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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

ゲベリンさんのレビュー一覧

投稿者:ゲベリン

27 件中 1 件~ 15 件を表示

「肉を食べないと調子が悪くなる」と公言する動物学者って

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アメリカからの牛肉輸入停止問題がらみで、最近よくアメリカの食肉処理場の映像がニュースで流される。ほとんどの人は気にしていないが、レールにぶら下げられ流れ作業で処理されている牛肉—あれを「枝肉」(えだにく)と言う—は、あからさまに言ってしまうと、首を切り落とされ皮をはがれ身体を左右真っ二つにされた牛の死体である。もとより牛肉は大好きだし、人にしろ動物にしろ一部の植物だって他の生き物を犠牲にしなければ生きていけないものだとは分かっていても、何とも複雑な気持ちにさせられる映像である。「いったい牛たちはどのようにして殺されたのだろうか。怖くなかっただろうか。苦しくはなかっただろうか。」映像を見るたびにそんなことを思っていた。
 この本の著者は動物学者であると同時に、全米の食肉処理場の多くで採用されている処理施設の設計者でもある。そのモットーは、動物は食肉処理場でも人道的に扱われ、不必要な苦痛や不安はできるだけ取り除かれるべきであるということ。著者は冷たい人間ではない。むしろその正反対で、牛も含めて動物をとても愛している。そして自らは自閉症であるが故に、物の感じ方は動物に近いとさえ言っている。だが人はどうしても肉を食べざるを得ないが故に—著者は自ら「肉を食べないと調子が悪くなる」とまで言っている—せめて、動物には不必要な苦痛や不安は極力与えないよう自ら食肉処理施設を考案したと。ベジタリアンの方々からは盛大なブーイングを食らうかもしれないが、それに強者「人間」の勝手な言いぐさなのかもしれないが、少し心が軽くなった。
 それ以外にもこの本は実に刺激的である。イルカは雄が雌に集団暴行を加えたり、他の動物を虐殺することがあると最近分かった(脳が大きいから人間のような行動もする!)とか。動物にもその脳の構造に応じた独自の「意識」があるし「言葉」だってある—いらいらして「ナッツくれよ。『N』『U』『T』『S』!」としゃべったオウムの例は驚き—とか。原始人類がオオカミに淘汰圧を加えて犬にしたように、オオカミが原始人類に淘汰圧を加えて人間にした。その証拠にお互いが協力することで不必要になった脳のある別々の部分が、昔と比べて30%小さくなっているとか。ローレンツやグールドとは違った意味での面白さが詰まっている。
 それに…自ら考案した「締め付け器」に柔らかく身体を締め付けられていると落ち着くなんて、とても微笑ましいではないか。

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「暴力=力によるもの」?「加害者=男性」?

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 暴力というと「力によるもの(物理的な力の行使)」「加害者=男性」という図式ができあがっており、最近クローズアップされているDV(ドメスティック・バイオレンス)についても例外ではない。確かに身近で聞く例でも「旦那が奥方を殴って顔に痣を作った」等、「物理的な力の行使」「加害者=男性」というものがほとんどである。たとえ旦那が普段は暴力などとは縁遠い温厚な紳士であっても、一度奥方に手を上げようものなら「やっぱり男ね」ということにされてしまう。DVとは本当に物理的な暴力のことだけを言うのだろうか。それに本当に「加害者=男性」なのだろうか。「奥方が旦那の母親を馬鹿にした」とか「奥方が旦那のプライドを酷く傷つけるようなことを言った」ということが引き金になって物理的な暴力が振るわれたということだってあるのではないのか。女性だって、時には、「言葉の上では」暴力的ではないのか。
 そんなことを考えていたときに出会ったのがこの本である。「モラル・ハラスメント」とは言葉の暴力のことである。物理的な暴力の悲惨さは誰もが知っているが、ここに描かれている言葉の暴力による実例だって相当悲惨である。被害者は、加害者によって巧妙に支配下に置かれ、不安にさせられ、心を破壊される。さらに悪いことに、そんな全てを加害者ではなく「私(被害者)が悪かったのではないか」とまで思わされるようになってしまう。だが被害者は決してマゾヒストなのではない。むしろ活力にあふれ、素直な性格で、やさしく思いやりがある。だけど隠れた劣等感があり…云々。そりゃあ誰にだって欠点はある。唯一本当に悪いと言えるのが、加害者に被害者として選ばれてしまった運の悪さ!
 では、加害者とはいったいいかなる人間なのか。著者はこう言う。加害者は自分が持っていないものを持っている人を激しく羨望し、相手の持っているものを自分のものにしようとする。そして一度その目的を達成すると今度は相手を貶めることにより自分の価値を高めようとする「自己愛的な変質者」「精神の吸血鬼」であると。
 この本でも表面的には「加害者≒男性」という図式になっている。だがよく読んでほしい。実例に出てくる被害者の女性は、仕事がよくでき、社会的な評価も高く、収入も旦那より多かったりする。そして加害者である旦那は奥方を引きずり下ろすことで自分を価値あるものとしようとするのである。これを日本の現状に当てはめるどうなるか? 別に女性をこき下ろすつもりなのではない。言葉の暴力においては、男だって、女だって、等しく加害者になりうるのではないかと言いたいだけだ。
 詳しくは本書をお読みいただきたいが、実例はフランスのものとは思えないほど日本にも当てはまる。またモラル・ハラスメントは家庭内にだけある(DV)のではなく、職場にも(セクハラ、パワハラ)、学校にも(いじめ、アカハラ)、病院にも(ドクハラ)ある…悲しいことに、人間が集団として存在するところにはどこにでもありうるのである。

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「もはや『スピリチュアルもの』はほとんど不要になった!」と断言する。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いわゆる「スピリチュアルもの」が好きで、様々なものを読んで来た。それらには例外なく、我々は決して一人きりではなく、互いにつながっており、影響を与え合い、成長しようとしている。それどころか、自らの望み通りに世の中を変えることすら出来るとまで書かれていた。それはいい。もしそれが事実なのであれば、未来に明るい希望が持てるから。
 しかしその根拠として示されるものは、本によって程度の差はあるものの、個人や特定集団の信念や経験であったり、たまたま起こった個別の事実であったりする。スピリチュアルな方々は自らを「超科学」とおっしゃるが、これではとても科学的に証明されたものとは言えない。科学を超えたなどとは決して言えない。そこが何とも不満であった。
 そういう「スピリチュアルものと科学とは決して相容れることはない」という思い込みは、本書を読んで消し飛んだ。まさか。科学の一部分がここまで「逝って」しまっているとは思ってもみなかった。
 本書で主張されていることの一部は次のようなことである。
 ・この宇宙には本質としてあらゆるものを記録する媒体としての基本構造があり、あらゆるものが互いにコミュニケートする手段を提供している。
 ・生き物の意識は分離独立した実体ではない。そして生き物は自分以外の世界に影響を及ぼすことができる。
 ・人間の意識には、他人を癒したり、世界を癒したり、私たちがこうあってほしいと思う姿に変える力がある。
 スピリチュアルものと同じことを言っているって? その通り。だが、これらはどんな懐疑論者(≒科学者)の厳しい批判にも耐えられるよう、慎重に設計され、何度も繰り返された実験から導き出された結論なのだ。もちろんその実験は追試も可能。決して「今日は調子が悪いから」などと言い訳することはない。そして本書にはそれらの実験方法や結果が、詳しく、だが分かり易く書かれている。本書がある以上、もはやスピリチュアルもののほとんどは存在する意味がないと言い切ることが出来る。
 原著は2001年、日本語訳は2004年。いったい現在、彼ら科学者はどこまで進んでいるのだろうか。英語を不得手とすることを、今ほど悔やんだことはない。

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高校生の夏休みの課題図書に推薦!…したかった

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書の表紙イラストにもあるように細胞内は非常に混み合っている。それでも活動に必要な物質を隅々まで移送する必要があり、例えば足を動かすための神経細胞では背骨側の細胞体から足先に伸びた軸索の末端まで、約1メートルに渡り神経伝達物質を移送しなければならない。そのメカニズム(※)が、技術の進歩で「1分子」を観察・操作することが可能になったことにより分かってきたというのが本書の出だしである。
もちろん分かってきたそのメカニズム自体も面白いのだが、より興味を惹かれたのは技術の進歩の方である。「フェムト秒レーザーを超小型ドリルとして使う」とか「光ピンセットで分子を掴む」とか、まさに技術の進歩は日進月歩である。また日本は欧米と比べ基礎研究が弱いと言われているが、この本を読んでそう卑下するものでもないと感じた。
本書は決して易しくはないが、理数系離れと言われて久しい高校生達に理数系の学問の面白さを伝えるには格好の本だと思われる。そういう意味で高校生の夏休みの課題図書に推薦したかったが、こちらが楽しんで読んでいる間に…夏休みは終わってしまった。

※あるタンパク質が細胞内に張り巡らされたレールを掴んだり離したりしながら、細胞の端から端まで物質を移送しているのだそうだ。それにしても1メートルもえっちらおっちら運んでいるとは…自然の精妙さに驚くとともに、突然変異+自然淘汰の限界を感じる。だって「出先でも作ったり」とか「現地調達」したりした方がずっと効率的だもの。

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まさに「基本書中の基本書」

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まさに「基本書中の基本書」である。この本一冊を完全にものにすることが出来れば、社労士試験など全く恐れるに値しない。
おっと、ここまで読んだだけでその気になってはいけない。ポイントは「完全にものにすることが出来れば」にあるのだ。
見かけに騙されてはいけない。何せこの本は900ページを超える大著なのだ。手にとってみればすぐ分かる。まるで辞書の様な
紙の質と各ページの両脇に小さな活字で刷り込まれた詳細な注。著者たちの恐ろしいほどの執念がそこにある。
生半可な気持ちではこの本を「完全にものにすること」など出来る訳がない。そして、だからこそ、挑戦する価値があるのだ。
やる気のある方はぜひ挑戦してみてほしい。学校に通うよりも格段にお安く合格を勝ち取れるであろう。(ただ、正直に言えば、もしお金に余裕があるのであれば、学校に通い「時間をお金で買って節約する」ことの方をお勧めする。)
だがたとえ本書をものにして本試験に合格したとしても、決して油断をしてはならない。基本書は所詮基本書に過ぎない。社労士の実務は、ものすごく奥が深い。本書の内容だけではぜんぜん不十分なのだ。例えば定時決定の届書の書き方。本書だけでは半分も記入できない。
ゆめゆめ油断する事なかれ。

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「すべて実際に起こったこと」…なのか????

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

世の中には不思議なことがある。決して稀にではない。探す気になりさえすれば、ゴロゴロ転がっている。それも単なる都市伝説ではなく、あなたの直接の知り合いの、直接知っている人の体験だったりする。試しに水を向けてみれば分かる。大抵の人がその手の話の一つや二つは持っている。だけど皆「変な人」というレッテルを貼られたくないものだから、黙っている。だから表向きは、いまどき不思議なことはないことになっている。だけど、実はある。その手の話を頭から否定する人は、そういう人の心の機微に鈍感なだけ。
そうは言っても、「すべて実際に起こったこと」だとしても、この本に書いてあることは本当に奇妙なこと、不思議なこと。いったいどうして信じられよう。著者にしたってそう。そもそも仮名で書いていること自体が怪しい。いや、仮名で書かざるを得なかったことこそが、「実際に起こったこと」であったという証なのか。実名で出版してしまったが最後、物理学者としてのそれまでのキャリアを台無しにしてしまいかねないようなことが、書かれてしまっているから。
理性では到底理解できないようなことが、我が身に起きてしまった。それでも理性で理解しようとするのだが、どうしても説明できない。いっそ信じてしまった方が楽なのに、今までの学者としてのキャリアがそれを許さない。だがそれは一度ではすまず、二度三度と我が身に降りかかる。まるで何かを強いるかのように。
その結果書かれざるを得なかったのがこの本。後書きによれば、ごく短い期間に一気に書かれたとあるが、この頃流行りの薄っぺらなスピリチュアルものとは一線を画す。苦悩と、そして、喜びに満ちた本である。
信じたくない人は信じなくていい。かく言う私だって信じられない。のだが…心の奥底から何かが囁くのだ。『すべて実際に起こったこと』だと。

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紙の本武道vs.物理学

2008/02/17 19:06

武道の達人技を物理的に究明することは可能な場合が多い…が、

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

先日格闘技のテレビ中継を見ていてはたと膝を打った。「おおっ、まさにこの本に書いてあった通りだ」と。
激しいパンチとキックの応酬の後、選手の一方があっけなくノックアウトされてしまうのは、相手が腰を決めて繰り出した一撃をくらったときではなく、意外にも相手が腰を浮かせ気味に伸ばしたパンチが顔面に命中してしまったときである。
この本の中では、宇宙ステーション内での宇宙飛行士同士の喧嘩の例として挙げられている。壁に足をしっかりと固定して、腰をひねって鋭いパンチを繰り出す宇宙飛行士と、スーパーマンよろしく拳を固めて身体ごと相手に向かって飛んでいく宇宙飛行士と、勝つのはどちらか?
物理学から導き出される予想結果は、スーパーマンの勝利。(むろん相手に命中すればの話であるが…)その理由は、拳を当てたときの衝撃力と、全体重を拳に乗せてぶつかったときの衝撃力とでは、計算してみると後者の方が圧倒的に大きいから。
この部分を読んだときは「ふーん、そんなもんか」という程度の感想であったのだが、冒頭の場面で深く納得した次第である。
著者は物理学者。この本は物理学者である著者が、武道の達人と呼ばれる人たちの技を物理的に究明しようとした本である。結果として、多くの達人技が物理学で説明のつくものであるとされている。
しかし著者は単純な物理学万能派ではない。全ては物理学で説明がつくと信じたいが、説明できないこともあるのではないか、いやむしろ…という葛藤が、「合気」についての何とももどかしい記述や、著者がペンネームで出版した自著への言及部分などに垣間見える。
それだけ奥が深い本なのであるが、その部分を気にせずとも実に楽しめる本になっている。なおもし「その部分」が気になる方は、著者の最新の本をお読みになることをお勧めする。

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「超能力の実在」がもはや疑うべくもない事実であったとは!…知らなかった。

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

実はトンデモ本やスピリチュアルものが大好きである。購入する本のだいたい4分の1はそっち系のものが占めている。この本も、徳間書店、超知ライブラリーシリーズ、中のイラストはまさにスピリチュアルものそのものということでわくわくしながら購入して読んだ。ところが良い意味で期待を裏切られた。これぞ待望していた超能力の実在証明の本であったからである。
「実在証明」と言っても、この本には特別新しい事実が書かれている訳ではない。この本が新しいのは、今までの超心理実験の結果を集めてさらにメタ分析した結果が書かれていることにある。「メタ分析」とは過去に発表された実験結果を集めて更に分析することで、それらの実験結果が再現可能であることを示そうとするものであり、実験の厳密な再現が難しい生態学、心理学、社会学、医学などのいわゆるソフトサイエンスにおいて中核的な道具となりつつある。そして今回のメタ分析の結果は、超能力が存在すると結論づけされた実験結果が全くの偶然である確率は、視線感知実験で8.5×10の46乗分の1、乱数発生器念力実験で3052分の1、遠隔凝視実験で100分の1…等々ということである。こうなるともはや「超心理実験の結果は偶然の一致ではないのは明白である。」
今までの同類の本の場合、たとえこの本にあるのと同じ実験の結果が書かれていたとしても、どうにも腑に落ちなかった。「超能力は実在する」という結論はあっても、数値的な裏付けや結論に至るまでの思考過程が書かれていなかったからである。だがこの本にはそれらの全てが分かり易く書かれている。例えば「対象となった実験が全部でいくつあり、それらをメタ分析すると結果はこういう分布になり、その分布からすると○○個の失敗実験が未発表になっていると推定されるが、それらを加味してもこれだけの有意な差がある」といった具合である。
超心理実験は「怪しい」「でっち上げ」と散々叩かれた結果、その実験デザインは非常に洗練されたものになっている。例えば現代の新薬の臨床試験の常識となっている二重盲検法も、もともとは超心理実験に対する批判に応えて考え出されたものであると言われている。そういう数々の実験の結果からさらに導き出された結論を、これだけ論理的に説明されて、なおそれでも「怪しい」と感じるようでは、それはもう健全な懐疑心とは言えないのではないか。科学的でいるつもりが「超能力などあり得ない」という固定観念に囚われてしまっているだけのではないか…そんなことまでもを考えさせる良書である。
著者によると、最近の超心理実験の目的はもう既に超能力の実在証明ではなく、その原理の究明の方にシフトしてきているとのことである。その原理が果たして著者が本書の後半で挙げているような量子論となるか、スピリチュアルな方々が主張する波動理論になるか、その他の何かになるかは定かではないが、今後の超心理研究の行く末を大いに期待したい。

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復活!クリモト節内容も盛りだくさん

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

政治家、脳梗塞というニュースを聞いたときには正直「クリモトせんせも、もうだめかな」と思ったが、この本を読んで驚いた。自信満々な語り口、悪口、おちゃらけとかつてのクリモト節が見事に復活していたのだ。
内容の方も、さすが経済人類学だけあって既存の学問の枠組みを超えている。血栓の話(医学)から始まり、人間はなんで血栓なんかができやすい身体に「進化」したのかという問いかけから人類の起源(人類学)に移り、現人類の祖先はある特定の地域で急速に進化したが、気候や地殻の変動によりその地域からの脱出を余儀なくされたことによって遠征や遠征先での征服に対して快感を覚えるという本能が作られ(パンツ)、そこから他者は征服すべきものという非寛容な宗教が生まれ(宗教学)、様々な征服や抑圧の歴史が刻まれ(歴史学)、ひいては9.11同時多発テロにまでつながっていく(国際政治学)。
またそういう歴史の裏には自己増殖し続けていく貨幣というものが存在し(経済学)、それらを操る(実は操られている?)小さくて強大な集団が暗躍している。さらにその集団が自らの出自を隠していることで、中東での民族間の対立は複雑怪奇になっている。そしてこのままではいずれ貨幣のために人類は滅んでしまう。それを防ぐためには…
こうまとめてしまうと荒唐無稽な本と思われるかもしれないが、そんなことはない。単にまとめている人間の実力がないだけである。ぜひこの本を実際に読んで、深くて豊富な内容を味わい、自ら考えていただきたい。

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この手のトンデモ本こそ究極の癒し

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 仕事の失敗、家族の不幸、失恋、離婚、その他諸々…人生に躓いてしまったようなとき、どんなものでも救いがほしくて、スピリチュアル系の本を読んでみる人も多いだろう。確かにそれらは一時の慰めにはなるだろう。だが、あなたは本当に癒されただろうか。後で苦しくなることはなかっただろうか。なぜなら、それらにはみな同じことが書いてあったから…「この人生の喜びも、悲しみも、楽しみも、苦しみも、全てはあなたの成長のためにあなた自身が望んだことです」と。即ち「今苦しんでいるのはみんなあなたのせい。あなた自身が悪いのよ」と。
 そんな時こそ。この手のトンデモ本を読んでみてほしい。そこにはこう書いてある→「あなたは全然悪くない。悪いのは○○である」。(○○には「宇宙人」でも「秘密結社」でも「米政府の高官」でも、何でもお好きなものをどうぞ。)思うに、もともと「癒し」とはこういう「自分は悪くない」という境地のことだったのではなかったか。
 そこで最近出版されたこの本である。「最近太陽活動がかつてなく活発化している。地球では異常気象が頻発し、その果てに『氷河期』が来る。その時期はそう遠い未来のことではない。そこで米国の超エリート達は地球の外に避難することを考えた。行き先は火星であり、木星の衛星である。そして彼ら超エリート達は我々の想像をはるかに超えたある陰謀を計画した。それが『プロジェクト・ルシファー』である」…云々。あまりの『素晴らしさ』に驚きを超えて、もう笑うしかない。そう、そして笑いこそ究極の癒しではないか?!
 私は半分本気である。そして私はこの手の本が大好きである。願わくばより大勢の方々にもこの手の本を好きになっていただきたいと思っている。もっとも「ただ単に目の前の現実から逃げているだけ」なのかもしれないが…

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ふと誰かの心に引っ掛かった言葉たち

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 心が和む言葉の数々である。人生の大先輩でありながら、まったく威張ったところがないし、押し付けがましいところもない。気負ったところもなければ、変な色気もない。どんなに疲れていても、言葉が自然と心に染み込んでくる。さすがに不思議系がらみで多少変わっているところもあるけれど、そこがまた何とも味わい深い。
 格言とか箴言のような、考え抜かれ、磨かれた言葉ではない。その場その場でごくごく自然に発せられて、普通ならすぐに消えてしまうような言葉たち。だけど、ふと誰かの心に引っ掛かって、形として残された言葉たち。
 今日の分を読んでみる。うん、うん、そうだそうだ。
 昨日の分を読んでみる。なるほど、あれはそういう風にも考えられるな。
 友達の誕生日は? あれっ、何かあいつの性格に似てないかこれ。
 じゃあ、彼女のは? おおっ!?
…ついついそんな、不謹慎だけれど実は真剣な使い方をしてしまうような、不思議な本である。

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紙の本あなたに不利な証拠として

2006/08/12 17:56

このリアルな描写は読者を選ぶ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「ミステリー」の一冊として出版されているが、決して軽い読み物ではない。警官の物語であるから死や暴力に関するショッキングな描写もある。だが、むしろ主人公の心理描写の緻密さに特徴がある。そこには事件のこと以外は何も考えていないようなお定まりの刑事や警官はいない。主人公は私たちと同じように感じたり考えたりしている一人の人間。例えば車で移動しているときに同乗している同僚の何気ない言葉や仕草に妙にいらついたり、同僚に対してそんないらつき感じた自分を後悔したり…そんな感情の揺れまできちんと描かれていて、リアルである。
 だから現在苦悩やトラブルを抱えている人にはお勧めできない。実際私の友人はこう言った。「トラブルを忘れようとして本を読んでいるのに、普段自分が感じているのと同じ感情を読まされるので耐えられない」と。友人は途中で放り出したが、それらに耐えて最後まで読み終えた後の読後感は、奇妙に暖かい。
 短編集であるが、この本は最初から順番に読み進めた方がよい。最初は身近なところから始まり、小さな山や谷を越えながら物語は進む。そして最後の2編で最も険しく高い山に登り、その向こうで穏やかで安らぎに満ちた風景に出会い終わる。そんな旅のような本である。

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夢のない時代だからこその「トンデモ本」

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1999年の8月以降、この世の中がつまらなくなってしまったと思うのは私だけだろうか。空から恐怖の大王が降りてこないことが分かってしまったときから、この世の現実ばかりが幅をきかせ、良くも悪くも夢がなくなってしまったように思えてならない。まあ、いまだに夏場はお化けや幽霊が人気ではあるが、さすがに「わくわくして星空の彼方に思いをはせる」というような気にはなれない。
 そんな中でひとときの夢を見せてくれるのがこの手の「トンデモ本」である。何だか良く分からないシワシワを「チューブ状の構造物」と言い張ってみたり、地表の濃淡の模様を「エジプトの女王の横顔の巨大絵だ」と主張してみたり、火星は空気が薄いから普通の格好をした飛行機が飛べるわけはないのに「ここに格納庫がある。そしてこれが飛行機」とか…一言で言って、とても楽しい。「ばっかじゃねぇ〜の?!」とか笑い転げながら、この世のつらーい現実をひととき忘れることができる。そして「ひょっとして、宇宙人っているんじゃないかなー」とわくわくして星空の彼方に思いをはせる…だから、大好きである!
 最後にここだけの話であるが、この本にも載っている例の火星の人面岩。ひとときたいそう盛り上がったものの、後から公表されたより鮮明な写真によって人の顔じゃないと明らかになると、あっという間に忘れ去られてしまった…しかし、その鮮明な写真に写っている人面岩の輪郭は、まるでワッペンのように見えるのだが、あの巨大さ(縦3km、横1.5km)であれほど美しい左右対称の形って、それこそ人工的に作らないとできないのでは???

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紙の本父の詫び状 新装版

2006/08/08 19:57

ずっと大切に取っておきたい宝物のような作品集

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ずっと昔、イスラムの音楽とともに放映された「阿修羅のごとく」を見ていて、このドラマの作者は何と鋭く冷ややかなものの見方をするのだろうかと思った。その印象は直木賞受賞の「思い出トランプ」にも共通していて、特に「花の名前」には、そこまで書くかと舌を巻くほどの夫婦間のすれ違いの描写と、突き放すような物語の終わり方に、「この人はきっと人間が嫌いなのに違いない」と確信するに至った。
 ところが最近この本を読んで考えが変わった。登場人物に対する作者の目がとても温かいのだ。朝早い玄関先で父親の連れてきた酔客の粗相を黙って始末する娘と、そんな娘に詫びることもできず、娘の後ろ姿をただじっと見つめて立ち去れないでいる父親。普段は家の中で威張り散らしているくせに、上司が訪ねて来たとたんに玄関に飛んで出て平身低頭して挨拶してしまう父親と、そんな父親を情けなく思いつつもそこまでして家族を養ってくれているのだと感じ入る娘。自分の入院の見舞いに来た子供達をエレベータの所まで送ってきて、ドアの閉まり際にありがとうございましたと丁寧に頭を下げる母親。etc.
 どの登場人物も、懐かしく、切なく、そしてとても愛らしい人達として描かれている。それは作者に身近な実在の人物だから? そう、だからこそ作者の本当の気持ち、怜悧な頭脳が相手の表も裏も全てを見通してしまうが、それでもそんな表も裏もある人達が愛しくてたまらないという本当の気持ちが溢れてしまっているのだと思う。
 毎日の人付き合いに疲れたときに、ふと読み返してみたくなる、そんなずっと大切に取っておきたい宝物のような作品集である。

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紙の本「秘めごと」礼賛

2007/05/04 22:47

嫌悪と羨望と後ろめたさ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は『秘めごと』というキーワードを軸に、主として過去の文壇大御所のあれやこれやをまとめた本である。『秘めごと』と言えば、後ろめたくはあるもののどこか心躍る密かな愉しみという感じがするものだが、この本には知らなかった—いや、むしろ知らない方が良かったと思うようなことが色々と書かれている。
「ふさ子さん!ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか」読んだとたんに止めてくれと思った。いい歳をした大人がこんなこと書かないでくれと思った。ましてやこれを書いたのが教科書にも載っている斎藤茂吉だなんて。石川啄木だって酷い。女性の身体に慰めを求める気持ちは分かるが、だからって、いくらローマ字だからって、眠っている相手にしたことをあそこまであからさまに書くことはないだろうに。だが「あ゛ーまったく男ってのはいくつになっても!」という皮相的な批判は、この本の伊藤整の章を読むと消し飛んでしまう。いくつになってもどうしようもないのは、男も女も同じなのだと思い知らされる。
誰にだって人には言えない『秘めごと』の一つや二つはある。そんなこたぁ分かっている。そして著者は今や失われつつある『秘めごと』をむしろ精神の自由の発露として礼賛するのではあるが・・・何か酷いものを見てしまったような気がする。そもそも人が知らないからこそ『秘めごと』なのであって、広く知られてしまったら、それこそ単なる男女間の恥ずかしい性関係に過ぎないということを。
しかし全ては相手があってのこと。世間的には真っ当でなくとも、それを敢えて受け入れてくれる相手がいたからこその『秘めごと』である。そういう意味では、家族大事で彼らのような『秘めごと』に踏み出せない—と言うより『秘めごと』を受け入れてくれる相手がいるほどの器量のない—我が身を少々不甲斐なく思ったり、またそんなことを思ってしまう自分を後ろめたく感じたりした本である。

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