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    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

郊外の住人さんのレビュー一覧

投稿者:郊外の住人

2 件中 1 件~ 2 件を表示

静かなる抵抗

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

僕は、いま、なぜ小熊英二がこの小品を刊行したのか、そこに注目したい。
 たったいま、この現在を「戦時下」とするなら、それこそ湾岸戦争時に、柄谷行人ら、当時、文壇のみならず、各界に絶大な発言力を持っていた文学者や批評家などが主導して、ささやかではあっても明確なる「反戦アピール」を実践し、それがある程度の効力を持ったように、ふたたび、彼らが「反戦」を唱えることがあって良いと考えていた。しかし、柄谷はそれをしない。むしろ社会的現実との繋がりを拒否し、自らの思考の足跡を辿る全集の刊行に躍起になり、第一線からは身を引いてしまった。つまり、「柄谷行人の時代」は終焉を迎えたのである。
 柄谷の時代が終焉を迎えたいま、『と』という戦後史の総括をたった一人で鮮やかに物し、老若男女を問わず、誰にでも読めるかたちに纏めあげ、一人でも多くの若い人々に「戦争の記憶」を継承しようとした小熊がその任を継ごうとしている。
 だからこそ、いま、この現在を「戦時下」と認め、アメリカ研究の専門家でもない小熊が、若書きの面映さも省みず、あえて「戦争」の意味を問うことが尊い試みであることに気づかなければいけない。
 アメリカを知っている云々ではない。小熊は、「戦争」の意味を問うているのだ!

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<普通の市民>の怖ろしさ

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

面白い。小熊氏の本にしては小さめだが、これまでと変わらず読みやすく、一気に読める。
この本の面白いところは、「つくる会」を支持している(「していた」の方が正確か)のがどういう人びとなのかを立体的に描き出しているところだ。それが全然「右翼」じゃない。自分たちでも言っているようにごく「ふつー」な人びとなのです。確かに戦争経験ばりばりの人もいるにはいるんだが、彼らは会の中で浮いちゃっている。あとは学生や主婦や、サラリーマンばかり。ぜんぜん過激なことなんて言わないし、思ってもない。ほんとに「ふつー」だし、僕らと全然変わらないじゃん、と思わされる。「つくる会」の主張に賛同したわけだから、もちろん「天皇陛下、万歳!」かと思ったら、それも違う。じゃー何で「つくる会」を支持するんだよと思っていたら、彼らにとっては結局、自分が同化できる対象が強ければ何でも良いみたいで。だからもしかしたら、彼らはいずれ自分でもよくわからないうちに「サヨク」になっていたりもするかもしれない。石原慎太郎氏がいなくて、田中康夫氏みたいな左派系のポピュリスト(と言ったら失礼かな)が都知事に立候補して「うまい」こと言ったら、あっさり鞍替えするかもしれない。でもそういう人が都会の(「郊外」のと言った方がいいのか)圧倒的多数になっちゃっている。みんながみんな「ふつー」を自称しているんだから、「つくる会」に代わる右派ポピュリズム運動が発生したら簡単に回収されちゃうんじゃないかなと思うと、怖いなーと感じる。北朝鮮がこの先、少しでも揺さぶりをかけてきたら一気に「先制攻撃せい!」ということにもならないとは言えない。それも「アメリカ」みたいな強者がバックにいるから言えるわけで。というわけで、自分はどう考えるのかという審美眼みたいなものが自分のなかにないと、「ふつー」を自称する人びとは結局はそのときどきの雰囲気次第で、あっちに行き、こっちに行きしてしまう。その数の多さがハンパじゃない。周りを見渡せば、みんながみんな「ふつー」を自称している。それが怖いのです。

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