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    3月のライオン(1)

    3月のライオン(1)

    羽海野 チカ(著),先崎 学 (将棋監修)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

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    はらぺこあおむし 改訂

    はらぺこあおむし 改訂

    エリック=カール (さく),もり ひさし (やく)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

しゃくとりさんのレビュー一覧

投稿者:しゃくとり

9 件中 1 件~ 9 件を表示

紙の本仏像が語る知られざるドラマ

2003/11/03 16:53

全15章が語る仏像と「ひと」とのドラマ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 はな著「ちいさいぶつぞうおおきいぶつぞう」その参考文献から、本書にワープしてみました。毎晩、眠る前にふとんに入ってから、1章ずつ読んでいったのですが、今日は、お地蔵さん、今日は閻魔さま、今日は観音さま…、といったように、一日にひとつずつの仏像ドラマを楽しみながら、勉強することができました。
 本書の文中の参考文献の表示を見ながら、昔、国語の便覧や、現国の文学史の本をマーカーをひきながら、ひとりで読んでいったことを思い出しました。本書は、仮名をきちんとふってくださっているので、読み間違いもなく、そう言えば、『日本霊異記』を昔「にほんれいいいき」と読んでいたなぁ、なんて、間違いに気付いたりしました(正しくは「にほんりょういき」)。こういう本は割と漢字の多い印象があるのですが、この本は人名はもちろん、ちょっと難しめの漢字にはすべて仮名をふってあるので、「漢字がどうもなぁ〜」と思われている人も安心して読めます。
 本書の基本テーマは、ずばり「結縁(けちえん)」。ほとけさまと縁を結ぶ、ということは、すべて、ほとけとの出会いから始まる、といったことが根底に流れているように感じました。いろんな「ひと」たちと、いろんな「ほとけ」との出会いを感じながら、この本を読んでいるうちに、すこーし、考え方が洗われるような気がしたりします。
 私も、この著者と同じく、仏教の信者ではありませんが、本書を読むと、自分にとっての「ほとけ」とは何だろうか? とか思ったりもしました。全部で15個の物語があります。忘れていたことを思い出したり、楽しみ方はひとそれぞれですが、仏像のドラマを是非、味わってみて下さいね。
 

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紙の本花神 改版 下巻

2004/03/28 05:13

不幸なほどの情念的ナショナリスト村田蔵六、テロリズムに倒るる。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この「花神」下巻は、明治二年五月に五稜郭の榎本軍が降伏して戊辰戦争が終了するまでの、「軍師」としての「村田蔵六」の成した仕事について、多くのページが使われています。桂小五郎に見出された「村田蔵六」の軍事における才能は、次々と難関を突破し、少ない戦力で、旧幕軍を打ち破っていく姿は、まさに「仕事人」だと感じました。
 明治維新という大きな革命が起きるときに、必要な人間であった「村田蔵六」の才能は、それは、己を一個の機械として、ただ「機能」させることのみに専心できたことかもしれません。たとえ、そこに感情が欠如していたとしても、「大略を知る者」である「村田蔵六」にとっては、「仕事」という目的地に達するためには、それが生きやすかったのかもしれません。

 思えば、日本の近現代史、というのは、数多くの無名の「村田蔵六」の汗や涙で出来ているなぁ、と思うのです。NHKの「プロジェクトX」などを見ていても、本当に「仕事」をしている人たち、というのは、「あぁ、村田蔵六だなぁ…。」と感じたりします。「仕事」とか「技術」とかいうものは、分野にもよるでしょうが、本当のところは、やはりある種の才能が必要なものです
 現在の日本を作り上げて下さった、たくさんの「村田蔵六」たちには「感謝」を、これからの日本を作っていこうとする、たくさんの「村田蔵六」たちには「エール」を送りたいと思います。

 日本の自衛隊の特殊部隊の訓練が本格化しました。日本中にいる「仕事人」たちが、「反作用」としての「テロリズム」に倒れないように、安全な社会を目指したまちづくりが成されていけばいいなぁ、と思います。若い「村田蔵六候補生」の皆さんには、是非、この「花神」全3巻を読んで、「仕事」というものについて考えてみて欲しいと思います。そして、「土俗的ナショナリズム」のない世界にいつかみんなで辿り着きたい、と切に願う次第であります。それでは、お仕事頑張りましょう!(^_-)☆

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紙の本花神 改版 上巻

2004/02/20 15:48

頓狂の心、どこへ行く?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幕末の「花神」となった村田蔵六(のちの大村益次郎)が、蘭学という技術を買われ、求められるままに、その才を磨き、長州藩へと戻っていくまでの生き様が描かれているのが、この「花神」の上巻です。
 「花神」と言えば、私が小学生の頃、NHKの大河ドラマで放送されていました。当時は、まだ史実として理解する力がなく、ただ、役者さんの演技に惹きつけられたものでした。本書を読み進めていくにつれて、遠い記憶の中の村田蔵六の顔、つまり、役者さんの顔なのですが、それがぼんやりと浮かんできました。この大河ドラマのテーマ音楽が、林光氏による壮大な曲で、「維新」という革命を象徴するかのようなドラマティックなものでしたので、興味のある方は一度聞いてみて下さいね。
 この村田蔵六を評して、シーボルトの娘イネの育ての親の二宮敬作は「お前さんも頓狂な男だな」と言います。この二宮敬作という医師の「人間は頓狂でなくちゃいけないよ」という言葉が、胸に残りました。村田蔵六だけでなく、幕末の一種狂気と見られた「攘夷」という思想も、一種の「頓狂の心」だったのかもしれません。いつの時代にも、いろんな問題点を抱えているもので、その転換期に生きる人間にとって、社会体制の転換という革命は、一歩間違えば狂気となってしまうものでしょう。
 司馬遼太郎氏は、「大革命」というものは、まず最初に「思想家」があらわれて、ついで「戦略家」の時代に入り、3番目に登場するのが、「技術者」であると、書かれています。村田蔵六の場合は、「技術者」ですから、時代からの要請が来るまでに、いろいろな経験をします。その、村田蔵六が静かに自分の仕事に邁進している時代のおはなしが上巻で描かれているわけです。
 大村益次郎という指揮官としての蔵六は、中巻以降にゆずって、とりあえず、この上巻で、蔵六とともに、幕末の日本を旅してみませんか?
 

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紙の本カミとヒトの解剖学

2003/12/01 13:02

養老節にご用心。(^_-)☆

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 NHKでおなじみの養老孟司先生の書籍を初めて読みました。「心は脳の機能である」ということをテーマに、多岐にわたる事象について考察されています。仏教から哲学から文学から物理学から、いろんな人物の思考というものに触れることが出来るので、読み手としては、基礎教養との闘いといった側面も出てくることかと思います。
 物理学の記述のところは、理系でない人にとってはちょっと不親切かなぁ? という気はしないではなかったですが、逆の側面では、哲学などに不慣れな私でも、その記述の部分で、こういう考え方があるんだな、と言う風に感じることが出来たので、「いろんな考え方に触れる」という観点から見れば、すごく盛り沢山の内容だと思います。
 本書の位置付けは、「唯脳論」の続編という感じなのですが、残念ながら、私はまだ「唯脳論」は読んでいません。10年以上前に「仏教」という季刊誌に掲載されたものを編集したものだそうですから、最後に特にまとめがあるわけではありません。なので、各テーマ毎に自分なりに理解していく必要があります。各章毎に主題がありますから、それを意識しながら読み進めていくと比較的わかりやすいように感じました。
 誰もが、なんとなく感じていたことが文章になっています。文字を読むということは、「目」の働きで、それが脳の中で「音声」に変換されます。その作業というのは、脳にいろいろな影響を与えているように感じます。本書の中にも「やってみなければ、わからない」論調のところは、個人的には「うーん、難しいなぁ。」と感じました。でも、他の部分では、そう考えれば生きやすいかな、と感じられる部分が多くありました。読書によってあまり影響を受け過ぎないように気をつけながら読み進められる方に、お勧めの一冊です。

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紙の本花神 改版 中

2004/02/20 16:28

江戸ニ百数十年の哀しい武家美学の崩壊。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幕末の長州藩に戻ってきた村田蔵六(のちの大村益次郎)が、タクチーキ(戦術)とストラトギー(戦略)をもってして、石州口の戦いで幕府軍を壊走させるに至るまでを描いたのが、この「花神」中巻です。
 女房のお琴には「とんぼ獲り」と言われ、請われるままに、国元を離れて暮らしていた村田蔵六が、政治家桂小五郎の政略により、倒幕軍の司令官となり、怜悧な視線で、300年の封建社会を背負った幕府軍の武士たちの最期を見届ける、その姿が脳裏に浮かびました。
 村田蔵六は技術屋でしたから、「道具」にこだわった。幕軍は「美学」にこだわった。生きていくために、「実」の部分に徹底的にこだわったのが村田蔵六かもしれません。江戸時代というのは、二百数十年も平和が続いた時代だったので、それなりの「ひずみ」や「ゆがみ」の上に成り立っていたのでしょう。そこには「進歩」に対する抑圧があり、「開国」によってもなお開かれぬ社会だったのでしょう。
 村田蔵六がこだわった銃に「ミニェー銃」というものがあります。所謂ライフルのことだそうですが、技術の進歩を理解する力というものは、社会体制をもくつがえすものなんだなぁ、ということを感じ入りました。現代社会も、どんどん道具としてのコンピューターが進化していますが、その意味をどう理解して、どう捉えて、どう活用していくか、ということで、これからの社会の在り方自体も変化していくのだろうな、ということが、ふと頭をよぎりました。
 また、「戦う」ということは、何と戦うのか、というところが、一番の問題だと思いました。幕府に命令されて戦うことになった幕軍は、「なんのために」戦うのか、といった部分が希薄だったのでしょう。これは、言ってみれば、戦闘などのような特殊な状況のみに当てはまることではなく、日常の生活の中でも言えることではないかな、と思いました。
 私のように歴史小説をあまり読んだことのない方は、是非、この「花神」中巻を読んで、いろいろ考えてみて下さいね。(^_-)☆
 

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紙の本リルケ詩集 改版

2003/10/07 18:27

貧乏の究極、そして、ただ、「ひとりぽっち」。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 リルケという人は、20世紀初頭を生きたドイツの詩人ですが、そのリルケの詩を富士川英郎先生の訳で、コンパクトに文庫本にまとめています。生年は1875-1926年ということですが、ある意味、平成の日本にも相通じる世界観だなぁ、と思いました。

 まず、『時祷集』(1899-1903)の『「貧困と死の巻」(1903)から』を読むと、平成ニッポンの負け組サラリーマン世界を描いているかの錯覚に陥ります。そこには、貧乏ということの究極が表現され、「ただ富んでいないのにすぎない」という真理が書いてあります。リルケ自身が貧乏であったかどうかは、『クルティザーネ』と懇意にしていたことを匂わす詩があったりするので、果たして謎なのですが、これからの世の中は、勝ち組と負け組にはっきり分かれるという予想がある中、貧乏ということの本質を考えられる詩だと思いました。
 『形象集』(1902-1906)の『孤独』を読むと、いつの世も孤独でいっぱいだったんだな、と思うと同時に、昨今のテレビの法律番組なんかも思い起こされたりしました。富士川先生の訳では、「ひとりぽっち」という言葉がよくでてきます。リルケの孤独は、ただひとりであるということでしょうか? この人の孤独は『幼年時代』の記憶からなされているように思います。
 『ベンヴェヌータに』という詩や『エロス』という詩でわかるように、この人はロマンスには不自由しなかったようですが、『立像の歌』、『別離』、『予め失われている恋びとよ』、『涙の壷』などの一連の詩でわかるように、いつも愛を求めながら、心はひとりぽっちだったんだ、ということがわかります。結局、みんな、そうなのかな? なんて思ったりしませんか?
 『噴水』や『鳥たちが横ぎって飛ぶ空間は』などを読みながら、『秋の日』を感じたいですね。ある詩人のかたがおっしゃられていたのですが、詩というものは、繰り返し味わうものだそうです。その度ごとに色彩が微妙に変化するもの、それが詩だそうです。また、何年かしたら、そんな『秋』が感じられたらいいな、と思いました。いろんな『秋』を感じてみて下さいね。

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新鮮な視点で広がる仏像ワールド。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 知人に薦められて手にした「ちいさいぶつぞうおおきいぶつぞう」は、思っていたより、写真やイラストをふんだんに使っていて、私のように仏教の知識がほとんどない人間でも、楽しく、はなさんの「仏像ワールド」を探検することが出来ました。
 子供の頃、うちにあった音楽集の挿絵に「麗子像」があって、それがコワくてコワくて、その本を見るのがとてもコワかった記憶があるのです。その延長線上だったのか、小中学校の社会科の資料集での仏像も、なぜか畏怖すべき存在でした。けれども、この「ちいさいぶつぞうおおきいぶつぞう」にでていらっしゃるお仏像はどれもどれも「いとおしく」さえ思ってしまいました。はなさんのお仏像に対する愛が、あちこちににじみ出ていて、私もこの本をガイドに仏像鑑賞に行きたいな、なんてさえ、思ってしまいました。
 京都、奈良の所謂主要なお寺はかっちりと押さえている感じがしましたが、やはり、お寺サイドの事情でしょうか、はなさん自身の視点から撮ったお仏像の写真がもっとあったらよかったんだけどなぁ…、と思う点が少し残念です。この本を仏像入門の1冊目として、2冊目は「参考文献」などの本にワープするのもよいかもしれません。私に、もう1冊くらい仏像ワールドを覗いてみよう、と思わせてくれた本です。要所要所に、仏像ひと口知識みたいなことが書いてありますので、初心者でも安心して読めます。興味はあるけど、難しいイメージがあって…、という方、是非、はなさんの「仏像ワールド」を体験してみてね!(^o^)

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紙の本入門般若心経の読み方 最新版

2004/04/03 23:56

山が動くということは、即ち「空」の哲学である。

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 うちの父方の宗教が「真言宗」なので、「般若心経」は何度か耳にしてきました。初めて、「般若心経」を意識したのは、20代半ば、祖母の法事のときだったように記憶しています。親戚のおじさんが、「『般若心経』を覚えた!」と言っておられたのを、ぼんやりと聞いていました。
 それから、何年も経った今、私も「般若心経」というお経を理解したい、そして、覚えてみたい、と思って、手にとったのが、この「入門般若心経の読み方(CD付)最新版」です。「般若心経」に関する書籍はいろいろ出版されていますが、「CD付」というところに惹かれて、本書を選びました。

 お経というのは、何かの力があるように思います。「般若心経」の終わりのほうに、「呪(しゅ)」と言われる部分がありますが、言葉がもつ不思議な霊力のことを「真言(マントラ)」と言うそうです。日々、触れるすべての言葉に、多かれ少なかれそういう力があるのだと思うと、言論の自由の真の意味とはどういうことなのかなぁ、なんてことも、ふと思ったりもしました。
 本書は、「空(くう)」の考え方を中心に、わかりやすい説話を交えながら、「般若心経」をいくつかの部分にわけて解説されています。第五章の「リンゴ」のお話は、「シュレディンガーの猫」に通じるように感じましたし、第七章の「無明(むみょう)」のお話は、つまりは「光の粒子性&波動性」に通じるようにも感じました。第六章において、著者は「科学の知識はただそれだけのことである」と述べておられますが、結局、人間の歴史というものは、哲学者や宗教家たちの歩んできた道を、科学者が追いかけているのかもしれませんね。
 現実的な問題としては、考え方の問題になるのですが、「般若心経」それ自体が「真」であるならば、それが、釈尊入滅後500年後に作られたものであったとしても、それは別にどうでもいいことのように、私個人は感じました。普通の一個人がすがりたいと思うものは「権威」でなく「真理」だと思うからです。

 前半の記述に対して、後半の記述が、ちょっと小走りのように感じられましたが、お経のことを理解するための入門書としては、ちょうどいい内容のように感じました。かつて、宝塚歌劇団で「マリー・アントワネット」を演じておられた上原まりさんの筑前琵琶による語りがCDで聞けるのもお得な感じがします。CDの「般若心経」の読経は阿純考住職(圓融寺)です。内容の理解度に従って、覚えられる部分が増えていくのでしょう。CDを聞きながら、少しずつ覚えていきたいと思います。興味のある方は、是非どうぞ。

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紙の本妖精王 第1巻

2003/09/29 05:01

ニンフィディアへの旅立ち。

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 漫画家の山岸涼子さん著「妖精王」全3巻のうちの1冊目です。都会の少年忍海爵(おしぬみじゃっく)が、妖精王としての記憶を取り戻していく前段階が描かれています。クーフーリンやエゾ鹿の妖精プックと知り合い、そして、冒険に旅立ちます。いろんな妖獣やダークエルフ、デーモンまで現れてしまいます。
 プックが怪我をしたときに、「悩む者」という薬を、黄泉の国に通じる井戸の中に住んでいる井冰鹿という妖精にもらいに行くのですが、「悩む者」が生きる薬、「悩まぬ者」が死ぬ薬、という人間の生き方の本質を表している描写があったりします。
 全3巻の1冊目ということで、プロローグ的な内容ではありますが、その中にも、人が欲している本質的なもの、それを手に入れるためにはどうあらねばならないのか、という本質を簡単な描写でさらっと描いてあります。
 中村由利子さんの音楽で、映像化もされた作品ですので、娯楽作品としても楽しめますが、実は、もっと本質的なことを伝えようとしているんじゃないかな、と感じるのです。山岸涼子さんの絵が、妖精の世界をとても美しく描いてあるので、それを眺めているだけでもよいのですが、是非、続きを読んで、「あったかくて楽しい気分になるもの」を手に入れてみてはいかがでしょうか?

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