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桂英史さんのレビュー一覧

投稿者:桂英史

10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本産業者の教理問答 他一篇

2001/08/30 19:06

最強のイデオロギー

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 全5巻の『サン=シモン全集』から「産業者の教理問答」と「新キリスト教」をオムニバスしたもの。サン=シモンというのは、とても重要な人物なのだ、本当は。「空想的社会主義」や「ユートピア主義」などと片づけられていることの多いサン=シモンであるが、彼の遺した考え方は現在の社会を歴史的にたどる上で、実に教えられることが多かったりする。イデオロギーを「理想へ向かう意志」といった感じで気楽に考えてみれば、「産業者」という階級を想定したサン=シモン流の産業主義は、19世紀後半から現在までそれこそ地球規模で実践されてきた最強のイデオロギーである。共産主義もアメリカニズムも、現在のグローバル経済も要は産業主義のバリエーションであると考えることもできる。また、専門的な知識をもったエリート知識人が国家や社会をデザインしていくというテクノクラシーという考え方も、サン=シモンやその後継者たるサン=シモン主義者たちの遺産である。「産業者の教理問答」はサン=シモン晩年のものであるが、対話形式であることもあって読みやすく、サン=シモンについて知る入門書としては格好の一篇。サン=シモンが言った通りになってしまった現在の状況を乗り越える「産業者」以上の社会階層がはっきり見えてきた時、真のポストモダンがはじまったと僕たちも実感できるに違いないのだが…。(桂英史/情報学者 2001.7.24)

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紙の本我輩は施主である

2001/10/11 20:08

何ともおもしろい「小説」

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 タンポポハウスを自邸にもつ建築家がいたりする。その建築家にニラハウスの設計を依頼したりした施主は、文庫版にして350ページ以上に及ぶコラボレーションの記録を残したりした。それが本書である。その施主は本書のことを「小説」と読んだりしている。だとすれば、何ともおもしろい小説ができたりしたものだ。
 著者も述べているように、空間の佇まいや詳しい様子をわかりやすいテクストとして記述するのは実にむずかしかったりする。そのせいかどうかわからないが、建築関係の分野は無意味に勿体ぶった批評めいたテクストが量産されるという独特な傾向があったりする。本書の内容そのものが、無意味に過剰になってしまった建築評論に対するアイロニーになっているようでもあって、なかなか微笑ましく思えたりもする。しかも、著者十八番の人を食ったような文体が続くなかに、何かを成就しようとする独特な緊張感があったりするから不思議である。ディテールも細やかなので、「小説」にしては実用性もあったりする。林丈二のイラストも秀逸。著者の(いささかあざとい)企画力にあらためて脱帽したりした。言うまでもないが、この小説に登場するニラハウスは都内私鉄沿線の閑静な住宅街に実在する。(桂英史/情報学者)

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紙の本世界を肯定する哲学

2001/10/01 19:14

乱暴で大胆なすがすがしさ

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 「〈わたし〉以上に関心のあることなんて、この世の中にない」と思うことがしばしばある。だからと言って、僕は極度に精神を病んでいるわけではないと思うし、桁外れにわがままなヤツというわけでもないと自分では思っている。その証拠にこれまで膨大な数の〈わたし〉に関する著作が遺されてきた歴史がある。その重要な一角を占めてきたのが哲学という分野である。哲学に限らず、世界と〈わたし〉との関係は、誰もが直面する素朴な精神の一端である。文学や芸術などの表現の現場にいると、世界と〈わたし〉との関係というテーマは容赦なく、〈わたし〉を苦しめる。その素朴なテーマに小説家という立場から、あらためて取り組んだ勇気ある一冊が本書である。
 テーマはとても古くさいものであるが、そのアプローチはすこしだけ新しい。なぜ新しいかと言えば、まずは、たった200ページあまりの新書で世界と〈わたし〉との関係というテーマをまとめてしまおうとしている点である。これは勇気のいる乱暴さである。また、タイトルが示す通り、何事も受け入れてしまおうという肯定的な態度も、大胆さを超えてすがすがしく感じてしまう点も新しい。しかも、その態度がさまざまな批判的な観察から生まれていることが行間からうかがえるのもなかなか微笑ましい。その乱暴で大胆なすがすがしさは、三行読んでわからなくなるジャーゴンの化け物である「脱構築哲学」よりはるかに誠実かつ健全である。(桂英史/情報学者 2001.4.10)

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絶妙のタイミング

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 世界の戦略防衛構想が情報通信技術を基盤技術として大きく変わろうとしている状況は、湾岸戦争以来もはや国際的な常識となっている。米ソ冷戦の状況下で生まれ落ちた情報通信技術は、ポスト核戦争の時代にあって、もはや主力となった感がある。そうした状況を踏まえて、本書ではまず軍事システムの世界的な傾向がレビューされている。最終的に著者は日本の自衛隊の装備を評価していくわけであるが、著者の重要な論点は、論じる対象が「兵器」ではなく、「軍事システム」である点である。つまり、単一の装備で「防衛論争」をしても費用対効果という点から言えばほとんどナンセンスであるということだ。その点で、「戦争以外の作戦に備えて」という章は、なかなか一般的には新聞等で論じられない著者なりの評価があって、なかなかおもしろく読んだ。もう少しこのあたりの状況を国際関係の諸事情や国際比較も交えて突っ込んで論じて欲しかった。新しい政権が誕生し、集団的自衛権や憲法改正などが話題になり、その政権が史上最高の支持率となっているタイミングで、「自衛隊装備の問題点」とサブタイトルが付けられた本書の出版は、何とも言いようのない「絶妙さ」がある。(桂英史/情報学者 2001.5.1)

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ゴルフの行く先

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 僕はれっきとしたゴルファーである。大学教員の分際でゴルファーだったりすると、ひどい偏見と闘わなくてはならなくなる。大学教員が背負う「清貧さ」のイメージとゴルフが背負っている「金持ち」というイメージが、人々にはどうしてもそぐわないらしい。ゴルフがかくも「金持ち」というイメージに塗り固められてしまったことを、僕はときどき本当に恨めしく思う。僕が海外で得たゴルフというスポーツの遊び心やその浸透度は、「金持ち」というイメージとはあまりにもほど遠いものだからだ。タイトルがいささか扇情的であるものの、本書は日本のゴルフがもつ屈折したイメージを、著者が数多くの文献から得た知見を基本として、誠実かつ批判的に論じている。17世紀のフランドル地方において子どもたちの遊びであったゴルフの起源を説きながら、最終的にゴルフが子どもの無邪気さから遠い存在になったかもしれないという問題提議に至る。タイガー・ウッズの登場によって新しい時代を迎えたゴルフであるが、その行く先には「遊びと公共性」という点では、超えなければならないハードルは多い。とりわけ、バブル経済の清算と運命をともにしている日本のゴルフとなれば、なおさらである。(桂英史/情報学者 2001.5.29)

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紙の本シミュレーショニズム 増補

2001/08/31 15:40

ことばのバザール

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 93年刊行の単行本に「講義」を加えた文庫化である。
 美術評論はむずかしい。読んでいてむずかしいわけではない。評論をするという行為そのものに触れることが重苦しいのだ。当然である。現代美術の作品の多くが限りなく言説に等しいものになっているからだ。作品の意図を説明するのに、一冊の本に匹敵する言葉を尽くす作家もすくなくないし、芸術の価値そのものを疑っている作家も多い。そうした状況下で美術を素材に評論をつづける著者には頭が下がるが、音楽のトピックスをもちいて曲芸のようなテクストを駆使する本書は、(いささか無意味にまわりくどい)自らの表現をきわめようという意味では、かなり古典的な文芸作品と言ってよい。本書で取り上げられ論じられている作品よりも、はるかに作品的なのだ。涙ぐましい誠実さだ。この涙ぐましさは、何よりも現代美術を論じることの困難さと無意味さを物語っているし、すでに「反-制度」といった気取った美術評論の文脈もはるかに超えている。ことばのバザールのような様相を呈している本書は、「盗め」という誤解されやすいメッセージも含めて、どんどん曲解され誤読されることを望んでいるようでもある。スリリングなテクストそのものも、その実現代美術のパロディにもなっていておもしろい。ちなみに、美大生へ。レポートを書くときに本書のテクストを引用すると論旨が破綻することはまちがいないよ。(桂英史/情報学者 2001.7.3)

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この時期にむずかしいテーマに挑んだチャレンジ精神に拍手

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 本書につけられたタイトルのような問いが賑々しく語られるようになったのは、やはりコンピュータやインターネットのプレゼンス(存在感)が日常生活において急速に大きくなってしまったことと密接な関係があるのだろうと思う。本書の扱う対象は、本というテーマを超えて「ユーザ・インタフェース」や「記憶装置」といったコンピュータ技術の今日的なテーマに及んでいる。技術者への取材内容やコンピュータ開発史のエピソードも盛り込まれているだけに、個々のテーマにはじゅうぶんな説得力が感じられる。ただ、読みすすめていくと、著者の関心のありかが本当に本というプレゼンスにあるのかどうか、という点が根本的にわからなくなってくる。その意味で、本というメディアが500年にわたって引き受けてきた知の権威や経済原則といったテーマについて、もうすこしまとまった議論が欲しかった気がする。とはいえ、この時期にむずかしいテーマに挑んだチャレンジ精神に拍手を送るとともに、本書の出版を契機として本の未来についての議論が健全な方向に修正されることを願ってやまない。

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紙の本言論の不自由?!

2000/12/14 15:10

「メディア論」として読むと、より著者の柔軟さとサービス精神が味わえる

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 「言論」という言葉が空々しくなったのはいつの日からか。ついでながら、右翼や左翼という分類もあまり意味をもたなくなった。70年代から20年以上にわたって民族派団体で運動を展開してきた著者のテキストは、イデオロギーや立場を超えて愛読者が多い。本書は、「テロ」や「天皇制」や「国旗・国家」といった重々しいテーマについて、柔軟なメンタリティと旺盛なサービス精神で論じられている。十年前に『天皇制の論じ方』として出版されたころのみずみずしさも失っていない。どんなテーマを扱っていても、著者が繰り出す論の矛先は、いわゆるメディアのあり方にいつも向かっている。結果として、読者はメディアが単にテクノロジーの産物でもメッセージを運ぶ器でもなく、言論が衝突しつつ成長していく場であることをあらためて思い知ることになる。「メディア論」として読むと、より著者の柔軟さとサービス精神が味わえるであろう。著者の理想。それはけっして民族派がめざす理想主義ではない。この日本において健全な言論が機能することだ。

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核兵器とコンピュータを生んだ「マンハッタン計画」のドキュメンタリー

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 核兵器とコンピュータ。このふたつのテクノロジーは、20世紀後半の世界をまちがい なくデザインしてしまった。このふたつのテクノロジーが「マンハッタン計画」から 誕生したことはよく知られているが、本書は、そのマンハッタン計画のドキュメンタ リーである。「マンハッタン計画」が全面戦争に用いる最終兵器を製造するプロジェ クトであったことが述べられているが、オッペンハイマーら参画した科学者とその周 辺に渦巻く思惑や心理的な機微に繊細な筆致が発揮されていて、読み物としてもおもしろい。著者が本書で「マンハッタン計画」に注ぐ視線は、原子力を科学から逸脱させてしまった科学者自身の功名心や打算に向けられている。その科学者の功名心や打算へ向けられる批判的な記述が本書全体に独特な緊張感をあたえている。「科学者の役割」や「国家と科学」というテーマだけでなく、野心や功名心という人間の本性についても考えさせられる一冊である。

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紙の本近代スポーツの誕生

2000/11/09 11:57

「野蛮さ」と「高貴さ」が同居する近代スポーツの起源

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 本書『近代スポーツの誕生』は、スポーツを考える上で核心となるようなテーマを扱っている。映画や美術など芸術分野では、日々うんざりするほどのテク ストが量産されている。その一方で、国民国家、近代戦争、科学技術、メディアなどといった重要なテーマがきわめて合理的にパッケージ化され、資本の流動性を生み、人々の熱狂をもたらしているはずのスポーツには、不当にも低い地位しか与えられていない。スポーツを積極的に論じることは、ヨーロッパの知識人層にとって、どうやら「高級ではない」という深層が働いてしまうようである。本書は、流血が避けられないボクシングなどのブラッディ・スポーツ(あるいはその起源としての闘鶏)を歴史的にたどることで「野蛮さ」と「高貴さ」が同居する近代スポーツの起源が丁寧に論じられているが、本書を読み進めていくうちに、その「高級ではない」という深層にもすこし接近できたような気がしてきた。

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