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レビューアーランキング
先月(2017年8月)

青空さんのレビュー一覧

投稿者:青空

3 件中 1 件~ 3 件を表示

潜水艦からみた太平洋戦争の史実と人間の生き様を著した渾身の書

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 自然の原理を利用した精密機械と言われる潜水艦を中心として、第二次世界大戦の終末の状況、潜水艦内で壮絶な自決を遂げた二人の日本海軍技術士官、そして、彼らが愛した家族の戦中、戦後の生き様を貴重で大量な資料を元に書かれた富永孝子による構想20年に及ぶ渾身作である。
 独軍の機密兵器や設計図を満載し、米・英軍から「海の狼」と恐れられた独海軍のUボート234(U234)は、敗色濃厚な枢軸国の反撃の一縷の希望を託されて日本に向けてドイツ北部キール港を1945年3月24日に出航した。いくたびかの攻撃、故障を脱したが、独が連合軍に5月8日に降伏するとこのU234も艦内での大激論の末13日に降伏受理を発信。艦内の友永、庄司両技術士官は目的遂行が途絶えたこと、敵の尋問を避ける為に壮絶な自決を遂げた。そして、14日深夜に独乗組員による手厚い水槽が行われた。漆黒の大西洋は志なかばの日本海軍士官を永久に抱きとったのである。なにも入ってない粗雑な遺骨箱を受け取った妻正子はそれに火を放った。夫の後を追おうとする妻。それをとめた長女洋子。
 友永英夫の無念さは想像を絶する。技術者としての任務にひたすら魂をささげた。心に残ったものは家族への思慕とこれからの祖国であろう。それは多くの行動と文章に現れている。生前に書かれた遺書にも。
 戦場で倒れた数百万人将兵と遺族、現地の犠牲者、そして、特攻兵器で敵艦や敵陣に突入していった者も、昭和の戦いの渦の中に生れてさえいなければ、家族と共に平和な生活を享受できた。富永の言葉を借りれば「夢のような」生活を得られたのに。我々はこの時代の事実を認識しなければならない。家族が空の遺骨箱を国から受けとることのないように。
 友永は、自動懸吊装置と重油漏洩防止装置という世界的大発明を行っている。また、潜水艦内のトイレを改良し乗組員に喜ばれている。友永は人を深く愛していたのであろう。後輩の指導にも情熱を傾けている。激務でも海軍潜水学校教官として教えに通った。潜水学校勤務の日は妻正子にはよくわかった。深夜まで講義の準備をしていても晴れやかに出かけたという。しかし、つらい任務もあった。友永は真珠湾攻撃の際に湾内潜入攻撃用に特殊潜航艇を短期間に開発した。5艇出撃したが全艇生還できず9名が戦死。彼としては、帰還可能性のほとんどない「鉄の棺」と知りつつ苦汁に満ちた設計だったことであろう。
 戦後の日本は、短期間に世界に例のない経済成長を遂げた。その要因には、海軍の技術力が挙げられる。敗戦後の一時期日本を世界一の造船国に仕立て上げたのは、民間企業に入った友永の先輩、後輩ら約700名の造船官だったという。
付記)本だけではなく少しでも友永に接近したいと思い彼が妻正子と暮らした呉に私は行った。呉市街と港を見、そして、海事歴史科学館で友永の直筆のノートや短剣、U234で書いた遺書を見た。「夢のような」生活をする自分は彼らに感謝しつくすことはできない。

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日本の宗教は万物生命教

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は、瀬戸内寂聴、立松和平ら15人の宗教学者や作家や映画監督等に対して日本人の宗教意識について石川眞のインタビュー記録から作成されたものである。
 山折哲雄は述べている。日本人は宗教をもっていないという認識はとんでもない誤りであり、日本には伝統的な信仰の流れがある。根源的に言えば、神社とかお寺を取り巻いている森、山、樹木、川の中に神や仏が住んでいるという信仰ではないか。そして、自然教という自然に対する感覚と神仏信仰が表裏一体になっているのだろうと。いまこそ万物に生命が宿っていると考える思想・宗教が一番普遍的な宗教であり宗教意識と見直すべき時がきている。世界宗教と言われるキリスト教やイスラム教は、世界で現在発生している問題にほとんど対応できていない。人類を救済するはずの宗教が、対立・葛藤・戦争の原因になっている。宗教の原点である、教祖がいない、教義がない、儀礼がない、攻撃的な伝道活動をしないことの四つの特徴をもつ万物生命教を再評価すべき時にきている。また、人間の信仰とは、どういうものかというメンタルな部分を教える宗教教育がなされていない戦後教育に危機感をいだいている。
 アジア宗教・文化研究所代表の久保田典弘。日本の多神教は、キリストやイスラム教と違い無宗教というのが従来の日本人のスタイルで正面きって宗教を論じることはほとんどなく、政治や経済の是非は問われるが宗教的な感性や精神性について議論することはほとんどない。その結果日本人は宗教について論理的に説明できないのが一般である。日本人にとっての宗教は日常では意識することのない心の背景のようなものだと言っている。一神教の国々では、その教義が犯された場合死さえおそれぬ「神と民族の為に戦う。」原理主義が生まれてしまう。更に、風土と宗教との関係を論じている。一神教の生まれた岩と砂漠の高温乾燥の風土と違い、日本の風土は温暖湿潤である。その自然や自然現象、自然を形成するすべてに生命が宿りそのひとつひとつが神の依代(よりしろ)と考えて、自然の中に実感される“気配”として感じる日本人の感性が、その自然観を宗教観に等しくさせている。しかし今、湿潤な風土を覆っている森と深い関わりが育んだ生命観に根ざした宗教観、寛容な信仰心を有する日本人が、報復を肯定する一神教の世界と同じ土壌にあがろうとしている。グローバル化した現代海外の異なる人達と協力して良い成果をあげる為には、宗教と密接に関係するそれぞれの国の歴史的風土や価値観を理解して行動することが重要であることを指摘している。
 様々な視点から日本人の信仰について述べたものであり、宗教について意識の低い自分にとっては考えさせられる書である。

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“スペシャルオリンピクス”って何?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 知名度の低いスペシャルオリンピクス(以下、SO)について起源、目的、状況を簡潔に述べていてわかりやすい。パラリンピックは身体に障害をもつ人のスポーツの祭典であり、得点を競い合って競技性が高くオリンピックとほぼ同時期に開催される為に認知度も高い。WHOの統計から、知的発達障害をもつ人の日本国内での数は人口の約2〜3%、およそ200〜300万人との事。SOとは、これらの人達にスポーツトレーニングのチャンスを与え、その成果を試すさまざまな競技会を提供し、自立や社会参加を支援している国際的な組織である。SOは、スポーツに参加することが知的発達障害者にとって身体的、知的、社会的、情緒的に効果があると考えている。(この効果は健常者も同様に得られる事は言うまでもない。)
 知的発達障害者数が数%ということは、100人に数人の割合である。しかし、人数的に少数の彼らは社会的に閉ざされ、両親や家族の空間の中でのみ過ごしている状況が一般的で、公の前にでにくい傾向にあると私は思う。逆に、今、社会的に大きな課題となっている老人福祉の場合では、65歳以上を老齢者とした場合の該当者は人口の20%(総務省統計局資料2004年12月1日概算値)を占め明らかに大多数派であり、政治的発言力も強いので社会的にも前面に出され社会参加への支援を受ける機会も多いようにみられる。しかし、わずか数%の知的発達障害者は少数派であり発言力も弱い。健常者がいれば必ず障害者が存在することは自然の原則であるのに。
本書は、知的発達障害者の能力は、周囲の援助によって飛躍的に伸びる事を強調している。SOによって開催されるスポーツ競技会は、多くのボランティアや家族の支援によって実施される。その数は競技者の数倍となる。これら全関係者が勝ち負けにかかわらず感動できることもSOの特徴のようである。
 この本の中で森田英夫氏の告白が紹介されている。「障害者へは同情や哀れみの目で接する事は大きな間違い、特別な感情をいだく必要は全くない。そして、人間に百の能力があるとすると知的発達障害者も同じく百の能力をもっている。ただし、その能力の配分が違うだけ。残念なことは、自分の子供に健常者と同じ能力があり場合によっては健常者以上の能力がある事を最後に気づくのが親だということである。」。また、アメリカのドーマン博士は、「彼らは発達の速度に多少長めの時間を要するだけだ。」と述べている。知的発達障害者に対する大小様々の偏見は我々も消し去るべきである。
SOの歴史は、故ジョン・F・ケネディ米国大統領の妹であるシュライバー婦人の自宅の庭で行われた「デイキャンプ」に始まった事が述べられている。これは日本の林間学校に似たもので、スポーツを楽しむ機会に恵まれない知的発達障害者を集めてスポーツを軸に総合的な生活体験を提供した。そして、1968年に第1回SO国際大会がシカゴで行われた。そして、なんと、第八回冬季国際大会が、参加80ヶ国、アスリート数2500人を予定して、アジアで初めて長野県で2005年2月26日から8日間行われる。
 
競技前にアスリートは、次の“誓いの言葉”を唱和する。ここにSOの精神が集約されていると考える。
Let me win. But if I cannot win,let me be brave in the attempt.(私を勝たせて下さい.たとえ勝てなくても戦う勇気を与えてください。)
この本を友人から紹介されるまで、SOを全く知らなかった。長野大会をぜひ注目したい。

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