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松尾聡さんのレビュー一覧

投稿者:松尾聡

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本ふしぎな数のおはなし

2003/07/26 05:25

ふしぎな数のおはなし

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本人の数学力低下を憂慮する著者が、小中学生に数学の面白さを伝えるために書き下ろした絵本。

著者が昔飼っていたコッカスパニエルの「ベル君」が案内役となって、数学の話をわかりやすく伝えてくれる。

しかし絵本の内容自体はかなり高度である。ベル君の可愛らしさに引き込まれて、ついつい読んでしまうが、同じ内容を仮に文章と数式で伝えたとしたら、最後まで読みきるのは難しいことだろう。ベル君を登場させた著者の工夫には感心してしまう。

主な内容としては、最小公倍数、鳩の巣原理、二進法・三進法の考え方、牛乳パックで考える体積、特殊合計出産率と人口減少、じゃんけん必勝法で学ぶ確率、好きなように仕組むことができるアミダくじなど。

例えば三進法の考え方については、1グラム・3グラム・9グラムの重りと秤(はかり)を使って何グラムの物体を測定できるか、という問題形式を使って、子どもにも自然に三進法が体得できるように書かれている。

もしこれを数式で表現するなら、賢い高校生でも苦労するところだが、絵の楽しさに惹かれてついつい読んでしまうのである。

また高等数学のエッセンスも取り込んでいる。例えば、最後に出てくる「6人の子どもたちがどの1人も少なくとも誰か1人と知り合いである」とき、「互いに知り合いである子どもが3人以上いるか、又は互いに知り合いでない子どもが3人以上がいる」というお話は、ラムゼー現象という高等数学である。これは位相数学の有名な定理ということだが、この絵本で初めて知った。

小学生の場合、自分だけで最後まで読み通すのは難しいかもしれないが、大人が一緒に読んであげれば、数学への興味が自然に生れることだろう。

それにしても小学校・中学校の教科書でも、こうした楽しみながら学ぶような内容が盛り込まれてもよいと思うのだが。教育関係者にも読んでほしい一冊である。

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紙の本黄昏綺譚

2004/02/03 11:18

誰にでも楽しめる不思議なエッセイ集。高橋克彦ワールドの原点。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

高橋克彦氏は私の大好きな作家で、著作を8割方読みましたが、この黄昏綺譚は
その中でも別格の面白さです!
高橋氏の世界観が遺憾なく発揮されて、どこを読んでもワクワクしてしまう。
のちに長編となったSF・伝奇小説の発想の原点が包み隠さず正直に書き連ねて
あります。特に本書でお勧めの点を記します。

1)この世に幽霊はいる
幽霊と書いただけで、作家のつくり話と思われかねないのですが、高橋氏の
霊に対する態度は真剣そのものです。何故か、岩手出身の民俗研究家であった
佐々木喜善氏(柳田国男の遠野物語の素材をすべて提供した有名人)のことを
彷彿としてしまいます。やはり東北にはそういう土壌があるのでしょうか?

さて本書の中では高橋氏が岩手県内の実在の幽霊屋敷(といっても新築間もない
建売住宅だったりする)の話を熱心に収集した話などが登場しますが、最も印象
深いのは、高橋氏の弟にまつわる話です。ネタばれになるので詳細はカットしま
すが、これこそ肌が粟だつ、背筋が凍りつく話です。やはり軽々に霊を語っては
いけない、真摯に死者の冥福を祈るべきだという高橋氏の思いが伝わります。

2)ザシキワラシと座頭殺し
これは高橋氏の民話に対する鋭い感性に驚嘆しました。私も民俗学が好きでよく
史料を読みますが、この観点は初耳で、しかも深く納得させるものがあります。
ザシキワラシとは実は、殺された巡礼者に関係があるのでは?という推論です。

3)東北古代と宇宙人
これまた大人が真面目に語るべき事柄ではないと怒られそうですが、宇宙人の
来訪も高橋氏にとっては重要な関心事です。本書にちりばめられた宇宙人の
痕跡に関する文章を読めば、ひょっとしてひょっとすれば…という印象を持たれ
るのではないでしょうか。

以上、駆け足で紹介しました。本書は、短文エッセイ集ですので気軽に読めます。
枕もとに置いて好きなところから読んでほしいと思います。高橋ファンにも、
まだ高橋ファンでない方にも楽しめるオススメの一冊です。

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戦慄に満ちた「もうひとつの遠野物語」

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は通常の「民話集」ではない。
ふつう民話と言えば「きっちょむ昔話」のように生活の知恵や教訓を分かりやすく物語化したものを想像しがちであるが、本書に収録されている「現代民話」はそのような民話とは全く異なっている。はじめて本書を読まれる方はおそらく衝撃を受けるだろうと思う。

本書「現代民話考3」には、船・列車・自動車の怪異についての全国各地の膨大な語り(かたり)が収録されている。その語り手の多くは、村の古老などではなく、昭和50年代の漁村に暮らす中年女性や東京近郊に住む市民など、実にごく普通の現代の人々である。そのような人々が、まるで世間話のように気軽に語るこの「現代民話」は意外にも「戦慄」に満ちている。

ひとつの例をあげよう。本書第二章には、石川県羽咋(はくい)郡の民話として次の語りが収録されている。
−松が下という所は大きな瀬があって、難破船が多い海の難所や。その死人の魂が成仏できんとって、幽霊になって出てくる。そして夜、錨(いかり)を下ろして風待ちしていると船に乗り移ってきて、か細い声で「アカしゃく(手桶)を貸してくれ」と船頭に頼むがやと。船頭が底の抜けたしゃくを貸してやると、そんなこと知らんと「ガボン、ガボン」と船の中に水をいれるがや。しかし底の抜けたしゃくではどうにもならん。ガボン、ガボンという音も夜明け近くに止むそうな−(以上要約)

この語りは有名な船幽霊の話で、全国各地の漁村に同類の語りがあることだろう。しかし「か細い声」の幽霊が「アカしゃくを貸してくれ」と頼み、「そんなこと知らんと」「ガボンガボン」と水を汲むという生々しさには、思わず背筋が冷たくなるものがある。本書にはこのような戦慄に満ちた「民話」が数百話も収録されている。

これを単なる怪奇趣味と言うべきかどうか、意見が分かれることだろう。しかし私は次のように思う。むしろ、このような肌に粟(あわ)を生ずるような恐怖こそが本来の民話ではなかったか、と。生活の知恵や教訓を含む民話はいわば「洗練された民話」であり、本来の民話とは聞き手を恐怖させ、戦慄を巻き起こすものであったように思われるのだ。

本書を読んで、自然に思い出したのは柳田国男の「遠野物語」である。現在では日本民俗学の金字塔と言われる「遠野物語」であるが、素直に読むならば、山里に伝承される恐るべき怪異の書である。本書「現代民話考3」はこの「遠野物語」の系統を正しく伝承した書であるように思われてならない。

なお、本書に収録された語りの多くは、1978年から1985年にかけて松谷みよ子氏が主宰する研究誌「民話の手帖」に寄せられたもの。全国各地の膨大な聞書(ききがき)をそのままの形で収録したものである。

著者である松谷みよ子氏は、民話研究でつとに有名な文学者。代表作であるこの「現代民話考」シリーズは、従来書店ではなかなか入手困難であったが、このたび廉価な文庫版として毎月1巻ずつ刊行されることとなった。真夏の夜、秋の夜長に、ぜひ手元に置いておきたいシリーズである。

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緻密かつ明快な数学史

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「数の日本史」は緻密かつ明快な本である。著者自身が莫大な古文献を渉猟し、過去の数学遺産を自ら検証したからこそ、このような記述が可能になったのだと思われる。本書の中で特に個人的に面白かった箇所を紹介する。

1)縄文時代の数概念について
著者は縄文時代の建築物の遺構から、縄文人が十二進法を用いていたと推理する。また沖縄に伝わる藁算(バラザン)を例に引きながら、結縄による記数法が存在していた可能性を示唆する。

2)日本古代の数詞について
まず古代日本語の成立に関する計量言語学者の安本美典氏の学説等を紹介しつつ、ツングース語(現在のロシア極東・中国東北部の先住民の言語)やビルマ語の影響により、現在の日本語の数詞(ひ、ふ、みという数え方)が形成された可能性を指摘する。

3)飛鳥・奈良時代の算学について
六世紀初頭の継体天皇の文化輸入を端緒として、七世紀・八世紀に中国の算法が急速に日本に浸透した様子が描かれる。特に算博士・算師と呼ばれる専門技術者の養成システムや、彼らが業としていた複雑・精緻な税務計算が具体的に紹介されている。

4)算学・暦法の衰えた平安時代
九世紀以降、算学家・暦法家が世襲化し、新規参入を阻止するために一種のギルドを形成してしまったために、算学・暦法が衰退の道をたどったことが語られる。以前、日本の暦法に関する書物を何冊か読んだ際にも同じことを漠然と感じた経験があるが、これほど明確に衰退原因を指摘したのは本書が初めてではないかと思う。

5)江戸期の和算家の業績を検証
1708年に没した和算家・関孝和の天才は伝説となっている。本書では多数の和算史研究家の業績を紹介しながら、関孝和の独創性にせまっている。関孝和は、中国の天元術を独創により発展させて、多元高次方程式の解法を編み出した。さらに一元高次方程式を解く過程で1683年に行列式の存在に気づく(これはライプニッツより10年早い)。最終的には円周率を求める過程で、関は無限級数の概念に到達している。

関に続く和算家たちは、関よりもさらに高度な無限級数・不定積分・二重積分・微分の操作を1790年代までに確立した。ひとつの例として関の高弟・建部賢弘は、1722年に級数を用いて円周率を42桁まで正しく求めている(これはオイラーよりも15年早い)。

また笑い話であるが、幕末にいたって、幕府が設立した長崎海軍伝習所などで西洋の数学が講じられたが、生徒の多くは積分の結果を知っており、外国人教師が目を丸くして驚いたというエピソードも紹介されている。

6)和算の衰退と再発見
このように独自の発展を遂げた和算であったが、意外にも明治15年頃には衰退し、忘れ去られてしまう。しかし明治39年に帝国学士院が和算史調査事業を開始したことにより、和算は再発見され、今日まで和算史研究が続けられている。


以上のように駆け足で本書を紹介したが、何よりも驚いたのは古代から江戸期にいたるまでの日本人の卓越した計算能力である。本書巻末に十八世紀前半の和算家・久留島義太のルート31の計算が掲載されているが、小数点以下12桁まで分数で算出しているため、現代の普通の電卓では計算できない。

これほど優れた数学的感性を持っていた日本人であるが、2001年の新学習指導要綱では、高校の数学1が「選択科目」にされてしまったという。つまり数列・行列・微分・積分をまったく知らない日本人が着実に増加しているのだ。著者が嘆くとおり、日本人の数学力低下は深刻である。

なお著者である伊達宗行氏は、物性科学の権威で日本物理学会会長などを歴任した高名な科学者とのこと。その著者が本業の傍らにこれほどの研究を成し遂げた努力には驚嘆するほかない。本書は日本の数学史を概観する上で間違いなくベストの一冊であると思う。

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