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  2. レビュー
  3. 脇博道さんのレビュー一覧

脇博道さんのレビュー一覧

投稿者:脇博道

182 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本アースダイバー

2005/06/23 20:30

東京を深く静かに潜行する

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ひさびさにガツンとハートにきた東京本である。中沢氏は
講談社現代新書の超力作である5部作の完結によりアカデ
ミックな方向へ向かうのかと思われたのであるが、どうして
どうして聖俗混然とした本書で、再びフィールドワーカーと
して見事に帰還してくれたのであるからうれしい事この上
ない。アースダイバーというタイトル及び本書をつらぬく
コンセプトも、氏がチベットのモーツァルト以来、一貫して
プラクシスし続けてきた意識の深層へのダイブという方法論
(東方的・森のバロック等参照して頂きたいと思います)を
東京に試みたのであるからこれはもう読むしかない!
期待通り、いやそれ以上でした。もちろん現在において東京
を論じた本は無数にあるわけで、本書の内容がすべて氏の
オリジナルというわけではない。(でも参照文献は巻末に
詳細に記してあるから大丈夫です)が、アースダイバーと
いう氏独自の視点と思考にリンクした瞬間にただちにオリジ
ナルなテクストと化すのである。たとえば東京タワーに関する
記述。エッフェル塔との比較という比較的クリシェとなって
いる視点から出発しながらも、氏の思考はどんどん加速して
はるか彼方のスリリングな地点にまで誘ってくれるのである。
東京タワーに存在する鑞人形館に関する卓抜したエッセイと
してはかの種村季弘氏のそれが有るが、中沢氏の上昇、降下
という運動からラストにこの鑞人形館の存在意義を開陳する
力技は種村氏のそれと比しても勝るとも劣らない卓越した
論考となっている。地下鉄に関する記述は、まさしくアース
ダイバーとしての面目躍如が感じられて興味深い。エロスと
タナトスのメタファーとしての地下鉄、危険な領域にまで氏
はダイブしている。私的には少々食傷ぎみであった東京への
新しい視点を再び与えてくれた本書に深く感謝したい。

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紙の本坊っちゃん

2005/07/17 23:33

勧善懲悪への挽歌

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

正義と悪という2項対立概念が完全に崩壊しつつある現在
果たして坊っちゃんは読まれる意義が有るのか否かこのど
うしようもなく陰々滅々とした問いに答える資格さえない
ままに書評を書く事さえ苦渋の選択をせざるを得ない状況
を作ったのは他ならぬ自分なのだからとにもかくにもなん
らかの光明を本書から引き出さねばならない。そうでなけ
れば敬愛する夏目漱石に失礼千方というものである。しか
し登場人物を現代の何人に例えたりするならば言論統制の
網に引っ掛かるのは必至であるしいわんや本書を音読など
しようものなら主人公の坊っちゃん自身がのっけから危険
極まりないまねをして自身の性向を物語っているのである
から剣呑極まりなくイノセントな所作といえるではないか。
物語そのものは単純である。だがここで重要なのは短気で
無鉄砲であるとのステートメントを予め発している坊っち
ゃんの行動が実は非常に深謀遠慮な思考に満ち満ちている
事と最後は負けると分っていて闘う事である。坊っちゃん
は正しい。それは絶対自明の事柄である。本書に関しては
深読みの必要はない。ストレートな真実のみが現前するの
みである。そして敗北。絵に書いたようなストーリー展開
である。感動などしている暇はない。だが「それから」の
結末とは異なり坊っちゃんは敗北後も動く文明の利器に乗
り第二の人生を走り始める。そして唯一の良き理解者であ
った登場人物の墓前にも参る。限り無くかぼそいまでの光
明と希望がこのシーンには存在する。暑い夏にこそどうし
ようもなく愚直で限り無く美しいこの勧善懲悪の名作をク
ールにクールに読む事をおすすめしたい。

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紙の本文学賞メッタ斬り!

2004/08/13 07:14

夏休みOL読書日記8月13日(楽屋裏はいつも満員)

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

きのう「対話・日本人論」ていうすごい本を読んで、夏休みの初日
から脱力しちゃったんで、今日はすこし軽く読めそうな本を持って
外に出ました。でもなんだか表題もカバーの絵もぶっそうな感じ
だから思わずカバーはずしちゃいました。もう、私っていつも気弱
でやんなっちゃうわ。でっどうよ?ってことなんだけど、まっそこ
そこ楽しめたっていうのが本音ね。だってこういう楽屋裏の話って
面白くないはずがないわ。っていうか絶対面白いのよ。対談して
いるお二人も楽しくてしようがないって感じ。文学賞ってまるで
双六ね(古いな〜)。進んだり戻ったりもーたいへん! そしてそし
てよ。上がったらいいけど、いつまでたっても上がりにならなかっ
たり、途中で止まったままだったり、ほら一回休みっていうのが
あるじゃない、あれだわ。一度や二度ならまだがまんの子って事も
あると思うけど、何回もおあずけなんて、私だったらヤケ起こしち
ゃうわ。でもせいぜいお酒をいつもよりたくさん飲むくらいだけど
ね。いろいろな賞があまりにたくさんあるって事は、よーくわかっ
たけれどはっきりいってそんな事はどうでもいいわ。だってなんの
世界でもほとんどおんなじじゃない? 別に文学の世界だけがそうって
事じゃないもの。って言ってしまってはみもふたもないのよね。ご
めんなさい。勲章ってやっぱりたくさん持ってたほうが生きやすい
のかしら。すごく年をとってから新人賞とかもらっても(あれ?
もらえないのかな)仕方がないもんね。はやーくに賞をたくさんもら
って、あとは順風満帆って、ははっ、これって会社の昇進とたいして
ちがわない気がするわ。作品のタイトルでその賞の当落が決まる場合
もあるってはなしには少し笑えたわ。仕事のお昼休みに友だちとランチ
を買いにいくでしょ。そのとき飲み物もとーぜん買うじゃない。その
時、これってカワイイ! なんていってつい買っちゃうのはやっぱりネー
ミングが面白いものだったりする。でも、ふきげん、なんて名前のが
なんとなく面白くて買って飲んでみたらごきげんな味がしたりして。
ネーミングだけではわからない場合もあるってこと。それから興味
深かったのは、先物買いか、有名になってから読むかっていう話なん
だけど、わたし的にはどっちでもいいと思うわ。だって面白くない
小説を無理して読んだって時間のムダとも思うけど、ただ名前を知ら
ないって事だけで、読むのをさけてたら、実はそれがすごーく自分
的には面白かったりする場合もあるじゃない。そのときの気分で選べ
ばいいんじゃない。競馬だって研究しまくって当たるかっていうと
ちがう場合のほうが多い気がする(私は単なる研究不足だったりして)。
なにげで買ったときに大当たり(そんな経験してみたいわ)なんて
場合もありそうだしね。ここまで書いてきたら、あら、そこそこ楽し
んだなんてかっこつけて最初に書いちゃったけれどどっぷりはまって
すごく面白かったわ。やっぱり裏話が聞こえてきたときには素通りは
できないって事ね。すこし風が涼しく感じるわ。ありがとうございま
した。

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紙の本老人と海 改版

2004/08/01 22:59

夏休み不良少年読書日記8月2日

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ぼくのおとうさんは高校生のとき、夏休みにこの本を読んで読書感想文
として提出したら全国なんとかコンクールで佳作をもらったそうです。
めずらしくぼくにそのはなしををしたあとで読んでみなさいといった
ので、読みました。おとうさんはどんな感想文を書いたのか聞いたら
もう遠い遠い昔のことでおぼえていないといいました。そしてたとえ
おぼえていたとしても読むまえに話さないほうがいいだろうとも言い
ました。それっておとうさんが、いつもいっている一冊の本を読んだ
人が百人いたら百通りのかんじかたがあるのだから、ということなの
かなーと思いました。老人はひとりで何日も何日もさかなを待ちます。
とても孤独です。ひとりぼっちです。でもぼくはこの老人となにかが
きっとつながっていてけっしてひとりぼっちじゃないんだと強く感じ
ました。強いこころをもったひとだなーとも感じました。海は無限に
ひろがっています。こわいくらいです。ぼくも舟に乗ったことがある
のですが、自分がいまどこにいるのかわからない気がしてとてもこわ
かったです。でもこの老人はひろいひろい海のまんなかで、いま自分
がどこにいてなにをしようとしているのかはっきりとわかっていると
ころがすごいと思いました。最後のほうはあんまりハッピーエンドで
はありません。でもこれでいいのだと思いました。理由はありません。
ただそうかんじただけです。この本を読んで、すこしおとなに近づいた
気分になりました。いっぱいひとがいてみんなちがうことを考えていて
孤独で悲しいけれど、どこかでつながっているような気もしたし、つな
がっていなくても自分はこころを強くもつことがひつような、そんな
感じです。この本を読んでいたときは、不良になることはぜんぜんわす
れていました。おとうさんにこんな感じの感想をはなしたら、すこし
笑ってくれたのでぼくはとてもうれしかったです。夏休みのあいだに
もういちど読んでみようかなと思いました。ヘミングウェイというひと
のちがう本も読もうかなっていったら、別に読んでもいいけれどほかの
はもうすこしむずかしいかもしれないぞって言われました。いま迷って
いるところです。

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紙の本知的生活の方法 正

2004/02/07 23:47

定番的新書の魅力

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今小生の手元にある本書は1990年第五十一刷である。その後も
着実に版を重ねている事を考えれば、本書は見事なロングセラーと
いっていい訳であるし、記述されている内容も1979年初版当時
から考えれば多少は時代遅れの記述もあるかと思えば、さにあらず。
普遍的な内容が多く記述されているので、現在でも立派に通用する
知的生活の指南書足り得ている。

だが、現在において「知的生活」とは一体どのような事を指すので
あろうか? その一つの答えを探そうとして本書をいわゆるノウハウ
本として読むと、あるいは肩透かしとなるかもしれない。そこでひ
とつの読み方として、気軽な(内容は勿論深いのですが)エッセイ
として読むことをおすすめしたいと思う。というのは、本書は様々
な知的ノウハウが満載ではあるが、それらは総て渡部氏の実体験か
ら導きだされた事柄なので、記述されている氏の様々な経験そのも
のが面白いのである。いや、ただ単に面白いなどといっては、苦労
談も多いので失礼になるのは重々承知してはいるが、この実体験そ
のものが一人の知的生活実践者としての原動力そのものとなってい
くのである。何度読み返しても飽きないゆえんは、記述されたエピ
ソードの魅力といっていいと思う。

3章、本を買う意味、においては、氏も御多分に漏れず、若き時に
欲しい本を購入する事の困難さを記述されている。だがここでも、
佐々木邦という当時一世を風靡したユーモア作家の本を例にしつつ
無理をしてでも本を買う、という氏の考え方に接続していくので、
勿論異論も多々有るとは思うが、氏の真摯な考え方が説得力を持っ
てくる訳であるし、氏が、様々な努力を重ねながら欲しい本を入手
しようとする記述は、文学者のエッセイにも引けをとらない深い味
わいに満ちている。

4章、知的空間と情報整理。なにやら固い章題ではあるが、氏のド
イツ留学時において、図書館に住み込むという記述は、本好きの方
々にとってはこたえられない(勿論小生にとっても!)稀な体験談
として無類に面白い訳であるし、この章では色々な実践的方法も開
陳されてはいるが、森銑三氏という希有の書誌学研究者の方法論の
記述は、この章のなかでも圧巻であり、氏の、先達に学ぶという姿
勢が感じられて、非常に興味深く、その後の氏の著作(幸田露伴か
ら学ぶ、など)の先鞭ともいえる文章と感じられるのである。

本書は勿論ベストセラーとなり、慣例(のような事?)として続・
知的生活の方法が刊行されている。ベストセラーの続編といえば総
てでは決してないにせよ、正編の二番煎じといった趣きが多いのは
世の常であるが、この続編は全く異なり、正編の内容をより深化さ
せた、これまた無類に面白い内容に満ちているので、ぜひ正続合わ
せて読まれる事をおすすめしたい。普遍的な記述に満ちた新書は時
代の変化はあれども、常に読む愉しみに満ちている定番である事を
証明している好見本が、本書であると感じられる次第である。

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紙の本あらゆる場所に花束が……

2005/07/12 21:57

繊細にして戦慄の文体に瞠目する

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

映像的な擬態を駆使したかのような文体に幻惑されて
言語自体を精読する事を怠ると本書は全くの誤読にし
かならない。あえて言う。誤解を恐れずに言う。精読
せよと。そして著者が如何に単語及び言い回しの巧緻
な仕掛けを入念に施しながらこのクールな文体を完成
していったかを体感しなければならない。物語は予め
錯綜した時間系列によって設定している訳であるし描
写に関してもバイオレントな虚構性を主軸として構築
してある訳であるから内容そのものに戦慄しながら読
む事は極めて浅いというか唐突に断言してしまえば本
書を読んだという行為にすら到達していない事は自明
である。不条理な笑いが込み上げてくる。何度も何度
も込み上げてくる。だがそれは小説空間にのみ許され
た文体と選択された言語の巧みな組合わせという操作
から生成する事態であり決して物語という意味論的な
場所から想起される事どもではない。印刷された言葉
のなかでのみ破壊的行為は表象されている。言葉と事
物は途方もない距離を持っている事が精読すればする
程体感出来る筈である。紋切型の言語も極めて巧妙に
計算されながら使用されている。ツールとしての言葉
まさしく本書はその事を自覚し過ぎる程繊細な感性を
持った作家により書かれた虚構そのものの「小説」な
のである。だからこそ虚構と虚構に架橋された行間を
も読み取って頂きたい。著者は明らかに読者を挑発し
ている。がその事は決して不遜あるいは尊大な姿勢で
はないだろう。それどころか中原氏は「小説」という
ものに対して極めて誠実なのだ。だからこそ書くとい
う行為に途方もなく消耗しながら煩悶の果てにこのよ
うな文体が生成されうるのだ。小説の書き方なら本書
を精読する事を強くお勧めしたい。

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机上のNY・現実のNY

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書を読んでいると植草氏が現実のニューヨークにいるのか
はたまた東京の書斎にてニューヨークに想いをはせながら膨
大な資料に喜々として眼を通しながら原稿を書いているのか
だんだんわからなくなつてしまうことがある。それほど氏は
ニューヨークがお気に入りだったのだなあ、ということがひ
しひしと伝わってくる文章群である。
氏は念願のニューヨーク行きを果たすまえから、オリジナル
の地図をつくって、旅立つ友人に贈呈していたということで
あるが、これがなんと実際に行った友人が驚嘆するほど正確
であるばかりでなく、面白いプレイスを押さえた地図であっ
たというエピソードは、本書を読むと充分すぎるほど納得出
来るし、それにしても洋雑誌等からの断片的な情報を自由自
在にハンドリングして地図をつくってしまう氏の技術にはた
だただ脱帽のほかはない。そしてこのエピソードが示唆する
ところは、単なる情報の操作や編集といったことではなく、
氏の卓抜したイマジネーションと物事に関する純粋な好奇心
のみがなせる事といっても過言ではないだろう。レヴィ・ス
トロースのブリコラージュの真髄が氏の感性に備わっていた
というしかない。
とはいえ、現実のニューヨークにおいても氏の好奇心はとど
まるところを知らない。期待をふくらませて行った旅先が、
現実のギャップを感じてがっかり、なんてことはよくある話
であるが、氏の場合は机上であれだけデティクティヴしても
現実の場所はもっともっと新鮮で興味が尽きない場所であっ
たという事がびんびん感じられて読んでいるほうもどんどん
興味が湧いて来るのが本書の魅力のひとつである。ミュージ
カル・スクラプチュアをつくっているアメリカ女性の話、は
ストリートをこよなく愛した氏ならではのしゃれた名文であ
る。針金でオブジェをつくってストリートで売っている女性
、その作品が気に入って楽しい会話をかわしたあと購入して
郵便局から東京に発送、だけど針金だから残念ながら分解し
てしまっていたけれどまた組み立てればいいじゃないか、と
いう感じの話なんですけど、きっと氏はこのような繊細なオ
ブジェを海を越えて郵送すればそのような結果になることは
うすうす感じていたにちがいない。でも氏にとっては、その
場所でお気に入りのアイテムに遭遇したということがおおい
なる喜びなのである。そしてその無名のアーティストとの会
話も同様である。結果ではなくプロセス、それを今このとき
に自らの美学によって十二分に楽しむこと、氏はまさしく子
供の好奇心を持った大人のジェントルマンであった。
そのような氏の人柄が、随所にちりばめられた珠玉の一冊で
ある。

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紙の本エーガ界に捧ぐ 続

2005/06/23 23:22

はまると困る。困るけれどはまる。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

勝ち組とか負け組とかいったいこのおおざっぱきわまりない
世間の2元的分類法はなんなんだ!って本書とはなんの関係
もない話からはいってしまってかたじけないのだがもしそんな
意識に悩まされているかたがおられたらぜひ本書を読んで頂き
たいのである。ひとときそのような事どもは忘却の彼方に
ぶっ飛んでしまう事うけあいである、ってページをめくるごと
に大笑い(中原さんほんとすみません)してしまったわたくし
めは負け組に決まっているではないか!っていったいなにを
自慢しているのだ。ああ、映画の本だったこの本は、しっかし
しっかしですよ、映像の記憶が無軌道(また使ってしまった)
に散乱して、中原氏の個人的記憶や事情と絡み合いながら進ん
で行く本書の醍醐味は、すごいとしかいいようがないではない
か。まるでノイズのCDをフルボリュームで聴いているかの
ような爽快感全開である。そうだったそうだった中原氏は
そちら方面の腕効きミュージシャンでもあるのだからして
なんて当然のことを書いているのだ小生は。どうしようもない
な。今回収録の対談もいい。とりわけ高橋源一郎氏との対談
は秀逸だ。なんだか弁慶と義経の邂逅をなんの脈絡もなく
想起してしまった。どちらがどちらかわからないのであるが。
うわ〜本題の映画の話にはいれないではないか。え〜とえ〜と
前書のエーガ界に捧ぐで小生が絶賛しました2本同時比較批評
技は本書でも健在であります。だめだといっている映画が実は
素晴しいと断言してしまう高度な倒置法(なのかこれは?)
も健在です。いやいや一層磨きがかかっております。はい。
とにかく騙されたと思って一度読んで下さい。小生は3回
読んでしまいました。かんぜんに元とれています。ありがとう
中原さん。未来永劫続け、エーガ界に捧ぐ!応援しています。

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紙の本砂の女 改版

2004/09/21 00:08

欲望と砂漠

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

と書評タイトルを書いて、あれ?これではアントニオーニの映画の
タイトルが2つ並んだだけではないかと思いつつもほかに思い浮か
ばないので、とにかくこれでよしとして(勝手に決めるな!)この
不毛きわまりない小説を読んだ率直な感想を記述するとすればミニ
マルな不条理で充満しているというほかないのであるがさりとて笑
いを誘発するこれといった情景も特には見当たらないのであるが主
人公が砂のバンクを登っても登っても滑りおちてしまう事は突発的
な思い出し笑いを誘発する情景と考えればああこの小説はあまりの
救いのなさに全編笑いの連続と考えれば現代の不条理のアレゴリー
に満ちた小説などという紋切り型の解釈など一気にぶっ飛んでしま
うわけであるし仮にこの主人公(男性)と副主人公(女性)を置換
したとすればおそるべき犯罪小説に変化してしまうのではないかな
どという埒もあかない空想にふけったりするのもこの小説のあまり
にダルな雰囲気のせいにしてもそのような事を考える罪は勿論読者
たる私にあるのであって小説自体にはなんの責任もない事は自明の
事ではあるがしかしなんと巧妙に仕組まれたプロットであると今さ
らながら感じるのはこういうわけであるどういうわけかというとこ
のような事態におちいった場合主人公の行動パターンにはいささか
の意外性があるはずもなく大抵の人間が9割9分このような行動を
とるのではないかという慨然性に裏打ちされてはいるのだがむしろ
意外で不可解な行動をとるのは副主人公たる女性のほうであってこ
の小説にはフェミニズム的視点なぞ微塵も存在してはいないがアマ
ゾネス的視点は充満している感があり国内はもとより海外において
も日本文学研究の題材として多く使用されているという事実はもし
かしたら大谷崎の春琴抄と好一対の題材として存在してるのではな
いかという突拍子もない考えにも至るわけではあるがとにかく砂漠
のクレーターは人間にとって最もてごわい事物のひとつであるとい
う認識をいやというほど味あわせてくれる唯一無比の小説であるこ
とだけは微塵の疑いもない事実である。

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紙の本路面電車

2003/11/12 18:39

レクチュール・オブ・カメラ・アイズ

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書を読みつつある時の、文字と眼の距離は約30センチ。だが著者の
事物を観察している距離はそれより短いのではないかと思うほど対象に
接近しているかと思えば、視線は突然ズームアウトされて遥か先にある
事物を記述しているのであるがその時も著者の意識そのものはこれ以上
接近する事は不可能であるかのように細部が刻々と記述されていくので
こちらの視線も本という物体そのものとは一定の距離を保持しているに
もかかわらず、事物との距離感を常に変換しつつ読み続ける事が要請さ
れる訳であるし、この事は本書に限らず、著者の作品全般にいえるので
あるが、にもかかわらず新鮮なイメージが感じられるのは、クロード・
シモンという希有の表現力を有した作家の偉大なる才能というほかない
のである。

やはり連続するストーリーというものはここには存在せず、路面電車か
ら子供(幼少時の著者)の眼から観た光景が延々と記述されるのである
が、これらがすべて記憶を呼び起こした記述であるとすれば(おそらく
そうであろう)記述の質感は全く異なれども、ナボコフの、記憶よ語れ
をただちに想起せざるを得ないのである。が、なんと詳細に記憶された
事物と光景であるのだろう! 精巧なカメラがここでは作動し続けている
ようであるし、過去の光景は文体の尋常ならざるテクノロジーによって
読んでいる本書の更に先1メートル程の位置に顕在化されるのである。

ロラン・バルトは、作家ソレルス、なる名著のなかで、読者とは著者の
肩越しで書き続けられるテクストを読んでいる存在であるというイメー
ジを記述しているが、更にその先に著者の記述たる映像が投射されてい
るとすれば、シモンの手法は如何に表現したらいのであろう。事象と光
景をただ単純に記述するだけでは勿論このようなイメージは顕在化しな
い事は、自明であるし、さりとてマジック・リアリズムのようなマニエ
リスティックな手法を用いている訳でもない。現実の光景そのものであ
るにもかかわらず、次第に幻想的なイメージに意識が変換していくこと
を、読者は刻々と感知していくのみである。

巻末には、訳者である平岡篤頼氏(多くのシモンの作品を見事に訳出さ
れている事で知られる)シモン論的あとがき、と題されたシモン読解の
為の、このうえないテクストが掲載されている。こちらを先に読む事も
本書を楽しむ為の極めて有効な手段であると思う。想像力を喚起して止
まないこの偉大なる作家の、映像テクストにアクセスする為の、好個の
一冊である。

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紙の本空間の詩学

2003/11/05 23:43

深度の美学

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ガストン・バシュラール。この偉大なる夢想的哲学者のテクスト群は
常に具体的な事物のイメージを、自由奔放に探索しつつ、根源的なイ
メージを、まさしく詩的言語に変換しながら、テクストを紡ぎ出すス
タイルを保持する。ゆえに、ことさら難解な哲学的考察を読み取る身
構えをせずとも、その豊かなイメージを、ゆっくりと、あたかも一編
の優れた幻想小説を読むような気持ちで接する事により、読者を、バ
シュラール的世界へと優しく誘ってくれる。

そのなかでも、本書は、人間を取り巻く空間的イメージを、様々な文
学や哲学、そして現象学における先達の成果をベースとしつつ、氏独
自のイメージ的現象学とでもいうべき、オリジナルな思考に到達した
屈指の名作である。特に、現象学を踏まえつつ、氏の一貫したテーマ
である、大地、水、火、空、といった世界を構成する原初的エレメン
トのイメージを駆使しつつ、家と宇宙という、極大と極小のはざまに
存在する事物のイメージが、驚くべき広範なレンジのなかで語られて
いて圧巻である。

第1章 家 地下室から屋根裏まで、小屋の意味、では、家屋が有す
る垂直的構造、つまり天地を繋げるイメージとしての家というものを
様々な文学から事例を参照しながら、詩的に記述しているが、この章
における卓越した論考は、多くの建築家のインスピレーションの源泉
にもなっている。

第3章では、なんと抽出、箱、および戸棚という、家における日常的
な事物を、ベルグソンの思想、アンドレ・ブルトンの超現実主義など
と接続しながら、これらの小さな事物のイメージを宇宙的思考にまで
高めながら、非常に面白くかつ興味深い記述で満たされている。

第4章の巣及び第5章の貝殻では、この自然界の生き物たちの大切な
家ともいえる事物について、童話や芸術に描かれたそれらのイメージ
を分析している。バシュラール的想像力の豊かさが最も身近に感じら
れる素晴しくかつ本論の中核を成す重要なテクストである。

そして、第9章 外部と内部の弁証法、は本テクストの形而上学的総
論といえるであろう。ここに到達するまでに、氏が参照及び引用した
詩や哲学者、文学者、現象学者のことばは数限りない訳であるが、そ
の優れた思考のエッセンスを、的確にハンドリングして、結果的には
バシュラール的世界としかいいようのないテクストが生成されている
のは見事というほかないし、また本テクストに触発されて、それらの
原典にアクセスする楽しみもある。

私たちを取り巻く、空間という捉えどころの難しい概念を、美しい言
語によって記述した名著として、ぜひおすすめの一冊である。

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紙の本都市空間のなかの文学

2003/11/04 00:18

文学空間解読のエポック・メイキング

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1980年代前半より都市の急激な変貌に合わせるかのように、都市を
記号論的あるいは構造主義的観点から分析したテクストが多数輩出した
のは周知の通りである。都市及びいわゆるカルチャー全般において、や
はりメディアの急速な進化により、表層という概念が上記の分析手法に
マッチして、有象無象のテクストが氾濫した訳であるし勿論、そのなか
には、現在でも優れた考察として、読むに値いするものも有るが、残念
ながら普遍性を持ったテクストとは言えないものが多いのも事実である。
そのようなテクスト群のなかで、本書は、文学作品を主たるテーマとし
ながらも、明治期から現代までを、その時代背景を冷静に踏まえながら
も、その空間構造を文学空間のなかで、俯瞰しつつ見事に分析した不朽
の名著である。

序文、空間のテクスト テクストの空間において、前田氏は、本書読解
のための明確なナビゲーションを記述している。ミシェル・ビュートル
の時空間的テクスト読解に言及する事から始まり、ジョルジュ・ブーレ
の文学の現象学などを参照しつつ、本書において最も重要な役割を果た
す、ロシア・フォルマリズムの重鎮であるロトマンの位相空間論の思考
について詳細に記述している。やや難解なトポロジー学が開陳されてい
るのであるが、この序文を深く読み込むことにより、本編においての具
体的な作品の理解が非常に分かりやすくなる訳であるし、トポロジー的
図版は、文学という言語世界を空間モデルに置き換えた時、このような
構造になっているという新鮮な驚きが感じられると思う。

さて、具体的な分析のモデルとして取り上げられているのは、どれも魅
力的な文学作品であり、前田氏の分析も、どれをとっても素晴しい成果
を上げられているのであるが、ここでは、森鴎外の「舞姫」、樋口一葉
の「たけくらべ」、川端康成の「浅草紅団」に関する論考について言及
してみたい。

BERLIN1888と題された舞姫に関しての論考は、ウンテルリンデ
ンという当時のベルリンを貫く都市軸を、この作品の空間的主軸として捉
え、主人公がまさしくこの大通りに象徴される社会的に認知されたインサ
イド的ポジションから、都市の迷宮たる、この大通りから外れた、内なる
胎内的空間に魅せられ、次第にその妖しい魅力を有するアウトサイド的領
域に誘われる過程を見事に分析している。この事は、まさしく都市が有す
る光と闇の領域に関する空間の象徴であり、時代を超えて、至る所に存在
する空間構造を、ひとつの優れた文学作品から抽出した、傑出した論考で
あると思われる。

子どもたちの時間と題されたたけくらべに関しての論考もまた、子どもた
ちの成長と共に、次第に分化されていく空間的意味を、この美しき文学作
品のなかで分析しているのであるが、時代背景は異なれども、このような
人間の成長過程のなかで、社会的及び空間的ポジションが、否応なく変化
していく事は、現代においても不可避の現象であるし、そのような意味に
おいても、たけくらべ、という作品から、このような分析を成し得たのは
ただただ前田氏の慧眼として敬服した次第である。

劇場としての浅草と題された浅草紅団に関しての論考は、川端氏唯一のモ
ダニズム都市文学として名高いこの作品が有する、視点の移動性や、都市
という空間構造によって見い出された新しいものの観え方をスリリングに
分析しつつ、都市の劇場性という特質に到達している。本論考もまた80
年代に顕在化した劇場としての都市という概念に完全にリンクしているし
それは、現在においてもますます加速されている事において、非常に興味
深い論考である。

総ての論考が卓越した思考で満たされている。文学という言語で構成され
た世界を、記号的及び空間的なイメージとして捉えたいという希望を持た
れる方にぜひおすすめの名著である。

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魅惑と幻惑のエクリチュール

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

マルグリット・ユルスナール。「ハドリアヌス帝の回想」「黒の過程」
などの想像力あふれる独自の小説を世に問い続けて来た、この偉大なる
作家の、他者としての作家に関する評論を収録した本書は、女史が開発
した歴史という固定化されたイメージを有する時間概念を新たなパース
ペクティヴによる視点の変換によって、ノンフィクションという一元性
をフィクションというレシ(物語)に再構築し、もうひとつの物語を紡
ぎ出すという希有の手法が、評論という分野においても自在に駆使され
て、単なる解釈あるいは分析という領域に回収されない魅力と強度を有
したエクリチュールが生成されている。

ここでも、女史は、その手法が存分に発揮出来る対象を正確に見い出し
ている。すなわち現実と虚構のはざまを小説というテクストに変換し得
た偉大なる作家たちであるが、詳細は後述するとして、ピラネージとい
う幻視の画家(ピラネージは果たして建築家と呼び得るであろうか?)
もセレクトされているのは、非常に興味深い事柄ではあるが、このセレ
クトも女史のコンテクストを考慮に入れれば、必然の出会いともいえる
し、ああ、わたしのお城、きれいなお城、という評論においてはシュノ
ンソー城という事物自体を対象として美しい論考を記述している訳で、
上記のような卓越した手法を有する女史にしてみれば、作家も、小説も
そして事物も、歴史というマトリックス上においては自在にスキャンで
きる対象であったといえる。ともあれ、ボルヘス、ワイルド、三島、な
ど、興味の尽きない対象に彩られているのだが、ここでは、三島氏及び
ピラネージに関する論考に焦点を絞りたいと思う。

三島あるいは空虚のヴィジョン、は本書に収録されている論考のなかで
もひときわ光芒をはなつものである。異邦人の視線から描かれた三島氏
に関する論考としては、第1級の論考であることは周知の通りである。
三島氏の遺作であり、畢生の大作である、「豊饒の海」4部作(この作
品を失敗作と位置付ける言説をしばしばみかけるが、私は全く首肯出来
ない)を、ベースとして展開される論考は、小説という虚構と、三島氏
という実像の距離を実に正確に測定しつつ、小説に現出するイメージを
現実とオーバーラップさせながら、少々危険なまでのヴィジョンに到達
しているが、これが女史のエクリチュールにおける真骨頂であるのだか
ら、眼をそらさずに熟読しなければならないことは自明であるし、また
本論考を読む準備として、はなはだ僭越な言い方になってしまうのをお
許し願いたいのだが、あらかじめ豊饒の海を熟読しておくことが大前提
であることもまた自明である。

ピラネージの黒い脳髄。古代遺跡をイメージのベースとしつつ、幻想的
な銅版画を数多く制作し、今もなお謎多きこの芸術家の論者として、ハ
ドリアヌス帝の回想、というピラネージの作品をそのまま文字に置き換
えたがごとき傑作を書いた女史は最適任者であったといえる。ローマ建
築の壮大さと共にモニュメンタルな建築が持つ少々危険なイメージ(こ
のことに関してはここでの論述は留保せざるを得ない深い歴史上の意味
があることを付記しておきたい)を独自の想像力によって、奇想な版画
に定着させたピラネージは、まさしく女史の時空を超えた隣人として感
じられたのだと思われる。

余りにもイメージ豊かなユルスナール女史の論考を、これ以上私の拙い
文章で要約することは困難である。ぜひ本書をひもといて時空間の旅を
女史と共に実現して頂きたいと願う次第である。

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紙の本遊学 1

2003/09/28 10:59

「学ぶ」を「遊ぶ」快楽

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

とてもうれしいニュースです。
このたび、あの伝説の大部「遊学」が文庫2分冊となって帰還しました。
やっと帰ってきてくれたか! 愛すべき放蕩息子よ、といった感慨をおさえ
きれない今日この頃である。1と2合わせて約800ページ! マツオカ氏
の言葉の魅力に耽溺するのに充分のボリュームである。

本書が「遊学ー一四二人のノマドロジー」として刊行されたのが1986
年。17年もたっていたのかとこれだけでもなにやら感じ入る次第では
あるが、今回再読しながらいささかも内容が色褪せていないことにただ
ただ驚いている。むしろ21世紀の現在に帰還するにあたり、その輝き
は増幅しているとさえいえるだろう。

ラディカルな雑誌「遊」によって一読難解な諸概念を、一気に遊学という
軽やかなスタンスに変換したマツオカ氏は、自らの実践として本書を
はじめ、大部の著作を世に送りだしてきたが、残念ながら、当時のもので
現在容易に入手できるものは少ない。文庫というハンディなスタイルで、
刊行されることは、ありがたい限りであるし、書を持って街に出よう、を
実践できる機会が再び到来したといえる。

142人! 古今東西の哲学者、文学者、音楽家、デザイナー、おっと
このような単純なカテゴリー分類こそマツオカ氏が回避してきた重要
な事柄であった。鉛筆1本からピタゴラスの数理に飛び、バッハを論じ
ながらパウル・クレーの微細な線画と接続しつつフラジリティーの
概念に至り、三遊亭円朝と狩野派をフラットな平面に配置しながら
ルネサンス的思考を提出する、こんな力技の数々が本書のなかでは
自遊(誤植にあらず)自在に展開される。
(注:142人は1と2合わせた人数です。)

なに、お前の解説ではなにがなんだか解らない、大変失礼しました。
それでは、ぜひ本書をひもとき、至福の読書タイムをお楽しみください。

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スウィート・ブックシェルフの秘密

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

といっても著者はこれだけレアで魅力的な本を観せてくれているの
であるから秘密もなにもあったものではない。がしかしどうもこれ
だけではないような気がするのです、というような不埒な想像をか
きたててしまう程に、このラインアップは濃いことこのうえない。
まえがきにかえて、において大きな本棚をひとつだけ使用している
と書いておられますが、とするとこれは世界にひとつしかない宝物
が満載の素晴しい本棚といえるでしょう。玉石混淆ではなく珠玉の
本のみがキレイに並んだ本棚!そしてその一冊一冊を紹介している
のであるからこれはもう読むしかないでしょう。本書を?紹介され
ている本を?もちろんどっちもです。

本の紹介文が、非常に素晴しい。またまたまえがきに戻って恐縮で
すが、ここで著者は自らをマニアではないと記述されています。そ
してこの事は記述はされていないけれどもいわゆるコレクターでも
ないという事は、このまえがきから読み取る事は充分可能だと思い
ます。しかししかしですね、これだけ一冊の本を深い知識とウィッ
トをもって紹介文が書ける力量は並のコレクター&マニアでは到底
出来ない技でしょう。読書のためのレコードライブラリー、という
章では音楽と本をリミックスして紹介されていますが音と本の見事
なブッキングなんともクレバーな文章で惚れ惚れしました。でもこ
こでもかなりレアなレコードが紹介されているので一寸罪つくりか
な(ごめんなさい揚げ足取りではありません軽いジェラシーです)

乙女のための本棚、という章は、もちろんどの章も素晴しいのです
が、とくに著者の思い入れが沢山詰まっているようで、本書の白眉
かもしれません。とはいうものの、じっくり読むと、実にクール!
クールジャズやラウンジを聞きながらゆったりと読みたい章です。
そう、一冊の本の最大限の賛辞を送りつつも、ときには突き放して
みたり、この辺の呼吸が実にうまくて、どの本も既読未読関係なく
読みたくなる誘惑に駆られるのです。パジャマ・パーティみたいな
本棚、という章についても同様、ギャル・パワー炸裂!なんて前振
りしておいて実はなかなか渋い本多し、なんて憎いいやもとい粋な
セレクトではありませんか。

とにかく一冊一冊を愛情込めて読み込んで紹介の文章をこれまたホ
ット&クールに書込んだぜひぜひおすすめの一冊です。えっ紹介さ
れている本の話が全く出てこないぞって、ですからそれは本書を読
んだかたのみが答を得る事の出来る秘密なのです。ごめんなさい。



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