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  3. 三中信宏さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年5月)

三中信宏さんのレビュー一覧

投稿者:三中信宏

36 件中 1 件~ 15 件を表示

「万能酸」ダーウィン理論は言説をも溶かす?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 生物進化思想の人間そのものへの適用に対しては、ダーウィンによる『種の起源』そして『人間の進化と性淘汰』以来、激しい議論の火種を提供し続けてきた。2段組みで800ページ近い本書は、その分量もさることながら、論議されているテーマの広さは目くるめくばかりである。
 しかし、著者の基本的なメッセージはしごく明快である。本書全体にわたって復唱される「ダーウィンの危険な思想」というスローガンは、“自然淘汰”という「心を欠いた、機械的な−アルゴリズムによる−プロセスによって」(p.82)、人間を含む進化の産物はすべて説明できるのだという立場を表わす。この「危険な思想」は、“万能酸”として作用し、「伝統的な概念をあらかた浸食しつくして、その後に一つの革新的な世界観だけを残していく」(pp.88-89)。だからこそ、この思想の危険性に気付いた批判者たちは、なんとかこの“万能酸”による浸食を力づくで封じ込めようとしてきた。しかし、そういう批判はすべて無駄なあがきなのだと著者は言う。
 本書で標的にされる「批判者たち」は多岐にわたる。章を割いて批判されている有名人には、言語学者ノーム・チョムスキー(13章)や物理学者ロジャー・ペンローズ(15章)が含まれるが、とりわけ古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドに対する手厳しい批判は注目される。日本でも人気のあるグールドは、適応主義批判・断続平衡説・バージェス動物相などをめぐるネオダーウィニズム批判の論陣を張ってきた。しかし、著者に言わせれば、彼の主張は「結局は、正統派に対してはせいぜいのところ穏やかな修正にすぎなかったのだが、外部世界への言葉の上での衝撃は、巨大で、事実を歪めるものだった」(p.349)と断罪される。
 グールドのネオダーウィニズム批判は、進化はアルゴリズムであるという点をまさに攻撃しているのだと著者は言う(p.353)。では、グールド(およびその他多くの批判者たち)は、どのような代案を出してきたのか?−それは【スカイフック】(p.105)である。ある現象が機械的なアルゴリズムでは説明できないと反論するためには、何か特殊な能力のある要因の登場を待つしかない。それが、グールドの場合は、バウプランとか断続平衡とか歴史的偶然性というスカイフックなのだと著者は指摘する(10章)。
 スカイフックとは反還元主義のスタンスであり、ダーウィンに危険な思想が指し示す還元論的なスタンス−著者は【クレーン】(p.105)と名づける−に対立するとされる。しかし、この対立図式はまちがいであり、貪欲な還元主義(スカイフック)と良き還元主義(クレーン)があるだけである。そして、スカイフックはえてしてクレーンが結果として正しいことを示してしまう。もちろん、著者は、「ダーウィンの危険な思想」がもつ言説としての危険性、すなわちもっともらしい進化的説明のでっち上げがきわめて容易であることを十分認識している(p.706)。だからこそ、この万能酸は「取扱注意」であると言わねばならなかった。
 このような大著の訳出には、相当の苦労があったことがうかがわれる。しかし、あえて欲を言えば、生物学関連用語の訳語には再検討の余地がかなりある。また、日本語訳された書籍を文献リストに示さなかったのは、明らかに方針の誤りである。しかも、文中に出てくる原著の訳タイトルが実際の訳書のタイトルと一致していないケースがかなりあり、読者はきっと混乱するだろう。
 原書の出版当時大きな話題を呼んだ本書は、たいへん内容の濃い論争書である。人工知能に関わる心身二元論や生物哲学の最近の話題である種概念・淘汰単位論争など、他にも議論を引き起こす多くの主題が盛り込まれており、著者の主張に賛同するかしないかを問わず、じっくりと読んでほしい本である。

(三中信宏/農林水産省農業環境技術研究所主任研究官)

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科学史の事件簿

2000/07/29 21:29

科学者をとりまいた時代と社会の雰囲気が伝わる

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いまはなき科学雑誌『科学朝日』に長期連載されたコラム(1992-3年)の選書化である。
 17世紀の物理学者ロバート・フックから現代のエイズ発見者ロバート・ギャロにいたるまでの3世紀にわたる24名の科学者を題材として、彼らをめぐるさまざまな人間模様−名誉欲・政治的闘争・女性問題・ノーベル賞獲得競争など−を描く。
 複数の執筆者による伝記的叙述からは、それぞれの科学者をとりまいた時代と社会の雰囲気が伝わってくるようだ。学問的・社会的に成功した科学者たちよりも、ニコラ・テスラのように自然科学から逸脱してしまったり、方励之のように国家的政治体制に翻弄されたりした科学者たちの物語はとりわけおもしろかった。
 一般的な科学論ではなく、個々の科学者が否応なく絡めとられていった歴史のエピソードとして楽しめる読み物である。脚注内容も連載当時のものから更新されており、さらに深く知りたい読者にとってとても親切な構成になっている。

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世界は三葉虫のまわりを周る——「方解石の眼」を通して見えてくる現代進化学の姿

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「三葉虫」って何? と少しでも好奇心を持った読者は、ぜひ本書を手にしてほしい。子どものときからの三葉虫マニアである著者が、飽くことなくこの絶滅動物の魅力を語ってくれる。さらに、三葉虫をめぐる進化論争——1970〜80年代の「断続平衡説」をめぐる論争や、「バージェス動物相」の系統学的解釈に関わる対立など——にも話はおよぶ。

 バージェス動物相をめぐるS・J・グールドとS・コンウェイ・モリスの殴り合い(第5章)、ナチス第三帝国に葬られた古生物学者ルドルフ・カウフマンの悲話(第7章)、三葉虫化石の捏造事件を起こしたジャック・デプラトの逸話(第9章)など、実話にもとづく議論の展開は魅力的だ。全篇をとおして、科学史・歴史・文学などに造詣の深い著者ならではの描写を楽しむことができる。

 本書の主人公である三葉虫は「方解石」の眼をもっていて、特定方向からの光線のみを知覚している!(第4章)。焦点補正のために屈折率を変える副レンズをもつ三葉虫すらあるという。三葉虫の形態的多様性も印象的だ。奇跡的に発見された化石からはじめて脚部の解剖学的特徴が解明されたり、堆積岩の中で鉱物が流れ込むことで微細形態が明らかになった例など、化石形成の妙と古生物学者の「神の手」を実感する(第2章、第9章)。化石記録だけではなく、古地理学、古地磁気学、そしてプレート・テクトニクスなどの知見を相互に照らし合わせることで、失われた過去が復元できるのだと著者は言う(第8章)。

 日本における理系翻訳書の悪しき慣習として、参考文献や事項索引はすべて省かれ(人名索引はある)、この訳書に資料的価値はない。訳文は読みやすいが、ところどころ間違いがある。バージェス動物相の多様性に驚嘆したコンウェイ・モリスが思わずつぶやいた言葉は、「なんてこった、別の新しい門じゃないぞ!」(pp.171,189)ではけっしてなく、「なんてこった、別の新しい門じゃないか!」だったはず。

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個体発生と生物進化の学問的統一を目指す大著

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 受精卵からはじまる生物の個体発生が、卵割や幼生段階を経て、どのように成体をかたちづくるかについては、学校の理科や生物の授業で学んだ記憶をもつ人はきっと多いだろう。近年の分子遺伝学の進展により、個体発生の分子レベルでの理解が急速に深まり、本書の中心テーマである発生生物学はいまもっともホットな生物学の研究分野の一つになっている。
 本書は、「進化する個体発生」をスローガンとして掲げつつ、個体発生と系統発生の研究史をふりかえりながら、動物の基本体制(ボディプラン)がどのように形成されているのかを最新の知見に基づいて説明する。エピジェネティクス、ファイロタイプ、バウプラン、ヘテロクロニー、ヘテロトピーなど長い歴史をもつ概念群が新たな意味を携えて、いままさに胎動しつつある新しい進化発生学の中でみずからの位置を決め始めている。
 本書は、19世紀のキュヴィエ対ジョフロワ論争をはじめ、フォン・ベーア、ヘッケル、バルフォアら発生学への進化学的視点を提示した多くの研究者への科学史的なまなざしを忘れてはいない。だからこそ、進化発生学の来たるべき将来像を歴史的文脈の中にきちんと定位することができる。同じ出版社から出ているスティーヴン・J・グールドの名著『個体発生と系統発生』と並んで、本書は進化発生学史の資料としても大いに役に立つだろう。
 現代進化学の中核である「総合学説」の成立過程で、発生学はすっぽりと抜け落ちてしまった。著者は、進化する胚がそれぞれの発生段階で自然淘汰などの進化的な要因を受けてきたとみなし、進化学の枠組みの中に発生学の占めるべき位置を新たに構築しようとする。新しい学問体系を求める現在進行形の作業は、読者に臨場感を与える。さらなる「現代的総合」は何をもたらすのだろうか?
 最後に、800ページを越える本書は読者にもそれなりの体力と知力を要求する。訳文のこなれが気になる箇所もないわけではないが、歴史的・学問的にきわめて広範なテーマにまたがる本書の翻訳を手がけられた訳者の努力にまず敬意を表したい。それとともに、グールドの『個体発生と系統発生』に続いて、再びこのような大著の出版に踏み切った出版社に感謝しないわけにはいかない(しかも原書のペーパーバック版よりもなお安い定価で)。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
第一版の序
第二版の序
日本語版への序

第1部 進化と発生、動物門と化石
第2部 形態と機能、胚と進化、遺伝システム
第3部 発生する胚
第4部 進化における胚
第5部 胚、環境、そして進化
第6部 発生は進化する
第7部 パターンとプロセス、時間と場所
第8部 原理とプロセス
訳者あとがき
日本語で読める教科書や参考書
参考文献
索引

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紙の本海の歌 人と魚の物語

2001/03/23 00:31

海の環境保全問題を詳細に論じたルポルタージュの力作

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 800ページ近くもある本なのに、各部冒頭の地図を除けば、ただ1枚の写真も図表もない。ひたすら活字の大海を泳ぎきった感がある。にもかかわらず、この充実した読後感をなんと表現すればいいのだろう。本書の主役は、アメリカ東海岸のクロマグロ(第1部);おなじく西海岸のサケ(第2部);そして西太平洋の島々のサンゴ礁(第3部)というように、すべて「海」の住民である。著者は、主役である彼らを取り巻く環境の人為的劣化による大規模かつ急速な絶滅のありさまを克明に描き続ける。
 クロマグロを追い詰めていった延縄漁業のひろがり、サケの遡上を徹底的に妨害したダム事業、そしてシアン化合物やダイナマイトによる不法漁法によりつぶされていくサンゴ礁の物語を具体的かつ詳細に報告する著者は、単に現状を嘆いているだけではない。環境・保全問題をめぐる政治や行政そしてロビイストたちとのやりとりの中で、著者のアクティヴィストとしての姿勢が色濃く感じられる。「保護できるかどうか」ではなく、むしろ「保護すると決断するかどうか」が重要なのだという著者の明快なスタンス(p.765)は、本書に含まれる膨大な量の事実や情報を一貫して貫く柱となっている。
 もちろん、西太平洋の先住民の民俗的知識体系や文化を一方で擁護しつつ、日本など特定の国の食文化を否定するというのは論理的な齟齬をきたしていると私は感じる。しかし、執拗といってもいいほどのインタビュー、各地への調査旅行、現地踏査(築地魚市場にまで足を運んでいる)をふまえた本書はおそるべきルポルタージュであり、環境問題や生物保全問題に興味をもつ読者は、ぜひ本書を手にとって著者のメッセージを正面から受け止めてほしい。水産資源量の推定や予測に関する議論は本書だけでは必ずしもたどりきれないが、松田裕之氏の『環境生態学序説』が参考になるだろう。

(三中信宏/農林水産省農業環境技術研究所主任研究官)

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神を信じる科学者が確かにここにいる

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 奇妙な本である。量子力学の研究をきわめた後、いまは英国国教会の司祭をつとめる著者が、科学と宗教が「友好関係にある」(p.156)と主張しているのである。一般読者は騙されてしまうのではないだろうか。自然界を「本当に理解」するためには現代科学だけでなく宗教(本書ではキリスト教)の「両方の助けが必要である」(p28)という著者の主張に。
 しかし、著者が繰り返し強調する、世界の「本当の理解」なるものに対して、私は懐疑的にならざるをえない。著者の立場では、自然現象の還元論的な説明−生物学者として著者はジャック・モノーやリチャード・ドーキンスの名を挙げる−では「本当の理解」は得られないのだ(p.91)。著者の言う「本当の理解」とは「真理」(p152)あるいは「真の経験」(p.94)を見いだすことであり、キリスト教はまさにそれを見いだすためにあるのだという。したがって、キリストの「復活」という「奇跡」についてさえ、「科学といえども、特別な場合に、これまでは起こり得ないと思われることを神がなし得た事実を否定はできない」(p.127)と擁護する。著者のいう「事実」とは、通常の科学者がその言葉で示そうとする意味からは大きく外れているようだ。
 宇宙を創造した神は、今もなお自然現象に関与し続けているのだと著者は言ってのける(p.63)。そして、「真理の探究という意味では、科学と宗教は従兄弟のように似ている」(p.156)と著者は結論する。しかし、私はとうてい同意できない。『開かれた社会とその敵』(上巻ならびに下巻)の中でカール・ポパーは、科学的探究における可謬主義(fallibilism)を支持して、「真実を求めて、実際に真実に到達できたとしても、それが真実であるという確信をもつことはできない」と述べている。真実への接近に対する批判的態度をもち続けることが経験科学なのだと私は考える。ところが、本書の著者にはこの意味での批判的態度は見受けられない。
  ダニエル・デネットならば、本書のいたるところに、おおっぴらにぶらさがっている【スカイフック】−困難な状況でも軽々と仕事を成し遂げてしまう神の手−の数々を見て、さぞ喜ぶことだろう。

(三中信宏/農林水産省農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
第1章:論より証拠?
第2章:創造主である神はいるのか
第3章:この宇宙では何が起ってきたか
第4章:そもそも我々は何者なのか?
第5章:科学者は祈ることができるか
第6章:奇跡をどう考えるか
第7章:ひとつの終末論
第8章:科学者は神を信じることができるか
訳者あとがき
関連図書
索引

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そびえ立つ知の殿堂——でも、怖がらずに触ってみよう

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 表紙に黒々と揮毫された「知の歴史」というタイトル、この上もなく純白に輝く装丁、ずっしりと重いハードカバー製本、税込みで5,000円近い価格、そして何よりも「Nature特別編集」という御朱印——ああ、勘弁してほしい。こんなの読者がびびるだけじゃない。読み手がもっと気軽に手に取れる配慮はなかったのかな?

 と文句を言いつつも、これほど役に立つ資料集もまた珍しい。世界に先駆けてよくぞ出版してくれたと思う。科学誌としての「ネイチャー」は、社会的なセンセーションではなく、何よりもまず科学への貢献度を基準にした誌面づくりをしてきた。1869年の創刊以来続くこのジャーナルはいまなお科学界で不動の地位を保っている。

 厳しい原稿採択競争をくぐり抜けて毎週発行される本誌論文の中から、選りすぐりのの21篇を編んだのがこの本である。過去1世紀の間に、現代科学に対してとりわけ大きな貢献をした原論文とその解説記事とをペアーにしているのが特色だ。原人アウストラロピテクスの発見からはじまり、原発や原爆の開発を促した核分裂反応、幅広い応用技術を産んだレーザー光、バイテクの契機となったDNA二重ラセン模型、クエーサーを発見した電波天文学、地球環境問題の象徴オゾン・ホール、ナノ技術の先駆フラーレン分子、そして最後を飾るクローン羊ドリー——いずれをとっても超有名な成果ばかりだ。

 現役の科学者でさえ、自分の専門分野外の原著論文に目を通す機会は少ない。ましてや一般読者はそれにアクセスすることさえ難しいだろう。カラー図版を含む解説記事を読み、それぞれの研究が置かれていた文脈をあらかじめ理解する、ついで原論文の文章を賞味しよう(理解する必要はないよ)、さらに掲載ページの書影も味わおう。たとえ論文タイトルがちんぷんかんぷんであっても、その奥に隠された科学へのインパクトを疑似体験できる本書は貴重だ。もっと手頃な値段だったらなあ。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

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認知科学辞典

2002/09/30 18:15

「鳥の眼」をもった現代認知科学のナビゲーター

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「認知科学」——まさに新しい科学研究領域である。認知科学とは何かという基本的な問いにすら、誰もが同意できる解答を与えきれているとは私には思えない。よくも悪くも「学際的」かつ「境界的」と称されるこの分野は、それこそ人によってさまざまな意味と内容をもたされている。いまだ柔らかいこの科学を鳥瞰すべく、日本認知科学会は認知科学に関する日本初の辞典を世に送り出した。

「認知科学とは広い意味での『知』を対象とする」(p.i)と冒頭に書かれている。何とも縛りの緩い茫漠とした定義である。この緩さを反映するかのように、この辞典は、心理学・脳科学・言語学・人類学・医学をはじめとして、統計学・数理工学・コンピュータ科学・人工知能論、さらには哲学・社会学・芸術学にいたるまで、今日の認知科学をかたちづくる広い裾野から約4000語を選び出し、それぞれに200字程度の短い解説文を付けている。

 索引と相互参照を手がかりにして、関心のある項目群を芋づる式に読み進むことができる。小項目主義に徹した辞書づくりなので、関連する事項を軽やかに次々にたどっていくことができる。見たこともない言葉に遭遇する愉しみもある。「引く」だけではなく「読む」ための辞書でもあることを実感した。いま《ゆ》の項目をざっと見てみよう:唯物論、有意差、優位半球、有限状態オートマトン、融即、尤度、誘発電位、有標性、有毛細胞、UNIX、ユニバーサルデザイン、夢の解釈、ユング心理学——くらくらするほどの上空から下界を見渡しているようだ。地平線の先にもまだ何かあるのだろうか?

 辞書を「つくる側」が費やしたエネルギーと経験した労苦は、えてして「使う側」にうまく伝わっていかないもの。新しい辞書が出るたびに、使い手はその「美味な果実」だけをつい味わってしまいがちだ。もちろん、生物学の観点からすると、疑問のある項目がないわけではない。しかし、何よりもまず、このような大きな辞典が日本で出版されたことを心から歓迎したい。この『認知科学辞典』、高いけれども確かにおいしい。

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「心」は異性が進化させたのか——性淘汰理論の最前線

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 きわどいテーマの進化本だ。曲解や拡大解釈をしようと思えば、これほど容易な本はない。冒頭で著者は、本書全体の柱となる主張——「私たちの心は、生存のための装置としてではなく、求愛のための装置として進化した」(p.4)——を提示する。誤解してほしいと言わんばかりだ。

 しかし、本書を正しく読むポイントは「配偶者選択による性淘汰の理論」——配偶者として異性に選んでもらえるような特徴が進化してくること——の理解にある。チャールズ・ダーウィンが1世紀以上も前に提唱したこの進化メカニズムは、ごく最近にいたるまで、進化学者の間ですら正当な扱いを受けてこなかった。

 著者は、まずはじめに、性淘汰理論がなぜ進化学において継子扱いされ続けてきたのかを明らかにする。そして、この20年ほどの間に復活を遂げたこの理論を武器にして、現在の進化心理学が解明を目指している「ヒトの心の進化」をターゲットにして話を展開する。話題は実に広範である。男女の体形の差異に始まって、言語、芸術、スポーツ、思想、宗教などを取り上げ、それらの進化的起源を性淘汰理論で説明しようとする。

「そんなのただのお話しでは?」——これは予期される反応である。提出された仮説を待ちかまえる洗礼としてのテストは、その次の作業となるだろう。むしろ、本書は、これまで説明に窮してきたさまざまな現象に対する性淘汰理論からの解答を提唱したことに意義があると私は思う。だから、そのまま鵜呑みにしたり、冷笑しておしまいにするわけにはいかない。

 本は読み手だけでなく書き手も選ぶのかもしれない。「ダーウィン革命はもっと性的革命に」(p.9)とか「人類進化をもっと物語的に考えるならば、恋愛コメディ」(p.588)とさらっと書いてしまえる著者が私にはうらやましい。

【目次】
巻I
1.セントラルパーク
2.ダーウィンの非凡さ
3.脳のランナウェイ進化
4.恋人にふさわしい心
5.装飾の天才
6.更新世の求愛

巻II
7.からだに残された証拠
8.誘惑の技法
9.育ちのよさの美徳
10.シラノとシェヘラザード
11.恋人を口説くためのウィット
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
原注
文献
索引

【2巻はこちら】『恋人選びの心 性淘汰と人間性の進化 2』

【参考書】
ヘレナ・クローニン著(1994)『性選択と利他行動』工作舎
チャールズ・ダーウィン著(1999-2000)『人間の進化と性淘汰 1』『人間の進化と性淘汰 2』文一総合出版
アモツ・ザハヴィ,アヴィシャグ・ザハヴィ著(2001)『生物進化とハンディキャップ原理』白揚社

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死してなお生者を翻弄するアインシュタイン——ある都市伝説の顛末

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 不思議な肌ざわりと温もりのある本だ。相対性理論の産みの親である物理学者アルバート・アインシュタインは、1955年に米国プリンストンで死んだ。動脈瘤が死因だった。事の発端は、彼の病理解剖に立ち会ったトマス・ハーヴェイ医師がアインシュタインの脳を「盗み出した」ことだった。本人は盗んだことを否定するが、ハーヴェイ医師がアインシュタインの死後40年にわたって脳をタッパーに入れたまま持ち歩いたことはまぎれもない事実だ。

 たまたまハーヴェイ医師と知り合いになった著者は、アインシュタインのホルマリン漬けの脳切片を抱えて、いつの間にか二人で、カリフォルニアにいるアインシュタインの孫娘に会いに行くため、アメリカ横断旅行に出ることになってしまった。本書は、著者とハーヴェイ医師のいささか屈折したそれぞれの私生活を引きずったこの珍道中の行く先々での旅日記である。

 何といっても世紀の天才アインシュタインである。レッドパージが吹き荒れた当時、かのフーヴァー元FBI長官はアインシュタインに共産主義者の嫌疑をかけていた。そればかりか、存命中から奇行の多かった彼はさまざまな都市伝説をもばらまいていた。いわく、「アインシュタインはスターリンのスパイである」「旧ナチス党員と秘密会議を開いた」「大量破壊兵器を密かに開発している」などなど。

 天才の「脳」はその死後もあとに残された生者たちを翻弄し続ける。彼の脳をめぐるさまざまな学説、憶説、伝説の数々がそれを物語る。著者らの二人旅はその象徴かもしれない。B級映画を思わせるどたばたをひき起こした「脳」の切片たちは、最後の章にいたってようやく束の間の安住の地を見出したようだ。

 脳切片になってもなお生者を魅了するのは、アインシュタインという「不朽の聖者」のみがもつ特権なのかもしれない。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
プロローグ:白ウサギ 7
PART 1
1. でこぼこした大きな真珠 16
2. 思わぬ展開 28
3. コレクターズ・アイテム 39
4. 旅は道連れ 49
PART 2
5. ねじれと揺らぎ 62
6. 切りきざまれて 78
7. 私たちの本 93
8. 生涯ひとりの相手とセックスするには 111
9. 神はサイコロを振った 127
10. ハーヴェイ、バロウズを訪ねる 138
11. ありゃあ何だ? 158
PART 3
12. エデンの園 176
13. ペッパー・フォーク 188
14. 僕はあなたの脚になる 200
15. マーキー・タイム 217
PART 4
16. ここより永遠に 232
17. コウモリの翼と超ひも 250
18. 旅路の終わり 265
19. アインシュタインと二人きり 281

その後の話 286
謝辞 299
訳者あとがき 305

【原書】
Driving Mr. Albert: A Trip Across with Einstein's Brain.
Michael Paterniti 2000.

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ミイラに魅入られてしまった自分がコワイ……

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 要するに【人間の死体】の本である。「死体」が好きな読者には、格好の読み物だろう。しかし、生理的に受けつけない向きには、本書を試しに開いて見ることさえ私はお薦めしない。冒頭口絵で、ミイラご尊顔のカラー写真(しかもどアップ!)に対面させられるからである。すぐさま戻るもよし、意を決して中に入るもよし。いったん入ってしまえば、そこには「ミイラ学」の世界が広がる。

 本書は、ミイラをめぐるさまざまな話題——ミイラのでき方、ミイラ取り、ミイラ薬、ミイラ絵の具、古寄生虫学、犯罪、生贄、宗教、政治、果ては現代のエステまで——を取り上げ、一癖も二癖もあるミイラ学者たち、そして当のミイラたちとの対話を通じて光を当てる。7000年前の南米チリのチンチョーロ人ミイラにはじまり、紀元前エジプトの王家のミイラ、中世のキリスト教時代の《不朽の聖人(インコラプティブル)》、そしてソビエトが国家の威信を賭けて「生かし」続けた20世紀のレーニンのミイラにいたるまで、時間と空間を飛び越えたミイラ行脚が本書の読みどころだ。

 それにしても気になる。本書のタイトルは『ミイラはなぜ魅力的か』であって、『ミイラははたして魅力的か』ではない。つまり、ミイラが研究者だけでなく一般人にとっても同等に「魅力的」であることは、本書の暗黙の前提なのだ。

 まさか、と思うみなさんは、かの『ナショナル・ジオグラフィック』誌でくり返しミイラ特集が組まれてきたことを思い起こしてほしい。博物館のミイラ展は、どこも盛況だそうだ。なんてことだ。昔から「われわれはミイラが大好き」(p.323)だったのだ。本書はこのおそるべき事実をさらっと示してしまった。そう思ってもう一度口絵の写真を見直してみると、永遠の存在となった彼らがちょっとうらやましいような、まぶしいような気が……。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
ミイラ会議 23
解体者のナイフ 42
宿主 71
麻薬王 96
クライム・ストーリー 117
西方からの侵略者 141
優等人種 167
ミイラ商人 190
有名人 211
インコラプティブル——不朽の聖人 238
独裁者 262
子供たち 283
自己保存 305
最終章 324
謝辞 326
訳者あとがき 329
参考文献 [1-13]

【原題】The Mummy Congress: Science, Obsession, and the Everlasting Dead.

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発生学の歴史を通して生物進化における異時性の意義を論じた名著

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 本書は,発生と進化の関係を生物学的かつ生物学史的に切り込んだ勇敢な著作である.生物の進化は,受精卵にはじまる生物個体の発生過程(個体発生)と地球上の生命の連続性と多様性を生みだした祖先子孫の歴史(系統発生)との関わりの中で営まれてきた.では,個体発生は系統発生と因果的にどのように関係づけられるのか.この問題は,発生学と進化学にまたがる難問として立ちはだかってきた.

 19世紀のカール・エルンスト・フォン・ベアやエルンスト・ヘッケルに代表される生物学者たちは,生物進化の枠組みへの態度こそひとそれぞれだったが,個体発生と系統発生の関係に対して等しく多大な関心を寄せてきた.しかし,20世紀初頭の実験発生学の擡頭とともに,進化学的あるいは系統学的なアプローチは表舞台からいったんは退いた.実証的でない進化学や系統学に対する批判がこの時期に強まったからである.それでも,発生と系統との関係は進化発生学の「伏流」として,その流れは現在にいたるまで途絶えることがなかった.

 著者は,本書前半の第1部「反復説」では,幅広い生物学史の知見をふまえて,発生学の歴史を振り返り,進化思想がしだいに浸透するとともに,個体発生が系統発生の文脈でどのように捉えなおされていったのかを追究する.ヘッケルが1866年に提唱した「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説のルーツとその波及効果を著者は執拗に探る.続く第2部「異時性と幼形進化」では,個体発生過程の進化的変容を異時性(ヘテロクロニー)の観点から整理し,生態学における生活史戦略理論(r,K戦略)に則って,適応戦略としての異時性の系統発生を論じる.

 本書が出版されてからすでに四半世紀が過ぎ,異時性と生活史戦略とを直結させた第2部の内容そのものはすでに時代遅れとなっている点は否定できない.むしろ,最近の進化発生生物学(Evo-Devo)の急速な勃興とともに,個体発生と系統発生の歴史的に深い関わりを論じた第1部の科学史的内容がいまなお参照され続けているという事実は,本書の価値が永続的であることを証明している.

 エッセイストとして著名なグールドであるが,本書のようながっちりした本にも彼独自の持ち味がそこかしこに見られる.肺癌で惜しまれつつ亡くなったいま,後に残された読者は,彼の残した〈古典〉を再びひもとくことで,失われたものの大きさを痛いほど感じるにちがいない.

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)



■スティーブン・ジェイ・グールド氏が5月20日急逝されました。ご冥福をお祈りいたします。(bk1)
■追悼・スティーブン・ジェイ・グールドはこちら

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紙の本ゼロの博物誌

2002/05/13 22:15

「ゼロ」の系譜は、深く冥い源に発し、世界中に広がっていった

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 博学ここに極まる読後感である。「ゼロの博物誌」という風変わりなタイトルも一読した後ならば、十分に納得できる。本書は、数概念としての「ゼロ」がどのように人間の概念世界の中に生じたか、そして錯綜した歴史を経てどのように全世界に広まっていったかを古今東西の文献・資料に基づいて描き出した。数としての「ゼロ」を取り巻いてきた認知的・文化的・社会的な背景が、民族と時代と国家を越えて連綿とつづられていくありさまは読みごたえがある。もちろん、本書を登り切るには、読者にもそれなりの体力が必要なのだが。

 数ある「数」の中でも、なぜ「ゼロ」だけがこれほど豊かな歴史を持ち得たのだろうか? 著者は「ゼロは数の王国を広げる力があるにもかかわらず、ゼロが数として扱われてはいないらしい」(p.101)という矛盾に満ちた性格づけをゼロに与えている。その原初形態を求めて、読者は、著者とともに、ゼロの発祥地である古代インドの経典を探り歩く。歴史の闇の中に姿を表すゼロの遠い祖先「スーンヤ(空)」は、インド哲学の核心にほかならない。

 このスーンヤを大祖先とする「ゼロの系統樹」が、本書のちょうど中央あたりに見開きで大きく描かれている(p.134-135)。私はそれを見て本書の意図が理解できた気がした。ゼロの博物誌とは、ゼロの系譜学だった。東洋のルーツに発するゼロの系譜は、イスラム圏を通って、ヨーロッパに到達したのち、大きく枝葉を繁らせた。本書の後半では、複素数や無限小などの数学史の話題を振り返りつつ、ゼロの果たしてきた役割をたどる。ライプニッツ、ヴィトゲンシュタイン、フォン・ノイマンら多くの著名人が思わぬところで顔を出す。

 性急に結論を求めても、きっと本書はそれには答えてくれないだろう。むしろ、著者とともに、時空を行きつ戻りつしながら、ゼロのたどってきた道のりをじっくりと味わうのが本書の望ましい読み方なのかもしれない。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
謝辞 9
0.レンズ 13
1.心が物に跡を刻む 17
2.ギリシア人にはそれを表す言葉がなかった 29
3.旅人たちの物語 47
4.東へ 57
5.塵 75
6.未知数へ 85
7.パラダイム変動 101
8.マヤの話——数えることの裏面 117
9.苦心の末 129
  1. 空虚の使者たち
  2. アウグリムの暗号
  3. 今年,来年,そのうち,いつか
  4. それでも動く
10.天使たちをもてなす 161
  1. 無の力
  2. 知らなくてもわかる
  3. この景色の構造
  4. 何も残さない
11.ほとんど無 199
  1. 傾き
  2. ふたつの勝利,ひとつの敗北,遠い雷鳴
12.それは実在するのか 239
13.蜘蛛のいる風呂場 259
14.いつもの午後の国 267
15.リア王は正しかったのか 277
16.考ええないもの 293
訳者あとがき 299

脚注と文献リスト
※脚注と文献リストはpdfファイルで配布されている(ただし英語).分量はA4版でおよそ80ページもある.

【原書】
Robert Kaplan 1999
The Nothing That Is: A Natural History of Zero.
Oxford University Press

【関連書】
吉田洋一著『零の発見 数学の生いたち 改版』岩波新書
A.K.デュードニー著『数学の不思議な旅 ピュタゴラスの定理から超数学まで』青土社

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紙の本生物体系学

2002/05/10 22:15

新たな進化体系学から生物分類を見直す試み

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 生物分類学は、地球上に存在する(した)膨大な生きもののカタログをつくるという大事業を進めてきた。本書の著者は「生物を発見し、記載するという使命」(p.302)が分類学者にはあるのだと言う。確かにその通りだ。地球的な規模での絶滅のリスクが高まる現在、生きものが消滅する前にその存在記録を与えることは急務だ。

 本書は、生物分類学の現場での仕事をふまえて、分類の理論、実践、問題点、そして将来ビジョンを描きだした本である。著者自身によるオリジナルな考えがいたるところに見られ(とくに第1章)、生物形態を記載する分類学および地理的分布を記載する分布学が「非時間的学問」(p.70)と規定されるなど、きわめて刺激的な内容を含む。

 ただし、生物分類学・生物地理学の基本的な理論構造を分析し、新しい分科体系を提唱する第1章から読み始めるのはきつい。むしろ、著者が長年にわたって携わってきたハネカクシ類(昆虫)の分類研究事例が含まれる第3章(分類学)と第4章(分布学)の方がむしろ取りつきやすいだろう。その後、第2章の科学史的記述を通して、ギリシャ時代以降の生物分類学がたどってきた道のりを振りかえると、著者がなぜいま生物分類学の再興が必要であると確信するようになったのかが見えてくる。そして、最後に、もっとも哲学的な内容をもつ第1章に戻れば、著者の目指す「新しいタイプの進化体系学」(p.55)がどのような文脈のもとで構想されるにいたったのかがきっと理解できるだろう。

 本書の最初の構想は20年あまり前にさかのぼると著者は告白する(p.298)。実際に生物分類の現場に身を置きながら、学問としての生物分類学のあり方について徐々に思索を重ねた産物が本書であると私は感じる。決して読みやすい本ではないが、生物多様性に関心をもつ一般の読者に、そして将来を担う「若手分類学者を対象として」(p.208)向けられた著者のメッセージを正面から受け止めたい。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【目次】
はじめに——生物体系学:その新たなる出発 i
第1章 体系学(systematics) 1
第2章 体系学の歴史と様々なアプローチ 77
第3章 分類学(taxonomy) 176
第4章 分布学(chorology) 268
おわりに 298
引用文献 303
索引 328
★詳しい目次はこちら

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『ポストスクリプト』における確率論——験証度と確率の傾向性解釈

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 本書上巻の主題である、仮説のテストに関わる帰納や反証可能性の論議はポパー哲学の中ではよく知られている部分である。それにひきかえ、本書の下巻で論じられているテーマ——仮説の験証度(裏付けの度合)に関わる確率論的論議、ならびに第2部を構成する確率の傾向性解釈の理論は、一般にはほとんど知られていない。

 下巻第1部第4章「験証」で、ポパーは、ある背景的知識のもとで証拠が仮説に与える確率の関数として験証度を定義し、その解釈について詳細に論じる。験証度とは「理論がテストに耐えた度合」(下巻,p.19)であり、正当化主義に連なる危険性をもつ帰納論理学の確証度とは異なる点が強調されている。

 下巻後半の第2部「確率の傾向性解釈」は、一般の読者にとってはいささかハードルが高いかもしれない。ここでは事象の確率そのものの解釈が中心テーマである。通常の頻度的解釈や主観的解釈を排して、ポパーは確率の傾向性解釈——ある事象が生じる確率はそれを「ひき起こす物理的趨勢ないし傾向性」(p.92)とみなす解釈——を支持する。確率論や統計学の世界では彼の傾向性解釈は必ずしも認知されてはいないが、ポパーは『ポストスクリプト』全体にわたって、彼の解釈をさまざまな方向からテストしている。

 昨今のポストモダン科学論の弊害は、多くの科学者が(たとえ言葉に出さなくても)すでに感じ取っている。ポパーの批判的合理主義は、科学とそのあり方について多くを教えていると私は思う。本書の伝えるメッセージを深く汲み取りたい。

 今回の翻訳によって、『ポストスクリプト』の前半を占める主要部分が日本語で読めるようになったことは歓迎される。『ポストスクリプト』第2巻『開かれた宇宙』は同じ訳者によってすでに翻訳されており、残るは第3巻『量子論と物理学の分裂』のみとなった。全巻が訳されたときには、ぜひ「ポパー著書・関連書案内」を付けてほしい。

(三中信宏/農業環境技術研究所主任研究官)

【本書目次】

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