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先月(2017年8月)

平岡篤頼さんのレビュー一覧

投稿者:平岡篤頼

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本オニビシ

2000/08/25 09:15

アイヌ民族と内側から見た開拓史の裏面──その伝説と風俗との境界

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 オニビシという名の過去のアイヌの伝説的英雄と、彼に托されたアイヌ民族の生き靈信仰を中心に据えた、はなはだ読み応えのある連作短篇集である。作者自身と思われる《私》が十五歳まで暮らした日高の富産別が主な舞台で、明治初期のキリスト教と法華宗との競合、天皇家の御料牧場造営のためのアイヌ原住民の強制移住、野性の大麻や芥子の採取、富産別川の砂金に目をつけてゴールドラッシュの再来をもくろむいかさま師たちの暗躍、あるいはもっと現代に近くなって、競走馬の生産が進むとともに偶然馬喰となり、各地を遍歴しながら女を漁って歩くシャモアイヌ(和人との混血児)の回想など、一作毎に題材と趣向を変え、時には主人公の独り語り形式を採るなど、それぞれが独立した短篇として面白く読める。

 それどころか、むしろ多彩な、見たところ統一と連続性を欠いたこの構成の中にこそ、現代小説の命運にたいする作者の鋭い観察と断念すら窺えるような気がする。何故ならば、個々の場面の描写や話の運びの巧みさを見れば、壮大な一篇のアイヌ叙事詩とでも呼ぶべきロマンを書いても不思議ではない、ストーリー・テラーとしての資質が十分に認められるからなのである。

 現に、これらの短篇を貫く縦糸として、上記のオニビシの像、横糸として巫女のようなウェインカル(千里眼)を備えた美沙子フチというオババの聲が、至るところに見え隠れしたり、昔話を語ったりする。

 オニビシとは元来、寛文九年(1696)のアイヌの一斉蜂起を呼んだ独立戦争で、和人と結んで英雄シャクシャインに楯ついたもう一方のオトナ(リーダー)のことだが、脈々と受け継がれた彼にまつわる伝説を体現するかのように、《私》の少年時代、現実にオニビシと呼ばれたもう一人の魁偉な野人がいた。熊狩りを得意とし、三十匹もの犬と暮らすこの無法者の大男には、警察も手を出せない桁外れな狂暴さがあったが、月に一度彼もイム(憑依発作)に襲われ、山にはいって森のコロボックル(小さな神々)やカムイ(神)たちと踊ったり歌ったりするのだという。

 これは死者たちのイノトゥ(魂)に取り憑かれた一種の幽体離脱であり、オニビシ自身の魂が生き靈となって身体から離れる現象であるが、《私》を育ててくれた美沙子フチの千里眼も、その異なった形態であると言えよう。多種多様な連作を通して、われわれは当然のこととして、ずるシャモ(和人)たちとアイヌ族の衝突と交歓の諸相と、アイヌの側から見た北海道開拓史の新たな側面を開示される。 だが、それぞれの主人公も危機に直面した時、一人が二人になったり、二人が一人になったりする心靈現象を経験するように、作者の関心は、むしろそのようなアイヌプリ(アイヌ式生活様式)に秘められた重層的感受性に向っており、それが本書の与える感銘の深い根源をなすように思える。 (bk1ブックナビゲーター:平岡篤頼/評論・フランス文学 2000.08.25)

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