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梶山 皓さんのレビュー一覧

投稿者:梶山 皓

6 件中 1 件~ 6 件を表示

マーケティングの理論と事例を,米国の大学のテキスト・スタイルを用いて解説している入門書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大学のテキストに対する考え方は日本と米国で全く異なっている。米国ではどのテキストも内容は基本的に同じで,内容の分かりやすさ,文章の読みやすさ,事例の豊富さを掲げて,大学でのテキスト採用を競い合っている。著者のオリジナリティーは,テキストではなく学術雑誌の世界で展開される。それに対し,日本のテキストは著者によって内容が千差万別で,中には学術論文のように難解なものも珍しくない。端的に言えば,米国のテキストは読者本位,販売本位で,日本は執筆者本位,研究本位で制作されているのである。
 このような基準に照らして本書を読むと,明らかに米国型テキストを意識して執筆されている。初学者を対象に,マーケティングに関する基本的な知識や問題点を網羅している。具体的には,マーケティングの思想や基本概念,企業の経営戦略とマーケティング,消費者行動と市場調査,マーケティングミクス,サービスのマーケティング,ソーシャルマーケティングやグリーンマーケティングなどの学際的領域が,理論と事例(日本と米国)の両面にわたってオーソドックスに紹介されている。各章の冒頭にはその章の「ポイント」が要約され,最後には「キーワード」と「参考文献」そして「練習問題」が付く。これも米国のテキストに共通したスタイルである。
 本書は,初学者がどこから読んでも読めるように辞典のように編集され,学習成果もチェックできるようになっており,至れり尽くせりで入門書として好著である。学部学生(undergraduate)の教育やビジネスマン初学者をターゲットにして,読者のニーズに徹して執筆していると言えよう。欲を言えば,著者独自の思想や理論にもう少し踏み込んでも良かったような気がする。所々に設けられた「コーヒーぶれいく」が,著者の個性や教育現場の情景をしのばせて読者を和ませる。
(C) ブッククレビュー社 2000

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人間がメディアと現実の違いを区別せず,メディアと社会的な交流を持つことを実験的に検証する

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 人間は物理的曲線を用いた機械に親近感を覚えたり,「刺激—反応」の関係をプログラムされたロボットに感情移入をする。とくにアニミズムの伝統をもつ日本人は,科学文明の中で暮らしていながら,ときに生活用具や山河草木に生命を感じとることがある。著者は,こうした人間の特性は,リアルとバーチャルの区別がなかった人類史の名残りであり,脳がメディアの進化に追いつけない結果であるという。
 本書は,人間がコンピューターやテレビなどに示す擬人化した感情を,心理学的な実験を通じて検証したものである。翻訳は口語調で読みやすいが,構成は学術書と変わらない。本書の原題を直訳すると,『メディアの等式—人々はコンピューター,テレビそしてニューメディアを,いかに現実の人間や場所として扱うか』である。ここで「メディアの等式」とは,「メディア=現実」という基本認識である。人間はメディアを無機的な機械や目的のための手段として扱うのではなく,無意識,自動的に社会生活のパートナーとしてとらえているらしい。
 具体的な実験方法はシンプルである。人間同士の交流や認知構造に見られる特徴が,人間とメディアの間にも見られるはずであるとの仮説を立て,被験者をサンプルにして実験を行う。例えば人間は一般に,本人から自己評価を尋ねられると,相手に失礼にならないように高めに述べるものである。これと同じで,コンピューターがコンピューター自身の評価をユーザーに尋ねると,多くの人はポジティブに反応するという。つまり相手に礼儀正しく接するという習慣が,機械であるコンピューターに対しても起きるのだ。本書の大部分は同種の実験の繰り返しである。それは人間とメディアとの間で繰り広げられる社会生活の新たな発見でもある。
 本書の内容は,メディアに対する人間の反応を知るだけでなく,メディアを提供する側が,どのようなインターフェースやソフトを企画するかを考える上でも興味深い。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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メディア学の現在 新版

2001/05/01 22:20

現代のメディアが遭遇する諸問題を,理論と事例の両面から総ざらいした論文集

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本の政治,経済,社会は,「失われた10年」という言葉に象徴されるように,バブルの崩壊とデフレ景気を背景として迷走し,複雑な社会事件の発生や犯罪・自殺の増加と相まって社会不安を引き起こしている。こうした国家的危機のなかで,本来,世論形成の主翼であるメディアの世界でも,報道現場の不祥事やCM間引き事件などが相次ぎ,マスコミ報道や経営のあり方を厳しく問われている。
 一方,IT革命と呼ばれる情報・通信手段のデジタル化が展開し,メディアの高度化,多様化,ボーダレス化が加速している。とくにWWW(ワールド・ワイド・ウエッブ)の商業利用以来,情報化の波が政府・産業界から一般家庭や個人にまで及び,未来物語であったネットワーク社会の一端が早くも現実となっている。その影響は関連業界の経済的活況に留まらず,マスコミや情報・通信産業のあり方自体についても変化を迫っている。
 本書は1994年に出版された同じタイトルの著作の「新版」である。本書では,以上のような近年における社会的諸問題や技術革新を踏まえて,現代におけるメディアの社会的位置付けと,メディアの現状,ジャーナリズムの課題を理論と実証の両面から論じている。その内容は,メディアとはなにか,メディアの現在,メディアと社会,メディアの論理に大別される。現代のメディアをめぐる本質論から,具体的なマスメディア動向,広告,ネットワーク社会,情報操作,人権と報道,メディアと女性,メディアと検閲など広範囲にわたる。
 本書には「メディア学」というアカデミックなタイトルが付されているが,執筆者たちがメディアの現状に抱く問題意識には鋭いものがあり,単なる抽象的な説明にとどまらず,具体的な事件を例にとって歯に衣(きぬ)きせぬ議論を展開している。巻末には,メディア学を学ぶための「キーワード」や「基本参考文献」を紹介しており,ジャーナリズムやマスコミを専攻する学生だけでなく,こうした分野の実務家にとっても便利である。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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紙の本大統領とメディア

2001/03/29 18:16

アメリカ大統領とジャーナリズムの微妙なバランスを考察。アメリカ民主主義の今日的問題を探る

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アメリカジャーナリズムの歴史のなかで,大統領とメディアとの関係に大きな影響を与えた出来事が2つある。1つは20世紀初頭にセオドール・ルーズベルトが,ホワイトハウスの一角に記者室を設けたこと,もう1つはアイゼンハワーが大統領選挙に際して,テレビCMを用いたことである。前者は,大統領による巧妙なマスコミ支配・世論操作の出発点となり,後者は,政策よりもイメージを重視する大統領選挙の体質を生み出した。広告・PR会社が選挙を牛耳る結果となり,また相手候補の弱点を広告で攻撃する,ネガティブキャンペーンの原因となったのである。
 本書では,とくに20世紀以降の大統領のメディアへの対応を,その個人的資質を軸にして実証的に追跡している。筆者の言葉によれば,「大統領とメディア」という迷宮(ラビリンス)の解明である。とくにルーズベルト,アイゼンハワー,ケネディー,ニクソン,レーガン,クリントンなどの大統領が,ジャーナリズムとの関係維持や,ときには関係遮断に腐心し,それによって権力基盤の強化を図った姿が描かれている。大統領の多くが,ジャーナリストたちを巧みに懐柔して骨抜きにしたが,ニクソンのように,ジャーナリストによって権力の座を追われた大統領もある。補佐官たちの巧みな誘導で大統領という役割を演じきったレーガン,また世論調査にケタ違いの資金を投入して大衆人気を醸成したクリントンの存在が,アメリカ大統領の現実を象徴している。
 近年になると,マスコミ企業の合併・買収によって,経営効率の論理がジャーナリズムに流れ込んだ。筆者によれば,これに伴って多くの有力メディアがエンタテインメント化し,大統領の政策よりもゴシップを使って批判報道を繰り広げる結果となっている。これがジャーナリズムの本質を歪め,逆にジャーナリズム批判を誘発する土壌にもなっている。本書は,大統領とメディアの双方で進行する政治危機を鋭く分析し,またアメリカ社会の特質を浮き彫りにする興味深い著作である。
(C) ブックレビュー社 2000-2001

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ベビーブーマー世代が50代になり,長寿社会に対応した新しい価値観を持つ消費集団に変わりつつある

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 戦後のベビーブーマー世代は,現在では「午後3時の世代」と呼ばれるように,経済・社会活動の中心的な役割を終え,今度は長寿社会の担い手へと転換しつつある。企業人はこの巨大な人口集団をニューフィフティーズと呼び,これまでの50代とは異なる消費行動や価値観,文化欲求の兆候に注目している。
 本書は,企業のマーケティング担当者へのインタビューと,「集合的ステレオ・フォト・エッセー法」という消費者調査を通じて,ニューフィフティーズの実像を活写したユニークな調査報告書である。そこに描かれたニューフィフティーズは,大量消費,効率重視,大規模化といった過去のパラダイムを変革しようとするエネルギッシュな性格を持ち,「個」の発露を求めて自分固有の生活空間を作り上げ,新しい知の世界や感覚を探求しようとする集団と説明されている。その一方で,社会的パラダイムの転換に翻弄され,「気迷い」や「不安」など複雑な心象を抱く世代としてもとらえられている。
(C) ブックレビュー社 2000

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パワーブランドはその従業員を奮い立たせ,顧客を歓喜させる夢を持つ。経営者はその夢の発信者そして番人だ

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 「われわれは夢を売っている。もし単に売上を上げるためだけならば,明日にでも売上を現在の何倍にもすることができる」。これは本書で紹介されたジョルジオ・アルマーニのゼネラルマネジャー,ジュゼッペ・ブルゾーネ氏の言葉である。
 本書は先に出版された『パワーブランドの本質』の新版で,ブランド研究の定番とも評価される好著。内容はメルセデス,ナイキ,ホンダ,ソニー,ネスレ,ノードストローム,グッチ,アルマーニといった世界的なブランド企業の経営者インタビューを通じて,現代経営におけるブランドの役割を帰納的に追求した試み。新版ではインタビューのほかブランド考察を追加し,内容をさらに充実させている。
 筆者によれば,世界に通用するパワーブランドには共通した性格がある。なかでも重要なのは「夢」「一貫性」「革新性」の3つの法則である。先のブルゾーネ氏の言葉は「夢」の法則の代表例であるが,筆者は,この「夢」をヒト,モノ,カネ,情報に次ぐ第5の経営資源と喝破する。「夢は経営者から発信され,そのブランドにかかわるすべての組織メンバーに貫かれ,流通を経て顧客に浸透していく」。世界的なパワーブランドを擁する企業には,ブランド育成に捧げるトップマネジメントの熱き思いが存在することを,豊富なインタビュー事例を通じて読者に伝えている。
 筆者によれば,わが国企業の経営体質はブランド志向よりも市場シェア志向であり,トップのブランド意識も一般に低い。こうした問題の根底には,消費者の新しい生活スタイルや価値観に対する認識不足があると指摘する。本書が扱っているのは巨大なブランド企業であるが,ニューエコノミーの名で総称される企業群の中でも,旧来の大企業に対抗しうるブランド構築が課題となっており,本書は新興ネット企業などのこれからのブランド戦略を考える上でも示唆に富んでいる。
(C) ブックレビュー社 2000

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