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テルさんのレビュー一覧

投稿者:テル

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われわれは闘い続けなければならない。

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

変形生成文法を提唱した著名な言語学者としてしか知らなかったチョムスキーを、今や本当に一握りになってしまった反骨の知識人として私が再認識したのは、ドキュメンタリー映画「チョムスキー 9.11」によってだった。本書『メディア・コントロール』はこのチョムスキーの立場を手に取りやすい形で伝える好著である。そこに描かれるのは絶望的なまでのメディアの報道統制によって、自由な環境のもとで達成された全体主義国家となった「民主主義」の帝国アメリカの姿だ。
われわれは普段、テレビや新聞などメディアの流す情報をほとんど疑いの目を持たずに見、受け入れている。そこに何らかの統制が働いているなどとは意識することはない。しかし、チョムスキーによれば、権力の側は多大な努力を払って、われわれ「とまどえる群れ」が政府・権力の方針に疑問を抱かないように広報活動しており、メディアはそれを全面的に支持し、反対の意見を持たせるような事実やニュースは流さないのだ。われわれが見ているものはすべてこうした権力の広報活動を支えるものであり、事実は都合のいいように取捨選択され、編集されたうえで届けられている。
「中東問題でも、国際テロでも、中米問題でも何でもいい——国民に提示される世界像は、現実とは似ても似つかぬものなのだ。その問題の真実は、嘘に嘘を重ねた堂々たる作り話の下に葬られている。」(p.40)
1916年の第一次世界大戦の時代から始まっているこのメディア・コントロールは、権力の側にとって非常に有効な手段であった。しかし、「とまどえる群れ」の側にも着実な変化があるとチョムスキーは言う。1960年代から活発化する「異議申し立ての文化」は確実に根付ていると言うのだ。
「国民の思考を統制し、合意をでっちあげるべき徹底的な宣伝がなされたにもかかわらず、人びとは確実にものごとを見きわめる能力を獲得し、騙されまいとする意思を培っている。権力にたいする懐疑が育ち、あらゆる問題に向きあう姿勢に変わってきている。」(p43)
だが、9.11以降のアメリカを見ると、果たしてどこまで「異議申し立ての文化」が発動しているのか疑問にも思える。権力の側もまた果てしなく努力を続けているのだ。
われわれもまた闘い続けなければならない。言論の自由は市民運動の中で獲得されたものであり、「闘うのを忘れてしまえば、権利は失われていくのです。天与の贈り物のように、降ってくるわけではないのです。」(p.133)
わが日本を顧みれば、アメリカ以上に異議を申し立てる文化の弱いことに唖然とせざるをえない。イラク問題しかり、北朝鮮問題しかりで、外に目を向けさせて、危機をあおり、ミサイルも、果ては核まで持ちかねない勢いに、国民は黙々とつき従っているようだ。ある意味で戦後日本の急速な経済復興はアメリカの世界戦略=戦争戦略に異議を唱えないばかりか、積極的に貢献してきたことによるとも言える。その意味で、昨今の憲法改正問題について、「五〇年にわたってアジア地域での戦争に貢献してきたことに比べたら、ささいな問題です」(p.162)とのチョムスキーの指摘は、憲法によって日本は平和であったという幻想を微塵に打ち砕くものである。
「とまどえる群れが社会の動きから取り残され、望まぬ方向に導かれ、恐怖をかきたてられ、愛国的なスローガンを叫び、生命を脅かされ、自分たちを破滅から救ってくれる指導者を畏怖する一方で、知識階級がおとなしく命令にしたがい、求められるままスローガンを繰り返すだけの、内側から腐っていくような社会に住みたいだろうか」(pp.71-72)と問うチョムスキーの描く社会に、今の日本は極めて近くなっているのではないだろうか。「内側から腐っていく社会」に住みたくなければ、われわれ一人ひとりが「異議」を唱え続けなければならない。

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