の子も多い。だから、自分でとびきりおいしいラーメンを作ってみよう! クロスを敷いたテーブルに赤ワイン(*この場合は、コート・デュ・ローヌの赤が推奨されている)といっしょに並べば、ラーメンだってこんなにロマンチック!」という調子で、やる気にさせられる。これだけは下ごしらえに20分以上、料理に30分かかるが、そのネーミングには考えさせられる何かがある。総頁数は100頁未満。定価もデイリー・ワイン一本分の値段だ。でも、幸せのエッセンスがこれ程ふんだんに詰まった本とはなかなか出会えない。全国津々浦々のもてない男たちよ、この本で物臭坊主から脱却して、21世紀こそ、厨房の魔人になろうじゃないか! (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.12.22)

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平成スポーツライティングの精華

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 おっ、と唸らせる箇所にすぐ出会えた。

 「ロルーペ(ケニア)がマークした2度の世界最高、2時間20分47秒、そして今年9月に更新されたばかりの2時間20分43秒は共に、同走した男性の『ペースメーカー』によってリードされた記録である。(略)マラソンの記録誕生のためには常にペース維持が重要であり、海外のレースの中には、ペースメーカーを『ラビット』として契約する場合もある。(略)山口(衛里)は、そのどちらの助けも借りず、たった一人の力で…」

 タブー視されていたことがいともあっさり明かされる。しかしそれも著者の豊富な抽斗の一事実にしか過ぎぬ印象だ。これでは凡百スポーツライター諸侯はいかにも旗色が悪い。
 各編の一字一句に神経が行き届き、アマ・スポーツなら、もうこの人一人で充分という気さえしてくる。“憧れのおねえさま”的人気が巻き起こりつつあるのも当然のことだ。乾いた文章は簡潔明瞭。キレを感じさせる。たまに姉御オチ(?)は見受けられても、決して偉ぶらないところがスポーツ紙出身の良いところだ。彼女のように、どこにでも飛び込んでいける人は本当に珍しい。スポーツ界にはいまだ悪しきマチズモがはびこる。名刺を破られたこともあるらしい。
 珠玉の掌編は、陸上ハンマー投げの室伏重信を描いた『沈黙の父鷹』だろう。漫画『巨人の星』の星一徹の陸上版と言ってしまうのは簡単だが、図像なしの本づくりを成り立たせるだけの深度と恐ろしいほどの静謐が感じられた。
 この本はシドニー・オリンピック以前の7月に出た。夏の流し読みでは小出義雄(マラソン指導者)のキャラクターと、室伏親子が強烈な印象を残していた。秋(現地は春)の宴が終わったあとの再読も実は愉しみにしていたのだ。スポーツ紙の写真入り名鑑と、10月2日付け朝刊の記録一覧をつき合わせながら、登場者の戦績を本に書き込み始めると止まらなくなってしまう。人間的な開花を遂げた競技者もいれば、宿命に翻弄された者もいる。記述、行間にその萌芽があるのかないのかと追跡することが知的な営みのように思えた。
 小出監督と高橋尚子を描いた『欲しいねぇ、金メダル』で始まり、やはり小出を描いた『かけっこバカの非常識指導』でトメるあたりに、最前線で培った勘の冴えが感じられる。夢の醸造家としての著者は、沢木、山際といった大御所のレベルに達してしまったようだ。
 本の中で小出監督は「女の子の力は無限です。また選手に育てられましたよ」と語っている。それは昨今のスポーツライティングの世界でも同じだろう。増島さんの活躍は、一種の「共学文化」がスポーツ・マスコミの一角を占めつつあることを示唆している。有森裕子・弘山晴美、女子柔道の楢崎教子らを描いた「第2章 女房たちのオリンピック」では、精力的な取材を続ける書き手自身を重ねているふうにも読めた。
 全体を(1)オリンピックの季節(2)女房たちのオリンピック(3)父子鷹(4)夢の入り口(5)リターンマッチ(6)「英雄」考(7)魔法使いの伝言--
の7章に分けて構成したことも、スポーツの本質と周辺をよく知っているプロフェッショナルならではの力業だ。とかく画一的になりがちな取材報道に「ゆらぎ」までをも織り込んでいるところが、老若男女に安心して推せる理由となっている。 (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.10.12)

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来年があるさ

2000/08/28 12:15

ドジャースOB野茂英雄にも是非読んでもらいたい、50年代おてんば娘の胸キュン回想録

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 老若男女に安心して薦められる本が少ない中で、ここまでの水準が保たれていると、本当に嬉しくなってしまう。表紙イラストレーション、装丁、訳業と何もかもがうまく行っている類い希な一冊だ。

 主人公の少女は、熱狂的なブルックリン・ドジャース・ファンだった頃の著者自身。50年代アメリカン・ドリームの実相が程良い郷愁と共に語られていく。グッドウィンは83年の歴史を誇るピューリッツァー賞・ヒストリー部門を95年に『ノー・オーディナリー・タイム』で受賞した歴史学者。TV出演も頻繁な才女だ。行間から立ち上ってくるのは快活多感で弾けるような個性…。

 試合のすべてを綿密に小さな赤いスコアブックに記録する最初のシーンからしてイケてる。6歳のときに父親がプレゼントしてくれたその真っ赤なスコアブックが長じて歴史学をライフワークにするきっかけとなるのだから、「家学としてのスポーツ」ということを考えずにはいられない。50年代ニューヨークの一少女の成長記録は、家族と地域をめぐる紐帯喪失と再生のドラマでもある。物語の背景がニューヨークのオールド・ファンが心底いい思いをした時代と重なり、それが作品を支える太い柱になっている。

 1949年から57年までの9シーズンは、NYを本拠地とするドジャース、ジャイアンツ、ヤンキースの黄金時代。ドジャースは、ワールドシリーズで1度優勝、リーグ優勝を5回果たすが、シーズン最終戦の最終イニングで、2度もリーグ優勝を逃している。痛みと虚勢と祈りが込められたドジャース・ファンがうわごとのように繰り返すスローガンが、タイトルの「来年があるさ(Wait Till Next Year)」というわけである。

 57年のシーズンを最後に、ブルーカラーの支持を集めたドジャースはロサンゼルスに移転してしまう。翌58年には病弱だった母がついに息をひきとる。最愛の母の死は、同時に少女期という名の黄金時代の終焉をも意味している。父は娘の反対を押し切り引っ越しを決意する。ブルックリン・ドジャース・ファンの例のスローガン<来年があるさ>が、わが家の役にも立つと綴られる箇所で、感極まる読者も多いはずだ。

 これ以上の説明は、映画の結末を平気で語る愚に近い。共感されるべきは、ふだん気づくこともない生活様式の愛おしさと、ささやかな趣味=スポーツの偉大さ。<大リーグ野球>ということばに、以前のような魔術的なひびきが伴わないことは、今やアメリカも日本も同じだろう。しかし勝負事としてのスポーツの単純明快さは、どんよりした人生とは裏腹、いぜん透明感に満ちている。

 スポーツが必然的に求める「公共」と「共同」の意識をこの本は間断なく刺激する。野球にめざめた少年少女時代を読みながら思い出す読者続出の☆☆☆☆☆Highly Recommended! (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.08.28)

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鉄道偏愛者ゆえの批評言語がなぜか新鮮。その語り口はレストランや、自動車批評にも似て…

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 東京の通勤電車事情をめぐる評価レポート。盲点をつく発想と徹底した調査力に感服してしまう本である。

 おそらくあなたの身のまわりにもそこそこの鉄道マニアが存在するはずだ。時刻表一冊あれば半日退屈しない人であったり、レイルウェイライターの宮脇俊三氏の著書を幾冊か持っているような人たちのことである。

 いや、何を隠そう、それは私自身のことなのだが、この本を楽しく読むための相応の下地はやはり必要なのではないか。だからすでに同じ川島令三氏による『全国鉄道大研究』シリーズとして、「神戸篇」「京都・滋賀篇」「大阪都心部・奈良篇」「大阪南部・和歌山篇」「東海・甲信篇」「北陸篇・・」「名古屋都心部・三重篇」「湘南篇」「名古屋北部・岐阜篇・・」「東京西部・神奈川県篇・・」と13冊も刊行されていることに驚きを隠せない。次回配本分は「名古屋東部篇」なのだそうだ。本が売れないとよく聞くけれど、探せばまだまだ才能あふれる著者はいる。1950年生まれの鉄道評論家川島氏は、その好例と言える。

 「東京都心部篇」で扱われているのは、都営浅草線(1号線)、営団日比谷線(2号線)、営団銀座線(3号線)、営団丸の内線(4号線)、営団東西線(5号線)、都営三田線(6号線)、営団南北線(7号線)、営団有楽町線(8号線・13号線)、営団千代田線(10号線)、都営新宿線(10号線)、営団半蔵門線(11号線)、都営大江戸線(12号線)、JR山手線、都電荒川線、東京モノレール羽田線、東京臨海高速鉄道臨海副都心線、それにゆりかもめ臨海線の17路線。「日比谷線脱線事故について」の考察も付記されている。

 開けてびっくり、少々うんざりするほどの文字量だが、文体に慣れると、マニアならずとも結構はまる。
「地下鉄なので、前方を見てもしょうがないといわれるが、そうではない。前照灯に照らされたトンネルを見るのも結構面白い。職員の質の判断基準の一つとして、不必要にカーテンを降ろしていることが多い鉄道はよくないとされている。大江戸線の運転士がそう思われないためにも、スモークガラス取付車はカーテンを降ろすべきではない」

 偏愛者ゆえの批評精神を、レストランやクルマのときと同じノリで電車事情にぶつけているところがなんとも言えず新鮮だ。不況とはいえ、東京の鉄道事情はたゆむことなく改善されている。高度成長の夢いまだついえずの世界を見いだせることも、読書の喜びをもたらす理由の一つとなっている。(bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.7.11)

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日本名物・オタク文化を相対化するフランス人ジャーナリストによる野心的な試み

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 あまたある現代日本文化論の中でも出色かつもっとも刺激的な一冊である。

 テーマ対象は書名にもあるようにずばり「オタク」。アニメ、漫画、テレビゲーム、アイドルなどの徹底した専門家として自己実現を果たす人たちと言えば、お分かりいただけるだろう。オタクはそんな80年代半ば以降の若者像を象徴的にあらわす重要な現代用語。言葉の意味がいま一つよく呑み込めなかった人のために、著者は委曲を尽くす。

 オタクとは、親密になろうとは思わない際の、よそよそしく冷ややかな呼びかけのことで、近所の人を呼ぶときの二人称、「お宅」。この事務的な感情のこもらない“あなた”は、共通の趣味を持つ他者との永遠のライバル関係に由来するという。問われるのは、どちらが師匠で弟子かの優位関係らしい。つまりはモラトリアム世代の“進化形”というわけなのだ。そうした新現象の発見、命名者は当時23歳だったエッセイストの中森明夫氏で、1983年のことなのだという。

 64年生まれのフランス人ジャーナリスト、バラール氏は視野が広い。「オタク」が「カラオケ」のようにいまやフランス、イタリア、アメリカ、台湾と世界中に波及しつつあるきわどい現象、価値観であることも証明していく。しかも日本発のオタク文化は、ポケモンを代表格に多くの国際的勝利を収めているというからこそばゆい。

 いっぽう、オタク現象との相互関係としてとかく想起されるのが、89年の宮崎事件と95年のオウム事件。著者は、そこに至るまでの日本社会の欠陥にも目を向ける。大人たちが「高度成長」に浮かれ、若者に新たな社会的モデルを与える労をとらなかったことや、教科書問題にも触れ、
「民主主義は生まれつつあった。だが、その玄関に掲げられる・自由、平等、博愛・が日本語に訳されねばならなかった時、若者に与えられたのは、ただ・勉強せよ、仕事せよ、消費せよ・だったのだ」と成熟拒否の態度を生んだ原因を探る。 

 好むと好まざるとにかかわらず現実離反的な「ヴァーチャル帝国の息子たち」は順調に(!)増殖しつつある。帯コピーの、を待つまでもなく、いまやオタクはあらゆる異常事件の生け贄。この本は、その原因をねばり強く探る上での貴重なスタンダードとなるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.7.11)

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隣国・韓国で活躍が期待される「三八六世代」中心のインタビュー特集

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 94年から年1、2冊ペースで刊行されてきた「新韓国読本」シリーズの10冊目。
 これまでのラインナップは、
第1号「韓国庶民生活苦労噺」(みんなこうしていきている)
第2号「韓国の女たち」(仕事・子育て・フェミニズム)
第3号韓国新世代事情(コリアン・シンセデ・カルチャー)
第4号「ソウル街ぐらし(大都会はつらいよ)
第5号「異邦の韓国人・韓国の異邦人」
第6号「韓国マスコミ最前線」(コリアン・メディア・ウォーズ)
第7号「韓国人から見た日本」(こんな顔あんな顔)
第8号「韓国の福祉・希望と現実」
第9号「韓国人は不景気に負けない!」

 第1号以外はまだ残部があるようだ。どの号にも必ず韓国内の文芸誌から訳出された小説が2本最収められているところがユニーク。執筆陣は韓日入り乱れてにぎやかである。編者の仁科健一氏は、58年生まれのフリーライター。舘野晢氏は35年大連生まれで、韓国、中国との文化・経済交流をサポートしてきた自由寄稿家。

 第10号はインタビュー中心による編集で、「90年代に韓国社会の文化面で活躍して実績を残し、21世紀も活躍の期待出来る方たち6人」の生の声が集められた。インタビュイー(登場者)は、映画監督のチャン・ユニョン、作家の*シン・ギョンスクと*コン・ジヨン、版画家イ・チョルス、精神科医*イ・ナミ、MBCアナウンサーのソン・ソッキ、環境運動家ヨム・テヨン、高校教師*リュ・ホスン。(*印は女性)

 通読して思うのは、韓国内の80年代の民主化運動さえ日本では忘れられがちであることだ。60年代に生まれ、80年代に学生時代をすごし、90年代に30歳代で活躍した人たちのことを「三八六世代」と言うそうだが、これとて初めて知る人がほとんどだろう。50年代生まれと60年代生まれでは、日本への敵対感の強弱も違うという。登場者の多くが60年代生まれで、みな理性的で救われる。だが、そこにだけ甘えても仕方がない。

 隣国観は立体的であるべきだ。しかし情報をすすんで求めようとしなければ話にもならない。ひるがえって日本の「三八六世代」の対韓センサーはどうなのかなと「三七五世代」のナビゲーターは少しだけ心配になってしまう。 (bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.7.11)

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評伝林忠彦 時代の風景

2000/07/10 20:49

無頼派文士の肖像写真を後世に残した写真家の全人生

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 この大部の書は銀座「ルパン」での太宰治と織田作之助、書斎の坂口安吾などのポートレートで知られる写真家、林忠彦が生きた時代の記録である。

 代表作を持つ写真家が確実に少なくなっている。しかも「写真機王国」日本は、「写真家王国」とは決して言えないアイロニカルな状況だ。誰もがカメラを持てるようになれば、当然のように写真家に対するリスペクトは失われる。いっぽうの写真家たちも、差異化をはかることの難しいいまに対してあまり自覚的とは言えない。まともな写真集、写真論の出版も80年代ほど盛んではない。

 そんな現状を踏まえるたびにますます林忠彦のような写真家が気になる。しかし大正7年生まれの彼はもうこの世にいない。90年12月に肝臓がんのために72歳でこの世を去っている。先人の業績を跡付けたのは、70年代後半以降の『アサヒカメラ』編集長として知られた岡井耀毅氏だ。亡くなるまでの親交についてはとくに第9章「林忠彦と私」に詳しいし、そこから読み始めてもよいだろう。

 圧巻はやはり第4章「焼け跡・闇市のカストリ時代」だ。敗戦直後の解放感覚を強烈に発散する生態ドキュメンタリー・スタイルが昭和21年の暮れから翌年にかけて確立されたことがじつによく分かる。その時、林忠彦は29歳だった。
「皮ジャンパーで立て膝の奔放で野卑ともいうべき戦前にはまったくみられなかったタイプの無頼の作家のいまにも動き出すような一種異様なポーズのポートレート。その一枚に、戦後の混沌とした社会風俗のなかを不敵に闊歩する反俗作家の風貌がありありとにじみ出ていた。酒場「ルパン」の雰囲気を十二分にあぶり出したなかに作家がクローズアップされているような写真はそれまでになかったのだ」〔同第4章より)

 しかしそれは食うか食われるかの決闘的写業によるものではなかった。言葉もろくに交わさず偶然撮れてしまったことや、死後の文学的栄光に支えられていることを林忠雄は気恥ずかしく思っていたという。充実感があるのはむしろ乱雑な座敷書斎のなかで執筆する丸眼鏡の坂口安吾のポートレートだったのではないかという推論も当を得ている。3点セットという言い方では品位を欠くが、たしかにセットで考える必要があるし、このあたりがプロ、アマ問わずの写真の難しさと面白さなのだろう。

 林忠彦の仕事は膨大で、『カストリ時代』や『日本の作家』だけの写真家ではない。著者は林忠彦全集を刊行すべく全生涯にわたる撮影フィルムを検討しつつあるという。時代と人間とのかかわり合いの凝縮という古くて新しいテーマに誠実だった写真家は、素晴らしき触媒たる編集者にも恵まれたようだ。(bk1ブックナビゲーター:佐山一郎/評論家 2000.7.11)

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