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  3. 花田紀凱さんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

花田紀凱さんのレビュー一覧

投稿者:花田紀凱

24 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本情報鎖国・日本 新聞の犯罪

2001/03/17 22:15

日本の新聞の国際報道がいかにデタラメか。元産経論説委員、名物コラム「異見自在」の筆者による告発の書

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 毎週、産経新聞夕刊1面のコラム「異見自在」を読むのが楽しみだった。筆者は論説委員の高山正之氏、この本の著者である。先日、退社するとの挨拶が出、もうこれで高山さんのコラムを読めないのかと残念に思った。
 産経夕刊にはもうひとつ、久保紘之さんの「天下不穏」というコラムがあり、こちらも読む度に啓発される。この2本のコラムを読めるだけで、産経夕刊の存在価値があると思っている。

 その高山さんが「新聞の犯罪」という激しいタイトルの本を書くからにはそれなりの覚悟があってのことだろう。
 一読、目を洗われる思いがした。
 日本の新聞の、とくに朝日新聞の国際報道がいかにいい加減なものであり、事実を伝えていないか。読者の国際認識を誤り導いているか。まさに「新聞の犯罪」と言いたくなる。

 たとえば東ティモール問題。
 新聞報道による一般的な理解はこうである。
 インドネシア、スハルト政権が東ティモールを武力で併合。圧政に耐えかねた旧宗主国ポルトガル系の独立派がラモス・ホルタ、ベロ司教のふたりの指導者を中心に独立運動を展開。ふたりはノーベル平和賞を受賞し、国際世論も味方して98年、国連管理下の島民投票が実施され独立が決った。ポルトガルは500万ドルの支援を決定——
 だから日本も早く支援を決めろ、というのが朝日の主張だった(後に1億ドルの支援が決定)。

 事実はどうか。日本はおめでたすぎるというのが高山さんの論点である。
 ——東ティモールを植民地にし、香料でボロ儲けしていたポルトガルは長い間、50万島民に圧政を敷き、愚民化政策を続けた。住民の虐殺。インフラ整備などはゼロに等しく、島民の教育もなおざりで、共通言語もなく、ために島民同士のコミュニケーションもままならぬ状態だった。
 ところが20世紀後半、香料のうま味がなくなると、ポルトガルは資金援助もなく、この島をポイ棄てしてしまう。
 結果、スハルトは東ティモールを併合する。そして年間2000万ドル以上の援助を22年間続け、インフラを整備、病院、学校なども次々と建設。言語もジャカルタ語に統一した。
 ところが90年代に入り、東ティモールがアメリカにとって重要な意味合いを持ってくる。ひとつはこの海域が戦略上重要になったこと、もうひとつは海底資源。で、アメリカは東ティモールを配下に置くべく、ポルトガル系住民(混血)を煽って独立運動を展開させる。ノーベル平和賞も世界の世論を味方につけるための政治的な授賞であった——
 結局、東ティモールはアメリカの思惑どうりに独立。そして日本はポルトガルの20倍、1億ドルもの支援をさせられている。しかも国連は10億ドルの支出を約束したが、その国連財政の5分の1は日本が負担している。
 これが東ティモール問題の正しい読み方なのである。

 その他、アメリカの日本企業叩き、戦後賠償、マハティール、スーチーの評価など、読んでいると日本の新聞に対して腹が立ってくる。

 ジャーナリスト、ジャーナリスト志望者必読の書である。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.03.18)

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貸本小説

2001/11/13 18:16

昭和30年代、貸本屋がどの街にもあった。貸本屋にしか置かれなかったB級娯楽小説の爆笑ワールド。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 そういえば昭和30年代の半ば、たしかに貸本屋というものがあった。実際にそこで本を借りたという記憶はないけれど、よく街で看板を見かけた。
 城戸禮、宮本幹也、陣出達朗、風巻紘一、竹森一男、鳴山草平、三橋一夫、なぜか彼らの名前は全部知っているけれど、彼らの作品は一度も読んだことがない。
 城戸禮は自分たちの小説、いわゆる“貸本小説”についてこう語っている。
「楽しんで、あとは忘れてぐっすり眠ってもらう」
 人間性を高めるとか、教養とかとは無縁な小説だから、読者を楽しませるためならなんでもあり、それが貸本小説だ、と。

 その書き手である“貸本作家”は文壇からは無視され、大手出版社からは相手にされず、しかし、一方で大衆の心をがっちり掴んでいた。彼らはどんな経歴の人物で、彼らの小説はどんな内容なのか。

 多くは焼却処分にされたそれらの小説を丹念に収集し、読み込み、末永さんはこの本で「ウラ大衆文学の仰天ワールド」(帯より)を垣間見せてくれる。

 たとえば宮本幹也の『シスター君とブラザー娘』はこんなストーリー。

 主人公トンコこと刀山屯光は渋谷の待合で女の子として育てられた。そのトンコが男装の麗人に恋をしたが、その正体を知って“同性愛”に悩む。
 男と女が入れ替って起こるありとあらゆる不都合が次々と描かれ、最後は男と女に戻って二重橋の前でハダカで抱き合う。
〈「アダムとイヴ」 これ以上の美しい結婚式場、広大な清々しい結婚式場が他にあろうか。〉
 そこへ皇宮警察のオートバイがやってきて二人は逮捕されてしまう。
〈「僕らは神聖だぞ! 不潔だと思うのは君らだけじゃないかッ!」
 留置場の中でもトンコはそう言って叫んでいた〉

 一冊読まされるのはちょっと辛いかもしれない。
 貸本小説風の造本、紙も時間が経つと貸本そっくりに変色する紙を選んでいるという、末永さんの思いのあふれた本である。
 ついでだが帯の「全読書人、必読。」はぼくなら「全読書人、末読!」にする。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.11.14)

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評伝黒沢明

2001/02/07 18:15

「生きる」「七人の侍」などの助監督をつとめた著者のクールで、しかし暖かい黒澤監督論。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 黒澤明監督に関しては、これまでにおびただしい数の本が出版されている。最近出たものでは『七人の侍』で村の青年利吉の役をやった俳優、土屋嘉男さんが書いた『クロサワさーん!』(新潮社)が出色だった。『パパ、黒澤明』(文藝春秋)は長女の和子さんが書いた家庭人黒澤明の思い出。良くも悪くも身内の本だった。

 『裸の大将』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』などの監督堀川弘通さんのこの本は前の2冊とはちょっと趣が違う。『生きる』『七人の侍』などで助監督として黒澤監督を支えてきた人だから、黒澤監督に対する親愛の情は前のおふたりに劣らないはずなのだが堀川さんの人柄なのだろう、妙にベタベタしていない。クールに、しかし暖かく黒澤明という人間をじっくり見つめている。

 昭和15年、当時、山本嘉次郎監督が名作『馬』の撮影中で、黒澤はチーフ助監督。堀川さんが山本組につく新米助監督として挨拶したのが初めての出会いだった。時に黒澤明30歳、堀川さん23歳。つき合いはそれから半世紀に及ぶ。

 『馬』は岩手県の農民一家が子馬を軍馬に育て上げるまでの話だが、春夏秋冬、1年がかりの撮影だったというから、今では考えられない。その時のエピソード。
 黒澤はその頃、17歳の高峰秀子と恋愛中だった。「クロさん」がある日、足に包帯をしている。事情を聞いてみると、

〈「川向こう(玉の井=旧赤線)に気のいい女がいて、これが親切に湯タンポで暖めてくれたのはいいのだが、湯タンポのカバーが一部外れていたため、湯タンポが直接皮膚に当たって低温火傷を起こした」

 当時、一方に高峰秀子という恋人がいながら、ことセックスについては無頓着というところがあった。〉

 『七人の侍』の撮影ではこんなことがあった。オープンセットでの馬に乗った野盗と竹槍の農民の乱闘シーンは危険極りないものだった。俳優が馬に蹴られたら……

〈私はクロさんにその心配を訴えた。
 「じゃ、どうするんだ」
 「俳優のヅラを羽二重ではなく、パチンコ(アルミ金属で作ったかつら)にするとか」
 「そんなことできないよ。レンズは望遠で狙ってるんだから」
 「死人が出てもいいんですか」
 「あぁ、しかたないね。必ず死ぬとは限らないんだから」
 この時ほどクロさんを憎らしいと思ったことはない。作品のためなら死人が出てもいいのか。私は蒼白になって彼を睨みつけた。〉

 自分の見た黒澤明、自分の感じた黒澤明、そして自分が交わした黒澤明との会話を「好悪を超えて正直に記録しておく必要がある」という堀川さんの決意がこの本の隅々から伝わってくる。
 黒澤監督の言葉だけをゴチックにしているのも堀川さんらしい誠実さだ。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.02.08)

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紙の本偽善系 やつらはヘンだ!

2000/10/18 00:15

何でも学校のせいにするに人権ママ、国民の敵郵便局、傍若無人な携帯電話など小気味いい文章でバッサリ。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 正論の通りにくい世の中である。ヘンなことをヘンだと言うのにさえ勇気がいる。怒りも心のうちに留めておかないと、とんだ目に会う。
 先日、禁煙の駅のホームで、だらしない服装をした、だらしない態度の高校生5、6人がこれ見よがしにタバコを吸っていた。
 こういう時、必ず注意することにしている。「ホームは禁煙だろう」
 そう言われると、一応やめる。実はそのへんもちょっと気に入らないのだが、長くなるのでカット。
 しかし、その5、6人がなんとなくチラチラとこちらを見ている。体当りでもされて、ホームから転落なんてことになったらかなわないから、ぼくも相手の様子をうかがっていた。すると中のひとりが、
 「おい、ガンたれてんじゃねえよ」
 ガンをつけるのガン、つまり「眼」とわかるまで数秒かかった。その言葉の汚さ、品のなさに腹が立つより、ゲンナリしてしまった。それ以上、関わりになって刺されでもしたら間尺に合わないから黙っていたけれど。
 こんなことを言うのにさえ“勇気”がいるのだから情ない。
 この本の著者日垣隆さんくらいハッキリ物が言えたらさぞかし気持がいいだろう。
 「うるさいぞ携帯電話」「郵便局は国民の敵だ」「検察審査会は無意味だ」……。タイトルを見ただけでも胸がすく。
 ことに第3章「少年にも死刑を」は御自身、仲の良い弟さんを13歳の少年に殺されたという辛い体験を経ているだけに力がこもっている。

 日垣さんがまず問題にするのは日本の刑罰の軽さ。
 〈一人殺しても求刑は懲役10年、判決はせいぜい7、8年などというのは日本をおいてほかにないだろう。(中略)最新の統計によれば、殺人644人のうち、無期懲役は33人、死刑に至っては3人である。〉
 しかも、刑事訴訟法475条で(死刑の執行は判決確定後6ヵ月以内)と定められているにも拘わらずなかなか執行しない。
 〈罰則規定がないから違反してもいいというなら、少年法に抵触するマスコミ報道や遺族に対して法務省が戒告する資格などない。〉
 日垣さんは次に法曹界の人々の人権人命感覚の鈍麻を問題にする。
 シンナー仲間の少年6人が、結婚を間近にした理容師と婚約者を44時間にわたってなぶり殺した「名古屋アベック殺害事件」。
 〈担当弁護士はこんなことを臆面もなく言っている。
 (死刑は少年の生命自体を奪い去って、人として成長発達する機会を永遠に失わせるものであるから、(中略)犯罪の重大性や悪質さのみを理由に安易に死刑を適用することがあってはならない。)〉
 殺された若い二人が「永遠に失った人として成長発達する機会」をこの弁護士はどう考えているのだろうか。
 少年法を考えるうえで必読の1冊。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/編集者 2000.10.18)

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紙の本東電OL殺人事件

2000/09/06 21:15

昼は東電のエリートOL、夜は渋谷円山町の売春婦。彼女の心の闇に迫り、“犯人”ゴビンダの謎に迫る

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 <「東電OL殺人事件」が起きた時、世間は「発情」といってもいいほどの過剰な反応を示した。昼は美人OL、夜は売春婦。マスコミは彼女が殺人事件の被害者であることをそっちのけに、昼と夜の二つの顔の落差に照準をあてたストーリーづくりに狂奔していった。
 報道は、過熱し、ついには彼女がベッドの上で取った全裸写真を掲載する週刊誌まで現われた。(中略)しかし、より強く「発情」したのは送り手側のメディアより受け手側のわれわれだったのではないか。>

 この事件にふれた時、われわれはなぜこうも大量のアドレナリンを体内から分泌しなければならなかったのか?

 彼女の身内にとっては思い出すのもおぞましいこの事件を敢えてノンフィクションという型で取材し、真実に迫ろうとする佐野真一さんの動機は、きっとこの疑問を自分なりに解き明かすことにあったに違いない。

 父親は、東大工学部卒の東電エリート社員(早く亡くなっている)。母は名門の生まれで日本女子大卒。その長女として生まれた女は慶大経済学部を優秀な成績で卒業、東電に総合職として入社。仕事熱心なキャリアウーマンだった。年収は約1千万円。

 その彼女が夜は渋谷円山町のラブホテルで立ちんぼの売春婦をしていた。1回の料金は5千円。時には3千円のこともあった。几帳面な彼女は相手と金額を細かく手帳に記していた。

 彼女のルーツを追い、関係者に当たり、佐野さんは彼女の心の闇に迫っていく。

 一方、佐野さんは事件発覚から2ヶ月目に逮捕された不法滞在のネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリがほんとうに彼女を殺した犯人なのかにも疑問を抱き、取材を深める。

 ゴビンダの関係者に会うためにネパールの奥地まで飛ぶ。このへんの腰の軽さとしつこさがいかにも佐野さんらしい。20年ほど前、初めて仕事を共にした頃から、少しも変わっていない。

 『週刊文春』で「性の王国」というシリーズを連載してもらったのだが、風俗経営者や老人の性などを喜々として取材していた佐野さんを昨日のことのように覚えている。

 話をゴビンダに戻す。
 
 佐野さんが取材すればするほどゴビンダを犯人とするには無理が多いとわかってくる。犯行時刻も、動機も、物証とされるコンドームも疑問だらけなのだ。同時に捜査の矛盾が次々と明らかにされていく。読むにつれ、もしこれでゴビンダが犯人とされたら国際問題に発展しかねないと危惧を抱いた。

 佐野さんは、難しいこのテーマ、彼女の心の闇とゴビンダ犯人説の謎を実に巧みに融合させた。

 因みに今年4月14日、ゴビンダには無罪判決が下った。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/MWメンズウォーカー編集長 2000.09.07)

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岡倉天心、斎藤秀三郎、幣原喜重郎ら英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけた10人の達人たち。

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 岡倉天心が弟子の横山大観らとボストンの街を歩いていた時、ひとりの若者に声をかけられた。
 “What sort of ’nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese?”
 決して好意ある言葉ではない。偏見に満ちた意地の悪い質問だった。
 天心はどう答えたか。
 くるりと若者の方を向いてこう答えたのである。
 “We are Japanese gentlemen. But what kind of ’key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?"
 みごとな切り返しではないか。よほどの英語の達人でなければ、とっさの場合にこれほど気のきいた返事ができるわけがない。

 新渡辺稲造から始って、岡倉天心、斎藤秀三郎、鈴木大拙、幣原喜重郎、野口英世、斎藤博、岩崎民平、西脇順三郎、白洲次郎まで、この本に取り上げられている10人は(日本にいながらにして英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけ、決して西洋かぶれになることなく、日本と外国との橋渡し的な役割を演じた)人々である。
 彼らの英語学習法を中心にしたライフ・ヒストリーはエピソードに満ちている。冒頭の天心の話なんて、読んだらすぐに誰かに話したくなるでしょ。

 もうひとつ。これは英文学者の斎藤秀三郎。斎藤秀三郎といえば高校、大学時代、『熟語本位 英和中辞典』という辞書を愛用した。もともとは父のものだったが、使ってみると抜群におもしろい。熟語を使った例文の訳が独特なのだ。今、ひとつくらい紹介したいと思って本棚を探したのだが、整理が悪いので見つからない。
 30歳で神田に正則英語学校を設立、カリスマ的人気を呼んだ斎藤は、38歳の時、東京帝大(今の東大)に招かれて英語を教えることになった。学生の英語力の低下を憂えた坪井九馬三学長が強く望んだからだった。
 ところが斎藤の教え方があまりにも厳しかったため、学長自身が不満を抱き、斎藤に皮肉たっぷりな手紙を送った。
 「あなたのシステムで英語を研究したら、どんな本が読めますか」
 それに対し斎藤は、
 「あなたはどんな本が読みたいのですか」
 と返事を出して大学を去った。
 斎藤はそのくらい自分の教え方に自信を持っていたのである。
 斎藤はその強烈な個性ゆえに、晩年、必ずしも幸福ではなかったけれど、ほとんど目が見えなくなってからも講義を休もうとはしなかったという。

 著者は現在進められているオーラル中心の英語教育にやんわりと疑問を呈してもいるのだが、同感である。英語は喋れりゃいいってもんじゃない。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/MWメンズウォーカー編集長 2000.08.25)

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数々の伝説に彩られた日本映画最大のスター阪妻こと阪東妻三郎──その壮烈な役者人生に迫る評伝。

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 撮影所は映画を作る場所であったばかりでなく、常に伝説を生み出していたところだと著者の高橋治さんはいう。
 伊藤大輔という監督がいた。ある時、浜松ロケに出かけた。伊藤のイメージに合う砂丘に薄が生えていなかった。トラック数台で三方ヶ原から薄を運ばせたいという。
 日数もかかるし、金もかかる。困り切ったプロデューサーが泣きついた。
「そうか、そりゃいかんな。わかった。薄を運んじゃいかんのなら、薄の生えているところへ出かけて撮るから、三方ヶ原まで海を運んでもらってくれ」

 この本の主人公、阪妻こと阪東妻三郎と伊藤大輔監督は阪妻のトーキー第一作『新納鶴千代』(昭和10年)以来の名コンビ。『王将』(昭和23年)、『おぼろ駕籠』(昭和26年)などの名作を生んだ。
 昭和26年、松竹30周年記念として『大江戸五人男』を撮ることになった。市川右太衛門、山田五十鈴、月形龍之介、高峰三枝子、高田浩吉ら出演のオールスターキャスト。
 ところが撮影初日になっても阪妻が出てこない。総務部長や撮影所次長が日参しても
「歯がはれてしもうて、どうにもならんのです」
 と言っても雲隠れ。伊藤が脚本を手直ししてもダメ。困り切っていた時、スタッフのひとりがこんなことを口にした。
 (幡随院長兵衛役の)阪妻が待っているところへ相手役が出てくることになっている。そこが具合が悪いのでは。
「出る役者としては待たれてるとこに登場する方が気持ちがええのと違いますか」
 なるほど、となったが伊藤監督も巨匠である。もう一度直せとは言えない。で、どうしたか──は本をお読みいただくとして、伊藤監督は再度、手を入れた。その脚本を届けると、阪妻はすぐに撮影所に出てきた。
「阪妻さん、困った歯ですな」
 という伊藤監督に、「そうなんです。いや、この歯という奴ばかりは……いや困った歯です」
 阪妻はそう言って相好を崩したという。
 だが、このエピソードには実は「異説」が二つある──。これもぜひ本で。

 当時、松竹の看板だった木下恵介監督と初めて組んだ現代劇『破れ太鼓』(昭和24年)でも、阪妻は一ヵ月出てこない。しびれを切らして先に動いた木下監督は──。
 伝説に彩られた日本映画最大のスター。その魅力的人間像を描きつくした傑作。
 生涯に出演した映画約250本。サイレント時代の作品150本の多くはもはや存在しない。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2002.03.29)

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紙の本エノケン・ロッパの時代

2002/02/19 22:15

昭和の東京の喜劇を背負って立った二人だがその生き方は対照的だった。好敵手二人の生と死——

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 食に関するエッセイは数多あるけれど、ぼくがいちばん好きなのは古川緑波の『ロッパの悲食記』(九五年にちくま文庫で復刊)である。
 戦争中、食の不自由な時代に、グルメにして大食漢(グルマン)のロッパが、うまいものを求めていかに苦労したかを坦々と綴っている。坦々としているだけにかえってロッパの食に対する情熱が伝ってくる。
 なかでもぼくが好きなのは帝国ホテルのグリルのくだり。
〈(昭和十九年)一月十一日(火) 昼食、帝国ホテルのグリルへ、久々で行く。注文制となり、前以て申し込んだ。一人前では困るので影武者(?)を一人連れて行き、その分も食う。彼は目の前へ並んだのを見るだけだ。辛かろうが、許せ。〉
 許せ、と言われてもなぁ。
 もうひとつ。
〈二月二十日(日)(略)夜は、林正之助氏(吉本会長)より招かれ、南の富田屋で、アチャコと共に、ふぐを、ふんだんに御馳走になる。ふぐ、六十人前あったと、後できいた。〉
 六十人前なら「ふんだん」なはずだ。

 戦前、戦中、日本の喜劇の世界で、ライバルとして並び称された榎本健一(エノケン)と古川緑波(ロッパ)、ふたりの生涯をたどったこの『エノケン・ロッパの時代』でももちろん帝国ホテルのエピソードは紹介している。
 貴族院議員、男爵の家に生まれ、早稲田大学英文科を卒業、映画雑誌の編集者を経て役者になったロッパ。一方、青山の鞄屋の長男に生まれ、高小卒、浅草オペラ出身のエノケン。出自も芸風もまったく対照的なふたりがライバルとして一九三〇年代の日本の喜劇を席捲していく。

 浅草を拠点にしたエノケンの最盛期、エノケン一座は座員百五十人、オーケストラ二十五人を擁し、一部三銭の「エノケン新聞」、一部十銭の「月刊エノケン」なる定期刊行物まで発行されていたというから人気のほどが伺えよう。
 一方、ロッパはまず声帯模写(これもロッパの造語)で大人気を博し、「笑の王国」を主宰。浅草から丸の内に転じ、急速な都市化を担った小市民の共感を得た。

 丹念に資料を読み込み、矢野さんはふたりの人生を浮き彫りにしていく。特に、戦争に対する姿勢の違いから、ふたりの芸人としての体質の違いを明らかにした分析は鋭い。
 戦争が終り、活躍の場が拡がるはずだったふたり。だが、ロッパは金銭的窮乏により、エノケンは不治の難病脱疽によって失意の日々を送らねばならなかった。
〈古川ロッパの創始した藝である声帯模写にたずさわる藝人たちが俎上にのぼせたふたりの声色だけが、その時代をむなしくひとり歩きしていたのが皮肉といえば皮肉であった〉
 東京の喜劇が輝いていた時代へのオマージュである。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2002.02.20)

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紙の本場所

2002/02/18 22:15

夫と子供を棄てて出奔し、次々と恋を重ねながら、小説を書き続けた瀬戸内さんが、想い出の土地を尋ねて回想

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 初めて編集者になった三十数年前、ぼくは『オール讀物』という小説雑誌に配属され、何人かの作家を担当した。担当といっては語弊がある。単なる原稿取りの走り使いに過ぎなかったのだから。
 五味康祐さん、藤原審爾さん、色川武大さん、杉森久英さん、池波正太郎さん、川上宗薫さん……もう皆さん鬼籍に入ってしまった。まだお元気なのは瀬戸内寂聴さん(当時は瀬戸内晴美)くらいだ。今年、七十七歳、時折テレビでお見かけするが、チャーミングな笑顔はあの頃とちっとも変らない。

 初めて目白台アパートの作業場(この小説にも登場する)にお伺いした時、手ずからコーヒーを入れてくださった。女流作家というのはこんなに綺麗で、やさしい人ばかりなのかと思ったことを昨日のことのように覚えている。
 作家としてのスタートで「花芯」が評判になったため「子宮作家」というレッテルを貼られ、また小田仁二郎氏らとの奔放な恋愛で文壇の良識派から顰蹙を買ったこともある瀬戸内さん。
 五十一歳で出家した時、ぼくは『文芸春秋』の編集部に異動していて、手記を書いてもらうため、中尊寺まで出かけた。その時の写真が手元に残っている。

 その瀬戸内さんが生まれてからこれまでの半生の間に関わりのあった土地を再訪し、恋人も含めて、関わりのあった人たちを追想、過去と現在は自在に往き来する。この自伝的連作小説を読みながら、ぼくは瀬戸内晴美という女性の健気さに、何度か泣いてしまった。
 たとえばこんな情景が描かれる。
 つき合い始めた売れない同人誌仲間の小田仁二郎と初めて箱根に行き、そこで小田は心中を口にした。むろん実行はされなかったのだが。
〈あれから二十八年小田仁二郎は生きのびたが、舌ガンのまま、自ら死を選んだとしか思えない。病名がわかってからは、彼は家族の誰にも知らさず、作家であった証拠のあらゆるものを焼き捨てていた。小田仁二郎という作家の痕跡を、自らの意志で抹殺し去ろうとしたのであろう。〉

 小田の死を知らせる電話が切れた後、瀬戸内さんは畳に転げ廻って号泣したという。
 この小説を読み了えて以来、瀬戸内さんが書いた、この言葉が、繰り返し、折につけ心に浮かんでくる。
〈人は誰も過ぎ去り、時は確実に通り過ぎてゆく。〉
 久しぶりに瀬戸内さんに会いたくなった。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2002.02.19)

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O−157、狂牛病、サルモネラ菌、今、世界の食品が危ない!この本を読むと食べられなくなる。

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 狂牛病、狂牛病とかまびすしいが、いちばんの被害者は牛だろう。人間の都合で効率のためだけに飼料として「肉骨紛」などを食べさせられて、そのせいで病気になれば「狂牛病」としてまるで犯罪人のような扱い。牛にすりゃ、たまったもんじゃあるまい。
 が、これが果して、単に牛だけですむ問題なのかどうか。帯にもあるとおり、この本を読むと「食べられなくなる!」。

 たとえば肉についていうと、牛でも豚でも、鶏でも、安価に生産量を上げるため、大量の抗生物質が使われているのだという。
 と、どうなるか。病原菌が耐性をつけてきてクスリが効きにくくなる。耐性菌に汚染された肉が出荷されているわけだ。
〈しかも悪いことにこの耐性菌は人間に取りつきやすい〉

 野菜はどうか。たとえばニンジン入りのマッシュポテトには昔は本当にニンジンとジャガイモしか入っていなかった。が、今日では、〈20〜25種類の物質が入っており、それが、幼い頃から子どもの免疫システムに何倍も負担をかけ、そのため潜在的アレルギー体質をつくっている〉

 今、はやりの健康食品も危ない。
 たとえばビタミン製剤やビタミンドリンクを摂取するとビタミン欠乏症になる。マサチュセッツ総合病院のある医師が総合ビタミン製剤を服用している人の3分の1にビタミンDが欠乏していることを確認したという。

 なぜそんなことが起こるのか。
〈まず第一に合成ビタミンを服用する人は本物の食物に手を出さないので多くのビタミン源が失われていく。カリフラワーやイチゴやオレンジといった本物の食物は身体に必要な多くの物質を含んでいる。
(中略)子ども時代に合成ビタミンを服用しているとその小さな身体はどの物質がどんな栄養素を含んでいるのかを学習できず、自身の身体で必要なものを準備できなくなってしまう。〉
 健康食品のほとんどは長期的影響に関する調査が行われていないなどという事実をつきつけられると、たしかに、「食べられなくなる!」。
 この本、訳がこなれていないのでやや読みにくいのが難。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.11.17)

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日本ミステリー界の長老が12年間にわたって連載した大河自伝。ミステリーファンならぜんぶおもしろい。

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 とにかく部厚い。上下2巻で約1200ページ。『ミステリ・マガジン』に昭和50年10月号から昭和63年12月号まで13年間にわたって連載されたものだというから、半端じゃない部厚さも理解できるけれど、やっぱり部厚い。
 どんな人の、たとえそれが市井で生きて死んだ無名の人であっても、人の生涯を丹念にたどれば絶対におもしろいというのがぼくの持論だが、都筑道夫さんというミステリー界の長老、昭和の日本ミステリー史を生き抜いてきた人の自伝だから、おもしろくないわけがない。
 1200ページ、2日間で一気読み。もうへとへと。読み了えた後、都筑さんの半生をまるまる体験してしまったような心地良い疲労感というか達成感というか。
 破門された師正岡容の話とか、戦後すぐの講談雑誌の内幕とか、戦前、戦後の映画館の様子とか、おもしろいエピソードに満ち満ちているのだが、いちばん驚いたのは都筑さんが、ほとんど英語もできないまま、翻訳の世界に足を踏み込んでいくくだり。
 金が必要だから翻訳でもやろうと、洋書屋で『エラリィ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の古いのを買い、ウールリッチの短篇の翻訳にとりかかる。
〈(英文法早わかりといったたぐいの参考書を)三回ぐらい読んだろうか。それですぐウールリッチの短篇を訳しはじめたのだから、乱暴な話である。たよりはコンサイスの英和辞典が1冊だけ〉
 どうしてもわからないと翻訳家の宇野利泰さんのところへ聞きに行ったりして完成するのだが、これがあっさりパス。続いて頼まれるのだが、都筑さん一計を案じて、戦後カストリ雑誌などに訳されたハメットなどの原書を探し、カストリ雑誌を参考にして訳す、つまりは和文和訳。
〈不思議なことに、ひとの翻訳は間違っているのがよくわかる。そこを丹念に辞書で調べたり、宇野さんに見てもらったりして訳してゆく、この方法はかなりスピードが上った〉

 ある短篇にホワイトマンという名の男が出てくるのを都筑さん「白人」「白人」と訳していて、後年、冷や汗をかいたという。
 もっとひどいケースではE・S・ガードナーの翻訳を連載していたが、原稿が間に合わず、最後の50枚くらいは都筑さんが、勝手に創作してしまったという。
 今ならとても通用しない話だが、そんな時代がついこないだまであったのである。
 わずか29歳で死んだ実兄鶯春亭梅橋の死の場面は哀しい。
 この本でもうひとつ特筆すべきは索引の充実。人名、書名・作品名、映画・演目、雑誌、事項と5項目に分けて完璧。日本の本ではめづらしい。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.10.19)

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日本ミステリー界の長老が12年間にわたって連載した大河自伝。ミステリーファンならぜんぶおもしろい。

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 とにかく部厚い。上下2巻で約1200ページ。『ミステリ・マガジン』に昭和50年10月号から昭和63年12月号まで13年間にわたって連載されたものだというから、半端じゃない部厚さも理解できるけれど、やっぱり部厚い。
 どんな人の、たとえそれが市井で生きて死んだ無名の人であっても、人の生涯を丹念にたどれば絶対におもしろいというのがぼくの持論だが、都筑道夫さんというミステリー界の長老、昭和の日本ミステリー史を生き抜いてきた人の自伝だから、おもしろくないわけがない。
 1200ページ、2日間で一気読み。もうへとへと。読み了えた後、都筑さんの半生をまるまる体験してしまったような心地良い疲労感というか達成感というか。
 破門された師正岡容の話とか、戦後すぐの講談雑誌の内幕とか、戦前、戦後の映画館の様子とか、おもしろいエピソードに満ち満ちているのだが、いちばん驚いたのは都筑さんが、ほとんど英語もできないまま、翻訳の世界に足を踏み込んでいくくだり。
 金が必要だから翻訳でもやろうと、洋書屋で『エラリィ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の古いのを買い、ウールリッチの短篇の翻訳にとりかかる。
〈(英文法早わかりといったたぐいの参考書を)三回ぐらい読んだろうか。それですぐウールリッチの短篇を訳しはじめたのだから、乱暴な話である。たよりはコンサイスの英和辞典が1冊だけ〉
 どうしてもわからないと翻訳家の宇野利泰さんのところへ聞きに行ったりして完成するのだが、これがあっさりパス。続いて頼まれるのだが、都筑さん一計を案じて、戦後カストリ雑誌などに訳されたハメットなどの原書を探し、カストリ雑誌を参考にして訳す、つまりは和文和訳。
〈不思議なことに、ひとの翻訳は間違っているのがよくわかる。そこを丹念に辞書で調べたり、宇野さんに見てもらったりして訳してゆく、この方法はかなりスピードが上った〉

 ある短篇にホワイトマンという名の男が出てくるのを都筑さん「白人」「白人」と訳していて、後年、冷や汗をかいたという。
 もっとひどいケースではE・S・ガードナーの翻訳を連載していたが、原稿が間に合わず、最後の50枚くらいは都筑さんが、勝手に創作してしまったという。
 今ならとても通用しない話だが、そんな時代がついこないだまであったのである。
 わずか29歳で死んだ実兄鶯春亭梅橋の死の場面は哀しい。
 この本でもうひとつ特筆すべきは索引の充実。人名、書名・作品名、映画・演目、雑誌、事項と5項目に分けて完璧。日本の本ではめづらしい。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.10.19)

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紙の本東京今昔探偵 古写真は語る

2001/10/16 22:15

今はもう消えてしまった、古い、懐かしい東京がここにある。

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「東京にはさまざまな伝説がある。人々の日々の営みの中に、幾重にも織り込まれた都市の記憶に分け入りながら、この街を歩き直してみたい」
 読売新聞都内版に1996年11月から5年間にわたって連載した企画記事162回のなかから43回分を選んだもの。
「お猿電車」「同潤会江戸川アパート」「上高田少年合唱団」「トロリーバス」「火の見やぐら」「東京スタジアム」「淀橋浄水場」……。
 こう並べてみると戦後、東京で少年時代をおくったぼくには懐かしいものばかりだ。
 これらに関わった人を探し出し、貴重なエピソードを引き出している。これは新聞記者ならでは。添えられたモノクロの写真も時代を語っている。
 たとえば「東京タワー」。
 1958年12月に完成した東京タワーは実は米軍の戦車を溶かした鉄骨で建てられたという話は初めて知った。朝鮮戦争で実戦に使われた戦車が戦後、民間に払い下げられたものだという。
 たとえば「歌声喫茶」。
 1954年暮、戦後の匂いがまだ色濃く残る新宿大ガード界隈で歌声喫茶は産声をあげた。父から左前のロシア料理屋を任された早稲田出身の柴田伸さんのアイデアだった。
 ウォツカもおにぎりも50円。壁には「灯」や「トロイカ」などの歌詞が貼ってあったがすぐにガリ版刷りの(そう言えばガリ版もとんと見なくなった)歌集に代わり1冊10円で続篇と合わせて500万部近く売れたという。
 歌集の後記にこうある。
〈暗いきびしい現実の中で痛ましい苦しみにあえぎつつも、明るく強く生き抜こうとする“灯”の仲間たちに心をこめて送ります。歌声は私たちの心の灯〉
 たしかに歌声喫茶には今のカラオケとは違う連帯感があった。
 66年、大学に入った年の秋、ぼくは初めて新しい友人たちと新宿の歌声喫茶に行った。知らない人たちと肩を寄せ合って歌っている時、まさに青春のまっただ中にいるような気がした。
 敢えて言えば多くの中から選んだからだろうが、各項目の時代がバラバラなのが惜しまれる。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」「映画館へ!」編集長 2001.10.17)

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紙の本ジャンプ

2001/04/18 18:16

コンビニにリンゴを買いに行った恋人の女性がそのまま失踪した。恋愛小説の名手が描く文芸ミステリー。

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 かって竹中労というルポライターがいた。筆鉾鋭く、当るをさいわい政治家から芸能人までバッサ、バッサ。竹中節ともいうべき文章のリズム、テンポが大好きだった。
 編集者としても長年おつき合いさせていただいたけれど、気配りのある、男っぽい人で、竹中さんのことを思うと、いつも司馬遼太郎さんいうところの「漢(おとこ)」という言葉を思い出す。
 その竹中さんに「メッタ斬り書評」というのを提案したことがある。いつもの調子で、読んだ本を俎上に乗せ、縦横無尽に斬ってもらったらさぞかし面白かろうと思ったわけである。

 ところがうまくいかなかった。
 読んで面白くない本なら、敢えて取り上げる必要もないじゃないかというのが、ぼくと竹中さんの結論だった。

 こんなことを思い出したのは、今回取り上げる2冊の本がぼくには面白くなくて、ぜひ皆さんの感想を聞きたいと思い、敢えて取り上げたからだ。
 一冊は「本の雑誌が選ぶ2000年度ベスト10第1位」という『ジャンプ』(光文社)。帯によると朝日新聞や王様のブランチ、週刊文春などでも絶賛されたとある。
 期待が大きすぎたのかもしれない。
 たしかにコンビニにりんごを買いに行った恋人がいきなり失踪してしまうという出だしから、その謎を追って行くストーリー展開は悪くない。佐藤正午の文体も、時にうるさく感ずるが、この小説に合っている。最後まで引っ張っていく筆力もさすがだ。
 しかし、しかしである。タネ明かしされた彼女の失踪の理由があまりにも陳腐。意外性もなければ、衝撃もない。いかにもありそうな、しかしそんなことで今どきの若い女性が失踪するか、というような話なのである。
 引っ張られただけになぁんだという気持は強い。
 もう一冊。リチャード・プライスの『フリーダムランド上下』(文春文庫)。上巻だけで628ページ、下巻が514ページ、文庫としてはかなりのヴォリュームだ。
 これも帯にひかれて読んだ。〈リチャード・プライスは現代のドフトエフスキーだ〉。このキャッチフレーズで読む気になりました。
 だけど、これでドフトエフスキーと言ったらドフトエフスキーが怒るぜ。
 だって長い長い上巻628ページ、ほとんどストーリーが展開しないのだ。
 白人女性が黒人の男に車を奪われる。後部座席に4歳の息子が眠ったまま─。が、その後、事件は少しも進展しないのである。ニュージャージ州デンプシーという低所得者層の多い町の雰囲気はたしかによく描けている。けど、それだけで628ページは辛い。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」編集長「映画館へ!編集長」 2001.04.19)

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紙の本突飛な芸人伝

2001/03/09 18:15

月亭可朝、ヨネスケ、マルセ太郎、快楽亭ブラック、ショパン猪狩など一般人のハカリじゃ計れない17人。

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 前にも書いたけれど、今、芸人を描かせたら、吉川潮さんにかなうもの書きはいない。日頃から彼らと交流があり、彼らの行動パターンや心理が皮膚感覚でわかっているからである。
 『江戸前の男春風亭柳朝一代記』(新湖文庫)で泣かされ、『浮かれ三亀松』(新潮社)ではニヤリとさせられた。
 その吉川さんが、この本では17人の個性的な芸人たちを取り上げている。月亭可朝、川柳川柳、ヨネスケ、マルセ太郎、快楽亭ブラック、ポール牧、ショパン猪狩……。帯にあるように芸人は一般市民(トーシロ)のハカリじゃ計れねえ。だから、おもしろくないわけがない。

 ある時、月亭可朝が野球賭博常習の容疑で大阪府警に逮捕された。
〈可朝は取調官に「お上のやってる競馬や競輪はよくて、野球賭博はどうしていけないのか」と聞いた。取調官は「野球賭博は暴力団の資金源になるからいけないのだ」と答えた。ここで可朝は伝説に残る名文句を吐いた。「そら、負けて賭金を取られた場合でっしゃろ。わしは勝っとるから暴力団から吸い上げとる。表賞してほしいくらいのもんや」〉

 志ん生の弟子の志ん駒。師匠の志ん生は脳いっ血で倒れ、療養中だった。体がいうことをきかない。
〈ある日のこと、志ん生がトイレに行く途中、我慢できずに大きい方をおもらししてしまった。高助(弟デシの志ん五)がブツブツ言いながら始末をしていると、志ん生がこういった。落語の時と同じ調子で、
 「お前ね、ウンコ嫌がってちゃいい百姓になれないよ」
 たまんないな、と志ん駒は思った。体は不自由でも志ん生はやっぱり志ん生だ。この感覚、この絶妙の間。志ん駒は師匠から噺よりも落語家の了見を教わった。〉
 「いい百姓になれないよ」と言った志ん生の口調を思い浮かべるだけでおかしくなる。

 マルセ太郎というパントマイムの芸人がいる。マルセを昔から知る人は彼のネタは5年早いという。マルセがやった漫談、コント、形態摸写のネタを、4、5年たって他の芸人が真似してやると、たいていマスコミ受けして人気が出る。ギャグには著作権がない。あれを初めてやったのは俺だといってもマスコミに乗せられていまった方が勝だ。
 マルセ太郎がある時、六本木のライブでニワトリの形態摸写をやった。
〈一番前に座った若い客に「タモリの真似すんなよ、馬鹿!」といわれた。
 芸人にとって一番屈辱的な言葉だ。マルセはその客にこう言った。
 「こんどタモリにいってやんな。マルセ太郎という奴があんたの真似をしてたって」〉

 ひとつクレーム。タイトルは単行本の時の『芸人奇行録・本当か冗談か』(注マジかシャレか)の方がよっぽといい。 (bk1ブックナビゲーター:花田紀凱/「編集会議」編集長「映画館へ!」編集長 2001.03.10)

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