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  3. 星落秋風五丈原さんのレビュー一覧

星落秋風五丈原さんのレビュー一覧

投稿者:星落秋風五丈原

388 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本大奥 第1巻

2005/11/17 06:37

男たちの大奥

24人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ある時、男性ばかりが感染する謎の奇病が流行したため、男性の人口が著しく減少。よって労働を女性が担うようになり、家督相続も女が行う。もちろん将軍も代々女性なので、大奥は当然男性ばかり。貧しい武士・水野は、自ら乞うて大奥への出仕を願い出るが…。
『パラレル大奥』の話になるらしいというのは、雑誌予告で前々から聞いており、最初から「男性と女性が逆転した世界」が、ただぽんと出てくるのかと思っていた。ところが第一話で、なぜパラレル=男女逆転状態になったかという理由をちゃんと説明している。折しも現実でも「性別」に「役割」を割り振るのではなく、必要に迫られて「役割」に「性別」を当てはめる事態が起こっている。はからずも非常に似た現実を横目で見ながら、仮想現実の世界を楽しむという事が可能になってしまった。
勿論別段のテーマを設けずとも、本作は漫画自体で十分楽しめる。第一部の主人公・水野は、どんな境遇にあっても、自分らしさを貫く潔いよしながキャラであり、吉宗も、クールで決断力のある第二の主役として魅力たっぷりだ。姓からの連想で、てっきりこの先も水野と吉宗の中が続くのかと思ったが、あっさりと新章では江戸時代初期の大奥が取り上げられている。史実を良く知る人は、今後そちらとの比較をしながら、一体どのように辻褄が合うのか、或は合わなくなってゆくのかを見てゆくのも面白い。
『愛すべき娘たち』でもそうだったが、よしなが作品は、その終わり方が、意外性に富む。ボーイズラブものだと、「誰と誰が恋に落ちて結ばれる」或は「別れる」いずれかの選択だろうと、漠然と予測がつく。だが『大奥』では、著者が一体読者をどこに連れて行こうとしているのか、全く予測がつかない。
けれど、「分からないから読みたくない」のではなく、「分からないから読みたい」と思わせる力を、この作品は持っている。着地点が早く見たいような、壮大な大奥絵巻をずっと見ていたいような。こちらもまた、パラレルな心もちである。

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紙の本ツナグ

2010/11/26 21:04

そして全てがツナがれる

14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

死んでしまった人にもう一度会いたい。
誰でも一度くらいはそう思うだろう。でも、現実的に不可能だから、皆会いたい気持ちに蓋をして、これからの現実を生きていく。
本書は、そんな現実的な私たちに、ほんの少し夢を見せてくれる。

死者にもう一度会わせてくれる使者<ツナグ>という存在のことが、都市伝説のように囁かれる。その存在を信じ、かつ自分も願い、相手も自分に会いたいと願ってくれないと、再会は叶わない。そして、会いたいと思った生者にとっては、死者と会う機会は一度だけ。同時に、死者にとっても、生者と会える機会は一度だけ。何しろ現実にあり得ない事態だから、それなりの縛りもないと、なかなか納得はできないだろう、という配慮だろうか。

さて、そんな数々の困難?を乗り越えた4つの再会がここで描かれる。会いたいと思った理由が明かされる過程はミステリーの要素を持つ本書は、話の内容によって家族物語、恋愛物語、青春物語とさまざまな貌を見せる。さらに、再会までの過程をただ追うにとどまらず、出会いを経験する前と後の登場人物たちの変化も垣間見せてくれるので、一冊でいくつも楽しめるお得版だ。

さて、本書は連作で一話完結だが、読んでいくうちに「おや?」と首をかしげる方もいらっしゃるのではないだろうか。ただ役目を果たすだけに思えた或る人物が、話が進むにつれて、少しずつ変化し始めているのだ。その人物に関する描写は当然極力抑えられているが、少しずつ情報が小出しにされており、想像力をたくましくさせる。その人物の謎が明かされた時、我々は複線の数々に思い至り、これまで読んできた各話を、再度読み直してみたいと感じるだろう。

死者との一度だけの再会という悲しいテーマを秘めながらも、人の優しさがベースにあるため、読んでいてとても気持ちの良い作品であった。

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紙の本縞模様のパジャマの少年

2009/01/26 21:57

フェンスのこちらと向こう側

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なぜ、このタイトルなのだろう?と思った。
「ふたりの少年」でも「戦場の子供たち」でもなく。そもそも、主人公であるドイツ人の少年ブルーノは、縞模様のパジャマ-もちろんパジャマなどではないが-を着て暮らしていないのに。
だが、読み終えて、やはりこの作品には、このタイトルでなければならないのだと思った。

みなまで語ることは控えよう。なにしろ、この作品は、肝心なところの描写がことごとく省かれている。例えば、ユダヤ人の少年シェムエルが、食事をこっそり食べているのをドイツ人の少年兵に見つけられた時。ユダヤ人の元医師が、食堂でワインをうっかりこぼしてしまった時。読者の想像力に委ねるためだろうか、それとも、第二次戦下で、そのようなことが起こった時に、ユダヤ人がどういった扱いを受けるのか、戦後生まれの我々でさえ想像がつくからだろうか。

だが、物語では、たった一度だけ、想像がつかないアクシデントが起こる。ブルーノにさえ、想像もできなかった。だが、やはり、そのアクシデントの後に何が起こったかは描かれない。そしてたった一度のアクシデントが我々に伝えるのは、ここに描かれた出来事は、決して他人事ではないということだ。物語の結びの言葉も、それを反映していると思われる。

さて、この作品はマーク=ハーマン監督によって映画化されるそうだ。
この作品が多くの人の目に触れる機会があることを願ってやまない。


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紙の本小暮写眞館

2010/06/09 22:36

あらまほしき子供たち

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

高校生英一の両親、花菱夫妻が、結婚20周年を機にマイホームを購入したが、普通の家ではなくてスタジオつきの家だった。昔通りの写真館だと思い込んだ高校生が、不思議な写真を持ち込んできたことから、英一の心霊写真バスターとしての活躍が始まって…。

この作品といい、現在小説新潮で連載中の『ソロモンの偽証』といい、宮部さんの描く少年少女って、今の子供たちにはない青臭さというか、真っすぐさを持っている。現実を知りすぎている元少年少女たちにとってはいささかくすぐったいかもしれない。だが、問題やら欠点はあるけれど、基本はあまりにいい子たちばかりなので、最後がそう悪いものにはならないだろうな、という無言の安心感があって読める。

そうだったんだよね、と作中人物に語りかけている顔を、振り返って、そうなんだよ、と読者に語りかけていくような感じ。読者への語りかけが押しつけがましくないので、主人公の主張=作者の主張もすんなり聞いていられるところがある。

第一話、第二話と他人の問題に関わってきた英一が、最後に一番身近な家族の問題、そして大切な人の問題に向き合っていくという展開も自然だけれど、最後のエピソードでは写真を生かすのがやや苦しかったような印象もするけれど、全体として読み応えがあり、少年の成長もしっかり描けて好印象。

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紙の本和菓子のアン

2010/05/22 20:39

和菓子もミステリーもアン(案)がなくては始まらない!?

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「赤毛のアン」は言わずと知れた、世界一有名なプリンスエドワード島の女の子。夢見がちで容姿-とりわけ赤毛-をコンプレックスに思いながら勉学に励み、ハンサムなギルバートと恋をする。
さて、そんなアンをもじったのか、それとも単なる「和菓子の餡」のフツー読みかわからないタイトルの本作は、表紙も含めた装丁がとっても可愛らしい。男性諸氏が持っているのはためらわれるかもしれないが、女性読者ならば思わず手に取って読みたくなるのでは?

本作の主人公、杏子はぽっちゃりした容姿を悩みつつ、たまたま雇われたデパ地下の和菓子屋さんでハンサムで出来る店員と知り合う。デパ地下で働く人たちや、訪れる客たちの奇妙な行動から、二人で推理を巡らせる。さて二人の恋が始まるのか?と思いきや、この男性店員がちょっと変わった趣味の持ち主(?)だったため、ストレートな展開にはならない。
日常の謎をさまざまな作品で扱ってきた坂木さんが、今度の舞台に選んだのはデパ地下。ひところブームになって以来、デパ地下自体の浸透度も高く、さまざまな職業の人やキャラクターを登場させやすい舞台で設定にも無理はない。個性的ではあれど、基本的には皆善人である杏子の周りの脇役達も好印象。和菓子のいろいろな意味なども知ることができて一挙両得。
読んだあとには、人が人を思う気持ちの強さ、すばらしさを実感できることうけあい。

抹茶でも飲みながら読んでみてはいかがでしょう。

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他人を理解する、ということ

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「お金がないなら結婚しない方が良い」という言葉が話題になったのは記憶に新しい。だが、この言葉を単独で取り上げれば、そう的外れなことを言っていない。非難されたのは、回答者が、質問者がなぜそう問いかけたかを推し量る余力を持たず、一般論で返したことではないのか。

言うまでもなく、人間ひとりひとりは、環境も性格も違う。だから、第一章「ある夫婦の暮らし」を一度読んで、「自己責任じゃないか」と結論づける人もいれば、自分に引き寄せて考える人もいるだろう。しかし「違う考えの人は永遠にわかりあえない」と結論づけてしまったら、そもそも社会生活は成り立たない。

昔は地縁社会や社縁社会が年月をかけて形成されており、自分とは違う人達が周りにいた。勿論、監視されているような息苦しさもあったが、その代わりに困った時には差し伸べられる手が今よりも多かった。しかし第二章「すべり台社会・日本」に描かれているように、現在では差し伸べられる手が公私ともに存在しなくなってきている。その救いの手がどこからも届かない時に、第三章「貧困は自己責任なのか」で語られているように、ひたすら「自分の責任だから自分で何とかしろ」と言われても、解決にはほど遠い。ここまでの第一部は現状について述べ、第二部では解決への糸口を挙げている。作業現場、公的支援の窓口などの描写から、決して自己責任のみではない複合的要因も見えてくる。ならば、明日は我が身でないという保証もない。自分がそうなるかもしれないから、という理由はフェアではないかもしれないが、『社会の溜めの必要性』『他人を理解する大切さ』を強く感じた。

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紙の本泣き虫弱虫諸葛孔明 第2部

2007/03/25 11:32

孔明火のない所に煙を立たす

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

さて、実に二年三ヶ月ぶりの酒見版『三国志』第二弾の登場である。本書に書かれているのは、年号で言えば、二○七年〜二○八年の出来事である。実はこの期間、二年という短いスパンであるが、孔明の『出廬』『博望坡の戦い』『長板坡の戦い』など、蜀ファンが泣いて喜ぶ名場面がズラリと揃っている。そしてまた、書生あがりの頼りな気な孔明が、関羽・張飛・趙雲の武勇と劉備の人柄で保っていた集団に、知略という異質の存在を持ち込み、戦績により地歩を固めてゆく過程が描かれる。孔明ファンが、来る赤壁の大舞台に向けて次々と打たれる布石-彼の活躍-を見んと、目を輝かせて見守る様が、目に浮かぶようだ。
ところがそんな読者の瞳は、輝くどころか一挙に大きくなったまんま、戻らないかもしれない。まあ、第一作を読了した方達は、「軍師としての階段を駆け上っていく孔明」などという、従来のイメージを踏襲するなどとは、もう期待していないだろうが、そうでない方にはあらかじめご警告申し上げる。
ここにいるのは「弱者を守るためにいつも割を食う義の劉備軍団」ではなく、「いきあたりばったりにやった事が、結果として後世に高評価を受けてしまったヘンな集団」である。孔明はやたら火をつけたがるし、張飛は「気は優しくて力持ち」という可愛いレベルではなく、自らの中の暴力を抑えられないコワイ人だし、劉備も調子いいだけの無策者。新野からの脱出行で、劉備が民衆に呼びかける場面は、伝説のTV番組『アメリカ縦断ウルトラクイズ』そのものだ(p261)。「民衆心理は今も昔も変わらないという事か」と変な所で納得してしまうが、閑話休題。庶民や他国のエライ人(曹操も含め)が、こんなヘンな集団のとばっちりを受けて右往左往する…という、「歴史ってこんなものでいいのか?」と言いたげな事象ばかりが展開される。しかし、これだけ活躍が「描かれず」英雄が「パッとしない」にも関わらず、面白い三国志というのも稀有であろう。だが今まで氏が好んで主人公としてきたのは、見た目パッとしないキャラ、脇キャラが多い。『後宮小説』の田舎娘・銀河、『墨攻』のむさいなりで現れた軍師・革離、『陋巷に在り』の顔回…。普通の人達が、自分達がごく普通だと思われる事をして、歴史が動いていく(一部虚構もあるが)。その基本パターンが変わらないから、酒見ファンはどんな変化球が飛んでこようと、安心して見ていられるのかもしれない(本当か?)。直球好みの読者には、相当癖が強い作品だが、思いきりバカバカしく笑いたくなった時には、是非この本を手に取ってみる事をお勧めする。
だが間違っても、『三国志』の再検証には使用されませんように。

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紙の本ルポ雇用劣化不況

2009/08/31 22:08

大雪山事故は 一年も前に予測されていた!

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書第3章「しわ寄せはお客様に」で、2008年春に派遣添乗員から聞いた話が登場する。山岳ガイドを雇わないスイスの山岳ツアーを任された派遣添乗員が、自らがハイキングを決行するかどうかを迫られた、というのだ。彼女はツアーを見送ったが、同じくガイドがつかない他社のツアーでは、天気を読み切れない添乗員が決行したため、旅行者は濃霧に迷ったという。幸い旅行者は生還した、どこかで聞いた話のように思った。今年七月に起こった大雪山事故である。旅行客と共に死亡したのは、正社員ではなく契約社員。正社員は助かっている。

最近海外旅行で添乗員の社名を聞くと、親会社の名前をつけた別会社に所属していることが多くなった。正社員か派遣社員かまでは尋ねないが、あまり旅行客はそういったことは意識しない。要は、安全に、自分達の行きたい所に連れて行ってくれ、何かあった際に責任ある行動を取ってくれれば、身分は構わないからである。

ところが、勤務形態の違いによって、その責任や業務範囲に差があるということは、旅行規約にはうたわれていない。ただ、価格が安いだけだ。そうなると、旅行客は安いツアーを選びたくなる。でも、我々は、自身の安全まで安く見積もってもらおうとは思っていない。問題なのは、見えないところで、大切なところのダンピングが行われ、結果、サービスを受けるはずの顧客が一番不利益を被るということだ。つまりは、このタイトルの通りである。

働く者も疲弊し、劣ったサービスを受ける側も、時に生命の危険にさらされ、危険からかけ離れた所にいる者だけが利益を得る。こんな図式がまかり通っているのは、旅行業界だけではない。我々は、この数年、雇用を劣化させることにより、安全な環境をも劣化させてきたのだ。
我々が望む本当の豊かな社会とは何が豊かな社会なのか。
さまざまな取材から浮かび上がってくる現実を知り、今一度考えてみてはどうだろうか。

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少年は戦場へ旅立った

2006/03/16 01:46

旅立ちの代償

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

普通は、「旅立った」とは言わない。
行く前に「あそこへ行こう、行ったらこれをしよう」とわくわくし、
帰ってきてから、「うーん、あそこはイマイチだったけど、ま、面白かったな」なんて、気楽な感想を漏らす。それでエンドマーク。旅とは、大抵はそんなものだ。でも戦争は、そうじゃない。だから「旅立つ」という言葉を使わず、「行った」を使う(『ジョニーは戦争へ行った』など)。ところが本篇の主人公チャーリーの、戦争に行く前の気持ちときたら、旅立つ前のそれと変わらない。だって彼は、これから戦争に行くというのに、「自分が死ぬとは思っていない。銃弾をあびて負傷することだってぜったいにないと思っている。そんなことはこれっぽっちも考えていない(p23)」のだから。何とお気楽な、甘い考えだ。そう考えるのは、読者が彼の経験した南北戦争を、俯瞰できる存在だからだ。もし我々がその場にいたら、彼と同じように、浮かれていたかもしれない。大人達が賛成しているし、給料も出る。この旅を止める理由など、ない。サーカスにも行った事がなく、ミネソタ州の町、町から五マイルほどの川と、住んでいるこの町しか知らない彼にとっては、戦争は、ちょっと長い旅行と変わらないのだ。
チャーリーと、彼を取り巻く時代の雰囲気を描く事で、著者は俯瞰していた我々を、ごく自然に、すいっと物語の中に引っ張り下ろしてくれる。そしてその目線のままに、我々はチャーリーの見たものを見る。自作について、「そこで起こっていることの全ては事実である」と、リアリティを強調する著者だけあって、情景描写は細部に至るまで丁寧に書き込まれている。「僕はもう一人前の大人だ」と思いながら列車でうとうとした場面から、本物の戦闘への切り替えも見事だ。ここから、刻々と変わってゆくチャーリーの心理描写も、情景描写同様丹念に描かれている。死ぬ事など考えてもみなかったチャーリーが「たくさんの人間が死ぬだろう。生き残る者もたくさんいるかもしれない。だが、一つだけはっきりしていることがある。自分が死ぬということだ。(p46)」と思うようになる。戦闘を通じて、彼は次第に死の恐怖に取り憑かれてゆく。そうなると、次に考える事は、一つしかない。自分が死なないためには、どうすればいいか、だ。平時に人を殺せば殺人だが、戦争で人を殺せば英雄。同じ人が、場合に応じて、どうしてそんなに割り切って考えられるのか、ずっと不思議だった。でも、本篇のチャーリーの心を追ってゆくと、不思議ではなくなった。こうならざるを得ないだろうと、ごく自然に納得してしまう。彼の心を、兵士の心(原題)にしたものが、我々の頭上に被さって来ない保証はない。百年以上も前の、ごく普通の少年・チャーリーに起きた事は、決してひとごとではないのだ。

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紙の本名作に描かれたクリスマス

2006/01/03 15:36

著者からのラスト・プレゼント

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

山下達郎の『クリスマス・イヴ』、ワム!の『Last Christmas』が
一ヶ月間街を席巻した後、クリスマスを境に、がらりとお正月仕様に変わってしまう日本。だが海外では趣きが異なる。クリスマスが過ぎても、厩でのキリスト生誕シーンが教会の外に残っていたり、クリスマスツリーがしまわれずに飾ってある。これは別に、海外の人々がずぼらだからなのではない。ツリーはキリストが洗礼を受けたとされる一月六日まで飾っておくのが決まりなのだ。ちなみに、クリスマスから一月六日までの十二日間は『十二夜』と呼ばれる。こう書けば、シェイクスピアを読んだ人なら、離ればなれになった双子の兄妹が、再び出会うまでを描いた『十二夜』を思い浮かべるのではないだろうか。男装した主人公が、自分の主人が恋する相手に惚れられてしまう悲喜劇は、どんな事が起きても不思議ではないとされるこの時期にぴったりだ。
本書は、名作に登場した数々のクリスマスについて紹介すると共に、クリスマスの料理、ツリー、サンタクロースの歴史についてもふれている。「クリスマスなのに、うちは何にもない!」と四姉妹がぼやくシーンから始まる『若草物語』はつとに有名だが、他にも「おや、こんなシリーズにもクリスマスが登場している!」という発見があり、幼い頃に読んだ名作を、再読してみたくなるかもしれない。そうそう、2006年公開されるC・S・ルイス原作の映画『ナルニア国物語 第一章 ライオンと魔女』にも、ちゃんとクリスマスが出て来る。魔女に支配された国、ナルニアでは、ずっと季節が冬なのに、クリスマスが来ない。だがアスランが動き始めた事によって、サンタクロースが現れ、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィに、白い魔女と戦うための道具をプレゼントしているのだ。カラー写真や参照した作品情報も充実しており、欧米のクリスマスの雰囲気を感じ取れる。尚、本書の著者であり、ドイツ語翻訳家でもある若林ひとみさんは、2005年11月25日永眠された。最後に素晴らしいプレゼントを残された著者に、心からの感謝の意を表したい。

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「いかに戦ったか」だけでなく「何を考えたか」が描かれる三国志

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

中国ものを書いている諏訪氏の存在を知ったのは、三星堆文明を扱った「さんそうの仮面」だった。豊富な知識をわかりやすく見せるコツを心得た人、という印象だった。
吉川英治氏が、自作『三国志』で「この物語の前半の主人公は曹操、後半は孔明」と述べていた。諏訪氏は初回で、孔明に曹操と出逢わせ、彼等が実は非常に似ているタイプである事を度々暗示する。手を組む事が可能だったかもしれないのに、何故赤壁で敵対しなければならなかったか?その理由となる二人の考え方の違いや、平和を望みながらも対極にある戦いを担当する軍師に就いた孔明のジレンマが、本作ではじっくりと描かれる。
主人公を評価しつつも、その甘さを指摘するタイプと、シニカルに主人公及び全体を眺めているタイプを必ず登場させるのが諏訪作品の常。
本作では前者が士元、後者が曹操の侍医とされる華佗。後に華佗の役割は、泣いて斬られる馬謖に引き継がれる。彼等を初め、三国志でお馴染みの面々が登場するほか、趙子龍の姉や孔明の許婚、劉備の第二夫人など、従来小さい役割だった女性たちがクローズアップされる。戦いの記録であった三国志の中で、文官達が数多く登場する。また曹操や司馬懿等、実際に会ったとはされていない人々と、孔明との会話を描く事で、対立という図式でしか語られない彼等の考え方の違いを浮き彫りにする事に成功している。
シノワズリシリーズに登場した安徽生も、華佗の義父として再登場。不老不死の薬を探しに行かされる徐福の逸話にも登場させているので、安徽生は、実は諏訪氏のお気に入りキャラクターかもしれない。

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紙の本派遣の逆襲

2009/08/17 07:04

最終目的は 逆襲にあらず

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

NHKで、大阪での元派遣社員の就職活動を追ったドキュメンタリー番組を視聴した。
ドキュメンタリー番組だから勿論筋書きはない。ないのだが、今までならば予測された「本人の努力によって就職への希望が見えた」という、予測された落としどころが登場しなかった。勉強した結果が就職に結びつかず、彼等はいまだ安定した雇用についていない。本書にも総務大臣政務官の言葉が登場するが、よく「就職できないのは個人の自己責任。本人の努力が足りない」と言われる。だが、ドキュメンタリーや本書を読み、自分の努力だけではどうにもならない、もっと大きな力によって、現在の状況になっていることが、改めて感じられた。
タイトルは「逆襲」と銘打たれているが、派遣社員の要求が全て呑まれたわけではない。某派遣会社で、どう考えても不当なデータ装備費は返還されたが、賃金のダンピング、日雇い派遣禁止への根強い反対など、まだまだ問題は山積みである。
それでも、まずは、知ることが大事だと思う。会社に声をあげずにいた不満や正当な要求が、個人でなく団体として要求することで受け入れられる過程。実際の日雇い派遣の労働状況。知らずにいれば「自己責任論」として他人事として片付けていたことでも、知れば、自分の問題として身近に考えられるのではないだろうか。今後、正社員解雇が増えると予測されており、登録型派遣やスポット派遣に従事する人々は増える。労働問題自体、働く人の雇用形態によってひとごとか、そうでないかと分けられるものではない。自分がその身になってから考えるのでは、遅いのだ。

事実や体験したことのみを述べてある、信頼のおける書だった。

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紙の本石油!

2008/06/20 00:19

これはアメリカの血であり アメリカの肉である

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

石油をテーマにした映画といえば、ジェームス・ディーンの主演映画『ジャイアンツ』が、まず頭に浮かぶ。家柄も財産も、何一つ持たなかった青年が、石油を掘り当てたことで億万長者になってゆく。でも、今や石油は、一個人が成功する手段ではなく、巨大企業、いや、国が、そのために戦争を起こす目的となったのだ。

現実の石油王をモデルとした本作は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』として映画化された。しかし原作は、石油を「手段」として富を築いたJ・アーノルド・ロスの息子バニーを中心に描かれており、そのため、一代で石油王となった父(映画版では名前がプレインビューとなっている)の生きざまをメインに据えた映画とは少し趣きが異なる。例えば、女性が登場しなかった映画版とは異なり、ロスは晩年、降霊を信じる女性との結婚を息子に打ち明けている。また、共産思想にかぶれた息子に悩まされ、陰で人を使って操るようなことをしながらも、最後まで彼を愛し続ける。つまり幾分人間くさいキャラクターとなっており、小説版の父親像の方が、むしろ読者にとっては親しみ易いのではないだろうか?

無学だが世間の理を知っている父。大学にまで進むが、理想と現実の狭間で悩む息子。通常なら、この親子の葛藤を物語の柱として書き進められるが、本作は違う。著者は、親子の葛藤=人よりも、彼等を材として、石油によって変わってゆくアメリカ=社会、時代の方をより描きたかったようだ。とはいえ、バニーのビルドゥングスロマン的要素が全くないわけではない。弟よりも、遥かに生き上手な姉バーティ。幼い頃からの友人だったポールと妹のルース、ポールの兄で聖職者のイーライ、女優のヴィー、石油業者連盟の常務でヴィーの愛人でもあるヴァーノン・ロスコー。彼等との出会いを通じて、「銀のお盆に載せて何でも欲しいものを渡して貰っていた(p251)」バニーは、自分の生き方を選びとってゆく。勿論、複数女性とのロマンスも描かれるが、恋愛描写は現代ものと比べるとややあっさりしている。また、文章がやや硬いと感じる方もいらっしゃるかもしれない。

映画では描かれなかった、もう一人の石油王の生涯。そして彼を成功させ、やがて、のみ込んでいった国、アメリカ。興味を持った方は、是非ご一読を。

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紙の本僕らは、ワーキング・プー

2007/11/10 09:56

働けど働けど楽にならざり じっと見るのは足の裏?

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

プー。プータロー。その響きこそ可愛らしいが、実情は全然笑えない。生きてる限り、金は出ていくばかり。だからとにかく何でもいいから、働く。仕事の内容や賃金なんて二の次。そうはいってもやっぱり安定したいし、仕事が好きになってきたなら欲も出る。明日行ったら「いきなりクビ」なんて事態に怯えていたくない。一生懸命働く意識と、仕事をやり遂げる責任感は、正社員だって、派遣社員だって、バイトだって持ってるのに、どうして同じに見てくれないの?

そんな不満を抱いているのは、何も日本だけじゃない。本編の原題は『Generazione Mille Euro=1000ユーロ世代』。上記に掲げたような不満を抱きながら、暮らしている、イタリアのワーキング・プア達の事を指している。彼等はいずれも高学歴だ。先ず、主人公のクラウディオ。大企業で働き、自分の能力を発揮出来る職場にいるが、月千ユーロ(約17万円)は苦しい。社会保険もない。クラウディオのルームメイト、ロッセッラの月収はもっと低くて900ユーロ(約15万円)。就職活動中でベビーシッターをしているので、同じく社会保険はない。情報科学科を卒業したのに、未だ能力を発揮する場すらない。ちなみに、イタリアにも人材派遣会社があるらしいが、二人とも登録はしていないようだ。
同じルームメイトのうち、アレッシオだけが、終身雇用の郵便局員となり、安定した収入を得ているが、ジャーナリストという夢を諦めなければならなかった。もう一人のルームメイト、マッテーオは大学生で、就職活動とは現在縁がなく、実家の両親からの仕送りがあり、四人の中では一番お気楽な身の上だ。よって彼等の経済観念や切実さは、少しずつずれているため、時々衝突も起こる。でも、本当に闘う相手がルームメイトじゃない事は、皆ちゃんとわかってる。コネ入社を含む情実人事、長時間労働、「同一賃金同一労働」の嘘。会社だけに都合のいい、学生対象のインターン制度。イタリア社会を取り巻く状況や正社員の横暴ぶりが、日本とそっくりで、泣けてくるやら、腹立たしいやら。自分達の方が給料もらっているのに、出張中の経費を非正社員であるクラウディオに払わせる同行者の正社員。社員並の仕事を任せておきながら、成果は認めてなかなか正社員登用を口にしない部長。飲み会で正社員と会費同じと言われて、ムッとした経験がある方なら、彼の気持ちがわかるかも?
「何かをしなきゃならない。(中略)二人だけで話し合ったところで、状況は何も変わらない(p249)」ハッパをかけられてクラウディオの選んだ道とは?それは読んでのお楽しみ。ラストの切り方がちょっと納得いかないし、夢見たような、スカっとした終わりとはならないけれど、これはまたこれで、現実的なのかもしれない。

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あなたはどんな結婚生活をつくりますか?

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


「愛する人と一緒にいられたら幸せ?」「愛する人と結婚できたら幸せ?」
まあここまでの質問は、結婚目前の女性ならば、迷わずイエスと答えるだろう。
しかし、結婚後しばらくして行う次の質問には、果たして迷わずイエスが返ってくるか?
「愛する人との結婚生活は幸せですか?」

勿論「イエス」と答えられる人だっているだろう。でも、絶対、前の質問に答えた人の全部ではない。そして、「イエス」が言えない人の理由として、「結婚」の後に続く「生活」の二文字に関係がありそうだ。
そして、彼女達の口からは「結婚して初めて気づいた相手の癖」「馴染めない親戚づきあい」等々、日々の生活に結びついた言葉が、次々と口をついて出る。

恋愛だって、必ずしも映画やドラマのようにはいかなかったが、結婚はもっとリアリスティックだ。本書の主人公トレッサも、上記の例に漏れず、成り行きで決めた結婚相手に迷いまくり、結婚後の違和感に戸惑う。「NYで活躍するフードライター」と「アパートの管理人」という、全然異なるバックグラウンドを持っている二人は、「同じ人間なのに、どうしてこうも、違うんだろ?」と嘆きたいような事に次々と遭遇する。ロマンス小説の主人公にありがちな設定ながら、そこで起こる出来事は、甘いロマンス小説とは一線を画したリアルさを伴っている。本書は、現代に生きるカップルの一連の騒動と共に、彼女が「理想的な夫婦」と崇める祖父母夫妻の結婚を並行して描くが、「トレッサが祖父母達の実態を知って、自らの結婚生活を見直す」という定型的な展開ではない。トレッサは、祖母のレシピを参考にして料理を作るが、その回想録は物語の最後になっても開かれる事はないのだ。しかしながら奇妙な事に、一世代を挟んだ祖母と孫娘は、似たような経緯を経て、「本当の夫婦」に辿り着く。

原題は『完璧な結婚生活へのレシピ』である。レシピを読んで料理を作っても、その料理はやがてそれぞれの家庭の味を持っていく。それと同じように、本書を読んで主人公達の結婚生活を読み込んだ読者達も、やがてそれぞれにとってのあるべき結婚生活を見出してゆくだろう。

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