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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

味噌まめさんのレビュー一覧

投稿者:味噌まめ

11 件中 1 件~ 11 件を表示

紙の本私が殺した少女

2004/02/14 18:54

絶妙なバランス感覚で書かれた傑作ハードボイルド小説

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

探偵・沢崎シリーズの二作目です。直木賞受賞作。
沢崎が作家の娘でバイオリン奏者として将来を嘱望された真壁清香の誘拐事件に巻き込まれます。

実にハードボイルドらしいハードボイルドだと思います。探偵の設定、ワイズクラック、彼と「瞬間的な相互理解」ができる男の存在(沢木耕太郎曰くハードボイルド小説の構成条件の一つ)……etc。
ストーリーも巧みです。
沢崎は基本的に優秀なので、淡々と調査を進めていきます。その手際が鮮やかなので、読者は読んでいくうちに彼を信頼していくような作りになっています。
調査の進め方も大抵外堀から埋めていくような形で行われ、途中で警察の捜査とバッティングして、ここで調査と捜査のすりあわせが行われます。
ハードボイルド小説を形作るための、様々な要素が絶妙なバランス感覚で配置されているのに驚かされます。やはりバチグンの出来。
原寮の小説は沢崎シリーズ以外出されていません。
95年に5年ぶりに出された、長編第三作『さらば長き眠り』以来止まっているのです。
そろそろ新作を読ましてください。

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紙の本傭兵ピエール 上

2003/12/10 01:39

醍醐味たっぷりな西洋歴史小説

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

傭兵隊『アンジューの一角獣』の隊長ピエールは「シェフ(隊長)殺し」の異名を持つ腕っこき。
たまたま捕らえた少女。
戦場に行くと彼女は言う。
「フランスを救うために」
これがピエールと救世主ラ・ピュセル(乙女)ことジャンヌ・ダルクとの出会いだった。
二人はオルレアンでの再会を誓う。
フランスは100年戦争の真っ只中。
アングル軍(イギリス)に押され、国内は黒死病の蔓延と内情はボロボロ。
オルレアンの戦いはフランスにとってまさに天王山だった。
そして1429年5月6日。
ピエールは、フランス軍の救世主として現れた彼女と戦場で再会する…。

ピエールは戦をやれば強いし、女性にはもてるし、男振りはなかなかのもの。
敬虔なカソリックであるジャンヌは神々しさの中に女らしさ・素直さ、頑固さ(特に性が絡むと)を備えた人間として描かれている。
従来のジャンヌ像とは違った大胆な人物解釈はかなり新鮮だ。
一人の人間として彼女を真正面から描いたといえる。
正反対な二人が織り成す掛け合いはどこか楽しい。

例えば、戦場で何も分からずに突撃するジャンヌを止めるシーン。

「…あんたこんな時に突撃なんて無茶だよ死にてぇのか」
傾いた鉄帽子を直し、ラ・ピュセルは本当に目を丸くした。その無邪気さにピエールはついぞ泣きたい気がした。
「知りませんでした。突撃してはいけない駄目な時があるんですね。戦争って難しいわ」(上207ページ)

ピエールは人殺しも略奪も女性を犯すことすら厭わない傭兵らしい傭兵だが、ジャンヌの前では、いつものように振舞えない。
彼女に神聖さを感じている。
そういう状況に性の問題が絡んでくる。
ピエールと敬虔なカソリックで性に疎いジャンヌ。
「あの」ピエールが踏み込めないジャンヌ。
そういったギャップが可笑しみを生んでいます。
貴族の私生児であるピエールは彼女と出会ったことで、すさんだ自分を変えていく。
おもしろい面子の揃った、ピエールの部下たちも彼女との出会いにより変わっていく。
佐藤小説の根幹にあると思われる、ヴィルドゥングスロマンの要素が色濃く出ている。

この本には逞しい女性、従順な女性、ジャンヌ、と様々な女たちが出てくる。
厳しい時代でも一生懸命に生きる女たち。
そのグラデーションの付けかたが上手く、その姿は時におかしく、時にしんみりさせてくれる。

上巻はオルレアンの戦いを描いてるが、下巻から物語はガラリと変わる。
歴史の波に翻弄されていく二人。
これでもかこれでもかとぶち込まれた様々な出来事が、戦争いっぱいのストーリー展開のなかで一つに収斂されていく。
それを巧みな構成・省略でグイグイ読ませる手腕は、デビュー2作目とは思えないほどの熟練している。

ジャンヌは有名だが、彼女がどういう戦いに出たとかは知らなかった。
せいぜい、フランス軍の救世主とか「フォロー・ミー!」って叫んだとか。
著者は大学院でフランス中世史を専攻していただけあって、考証が細かい所まで目配りされている。
フランス史はほとんどわからない人でも気にせずに読むことができ、小説の中から時代の雰囲気をたっぷり感じる事ができるだろう。

史実の中から想像の余地を見出し、跳ぶ。
歴史小説の面白さはそこにある。
本書は見事な跳躍力を見せて、私たちを遠くまで連れて行ってくれる。
遠い過去の出来事が実感をもって迫ってくる。
原稿用紙1600枚、物語に浸る楽しみをたっぷり味わって欲しい。

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紙の本蝦夷地別件 中巻

2003/11/03 01:33

船戸のテーマとしているものと題材との幸福な出会い(下)

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

(上)からの続きです。

いい冒険小説には条件がある(本作は歴史小説でもあるけど)。
冒険小説の面白さはスケールと爆発力の大きさ、そしてストーリーの深さと濃さ。これらが形作っている。ただ問題なのは、スケールが大きい作品は話に深みがないと面白くない傾向にある。でもそういう作品に深みを与えるのは難しい。
話のスケールに原稿用紙の量が追いつかないということがある。
スケールの大きい作品の場合、読者に長くその世界に浸ってもらわなければならないと思う。
そして、爆発力。つまりアクションシーンなどだが、これが効果的に適量使われているか。これも大事である。少ないと不満だし。過剰だと、飽きてしまう。
ただ、深みや濃さがなくても冒険もの特有の荒っぽいものが出ていると良作になる可能性もある(船戸のデビュー作『非合法員』はそのいい例)。
要はスケールはでかくて、話に深みや濃さのある作品がいいということになる。
この作品はそれに成功していると思う。

松前藩。米が取れず、金にしか頼る事が出来ない。この小藩を維持する為に粉骨砕身する冷酷な戦略家和井田孫三郎。松前藩のミスを待つ幕府。狙いは蝦夷の利権。飛騨屋や藩の持ち込んだ経済の論理、和人の文化の流入により今まであったアイヌの文化が崩壊していく。金や栄誉や欲。アイヌ社会では適度に抑えられてきたもの、これが変わっていく。アイヌ内部の争いもそれに拍車を掛ける。

国家や個人のたくさんの思惑や論理がアイヌ社会を、日本を変えていく。
膨大なトピックスが係わり合い、それが結合して化学変化を起こしていく様を描ききったのは、作品の枚数からすると至難の業だったと思う。
読み終わる頃、私たちはこの時代に何があって、何が起こらなかったのかが分かる。歴史の大きな流れを体感できるだろう。
船戸の緻密な作品構成の力には脱帽する。

で、船戸作品に通底するテーマだ。
それは「体制側(もしくは反体制)の撒いた種がやがて体制側(反体制)に返ってくる」と言うものである。
船戸が豊浦志郎名義で書いた実質デビュー作である『叛アメリカ史』からそれは変わっていない。
この作品でネィティブアメリカン、ブラックパンサー、チカーノなど、アメリカ自身が生み出した国内の反発分子たちの姿をルポしている。
この種がやがてアメリカにしっぺ返しを食らわすであろう事を予告している。
彼らは冷戦対立からこぼれ落ちた人間である。
船戸は小説家とデビューしてからもこのテーマが通底した作品を描きつづけた。
冷戦対立からこぼれ落ちた(とは言い切れないんだけど)南米・アフリカを舞台にした作品を多く書いてきた。
また、現代のロシアを舞台にした『緋色の時代』では、9・11から3年も前にオサマ・ビン・ラディンとは特定していないものの、その筋からの攻撃があろうことを予測している。

本作はそのテーマがかなりはっきりと提示されているし、上手く作用している。
船戸作品でこの企みが上手くいったものは少ない。
私はこの作品が一番成功している気がする。
まぁこれは私なりの解釈ですけど。
アイヌ蜂起を境に幕府・松前藩、アイヌは変化していく。
共に自ら撒いた種によって。
そこに歴史のダイナミズムを感じて欲しい。

2800枚文庫本三冊の大長編だが、ダレ場なし。10何冊読んだ船戸作品の中では一番良かったと思う。
アイヌの名前は覚えにくいけど、読んでいくうちに慣れてきます。

長々とどうもありがとうございました。

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紙の本銀座界隈ドキドキの日々

2003/12/06 02:15

和田誠のできるまで

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

多彩な仕事振りで知られ、また平野レミの旦那さんでもある著者がデザイン会社に入って、独立するまでを描いたエッセイ集です。
60年代の銀座が舞台です。

似顔絵を描くのが好きだった著者は、高校時代に見た外国のポスターによりグラフィックデザインの道に進もうと思ったそうです。

昭和34年(1959)に多摩美を卒業し、西銀座にある新進のデザイン会社、ライト・パブリシティに入社します。
在学中に日本宣伝美術会(通称日宣美)のコンテストに出品して一等賞をとります。
ここで入賞すれば、デザイン界で名が知れ渡るというくらい権威があったそうです。
その頃の広告デザインは自社の宣伝部または広告代理店がやる業務だったので、ライトのようなデザイン専門の会社はまだ珍しかったようです。
たとえば、サントリー(当時は寿屋)なら、あの「すんずまった」トリスの人を描いたのは寿屋に勤務していた柳原良平氏。

デザインの世界はまだ黎明期で、大家と呼ばれる人でも30代であったようです。
著者の周りには、のちに有名となる人がどんどん現れます。
会社の同僚の中には田中一光、のちに入社する篠山紀信。
デザイン関係の人間では、矢吹申彦、田島征三、真鍋博、横尾忠則など。
他にも、立川談志、植草甚一、寺山修二、立木義浩、小松左京など、有名人(当時は知られていない人も)がどんどん出てきます。
そういう所でも面白い作品です。
毎日が出会いの連続だったのでは?
植草さんがやたら長いタイトルを付ける事になったいきさつも書かれています。

篠山さんは、当時からハッタリが強かったのか助手をやらずにいきなりカメラマンとして一本立ちします。
当時の上司は「むずかしぃねぇ。お主やるな、という感じだったけど説明できないね」
当の氏はどうだったかというと五木寛之の『真夜中対談』(文藝春秋)の中で「僕はアシスタントになるのが嫌で、カメラマンにいきなりしてくれと申し込んだんです(略)ところが出来ないんです(略)基本的なことだけでも大変な知識がいるわけで、それをそれなりに使わないと(略)それを知るための時間ってのは相当いるわけですね」
水谷良重(現八重子)さんに胸の飽いた服を着させて、その谷間に猫を置いた写真を撮ろうとしたとき、なかなか頼めなかったというのは今の氏では考えられない(笑)。
本書は篠山さんの「貴重な一瞬」を描いています。

煙草のハイライトのデザインは氏が書いたというのにはちょっと驚きました。
しかも入社してすぐプレゼンを勝ち抜いたというのはすごい。
アルバイトで『アサヒ芸能』での「吉行淳之介軽薄対談」における似顔絵や『映画の友』に連載エッセイなど、今の和田氏を形作るような仕事もやっています。

広告デザイン界も変化していきます。
デザイナーの裁量に任せず、顧客が口を突っ込んでくるようになります。
的外れな注文でも妥協せざるを得なくなります。
著者自身、広告デザインの仕事から離れようかと思っていきます
時代は「昭和元禄」、高度経済成長の只中でした。

エッセイというよりも青春小説に近いです。
著者の手がけた、イラストや自費出版の絵本の写真が載っていますが、今の絵に近いもの、そうでないもの、見ていておもしろかったです。
日本がどんどん経済成長していた時代の話なので、明るい基調になっています。

文章がすごくなめらかできれいです。
じっくり読むとその味わいがわかります。
講談社エッセイ大賞(この賞は小説のようなエッセイに与えられる事が多い)を受賞というのも納得。

「〜じゃん」という言葉遣いが珍しかった(湘南の方言だった)という事に時代を感じさせます。

一つ訂正があって、談志が真打になったあと、志ん朝が真打に昇進したと書いてありましたが、これは逆で志ん朝 (37年3月)の方が先。談志は38年4月。

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紙の本蝦夷地別件 上巻

2003/11/03 00:19

船戸のテーマとしているものと題材との幸福な出会い(上)

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時は西暦1788年。119年前、アイヌの長・シャクシャインの蜂起を破った松前藩が蝦夷の南部を支配していた。
そしてアイヌ達は、飛騨屋との独占的な排他貿易により日々苦しめられていた。飛騨屋のあがりを掠めるのが松前藩。和人(松前側・江戸幕府の人間)はアイヌに対し苛烈な扱いをしている。
彼らの怒りは頂点に来ていた。厚岸を治める、アイヌのボス・イトコイは密かに蜂起の計画を建てる。ロシアから最新式の拳銃を取り寄せようとしていた。彼はポーランドの貴族にそれを託した。ポーランドは当時ロシアの属国である。
田沼意次の失脚で蝦夷地開発をあきらめたかに見えた幕府。だがその手は緩められていない。アイヌ達の蜂起は銃が届く1年後。果たして蜂起は成功するのか。幕府・松前藩・ロシア・アイヌ達の様々な思惑が絡み物語は進行していく。

冒険小説作家において東西冷戦は致命的なダメージであった。
なぜなら、冷戦を舞台にした緊迫した作品というのが冒険小説の中で大きな比重を占めていたからだ。89年(ベルリンの壁崩壊以降)、日本では冒険小説の勢いというものが止まったかに見える。
しかし藤田宣永の20世紀初頭のパリを舞台にした『鋼鉄の騎士』や佐々木譲の『ベルリン飛行指令』に始まる第二次世界大戦3部作など、名作はある。
だがこれらは現代を描いたものではない。むろんそれが、作品において減点の要素であるわけではない。しかし、何故過去に舞台を移したのか?
現代が冒険小説の書ける時代ではなくなった事をその成果が反証している。冷戦構造のパラダイムにある作品はいっぺんに古びたのではないか。
冒険小説に冬の時代が到来した(だからこそ現代日本を舞台にした『ホワイトアウト』がいかに凄い作品であったことが良く分かる)。
蝦夷地別件は江戸時代の話である。
船戸はこれまで冷戦の対立軸からこぼれた国、南米やアフリカを舞台にした作品を数多く物にしてきた。
「冷戦構造が崩れても、自分は東西対立のような考えではなかったので影響はないと思っていたが、何かが違っていた」
船戸にも冷戦崩壊の波が押し寄せていたのだ。
彼は歴史を遡行した。
それでは他の作家と同じではないのか?
いや違う。船戸作品には明確なあるテーマが通底しているのだ(次項で明らかにする)。

ロシア船が日本に押し寄せた時代。日本の海防問題を提起した林子平の『海国兵談』が発禁になった時代。『解体新書』が翻訳された時代。そしてフランス革命。そんな中でのアイヌ蜂起。歴史の波の変遷が蝦夷に日本に何を与えたのか?
物語の登場人物、江戸から来た天台宗の僧静澄が繰り返し言う台詞。
「ここで何が起きて、何が起こらなかったかを見定めるつもりだ」
そしてその結果どうなったのか?
船戸は大きな歴史の奔流を蝦夷地にぶつけていく。

一本の書評にまとめるにはスペースが足りなくなったので次項でさらにこの作品の魅力を述べてみたいと思う。
ここまで読んだんなら続きも読んでください(笑)

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紙の本最悪

2003/11/01 14:54

卑近なカタルシス

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

次の日がテストなんだけど、漫画が面白くて何も勉強せず、気が付いたら、夜1時。
ノートに端に「2、3、4、5…」と朝まで何時間勉強できるか、なんていう計算をしてみたりして、2時間やったらとりあえず休憩。で、寝転んで気づいたら、もう朝。
やばい! ……48点。
寝ちゃいけないのについ。マンガ読んでる場合でもないのについ。
こういった「少し足を踏み外す」事、いけないんだけど……。学生生活ではよくある話です。僕には(笑)

本書(講談社文庫)の主人公達は「足を踏み外してしまった」人たちの話です。
上の話とは比較にならないくらいヤバイんですが。

中小企業のお父さん、ボンクラな男とその彼女、彼女の姉。

みんな問題にぶつかって悩んで、そこから抜け出そうとしています。
銀行の融資で悩むお父さんとか騒音問題を訴える住民の描写とか「卑近」なものの描写が凄く上手い。
ジワッジワッと追い詰められていくその様がリアルです。丁寧な描写がそれを支えています。
次々と起こる雑事、段々追い詰められて、切羽詰った、臨界点で4人は出会います。
こういう違った視点がひとつに収斂されるストーリーは大好きです。

「一般人が踏み外す」ので、そういう意味では痛快ではありませんが、卑近なカタルシス(人の不幸は蜜の味的な)を味わえます。
地味な作品なのになんでこんなに面白いんだろう。
きっちりと手順を踏んで書いてるからかも。
極上のエンターティメント小説です。

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紙の本八州廻り桑山十兵衛

2003/06/14 13:54

因果な商売、因果な人生

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

主人公の桑山十兵衛は関東取締り出役、いわゆる八州廻りである。
関八州(武蔵、相模、上野、下野、常陸、上総、下総、安房)の村々を廻り、博徒や無宿などを捕らえるのが役目だ。江戸には5、6日滞在しただけで、また廻村に行く。博徒や無宿相手なので斬り捨てる事も許されている。果断な職業なんである。
また当時は誰か捕まると、捕まった場所の村が犯罪者を江戸に移送するための費用などを出さなければならず面倒なので、八州廻りに鼻薬をかませ、穏便に済ませるという事もあったらしい。本作でも八州廻りがそのお礼に5両もらったというシーンがでてくる。実入りは結構ある。
廻村する先々には道案内と称する地域の顔役的な男が八州廻りの仕事を手助けする。彼らの中には賭場を開帳するものもいた。多少の目をつむったのだろう。そこからも実入りがある。

概説はこのくらいにして作品の話へ。
8編からなる連作形式の作品集で、彼の亡くなった妻瑞江の浮気(の結果できた子供がいる)の相手を探すのが縦糸になっていて、これが物語の中で様々に活きてくる。
彼に結婚を薦めるものも現れる。
十兵衛は剣の腕も悪くないし、幕閣からも密命を受けるくらい実務能力もある。
しかし、過去上役との軋轢で二度職を失っている。「上役と鼻を突き合せなくてすむ」この役目は彼にとって「まぁまぁ肌に合っている」のだ。

江戸時代のことなので、証拠というものは少ない。目撃証言が重要なものとなってくる。しかしこの手の証言ほど当てにならないものはなく(嘘をつくこともあるし)、彼らは関八州を駆けずりまわる事を余儀なくされる。そのうえ廻村のスケジュールもあるから大変だ。
事件は簡単そうで入り組んでいるし、人物も一筋縄では行かない。佐藤作品の特徴だ。そんな障害を乗り越え、十兵衛は犯人を追い詰めていく。
必ずしも鮮やかな解決には至らない。族にさらわれたのをせっかく助け出しのに、その人物から逆に人殺しといわれたりする。因果な商売である。
しかし八州廻りの偽者を追い詰める「山下左馬亮の不覚」「平川天神の決闘」などはまさしく捕物小説である。これらの作品は犯人との駆け引きが面白い。

彼の上役である川端三五郎は彼に厳しい上司であるが、ある事件で十兵衛が彼の失点を挙げたところ、急におとなしくなる。
そんな姿を見て十兵衛は「哀れに感じなくもない」と思う。
僕は十兵衛に感情移入しているので、がみがみ言う三五郎をあまりよく思っていない。
でも、おとなしくなるとどこか落ち着かない気持ちになる。
この辺り、書き手は読者がどう思うか、折込済みで書いているはずだ。
落ち着かない気持ちと同時に彼の快挙を喜ぶ気持ちが混在した、不思議な感情に襲われる。ここらへんは上手い。
シリーズ化されているので、十兵衛が失態をして、三五郎に怒られるという「ルーティーン」がまた起こり…ということになると思う。
この作品を支えるのは人間の打算や勘違い…といったこころの動きや行いが(はじめは隠れている)明らかになるところだろう。人間くさい人間を描き出している。佐藤雅美の上手さはそこにある。

最後に妻の浮気相手が発覚するが、娘の事となると彼の推理・推測が短絡なものとなるのが面白い。娘が心配で廻村先からすぐ帰りたいと思うこともあった。八州廻りも人の子。そして明らかになる真実…。

決して派手ではないこの作品だが、文庫がでて1ヶ月で増刷がかかっている。
なんとなくサラリーマン層に人気がある感じがした。

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紙の本地を這う虫

2003/12/06 03:03

地を這いつづける男たちの矜持

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

実は高村薫が苦手だ。
『黄金を抱いて飛べ』は読了できたが『神の火』は下巻残り80ページくらいでギブアップ。
原因は文章がとにかく重い、読みにくい。
重い作品はたくさんあるけど、必ずどこかに軽みがあります。

しかし、やはり評価されている作家なので、短編集ならと思い読んでみました。
元警察官の男たちが主人公です。
警察をやめたにもかかわらず、匂いや癖、芯には警察官としての何かが熾きとして残っています。
そして、芯に残ったそれがちりちりと燃えて、男たちは事件に立ち向かっていきます。

『愁訴の花』『巡り逢う人々』『父が来た道』『地を這う虫』の4篇を収録。
陰影の深い作品集でした。ハードボイルドのにおいすらします。
人物表記の点でおかしい所があるものの(『巡り逢う人々』)面白かったです。
文章に軽みがあり、彼女の違った面が見えました。
特に『愁訴の花』『地を這う虫』がいいです。

『愁訴の花』…警察を定年退職した男が過去の事件と向き合う。
どこか松本清張(みうらじゅん言うところの、マツキヨ)を思わせる作品。
人物造形・ストーリーともに上手いです。
短い作品の中でうまく「典型」を作っています。
意外にも淡白なラストがより効果をあげていました。

『地を這う虫』
本庁一課勤めを辞め、昼は倉庫会社社員に、夜は警備員として働く沢田省三が主人公です。
日々気付いたことをメモしながら生活しています(なぜかは読めば分かります)。
そんな彼が近所で起こる空き巣事件に興味を持って…。
暗めの作品が多い短編集の中で妙にユニークです。
5年間、毎月会社へ行く道を変えてみたり、道々の木々を観察したり、家々の状態を観察したりしています。
それを逐一メモにしているのが面白い。
元警官なのに、不信人物として交番に苦情が届けられていて、派出所警官から半分胡乱な眼で見られたりもします。
このあたり、どことなくおかしみがあります。
で、もちろん「住民の苦情あり」と書き込みます。

こんな件も。

省三はそれなりに細かい事に根を持つタイプで(200ページ)

そりゃそうだって。逐一メモに書き込むような人がアバウトな訳ない(笑)。

文庫は大幅に改稿されたものらしいので、ハードカバーも読んでみました。
こちらは全5編。
結末が違っていたりしましたが、文庫版の方が刈り込んで見通しがよくなっています。

その中で『父が来た道』。
父親が疑獄で捕まっている元SP。現在は父が支援していた大物政治家の運転手となっています。
結末はかなりステレオタイプでした。
なんというか、エッセイで高村薫が見せる姿みたいでダメ。
文庫版はクールになっています。

文庫には収録されなかった『去り行く日に』
警官最後の日に迎えた事件を追う主人公の姿が良いです。
ラストシーンが秀逸。これは素晴らしい。
なぜ収録されなかったんだろう。
他の作品は警官を辞めている人間が主人公だから?
『地を這う虫』という題名は収録短編から採られたものですが、全短編を貫いているイメージです。
この退職間近の警官もそう。
やはり元警官と現職では「這う地」がやはり微妙に違うというニュアンスも感じるけれど。
まぁ、文庫だけでなく、ハードカバーも読んでみてください。

なんにしろ、今まで抱いていた高村作品のイメージがかなり変わりました。
短編、もっと書いて欲しいです。

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紙の本物書同心居眠り紋蔵

2003/06/12 14:38

滋味な小説

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ナルコレプシーのような症状のせいで、臨時回りを外され、例繰方(事件の記録をつけるみたいな役目)にまわされた藤木紋蔵が主人公です。
貧乏子沢山、勤務30年のベテラン、法律知識もある、剣の腕も悪くない、けれど病気のために同心職には上がるチャンスはないし、そのせいで上役からはよく思われていない。
そんな彼が事件に巻き込まれたり、自分から入っていったりする姿を描く連作小説です。好評だったのでしょうか、シリーズ化されています。
江戸時代の法律についてはかなり調べこんでいるようでリアルな感じを受けました。
この作品集で扱われている事件の多くはあまりすっきりと解決しません。
市井のしがらみ、その他様々なものがそれを阻みます。
上役から怒られたり、苦い結末を噛み締める紋蔵。
だからこそ彼に降るささやかな幸福がこちらの胸に染みます。
捕物帖風の作品ですが、派手でも鮮やかでもありません。
しかし、滋味溢れる作品です。

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紙の本趣味は読書。

2003/11/01 14:41

ちょっと違和感

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『月間百科』に「百万人の読書」として連載されたものをまとめたものだそうです。

41冊のベストセラーについて論じた書評集です。
読む時間がない、読みたくないという読書人のために作者が代わりに読んだそうです。
で、当然批判しています。
ここに載せられた本では『世界がもし』と『鉄道員』は読んでいます。

『月間百科』という雑誌は高齢の読者が多いそうで、つんくの『LOVE論』なんかを評する時には噛んで含めるような説明をしています。
「太陽とシスコムーン」が売れてて「太シス」って略す、という記述(206ページ)は半分くらい眉唾か。
老人に嘘言っちゃいかん。嘘でもないか。

肝心の評論ですが、僕自身ここに載せられた本にあまり好感を持ってないんで、斎藤さんの肩を持ってあげたいんですが、いかんせんヌルイしユルイ。
ベストセラーは強し(これはあとがきで著者も認めてました)。なんたって売れちゃってるから。もっと徹底的に多方面からつつかないとダメな気がする。
それにはページ数が足りないと思う。
後、高齢者向けに毒を薄めた感があります。
でも『日本語練習帳』についてかかれた文の結び「ぼけ防止でしょう多分」というのは当たってると思う。

ユルさが端的にでているのが、飯島愛『プラトニックラブ』を評した時の最後の文章。
「不良してても飯島愛ちゃんみたいになれるんだったら、あたしも勇気もとーっと」
飯島愛の不良性と斎藤さんの考えてる不良像は違ってる気がする。
ナンシー関じゃないけど「不良時代の飯島愛の友人を探しても、消えてたりする」というニュアンスがある。
そういったニュアンスが分かんないとベストセラーの評者としては致命的では(そうでもないか)。

『踊る読者』は固い本が多かったから、彼女の持ち味が出たんでしょう。
若手の文芸評論家で他に誰がいるって言われるとそれまでだけど。
彼女はエンターティメントの書評が苦手だそうです(237ページ)。
だったら『踊る読者』の裏側の宣伝文「普通の読者代表の斎藤美奈子」って言うのはまずいんでは。

以下個人的感想(注ここから下の本は読んでません)

『冷静と情熱の間』
ユリオカ超特Qがこれを「冷静と情熱の間って普通じゃん」とツッコミを入れてたのは上手い。
二人(つまり冷静と情熱が、いや知らんけど)が初めて出会うのが成城大学なんだって(本書によると)。

冷静、普通(正常→成城)、情熱
巧んでないよな。辻仁成。

『だからあなたも生き抜いて』
この本は児童書だったそうで、案外ディープな部分は書いてないらしい。
でも著者大平さんはどこか穏やかな顔立ちの人だったんで、あんまり深いのを書きすぎるとそれはそれでいやな気もする。

ベストセラーを馬鹿にするのは簡単だけど、そういう本に支えられて(?)我々読書人は本を読んでいられるという事も考えておくべきかもしれない(特に純文学好きの人は)。
取次ぎや書店の構造はかなりぐずぐずなとこまできてると思うし。
あとがきの担当編集者の言葉が泣かせます。

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感銘を受けた人は覚えていますか。この本のことを。

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今更って感じですが、今更だから採り上げます。

このメール、届いた人もいるのではないでしょうか。 
本書は63億人いるこの地球を100人に縮めて、そこに統計学によって出されたデータを絡めて、世界の状況を伝えようとしています。

100人の方が数の想像がしやすいから、自分の、世界の置かれた状況が分かりやすくなるのでしょう。

って本当かよ。

いや確かに、そういう面もあると思います。
わたし達の置かれた立場が恵まれている事が分かります。
とは言うものの、こんな事、小学校で社会科の授業を受けたりすればたちどころに分かるようなものではないでしょうか。
自分たちは恵まれていて、しかし他方には恵まれていない人たちがいる。そしてそういう状況を作り出した責任の一端を私たちは否応なく担っている。それは仕方のない事である。
少なくとも日本に生まれたならば、そういうことを折込済みで生きてきたのではないでしょうか。
それでも、10代の方が感動するのはいいでしょう。

大の大人が感動するなよ。

それからこの本を読んで、自己啓発系の感想を書いている人がネットに見受けられました(以前とは物事が違って見えるようになったとか。自分たちが恵まれているのがわかった、日々を大切に生きていたいとか)。

恵まれない人間を踏み台にして跳び箱を飛ぶなよ。
ちょっと脇が甘すぎない?
こういう人間が一番困る。
明らかにこの本を「消費」してるから。

この本のほとんどが二分法により、書かれています。幸せな方・そうでない方みたいに。

冒頭はこうなっています。

中学校に通う長女の担任は生徒たちに毎日メールで学級通信を送ってくださるすてきな先生です。
そのなかに、とても感動したメールがあったのでみなさんにも送ります。

本書にこういう記述があります。

村人のうち1人が大学の教育を受け、2人がコンピューターをもっています。
けれど、14人は文字が読めません

本書が「みなさん」と呼びかけているのはこの村のわずか2人だけです。
なぜこのメールが拡がったのか考える必要がありそうです。
このメールが「感動したメール」だからでしょうか。
もしそうなら、私たちが安全地帯にいる故ではとも思えてきます。
このメールはそういう人間にしか回ってきません。

多くの日本人は「家のまわりに小銭が転がっている人」です。
本書の表現を借りれば「もっとも豊かな8人のうちの1人」です。
一方「1人は死にそうなほど」栄養が不足しています。
同じ1人です。
この1人という数は等価なはずなのに、前者を少なく、後者を多く、私たちは見ていないでしょか?
このあたり、100人に縮めたことが、詐術のように少しだけ思えてならないのです。

正直この本を批判するのは気が引けます。
それは、この本を誉めている人と自分が同じ階層に生きるものであり、そう違いはないと思うからです。

趣味は読書の中で斎藤が「募金の送り先やNGOに連絡先などココから何かのアクションに通じるものがない」と批判したのは半分当たって、半分はずれています。
だって感動した人、私のように斜に見た人の中でそんなアクションを起こす人は少ないだろうと思うからです。
だから「そう違いはない」と書いたのです。

この本が現実の社会情勢を簡単的確に表していることも事実です。
将来この本を読んだ事で、弱者救済の道に進んだ人が表れれば、それはそれでいいことだと思います。
まぁ実際そういうコメントが出れば出たで、ナンなんだけど。

売上の方はいくらは分かりませんが寄付されたそうです(基金を作ったそうだ)。
そりゃ、こういう本で儲けちゃまずいなとは思いますけども。
かといってこの本の評価を変えるつもりはありません。

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