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bamboobatさんのレビュー一覧

投稿者:bamboobat

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本三島由紀夫とテロルの倫理

2004/09/16 21:13

あまりにも強引ではないか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1960年代、三島由紀夫が自決へとひた走った経緯については、野球にたとえれば、直球だけでなく、様々な変化球、見せ球のボールなどを駆使しないとその実相に迫れないことは今や常識だろう。
しかし、著者はひたすら「テロル」という直球一点張りで勝負しているように見える。元々テロルに焦点をあてたのだからそうならざるを得ないのかもしれない。しかし、資料の引用、傍証があまりにご都合主義的であり、その解釈が強引過ぎる。「テロル」という言葉に著者自身が振り回されているように見えて残念だ。
今現在、人々の耳目を集めたテロルは、9・11同時多発テロなわけだが、だからと言って、強引に34年前の11・25事件と以下のように結び付けるのはいかがなものか。失礼だが著者の理解力・分析力そのものに疑問を持たざるを得ない。
<ちなみに、二〇〇一年九月十一日の同時多発テロでも、犯行者が五人乗り込んだ飛行機は目的の建物に激突したが、四人乗った飛行機は乗客に阻止されて目的を達せず、ピッツバーグの野に墜落している。だから小賀たちがメンバーは五人必要だと考えたのは、かなり綿密に計画をたてていたことを示している。>(230-231頁)
彼女の根拠はただ「4人と5人」の違いだけなのだ。いくらなんでもあんまりではないか。
基本的な過ちも目に付く。
<「大群衆というもおろかな大群衆にとりかこまれている首相官邸」という形容は、彼らを「おろかな」(烏合の衆)だとみていたことを示している。>(124頁)
これは、もちろん、著者の基本的な国語の不理解であって、「○○というもおろかな○○」という表現は、「○○とわざわざ言うまでもないほどの」という○○を強調する表現法である。
<「今亀を理会(著者註:ママ)した瞬間に、もう亀を殺さねばならぬのか。>(178頁)
「理会」になぜママと註を付けねばならないのか。現代では「理会」(道理を会得する)という言葉に目に触れるのは稀で、「理解」に統合されつつあるようだが、三島の時代以前は文学作品に頻用されていた言葉だ。
著者は外国暮らしが長く、日本語のセンスを喪失してしまったのだろうか。
何か、揚げ足取りのようなことばかり書き連ねたが、三島がどれほど言葉を大切にしていたかに思いを寄せれば、労作であるこの評論に対し、敢えて言わざるを得ない。
三島にテロリストとしての側面があったことは否定しない。しかし、テロという言葉が昨今メディアに溢れかえっているからといって、それに便乗するかのような強引さには、我慢ならないものを感じる。

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環境危機なんて大したことないとあおってはいけない

10人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まず64ページ。FAOの森林面積推定値が1950年で4024万km2、1994年のそれは4304万km2だとして、森林面積は減っているというレスター・ブラウンを論破したかのように嘯いている。
しかし、これは1950年と1994年の推定値の精度が同じだという前提に立った、ある種の騙しのテクニックだ。
190ページの図60の脚注では、1980年以降はより密集した森林に限定している。ならば大変奇妙奇天烈なことになる。1950年の森林の面積はより定義が狭められた1994年の面積より少ないことになるではないか。つまり、同じ定義で比較すれば1994年はもっともっと増えていることになる。
そんなことってアリかよ?
半世紀前に比べて世界人口は3倍以上に増えているんだよ。世界のGDPはもっと増えている。薪や木材の需要だってもちろん、それに比例して増えている。減ることはあっても増える要素なんて皆無です。
植林面積が増えた? だったら「より密集した森林」にならんだろ。人工林は密集していないってのは常識だろ。
大体、世界初の人工衛星が打ち上げられたのは1957年だろ。今では人工衛星で森林破壊が経年的、視覚的に捉えることができるようになった。1950年のような“石器時代”の推定値と単純比較してどーすんのよ。
地球温暖化に対する認識も甘い。本当の怖さは海面上昇とか熱帯病が流行るだの、台風の数が増えるだのといった牧歌的なものではなく、何が起こるか分からない、へたすれば隣の金星のようなことになりかねないということだ。
今世紀中に、太陽発電や風力発電、核融合が石油より安くなるだって?
一体どこの国の話だ? そんなもの限られたお金持ちの先進国ならある程度ペイするかも知らんが、発展途上国のような国では、石炭や石油の国内価格は国際価格よりずっと安いし、薪はさらにずっとずっと安い。
寝言はよせ。

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紙の本バカの壁

2003/09/08 22:30

一人揚げ足取り

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まず第一章、ピーター・バラカンの「日本人は常識を雑学のことだと思っているのではないか」という意見に著者は諸手を挙げて賛同する。しかし、恐らくそんな風に思っている日本人は皆無に近いだろう。雑学のある人は、単に物知りとして片付けられてしまうのが現実だろう。誰もが知っているべき常識と異なるのは明らかだ。
9・11の同時テロ事件について、テレビを見ただけで分かったような気になっている、と著者は述べるが、ええ、分かっていますよ、分かるにも色々なレベルがあるというのも分かっていますよ、とでもお答えするしかなかろう。
また第二章で、出産ビデオに対する女子学生の熱心さと男子学生の無感動について、著者はa=0などと方程式まで持ち出して説明するが、単に「男子は出産できないから自ずと関心の度合いが女子と異なる」じゃ何かまずいことあるんですか、とツッコミを入れたくなる。このようなバカバカしいくどい説明がこの本全体に散見された。
著者は本の中で何度も「誤解なきよう」などと断っているが、読者が誤解する前に著者が誤解しているケースがほとんどではあるまいか。
はっきり言って、第一、第二章を読んだだけで著者の独り善がりにウンザリさせられる。いくら編集部の聞き書きによるアルバイト出版だからといって、あんまりではないか。
(古舘伊知郎風に)おーとっ、出ました! 歩く脳内常識、養老孟司の必殺技、一人揚げ足取りだあぁぁーーー!(ちと古いか)

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2周遅れの天声人語

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者はなぜ古典や、現代でも評価の定まった著書を頻繁に引用するのだろうか。
一つには、こうしたものは評価が定まり、間違いなく正しいという一般読者の固定観念、幻想に依りかかっていることであり、著者自身、そのことに無自覚なのではないかということだ。
問題は、その引用が成功しているかどうかだが、残念ながら、ほとんどは木に竹を接ぐ類のものでしかなく、よくよく読むとトンチンカンでさえあり、白けてしまう。
野球に例えれば、打線が一巡するまでは好投するが、二巡目に入った途端に連打されてKOされるタイプだ。基本的に底の浅さを古典の権威で化粧しているとしか見えないのだ。
そもそも、日々のコラムで古典を無理矢理引用するのは、読む者を感心させる猫騙し効果はあっても、真に読者の心の奥底に響くものはない、と言うべきだろう。
しかし、新聞のコラムとしては、それでいいのかもしれない。二度も三度も読まれることを想定されていないのだから。しかし、それを本にするのは誤りだろう。
先例は言うまでもなく朝日新聞の天声人語だ。インテリ層に受ける朝日に常にコンプレックスを持っていた読売新聞としては、ちょっと気の利いたように見える文章を書ける著者の出現は、待望久しかったのかもしれない。
しかし、もうそのような小手先の教養を弄ぶのは時代遅れだということを知るべきだろう。

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